第2333回「最近読んでいる本や好きな本は何ですか?」

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の神田です
今日のテーマは「最近読んでいる本や好きな本は何ですか?」です
食欲の秋、運動の秋など○○の秋というフレーズがたくさんありますが、やっぱり「読書の秋」は欠かせません!
小学生の頃にはよく「秋の読書月間」とかやっていたなぁと感じます...
FC2 トラックバックテーマ:「最近読んでいる本や好きな本は何ですか?」


読書の秋ですねえ。
最近読んだ本は高楼方子さんの『街角には物語が……』で
具体的に地名は記されませんがヨーロッパ風の旧市街が舞台の連作短編集です。
6編のお話にそれぞれ主人公がいて、彼らはみんな想像力が豊かで
部屋の窓から見える光景からたらればを妄想したり、仕事先の同僚の転職理由を本当かな?と疑ったり
友達とのティータイムに話が続かない理由を考えたり、おじさんのくれた瓶に一喜一憂する少年がいたり
子どもの頃からずっとシューティングゲームを続ける男性にお店の夫妻が想像をめぐらせたりと
想像の中で自由に遊ぶ人も、自分の想像に自分でおびえてしまう人もいる。
中には本当に不思議に遭遇する人もいて、絵本の表紙に描かれた少女に
「わたしと入れ替わってみない?」と誘われてOKしてしまう少女は
ちっとも怖がらずにあっさり受け入れて夢を見続けていて…果たして街に戻ってくるのかどうか。。
恋人の真正面の顔しか知らないという青年に占い師が助け舟を出す話が一番何でもなく終わったな…
高楼さんはこういう、ぞくっとする話としあわせな話を組み合わせた物語づくりがうまいので
毎回、これどうやって終わるんだろう…とドキドキしながら読めるのが楽しかったりします。
オチもああよかった!と思うときと、ん?本当に良かったのかな…と思うときと
いやいやいやいやいやってなるときと、おお丸く収まったすげぇ…ってなるときがあります。

あと平松洋さんの『猫の西洋絵画』にて油絵や水彩画の猫たちに癒されました(=^ω^=)ニャー
18世紀~20世紀の、主にヨーロッパの画家たちによる猫の絵が紹介されていて
(それまで絵画の脇役だった動物たちが絵のモデルとして描かれるようになり
動物画というジャンルが確立されてきたのがこの時代なのだそうです)、
猫たちが中心の絵が多いのですが子どもたちや女性たちと一緒にいる絵もあって
どの子も目がくりっとして毛もふわふわで、猫をよく知っている人たちが描いてるなあと思う。
過去に猫まみれ展で見たアンリエット・ロナー=ニップ(この本ではヘンリエッタ・ロナー=クニップ表記)の絵もあり
黄色いクッションに白猫がゆったりと座って、周りに子猫たちが寄り添って寝たりごはん食べたりして
思い思いの行動をしながら過ごしているのがほんとにかわいい^^
あと猫関係の本では『猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる』とか『猫ミス!』が気になっていて
どちらも数人の作家たちによるアンソロジーなので読んでみたい。
桜井海さんがTwitterで連載している『おじさまと猫』もほのぼのしてかわいいマンガです、おすすめ。
映画「劇場版岩合光昭の世界ネコ歩き」もそろそろ公開されますね。

マンガですと最近読んだのは浅野りん『であいもん』、宇佐江みつこ『ミュージアムの女』、
小沢かな『ブルーサーマル-青凪大学体育会航空部』、桐丸ゆい『江戸の蔦屋さん』、
小林ロク『ぶっカフェ!』、さもえど太郎『Artiste』、白浜鴎『とんがり帽子のアトリエ』、
鷹野久『バスキュレ』、灰原薬『応天の門』、ユペチカ『サトコとナダ』
あたりですかな。
であいもんは和菓子が猛烈においしそうだし、バスキュレは硬派な世界観がすごく深いし
ぶっカフェは天上天下唯我独尊!って言いながらドンペリ開けるの最高に笑ったし
江戸の蔦屋さんは鳥山石燕と喜多川歌麿の師弟関係が個人的にツボでかわいかったし
ミュージアムの女の美術館あるあるは同意と尊敬と戒めのオンパレードだった。
ブルーサーマルは熊谷市が舞台の青春マンガですので埼玉県民のみなさま読んでみてくだされ、
コミックバンチのサイトで一部無料で読める話もありますぞ。
(ガイコツ書店員本田さんにWebで売れたマンガは紙でも売れる法則の話が載ってたけどあれ超わかる…
最近は余程一目ぼれしたり自信がない限りはジャケ買いしないので
数ページでも1話でも1冊でも試し読みができるのは本当に有難いです。
仕事や趣味など色んな理由で本を読む日々ですが勘で全部買ってたら当たり外れもあるので
本棚に置き場所がなくなるし(ゆさは電子書籍推進派の紙書籍派です)、
お財布と相談したり図書館で借りて読んだ中でうおおおお!ってなった本を手元に置いてます)


好きな本に関しては自己紹介記事や過去記事に何度か書いているので割愛しますが
相変わらず本の好みは変わってないように思います。
絵本や児童書、エッセイ、マンガ、画集、古典、学術書などを主に読んでいて
一般小説や歴史小説は気が向いたり気になったタイトルがあったりしたら読みます。
最近読むようになった作家さんは辻村深月さんや松田青子さんですね~。
色んなこと想像したり考えたりしながら読める文章を書く人たちなので
読み終えると「うおお読書した」って実感します。汗をかくほどじゃないけど充実した時間というか。
話題のカズオ・イシグロ氏の本は過去に『浮世の画家』と『わたしを離さないで』を読みましたが
どちらも読了後にどっと疲れた覚えがあるな…彼の本は体力のあるときじゃないと読めないですね。

なぜかわからないのですが昔から文字や文章が好きで、親に本読んでって絵本を持って行ったり
布団で読んでもらってる最中に親が寝オチしたら「続きは!?」って起こしたり(疲れてたんだろうなぁごめん)、
読めるようになったら家の本棚から手ごろな本を勝手に引っぱり出して読んだり
国語の教科書や社会科の資料集はもらった時点でさっさと読んじゃったし
学校の図書室には入り浸ったし図書委員も何度か経験してる。
物語だけじゃなく辞書や年鑑、統計、時刻表、楽譜、同人誌なども読むの好きだし
本の帯や雑誌のアオリ文、新聞、パンフレットやチラシ、広告、ゲーム画面の説明文やセリフ、
ミュージアムのキャプション、神社やお寺に貼ってある〇〇の言葉みたいな貼り紙、
石鹸やシャンプーのパッケージのフローラルの香りみたいな宣伝文なども面白がりながら育ってきまして
そんな日々に今はネットが加わってしまったのでもはや飽食状態。常にお腹がいっぱいです。
ブログやTwitterはどんどん言葉が流れてくるからつい時間を忘れて読んでしまいます…
あれも一種の読書だよね。
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どうしてなの?

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上野の森美術館の「怖い絵」展に行ってきました。
ドイツ文学者の中野京子氏の著書『怖い絵』をヒントに
絵に込められた物語や時代背景を読み解きながら鑑賞しようというコンセプトの展覧会です。
(中野氏は展覧会の監修も務めキャプションにメッセージを添えておられます)
本は出版された当時に読んでいますが、そのラインナップが来日するのかと思いきや
今回は展覧会のために改めて選ばれた作品が展示されています。
本に載っていた絵もいくつかあったので「おーこれは」などと読書当時を思い出したりもしました。

ベストセラーの企画のため初日から大混雑と聞いて、公式の混雑情報も確認しつつ行ったら
入場までだいぶ待つ羽目になったし会場でも絵の前に常に10人くらい人がたゆたっていたよ…!
こりゃ会期末まで混む一方な気がする。
あと音声ガイドを借りている人が多く、彼らは解説を聞き終えるまで絵の前で不動明王になるので
それも混雑の要因になっている気がします。
いや、せっかくだし解説ゆっくり聞いてもらっていいんですけどね。キャパがね。会場の問題ですね。


幽霊や妖怪、地獄絵、ホラー、グロ絵画など恐怖をテーマにした展覧会はたくさんありますけど
今回は見たままに怖い絵のほかに一見、怖くないと感じる明るい絵や何気ない日常風景の絵も
視点を変えたり歴史や画家の背景を知ると「あれ、もしかして怖い絵だったかも」とか思えてきて
絵画の見方が深くなるようなキュレーションになっています。
いわくつきとはまた別の意味でゾクゾクっとするというか。
テーマがテーマなので悪魔や怪物、犯罪者、戦争、社会問題などの絵が多くて
神々や天使がいたとしても気まぐれに人間を動物に変えたり街を破壊したりするし
人間たちは神々や自然に振り回されたり欲望のままに行動したり争ったりしていて
「えぐい」「こわい」「うえっ」「ひでぶ」「あーあ」とか言いたくなる絵が多かったのも
いつもの鑑賞の雰囲気と違って楽しかったです。
そして見れば見るほど制作の背景や意図を知りたくなるんだ…うまい構成になってますよ。
この見方を応用すれば普段あまり怖いと思ってないモネやルノワールが怖く見えてきそうだし
ムンクやゴヤはもっと怖くなりそうです。楽しい。

作品は6つの章ごとに展示されていて、まずは神話と聖書。
トップバッターで出迎えてくれる「オイディプスの死」は
母と結婚したことに絶望したオイディプスが娘たちに添われて死を迎える場面の絵で
両目をえぐられた顔がこっちを向いてるので「おぶぅ」(ぼのぼのの声で)とか言いたくなりました。
最初からこれか。容赦ないな。。
続いて「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」。
杯を差し出す魔女キルケーの後ろに鏡があり、オデュッセウスと思われる男性が写っていて
キルケーの足元には魔法で豚に変えられたオデュッセウスの部下たちが転がっています。
結構大きくて迫力のある絵ですがやってることめっちゃえげつないすな。。
「オデュッセウスとセイレーン」は、キルケーの島を去った船上でうっかり耳栓し忘れたオデュッセウスが
海の魔女セイレーン(サイレンの語源)たちの歌う歌に惑わされ狂乱させられる絵で
とてもきれいな絵なのですがやってることはやっぱりえげつない。
(ちなみに耳栓をしなさいとアドバイスをくれたのはキルケーなのですが
オデュッセウスは「そんなに美しい歌なら聴きたい」とか思っちゃったらしい…アホの子なのか)
「ソロモンの判決」は1人の子どもを2人の母親が自分の子だと主張するので
ソロモンが「じゃあ子どもを真っ二つにして2人にあげる」と、とんでもないことを言うと
1人は「裂いて」と言い1人は「裂かれるくらいなら彼女に譲る」と言ったので
本物の母親がわかり子どもは返された…という場面の絵画化。
有名なテーマなので別の画家の絵も見たことがありますが、今回のジャン・ラウーは
子どもの足をつかみ剣で裂こうとする男性が中央にいて、ソロモンは右におりました。
「ソロモンすげえ」がテーマなので(実際は神に知恵を借りたんだけど)こういう構図は珍しいな。
口から血を流した「飽食のセイレーン」や首だけになっている「オルフェウスの死」は
割とわかりやすい怖さですけど、
「スザンナと長老たち」のような絵は彼女が無実の罪で告発された人だという背景を知らなければ
いわれのない恐怖におびえる彼女の表情を読み取れないんだな…。
血を流したり骨だったりする視覚的な恐怖のほかに、心が感じる恐怖も絵画にはたくさん描かれてきたよね。

続いて悪魔、地獄、怪物。
人に悪夢を見せ性交する「夢魔」の絵は一時期流行したようで、
フェーズリの夢魔はベッドから落ちそうな態勢で眠る女性の隣にゴブリンのような夢魔がいて
目がギラギラ光っていて、ついでに家具の木馬の眼もギラギラ光ってて怖い。
トニ・ジョアノの夢魔は眠る男性の上にゴルゴンとスフィンクスをミックスした怪物がいて
さらに女性の夢魔が手を伸ばしている。
16世紀のオランダ派による「聖アントニウスの誘惑」はバベルの塔展で見た同テーマの絵みたいな、
へんな生き物がアントニウスの周りをうろうろしてカラーマンガみたいな雰囲気で
これだけの誘惑を拒絶しなければならない苦労を思うとちょっと笑えてくる。
他にもダンテの『神曲』の地獄とか、「ホップフロッグの復讐」の火あぶりのシーンとか
酔っ払いの乱痴気騒ぎに破壊の天使と悪魔が乱入してさらにエグいことになったとか
割とわかりやすい作品が多めだったけど、ビアズリーの「サロメ」のための挿絵はぞくっとします…
踊り手の褒美は例のヨカナーンの首を愛でるサロメのシーン、
章末飾りは原作にないサロメの埋葬シーンで黒い棺桶にFINと刻んであって
物語の終わりと同時にサロメの終わりも暗示しているような。
さらにギュスターヴ・モッサの「彼女」もめっちゃ怖かった…。
男性の遺体の山に巨大な女性が座り、彼女の頭にはガイコツが、股間には猫の顔があって
光背に「これがわたしの命令、わたしの意思は理性にとってかわる」とラテン語で書いてあり
たぶん彼女はマン・イーターでお食事中なのではないかという…。
モッサは初めて知った画家ですが少しぐぐるだけで強烈な画像が出てきます。興味ある方はどうぞ。

