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小野不由美さんの『営繕かるかや怪異譚』を読みました。
城下町に建つお屋敷や古民家に住む人々と、家に起こる怪異と、それを修繕する人を描く短編集です。
お話はそれぞれ独立していて、登場人物も舞台となる家も異なっていて
もちろん怪異も多種多様。
共通して登場するのが営繕屋の尾端さんで、
一見、どうという特徴のないこの職人さん(と、読んだ限りでは思える)が
家にまつわる怪異を修繕します。
雑誌『幽』には今後も連載予定とのことで、シリーズ化するのかな。したらいいなあ。

実は小野主上のホラー小説読んだのものすごく久し振りで(たぶん魔性の子以来だと思う)、
あ、そうそうこんなリズムの文章だったわって懐かしい感覚にかられながらも
主人公たちに迫る怪異の筆力にただただひれ伏しました。。
淡々としたト書きなのですが、事実を次々に述べていくだけなのでかえって凄まじさがビリビリくるし
くらのかみのようなジメリ感も相まって、今まさに鼻先5センチで何か起きてるような手触りがあって
たまに声出しそうになったよ。
やばいやばいこれマジやばい!!って怖さがピークに達したところで
「大工さんに頼まれまして」ってヒョッコリ登場する尾端さんの仕事ぶりがまた事務的で、
窓を開けるとか、水をためておくとか、瓦を置いておくとか、えっそれだけでいいの?みたいな
全面的に解決するというよりとりあえず何とかしたら大丈夫になった結末ばかりで
かえってリアリティと説得力がありました。
なにせ相手が相手なので、お互いに干渉しない共存方法を生きてる人たちが探すといいますか
あなたと一緒に生きることはできない、でも存在を否定はしませんって感じが
なんかアパートやマンションの人間関係みたいだなあと思いました。

尾端さんは最初、なんか面白い人だなと呑気に思っていましたが
読み進めるうちにどんどん頼もしく見えてきて、
幽霊やばい怖い早く来てえええ!ってページをめくって彼が登場したらホッとしたりしました。
本当に破綻寸前になってから来るので…。
(小野主上は十二国記とかでも主人公を容赦なく追い詰めまくってから救い上げる方であることも
やっと思い出したりした)
かるかや(苅萱)というと思い出すのは高野山の苅萱堂ですが、
調べてみたらそもそもは、俗世と縁を断ってお山や寺院などに身を隠して生きる遁世者の葛藤を語った
お説経の名前なのだそうな。
そんな風に聞くと、尾端さんのプロフィールがとても気になりますな…。
プライベートを匂わせる描写が、作中にまったくないので。

このお話に出てくる怪異は、鬼太郎や妖怪ウォッチとは違って
もっと意識的なものというか、人とコミュニケーションを取るのが困難な怪異だったりします。
こう、「そういうふうに縛られているから行動パターンを変えられない」みたいな切実感があって
ルールを決めてこういう風にしましょうね、とか話し合うわけにはいかない。
生きてる人からすれば、見えない(たまに見える時もある)相手の目的が何なのかまったくわからないから
何か起きるたびに恐怖しか感じられないんだけど、
彼らには彼らなりの理由があって行動しているわけで
それを尾端さんが調べて判明すると理解できたり共感が生まれたり、いとおしくなったりする。
その人が化けて出るのは伝えたいことがあるからだ、というテーマは
シックスセンスを始め多くのホラーや怪談で示されてきていますね。
存在する次元が異なるので共存は難しくても、耳をかたむけるって大事ですな…。

あと、このお話の主人公さんたちは自分で家を建てたわけではなく
引越し先の家や継いだ家で怪異を見ることになって、
でも引っ越すにはお金がかかるし、かといって対策も全然わからないし…という
とても現実的な問題で困ってしまうのもリアリティがあるなと。
金銭に関しては本当に社会問題になっているし、
対策は、つまり引継ぎがしっかりされていないってことになるよな…。
長生きした建物には色んな人が住んできたし色んな出来事があったわけですが、
4編目の「異形のひと」の中で女の子と大工さんが交わす
「人が死んだ家なんて嫌」「家では必ず人が死ぬもんさ」の会話が
時間が経っても建物は残るけど住む人は変わるのだ…という当たり前を思い出させてくれました。
(その後に大工さんが「死ねば必ず化けて出るってもんでなし」と付け加えていて有難さを感じる)
でも、5編目「潮満ちの井戸」でお庭にあった小さな祠を調べもせず壊して平気平気とか言ってる人には
あーあ、と思わなくもない気がする(苦笑)。

公式サイトのインタビューによると、お話を思いつかれたきっかけは
小野主上のお宅に出入りしていた工務店の若い職人さんと、
テレビ番組「大改造劇的ビフォーアフター」なのだそう。
工務店とお化け屋敷の組み合わせは楽しいかなと思われたのですって。
作中でも言及されていますけど、建築関係者、特に現場経験の長い職人さんなどは
験担ぎや家相などといった建物のおまじないや禁忌について詳しいイメージが個人的にもあります。
我が家も昔、両親が建て直したので地鎮祭にはじまる行事は一通り経験しましたので…。
(あと、小野主上は確か、十二国の設定を思いつかれたのは銀英伝を読まれたときに
理想的な君主はラインハルトかトリューニヒトか?と考えて
ある作家さんの「死なないラインハルトがいい」という言葉についてお考えなさったところからだと
銀英伝文庫9巻に寄稿しておられたはず。
アイディアってどこから降ってくるか本当にわからないものですね…)

表紙の漆原友紀さんの絵も、建物の室内が暗かったり草木の緑色がくすんでいたりして
暗くじめっとしたお話の雰囲気が感じられました。
空を青色に塗らないのも徹底してる…。
あちこちに作中のあれこれがさりげなく描かれているのもドキドキします。
それとも、こういうのってあまり探さない方がいいのかな…?(^ ^;)
尾端さんの表情がちょっとギンコに似てる。

しばらくシャッターと冷蔵庫と箪笥の引出しとお風呂の蓋あけるの怖い。

そしてそして…もうしょっちゅう言ってますけども泰麒と李斎はどうなるんですか小野主上~~~!!
新潮社から長編の刊行が予定されているそうですが戴のお話なのかな…戴だといいな…(゜ー゜)。


本日のお絵かき↓
dazaifu.jpg※クリックで大きくなります
太宰府天満宮の屋根にいる菅原道真と風神・雷神。
道真さんに寄り添っているのは牛さんです。
これを描いている間中ずっと「月灯りふんわり落ちてくる夜は~」の歌が脳内でエンドレス再生されていた。

