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優雅に叱責する猫。 

2018, 12. 06 (Thu) 23:57

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にゃんこ様たちのお遊びがちょっとおもしろかったのでパチリ。
椅子の上で寝ていた母にゃんこ、下に何かの気配を感じて目を覚ましたらしく
寝そべったまま手をちょいちょいっと出して確認しようとします。
起きあがって下を覗きこまないのは単にめんどくさいからだと思われますが
普段から女王様然と振る舞っている彼女はこんなときでも王の風格で
わざわざ起きて確認などしないのであります。つよいわ。

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下にいたのは娘にゃんこ。
(シャッター切ったタイミングで首を振られてしまったのでオバケみたいになってしまった)
ぷるぷるって首を振る音がしたのでますます下にいるのが誰なのか興味が出てきたらしい母にゃんこ、
それでも彼女は起きません。

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起きればすぐわかるのになぁ…と思いましたけど、
そもそも積極的に誰かわからなくてもいいのかもしれない。
ここはおうちで、敵はいないし、安心しきっている空間でのこの行動ってことだし
本気で誰がいるのか知りたいなら飛び起きて確認してるはずなのでね。猫はそういう生き物です。

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もうこのときは娘にゃんこは椅子の下からいなくなっておりましたが
諦めずに手を出し続ける母にゃんこ様。
それともこれはカメラが気になっていたのかな…。
とりあえず目の前にあるものにちょっかいを出してみるの図。

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結局また丸くなって寝ました。

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すやすや。

そういえばEテレでやってる「趣味どきっ!」の月曜放送シリーズが
今月と来月は「不思議な猫世界」なのですよね☆
先日、初回の放送があったので見ましたらば「繰り返す猫ブーム」というタイトルで
江戸時代後期の猫ブームについて紹介されていて楽しく拝見しました。
しかし出てくる浮世絵がことごとく国芳の猫オンパレードであった(=^ω^=)ニャー
歌麿や春信も遊女や女三の宮と一緒に猫を描いていたりするけど
完全に戯画としてパロったりふざけて描いていたのは国芳なんだよね。
彼は自宅に常に十数匹の猫を飼っていたので(特に白猫がお気に入りで懐に入れたりしていたらしい)
猫を描くのはお手の物だったのです。
猫飼好五十三疋は過去に雅叙園の展覧会で立体化されているのを見て、それもおもしろかったけど
やっぱり絵として完成度が高くて、何より楽しいから今でも愛されるんだよね。
林家たい平さんが猫の出てくる落語のお話をなさっていたけど、
「猫の皿」は知ってるけど猫の災難や猫久などは知らないな…聞いてみたいです。
次回は宇多天皇や源氏物語の猫がテーマだそうです。楽しみ(=^ω^=)☆


シンカリオン47話感想は追記です↓ ほぎゃ。

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絶対だいじょうぶだよ。 

2018, 12. 02 (Sun) 23:53

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森アーツセンターギャラリーで開催中の
「カードキャプターさくら展-魔法にかけられた美術館」に行ってきました。
連載開始から22年、アニメ放送から20年を記念した展覧会です。
原作もアニメも映画もリアタイで楽しんだ身にはなつかしいやらしみじみするやら、
終始ニコニコしながら楽しんでまいりました。
前期・後期で展示の一部が変わりますので両方行くことに決めてまして、
前期展は10月に、今月から始まった後期展にも昨日行ってきましたのでレポ書きます☆

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展示を見る前にギャラリーに併設している期間限定のコラボカフェへ。
3人のお人形かわゆい☆
登場人物やアイテムをイメージしたオリジナルメニューがいただけるのです。
たぶん混んでるだろうなと思っていましたが案の定、前期も後期も30分ほど行列に並んで
入店まで待ちました。

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カフェのガラスにはキャラクターがプリントされています☆
ケロちゃんかわいい!

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カフェの入口ではケロちゃん&スッピーが
クロウカードの台の上にちょこんと座って迎えてくれます。

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入店!テーブルもコラボカフェらしく桜の柄がプリントされていてかわいい。

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こちらは前期にいただいた「さくらと小狼のスイーツ飲茶セット-ジャスミン茶付き」。
桃まん、肉まん、エッグタルト、ロールケーキ、フルーツなどの盛り合わせです。
キャラクターをモチーフにしたアフタヌーンティーは初めていただきました~楽しかった!
桃まんは小狼くんの得意料理のひとつですな~劇中でも作ってたと思う。

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後期にいただいた「ケロちゃん・スッピー・モモのなかよしプレート」。
ケロちゃんの顔はマンゴープリン、スッピーの顔はカシスのムース、モモちゃんの顔はパンナコッタ。
ミックスフルーツとマシュマロもトッピングされてむちゃくちゃかわいい、おいしくいただきました☆
(こんな風に3匹が仲良くおしゃべりするシーンとかいつか見られたりするんだろうか)

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カフェを楽しんだあとはいよいよ展示室へ!入口も結構な混雑で少し並んで待ちました。
写真は「はじまりの書庫」のコーナー。
CCさくらの物語は、さくらちゃんが家の地下にあるお父さんの書庫で
クロウカードの本を見つけるところから始まりますので、そのイメージだそうです。
でっかいクロウカードの本マジでわくわくする!
(言い忘れましたが展示室内は一部を除き写真撮影が可能でした☆)

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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光の中へ。 

2018, 11. 28 (Wed) 23:55

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上野の森美術館の「フェルメール展」に行ってきました。
フェルメールの作品9点と、彼と同時代に生きた画家たちの作品を紹介する展覧会です。
(2年前のカラヴァッジョ展とかもそうでしたが、画家の名前を冠した展覧会だけど
全部がフェルメールというわけではありませぬ…
いやもし全部がフェルメールなんていう展覧会が開催されたとしたら
それこそ世界中から人がおしよせて大事件どころじゃなくなりますな。見たいけど)

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世界で35点ほどしか確認されていないフェルメールの作品が9点も来日するとなると
大混雑になるであろうことを主催側が予想したのでしょう、
チケットは日時指定の予約制で、1日に入場できる人数が決まっているというものでした。
無料の解説冊子がもらえて(代わりに展示室にはキャプションがない)
会場で借りられる音声ガイドも無料、前日までに買うと当日券より200円安くて
これで2500円ておトクなのでは??

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前日までに予約チケットが完売しなければ当日券も買えるみたいですが、
チケット売り場も結構な行列でした。
入場時間は9時から2時間ごとに区切られていて、開始時間から1時間半の間に入ればよいそうで
入れ替え制ではないので入った後は自由に鑑賞して出て来られます。
展覧会のゆるキャラ「ミルクさん」(かわいい)も看板で教えてくれていますが
「入場開始の時間は鑑賞者が殺到するので大行列になりなかなか入れないけど、
時間枠の後半に行くと待たずに入場できる」という情報をTwitterで流している人がいて
言われたとおりにしてみたら本当にものの3分で入場できました!感謝。
たとえば9時のチケット持ってる人は10時半ぎりぎりくらいに行くと入場は待たずに済むし
少なくとも最初の展示室はゆったり鑑賞できますよ~最初の展示室は。。(2回言った)