異界と幻視。
イソップ寓話を題材とした「老人と死」とか、ロープを持つガイコツのいる「母親と死神」など
ガイコツに死を見る表現が多かったなあ。
ムンクの「死と乙女」ではガイコツと生身の女性がキスしているし
ゴヤの「恐怖の妄」には軍人に手を差し伸べる白い亡霊の姿が描かれていました。
ルドンの『エドガー・ポーに』から「目は奇妙な気球のように無限に向かう」はバックベアードみたいな目が、
「仮面は弔いの鐘を鳴らす」は人顔の仮面をつけたガイコツがものすごいインパクト。
マックス・クリンガーの「手袋」はエッチングの連作で
女性の落とした手袋を拾った男性が幻想的な世界に迷い込んでいくストーリーが妙に心地よくて
キリコやダリみたいだと思ったら彼らに影響を与えた人だったのね。道理で。
チャールズ・シムズの「小さな牧神」は子どもと一緒に踊る牧神(山羊の角を生やした半人半馬の神)が
とても微笑ましくて画面の色彩も明るくきれいで、あれは怖いというよりファンタジックな作品だった。
「クリオと子どもたち」も青い空にどこまでも広がる緑の草原と、一見とても明るい絵だし
女神クリオの話を聞く子どもたちもとても楽しそうなのですが
クリオが膝に広げる巻物にはなぜか赤い絵の具がべったりとついていました。
元々は赤くしてなかったそうですが、作者のシムズが第一次大戦で息子を亡くした後に入れたそうです。
それを知ってから見るとこれは悲しみの絵でもあるのだなあと思う。

現実。
ウィリアム・ホガースの「娼婦一代記」は田舎からロンドンに来た少女モル・ハッカバウトが
望まぬまま娼婦となりやがて身を滅ぼしてしまう、当時の社会問題を痛烈なまでに表現した版画連作。
商人の妾となったモルが娼婦になり、逮捕され、出産するも梅毒で亡くなってしまう過程に
倒れる鍋や自分を偽る仮面、魔女を暗示する黒い帽子やほうき、散らかった部屋などが随所に配置され
最後のお葬式のシーンでは誰ひとり涙を流さない中、
棺を覗きこむ白い服の女性(モルの亡霊とされる)だけが悲しげな顔をしている。
なんでこんなになるまで誰も助けなかったんすか…まだ23歳ですよモルちゃん…!
労働者階級の母娘の自殺とか、川に身を投げて引き揚げられた女性の遺体とか
今にも通じる労働問題の作品もあって怖いというより胸が痛む。
ゴヤが1808年の半島戦争をテーマに制作したエッチングも
死体の山を前にして鼻をつぐむ男女とか、切り刻まれた遺体をつるした木とかとにかく残酷で
でもゴヤはきっとこれ以上の地獄を現実に見たんだろうな…他にも戦争絵画をたくさん描いた人だしね。
正体はジャック・ザ・リッパーではないかという説があるウォルター・シッカートの「切り裂きジャックの寝室」は
シッカートが借りたというジャックの部屋を描いた作品なんだそうで
窓だけが異様に明るくて窓辺に立つ人物が真っ黒、今にも振り返りそうでした。ひいぃ。
びっくりしたのがセザンヌの「殺人」。
男女が2人がかりで女性を殺していて色彩もめっちゃ暗くてほんとにセザンヌなのって思った、
林檎や風景画しか知らなかったからファッって声出るとこだったよ…!こんな絵も描いた人なんだね。
セザンヌは成功するまでの下積み時代に本当に本当に苦労したらしくて
ああいう絵でも描かなきゃやってられなかったのかな…人に歴史あり。

崇高の風景。
ターナーの「ドルバダーン城」は荒れ地の崖の向こうに大きな古城がそびえているのですが
躍動感のある夕焼雲に対してお城は荒涼としてまるで廃墟のようでした。
その昔、ウェールズの王族オワインが弟との権力争いに負けて20年以上も幽閉されたのが同城だそうで
何だか怖さもさびしさも感じられる作品でした。
ジョン・マーティンの「ベルシャザールの饗宴」はバビロンのベルシャザールで宴会の最中に
空中に手があらわれて古代建築の壁に文字が書かれる奇跡についての絵で
壁の文字がピカーッと輝いてるのも、空に光る雷もすごくきれいだったし
驚き様々な表情をする人々も生き生きとしていました。
ギュスターヴ・モローの「ソドムの天使」はソドムを滅ぼした天使(白)と街(黒)のコントラストの対比がすごい、
あと天使は必ずしも人間の味方ではないという、当たり前を思い出せました。
彼らは神の命令とあれば人を救うし試練を与えるしジェノサイドもする。つよい。
フォード・ブラウンの「ユングフラウのマンフレッド」は男性が山頂で自殺しかけたのを猟師に止められる絵で
自然の脅威というか畏怖というか、惑わされてしまう人間がテーマなのかな。
自然といえばジョージ・スタッブスの「ライオンに怯える馬」という絵もあったけど
ライオンと白馬は一対一で、ええと、だったらライオンは馬を襲わずに立ち去るんじゃないかな…
とか…そんな野暮なことを言ってはいけないね…;;;
そんな中ムンクの「森へ」は異彩を放っていた。
深い森の中へ向かう裸体の男女は自分たちのなりゆきを全て自然に任せているような印象でした。
ムンクの絵は強烈ですが不思議とまた見たくなるよね…前にも書いたけど。

歴史。
ゲルマン・ボーンの「クレオパトラの死」は裸で毒蛇に噛ませて自殺したというエピソードの絵画化で
まあよくある内容ですが(そして史実ではないですが)
さすが女王で衣装もめっちゃ豪華だし、寝台にエジプト風絵画が描いてあったりした。
ジャック=ルイ・ダヴィッドの「セネカの死」は皇帝ネロの師であるセネカが
血を流し、毒をあおり、風呂に入れられ、発汗室で熱風をぶっかけられ亡くなったという話の絵で
なぜそんな目にあわされてしまったのかセネカさん…ネロあいつほんとやべぇな…!
ジャン=ポール・ローランスの「フォルモススの審判」は亡くなって埋葬された前教皇フォルモススを
現教皇ステファヌスがお墓から引きずり出し裁判にかけ有罪にしたという史実を絵画化していて
正装した死体が椅子に座らさせている図が何ともシュールでした。足元に置かれた香炉が悪臭を物語っている…。
(ちなみにステファヌスはその後民衆による反動で捕らえられ殺されたそうです)
同じくローランスの「ボルジアの犠牲者」は教皇の息子が一族を邪魔者とみなし次々に殺害させた事件で
絵はいましも仕事を終えた暗殺者が立ち去る場面を描いていて
部屋に倒れた人物のおびただしい血を見てなぜか
アガサ・クリスティのポアロのクリスマスを思い出しました…あれもめっちゃ血のある事件だったね。
オラース・ヴェルネの「死せるナポレオン」はオリーブの冠を被って横たわるナポレオンの顔のアップで
目が落ちくぼんでるわ頬はげっそりしてるわ。
フランス派の「マリー・アントワネットの肖像」は対照的にまだ少女だった頃のマリーが微笑んでいました。
フレデリック・グッドールの「チャールズ1世の幸福だった日々」は
チャールズ1世とその家族たちが川で舟遊びを楽しんでいる絵で
とても優雅な国王一家の休日という感じですけど、岸には武器を携えた人々が待っていて
この後に国王が清教徒革命で斬首される運命も表現しているのですな。
国王の手に蝶番付きの本があって、本が好きな人だったのかなあとか考えてしまいました。

そして、今回の目玉作品でキービジュアルにもなっている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は
大きいということもあって、その場に居合わせているかのようなリアリティがありました。
印刷を見ていた限りでは、目隠しされたジェーンの表情からは理性も感情も感じなかったけど
実際に本物を見ると彼女の表情から様々な情報がわっと押し寄せてきて一瞬、混乱してしまった…
なんていうのかな、何も考えていないようで、でもここに来るまで色んなこと考えてそうというか
これから自分の身に起こることが本当の意味ではわかっていないような、でも半ば諦めてもいるような。
展覧会のコピーにありますが「どうして」こんなことになったのかと問う声が聞こえる気もします。
その日の気分や体調や、年齢や季節でまったく違う感情を抱きそうな絵だと思いました。
作者のポール・ドラローシュはリアリティのある歴史画を多く残した人ですけども
(ドラローシュがナポレオンのアルプス越えを理想的にではなく現実的に描いた絵とかあるし)、
実際のジェーンは黒いドレスに屋外で公開処刑されたのでこれは画家の作ったドラマなのですな。
周囲が真っ黒だし光の当たってるジェーンに真っ先に視線がいきます。計算されている絵だ。
(あと、この絵はパリのサロンに出品されたのちロシアに渡り、テート・ギャラリーでは洪水に遭い、
一度ルーブルに移されたのちナショナル・ギャラリーが買って今に至るそうです。
展示室でこの絵の前だけ床がすり減るくらいの人気作なのだそうな。めでたい)

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美術館の入口にあった看板。
ちょっとわかりにくいけど雨が降っていて、雫がジェーンの顔を濡らしてまるで泣いているようにも見えました。
自然と絵画のコラボアート。

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上野エキュート内にあった紙兎ロペとのコラボ。撮影スポットになっていました。
ロペとアキラ先輩と一緒に上野のパンダが震えております。かわいい。


あと、この日は両国まで足を延ばして
先週、山口晃氏が行った大ダルマパフォーマンスの絵を見にYKK60ビルまで行きました。
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ビル1階アトリウム、ガラス張りの明るいホールに達磨が!いた!!
ちょっと想像以上にでかかったので「うおお」って声出るところでした…寸止めしたけど。
係の人に伺ったら撮影OKとのことでパチリ☆

右のモニターでは山口氏が大ダルマを描いたときの動画が、短く編集され上映されていました。
1817年に葛飾北斎が名古屋で行った、120畳もの紙に達磨を描くライブパフォーマンスを
200年の時を超えて山口氏が行うとは…!
すみだ北斎美術館さんも思い切ったことを企画なさったし、受けて立つ氏もすごい。
動画を見ると葛野流太鼓方による三番叟の演奏に合わせて
山口氏が3人の補助の方とともに巨大な筆を縦横無尽に走らせながら
約2時間ほどかけて描きあげたとのことでした。
描く様子を見学したかったけど(公開パフォーマンスでした)行けなかったのでせめて絵をと見に来たけど
絵だけでもナマで見られてよかったです。
墨のかすれ具合とかボカシとか、本物は迫力が違いますのでね^^

oodaruma2.jpg
2階の通路からも見学できました~真正面から見る大ダルマはさらに迫力倍増。
北斎が描いた達磨は微笑んでいたみたいだけど、山口氏の達磨は前方をにらんでいますね。

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山愚痴屋のサイン。
大ダルマは22日まで展示されているので気になる方行って見てくださいね~。

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YKKビルに行く途中で見かけた看板ズ。
左が「河竹黙阿弥終焉の地」でビルの道路を挟んで斜め前にあって、
右が「三遊亭圓朝住居跡」で道を1本入ったところの児童公園にありました。


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帰りに寄った上野アトレのHOKUOにて黒にゃんこパンをゲット☆
ハロウィンまでの限定のパンだそうです~~最後の1個だった!よかった寄ってよかった。

で。
そのまま帰る予定でしたが何となく近くの上野のものに寄ってご当地ものを眺めていたら。
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桔梗信玄餅クレープだーーーーークレープ発見!!!
えっ何そんな冷凍コーナーにごそっと入って売られてるんですか、買うに決まってるじゃないすか!!
というわけで保冷剤入れてもらって2本お持ち帰りしました。
あ~びっくりした……まさか出会うと思ってなかったから。寄ってよかった(本日2回目)。
これからはわざわざSAやPAで探さなくてもよくなる!ぞ!!\\ ٩( 'ω' )و //