北野天満宮や太宰府を始め、全国の天神社には必ずといっていいほど臥牛像があります。
道真が丑年生まれであること、流罪の道中付き添ってきた牛がいたこと、
亡くなった道真を乗せた牛車が今の天満宮付近にさしかかったところ牛が動かなくなったため
人々が亡骸を葬り宮を建てたこと、などの言い伝えがあるためだそうです。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

行田尚希『路地裏のあやかしたち-綾櫛横丁加納表具店』を読みました。
煙草屋の隣の細い路地…綾櫛横丁を訪ねた男子高校生が
ひょんなことから横丁の表具のお店「加納表具店」に弟子入りして、
お店に(というか店主に)持ち込まれる小さな事件をひとつひとつ紐解いていく連作小説です。
よくある妖怪退治ものかと思って1年くらい読まずにいたのですが
思い切って読んだらとてもさわやかな気持ちの読後を迎えることができて
迷っていた過去の自分に「読め!いますぐ」って言うためだけにタイムマシン乗りたい。

お話そのものは非常にシンプル、特に大きな事件も起きずちょっと不思議な日常生活という感じで
全体的にサラッとした風が吹いてるみたいな雰囲気がよかったなあ。
セリフやト書きも多すぎず少なすぎず絶妙なバランス。
表具師の店主をはじめ横丁の住人たちが全員妖怪で
持ち込まれる案件がだいたい絵に関する怪異である点はまあよくあるパターンとしても、
齢数百年の店主がハンバーガーショップの新作を必ずチェックしていたり
天狗の男の子がランドセル背負って小学校に通っていたり
詐欺師の狸がカモから騙されていたり
セーターの似合う猫又が時々ふらっといなくなってまた帰って来たり
氷屋でバイトしてる雪女がコスメに夢中だったりするのはなかなかないような気がします( ˘ー˘ )。
みんな言葉が現代語で「~じゃ」とか語尾についてないのもかえってリアリティがあるというか
仕事したりハンバーガー食べたりカフェや美容院に行ったりしながらふつうに現代人やってるのが
全然違和感なく書かれていて
鬼外カルテとかRDGみたいな、隣に何気なく暮らす多様性を当たり前としているのに好感が持てました。
何より登場人物、絵や表具など古いものに対するリスペクトが感じられて(ここ超大事)、
妖怪や絵にまつわる怪異が退治されてしまうことがないのがとても良かったです。
人と異なる生き物を折伏したり排除したりする退治ものバトルものが最近どうも読めなくてですね…
こういう本と出会いたかったのですよ。食わず嫌いにしててもったいなかった。

洸之介くんがすごく誠実な男の子なのが、このお話にバランスが取れている理由かなと思います。
(もし癖のある主人公だったらかなり印象が変わると思う)
妖怪さんたちがどんなにぶっとんでいても、洸之介くんは最初は慌てるんだけど
妖怪さんたちの行動を見たり話を聞くうちに「まあこんなもんか」と水を飲むみたいにヒョイと受け入れたり、
環さんたちにお酒をすすめられても「未成年です!」って断って
自分より見た目が幼い妖怪たちが飲んでても「たぶんみんな20歳は超えてるだろう」とスルーしたりと
結構、頭回るし順応性高いなあと思う。
古いものに対しても素直に感動して、環さんの指導のもと技法を習得しながら
たまに妙な調査のために引っ張られていったりする典型的な巻き込まれ型主人公ですが
たぶん本人もまんざらではないと思ってるだろうな。お人好し少年☆
揚羽さんにオゴられたと知って仕事を断れなかったりとか、
2階から落ちかけた同級生を桜汰くんが助けたとき「あー桜汰が天狗でよかった…」って
心底ホッとしてるのとか、たまにヘタレ。
日常を失いかけてだんだん不安が膨張していくくだりは、ラストが予想できてはいてもドキドキしました。
妖怪さんたちに叱られて「ケータイ死んでました」って謝るしかないのがおかしくて笑ってしまった^^

店主の環さんのかっこよさは筋金入りですね~。
腕のいい表具師で、数百年生きてるから知識も経験もあるけどいい具合に肩の力が抜けてるから
洸之介くんにとってそんなに堅苦しい師匠ではない。
なにより普段着が着物で街へ出かけるときも着物なのが!スバラシイネ!
環さんが鮮やかなオレンジの着物姿で鰯チーズバーガーを頬張る描写が
かつて着物でマックに入って月見バーガーを食べた自分と重なって(おこがましい)、
なんだかうれしかったです。
(これで環さんが着物を洗濯機でガラガラ洗って干してアイロンかける描写があったら完璧だったわ)
猫又の揚羽さんや雪女の蓮華さんがキャッキャするのもすごくかわいくて、
でも2人とも環さんより年下とはいえ数百年生きてるから色んなことも経験してて
揚羽さんが戦争中に経験したこととか、蓮華さんがサラリと口にする葛藤とか
会話の節々にふと過去の影がよぎるのが切ない。
それを洸之介くんが黙って聞いてて、彼女たちの言葉の奥にある本音を思いやってるのがいいよね。
彼女たちも洸之介くんだから話せてるわけで、
そういう、お互いに相手の意図を汲み取れる信頼関係があるパターンは好きです。
うつけのふりとか、道化を演じてるとかね。ありがちですけど大好き。

表具に関する描写もワクワクしました!
裏打ち作業のときに紙をずらさないようにする緊張感とか、
僧侶の袈裟を表具につかったのが金地の表具の始まりみたいな豆知識とか。
糊作りで失敗してしまった洸之介くんに環さんが「裏打ちによっては腐らせた糊を使うから大丈夫」と
助け船を出しているのが、
仕事をポジティブにすすめるバイタリティを感じていいなあと思いました。
「糊ははがしやすくしておく。100年後の人が修理するときすぐに剥がせないと困るから」と聞いて
洸之介くんは目まいがしていたみたいだけど、
確かテレビで日光東照宮の修復をしていた職人さんが似たようなことおっしゃってたなあと
読んでて思い出しました。
100年後の人たちが修理する時わかりやすいように印をつけておく、みたいな言葉だったと思う。
また、「自分たちは100年前の人たちからこの仕事を引き継いだ。
100年後の人たちに恥ずかしくないような仕事をする」とも聞いたな…。
それは彼らにとってはすごいことでも何でもなくて、仕事でいつもそうしてるってだけだと思うけど。
尊敬。