まずは、アムステルダム国立美術館をはじめオランダの各美術館からやってきた
オランダの画家たちの作品を鑑賞します。
当時流行っていたという、肖像画から。
フランス・ハルスによる「ルカス・デ・クレルク」と「フェインチェ・ファン・ステーンキステ」夫妻の肖像画は
大きなキャンバスいっぱいに胸を張る男性と椅子に腰かけた女性が描かれています。
当時のオランダでは夫婦で一対の肖像画を注文するのはよくあることだったとか。
「アマリマ・ファン・ソルムス」は現在のオランダ王室につながる人だそうで
その肖像画はピンクの衣装に帽子をかぶった優雅な女性でした。
ヤン・デ・フライの「ハールレム聖ルカ組合の理事たち」は芸術家たちの職業組合を描いていて
作者のフライはこの組合の肖像画家でもあったらしい。
真ん中の恰幅のいい男性がルカの姿を刻んだ円盤を手に誇らしげにこちらを見つめており、
他の理事たちも思い思いの方向を見ています。
フライ自身も描かれていて、画面左側にいたキャンバスを持つ男性が本人だそうです。
(画家はこういうとき本当にそっと自分を紛れ込ませるよね…そういうの大好きです)
ワルラン・ヴァイヤン「花の画家マリア・ファン・オーステルヴェイクの肖像」が素敵でした!
オーステルヴェイクは女性の画家で、椅子に座りパレットと筆を持った姿で描かれています。
くるくる巻いた黒髪縦ロールに黄色くつややかなドレスを着て、ひたとこちらを見据える瞳がかっこよくて
フェルメールの絵以外で一番長くいたのはこの絵の前かもしれない!すごく良い絵だった。
いつか彼女の絵をナマで見てみたいな…。
ヤン・ファン・ベイレルトの「マタイの召命」はどこかで見た構図だなと思ったら
同時代の画家カラヴァッジョが同じ構図で同じテーマの絵を描いていたなあと思い出しました。
当時は人気の画題だったと思うし、お互いに影響し合った可能性もあるのでしょうか。
パウルス・ボルの「キュディッペとアコンティオスの林檎」はギリシャ神話に取材していて
いましもキュディッペが林檎を拾い上げてその文字を読み上げようとしている一瞬の表情で
ダメ~~声に出して読んじゃだめ!な絵です。
(キュディッペは結局リンゴの文字を読み上げてしまいアコンティオスとの結婚を約束したことになってしまう)
作者不明「洗礼者ヨハネの斬首」、これも大人気の画題ですが
わたしがよく見るのはヨハネの首を斬る瞬間と、既に斬られて首がお盆に乗っけられた状態の絵が多くて
この絵のように首切り役人が切ったばかりの首を抱えてその下にヨハネの胴体が描かれている、みたいなのは
初めて見たのでちょっとびっくりした。
しかも胴体の背骨がゴツゴツしていてヨハネの激痩せっぷりまで伝わってくるのすごい…
ヨハネの首を所望するサロメが豪華なビロードの豪華な衣装を着ていて、対比も際立っていてすごい。
オランダには本当に腕の立つ画家がいっぱいいるなあ。

次は風景画のコーナー。
アブラハム・ブルーマールト「トビアと天使のいる風景」。
遠くからトビアと大天使ラファエルが仲良く歩いてくる手前で、父親のトビトが倒れているのですが
彼はこの後天使のアドバイスで無事に健康を取り戻すとのことです。よかったよかった。
ニコラス・ベルヘム「市壁の外の凍った運河」は
寒さで凍った運河の上で樽を運ぶ人々と馬を描いていて
最初どの部分が運河なのかわからなかったんですけど
引いて見てみたら画面いっぱいに凍った運河が見えて「うわっ」って声出た。
一点に集中しすぎると見えなくなるものってありますよね…気をつけなきゃ。
アラールト・フェルディンヘン「嵐の風景」は運河の手前に描かれた樹々が強風にあおられ、
運河に浮かぶ船は水に流され、向こう岸の風車はグルグル回っているという
なんだか風や水の音まで聞こえてきそうな雰囲気。
コルネリス・ファン・ウィーロンヘン「港町近くの武装商船と船舶」は
海の上に何隻もの商船が浮かび、大砲を発射した船からは砲煙が漂っていて迫力あります。
アブラハム・ストルク「捕鯨をするオランダ船」は
凍った海の上でクジラ漁をする捕鯨船の乗組員たちを描いています。
肝心のクジラはというと、あまり大きいサイズでは描かれていなくて
えの中の人物たちと比較すると3~4メートルくらいの大きさでまるでイルカだし
潮吹きも、よく駅にある水飲み冷水機みたいな1本の水がぴゅ~~って出る感じで描かれていて
噴水のような潮吹きではないのちょっと笑ってしまったし、
他の動物…ホッキョクグマやオットセイやセイウチも人間サイズでどことなくぎこちない姿形で
たぶんこの画家は本物を見たことがないんだろうなと思いました。
図鑑も写真もネットもない時代、画家はなんとかしてその動物をキャンバスに再現しようとしたわけで
なみなみならぬ苦労があったろうなと想像する。
ピーテル・サーンレダム「聖ラウレンス教会」とか「ユトレヒトの聖母教会の最先端」は
人物よりも背景に力が入っているタイプの絵^^;
サーンレダムは絶対歌川広重と気が合うわ…同じ風景画家&人間描くの苦手。
建築の学問を活かして図案を作成してから描くという方法をとった、初期の画家だそうです。
エマニュエル・ウィッテ「ゴシック様式のプロテスタントの教会」は実在する建物ではなく
画家が様々な教会の建築を自由に組み合わせて造りだした
「ぼくのかんがえたさいきょうのきょうかい」なのですね。
あと昔々は教会にじかに死者を埋葬する風習があったらしくその様子も描かれてました。

静物画。
ヤン・ヘ・デーム「書物のある静物」。
茶色く変色した紙の束が無造作にいくつも机に置かれて、
机からはみ出ている草稿には「finis(終わり)」と書いてあります。何かの暗示かな。
ヤン・ウェニクス「野ウサギと狩の獲物」はどこかの家の倉庫で
吊るされたウサギと床に落ちているヤマウズラがまさに、
たった今狩られてきましたみたいな感じ。
体毛や羽毛がふわふわしててさっきまで生きていたような、命を感じるタッチだった!
特にウサギの体毛は手を伸ばしたらふわふわの感触が味わえるんじゃないかと錯覚しました。

風俗画。
ユーディト・レイステル「陽気な酒飲み」。
オランダの演劇「ニシンの酢漬け」から道化役ペーケルハーリンクの衣装を来た男性が描かれていて
今日の公演は終わったのか、ご機嫌でお酒の瓶をかたむけています。
ヘラルト・ダウ「本を読む老女」。
女性が着ている毛皮のふわふわ感や顔や手の細いシワの描き込みが細かすぎる!
これは図録とかじゃなく本物を見たほうがわかりやすいと思う…
特にシワがすごいですよ。画家の観察力と再現力。
ニコラス・マース「窓辺の少女、または夢想家」は窓辺から顔を出し物思いにふける姿の絵で
何かタイトルとコピーを入れればそのまま映画のポスターとかに使えそうなデザインだなと思いました。
ハブリエル・メツー「手紙を書く男」と「手紙を読む女」は対になっていて
男性は大変なグッドルッキングガイで颯爽と書きものをする姿が様になっているし
テーブルクロスの精緻な描写もお見事。
部屋の奥に天球儀を置いているのが、過去に見たフェルメールの地理学者を思い出しました。
女性は黄色いサテン服にピンク色のスカート、なんだかフェルメールの描く女性みたい。
手紙を窓に向けて読んでいますが、傍らに佇むメイドが壁にかかった嵐の絵を見ているので
何やら嵐の予感…?

この後はフェルメールの作品がまとめて展示されている部屋、通称フェルメールルームを鑑賞に行きますが
すでにこの風俗画の展示室から混雑が始まっていて、どの絵の前も人の頭がいっぱいで
最前列に出るのが大変でした。
こりゃこの先も混んでるぞ…と覚悟を決めて、階段を降りて1階のフェルメールルームに入りましたらば。
さっきまでのざわざわした雰囲気が一切なくなって、
いや、会場は混雑しているから人の気配のざわざわ感はハンパないんですけど
鑑賞者同士の会話がほとんど聞こえなくて、そういう意味ではシーンとしていました。
皆さん食い入るように作品に見入っていて、ああこれがフェルメールの力かと…。
とか言いつつ、わたしも絵を前にすると何もしゃべれなくなってしまったのですけれど。

まずは一番会いたかった「牛乳を注ぐ女」のもとへ。
画集で広告でテレビ番組で、何度見たか知れません。ようやく本物と対面できました☆
真珠の耳飾りを見たときもそうでしたが、最初の感想は「小さい…」でした。
そんなに大きいとは思っていなかったけど、それでもやっぱり予想より小さく感じた。
(オランダの画家たちの展示室では絵と鑑賞者の間にあるのはロープのみでしたが
フェルメールルームは絵の前に一段ほど幅があって、さらにロープが張ってあり
絵との距離が遠いので余計に小さく感じたのかもしれない)
パン粥を作ろうとしているのか、パンを用意して器に牛乳を静かにそそぐ女性の佇まいと
窓から差し込む日の光と、真っ白な壁と、行火がぽつんと置かれている床。
何てことない日常風景ですが中央の女性をものすごく見てしまうし、次いで牛乳をじっと見てしまいます。
光の当たる部分と影になっている部分のコントラストが強烈でものすごく3次元を感じる。
パンとか手に取ってサクッと割れるんじゃないかと錯覚するレベルのリアリティがあります。
やがてこの人は牛乳を注ぎ終えて、鍋を火にかけるために窓辺からいなくなってしまうだろうけど
きっとまた次の日にはこうしてパン粥を作るために牛乳を注ぐ日常が繰り返されるんだろうな…と
彼女の仕事が想像できてしまってちょっと楽しくなりました。