泥中の蓮、獅子奮迅、象は忘れない、岩をも通す、渡る世間に鬼はない。

hotokewo.jpg
根津美術館の「ほとけを支える-蓮華・霊獣・天部・邪鬼」展に行ってきました。
仏画や彫刻などを中心に仏像の乗り物に焦点を当てた展覧会です。
改めて見ると皆さん蓮をはじめ鳥獣、宝床、雲など様々なものに乗ってますね…
こういう一面をクローズアップした企画は大好物で、内容もとても楽しかったなあ。

今回、紹介されていたのは主に以下の乗り物が表現された掛軸や彫刻です。
・宝床:涅槃図などで釈迦が寝ている寝台
・蓮華座:蓮の花。蓮台とも
・鳥獣座:蓮華をのせた動物。普賢菩薩の白象や文殊菩薩の獅子など
・岩座:岩の台。盤石座とも
・鬼:四天王が踏む
・荷葉座:蓮の葉の形をした台。天部の事例が多い
・瑟々座:四角い岩を積んだ台。不動明王の台座
・雲座:来迎図などで仏が乗る雲
・その他:シヴァ神、水牛、鯉などに乗った絵もある
なお今回の展示品はすべて根津美のコレクションだそうです。

まずは宝床。
涅槃図に描かれる宝床が立派なのは前から気づいていたけど
絵師によってデザインも模様もそれぞれ違いますね。
(そして今回の涅槃図に猫は見当たらなかった…)
そういえば先日のボストン美術館展で見た英一蝶の涅槃図の宝床もきれいだったなあ。

おなじみの蓮華座。
南北朝時代の釈迦三尊像は赤い衣をまとった釈迦が蓮台に乗ってまして
一般的に蓮台は花弁が仏を包むような形(仰蓮)をしていますが
この絵は花弁が下向きにべろ~んと開ききって内側におしべがびっしりついてるのが特徴的でした。
こういう形は今まで見た覚えがない…それとも覚えてないだけなのかな。
気になるので今後仏画を見る機会があったら注意してみようと思います。
釈迦の隣に坐す文殊菩薩と普賢菩薩はそれぞれ、おなじみ獅子と象に乗っていたけど
立ってる姿が一般的な獅子と象がこの絵ではペタンと寝そべっておりました。
この絵は色んな意味で画期的なのかもしれない…!
同じくちょっとおもしろいなと思ったのが平安時代に描かれた密教の大日如来像
ものすごく豪華な蓮華座から衣を垂らしていて、それが何となく花弁のようにも見えて
より華やかな絵になっているなあという印象がありました。
南北朝時代の釈迦三尊十六羅漢像では
釈迦は獅子のいる蓮台に乗り框座(泥沼の水面)は二重にかさねて巨大でした。
鎌倉時代の愛染明王像は赤い蓮華座(足元には宝珠を放出し続ける宝瓶つき)に座っているし
千手観音二十八部衆像の観音菩薩も赤い蓮華座にすわっておられました。
蓮華の色に注目したことがあまりなかったのでびっくり、白だけじゃないんですね。
壬生寺地蔵菩薩像は京都の壬生寺にある地蔵菩薩の彫刻を絵に模写したもので蓮台に乗っていました。
本物は1962年に焼失してしまったらしいので今となってはこの絵が彫刻を知る貴重な資料ですね…。
室町時代の七星如意輪観音像も蓮華座にすわって
頭上には北斗七星を擬人化した七つの星を頂いていてかっこよかった。
鎌倉時代の善光寺縁起絵では天竺で造られた阿弥陀三尊が善光寺に安置されるまでの物語で
ひとつひとつの場面が下から上へストーリーが進む形でぐるりと描かれて何だかマンガみたいだ…
中央に反花の蓮華に乗った阿弥陀三尊が描かれていまして、
善光寺の阿弥陀三尊は秘仏なのでどんなお姿かもどんな台座においでなのかもわかりませんが
この掛軸はヒントになるのではないかなあ。
そして隣に展示されていた勢至菩薩立像は両手を胸の前で水平に重ねていて
これは善光寺阿弥陀三尊のポーズなのだそうです。そして蓮華の框座に立っておられた。

鳥獣座。
文殊菩薩の乗り物が獅子なのは彼の知恵が獅子のように強いことをあらわしているそうです。
室町時代の稚児文殊像は童子が獅子にまたがっていて
これは文殊菩薩が奈良の春日信仰では若宮の本地仏とされる(本地垂迹説)ことから
童子の姿で描かれたのではないかとのこと。
平安時代の普賢菩薩十羅刹女像は蓮華に乗った普賢菩薩を白象が支えていて
周囲には眷属の十羅刹女たちが唐風の衣装で描かれています。
普賢菩薩は女人往生を説く法華経に登場し信者を守ってくれるとされ、
十羅刹女たちとともに表現されることもあったようです。
また、密教の普賢延命菩薩像も白象に乗ってますけど
象が一身三頭の姿で描かれていてちょっとおもしろかった、
密教はヒンドゥー教の神々を取り込んだので仏の姿と台座の種類がぐっと増えたそうです。
大日金輪・不動明王・愛染明王の掛軸は大日が獅子、不動が瑟々座、愛染が框座に乗っているし
尊勝曼陀羅で中央の大日如来は獅子、周りを囲む八大仏頂は蓮華に乗っているし
十二天のうち水天は亀に乗っていたりする。
シヴァ神夫妻を倒したという伝説のある降三世明王はそのまんまシヴァ夫妻を踏みつけていて
鬼を踏む例はよく見るけど神を踏むというのは初めて見たのでびっくりしました。こんな絵ありなの…!

岩。
南北朝時代の不動明王像は盤石の上に立ってるし、鎌倉時代の毘沙門天図像も平らな岩座に立っています。
盤石(堅固の意)という言葉はここからきているんですねえ。

鬼たち。
公式Twitterさんがジャッキーと呼んでおられますが
いじらしいほどにがんばっている彼らを見ているとほんと応援したくなる。お仕事お疲れさまです。
四天王、特に毘沙門天(多聞天)によく踏まれている印象が強いなあ。
鎌倉時代の毘沙門天立像は30cmほどの小さな像で慶派みたいな力強さでかっこいい、
1人の鬼(手指4本に足指3本)を踏んでいます。
白描の四天王図像(平安時代)は5本指の鬼たちを踏んでいた。四天王は巨体だから重そう、てか痛そう。。

荷葉。
鎌倉時代の弁才天像は荷葉座に乗っていました。水の神でもあるので蛇も一緒だった。
(今回は展示されてないけど鬼子母神や吉祥天などが乗る座でもあるそうです)

そして、金剛界八十一尊曼荼羅は台座の集大成のような巨大掛軸でした。
中央で大日如来が七頭の獅子によって支えられる蓮華座に乗り、
周りを囲む四波羅蜜たちは迦楼羅や孔雀、有翼の馬や象に乗って
さらに弥勒菩薩や馬頭観音が蓮華に、大威徳明王が岩に、降三世明王はシヴァ神に乗っていました。
密教ってすげぇな…台座を見るだけでその仏がどんな位でどのグループに属しているかが一目でわかる。

雲。
平安時代の来迎図の雲は空中にゆったりと漂うように描かれているけど
鎌倉時代以降は長~く尾を引く雲になって
スピード感のある斜め構図で描かれるようになる傾向があるとキャプションに書いてあって、
のんびりしていた時代から早く来てー!みたいな切迫感が出るようになったのかなあと。
南北朝時代の阿弥陀三尊来迎図とかまさに長い長い雲でおもしろいし、
阿弥陀二十五菩薩来迎図は中央に如来が雲の蓮台に立っていて
左右の雲に楽人たちが乗り楽器を奏で踊りながら下りてくる絵で
雲の航跡がくねくねしていて動きまで伝わってくる。
鎌倉時代の文殊菩薩像が、獅子に乗ってるのは他の時代と同じですけど
さらに獅子を雲に乗せて海の上を移動する姿に描かれていて
これは渡海文殊ではないかとみられているらしい。
あと、珍しく釈迦が雲に乗る釈迦如来像もあって(鎌倉時代)たぶん霊山浄土へ導いてくれる来迎図とのこと。
そういえばお釈迦様は特にこれと決まってなくて色んなものに乗ってる気がする…
涅槃図の宝床をはじめ、今回展示されていた岩上観音像の岩とか
魚籃観音像で巨大な鯉に乗って水の上をゆく姿とか。

仏教美術は見慣れているつもりだし、鑑賞する際は仏だけじゃなく台座も見てるつもりだったけど
台座ひとつひとつの形とか込められた意味などを様々な事例とともに見せていただいて
ものすごく勉強になりました。
同じように見えていた蓮華座にも色々種類があるんだな…そしてそれは祈りであり願いなんだなあ。


常設展も鑑賞しまして、青銅器の部屋にいた双羊尊ちゃんは2年前以来の再会。
茶道の展示室が今月は「菊月(旧暦9月)の茶会」というテーマになっていて
秋らしく菊や柿、栗などをイメージした茶器や調度品を鑑賞できました。
尾形乾山の銹絵染付菊形向付が、花の形をした器の内側に菊がたくさん描いてあって
乾山のいつものざっくりしたタッチがとてもよかったです。
野々村仁清の柿文水指も、本阿弥光甫の茶碗(銘:武蔵野)も落ち着いた渋い色あい。
高麗の雨漏茶碗(銘:蓑虫)は茶色いシミが内部に広がっていて
これたまたまできたのか意図的なのかわかりませんが、何ともいえない味わい深さ。
芋子茶入(銘:有明)はつるりとした手のひらサイズの茶入で
藤原俊成の「又たぐひあらしの山の麓寺杉の庵に有明の月」(玉葉和歌集5巻)が書かれていました。
千宗旦の一重切花入(銘:三井寺)は祖父の利休の園城寺を写したもので
謡曲「三井寺」は中秋の名月の日が舞台になっているので季節の茶器なのですね。
(そして三井寺は正式には園城寺という名前のお寺だ)


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帰りに東急ハンズ池袋で開催中のねこ路地2017を覗いて、コラボスイーツ「ジジ」もゲット。
他にも三毛猫や黒猫など色んな猫ケーキがあったけど迷わずこれにしました!!
ハロウィンだし、魔女猫だし、紫芋クリームで妖しさ炸裂してるし。

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後ろには尻尾チョコもついてるよ。
お尻から食べていったら渋皮栗がまるっと1個入ってました。栗がおいしい季節。栗たべたい。

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シャトレーゼの黒猫チョコケーキと黒猫練り切り。どちらも濃厚でおいしかったです☆
ハロウィンには黒猫が似合います。

芸術家たちの祝祭その2。

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東京都美術館の「ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション」に行ってきました。
ブロとものあやのさんと上野駅で合流してから会場に突撃しましたよ、
一緒にお出かけするの久し振りでした!よろしくお願いします!

ボストン美術館のコレクションは多岐にわたりますが
今回も様々なジャンルから選りすぐりの作品が来日していました。
古代エジプト美術のコーナーの展示品は、1905~1945年までボストン美術館とハーバード大学が
エジプトで行った発掘調査の出土品を持ち帰ったときのコレクションだそうです。
(エジプト政府が半分持って帰っていいよって言ったらしい)
高官マアケルウの偽扉はクフ王のピラミッドから出土していて
実際に開け閉めはしないけどこの扉を通して死者の魂が行ったり来たりすると考えられていたらしい。
埋葬者であるマアケルウさんが扉のあちこちに描かれていて供物もいっぱい、偉い人だったんだな…。
高官クウエンラーの書記像は王子だったクウエンラーさんのお墓のもので
当時、王の息子たちは書記を務めることが多かったとのことで、お仕事の姿の像ですね。
ハトシェプスト王の小像断片は彼女が即位する前、つまり王妃だった頃の姿の像で
額に蛇神ウエラウスを頂いていまして、それが王妃のしるしなのだそう。
そういえば3年前の女王と女神展でもこの蛇を頂いた女性の像が来日していましたっけ。

南宋時代の絵画コーナー。
徽宗(皇帝)の五色鸚鵡図巻は梅の花にとまる小さな鸚鵡の絵で添えられた書も抜群にうまい字!
絵を描く君主は多いけどこの方は特に才能がありたくさんの絵を描いたようです。
周季常の五百羅漢図のうち2点はフェノロサがボストンで企画展をやったときにも展示されたそうで
燈籠を持った鬼が蝙蝠の翼を生やして飛んでいたり、翼の生えた天狗(?)みたいな生き物が飛んでいたりして
ちょっと西洋チックな表現も。
陳容の九龍図巻が思いのほかおもしろくてじっくり鑑賞、
4本指の9匹の龍が雲間をうねりながら飛んだり荒波の中を泳いだり
とぐろを巻いて眠ったり滝を昇ったり、老人の龍が若者に何か言っていたりして
表情や仕草からそれぞれの性格までわかるような筆致。
陳容はこの絵を酒に酔った状態で描いたらしくて、曽我蕭白や河鍋暁斎みたいだと思いましたが
どこにでもそういう人はいるもんですね^^