そうそう忘れちゃいけない、猫又の話に凡河内躬恒の歌がふいに出て来てびっくり^^
「笹の葉におく初霜の夜を寒み しみはつくとも色にいでめや」古今和歌首巻十三・六六三番
揚羽さんは躬恒の歌と知っているのかな、環さんは作者まで教えてさしあげたのだろうか。
環さんはどこで知ったのかな、戦国時代あたりから生きてるし
彼女のお師匠建部宗由(実在の茶人)は金森宗和や小堀遠州と親交があった、当時のインテリですから
歌集とか持ってたかもしれないし。

本の帯に「文字の向こうに色彩が見えた」と選考委員の方がコメントを寄せていて確かに!とはげど。
特に環さんの着物の色彩と、怪異が解決したときに生じる色がすごく美しく思い浮かびました。

続編が出ているようなので読んでみたいと思います!
ひさびさに素敵な妖怪ものに出会えてしあわせでした☆
よい読書時間を過ごすと精神が潤いますね(´ー`)。

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ヴァニラ画廊の「エドワード・ゴーリーの世界2 Gorey library」展に行ってきました。
去年に引き続き、濱中利信氏のゴーリーコレクションから
ゴーリーが関わった本の装丁やブックフェアのポスター、
しかけ絵本に豆本、パラパラマンガ、クリスマスカードなど「本」に特化した展示になっています。
前回と同じけだるいBGMも手伝って、かわいくホラーな世界観に心地よくひたることができましたよ☆
ヴァニラ画廊さんは奇妙な歪みと安らぎのたゆたう雰囲気の会場なので
ゴーリーみたいな作家の展示はぴったりですな。
(余談ですが去年の展覧会めぐり納めがここのゴーリー展、今年も同じ場所でゴーリー展と
2年連続ゴーリーで締めることになりましたね…意図したわけでもないのですが)

前回がものすごい混雑だったので今回も早めに行こうと開廊と同時にすべり込んだのですけど
そんなに人いなくて快適な鑑賞環境でよかったです。
入って早々に、チケット売り場と展示室の間のスペースに設置してある白い棚(3段)に
ゴーリーキャットのぬいぐるみ(売り物)がズラーーっと並んでてびっくりしました(笑)。
1匹だけマグカップに頭つっこんでて、それもナイスだなあと^^
棚のそばの壁にはゴーリーが愛猫と一緒に写っている写真がかけてあって感動。
おお…のっけからゴーリーの猫趣味をプッシュしてくるとは…おおお…!

しかし猫趣味展示が本気で火を噴いたのは展示室に入ってからであった。
展示室の真ん中にあった黒い安楽椅子の上にゴーリーキャットのぬいぐるみが座っていて
額装されたリトグラフ(制作年不明)が1枚置いてあったのですが、
それが安楽椅子に腰かけて本を読む男性の膝の上や本棚の上、床に積まれた本の上などで
猫たちが気持ちよさそうに寝ているという絵で→こちら(の原画かな?)
うおおこれは、特にタイトルには書いてないですがまるでゴーリーの自画像のような…!
なんだかほのぼの(´w`)。
その脇には木の戸棚があってガラス扉の中にうろんな客人形とグッズがいくつか入ってて
お人形は去年も見たので1年ぶりの再会でうれしい☆
戸棚のてっぺんにガイコツがひとつ置いてあって上にカラスの剥製がとまり鍵をくわえて
どことなく不安定な雰囲気をかもし出していてワクワクしました(´w`)。
戸棚やグッズが整然と並べられているから余計にアンバランスに見えてくらくらするのかもしれない…。
あと、ちょうどクリスマスシーズンだったのでクリスマスツリーが出ていて
ゴーリーキャットのぬいぐるみがいっぱい吊るされてて超かわいかったです→こちら
ちょ、これツリーごと持って帰ってうちに飾りたい!
側に展示されていたクリスマスカードも人がリボンに巻き付かれていたり真っ黒だったりと
ちょっと飾るのをためらうレベルのゴシックなデザイン。
飾れるとすれば龍のあたまから生命の樹が生えている絵のカードと
猫がリボンつきリース持ってるの、部屋中を埋め尽くした長いマフラーの中央に猫がちょこんといるの、
くらいかなあ。

絵本『キャッテゴーリー』の原画もありまして、52番がかわいかったな~後ろ姿の猫がリボン振ってるの。
キャプションで知ったのですが、『キャッテゴーリー』はかつてゴーリーがアンソロジー本を刊行した際に
1~50まで番号のついた猫の水彩画を限定50部の付録でつけており、
それらを1冊にまとめたものなのだそうな。
確かに、1枚1枚に描かれた猫さんたち幸せそうなお顔でお腹ぼってぼてで本当にかわいいので
限定版で配っておしまいにしてしまうのはもったいない!
(大量生産すると限定版の意味がないような気もしますが、
直筆と印刷という点ではやっぱり直筆の価値に勝るものはないと思うのでこれでいいのだ)
他にもゴーリーキャットのペーパードール(きせかえ)とかブックフェアのポスターとか
猫をかわいくステキに描いた作品を見ることができて幸せでした。
猫好きの人が猫を描くとほんとにかわいい。愛があふれてるのがわかりますな~。
たぶんわたしが猫好きというのもあるかもしれないけど。

ゴーリーは作家活動に入る前は出版社でブックカバーのデザインを担当していたそうで、
そんなデザイナーの頃に担当した本がいくつか並んでいました。
ざっと見たところおとぎ話やミステリの表紙をよく作ってたのかな…闇や古い建物や怪物、
レトロなコートを羽織った人物たちが多いような印象を受けました。
(書店や出版社のミステリーブックフェアのために作ったポスターもありまして
こちらは割と猫率が高めでしたが)
レタリングの線がよれよれだったり、遠近法がおかしかったり、画面の真ん中に大胆に空白があったりと
なんとなくアンバランスな雰囲気の表紙が多くて不安も覚えるんだけど
妙に怖さを感じないのがいつ見ても不思議だなあと思います。
ゴーリーの絵って、一枚絵でも本の表紙でも「あ、これ」って目を引くインパクトがないというか
一見しただけでは通り過ぎてしまうこともあるんだけど、
「ん?なに今の黒いの」「なんか赤いの見た」「さっきのモノクロ気になる」って二度見してしまうというか
そういう引力があるような気がする…。
あと、ヒッチコックとか堤幸彦氏の映像レイアウトとか見ててもそうなんですけど
ゴーリーのレイアウトって綺麗に画面に収まってる例がないような。
どこかしらはみ出したり、もったいないくらいの空白があったり余計な描きこみがあったりして
でもその違和感がおもしろいっていうか、味なんですよね。
そこに一度魅力を感じてしまうと抜けられなくなるのかもしれない。