「赤い帽子の娘」。初来日だそうです!ようこそ。どうですか初めての日本は。
他の作品と比べて、この絵は輪郭がくっきり描かれず焦点がぼやけていまして、
これはフェルメールが意図的にそういう絵に仕上げたもので
カメラのハレーションのようにしたかったのではないかと考えられているようです。
でも耳飾りや唇にはハイライトが入っているから、ああ、フェルメールだなって思う。
「マルタとマリアの家のキリスト」。
フェルメール初期の作品で宗教画、しかも大きいサイズという、色んな意味で注目する絵です。
風俗画を多く残しているフェルメールですが若い頃は宗教画も描いています。
(そういえばマウリッツハイス展でもディアナとニンフたちの絵を見たっけな…)
輪郭は何となくぼやけていますが、光の当て方は後年を思わせるリアリティに満ちています。
「ワイングラス」。
椅子に腰かけてグラスをかたむける女性と、ワインの瓶を持って隣に立つ男性。
テーブルや椅子にはクッションや楽器が置かれてどれも質感が見事です。
窓のステンドグラスには馬の手綱を引く女性の絵がありまして、
これは「節制」を擬人化したもので恋愛を戒める寓意だそう。
「リュートを調弦する女性」。
会いたかった黄色い服の人のひとり☆
白い毛皮に縁どられた黄色いサテンの服はフェルメールが好んで絵の人物に着せていて
この絵の彼女も、ちょっと遠くて見づらいけどおそらくその服を着ています。
手前の椅子には楽器が置いてあるから誰かいたのかな…
散らかったテーブルの上とかくしゃくしゃに置かれた布とか、存在を感じさせる雑然さがありますね。
「真珠の首飾りの女性」。
窓辺にかかる鏡に向かって、女性がいましも真珠の首飾りをつけようと手で持っている姿。
黄色いサテン服の彼女は、やっぱりわたしがとても会いたかった人です。
この後彼女は身支度を整えていそいそと出かけて行くに違いない。
「手紙を書く女性」。
会いたかった黄色い服の人のひとり。首飾りの人と顔立ちが似てるから同じモデルさんなのかしら。
椅子に腰かけて、手紙を書いていた手を止めてふとこちらを向いた瞬間の表情で
この後彼女はついと目をそらし手紙を書く作業に戻るに違いない。
やっぱり黄色いサテンの服と白い毛皮の質感まで伝わってくるな~光っている耳飾りも印象に残る。
「手紙を書く女性と召使い」。
フェルメール最晩年の作品で立体感もコントラストも最高潮。
他の作品はだいたいどこかをぼかしていたりして、ふわ~っとした部分があるのですが
これは一切そういうのがなくて(あるとしたら女性たちの背景にかかるモーセの絵のタッチがそう)
ここまでつき詰めていたんですなフェルメールは…筆の跡がまったく見られず高解像度の写真のような絵です。
そして、たまたまかもしれませんが赤い帽子の娘以外の作品に共通しているのが
画面左から光が差し込んでいること。
それが描きやすかったのか流行だったのかフェルメールの好きな構図だったのか…
そもそもフェルメールの窓は屋内のどこにあるっていうイメージなんだろう、
やっぱり南向きかな。

フェルメールルームが混雑しない時間帯はないんじゃないかな…
あるとすればたぶん、都美の若冲展がそうだったように
オープン直後の数分とクローズ直前の数分だけではないかと思います。。
少しでもゆっくりご覧になりたい方は狙ってみてもいいかも。
それにしても最前列で見たフェルメールはよいものでした☆
展示室は暗かったけど光の中にいる感じがした。静かな静かな世界がそこにありました。
こんなに美しい作品群ですがフェルメールの死後は母国オランダでもほとんど忘れ去られ、
再評価されたのは19世紀あたりだそうで…。
ゴッホやダリなど最近の画家がリスペクトしているのが(ダリ展でもそういう解説がありました)、
何故かなと思ってたんですけど、そういうわけだったんですね。ようやく理解しました。

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美術館を後にして、上野駅エキュートのスープストック東京にて
「牛乳を注ぐ女のスープ」をいただきました。フェルメール展のコラボメニューです☆
ゴーダチーズ入りのミルクスープに胡桃とレーズンのパンをひたしたもので
牛乳を注いでいたあの人が作ったパン粥に近いスープを味わえているのではないかと。
一口食べたらものすごいチーズの味がした!(笑)おいしかったです。

この後は上野駅をウロウロして。
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じゃん!
ムンク展のときに買いそびれた、ムンクの叫びデニッシュ(アトレのアンデルセン)と
ムンクドーナツ(エキュートのシレトコドーナツ)です。
パンダと叫びのツーショットシールはデニッシュを買ったらレジでもらえました。
ドーナツはワォ~って叫んでますけど、他にもギャ~とかウワ~とかヒエ~とか
色んな言葉で叫んでるドーナツがありました。お店の遊び心が見えて楽しい^^
アートを食べるぜ。

望月の歌ミレニアム。 

2018, 11. 24 (Sat) 23:52

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昨夜の満月。
唐突に何やねんと思われるかもしれませんが、
昨日は歴史学界隈、特に日本史の中古を専門とする人々や当時のファンにとっては
ちょっとした記念日だったわけでして。

昨日11月23日は旧暦でいうと10月16日にあたり、
さらに今から1000年前の1018年10月16日はある人物が満月の歌を詠んだことで知られます。

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」

藤原道長がこの歌を土御門第の宴で詠んでからちょうど1000年後の満月が昨日だったわけです。
宴に参加した藤原実資の日記『小右記』にこの三十一文字が書かれていて、
道長自身も日記『御堂関白記』にこの日に歌を詠んだと記しています。(歌そのものは書いてない)
ちなみに明石市立天文科学館が調べたところによると
当時のこの日も満月(正確には満月を少し過ぎた十六夜月)だったそうです。
1000年後にも満月になるとかすごい奇跡。旧暦って月齢の関係で毎年変わりますのでね。

歌が詠まれた10月16日は道長の娘・威子の結婚の儀があり、
「一家立三后(一条天皇と彰子、三条天皇と妍子、後一条天皇と威子)」を成し遂げた日でもあります。
この日、威子が後一条天皇の中宮に立つことにより道長の3人の娘が3代の天皇の后となりまして
そのお祝いとして土御門第(現在の京都御苑の一角)で宴が開かれています。
本宮の儀の後に穏座(2次会のような宴)が設けられ、望月の歌はその席で詠まれたそうです。
そのときの状況がちょっとおもしろくて、過去記事にも書きましたけど
道長「おれ今から歌詠むから実資くん返してね~」←たぶんお酒入ってる
実資「はあ、いいっすよ(歌は苦手なんだけどな…)」←こっちもまあまあお酒入ってる
道長「即興だよ~」
実資「わかりましたよどうぞ(さて、どうやって返さずにすませるかな)」
道長「(望月の歌)」
実資「まったくすばらしい歌で返歌などできません。みんなで唱和しましょう」←笑顔
その場の全員「(声に出して詠じる)」
とか、とか、そんな雰囲気だったそうなのです。(イマジナリー道長&実資でお届けしています)

ちなみにこの歌ですがいくつかの要因が重なって今まで残ってきたようで。
・道長の宴にあまり来ない実資がこの日は珍しく来ている
・即興の歌を聞きとり日記に書いている
・日記の自筆は失われたけど写本が2冊だけ残っている
小右記は全61巻といわれますがほとんど散逸してしまい、丸々1年残っている年はないのですが
たまたまこの1018年の広本が現代まで伝わり広く知られることになったようです。
藤氏の栄華を詠んだ道長の傲岸不遜な歌というのが一般的な解釈ですが
歴史学のうえでは当然、別の解釈もあるわけで
本当に驕りの歌なのか、我が世はこの世ではなく道長の人生ではないか、
これから欠けゆく満月に一族を例えるなどしないはずだからこれは天皇の后となった娘たちではないか、
そもそも実資が聞き取った文言は一字一句正しいのか?というところまで
様々な研究者が考えているようです。
この歌の一次史料は日記で、書き手である実資の主観が入っているので
実資と道長の関係を考えると盛ってる可能性があるのですね。
なのでなるべく批判的に読み込んで、他の史料も使って妥当性を探っていかないとならない…。
歴史研究は事実と解釈されたらそこで終わりではなく、歴史が続く限り永遠に続くんだよね。
書いたのは本当にこの人か、書かれた時代は本当にその時代なのか、
時代が経過すればするほどその時代を見聞きした人はいなくなっていくので
その史料が正しいかどうかの証拠は何ひとつなくなり常に疑われることになります。
膨大な史料を突き合わせて相互に参照しながら事実かどうかクロスチェックすることを
研究者はずっと続けてきたし、これからも続けていくわけです。
似たような記述が多ければ当時その出来事があったという可能性が高まりますのでね。
あと史料を解釈する研究者の主観も介在しますね…その当代の歴史家の思想が必ず入ってきます。
歴史学は真実を探究する学問ではなくあくまで解釈する学問なので
解釈が時代とともに移り変わっていくのはさもありなんと思いますし、
おそらくそうあった方がいいとわたしは思ってます。
…何が言いたいかっていうと望月の歌の色々な解釈を見るのが楽しいってことです。歴史のロマン!