モースやビゲロー、フェノロサらが集めた日本美術の数々。
野々村仁清の鳥形香合、かわゆい!
手のひらサイズの白カイツブリちゃんは茶色の羽模様がとっても優美でおキュートでした。
尾形光琳・乾山兄弟の銹絵観瀑図角皿は乾山の角皿に貴人が滝を眺める絵を光琳が描いていて
絵の人かわいいなあとわたしがボーっと眺めておりましたら
乾山が書き添えたと思われる漢詩をあやのさんがスラスラっと音読されて「スゲエェェェ」ってなった。。
わたし全然気づいてなかったので…気づかず素通りするところだったよ、ありがとうございます。
曽我蕭白の風仙図屏風は5年ぶりに再会できまして
蛟を退治する道士(陳楠?)、吹き飛ばされている人、白黒2匹のうさぎ、風にあおられる植物が
とても大胆に、しかし繊細に描かれていてやっぱり蕭白すごいと思った。
同じく蕭白の飲中八仙図は杜甫の詩をもとに水墨画にしたということですが
仙人たちが出山釈迦図を眺めながらワイワイ騒いでいて
なんだか杜甫のイメージからはだいぶ遠い(苦笑)でも見ちゃうんだよね~引力のある絵です。
司馬江漢の秋景芦雁図、水辺に立つ雁の絵ですが
遠近法を用いているので画面に奥行きがあるし雲の形も西洋絵画を意識してるし
顔料に油を混ぜているから他の江戸絵画と比べてかなり立体感のある仕上がりになっててきれい。
鳥居派の絵看板は、1758年8月に江戸中村座の舞台にかかった錦木栄小町の絵で
今も歌舞伎座に毎月新しい絵看板が出てますけど、あれのルーツだと思ったらすごく楽しくなって
しかも絵看板てあまり残っていないとキャプションにあってさらにすげえって思いました。
あの江戸でどうやって保存されてたのかわかりませんが…すごいね、よく残ってきたね。
酒井抱一の花魁図はきれいな花魁の絵なのですが
ボス美に収蔵される前は河鍋暁斎が所蔵していたらしく、
しかも暁斎はこの絵を抱一ではなく歌川豊春の筆だと鑑定したみたいで
「明治16(1883)年4月7日 豊春筆也 暁斎[印]」とか書きこんでしまっておりました(爆)。
ハンコ押しちゃったんかい!暁斎せんせいってば何てことを…^^;
今となってはそのサインも歴史的価値があるのでおもしろいんですけどね。
喜多川歌麿の三味線を弾く美人図、着物をさらりと着こなした女性が優雅に三味線を鳴らしていて
5つの狂歌が記してありすべて彼女の美しさの前にひれ伏す男たちという内容でした。
英一蝶の月次風俗図屏風はお正月から年末までの町の行事の様子で
一蝶はこういう絵をすごく細かく描くよなあ…。
同じく一蝶の涅槃図はボストン美術館が1年かけて修復をおこない今回が修復後初公開となる掛軸。
大きな画面いっぱいに釈迦たち仏たち、沙羅双樹、動物たちが描きこまれていました。
猫が2匹いたのもうれしかった(1匹はジャコウネコで凛とこっちを見つめていて
もう1匹は日本猫でリスの尻尾を押さえつけて寝ている姿でした)。
どこのお寺が持っていたのかな…今となっては由来もわからないね。

フランス絵画からは主にバルビソン派と印象派のコレクションが来日。
ミレーの「編み物の稽古」や「ブドウ畑にて」などからは毎日を静かに懸命に生きる人々の姿が感じられます。
あと、ミレーは静物画を3点しか残していないそうでそのうちの1点である「洋梨」が今回展示されていて
ごろりとした手触りも感じられる洋梨と添えられたナイフの光が強烈。
モネの「ルーアン大聖堂」は連作のひとつで、今回は正面の絵が展示されていまして
空が青いからたぶんお昼頃の大聖堂を描いたのではないかな、
前に同じ構図で朝とか夕方ver.を見たことがあります。
「睡蓮」も色の深い水面に花が点々と咲いてとてもきれいだった!
過去に見たことがあるようなないような…モネの絵は、特に睡蓮は似た構図が多いのでわからないけど
初めましてでもまた会えたねでも、どちらでもうれしいです^^
ドガの「腕を組んだバレエの踊り子」はドガの死後にアトリエから見つかった未完成品のひとつで
でも表情はなんとなく読み取れたな…完成してたらエトワールのような美しい絵になってたのかなあ。
クールベの「銅製ボウルのタチアオイ」は何となく色が沈んで見えたけど
これは彼がパリ・コミューンの際に広場の柱を壊した疑いで6ヶ月の刑期中に描いたことが影響しているらしい。
隣にルノワールの「陶製ポットに生けられた花」の絵があったけど対照的でものすごく明るい色彩でした…!
ルノワールの静物画ってあまり見たことないからおもしろかったです。
ゴッホの「郵便配達人ジョセフ・ルーラン」と「ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン」は
ゴッホがアルルに滞在したとき親しかったご夫婦の肖像画で、2点そろっての来日は初めてだとか。
ジョセフは立体的に、オーギュスティーヌは平面的に描かれているのが特徴です。
ゴッホはジョセフの顎髭をソクラテスに例えているそうで
言われてみればギリシャの哲学者でこういう髭の人を結構見かけるような。
オーギュスティーヌの顔色が黄色で手の色が白いのに違和感を覚えないのがすごい、色彩の妙。

アメリカ絵画。
フィッツ・レーンの「ニューヨーク港から」は港に停泊中のたくさんの船を描いていて
帆船、蒸気船、ボートなどの描き分けが絶妙。タッチが繊細できれいでした。
トマス・エイキンズの「クイナ猟への出発」は2人の漁師が乗る舟の傾きが絶妙に描かれているのですが
これを描くためにエイキンズは水平線の位置や舟の帆、太陽光の角度まで計算して仕上げたそうな。
ジョン・サージェントの「ロベール・ド・セヴリュー」は子犬を抱っこした正装の少年で
頬が真っ赤で子どもの血色の良さが出ているなあと。
ジョージア・オキーフの「グレーの上のカラー・リリー」や「赤い木、黄色い空」などは抽象絵画のよう。

版画や写真もありました。
ウィンスロー・ホーマーの「八点鐘」は六分儀で星の位置を見る男性たちのエッチング。
ヨット競技が好きだったエドワード・ホッパーの小帆船はエッチングでヨットを描いていて
ヨットを操る乗り手の体格や筋肉がとてもリアル。
同じくホッパーの「機関車」は線路で車体を眺める車掌さんたちのエッチングで
こういうの見ると何となく機関車トーマスを思い出しますね。
アンセル・アダムスの写真、特に「白い枝、モノ湖」が強烈なモノトーンが印象に残りまして
ゼラチンシルバープリント(銀塩写真)は遠くから見ると一瞬、絵みたいに見えるよな…。
(ボストン美術館はカメラが発明された頃からの写真を収集しているらしい)
アンディ・ウォーホルの「ジャッキー」。どなたかと思ったらジャクリーン・ケネディのことで
夫のジョン・F・ケネディが暗殺されて喪に服している時の写真を水色と青色に加工したもの。
村上隆の「If the Double Helix Wakes Up…」は
村上氏が学生さんたちと一緒に考えたDDB(ドボシラドボシラオシャマンベ)くんをDNAっぽく描いたそうで
カイカイキキに比べてすっきりまとまった色なのがおもしろい。
サム・テイラー=ジョンソンの静物は放置されたりんごにカビが生えて腐るまでを映像に撮影していて
なんだか九相図みたいだなあと思いました。
動く静物画って斬新だよね…そしてこれからは映像アートも保存の対象になりますね。

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イッセー尾形さんによる指人形劇「ルーランさんの夫婦漫才」で使用されたお人形。撮影OKでした。

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一蝶の涅槃図に出てくる動物たちのマスキングテープがあったので買ってしまった☆
リス、猫、虎、亀、蟹、猪、猿、鶴、狐、鳥、馬、鴛鴦、牛、犀、デフォルメされてみんなかわいい☆


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上野公園の広場で開催されていた東京江戸ウィークも覗いて来ました。
和食や日本酒がいただけたり、工芸品の販売や縁日の遊びが体験できるなど
江戸文化を紹介するイベントです。

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日本橋伊場仙さんのブースで出会ってしまった…!猫扇子。
見つけた瞬間一目ぼれして、色が茶色と黒の2種類あったので黒にしました。
扇子袋に尻尾ついててめっちゃかわいいよ~~夏になったら使いたいので今から来年が楽しみです。

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ツーショット。
「新入りかしら?」とでも言いたそうにチラ見されました。よろしくね。

カッコイイとは、こういうことさ。

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東博の運慶展に行ってきました☆
春に奈良博で開催された快慶展の対になる展覧会で
現在、運慶の作品と確認されたり可能性の高いとされる彫刻31体のうち22体のほか
運慶の家族や同時代の仏師たちによる仏像も展示されています。
(出品数と構成で考えると快慶展の方が充実していましたが
展示空間の使い方では運慶展の方が大胆だったように思いました)
初日が平日だったにも関わらず大混雑だったと聞いて「こりゃ派手に宣伝される前に行かなきゃ」と
慌てて行ったのですが、開館直後でもやっぱり混んでて入口でちょっと並びました。
でも展示室に入ると大きい作品が結構あって、離れた距離からも鑑賞にはあまり問題なくてよかったです。

入口で迎えてくれるのは拡大された運慶のサインと、円成寺の大日如来坐像。
1年ほどかけて制作され1176年10月19日に完成し、
「大仏師康慶 実弟子運慶」と台座に銘文が記されているので運慶20代の頃の制作と考えられています。
遠くからだと目を閉じているように見えますが近づくとちょっと薄目を開けてるのがわかるんだよね…ニクいわ。
金箔がだいぶ剥がれてしまってますが体躯も衣も瓔珞もきれいな造形であまり気にならないし
全体的にすっきりとした印象のお姿でありました。
快慶展の入口では快慶=優美の図式をぶち壊されましたが
今回も運慶=ムキムキの図式をぶち壊されてからの開幕です。楽しい!
(ムキムキに定評のある運慶氏ですがそれだけじゃないとわかったのはいつだったかな…最近の気がする)

運慶の父・康慶と同時代の仏像について。
運慶が生まれた頃に奈良仏師が制作した阿弥陀三尊像は
脇時の観世音菩薩・勢至菩薩が台座から片足を下ろした半伽椅座像という珍しいかたち。
奈良の十輪院に伝来した毘沙門天立像も玉眼でぎろりと睨まれるのが震えるというより畏怖する。
そんな仏像を見てきたであろう康慶の作る仏像もムキムキだったり美しかったり様々です。
興福寺仮講堂の四天王像、身長2メートルのお四方は後ろに落ちるシルエットまでかっこいいし
衣にちょっと絵柄の色が残っていました。
法相六祖坐像は興福寺国宝館にいらっしゃるあの方たちですな、はるばるようこそ。

運慶の作品や資料について。
法華経(運慶願経)は快慶展でも見たけどあのときは2巻で、今回展示されていたのは8巻。
法華経は全8巻なので、わお、最後の巻だ!
「願主僧運慶 女大施主阿古丸 執筆僧珍賀」とあって
良源や快慶や女増寿など48人の結縁者の名前が書いてありました。
(軸木は焼け残った東大寺大仏殿の柱だし、硯の水は比叡山や清水寺の水だそうだ)
平家による南都焼きうちで焼失した興福寺西金堂の釈迦如来像の再興プロジェクトにも運慶は関わり
像は現在、仏頭のみが残りますが頭だけでも1mあるので全身は数メートル級だったんでは…
お顔もすっきりとして美しかったです。
六波羅蜜寺の地蔵菩薩坐像は運慶にしては珍しく一木造の作品で薄目の玉眼がキラリ、こちらも美しい。
高野山の八大童子たちはいつ見てもほんとにかわいい!
サン美の高野山展高野山霊宝館以来の3度目の再会ですが
今回は運慶展なので6人のみでしたね。
(指徳童子と阿耨達童子は当初像が失われ現在残る像は鎌倉時代後期の再制作とされています)
みんな童子なので筋肉というよりむちむちした造形なんですよね~お腹ぷにぷにしたい、かわいい。
大威徳明王坐像はもともと、六面六手六足で水牛に乗ったお姿だったみたいですが
現在は片腕とすべての足が失われている痛々しいお姿。
それでも忿怒のお顔からは力強さが感じられました( ‘ᾥ’ )。
胎内に納められたお経から運慶晩年(60~70代?)の作品と判明しています。