本格的に作家活動に入ってからは、自由に好きなものを作っていたようで
よくこんなに色んなもの作ったなあと感心しました。
『The Dwindling Party』は飛び出す絵本なのですが、
開かれたページでは早速、怪獣に人がぱっくり食べられていてよりによってこれかと思いましたが(笑)、
壁に投映されていた映像がすべてのページをめくって見せてくれていました。
折りたたみ絵本『The Tunnel Calamity』はアコーディオンみたいに伸ばして表紙の穴から覗くと
登場人物たちが立体的に見えるというもので、これも去年の展示にあったやつ。
1ページが縦に3つに分割されてて好きなページをめくると好きなお話が作れる本もあって
絵もついているのですが、
1ページぶち抜きで描かれた女の人の体が当然、首と胴体と足が3つに割れてて
パラパラめくると着せ替えができるようになってておもしろいと思いました。
豆本もかわいくて、5センチ四方の小さな絵本にアルファベットや景色が描かれていて
装丁もハードカバーでしっかり作ってありました。
小さいからといって、いや小さいからこそ手を抜かないのかなゴーリーは…。
タロットカードはいわゆる魔術師や愚者のいるアルカナとは違って
うろんな客をはじめゴーリーのキャラクターたちが1枚1枚描かれているもの。
これ、どうやって占うんだろう…というか、何を占っても不幸な結果しか出ない気がする(;´▽`)。
そしてその不幸を回避するために死に物狂いで生きなきゃならないんだと思う。

会場を出ると、やっぱり世界が歪んで見えました…。
この中毒性、嫌いじゃないぜ。
しかしヴァニラ画廊さん、まさか2年続けてゴーリーの展覧会をやってくださるとは思っていなかったので
すごくうれしかったし感激でした!
前回も大好評だったみたいですし、次の年末にも何かの形でやってくださらないだろうか。

そういえば今年に翻訳出版された新刊『蟲の神』と『むしのほん』を読んだのですが
『蟲の神』がものすごくゴーリーだなと思った一方で、
『むしのほん』はゴーリーこれは、何かイヤなことでもあったのかな…って思いました。
なんかこう、いつものゴーリーと違って強い自己主張を感じるような絵本で
なるほどこういう面を持つ人でもあったのかと。
蟲の神の“虫”が“insect”でむしのほんは“bug”と表記されているせいもあるかもしれない…。
両方とも、また時間を置いて読んでみたいと思います。


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画廊を出たあとは銀座東武ホテルのオアシスでアフタヌーンティーしました☆
サンドイッチとスコーンにケーキ、フルーツ盛り合わせ、これで2,000円弱とか安い!
紅茶もおかわり自由でたいへん満足でした。

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ホテルから歌舞伎座へてくてくと。
十二月大歌舞伎の千穐楽だったようで、大きな垂れ幕がかかっていました。
また来年くるよ!くるからね!

(余談ですがこの記事を書いている29日にすごくステキな言葉をテレビで聞きました。
関ジャニ7歌舞伎SPで、30歳になったし歌舞伎に触れなきゃいけない…とおっしゃる安田章大さんに
中村翫雀さんがおっしゃった言葉。ちょっと長いですが引用します。
ある意味、30歳になったその年齢でいいよ。
恋愛の話ひとつ、惚れたはれたがわかってから観た方がいい話(が歌舞伎には)いっぱいある。
そういう内容の方が多いわけ。
30歳になってそう思ってくれたら、それでええわけ。
娯楽と思って観たいと思った時に観てくれる方がうれしい。
で、決してその時に『今度勉強してから行きます』って絶対言うたらあかんで。娯楽なんやから。
遊ぶつもりで、ただ楽しむつもりで来てくれたらいい。
これがアカンかったら、もうこっちが悪い。おもろうなかったら

わたしも2年前にふと「あ、歌舞伎行こう」ってノリで観に行っていま猛烈に楽しんでるのですが
その選択は間違ってなかったのかな…^^)

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東京駅で途中下車して、京葉ストリートのシレトコファクトリーにて東京駅100周年記念ショコラを購入。
甘くてちょっとビターでおいしかったです。


さてさて、今年も色んな事がありました。
歌舞伎と狂言と文楽と美術と白石加代子さんで大騒ぎして
福岡と山口と箱根と川越と京都と奈良でやっぱり大騒ぎして
ソチ五輪とサッカーW杯と若田光一船長と三陸鉄道全線運行再開とはやぶさ2打ち上げに感動して
セイントテール再放送とハイキューとくつだると蟲師とセーラームーンとFateと君嘘でフィーバーして
妖怪ウォッチと雅楽と京焼にめざめて
アンネの日記破損と2月の大雪と図書館総合展とNARUTO完結と和紙の世界遺産登録で色々考えて
身内の入退院やエリアメールにあたふたして投票行って…と、毎日何かしら感じて考えていました。

ネット上でもブロともさんたちとお会いしてお話できたり、京都琳派の連載をしてみたりと
すてきな交流やチャレンジをさせていただいて充実していました。
拍手やコメントいつも本当にありがとうございます!とても励みになっています。
来年も琳派の連載とお仕事がんばれますように~。
SNSはTwitterのほかにnoteをぼちぼち始めてみました。シェアできる世の中楽しいな。

本年の更新は今日で終わりにいたします。皆様どうぞよいお年をお迎えください。
来年も皆様にとって素敵な1年になりますように☆

「あはれにも暮れゆく年の日かずかな 返らむことは夜のまと思ふに」相模
(千載集巻六冬・四七一番)

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青山Gofaで開催中の「十二国記画集刊行記念 山田章博展Exhibition & Cafe」に行ってきました☆
山田章博画伯による十二国記画集『久遠の庭』刊行記念の原画展です。
(画集タイトルの命名は原作者である小野不由美主上だそうだ)

会期は8月いっぱいで前期・後期の2期ありまして、
前期:『魔性の子』~『東の海神西の滄海』まで
後期:『風の万里黎明の空』~『丕緒の鳥』まで
の、ホワイトハート版&新潮社版のカバーイラストや挿絵原画がそれぞれ展示されていました。
十二国記愛読歴10年以上のキャリアを持つ身としては両方行くよね?ということで
前期は早々に行きまして、今日から後期展示が始まったのでやっぱり早々に行ってまいりましたので
ようやくレポを書くことにしたわけです。
2期ともわたしが行ったときはそんなに混んでませんでしたが、会場がそんなに広くなくて
土日など人が増える日には整理券をつけて入場制限をするそうなので
これから行かれる方はお気をつけください~。