さらに。
本人が書き残していない歌を別の誰かが書き残したというのも異例中の異例らしいので
今頃あの世で道長が実資をタコ殴りにしているかもしれません。
「やっべ娘の結婚式で超うれしかったのと酒とでテンションあがってあんな歌詠んじゃったよ消えたい…
でもまあ盛り上がってよかったしその場の流れで…って思ってたら実資おま何メモしてくれてんの??
テメーはそのへんの女房の単でも数えてりゃいいんじゃ!」(紫式部日記のあれ)
「暴力反対!なんとなく書いちゃっただけだしこんなに残ると思ってなかったし!
だいたいおれ歌詠むの得意じゃないってあんた知ってんのに何無茶振りしてくれてんの??
テメーはそのへんの女房に料紙でもばらまいてりゃいいんじゃ!」(紫式部日記のあれ)

あと、昨日この望月の歌がこんなに盛り上がっていたのは、
・天文学界隈による発信
・歴史学界隈による史料の典拠
・歌を披講する文化
・月
このどれが欠けてもあんなに盛り上がることはなかったと思うので、
文化というのは複合的なものなのだなと改めて思いました。
人文学と社会学と自然科学のコラボだ。

粛々と史料を読んでそこに見つけたおもしろいネタを投下する人になりたい。



シンカリオン46話感想は下にしまってます~。↓
すっげぇリュウジさん回だった上に情報過多でドッタンバッタン大騒ぎな長文ですがよろしければどうぞ。

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ここ掘れワンワン。 

2018, 11. 20 (Tue) 23:57

たいていの人は図書館やミュージアムに行かない、という話を職場の人としていて
業界にいると見えないことっていっぱいあるよなあと思ったゆさです、こんばんは。
うちでもミュージアムに行くのは母と弟だけで、父と妹はぜんぜん興味ないしなあ。
(その代わり別のものに興味があってそっちには猛烈に入れ込んでいる)
図書館も、わたしと母はよく行くけど他の3人はあまり行かないなあ。
(父と弟は読みたい本は自分で買う派)(妹には読書の趣味がありませぬ)
色々と便利な世の中ですが文化に触れる機会は圧倒的に少ない中で
わたしにできることはあまりないですけど、
たとえば友人から「今度〇〇に行くんだけど観光スポットある?」と聞かれたら
「現地のミュージアムに行って」「わからなかったら調べるよ」というのは伝えています。
図書館はともかく美術博物系だったら興味のある分野の展示があれば行ってくれる人はいるので…。
(行くかどうかは個人の自由なので言うだけ)

そもそも「敷居が高い」「興味のある資料(展示)がない」「趣味ではない」「知らない」などなど
企画とか広報とか宣伝とかの課題は山積みなわけですが、
美術系の笑い話としてよく言われるのは
「国宝や世界遺産や有名スポットの中で生活していると日常すぎて行かない」というやつだと思う。
(祇園に住んでて八坂神社行ったことない人の話を過去に聞いたことがあるです)
近くにありすぎるとかえって行かないというのはわたしもよくわかる…
高麗神社とか平林寺とか妻沼聖天山とか近美とか川博とか埼スタとか、実は行ったことないのです;;
大宮の氷川神社も三峰神社もここ数年の間にやっと行ったばかりだし…。
理由はただ単に用事がないからですけど、
近くより遠くに住む人の方が「遠くて普段なかなか行けないからこそ行きたい」ということで
情熱が燃え上がるのかもしれないですね。
わたしも各地に旅行した際には「次いつ来られるかわからないから行けるとこ全部回る」ってなるし。

その話のなかでちょっと気になったことがあったのですけども。
「奈良や京都みたいな掘ったら文化財が出てくるような歴史ある地域」という内容のことを言った人に
少し違和感を覚えました。
ええと、うまく説明できる自信がないのでいつものようにだらだら長くなりますけども。。
西日本に指定文化財が集中しているのは確かですけども、ちょっと考えてほしいのは
文化財というのは文化財保護法に基づき指定されたものなわけでして。
でもって、これもよく言われることですけど
文化財指定されずに埋もれている文化財(になりうるもの)は発見されていないだけで
各地にべらぼうにあるわけで。
それらが何らかのきっかけで発掘・発見されて基準を満たせば文化財になりうるし、
法律が変わって文化財の範囲が広がることで、前は指定されなかったものが指令される場合もあるし
逆に破損してしまい外されるものもあるわけで。
法律や基準は人間が制定するものですから揺らぐんですよね。現にしょっちゅう改定されてますしね。

実はこの前、うちの土地の一部が国指定史跡になったので役所がハンコもらいに来たんですけど
それはその分野を長く研究してきた人たちの成果が実ったわけでとてもすばらしいことだし、
そうやってある日突然、自分の身近にある物が
「今日からこれ(ここ)は文化財ですよ」って国や自治体から言われる可能性はあるし
逆に何らかの理由で外されて一般に戻る場合もあるんだよね。
戦後に文化財保護法ができてから(法隆寺金堂の火災がきっかけです)、
文化財指定というのはそれらの繰り返しで今まで積み重ねられてきていて
だからこう、うまい言い方が見つからないので例えがアレですけど「あやふや」なんですよね。
いつどうなるかわからないっていう。
だから「指定されたからスゴイ」とか「外されたからもうダメ」とかいう言説を見かけると「ん?」ってなるし
指定されたら保存されるけど外されたら保存しなくていいという理由にはならないと思っています。

博物館や美術館は公共や個人の文化を収集・保存したり研究したり一部を展示している施設ですので
文化財について楽しんだり勉強したりするには最適な施設なわけですが、
博物館美術館にあるものとか、研究がすすんでいるものとか
いわゆる権威づけされたものだけが文化のすべてではないと思う。
発見されてない、情報がまとめられてない、研究されてない、保存されてない、から
文化的ではない、とは限らないので。
普段何気なく歩いている道端の盛り土が古墳かもしれない。
学校や職場から出てきた土くれが数千年前の土器かもしれない。
何気なく通り過ぎていたボロボロの社が未発見の神様を祀る神社かもしれない。
自宅の障子に貼られていた和紙が維新志士の手紙かもしれない。
箪笥や押し入れに眠っていた書物が武士の家計簿かもしれない。
そういう可能性は全国各地にあるわけでね…文化財になってないだけでね。
西日本、特に奈良や京都の指定文化財が群を抜いて多いのは確かですし
奈良スゲー京都スゲーっていうのもその通りです。
だってそれだけ研究と手間暇が費やされてきているわけだから。
でもあなたの住む土地も発掘や研究がすすめば奈良や京都に並ぶかもしれないし
「奈良や京都に出土したもの=文化財」的な考えはちょっと気を付けた方がいいよ…と
おせっかいながら思ったのでした。(言わなかったけど)
(ただ、いまの奈良や京都で発見・発掘されたものが研究に回るのは当然だと思うし
奈良や京都が人々にそう思われているという事例は思想史の一環として記録しておいた方がいいと思う)

というか、これは震災が起きたあたりから強く感じていることなのですけれども。
毎年毎年何らかの災害の絶えないこの地球上で、いまの景色が残っている時点で
それはとんでもない奇跡なのだと最近思うようになりまして。
もしこの先地球に何かあって、その土地が消えてしまったら発見も研究もできなくなってしまいます。
自然だけじゃなく人災も、たとえばパルミラ遺跡やアフガニスタン博物館のこととか考えると
歴史研究って常に今が最適なのだと心底思い知らされる…現物があるならなおさらです。
目の前にその物が存在しているなら記録しておかないと、物は今この瞬間も光や酸素に触れて傷んでいくし
いつ消えてしまうかわからないからです。
というわけで国は歴史研究と文化行政にお金ください。(突然)