運慶は自作したり自分が関わった仏像の胎内に銘札や心月輪を入れて
銘札に制作年月日や自分・部下たち・発願主の名前などを書きこんでいまして
見れば見るほど興奮せずにはいられない、書き残してくれてありがとうー!!
願成就院(北条時政の氏寺)の毘沙門天立像は関取やプロレスラーみたいな顔というか、
重心が左寄りではあるけど両足を踏んばる造形になっていて
足元では2匹の鬼たちが「もうダメだー」とばかりにひしゃげていました。
そんな毘沙門天の胎内にある五輪塔銘札には「巧師匂当運慶 檀越平朝臣時政」とあり
時政の発注であることがわかっています。
かと思うと浄楽寺の毘沙門天は片膝を曲げて立っている姿で、こっちはよく見るポーズだなと思った。
胎内の月輪形銘札に「大仏師匂当運慶 小仏師十人 大願主平義盛」とあり和田義盛の注文ですね。
同寺の不動明王像も隣に展示されていました。鷲鼻が特徴的。
鑁阿寺に伝来したという大日如来坐像(現在は真如苑真澄寺蔵)は
円成寺の大日如来坐像より小さいけど姿が似ているため、運慶作とみられていて
X線調査によると胎内の心月輪が球体をしていたり水晶玉の五輪塔(舎利入り)が入っているそうです。
もうひとつ、光得寺の大日如来坐像も運慶作の可能性が高くて
こちらも胎内の心月輪が水晶玉だったり五輪塔銘札が入っていたりする。
4頭の獅子に支えられ光背に菩薩が飛んでいて、黒塗りの厨子に入った小さな仏様でした。
胎内には人の歯も入っていることが調査でわかっていて、願主の足利義兼のものではないかと言われてるみたい。

興福寺南円堂の四天王像と北円堂の無著・世親像が展示されているエリア
彼らが北円堂に安置されていたとする仮説に基づき再現されたキュレーション。
四天王像は玉眼ではありませんが、近年の調査で木材の芯がいくつも使われた制作方法が
無著・世親像と似ているということで運慶の作品ではないかという説があるそうです。
(無著・世親像は運慶の指導のもと息子たちが制作しています)
鎧が重たそうだし裾つけてないし、表情もポーズも生き生きというより感情むき出しでドラマチックで
奈良仏師のムキムキ感をこれでもかと前面に出していて本当にかっこよかった!!
「いらっしゃい」じゃなくて「よく来たな」とか大音声で迎えてくれそうなイメージ…ついていきますアニキたち。
無著・世親像は北円堂公開の折に拝観したので久々の再会ですけども
今回の展示室の方が北円堂よりも広かったし、おふたりとも台座の上にいたので
初対面のときより大きく見えました。
相変わらず本人たちがそこに存在しているかのようなリアリティのある彫りっぷりが見事だ。
(まとめて見てみるとわかりますが運慶は人をリアルに、仏を理想的に彫る傾向がある気がする)

運慶を継ぐ人たちの作品。
運慶・湛慶作の聖観音菩薩像(瀧山寺)はお寺を出て展示されるのが初めてだそうで
おおお人生、じゃない仏生で初めての旅行が愛知から東京だったんですな。ようこそようこそ☆
きれいに彩色されてお肌は真っ白、衣は赤と緑で模様もくっきり残っていました。
胎内に源頼朝の髪と歯が入っているそうで
これは瀧山寺縁起によると頼朝のいとこにあたる僧寛伝が頼朝の三回忌のために注文したからとか。
東福寺の多聞天立像はサムズアップしながら武器を持ち、左掌を上向きに上げていて
袴を垂らして脛当てを見せないところも興福寺南円堂の多聞天立像と共通するということで
写されたものか、あるいは運慶本人によるものか…。
湛慶による高山寺の神鹿・子犬・善明神像にも久々に再会できて
今回は正面だけではなく背中やお尻までぐるっと360度鑑賞できてうれしかった!
雪蹊寺の毘沙門天立像・吉祥天立像・善膩師童子立像は毘沙門天の「法印大和尚湛慶」の署名から
湛慶50代の作品とわかっているそう。
少し風化しているような印象を受けましたが、顔つきや足の踏んばりに運慶みを感じる。
三十三間堂の迦楼羅・夜叉・執金剛神は湛慶が大仏師で、
康円と康清という慶派仏師(運慶の孫という説も)たちが小仏師とわかっているそう。
康弁(運慶の三男)の龍燈鬼・天燈鬼立像は鬼たちの筋肉や表情がとてもリアル。
頭に燈籠を乗せて屹立する龍燈鬼も、よいしょって担いでる天燈鬼もお仕事お疲れさまです☆
なお2人とも玉眼ですが龍燈鬼の首に巻き付いた龍の目にも玉眼が使われていて
角度によってはキラっと光る様が見られました。

最後の展示室にいた十二神将立像は墨書きから運慶の子孫の仏師作と考えられています。
普段は東博と静嘉堂文庫が保存していて今回、42年ぶりの再会だそう!めでてえ。
十二神将は十二支と合体しているので頭の上に十二支の動物が乗っかっております。
(十二神将と動物は別の部材で造られることが多いので失われたりするケースもあるけど
今回のは両方とも同じ部材だというのは運慶学園放送部で小野Dの解説を聴いてから行ったので見たので
ほほぅこれがそうか、という気持ちで見ることができました)
どれも表情やポーズがとても豊か、神将それぞれの性格や思考まで伝わってくるようなリアル造形でした。
髪型が羊みたいな未神かわいいし、戌神は見張るポーズが斥候っぽいし、申神は本当に猿みたいな顔だし
酉神は今にもコケコッコー!とか鳴きだしそう。
亥神にだけ1228年9月18日の墨書きがしてあり制作年月が判明しているそうです。

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特設ショップにいた龍燈鬼(左)と天燈鬼(右)。
石黒亜矢子さんが龍燈鬼・天燈鬼立像をモデルに猫耳と尾をつけてデザインした公式キャラクターです。
SNSでも龍燈鬼がTwitterを、天燈鬼がFacebookを担当するなど活躍していますね~かわいい。

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公式サイトで運慶の情報発信をしている運慶学園の撮影スポット。
校訓は「いつも心に運慶を」。
入試問題という名の運慶の知識を問うクイズもあって、
わたしは全問正解して無事に特待生の学生証をいただけました。

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卒業証書もあった(笑)。

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東博本館脇のレストランゆりの木にて運慶展限定メニュー「飛鳥の蘇(古代チーズ)」がいただけました。
甘さ控えめのミルク味でおいしかったです^^奈良で再現された味だそうだ。

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チーズといえば本館の高円宮根付コレクションにチーズとネズミがいました(笑)。
こういう作品を見ると『チーズはどこへ消えた?』を思い出すね。

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そんな本館では、運慶展に合わせて特集「運慶の後継者たち-康円と善派を中心に」を開催中。
運慶の孫康円、同時期に活躍した善円の流派の彫刻作品から鎌倉時代の仏像を紹介しています。
写真は南方天眷属立像。康円が69歳のときの作品です。衣は当世風ですがブーツを履いてるのがおもしろい。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

小布施と戸隠と善光寺の旅その2。

長野旅行2日目です。1日目はこちら
今日は戸隠と善光寺と、ちょこっと川中島です。

旅館の人が言っていたとおり朝起きたらかなり寒かったのですけど、
こんな機会もあまりないと思ったので寝てる家族をほっぽって一人で中社へお散歩に行きました。
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中社参道沿いの旅館に泊まったのですぐ着きましたよ。
やはりお山にある神社へ行くときは近くに泊まるに限る。

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階段の上にある戸隠の三本杉。のうちの、2本。
その昔、人魚を殺したことが原因で子どもたちを失った若狭の男が
夢で出家するようお告げを受けて八百比丘と名を変え戸隠までやって来てこの杉を植えたという、
なかなかハードな伝説があるそうです。

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階段を登ったところの狛犬が二段構え。

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朝8時の戸隠神社中社!誰もいない!!
写真では白くなっちゃってますけど空は青いし静かだし木々のざわめきと鳥の声しかしない、
空気もひんやりして気持ちよかったです。
戸隠もずーっと来たかった場所のひとつなのでやっと叶ってうれしい☆

戸隠神社のお社は大まかに5社あります。
神社のある戸隠山は、古事記にある天岩戸神話で閉じこもった天照大神を神々が外へ出して
天手力雄命がその岩戸を高天原から投げ飛ばし落下したところが山になったとされているので
祭神は岩戸開きに関わった神々が5社それぞれに祀られています。
ちなみに中社の御祭神は天八意思兼命。
天岩戸のお話において「そうだ、宴会しよう!」と言い出した神様で
知恵の神様でもあるので学業成就や開運などのご利益があるそうです。

社殿の中は撮影禁止ですが広々として、能舞台があって雅です。
天井に河鍋暁斎の龍図が描いてあったそうですが近代の火事で焼失し(泣)、
現在はレプリカが復元され掲げられていました。
ギョロ目でとってもおもしろい表情で、でも天を見据える強さも感じられる絵だった。
暁斎せんせいは江戸時代末期に戸隠山へ招かれ神酒をあおりつつ龍を描くパフォーマンスをしたそうで
たくさんの人が見学に来て大いに盛り上がったらしい。
『暁斎画談』外編下巻に一部始終と暁斎自筆の挿絵が載っていました→こちら
暁斎せんせいは戸隠に来る前も小布施に寄ったり善光寺で洪水に遭難したり
戸隠に来たら来たで奥社付近で天狗らしき怪異に遭遇したり
「冬までいて欲しいけど豪雪が」と聞いて慌てて下山しようとして人家の裏口へ迷い込んだり
朝日山で狼に遭遇して谷底へ落っこちたりと珍道中を演じています。
ほんとエピソードに事欠かないなこの人は。

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御神木です。巨木!
これと入口の2本を合わせて戸隠の三本杉というそうです。
樹齢は800~900年ほどで天然記念物に指定されています。

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水の音がすると思ったら本堂の脇に滝があるよ。

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さざれ滝という小さな滝。
水の勢いはそんなに多くなくて、さらさら流れている感じでした。
流水音ってなんでこんなに落ち着くんでしょうね…しばらくボーっと眺めてしまった。

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まだ時間があるので、中社の西門からちょっと足を延ばしてみます。

以下、写真が多い&異様に長いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
テーマ: 歴史・文化にふれる旅 | ジャンル: 旅行

小布施と戸隠と善光寺の旅その1。

長野に行ってきました☆
母が「小布施に行きたい」と言ってて、わたしが「戸隠に行きたい」と言ってたら
父が車に乗せて行ってくれることになりまして。
高速で2時間半くらいで着く!長野近い。(普段それ以上の旅しかしてないから近く感じる)
一泊二日でしたが2日間ともよい天気でした。よかった。

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松代PAで休憩したとき何だかこんもりした場所があったので弟くんと一緒に突撃。

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川中島合戦の広場でした。当時の古戦場がこのすぐ近くなのだよね。
石で車懸りの陣と鶴翼の陣を再現してあります。

どこかに行くとき、もちろん目的地に着いてからの時間も楽しみなのですが
目的地まで過ごす時間もけっこう好きだったりします。
車や高速バスでの旅はSAやPAに寄るのが楽しみです。
最近は各地にご当地メニューなどが増えてますし
「ここは何があるかな」的な気分で寄るとおもしろいものに出会えたりすることが多いです。

高速を降りてしばらく走りまして、まずは小布施にin。
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岩松院に来ました。
室町時代の創建で、福島正則の霊廟や小林一茶の句碑、葛飾北斎の鳳凰図などがあります。
お寺の周囲はりんご畑やぶどう畑に囲まれていてのどかな雰囲気です。実りの秋わくわく。

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入口の仁王門は木に覆われて、赤い仁王像も迫力あり。

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本堂です!まずはご本尊の釈迦如来像と北斎せんせいの鳳凰図に挨拶しますよ。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
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そばにいるね。

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太田記念美術館の月岡芳年展、「妖怪百物語」「月百姿」に行ってきました。
先月が妖怪、今月が月の展示でやっと両方見られましたのでまとめて感想書きます。
(あまり知られてないのか両会期ともそんなに混んでなくてゆっくり見られました~。
鑑賞する側としてはありがたいですけど、
せっかくこんなすばらしいのだからもっと人来たらいいのに…とも思ってしまうジレンマ)