初めて近くで見る山田画伯のナマ原画はとても良かったです!
カラーはやっぱり本物の色が見られるのがいいですね。
図南の翼表紙の珠晶の髪飾りの赤とか、印刷と全然色が違うし。
黄昏の岸~のホワイトハート版麒麟大集合絵とか
華胥の幽夢表紙の采麟がホワイトハートも新潮社もすごく美しくて!
山田画伯はコピックユーザーでもいらっしゃるので、カラーを拝見するとすごく勉強になるというか
わたしには全然思いつかない色遣いをされてて
これ何番と何番で塗ってるの?どうやってぼかしてるの??と気になる点がたくさんあって
もしその場に画伯がいらしたら解説していただきたい(あつかましい)くらい興奮しました。
他にもカレンダー、関連商品パッケージ、読者プレゼントなどに描かれたカラー生原画が並んでて
人物の髪の毛や服装、画面を彩る装飾の塗り方にほれぼれ…。

モノクロの挿絵も、筆ペンで一気にザクザク描いたようなホワイトハート版も
ペンでザクザク描いた新潮社版もこんなに近くで見られるなんて!
下書きや修正液などの跡が見られるのも生原画の醍醐味で
こうして作家さんが制作していたというのが感じ取れるの最高ですありがとうございます。
(ホワイトハートより新潮社の方が原画が大きいのですね)
ホワイトハート版は主線がそんなに多くなくて、影で立体感をつけているのさすがだなと思います。
妖魔と闘う陽子とか、蝕に翻弄される汕子と流される泰果とか
妖魔の口に赤子を入れる更夜とか、斡由に剣をつきつける尚隆とか
慶で追われて桓魋に手をさしのべられる祥瓊とか、景麒に騎乗して乱を止めようとする陽子とか
影がグレーじゃなく黒なんですよね、くっきりした黒。うまいつけ方ですよね…。
新潮社版もそんなに描きこんでないけど絵としてよくまとまってて、
紙をひっかいたようなタッチがかえって立体感を出してるのがいつ見てもすごいと思う。
『丕緒の鳥』収録の標仲が雪道を行く挿絵に、白黒の世界にものすごい奥行き感があって
あまりの完成度の高さに見とれちゃいました。
「青条の蘭」はどこの国の話なのかわからないまま読んでいくと
クライマックスで出てくる王宮の名前でああもう大丈夫だ!ってカタルシスが圧巻でしたな…。

あああ何もかもみな懐かしい&新鮮!
ひとつひとつ見ていくと物語を次々に思い出しちゃうし、画伯の絵の変遷も感じ取れて
十二国記と山田章博の歴史を同時に見られるっていうのが感慨深かったです。
(画伯が十二国記の絵を20年以上描き続けていると気づいて呆然としたのは内緒)
画集はもちろんゲットしましたよ。
前期鑑賞時にギャラリーでサイン入りが注文できるというのでお願いして、
本日ようやく受け取ってまいりました。ほくほく☆
山田画伯のサインはなんというか、描かれる絵そのままですね。絵のようなサイン。大事にします!

あ。
会場入口でチケットを買うと、この原画展のために山田画伯が描き下ろした
A4サイズのウェルカムペーパーがもらえます!
イラストは夏服を着たさわやか陽子さんです~うおー主上~~☆
会場内に原画も展示されてまして、
「本編にないシーンですけどこういう想像をお許しいただけるでしょうか」的な画伯のコメントがついてました。
許す!!(笑)
画伯はどんどん想像の翼を広げて十二国の住人を描くべき。ぜひ描くべき。(落ち着け)


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建物の1Fにはコラボカフェがありまして、十二国記からイメージしたドリンクやスイーツがいただけます。
カプチーノのラテアートが3種類あって、陽子・景麒・楽俊でした~。

わたしが行ったときは普通に座れましたけど、こちらもそんなに広くないので
土日には行列ができるそうですし、
すごいときは閉店前にメニューが売り切れてしまうこともあるとか!
山田画伯と十二国記の人気もはや空高く渦巻きすぎて蝕起こすレベル。

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前期鑑賞後に注文した陽子カプチーノと、麒麟のための冷製粥と、楽俊の桃グラッセ☆
メニューひとつごとにコースターがもらえまして、わたしは3つ頼んだのでコンプリートできました!

楽俊の桃はあれですね、『月の影影の海』下巻で行き倒れになっていた陽子を助けた楽俊が
「酒につけた桃を砂糖で煮たのだ」って持ってきてくれる桃ですね^^
ほたほた歩く楽俊の姿を思い浮かべながらパクッと食べたらゼリー?ムース?が猛烈に甘くて
「甘っ!」って突っ込みそうになった。
どれくらいかというと、恭から御物を持ち出して柳で捕まりかけた祥瓊くらい甘かった。(意味不明)
桃はほどよい甘さでするするいただけて、
楽俊と陽子のコースター(写真左下)を添えたら月の影影の海ごっこができました。

お粥は、「麒麟のための」とついていますがなぜか鶏肉が入ってます。あれー?
食したファンの間では「蓬莱で肉食を強いられた泰台輔のお苦しみを追体験する」という
コンセプトになっているようです(泣笑)。
生姜が効いてておいしかった!

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陽子さんかっこよすうおおおお!!
個人的に十二国記でイケメンを挙げろと言われたら利広さまと陽子さんって答えます。
ちなみにわたしの中では十二国記におけるヒーロー:陽子と珠晶、オヤジ:尚隆、兄貴:六太、
姉御:琅燦、執事:冗祐というカテゴリになっています。ひどい。
景麒はヒロインかな…。楽俊は天使。(キリッ

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本日、後期展示を鑑賞した後で注文した景麒のケーキ(笑)。
マンゴー(麒麟の金髪をイメージしているらしい)が乗ってるレイヤーケーキでした~。
あまり甘くなくて食べやすかった(*´∀`*)。

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コラボカフェのテラスのテーブルにはこんな旗がひらひら☆
新潮社版の裏表紙に使われている絵です。写真は左が魔性の子で、右が丕緒の鳥。
他の文庫の裏表紙もあるよ!