何を言ってるのかわからなくなってしまいましたが、
文化っていつどんなときに掘り起こされるかわからないしその可能性は地球上どこにでもあるよって、
それが言いたかったんだ…(長いよ)。
江戸時代までほとんど見向きもされなかったけど近代に正岡子規により発掘された万葉集しかり、
近世はほとんど上演されなくなっていたけどファンにより再演されるようになったシェイクスピアしかり、
最近までほとんど埋もれていたけどネットから爆発的な人気が出た伊藤若冲しかり。
誰かが目を向けたことで脚光を浴び保存・研究が進む文化はものすごくたくさんあり、
そういうものの背景には必ずといっていいほど「残そう」としてきた人たちの活動があります。
だから西日本だけが文化的とは思わないでほしいし、
掘り起こされないからといってその土地に何もないだなんて思わないでほしい…。
文化財だけが文化じゃないし指定されない=価値がないわけじゃない、何もないなんてこともありえない。
人が住んできた土地には必ず何らかの痕跡があるので
それらの研究がすすめば人類はもうちょっとだけ人類について色々なことがわかるようになるよ。



シンカリオン45話感想しまっております~。ダァシェリイイィィィイス↓

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第2425回「好きな芸術家は?」 

2018, 11. 16 (Fri) 23:59

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の葉月です今日のテーマは「好きな芸術家は?」です芸術の秋ですね皆様は好きな芸術家はいますか?私は「叫び」で有名な「エドヴァルド・ムンク 」が好きです旅行中にたまたま入った美術館で「ムンクの叫び」を見たときは張り詰めた緊張感が伝わり、鳥肌が立ち、感情を揺さぶられました...
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モネ。
ブログでもSNSでも何度か、いや何度も書いていますけどモネです。もう文句なしに好きすぎてたまらない。
小学生の頃に母親に連れて行ってもらった、今は無き東武美術館での衝撃の出会いから
モネ展とかモネの絵が出る展覧会とか、モネの絵を常設展示している美術館のこととか聞くと
うれしくなってしまって、とにかく都合をつけて飛んでいきます。
モネのどこが好きかと言われると、理由が多すぎて困ってしまうのですが
タッチもモチーフも色彩も見ていて全然飽きなくて好き。
初めて見たときに(確か睡蓮か太鼓橋だったと思う)えっなんかすごい色が明るい…きれい…とヨロッ…として
近くで見るとキャンバスの表面に絵の具がごつごつ残って荒々しいのに
遠くから見るとそのものずばりに見えるってどういう技だよ!と突っ込んで
チェブラーシカのようにバッタリ倒れた時点で、すっかり彼の絵の魅力にとりつかれてしまった気がします。

特に好きなのはやっぱり色ですかね…モネの絵を見て最初に驚いたのが色彩だったので。
空が空で、水が水で、雪が雪で、花が花の色だって思ったのを覚えていまして
あっ色ってこうやって塗ればいいんだ…と子ども心に感じたわけです。
それまでのわたしは(それまでって言ってもまだ数年しか地球で過ごしてませんでしたが)
クレヨンや色鉛筆でスケブに色をつけるのが大好きだったくせに配色センスが壊滅的でテクニックとかもなくて
つまり誰も教えてくれなかったしわたしも誰からも盗もうとしてなかったわけですけど(そういう発想がなかった)、
そこにモネっていう先生ができたんですね。
東武美術館のショップで母に小さな太鼓橋の絵を買ってもらって
花の絵は、特に緑色はしばらくモネみたいな感じで塗っていたように思います。
やがて小学校にあがり学生時代を経て社会人になるにつれて
モネだけではなくルネサンスとか江戸美術とかターシャ・テューダーとか宮崎駿とかCLAMPなどの影響が
付け足されて今に至るわけですけど。

そういえば今日は語呂合わせで「いい(11)色(16)の日」といわれているそうで。
画家の色彩で好きなのは、そんなわけで印象派なのですが
フランドル派やバロック期のはっきりくっきりした色彩も好きだし(影を真っ黒に塗っちゃうやつ)
唐代の水墨画のごつごつふわっとしたモノクロも好きだし
色彩が花開いていく近世美術の革命期すごい好きだし
少なくくっきりした色数で物語を紡ぎ出す古代アフリカやアジアの美術もよき。
各地の王族とか皇帝のいでたちとか金色堂や目黒雅叙園みたいな金ピカロココ調とかも大好き。
最近はライトアップやプロジェクションマッピングなどの光アートも好きです。たーのしー。
絵でも彫刻でも建物でも、塗られたその色を見るとわくわくしてしまって
なんでこの色なんだろう、何か意味があるんだろうか、注文主や画家の趣味だろうか、とか
色んなこと考えたり知るのが昔から楽しくて、
お絵かきでも色塗りタイムが一番好きだったりします。
今思えば「人の目に映る色(つまり光)」をつきつめたモネや印象派にわたしが惹かれたのは
そういう理由だったのかもしれない。
晩年にほとんど目が見えなくなったモネの色彩は一見、ぐちゃぐちゃですけども
かろうじて目に映っていた光の色を精一杯キャンバスに乗せた睡蓮の絵を見ていると
痛々しいんだけどやっぱりわくわくします。

shizeniro.jpg
自然の色彩。
家の庭もあちこち色づいてカラフルになってきています。

shirokuro.jpg
自然の色彩(白黒)。
うちの母にゃんこはお腹の白と背中の黒のバランスが最高なんです。とうとみ。

koyookashi.jpg
お菓子の色。
花扇の紅葉と落ち葉です。鮮やかなオレンジも渋い焦げ茶も、どっちも大好き。

あ。
そういえば三鷹の森ジブリ美術館にて、明日から「映画を塗る仕事展」が始まりますね!
アニメーションの色彩表現とジブリ映画の色について特集された展示だそうです。
特におととし亡くなられた保田道世氏のお仕事(彼女の作る色はジブリ色と呼ばれた)が
かなりの内容を占めると思うので楽しみ☆いつ行こうかなあ。



本日のお絵かき↓
tsuranuki.jpg※クリックで大きくなります
大門山ツラヌキ氏。
加賀宝生による「小袖曽我」の子ども装束と素踊りの紋服姿です。
彼と他のシンカリオン運転士たちによる芸能の絵はpixivにひっそりあげてますが→こちら
この絵は別ヴァージョンです。
背景の紅葉の散らし方をあれこれ試してみた結果、この絵にするかしぶの絵にするか迷って
結局しぶの方の絵を仕上げたのですが、こちらも何となく気に入ってもったいないのでここで供養。
芸能+秋ということで背景を紅葉で真っ赤にしたかったのでしたが
これは空間がある方がしっくりくる気がしている。

ツラヌキくんの出身地である金沢は「空から謡がふってくる」と言われるほど能楽のさかんな街で
江戸時代には殿様から職人まで謡を口ずさんでいたそうです。
ので、彼にぜひ加賀宝生をやってほしいなと思ったのでした。
普段洋服を着ている子がたまに和服着ると似合いすぎる問題。お正月にはみんなで着物きてほしいな。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

わたしの芸術は自己告白。 

2018, 11. 12 (Mon) 23:59

munch1.jpg
東京都美術館で「ムンク展-共鳴する魂の叫び」を観てきました。
ノルウェーのオスロ市立ムンク美術館が所蔵するエドヴァルド・ムンクのコレクションが
約100点ほど来日する回顧展です。
ムンクについては過去に西美で連作を見たのと、「叫び」を描いた人という知識しかなくて
暗くて強烈な印象ばかりが先立っていましたが
今回は画業の始まりから晩年まで色んな絵がありましたので過去の展覧会よりはマイルドでした。
で、やっぱりそんなに明るい雰囲気ではなかった^^;