妖怪百物語は芳年の新形三十六怪撰シリーズと和漢百物語シリーズほか
水滸伝や芳年漫画、単発絵などから妖怪や怪異に関する絵を集めた内容でした。
同シリーズはこれまで展覧会で部分的に何枚か見たりWeb上で一覧とかで見たりしましたけど
紙で揃っているのをいっぺんに見るのは初めてです!
改めて本物を見て思ったけどほんっっっとに芳年の絵はかっこよくて綺麗でおどろおどろしい。
武将の真剣勝負、幽霊になった人々、ユニークな妖怪たちを描く筆致は劇的で
でもどこか哀愁がただようのは彼の生きた幕末~近代という時代背景や
彼が何度か発症したらしい精神病の影響もあるかもしれない。
見れば見るほど感情をぐらんぐらん揺さぶられて卒倒しかけるほどの気迫に満ちていて
どんな顔して描いてたんだろうとか想像してしまいます。
特に人がふとしたときに見せる一瞬の表情を切り取るのがうまいなと思う。

和漢百物語は26枚の連作で、芳年の初期の代表作。
歴史上の人物や物語や民話などから怪異の場面を引用したり想像のままに描いています。
「小田春永」は織田信長の絵なんですが(春永は歌舞伎でよく使われた名前ですね)、
蘇鉄を指さす春永が着ている着物がすごい!北斎の波のようなうねりに龍が飛んでてかっこいい。
「楠多門丸正行」はまだ少年だった頃の楠木正成が妖怪退治をする絵ですが
その妖怪ちゃんがどう見ても百器徒然袋の袋狢ちゃんの引用であった(笑)かわいい。
「宮本無三四」宮本武蔵が天狗の翼を斬りおとした図で武蔵はかっこいいのですが
翼の付け根がかなり生々しくて天狗さん痛そうって思っちゃった。
「伊賀局」吉野拾遺に取材。伊賀局は新待賢門院に仕えた室町時代の女性だそうで
藤原仲成の幽霊をまったく怖がらずに追い返していますが、取材した物語では藤原基任のようです。
仲成の顔が烏天狗みたいでおもしろい。
「源頼光朝臣」病気の頼光のもとへ土蜘蛛が天井から降りてくるというもの。
頼光と土蜘蛛は昔からたくさんの絵師が描いてますが、この絵の土蜘蛛はとても小さいというか
本来のサイズというか…とにかく昆虫サイズで土蜘蛛が描かれたこのテーマの絵では珍しい作品。

新形三十六怪撰は36枚の連作。
芳年はこのシリーズを描いている途中で入院しそのまま亡くなってしまったので
(最後の出版は芳年の没後)、弟子たちが完成させたそうです。
「小町桜の精」は常磐津「積恋雪関扉」に取材していて桜の木に宿った小野小町の霊が現れる
「地獄太夫悟道の図」は2枚あって、1枚は薄暗い背景にガイコツがうろついてるんだけど
2枚目はすっきりと誰もいなくて、ああこれは太夫が悟った姿なんだなと。
「葛の葉きつね童子にわかるるの図」は人間に化けた葛の葉という雌狐が
子の安倍晴明と別れる場面の絵。障子に映った葛の葉の影が狐になっています。
こういう、姿は別の生き物に化けていても影はごまかせない演出大好きだ!
「鍾馗夢中捉鬼図」は鍾馗が鬼を捕まえるかっちょいい絵ですが
キャプションに「鍾馗は科挙の試験に落ちて自殺した」と書いてあって「は!!?!?」ってなって
帰宅してぐぐったら本当だった…全然知らなかったよそうだったんですか鍾馗様…。
「大森彦七道に怪異に逢ふ図」は女性をおぶって川を渡る大森彦七が
水に映った女性の影に角があるのを見てあっこいつは…!と気づく一瞬の緊迫場面。
「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」は土蜘蛛は巨大だし頼光は刀を今にも抜こうとしていたりして
和漢百物語の絵よりもぐっと物語っぽい絵になっています。

単発でも芳年は色んな怪異を描いてる。
「一魁随筆 朝比奈三郎義秀」地獄巡りをしたという伝説をもつ朝比奈三郎さんですね。
閻魔様がシメられて泣いてるのかわいそう。。
「芳年存画」貧乏神から隠れる大黒天と恵比寿がかわいい。
「皇国二十四功 田宮坊太郎宗親」田宮坊太郎くんが金比羅大権現の加護で仇討ちを果たす絵で
金毘羅さんは天狗のようなお姿をしています。スタンド天狗。
同じく皇国二十四功の「信濃国の孝子善之丞」は少年善之丞くんが地獄の浄玻璃鏡の前で父親の無実を訴えていて
そういえば地獄絵ワンダーランド展でも同じモチーフの絵があったなあと。
「祐天不動の長剣を呑む図」祐天上人は少年時代、物覚えが悪かったので成田山で修行していると
不動明王が現れて短剣を呑むか、長剣を呑むかと問われどっちでも痛いだろうから長剣を呑んだところ
次の日には頭がよくなり物覚えの力もついていたというお話の絵画化。
不動明王の体が一瞬、黒く見えたけどたぶん青が色落ちしたんじゃないかな…青不動さま。
「袴垂保輔鬼童丸術競図」かっこいいー!2人ともかっこいいー!!しびれるー!!
「羅城門渡辺綱鬼腕斬之図」ご存知渡辺綱と茨木童子の羅城門バトルで
綱も童子もかっこいいけど、羅城門に降りしきるすさまじい雨風に見とれてしまいました。
「金太郎捕鯉魚」水中の金太郎が巨大な鯉につかまってゆったり泳いでいて
青い水流の表現がこちらも美しい。

江戸時代はそれまでにはないほど妖怪が描かれまくった時代ですけども
そのほとんどは取材や模写が多く、見慣れた人間には「これあそこの引用だね」とわかるけど
絵師の個性は人それぞれなので同じテーマでもひとつとして同じ絵が存在しないのがおもしろい。
芳年の妖怪は何というかこう、肉を感じますね…手触り感があるというか、
体温が感じられるみたいな、切ったら血が出そうというか。

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太田さんはひとつのテーマや絵師の展覧会のときよくリピーター割引をやってくれまして、
今回もありました。
妖怪も月も2回目以降の鑑賞は半券を持って行くと200円引きが適用されます。ありがたい。
チケットにプリントされているのは「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」の土蜘蛛ちゃんですが
これ先日ネットで、「寝坊した子どものベッドから起きろ!ってシーツ引っぺがすお母さんみたい」的な
書きこみを見かけて以来そういう風にしか見えなくなってしまった(笑)。
いやあの絵の頼光さんは病気で寝てるところを襲われたので似たようなものかもしれないけど。


月百姿は芳年が晩年に刊行した月百姿シリーズがズラリと。
妖怪展と同じくこのシリーズも紙に印刷された現物を100枚すべて見るのは初めてでした!
いつか100枚全部を一気に見たいと思っていたので叶ってうれしい^^
夜空、波間、山入端、木の影、夜明けの空などのシチュエーションに浮かび上がる月を
歴史上の人物や物語の人物、江戸風俗のなかの人々から妖怪まで様々な生き物が見上げていて
月好き歴史好き妖怪好きなわたしにとっては最高の内容でした。
展示室のどこを見ても月、月、月!絵のお月見大好き、楽しい☆
妖怪百物語とはまた違って静かな雰囲気の絵が多くて
でもやっぱり、見ていると感情をぐっと揺さぶられる絵が多かったなあ。
月百姿の月は月よりもむしろ人物の気持ちや動物の情緒が伝わってくるというか
月はあくまでそっと誰かに寄り添うように照っていて、そこがとても好きです。
あとタイトル部分や女性の着物などに空摺りが使われているので実物を見られたのはうれしい、
紙のエンボスは図録や画集だとほとんど再現されにくいのでね。生で見る醍醐味。

「月宮迎 竹とり」竹取物語のラストシーンに取材。
かぐや姫も月の使いもきれい、見送る翁は後ろ姿ですが背中から悲しみが伝わってきました。
「孝子の月 小野篁」は篁が山で薪を集める姿で一瞬、隠岐にいたときの絵かと思ったのですが
どうも母親が恋しくて遣唐使を蹴ったら流罪になったけど戻っても母のために尽くしてる、みたいなテーマらしい。
珍皇寺の井戸に飛び込んだ理由といい、篁はマザコン説話が多いね…薨伝の「家貧親老」の記述のせいかな。
「大物浦上月」の弁慶はポスターになるだけあってかっこいい。
「卒都婆の月」能の卒塔婆小町から。
さっきの三十六怪撰シリーズでは若い姿の幽霊だったけど、こちらでは生者の老婆ですね。
「朝野河晴雪月 孝女ちか子」鈴木春信が清水の舞台から飛び降りる少女をこういう構図で描いてますが
他にも浮世絵で何点かこういう構図の絵を見た覚えがありますな。
「悟道の月」にて月を指差す布袋や、「金時山の月」で猿と兎の相撲を見守る金太郎はコロコロ丸くてかわいい。
「吉野山夜半月 伊賀局」の題材は和漢百物語にもあったね。
基任が天狗みたいな姿をしていたり、絵のタイトル枠に手をかけているメタ構図になってたりしておもしろい。
「五節の命婦」十訓抄10巻61話の絵画化で、嵯峨野に住む五節の命婦を訪ねた源経信と源俊明が
命婦の奏でる琴を聴いてあまりのすばらしさに涙しています。
いかなる時にも泣かないため犬目の少将と呼ばれる俊明もこの時ばかりは泣いたというところから
命婦の曲がどんなに美しかったかが想像できますね。
「北山月 豊原統秋」は夜道を歩いていた統秋が2頭の狼に遭遇し、
あかん死ぬと思ってこの世の名残に笛を吹いたら狼が聞き惚れて襲ってこなかったという伝説の絵画化。
音楽で殺意をなくすというと藤原保昌と袴垂保輔の逸話を思い出しますね。(芳年も何枚か描いてる)
「志津が嶽月 秀吉」は木に背中をおしつけて法螺貝を吹く秀吉のかっこいいこと。
「あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出し月かも」は百人一首の阿倍仲麻呂の歌の絵画化で
唐の仲麻呂が欄干にて誰かと語り合っています。誰だろうな。李白かな王維かな。
「三日月の頃より待し今宵哉 翁」三日月の夜、村人に俳句を求められた老人が同句を詠んでみせて
名を聞かれて松尾芭蕉ですと答えて、村人はびっくりしたという話。
小林一茶にも同じ逸話が残っているのでこの絵の翁はどちらなのかな…好きな方を想像しよう^^
「名月や来て見よかしのひたい際 深見自休」男伊達の深見十左衛門が俳句を口ずさみながら色街を散歩。
大柄な花模様の黒い着物は市松模様が正面摺で入れられていて
光の角度によって見えたり見えなかったりします!摺師の腕。

月の使い方がおもしろいなと思った作品も。
「玉兎 孫悟空」月の宮殿から逃げ出したウサギと孫悟空の戦いのバックには巨大な満月、
この2匹は月にかなり近い場所で戦っているのかな…。
「嫦娥奔月」は西王母から不老不死の薬をもらった嫦娥が薬を飲んで月にのぼる姿で
バックの巨大満月がピンク色になっててきれい。
「つきの発明 宝蔵院」宝蔵院流の創始者・宝蔵院胤栄が十文字槍を思いついた瞬間の絵で
空の三日月に槍を重ねて「これだ」って声が聞こえてくるような。

キュレーションがおもしろいなと思ったのは「霜満軍営秋気清 数行過雁月三更 謙信」と
「信玄 きよみかた空にも関のあるならば月をとゝめて三保の松原」が隣同士に並んでいたり
「月下乃斥候 斉藤利三(鎧つけてる)」「堅田浦の月 斎藤内蔵介(鎧はずしてる)」が
やっぱり隣同士に並んでいたことですかね。
歴史で因縁ある人物同士の共演や、同一人物の服装の違いなどを見比べられて
こういうのは展覧会ならではの楽しみ方ですね^^