山田画伯の十二国記画集は第二弾も計画中だそうです、待ち遠しい。
あと、時期は未発表ですが小野主上による原作の新作長編も新潮社から刊行予定とのことだし
まだまだあの世界が小説でも絵でも楽しめるんだなー生きねば!オラわくわくすっぞ!
(原作に関してはあまりに待ちすぎていつから待ってるかもわからなくなってますので
今後ものんびり待つつもりです。
はやく泰麒と戴の人々を何とかしてあげてください主上~)


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「風神雷神図屏風Rinne」宗達・光悦編その4。3はこちら
2日後、宗達は出張のためお休みしていたお店(絵屋)を再開しました。
じっとしていないへんな生き物たちをつかまえた宗達と光悦の図。

宗達「こら、乾いてねえのに触んな」
光悦「すっかりなつかれてるな」
宗達「まいったなあ、納期遅れちまう。日暮れまで面倒みててくれねえか」
光悦「いいよ。そいや、こいつらなんて呼ぶ」
宗達「なんか風と雷っぽいから、フウとライ」
光悦「そのまんまだな」
宗達「うん」

というわけで、宗達と風雷と、ときどき光悦、の奇妙な共同生活が始まりました。

土曜日に世田谷と吉祥寺をぶらぶらしてきました☆
世田谷文学館の「茨木のり子」展が目的のお出かけだったのですが、
ついでにどこか寄りたいな~寄れないかなと適当にぐぐっていたら
白髭のシュークリーム工房と旅する約100人のブックカバー展がヒットしまして
おおおこれは!とまとめて行ってくることにしたわけです。
最近はお出かけの目的地のほかにぽつぽつ寄るところを意識的に作ってます。たのしい^^

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まず電車で、世田谷代田の白髭のシュークリーム工房に来ました。
ここ、トトロの形をしたシュークリームを作っているお店なんです☆
ひとつひとつ手作りのため大量生産ができず、早いと午前中には売り切れてしまいます!
ので、何が何でも午前中に来たかったのでした。

お店は木々に囲まれた静かな場所にあって、店内もナチュラルな雰囲気が素敵で
トトロのフィギュアやイラストや、宮崎駿さんのサイン色紙がいくつも飾ってあったりします。
シュークリームのほかにクッキーやケーキも買えますよ!

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念願のトトロシュークリーム!!うおおお!!
ちゃんとトトロの形のシュー皮で自立します!目と鼻がチョコでついてます!感動するしかない!
何もかもがパーフェクトな造形に体中を電流が駆け抜けていきました。
持ち帰りだと鞄の中で潰れてしまうかもしれない、どうしようと迷っていたら
すぐ食べられるようにと店員さんが紙皿に入れてくださって大感謝。
もったいなーい眺めていたいーーってさんざん悶えたけど結局おいしくいただきました。イチゴ味最高。
トトロは、食欲に、負けた!(笑)

実はトトロのシュークリームがあると知ったのがちょうど1年前でして、1度来たこともあったのですが
着いたのが夕方だったので完売していて買えなかった苦い思い出がありまして…。
つまり今回はリベンジでした。買えてよかったーーー!
他にもカスタードとか抹茶とかチョコ味とかあるのでまた近くに用があればリピートしたいと思います。

日傘をさしてトトロを食べながら(誤解を招きそうな表現)下北沢駅まで歩いて
井の頭線と京王線経由で芦花公園駅へ。
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世田谷文学館にやって来ました。
わたしの大好きな詩人である茨木のり子さんの回顧展が開催中なのです。

展示内容は茨木さんの手書き原稿やご自宅の写真、谷川俊太郎さん川崎洋さんらと交わしたお手紙、
生前出版された詩集や絵本、詩人仲間たちと作った同人誌、新聞記事のスクラップブック、
愛用の眼鏡やアクセサリーや韓国語の辞書、日記帳やレシピ本などたくさんありました。
お家の写真は『茨木のり子の家』でも見たので久し振りな感じでした。
今も東伏見に建っていて、甥御さんが管理なさっているそうです。

茨木さんが川崎洋さんと一緒に創刊した雑誌「櫂」が1~33号までずらりと。
真っ白な表紙に「櫂」と大きな楷書のタイトルが書かれたシンプルな装丁でした。
川崎さんが櫂を創刊するときに茨木さんを誘った直筆手紙もあって
「最初創刊号を茨木さんと2人だけで作り、少数精鋭主義で月刊を守っていきたいと思うのです」と
決意を示す一文があっておおおここから始まったのかーとしみじみ。
しかし川崎さんは字がかわいい(笑)。
で、10日ほど考えた茨木さんが「表現する内容は異つても、日本語に対するいろいろの実験、
そんなものを旗じるし(?)といへば言へる同人雑誌にしたらおもしろいのではないでせうか」と返事を書いて
めでたく発刊が決まったそうな。
その時、歴史が、動いた!!(笑)
そして茨木さんも字がかわいい!
櫂にはその後、谷川俊太郎、大岡信、寺山修司、岸田衿子など錚々たるメンバーが参加しています。

俳優・山本安英さんとの交流も。
茨木さんの「汲む」という詩がありまして、わたしも大好きなのですが
これ実は山本さんに宛てて書かれた詩なのです。
「大人になるというのはすれっからしになることだと思い込んでいた」茨木さんに
「初々しさが大切なの」と語りかけた山本さんを見て
「頼りない生牡蠣のような感受性を鍛える必要は少しもなかったのだ」とつづられる詩の
ハッとしたやさしさというか暖かさというか、とてもすてき。
おふたりが並んだ写真やラジオ劇の台本などから、交流の深さが伝わってきました。

で、隣のガラスケースを見たら
分厚い原稿の束の表紙に「大雅と玉瀾」と書かれた文字がヒョイと飛び込んできて叫びそうになった。
池大雅&玉瀾夫妻の戯曲だそうです!なんてこった茨木さんが!マジすか!知らなかった!!
草稿のメモもあって、それによると
春の京都の八坂神社の境内に扇を並べて、隣で大雅が墨を摺る場面が書き出し。
台本は完成し山本さんに贈られたそうですが色々あって上演されなかったんですって、
ぬああぁぁにいぃぃぃいい読みたいよーってか上演してほしい!
どなたかやってくださらないかな、たとえ場所が遠かろうとチケットとって観に行きますよ。