自画像をたくさん描いた画家といえばゴッホですが、ムンクも相当な自画像を描いたようで
(現存するのは80点ほど)30代の頃のリトグラフから晩年の油絵までたくさん展示されていました。
ポートレートのようなものもあれば、青空や家の壁をバックにしたもの、
スペイン風邪をひいた後のげっそりした顔まで描いています。
年齢がわかっている絵もあって、19歳で絵の学校に入学した際の初めての自画像は
自信に満ちあふれて胸を張っていてかっこいいし、
63歳のときに家の前にいる自分を描いた姿はちょっと斜に構えてニヒルな雰囲気で
見ているこちらもつられてニヤリとしてしまう。
地獄の自画像は自分の裸体をカメラで撮影し(ムンクはコダックのカメラを持っていたらしい)、
背景に炎と影の渦を描きこんだすさまじい作品ですが
中央のムンク自身が静かに立った姿で描かれているので業火のような凄みは感じなかった。
あとムンクが撮影したシルバープリントの写真も展示されていて
横顔や帽子を被った姿、フランス革命のマラーを真似た雰囲気で撮ったもの、
コペンハーゲンの精神病院に入院していた頃のものなど色々ありました。
ムンクは自撮りすることが多かったようですが、フィルムカメラで自撮りってすげぇ勇気ありますな…!
デジカメと違って消せないから失敗したときのことを考えるとできない…と思ってしまうのは
わたしがすっかりデジカメに慣れ切ってしまったせいかな。ムンクはチャレンジャー。

家族や友人たちの肖像画。
両親や姉、叔母など身近な人々のこともたくさん描いています。
早くに亡くなった姉を描いた「病める子」シリーズは前にも見たけど
リトグラフでざくざくしたタッチの割には描かれた姉の横顔がとてもきれいで
ムンクって絵うまいな…などと、至極当たり前のことを考えてしまった。。
知識グループのボヘミアンたちや作家のアウグスト・ストリンドベリ、ヘンリック・イプセンなども
リトグラフでざくざく描かれていて、
バイオリニストのエヴァ・ドムッチ(ストラディバリウス奏者)は豊かな黒髪に目鼻がきりっとして美しく、
モノクロでべったりとした表現なのに立体感があってすごい。

パリに留学して印象派に強い影響を受けてからはカラーで描くことも増えたようです。
「夏の夜、渚のインゲル」は海辺のごつごつした岩の上に白い服の女性が座っていて
涼しげでとても綺麗な絵だなと思いました。
ヤッペ・ニルセンの恋煩いに着想を得たという「メランコリー」は憂鬱そうな男性が手前に描かれ、
背景はノルウェーのフィヨルドと曇った空で、確かになんとも陰鬱な雰囲気。
「渚の青年たち」は友人の子ども部屋に飾る絵がほしいと依頼されて描いたようですが
メランコリーの構図に複数の顔のない人物たちがゆらゆらと描かれていて
これ子ども部屋にあったら気が滅入るんじゃないかな…などと心配してしまった^^;
またこの頃から同じ構図、同じモチーフを繰り返し描くようになるそうで
特によく描いていたのは「月の柱」。
夜空に浮かぶ月の光が、海の水平線から波打ち際までゆらゆらと真っすぐ伸びている形を
これ以降の作品にいくつも描いています。
要するに海の絵、それもノルウェーのフィヨルドの海をよく描いていたということなんだな…。
2枚並んでいた「浜辺にいる2人の女」は多色摺版画で、一方は赤い砂浜、もう一方は緑の砂浜で
その色がくっきりしているので熱を感じたり重さを感じるなど。
あれっと思ったのが「夏の夜、声」。海と月の柱を背景に女性がど真ん中に立っているのですが
隣の「瞳、声」では夏の夜の女性の首だけが地面にぽつんとあって、やはり背景は海と月の柱で
夏の夜にはなかったボートが浮かんでいて何かの暗示のように見えた。
「幻影」も、おそらく夜と思われるくらい暗い色の水面に白鳥が泳いでいて
白鳥の足元には女性の首が浮いていましたがこれも暗示なのかな。
「人魚」は個人的に月の柱が最も美しく描かれているように見えたし
浅瀬に身を横たえる人魚にも、フィヨルドにごつごつと転がる岩にも月の光があたっていて
その色がもう、とにかく綺麗でした。
白や黄色や青や緑や…月光ってこんなに豊かな色彩で表現できるんだなと知りました。いやはや。

この後はいよいよ、「叫び」です。
munch2.jpg
来日していたのはこちら。
ムンクは「叫び」と題する同じ構図の絵をパステルやリトグラフなどで複数描いていて、
これはそのうちの一枚で油絵です。
この絵の前だけ人だかりがすごくて、最前列はパーテーションで行列ができていて
例によって係の人に「歩きながら見てください」と言われながら鑑賞するパターンでした。
とりあえず列に並んでまず最前列で鑑賞、その後パーテーションの後ろから穴が開くほど観てきました。
これが盗まれて戻ってきたあの絵か…と、十年以上前の騒動を思い出しながら
パーテーションの後ろからしみじみ見つめてしまった。
(その盗難から取り戻すまでのいきさつが書かれた本を過去に読みましたがおもしろかったです)
修復されてだいぶきれいになったみたいです。よかったねえ。

この絵を描くきっかけになった原体験をムンク自身が日記に綴っていますが、
夕暮れの道を歩いていた(疲れて気分が悪かったらしい)ら太陽が沈み、雲が血のように赤くなり、
自然を貫く叫びのようなものを聞いたと思ったのが最初だそう。
(その文章は後年に何度も書きなおされて様々なヴァリエーションがあるようです)
空も雲も血のように塗った理由を彼は「色彩が叫んでいた」と表現していて
それがもう既に彼の叫びに聞こえる気がする。
橋の奥を歩く人物2人は男性とはっきりわかるのに
中央の人物は誰ともわからなく描かれているちぐはぐさが何ともいえずムズムズしました。
何より赤がすごく綺麗で、幻想よりも崇高さを感じました。
この絵の両隣に「絶望」(叫びと同じ背景にうつむいた男性)と
「不安」(叫びと同じ背景に黒服の人々が行列をつくっている)が並べてあって
これらは生命のフリーズ(建築の装飾帯「フリーズ」になぞらえた)という連作になっているそうな。

わたしが「叫び」をいつ知ったのか、はっきりとは覚えていないのですが
たぶん小学生の頃にはそういう絵があるというのをテレビや雑誌などで何となく知っていた気がする。
ただ、今回来日した油絵はほぼ白目で、その頃知っていた絵とは微妙に異なっていまして
最初に何かで見た「叫び」はカラーで瞳が描かれていたように記憶しているので
たぶんパステルだったのでしょう。
他の「叫び」もオスロの美術館が所蔵しているそうなのでいつか見る機会があったらいいな。

人間同士のふれあいというか、「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」の3つのモチーフの絵だけが並んでいて
しかもひたすら同じ構図で描かれた絵のコーナーも。
接吻はキスをする男女の全身図がキャンバスの中央にあって、背景は月明かりだったり窓辺だったりしますが
男女のポーズはどの絵もほとんど変わらず立ちポーズだったりします。
吸血鬼も、横たわる男性に覆いかぶさってキスする長い髪の女性という構図だけで
油絵でもリトグラフでも何十枚と描いているらしい。
本当に血を吸っている絵なのか、血を吸うほどのキスという表現なのか、解釈は色々できそうですね。
(ちなみにムンクの草稿によると後者のようです)
マドンナは当時の恋人がモデルで、やはり豊かな長い黒髪の裸体の女性が妖艶にこちらを見下ろしていて
背景は真っ暗だったり胎児と精子が描いてあったり、おそらく死や生の表現だと思う。
マドンナと吸血鬼を裏表に貼りつけた石板もありました。
なぜここまで同じモチーフ&同じ構図を繰り返し描き続けたのかというと
ほとんどの画家にとってそうであるようにムンクにとって作品は「子どもたち」であり、
生活のために売る絵もあるけど同じようなものを手元に置いておきたかったからなのですって。
晩年の自画像には、自分の作品を何枚も飾った自宅の部屋をバックにした絵もありました。

「目の中の目」で向き合っている男女、「別離」で互いに背を向けた男女が並んでいて
なんだか恋人を作っては別れ作っては別れて、生涯独身だったムンク自身のよう。
「嫉妬」は緑の部屋シリーズと呼ばれる連作のうちの1枚で
男女のキスを目撃した男性がものすごい顔をしていて映画のワンシーンのよう。
「マラーの死」は、室内のベッドに右手が血まみれの男性が横たわって
ベッドの前には女性が立ち、どちらも全裸です。
これは結婚を迫る当時の恋人トゥッラ・ラーセンとの間に銃の暴発事件を起こして
ムンクが左中指を失った経験が反映されているのではないかと。
「生命のダンス」は月の柱のある海辺で踊る人々の絵で
それぞれ白(清らかさ)・赤(性愛)・黒(拒絶)のドレスを着た3人の女性が最も大きく描かれ、
赤いドレスの女性が踊る相手は聖職者だったりします。
背後の人々も楽しそうというよりは半ば狂乱したような踊り方で
ムンクはその光景を「戯画のよう」と草稿に書き残しています。
ダンスといえどキラキラした絵を描くわけじゃないのが、すごくムンクっぽい気がする。