あえて画面のどこにも月を描かずに月光や月影や視線で想像させる絵もありセンスを感じます。
タイトルになった和歌や元になった説話などを知るとなるほど確かにそこに月が見えてくる。
「はかなしや波の下にも入ぬへし つきの都の人や見るとて 有子」のタイトルは厳島の巫女の辞世の句で
叶わぬ恋をはかなんだ巫女有子が舟から入水する直前の姿を描いていますが
荒々しい波の上に揺れる月光は太陽かと思うほどの明るさで、有子の黒い着物とのコントラストが強烈。
「心観月 手友梅」は、病気で目が見えなくなった武将の手友梅が
「暗きよりくらき道にも迷はじな心に月の曇りなければ」という歌を短冊に書き
青竹につけて背に挿し自分の目印として戦場で戦う姿。心の月ですね。
「ほとゝきすなをも雲ゐに上くる哉 頼政とりあへす 弓張月のいるにまかせて」は
鵺退治をした源頼政が褒美に刀を授かるシーンの絵画化で
藤原頼長が天皇からの刀を渡そうとすると空からほととぎすの鳴き声が聞こえ、
「ほとゝきすなをも雲ゐに上くる哉」と詠んだところ頼政が「弓張月のいるにまかせて」と返事したと。
頼政は空を見上げますが正面向きのため月は描かれず、頼政の顔に当たる月光から想像します。
「朧夜月 熊坂」は背景が藍色と水色の色違いが並んでいました。

最後に「大蘇芳年像」がありました。芳年の死絵で、弟子だった金木年景によるものです。
紋付袴で正座して、手には筆を持ち背筋をぴっと伸ばした姿でかっこいい。
辞世「夜をつめて照まさりしか夏の月」も入れられていました。(1892年6月に亡くなったから夏だね)

芳年やっぱり好きだ~。

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山種美術館のカフェにも寄って上村松園展のオリジナル和菓子も買って来たよ~。
小林古径「清姫のうち『寝所』」に描かれている清姫がモデルの「道成寺」と、
橋本明治「秋意」に描かれた舞妓の着物がモデルの「舞妓」。
清姫は杏が入ってて甘酸っぱくておいしかったです。


週末に長野へ行ってきますのでちょこっと留守にします~!
Twitterには出没しております。

連れていけるのは生きたい命。

柏葉幸子さんの『涙倉の夢』を読みました。
山あいのおばあちゃんの家(屋号:さがえ)にやってきた亜美が
「(お仕置きや病気の隔離などで)倉に入れられた人はみんな泣く」ことから涙倉と呼ばれる倉にふと入って
数十年前の時代に迷い込んで昔のさがえの様子を目撃するところから物語が動き始めます。
(「蔵」ではなく「倉」なのは何か理由があるのかしら…たとえばこういう記事がありますけども)
当時温泉宿を経営していたさがえに住んでいたのは人間だけど、
時々その中にエッちゃんと呼ばれる猿が人間の子をあやしていたり
鼠の顔に着物を着たおばあさんに「おまえではない」と声をかけられたりして
現代に戻ってもハヤブサや猿や蛙の顔をした(ように見える)人がさがえにいることに気づいて
どうも人間の姿になってさがえで生活している動物がいるらしいと亜美は気づきます。
人が動物の顔に見えるのは亜美だけで、彼女の家族や町の人々はまったく気づかないでいるけど
はっきりした理由は最後まで明かされなかったね…
ラストで亜美が自分なりに考えて結論づけていたけど。

亜美がおばあちゃんとお出かけしたり、山から来たハヤブサの隼人や猿のエッちゃん先生と仲良くなったり
そういう心温まる交流シーンも素敵なんですけど
ねずみのばば様が話してくれたさがえの昔話がとにかくものすごいインパクトでした。
「ねずみにひかれる」という言葉が物語前半のキーワードになっていて
これは人間の世界(里)から動物の世界(山)へ連れていかれることだと町の人々が言っていて
亜美も過去と現代を行き来するうちに神隠しとか人身御供じゃないかと想像したりするんですけど、
2回目の過去への訪問で山と里を仲介するねずみのばば様に会って話を聞いたら
どうもそう単純な話ではなかったらしく。。
大昔に様々な理由から動物が山から里へ、人が里から山へ移動することがたまにあって
その仲介役を担っていたのがねずみのばば様だったので
里から山へ人が引き取られると「ねずみにひかれる」と人々は言ったと。
そして「ねずみにひかれる」ことは元々は親が育てられない子どもを殺すことの隠語で
間引かれた人の子どもを山が引き取る代わりに里へ動物を人間の姿にしてよこしていて
(山へ何人も引き取るわけにはいかないので)、
そうして山のものが里に混じる代わりに里で生きられない命を山で引き取る約束を人と動物は交わして
その仲介の場所がさがえで、ねずみのばば様は宿の西の塔にとどまり役目を果たしていたと。
引き取られていく人の中には間引かれる子だけではなく病人もいて、彼らは山の気に溶け込んでいき
山で生きられなくなった動物も里でなら生きる場所があってWinWinな場合もあったみたいだし
「戻りたい」とばば様に言えば戻ることも可能だそうですが、
子どもを間引いた親は本当のことは言いにくいから「ねずみにひかれた」と言って隠していて
やがて子どもが間引かれる時代ではなくなったので約束は忘れられていき、
さがえが宿を閉めて山との交流がなくなると「ねずみにひかれる」という言葉だけが残って
「悪さをすると鼠に連れていかれるよ」的なしつけに使われたりするようになる。
子どもが間引かれなくなるのはいいことだけど
言葉だけが形骸化した教訓として伝えられていく過程にぞっとしました。
これってたとえば、平安時代の鬼が姿を見せず詩や歌や音楽など風流を愛する生き物だったのに
いつしか陰陽道の丑寅と結びつけられ牛の角・虎パンツのいでたちに形づくられ
「悪さすると鬼に食べられるよ」的な、しつけに使われるようになっていくのと似てるな…。
しきたりが今なぜそうあるかを調査していったら
過去の人たちの決めごとの枠だけが残った結果今の状態になっているとわかる事例って
歴史を見てもいくらでもあるので、一定期間ごとに学び直すことと次世代へ伝達することって
本当に大事だと改めて思いました。
あと「猿がかでてる」って言葉も、過去の世界でエッちゃんがしていたみたいに
昔は文字通り山から下りてきた猿が人間の子育てを助けるっていう意味だったのに
亜美たちの時代には「赤ん坊が泣きやまないこと」の意味になっていて
言葉の語源が忘れられているのも怖かったです。
それらを物語に落とし込める柏葉さんはやっぱりすごいや。

約束が形骸化した後、動物たちが里に混じる理由は人間が山を崩して道路やダムを作ったり
山へ何かしようとするときに仲介者を通して動物たちに知らせるためという感じになっていて
そうして山や、山に暮らすものたちを守っていると。
ジブリのぽんぽこも人間世界での狸たちの生きづらさが描かれますが
この物語における動物たちの生きづらさもハンパなく生々しい。
エッちゃんは山を下りて里で成長できたけど夫や子どもに自分のルーツを話せるまでには至っていなくて
山から来たとバレないように気を張って生きていたし
(彼女は怪我をして群に置いていかれたので山では生きられず里なら生きられた猿だった)、
ねずみのばば様は現代ではもういなくなっていたから隼人は里へ混じるのも大変だったみたいで
ふとしたときにハヤブサだった頃の癖で飛ぼうとして塀から落っこちたりする。
亜美が汲んできた鳴滝の水を隼人が飲んで「なつかしい」と涙をこぼすシーンはちょっとウルッときた…
今の生活圏にある水道水もミネラルウォーターもまずいって飲めなくて
やっと飲めた水が生まれ育った場所の水だったっていう。
終盤でバイト仲間の家の井戸水が「まあまあ飲める」って発見できてよかったね^^
帰命寺横丁の夏の記事にもカズと裕介の読書シーンについて書いたけど
柏葉さんの物語はこういう何気ないシーンがすごく胸を打ちます。好きっ)
ねずみのばば様、柏葉さんの描くおばあちゃんキャラは目力が強いイメージですけども
このおばあちゃんは無言で見つめられると威圧感があるイメージ。
着物姿でお茶飲んでる挿絵はちょっとドキドキしました。
あ。挿絵!
読みながらどうも見たことある絵柄だなあと思ったら青山浩行氏だったー!
シンプルな線だけで動物の毛並みまで描き出す表現力は見習いたい。

『岬のマヨイガ』を読んだときも感じたけど柏葉さんはしゃべる動物たちを描くのが自然体でいいなあ、
素朴で、生きる意志が強くて、人間の世界や用語に精通していて、時々ちょっと怖くて。
ねずみのばば様が「おまえじゃないね」って手をしっと振ると人を里へ戻す力を持っていることとか
隼人が亜美の尾行に気づいて「なんのまねだ」って睨むところなんかは
亜美も猛禽類に狙われた獲物の気分と言ってるけどわたしも読んでてうわってなった。
でもってその怖さも悪意があるわけじゃなく結果としての怖さだったりもする…
マヨイガの海ヘビがそうだったように今回も山の気がひとりの人を狂わせてしまって
でもそれは山へひかれた怒りや里への未練かもしれなくて…
西遊記の金閣銀閣みたいな解決法だったのも、誰も傷つかなくてなるほどなあって思ったし
できることなら水じしゃくを使って水脈を動かすところも見てみたかったけど
それは山の領域で行われるもので人間が見るものではないのかもしれない、
すぐりさんが使うのか、それとも鳴滝の誰かが使うのかな…。
すぐりさんがまた亜美たち家族に会えるのかはわかりませんが
涙倉があくびをしてしまったので当分は無理かな、また会えるといいですね。
亜美のお母さんが倉を買ったのも涙倉からすぐりさんの泣き声が聞こえるといわれたからだしね。
それにしてもあくびする倉を想像するとちょっとおもしろい(笑)付喪神みたい。

自分が過去へ行けたのは涙倉が目覚める前に見た夢に迷い込んだせいだと亜美は判断するんだけど
夢見る倉って、眠っている倉ってなんだかロマンだ…。
荻原規子さんのRDGでも九頭龍大神が見る夢が真澄だったりしたけど
物語で人でないものが見る夢は人のできないことをヒョイと具現化させてしまうことが多い気がします。
そして涙倉のその後にもだいぶびっくりしました。よくある話だけど、したたかだなあ。
テーマ: 児童文学 | ジャンル: 本・雑誌

我は大和絵師なり。

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千葉市美術館で開催中の「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」に行ってきました。
同館は2002年に大規模な春信展を開催していまして、15年ぶりの回顧展ですよ!
当時はまだ春信を知らなかったので後で図録だけゲットしたんですが
今回は作品も見られるし図録も定価で買える(前のは古書店でえらい値段になってます)ということで
なんてすばらしい企画なんだろう☆と早々に行きました。
写真は撮影コーナーにあった「見立玉虫 屋島の合戦」と「見立那須与一 屋島の合戦」。
玉虫はボストン美術館蔵で与一は個人蔵ですが今回めでたく再会と相成って
展示室で並べて展示されていますよ~うれしいね。

展示室の入口で迎えてくれるのは春信の「伊達虚無僧姿の男女」。晩年に近い頃の作品です。
石川豊信の同タイトルから構図を拝借しているそうで
春信が豊信に学んでいたのかはわからないけどリスペクトしていたことは確かですな。

続いては春信が駆け出しの頃に活躍していた絵師たちの作品が何点か。
奥村政信、石川豊信、北尾重政、鳥居派などの紅絵の作品が多く、
この辺りは去年の初期浮世絵展を思い出しました。
この頃の浮世絵師は宮川派や懐月堂派などもそうだけど美人画は引き目鉤鼻が多めで
あと立ち姿がぴしっと真っすぐで美しいなと思う。お武家さん好みといいますか…。
そんな彼らの作品を見て育ったであろう春信の作品、初期作品(紅絵)から。
「見立三夕 定家・寂蓮・西行」は3人の歌人が優雅に並んで立っている絵で
背景は西川祐信の『画本倭比事』の中の三夕一躰之図から拝借しているそうで
参考作品として画本の該当ページが展示されていたので見比べることができました。
水辺の家や岸にとまる船、鳥が飛んでいる位置までそっくりそのままで
やっぱり流行りの絵は真似されるんだなあ…などと。
春信は他にも「官女」の絵を人物のポーズも背景も祐信の『絵本常盤草』から写していて
祐信を相当リスペクトしてたんだなと改めて思いました。
想像だけどきっと春信の画風に合ってたんじゃないかな…お手本にしやすかったというか。
去年、ボストン美術館の未整理資料の中から発見され春信の絵本と確認された
「絵本わかみどり」もありました。よかったねー!
(春信の作品て現存しているものはもう出尽くした感があったけど
こうして見つかるものなんですね…歌麿の雪月花の事例もあるしね。
あとボス美でさえ未整理資料がまだあるという事実に戦慄してしまった、ミュージアムあるあるですな)
特徴として春信の自序がついているのが珍しいといえば珍しい、彼は文章をほとんど遺していないので。
意訳すると「西川祐信御大の描きなさった草子のそこゝをお借りしました。
自分の絵は蝿の足に墨をつけて歩いたのと同じです」などと謙遜しておられる。かわいい。