茨木さんが訳した現代の韓国詩人たちの詩集『韓国現代詩選』の資料展示も。
茨木さんは少女だった頃から韓国へのあこがれがあり、50歳から勉強を始められて
翻訳詩集も出版しています。
展示された原稿や付箋だらけの本、韓国語の先生である金裕鴻氏とのお手紙から
「訳す過程で、ハングルにはハングルの、日本語には日本語の良さがあると痛感させられ」ながら
ひとつひとつ心をこめて翻訳されたんだなあとつくづく。
わたしまだ翻訳詩集読めてないんでした、読まねば。

(余談になりますけど、もう何年も前ですがわたし茨木さんの随筆集で尹東柱を知って
京都の同志社大学今出川キャンパス内にある詩碑を見に行ったことがあります。
(彼は同大に通うクリスチャン詩人でした)
訪れたのは平日の昼間でしたが、きれいな花束がたくさん供えられていまして
こういう人がいたのだと胸にずしんときたのを覚えています。
興味のある方行ってみてください~。同志社礼拝堂のすぐ隣にちょこんとあります)

音声のコーナーもありまして、茨木さんの肉声や茨木さん作のラジオドラマなどが聴けました。
「わたしが一番きれいだったとき」のご本人朗読CDが聴けてよかったです!
わたしが茨木さんの詩に初めて触れたのが中学校の国語の教科書に載っていたこの詩でして、
それから気になってたまに詩集を読むようになって、一番読んでいたのは大学時代だったかな…。
電車の中、図書館にいるとき、卒論を書いていたときなどよく開いては
心の支えにしていました。
茨木さんを知るきっかけになった詩をご本人の肉声で聴けるのはとてもうれしかったです。
高くもなく低くもなく、言葉を丁寧にはっきりと発音されていて
わたしがイメージしていた茨木さんのお声そのままでじーんときました。
(この詩は32歳の茨木さんが20歳の自分を振り返って書いたそうですが、
わたし今20歳の自分を振り返ってあんな詩書けるかなあ…)
あと、山本安英の会主催の「ことばの勉強会」の録音テープも聴きました。
出演が谷川俊太郎、金子光晴、茨木さんの3人という何とも豪華なメンバー。
谷川さんが金子さんに詩について質問して、金子さんが長々としゃべりまくって
途中で茨木さんが軌道修正したりしてて面白かった(笑)。

この世からのお別れの言葉原稿。
茨木さんが亡くなられた1か月後に、親しい人たちに送られたお手紙です。
見る前はちょっと気が引けていたのですが、実物を目にしたら「ああ、見てよかった」と思いました。
8年前に新聞で見た「このたび私○年○月○日、○○にて
この世におさらばすることになりました」と、なんともあっけらかんと始まる文面が
かわいい字でしたためられていました。
じゃあまた今度、みたいな、旅先から何気なく出したような印象で
締めが「深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に代えさせて頂きます。ありがとうございました」とか
かっこよすぎでしょう…。

茨木さんの訃報は新聞で知ったのですけど、当時は一瞬何のことだかわからなくて
「え、ちょ、はあ、ええ!?」て変な声が出たっけ。
年齢が年齢でしたけど、あと10年くらいは詩を書いてくださるだろうと勝手に思い込んでいたので
正直、今もいなくなられた感じがしていないです。
で、ときどき書店で茨木さんの詩集を見つけては「もう続きが出ることはないんだな」としんみりしてます。

そして、薄い白みがかったカーテンの向こうに「Yの箱」の展示が。
詩集『歳月』は刊行当時に読んでいるので、この箱の存在は知っていましたけど
まさか現物が展示されているなんて。
正直、「見ていいのかなあ…」と少々遠慮しながらも鑑賞させていただきました。
いくつかのクリップで留められた原稿用紙に綴られた詩から、夫・安信さんへの深い愛が伝わってきました。
展示室にあった日記帳にも「Yが」「Yは」などと綴られていたっけ。

ひさびさに茨木さんの凛とした言葉に触れられた充実した時間でした。
図録も買っちゃったよー♪
あと、会場に置いてあった展覧会のチラシが4種類もあって笑ってしまった。
谷川俊太郎さんが撮影した茨木さんのポートレートが表裏全部で8枚使われていて
そういえばその写真やカメラの展示もありましたな。
きりっと前を向く茨木さん、笑顔の茨木さん、ちょっと斜に構えた茨木さん、すてき☆

(そういえば茨木さんのペンネームが茨木童子と同じ名前~って勝手に喜んでた時期があって
数年後に茨木さんのエッセイでほんとに長唄の茨木からとられていたと知って大喜びした数年前。
全然別方面から好きになった人たちに接点見つけるとうれしいよね)


展覧会を堪能したので、今度は京王線と井の頭線経由で
茨木さんもよく訪れていたという吉祥寺にやって来ました。
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カフェ「茶の愉」でひと休み。
店内はとっても明るくて、ガラス窓の向こうには青い紅葉が風に揺れていました。
遅いランチもいただきました。かぼちゃのキッシュおいしかったです☆

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お腹がいっぱいになったので、歩いて吉祥寺ロフトの約100人のブックカバー展に来ました。
イラストレーターやデザイナー、ショップから学生まで約100人の人たちが作ったブックカバーを
たくさん見ることができる&買うこともできる展示会が現在、各地を巡回中なのです。
少し前に渋谷ヒカリエで開催されてたんですけど、行きそびれてしまったのですごくうれしかった☆

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ゲットしたカバーです。
白クマと小鳥と猫と読書する人たち。なんの本くるもうかなあ!٩( ᐛ )و

どんどん変になる。
ヴァニラ画廊のエドワード・ゴーリーの世界展に行ってきました。
『エドワード・ゴーリーの世界』の著者である濱中利信氏のゴーリーコレクションから
約100点を展示。
内容は直筆絵はもちろん、シリアルナンバーやゴーリーのサイン入り絵やエッチング、
宣伝ポスター、レコードジャケット、人形やカンバッチ、本の表紙など多岐にわたります。
「これゴーリーに返却してください」的なメモ書きついてる絵とかあって笑っちゃった。
なんでこんな適当に扱われてるの(笑)。

ゴーリーって知る人ぞ知るみたいな作家なのでご存知ない方は濱中氏のサイトをご覧ください→こちら
とりあえず変な絵いっぱい描いてます!
何て言えばいいのか、ティム・バートンから濃さを抜いて毒気を足したような、
アダムス・ファミリーから濃さとコメディ色を抜いたような、
一見シンプルで実は緻密なライン、フリーハンドの味わいと不気味さと目力のワルツ。たまらん。