友人やパトロンを「守護者」と呼んだムンクは彼らの肖像も描いています。
よくあるバストアップから縦に長い全身図まで様々。
ニーチェの肖像画を描いていたのは知らなかった…!
彼の妹エリーザベトに頼まれてニーチェの死後に写真をもとに描いたそうです。
びっくりしたんですけど背景が「叫び」にそっくりというか、あれを左右反転させたような背景でした。
ムンクはニーチェを、ベランダに立ち谷を見下ろす「ツァラトゥストラの詩人」として描いたそうで
それは自然の叫びを聞いたという例の原体験にも通じるような気もする。
エリーザベトの肖像画もあって、兄妹で描いてあげたんですね。
ムンクが後年、精神病で入院した際にお世話になったダニエル・ヤコブソン医師は仁王立ちの全身図ですが
片足に馬の蹄(悪魔の意味)が描かれていて、頼りにしつつも複雑な思いが見てとれました。
(ちなみにこのとき例の「アルファとオメガ」を制作している)
緑色の服を着たインゲボルグはムンクの家の家政婦さんで、
彼女のドレスだけではなく背景の草木も様々な緑色で塗られていてとても明るい絵でした。
思ったんだけどムンクって緑の使い方がむちゃくちゃ上手いな…!
「死と春」も、室内に寝ている病気の姉と屋外で輝く自然の緑が対比されていて
暗さと眩しさとでくらくらしたし、
「庭のリンゴの樹」もたわわに実った青リンゴが明るく描かれていました。
ムンクにとって緑は生命の色なのかも。

パリやベルリンを経てオスロに帰った頃に残した風景画もいくつか。
「疾駆する馬」は雪景色の中を駆けてくる馬を生き生きと描いていて迫力がすごい、
ムンクにしては珍しく動きのある絵です。かっこいい!
「太陽」は巨大なキャンバスに描かれて、フィヨルドの海に太陽がのぼる景色なのですが
画面いっぱいに太陽の光がワーッと散らばっていてものすごく立体感を覚えました。
海に太陽の柱までできてるし。
「黄色い丸太」は、雪景色の林の中に切られて倒された大きな丸太が描かれて
奥行きを感じました。さっきまでべったりした絵ばかり見てきたのでちょっと新鮮だった。

ムンクは1943年12月の誕生日を祝った数日後、自宅の近くで爆発があり窓ガラスが吹き飛ばされて
冬の寒さに気管支炎を起こして翌年1月に亡くなっています。
自宅に残されていた作品はムンクが気に入って売らずにいたもので、
それらはすべてオスロ市に寄贈され現在は同市のムンク美術館が所蔵しています。
つまり今回見た作品群はムンクお気に入りコレクションなのだ!ちょっと楽しくなりました。

予想以上におもしろかった!
全体的に暗かったけど、思ってたような暗さではなく、むしろつとめて明るい色を使うようにしていて
そのうえであの暗さなのかもしれないなあと思いました。
絵はどれも綺麗に描いてありました。人の首がとか、血を吸われてるとか文字で書くと怖いけど
表現されたものはみんな綺麗でした。
自分の芸術は自己告白、と60代の頃のスケッチブックに書きこみがあるそうで
表現は直接的でもどこか諦めや静けさを心の中に持つのがムンクという人だったのかもしれない。
過去に西美で連作「アルファとオメガ」を見たときは怖いやばいとしか感じられませんでしたが
たぶん一番強烈な部分だけ見てしまったからだと思う。
今回まとめて見てみて、彼の画業の通過点のひとつとしてあの表現があったことがわかったので
次にアルオメを見る機会があったらもう少し冷静に見られるかな。それとも変わらずやっばい!と思うのかな。
楽しみです。

(あとムンクは同じモチーフを同じ構図で無数に描いてますけど、モネやゴッホを見たときもそうだったけど
ムンクの作品群を見ていると絵は同じもの同じ構図同じ色で好きなだけ描いていいんだな…と思えてくる。
絵描きなら違うもの、新しいものを描かなければならないみたいな強迫観念にたまに襲われるんですが
今日はとても勇気をもらいました。有意義な時間でした)

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展覧会公式キャラのさけびクンがかわいい。
最近は展覧会にもゆるキャラが作られるようになって和みますね^^
あと、この展覧会限定でデザインされた叫びピカチュウのクオリティが想像以上でした!
あれはかわいい。



シンカリオン44話感想は例によって追記です。↓
ゲンブさんの件がショックすぎて少々長くなりました。

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かえるの旅路その2。 

2018, 11. 08 (Thu) 23:56

前回からだいぶ書いてなかったなあと思いますが、「旅かえる」続けています。
かえる氏はわたしが食べ物と道具、クローバーを用意しておけば自由に旅に出ていくので
のんびりだらりと続けられるのがこのアプリのいいところ。

相変わらず素敵な写真を送ってくれるのですよ~まずは名所めぐりからご紹介します。
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五大堂の透かし橋。落っこちないか心配^^;

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五色沼。
わたしも子どもの頃に家族と行きましたが本当にきれいなところで好きだ~。

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雷門。浅草は人いっぱいで賑やかだったろうな。

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金沢の兼六園。徽軫灯籠を眺めてきたのですね。
あちらはそろそろ雪吊りの季節でしょうか。

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奈良公園。鹿さんと仲良く過ごしてきたようです。

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出雲大社。これは本殿じゃなく神楽殿の方ですね。

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道後温泉本館。振鷺閣の白鷺が見えます。
赤いギヤマンガラスの向こうには刻太鼓。時を告げる音を聴いてきたのかな。

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太宰府天満宮の参道にある梅ヶ枝餅屋さんかな?天満宮にもお参りしたのかな。

お友達との写真も少しずつ送ってくれます。
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ネズミの道具屋。羽ペンを物色してきたみたい。
柱にいっぱい試し書きしてるけど、いいペンは買えたかしら^^

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アリのお友達。
葉っぱの舟を器用にこぐアリさんたちに出くわしたみたい。

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蛾のお友達。
どこに運んでもらったのかな~気持ちよさそう。夜空のお散歩。

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提灯提げて、じゃない揚げて、ここはどこの洞窟じゃ。

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テントにて。月がきれいですね。

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夜明け。かえるの旅は今日も続きます。

旅かえるの何がいいって、写真のクオリティが高いところなんですよね。
イラストのタッチですけど、細かいところは細かくて質感がとてもあって
何より色が自然色で塗られているところが好き~。
色合いがやさしくて、でも影がないかというとそうでもなくて影は暗くて
赤を使うとぱりっと引き締まったりする。
色彩センスのある方が制作されているように感じます。今後も楽しみだ~!


いつものようにシンカリオン43話感想が続きにあります。↓
ツラヌキくんとゲンブさんが面白すぎてちょっと長くなりました。

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夏目と黒猫とシンカリオンの旅。 

2018, 11. 04 (Sun) 23:58

京都と名古屋に行ってきました☆
京都国際マンガミュージアムの夏目友人帳展と、仁和寺の黒猫御朱印と
リニア鉄道館のシンカリオン展をはしごするという、午前は猫で午後は新幹線なスケジュールでした^^;
いや、その、どれも行きたかったというか諦められなかったというか…
2018年も残り2ヶ月というのにほんと何故こんなことになったのか、
すべてはシンカリオンのせいです。もう振り回されっぱなしです。
いいんだ楽しいから!
(あと、わたしいつも旅行記事ではごはん写真載せてますけど
ご覧になっていただければおわかりいただけると思いますけど今回は移動距離がむちゃくちゃなので
食事はすべて移動中の交通機関でコンビニおにぎり食べてます。
写真載せてないけど抜いてはいませんのでご安心くだしあ。合間にスイーツも食べてるしね)

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夜行バスで京都入りして京都国際マンガミュージアムへ。
ずっと気になっていた施設ですがなかなか来る機会がなくて今回やっとデビューです。