春信はの人気に火が付いたのは絵暦交換会の流行後からで
「見立孫康」は絵暦と、暦の部分を削った出版物の両方が並んで展示され見比べられるようになっています。
絵暦は趣味なので注文主の好みが反映され色もすっきりとまとめられているのが
出版物になるとメジャーデビューなので目に付きやすい色になっているような気がする。
同人誌で活躍していた人が商業誌デビューするとちょっと印象が変わるみたいな感じですかね~。
「夕立」大好きな1枚です。雲、雨、風になびく振袖、転がるひより下駄。完璧だ!
また画工・彫工・摺工の名前が入っている浮世絵の事例も少ないのでそういう意味でも貴重な1枚なんだよね。
「外出の支度」も元々は絵暦だったけど版元から出版もされたようで今回の展示は後者。
お着替え中の少年の着物の袖に絵暦では乙酉と入っていたのを売り物では錦に変えていて
錦絵というのを強調しているような。
「見立玉虫」と「見立那須与一」は平家物語の屋島の合戦による場面を当世風に描いたもので
那須与一の後ろに茄子畑があったり少年が案山子の弓矢を射ようとしていたり仕掛けがおもしろい。
「鷺娘」「三十六歌仙 伊勢」など、空摺やきめ出しがくっきり残っている絵もあって
本物を見ると凸凹がよくわかるのは現物を見る醍醐味ですね。
「六玉川 擣衣玉川 摂津国名所」は砧をうつ女性たちの後ろに紅摺の細版(両国の花火と月見)が貼ってあって
彼女たちは錦絵を買うお金がない生活をしているのかもしれない…とか想像させたり
「風流江戸八景 両国橋夕照」では1768年に起きた火事で吉原が燃えたので仮宅で営業する遊女たちを描くなど
お江戸のリアルタイムを感じさせる作品もあります。
一方で、「五常 智」には手習いをする少女の机の上にうさぎの水滴が置いてあって
あっこれ東博でいっぱい見たやつだ!って楽しくなったりした。
春信は動物もよく描きまして、今回は「猫を持つ美人と鼠を持つ若衆」「女三宮と猫」など
猫を描いた作品が何点かあっておもしろかったです。
鼠を狙っていたり帯にじゃれついたり人に抱っこされていたり、色んな猫の姿が描かれていたね。
鼠は大黒天のお使いとして、江戸時代ではペットとして飼われるなどブームにもなっていたそうな。

最後に歌麿の絵がちょこっとあったのですが、何だか急に絵が大きくなったような気がして
さっきまで見ていた春信の絵と見比べたら確かに1.5倍くらいの紙になっていた。
この頃の錦絵は春信の頃に比べて紙が薄くなってしまうんだけど、代わりに大きさを奮発したのかな。
伊達虚無僧の男女に「故人鈴木春信図。喜多川歌麿写」と、春信を参考にしたことが書いてあるけど
絵は完全に歌麿でしたね~。
「お藤とおきた」は年老いたお藤さんから若者のおきたさんに巻物が伝授されるみたいな絵で
これきっと春信がよく描いたお藤→歌麿がよく描いたおきた、ということで
俺様の時代キターー!みたいなのを表現してるんだと思う。
ビッグネームに臆することなくリスペクトしながら描き始めていく歌麿の心意気を感じました。

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図録を買った!(定価で)(大事)
ハードカバーで重たいですが解説も読みごたえがあります。
ボス美の春信コレクションについて論文を寄せておられる学芸員のセーラ・トンプソンさんが
未整理資料の中から「絵本わかみどり」を発掘された方だそうな。

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マステも買いました。「遊女と禿と猿」の猿、「引手茶屋の遊女と禿と小犬」の犬、
「女三宮と猫」「水仙花」「風流五色墨 宗瑞」の猫など動物づくしです。
猫がいる春信の絵は結構残っているので後でいくつあるのかちゃんと数えてみたいな。

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春信展に合わせて千葉市美の所蔵作品展「江戸美術の革命-春信の時代」も開催されていて
春信が活躍した江戸期半ば、同時期に東西で活躍していた絵師たちの作品が鑑賞できます。
円山応挙「雪景山水図襖」が一番大きな作品で、10面いっぱいの雪景色は寒々として
でもどこかあったかい感じがしました。
曾我蕭白「獅子虎図」は朝田寺の阿吽の獅子図のような構図で勢いと迫力に満ちていて
いい意味で汗くささを感じたな…これを描き切った後の蕭白の表情が想像できる気がしました。
しかし隣に「寿老人・鹿・鶴図」があって台無しだったね(笑)。(誉め言葉です)
あの寿老人は、ありゃ蕭白すぎるくらい蕭白だった。
その隣には伊藤若冲の「寿老人・孔雀・菊図」があってちょっと待ってって頭を抱えたくなった、
あの落差!なに!!蕭白の寿老人に真正面から見つめられてあの目にグラグラきて
若冲の寿老人ののっぺりした後ろ姿にノックアウトされた気分でした。
晩年の若冲さんの突き抜けたようなシンプルな筆致は時に人を救うね。
同じく若冲「鸚鵡図」はきっちり描きこんでいた頃の絵ですね。きれいでかわいらしい白鸚鵡ちゃん。
岩垣龍渓の花見の宴の記念に絵師や詩人たちが合作した「賞春芳帖」、
若冲の藤図のページが開かれていました。(応挙や大雅夫妻も絵を寄せているそうです)
乗興舟みたいな正面摺でべったりした黒に抜かれた大きな白藤が印象的。

宋紫石の「雨中軍鶏図」すげえかっこよかったです…!緑の中で雨に打たれながら屹立する1羽の鶏!
色もきれいだしメリハリのある色遣いで、油絵のような立体感があった。
鶏をこんなにかっこいいと思ったことないです、ありがとうございます紫石さん(深々とお辞儀)。
建部綾足「建氏画苑」、初めて聞く絵師ですが画面いっぱいにでかでかと濃い墨が塗りたくられててびっくりし、
「葉斎画譜」には変顔の馬がいてギャップすげえなってなりました。
鈴木鄰松の「狂画苑」は逆立ちしている不動明王(!)の周りを2本足の兎と狐と蛙が囲んでいて
なんだか鳥獣戯画のような雰囲気だった。
勝間龍水「絵本海の幸」俳人が発句を添えて龍水が魚の絵を描いていて、お魚図鑑みたいな感じでした。
浮世絵の多色摺が始まるのが1765年なんですがこの絵本は1762年発行で
日本で多色摺が試験的に始められた時期に作られたわけで、
この延長上に春信がいると思うとワクワクしてしまいました。
新しい技術を拓く者、道を究める者、自由に描く者、ひしめき合っていた江戸中期。
出版統制前夜の20~30年はカンブリア大爆発のように文化が噴出しておりました。
絵のほか読本や黄表紙も増え、殿様やコレクターたちは博物学に没頭、妖怪や怪談も流行し始める…
だめだわくわくドキドキがとまらない。

春信敬慕というテーマで近現代の作家たちによる版画や絵画や挿絵なども並んでいました。
橋口五葉が編集した春信関係の雑誌記事や書籍…
近代は江戸時代の否定から始まってますけどこうして振り返る人たちがいたことも忘れてはいけない。
『文芸倶楽部』14巻5号には鏑木清方が「古典に拠りて」として浮世絵風の口絵を描いていて
おそらく春信や磯田湖龍斎あたりのタッチを意識しているのかな。
小村雪岱の装幀した春信風の書籍も、改めて見ると本当に春信をよく研究しているなと思いました。
小川信治の「鞠と男女」は春信の同作を油彩で描いていて
おお、あの男女がこんなに立体的に!ってちょっと感動しました。画材が変わると印象もガラリと変わりますね。

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ランチは美術館のカフェかぼちゃわいんにて展覧会限定メニューの
「カレーなる、見立て揚げナスの与一」(春信の「見立那須与一 屋島の合戦」がモデル)をいただいた。
メニュー表には写真が載ってなかったけど名前だけで笑ってしまって
注文してどんなお料理が来るのかワクワクして、実物を見てまた笑ってしまいました。
ちょっと想像以上に茄子がでかかったんだ。

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扇がささってます(笑)真ん中にでーんと置かれた茄子は与一ではなく扇を立てた船に見立てたとのこと。
お味はピリッと辛かったけどおいしかったです。

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今日は小林忠先生の講演会がありましたので聴講してきました。
先生が江戸美術の専門家で春信がお好きというのは過去記事にも書きましたけど
実は長年先生のファンをやっていながら春信のお話を聞く機会にこれまで恵まれていなかったのです。
前館長でいらっしゃるし15年ぶりの春信展なら絶対に先生の講演会はあると根拠のない自信もあって
千葉市美のHPを毎日眺めていたらある日「講演会 事前申込制 講師:小林忠」
ktkr!!(゜∀゜)☆ってなって申し込んだら無事にお招きいただけました。本当に有難かった。

これまで先生の講演は何度か聴かせていただいてますけども
わたしが拝顔した過去の先生の表情の中でも今日は最大級にニッコニッコされていたと思います^^
春信の絵をスライドでひとつひとつ紹介なさいながら
「なんてかわいらしい」「なんと美しい」「萌えますね」を連発しまくっておられた。
スライドは今回展示されているボス美のビゲローコレクションと、
過去に先生が撮影されたスポルディングコレクション(展示不可。閲覧は可)の作品が中心でした。
いくつかピックアップしますと、
「夕立」(ビ):最も美しい絵暦のひとつ。3人の職人の名前と注文主の大きな名前が印象的
「見立孫康」(ビ)(2枚):絵暦と出版物。色違い。絵解きのおもしろさ
「お百度参り」(ビ):明るいけど夜の絵。春信の絵はどんな小さく描きこまれたものでも意味がある
「お百度参り」(シカゴ美術館所蔵):帯の色が黒に変わってる
「外出の支度」(ビ):錦の文字は春信の誇りのよう。少年少女の春。季節も春
「蹴鞠をする若衆」(ス):見立柏木。背景に柳。雲の中に源氏香。蹴鞠の空摺は紙が分厚くないとできない
「鼓を打つ若衆」(ス):着物の紫色がくっきり残っている。(展示しない保存のたまもの)
「見立玉虫」(ビ):世界に1枚しか残っていない!
「見立那須与一」(個人蔵):神田の古書店にあった
「菊慈童」(ビ):燃えた(先生が)。夢のよう。水の青が残ってる。春信は水の流れをうまく使う
「見立八つ橋」(ビ):これも水の青が残っている
「風流五色墨 宗瑞」(ビ):春信はとてもよい家庭環境に育った印象。幸せな子ども時代だったのでは
「梅の枝を折る娘と女中」(ス):裏側に色が透けている。完全に抜けてないのは摺師の腕
「笠森お仙の茶屋」(ス):昔の手毬唄に「壱銭上げてちゃっと拝んでお仙の茶屋へ」という歌詞がある
「雪中相合傘」(ス):雪を表現するために鉛入りの白絵の具を吹きつけている(今は黒ずんでしまってる)
あとずっと春信を「春信さん」と呼んでいらっしゃるのが印象的でした。わたしもさん付けで呼ぼうかな…。

他にも、「今回の展覧会に並ぶ作品は副館長の田辺昌子氏が自ら現地に出向いて選んできた」
「2002年の春信展は僕の還暦祝いに田辺氏と山口県立萩美術館の吉田洋子氏(ともに先生の教え子)が企画してくれた」
「ハーバード大学の客員だったときボストン美術館で春信さんの絵の紙の重さを計らせてもらったら分厚い!
栄之も厚かった(お武家さんだから)。歌麿はペラペラでした(出版統制の時代だから)」
「僕は宝塚の紫吹淳さんのファンで楽屋にお邪魔して握手してもらったことがあります」
「春信さんの絵を見ていると宝塚の男役さんを思い出します」
「絵暦交換会の流行は2年弱で終わってますが、たぶん春信さんの一人勝ちだったからでしょうね」
「アダチさんによると春信さんの絵は天保期まで売れていたらしい」
「春信さんの絵に添えられた和歌は伴奏音楽なんです」
などなど、知られざるエピソードや名言を連発。
春信について語り出すと止まらなくなってしまうと言っておられたのを前に伺ったことがあるけど
今日の先生は本当に楽しそうでノンストップでお水も飲まずにしゃべってたなあ…
そういえば質問コーナーもなかったから(終わって時計見たら時間ギリギリでした)、
もう今回はめいっぱいしゃべることになってたのかもしれない。
小林先生、関係者の皆さま楽しい時間をありがとうございました!
そのうちまたどこかで春信展が行われる機会があったらまた先生のお話を聞きたいです。