マンガミュージアムは国内や世界のマンガを収集していて閲覧もできる施設で、
マンガ関係の博物館の規模としてはおそらく日本一です。
100年以上前のものから現在刊行中のマンガまで約30万点ほどの資料を所蔵。
過去50年のマンガは開架閲覧室で自由に読むことができ、
それより古い資料は閉架式で閲覧登録をすれば見られるそうです。
わたしが入館したとき既にたくさんの大人や子どもが棚の前でマンガを読んでいました。
棚のジャンルも色々あって、殿堂クラスから最新刊、毎月変わる特集、翻訳もの、
京都精華大学の学生さんが選書した棚などもありました。

2018kyoto_61.jpg
目的はこちら!ニャンコ先生とふりかえる夏目友人帳記憶展。
アニメ化10周年&映画公開記念のミニ展示が開催中でした。
会期ギリギリになってしまったけど来られてよかったです。

2018kyoto_63.jpg
入館して夏目の展示をやっている2Fに上がると、回廊に火の鳥オブジェ。
京都の仏師が仏像彫刻の技術で彫り上げた手塚治虫の火の鳥です。
寄木作りで目は玉眼、よく見ると確かに木の質感であることがわかりました。きれいだ。

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展示のあるギャラリー入口。中は撮影禁止です。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ。

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遮二無二図書館。 

2018, 10. 31 (Wed) 23:50

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図書館総合展に行ってきましたよ~。
おととし以来の参加だったのでテンションも期待も2倍でした。楽しかった!
図書館界の進化について本気出して考える3日間は今年も盛り上がっているぞよ。

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今年もキハラさんのブースは大賑わい&長蛇の列。
ブースをぐるりと囲むように行列が組まれていました。
数量限定のクッションが大人気のようで禁帯出は早くも完売していました。(わたしは既にゲット済み)

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パーテーションがアツイ。
禁帯出・館内・貴重書・書庫のマグネットはあるけど(全部持ってる)参考書はまだ出てませんよねキハラさん!
来年は出してほしいです待ってます。あと寄贈書とか教師用柄のマグネットも欲しいです待ってます。

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禁帯出バッジに禁帯出ボールペン、タオルにリーディングトラッカー。
お買い物をするとノベルティとして禁帯出・館内クッキーがどちらか1個いただけると聞いたので
2回お買い物して両方ともゲットするというセコいことをやりました。よい子は真似しないでね。
トラッカーは色つきにするか迷いましたが結局クリアに。これがあると行間の狭い本が読みやすくなるのだ。

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ナカバヤシのミニチュア図書館のクオリティがすごい!
スタッフの人が何日もかけて作ったそうです。
棚に収まっている本はひとつひとつにお花柄の千代紙でブックカバーが貼られて
カウンターも椅子もテーブルも、新聞は見出しがあるし和綴じ本も題名紙ついてるし
紙芝居はタイトルも絵も描いてあってどこまでも細かい!
こういうちょっとした図書室ってどこにでもあるよねえ…どこにでもある感を出せるのすごい。

20tosho_6.jpg
特に感動したのはカウンター周り。
パソコン画面をご覧ください、検索用OPACが細部まで再現されています。
作業中でしょうか、和綴じ本が無造作に置かれているし、ハロウィンかぼちゃもあって季節感を演出。
これきっと11月になったら落ち葉かクリスマスツリーになるんですよ…そうです図書館は季節を感じられる場所…。
あと司書さんの後ろにある新聞ラックと閲覧棚、角度が絶妙に再現されているうえに
新聞も1面見出しのフォントとか写真とか、下段の広告まで作り込まれて本物のような雰囲気で
感動してむちゃくちゃ写真撮りまくりました。
スタッフの人が「ネットにじゃんじゃんアップしてください」と言ってくださったのも有難かった☆

20tosho_7.jpg
猫ピッチャーのミイちゃん!
出展している図書館や企業のマスコットも会場内にたくさんいました。

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図書館のイベントで縄文の女神に遭遇。okamotoの耐震展示ケースの紹介です。
本物は縄文展で見たのでこれはレプリカですけど一瞬びっくりしました。

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図書館×ボードゲームのブース。
図書館でゲームをやる、図書館がゲームを収集・保存するという試みは欧米では当たり前に行われているけど
(コミュニケーションツールや文化資料として捉えるのでコレクションとして収集対象になるらしい)
日本ではまだ発展途上で、
ここでは実際に各地の図書館で行われている事例を紹介したり、実際にプレイすることもできます。
ゲームも進化の早いメディアなので10年前のソフトとか生産終了したものの中には既にプレイできないものもあって
このままだとゲームの歴史が記録・研究されないまま散逸してしまう可能性もあるというのは以前から指摘されていて
こういう取り組みで少しずつでも流れを変えて行かないとなあ。

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布の絵本連絡会主催の着物シアター。昔話の場面を再現した着物でお話し会をします。
わたしが見たのは一寸法師。写真は、打ち出の小槌で法師が大きくなるシーンです。
それまで人の手で持って動かされていた法師が突然、大きくなって着物ににょきにょきっと出てくるシーンは
ぎょっとしたけどおもしろすぎました(笑)。

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図書館に関する同人誌即売会「としょけっと」。
図書館が舞台だったり、図書館関係者が執筆した同人誌を委託販売しています。
これ個人的にすごく楽しみで行ったら、わたしが欲しかった本はすでに完売でした…早いよ。まだ2日目だよ。。
などと泣きそうになっていたら、

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え、え、鞄図書館が置いてある!しかも同人誌の方!!
どんな本でも出せる鞄を持っている司書さんのマンガなのですが、惜しまれつつ完結しまして
単行本未収録のエピソードを作者の芳崎せいむ氏が個人同人誌として出してくださったのですよね。
わたしは5月のコミティアでゲットしたので今回は買わなかったけど、
夕方にトークイベントを開催するという張り紙を見てヒャッハー!ってなりまして
午後のフォーラムの後イベントブースに行って聴講しました。

フォーラムの終了時間とトークイベントの開始時間が10分ほど被っていたので
出だしの方は聞けなかったけど、途中からでも聞けてよかったです。
芳崎さんのアシスタントさんの思い出話で、その人が通っていた学校の図書室に漫画がたくさんあって
その選書が芳崎さんの好きなマンガとまったく同じで
アシさんに「〇〇とか〇〇がありました」って言われて「それ読んだ!」ということが多くて
とても盛り上がったことがあるそうです。
そのアシさんが読んだそれらのマンガは、当時のアシさんはとても読もうとは思わないような内容で
でも図書室だったから無料で読めるというのもあったし、
何より自分の好みと違ったものと出会えたというのは図書館ならではだと思ったそう。
司書としてはその選書が適切だったかどうかはわからないのですが
同人界隈によくある、好きなものを仲間に与えて沼に堕とすみたいなことが
学校の図書室でもありえるのだと思ってちょっとおもしろかったです。どんなラインナップだったのか気になる。
あと日本図書センターの『夢のお仕事大図鑑』に金魚屋古書店が取り上げられたお話もしてくださったり
昔から本とマンガには興味がありました~みたいなお話もされていました。
(小学生の頃には漫画家になりたいと言っていたそうな)
子どもの頃から本がお好きで図書館にも通っていて、無料で何でも読める空間が楽しくて
可能性を広げてくれる場所であると考えていらっしゃったとか。
あと意外だったのが、芳崎さん、読み聞かせがお好きとのこと!
特に紙芝居読みが得意で子どもの頃はお友達に「やって~」と頼まれることも多かったようです。
そして、もし自分が司書になったら朗読会をやりたい、みんなで短編を1行ずつ読む集いをやりたいとおっしゃって
短編なら『風の十二方位』で、長編なら『アルジャーノンに花束を』にチャレンジしてみたいとのこと。
視覚メディアである漫画を描く芳崎さんが、耳で聞くことがメインの読み聞かせをやりたいとは!と
司会の方がびっくりされると、
「耳から聞いて好きなのは太宰治。ユダの話(駈込み訴へ)が好きです」とさらりとおっしゃいました。
昨今、朗読される機会の多い太宰だけど駈込み訴への朗読はまだ聞いたことないですね…
読まれたらどんな雰囲気になるんだろう。

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トークイベントが終わって帰ろうとしたらスタッフさんからお土産にと
コミティアクロニクルをいただいてしまいました。
4年前に30周年を迎えたコミティア出品者の中から選りすぐりの作品を収録した作品集なのですが
参加された作家さんの名前が見たことある人ばっかりで!
コミティアから商業誌デビューした人ってこんなにいるんですね…
いやコミケとかガタフェとか赤ブーからもいるしな…そりゃそうか…!
というか全国の公立・学校図書館のみなさーん!コミティアさんが太っ腹なことをされているので要チェックですよー!