濱中氏がパンフレットの解説で
「書店で、ある本を手にしてパラパラとめくる。「ふ〜ん」と唸って棚に戻して他の棚に移る。
しかし、しばらくすると戻って来て再度同じ本を手に取って読み直す…。
初めてゴーリーの作品に接した時、この様な行動をとった方も多いのではないでしょうか」
と書いてらっしゃいますけど
わたし数年前にゴーリーの絵本を初めて書店で見たとき、まさにこの行動を取りまして。
確かゴーリーの復刊フェアか何かで10冊くらい平積みされてて
最初に手に取ったのがギャシュリークラムか蒼い時かうろんな客か覚えてないのですがたぶんどれかで
へんなのってパラ見して棚に戻して去ろうとして、
もいっかいギャシュリークラムか蒼い時かうろんな客かどれかパラ見して
結局その場の平積み全部読んでしまった。
こんな絵描く人がいるんだ…ってしばらく気になってじわじわ好きになった作家ですね。
(そして好きなものが紫式部とアリスとアガサ・クリスティと猫、と本人のインタビュー集で知って
ますます親近感が湧いた。
自分の好きなものを自分の好きな作家も好きってわかると嬉しくなっちゃうよねえ)

大の猫好きで猫も飼っていたゴーリーの猫絵は萌え絵の極地ですな…。
「キャッテゴーリー」って絵本がありますけど、もうほんとかわいくて。
リボン持ってたり本読んでたり、空飛んだり、とぼけたお顔で何もせずちょこんと立ってたり
アルファベットで遊んでたりするの。
Tシャツからぼってぼてのお腹がはみ出たにゃんこが半開きのギョロ目でこちらを見つめてくるっていう萌え絵。
わたしを殺す気か。本望だ。
(ゴーリーの作品では人間はひどい目に遭うけど猫は幸せな絵が多くて、
それは本人が猫をひどい目に遭わせる絵が描けないからっていう理由だったりします、猫好きの鑑)
ちなみにゴーリーが犬を描くとやっぱりお腹ぼってぼてでトレーナー着てます。
で、やっぱり飛びます。自分で飛んだり吊られて揺れたりします。ちくしょー!(バンバンバン!←床叩)
さらに、ゴーリーが象を描くとやっぱりお腹ぼってぼt(ry
で、やっぱり飛びm(ry

TV番組「MYSTERY!」のポスターもな~もう何ていったらいいのか。
「ジキルとハイド」や「スウィーニー・トッド」「ブラウン神父」などの宣伝なのですが
ジキルとハイドは背中がくっついてるしスウィーニー・トッドはカミソリと首飾りだし
それ描く!?的なぞくりとする内容。
ストーリーの核になる最低限のモチーフでシンプルなデザインなのに底冷えする。
10周年記念ポスターには画面いっぱいに大きな樹が描かれ、
ポワロ、マープル、ホームズ&ワトソン、キャンピオン、ダルグリッシュ、モースら名探偵がいっぱい。
じーっと見ていたら木に魚が刺さってたり根元に倒れた人が描かれているのに気づいて息のんじゃった。
あとゴーリーが舞台セットと衣装を担当した「ドラキュラ」のポスターな…。
真っ暗闇にガイコツ顔の天使が飛ぶわガイコツ顔の月が浮かぶわ、怖いんだかかわいいんだか。
今宵は…長くなりそうだぜ…!
他にもハムレットやバーナビーの物語や国際犯罪作家会議のポスターとか描いてるんですが
なんでこのモチーフなの、なんで?って小一時間、じゃない五時間くらいインタビューしたい。

ゴーリーが表紙を描いた本の展示。
シルクハット被った猫たちやふんぞり返った王様、長いレースを纏った女性、遊ぶ子どもたち。
宇宙戦争や荒涼館、失踪者、ルンペルシュティルツキンなども描いてるんですね。
「The Cut Direct」の表紙、写真なんですがゴーリー本人が殺されてましたよ。好きそう、こういうの。
友達の文章に挿絵を描いたり表紙デザインをすることもあったそうで、
いくつかそんな本の展示もありました。
「いつか一緒に本を出そう」と約束していた友達との合作は
家族のクリスマスの風景が表紙のカラフルな絵本だったみたいです。いいなあ。

グッズもいくつかありまして、猫たちの缶バッチやコウモリのぬいぐるみ、スタンプ、トランプ、
ゴーリーと飼い猫が仲良く写る写真も。
折りたたみ絵本はアコーディオンみたいに伸ばすことができて表紙にレンズがついていて
中を覗くと登場人物たちが立体的に見えるというもの。
これ楽しいなあー伸ばしたり縮めたりすると奥行きが変わるんだ!
ゴーリーは人形制作もしていたらしく(テレビ見ながら縫ってたそうな)、
手縫いの変な人形がありましたよ。
クリスマスカードは虎の縞模様でMerry Christmasと書いてあったりしてわ、わ、欲しい~!!
とどめはケースにちょこんと立っていたうろんな客人形。
つるすべな布製、ふわりと巻かれたマフラーときゅっとした白靴。
うおちょっとこれ超クオリティ高い持って帰りたい…!という気持ちをぐっと抑えて見つめてきた。

外に出たとき、世界が歪んで見えました……。
ほんとに中毒性高いなあ。
ゴーリーの絵って見ているうちにどんどん変になって戻れなくなるというか、
自分の中の変な部分や気がつかなかった部分、無意識に考えている部分を引き出される気がして
でもそれは全然怖くなくむしろあ、自分こんなこと思ってたんだって発見したり
それもあなたの一部だよってゴーリーに背中押されてる感じで面白いです。
人間って変ないきものだ!
たぶん一生好きな作家です、ゴーリー。

「わたしはいわば、潜在意識からそれらを呼び寄せてどんどん変になっていく順番で並べただけですよ」
(エドワード・ゴーリーのインタビュー集より)



さてさて、今年も色んなことがありました。
歌舞伎と能と浮世絵と妖怪画と深海とミュシャとターナーとゴーリーと久石さんの第九で大騒ぎしたり
京都と仙台と東大と熊野と伊勢でやっぱり大騒ぎしたり
『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』に泣いたり、宮崎さんの引退発言にしみじみしたり
パンスターズ彗星とイプシロンロケットとアイソン彗星に一喜一憂したり
八重の桜とあまちゃんと半沢直樹とお天気お姉さんと猫侍と相棒とリーガルハイと事件救命医とSPEC零と
ガルガンティアと有頂天家族と銀の匙とサバサビと京騒戯画とキルラキルとのんのんびよりでフィーバーしたり
和食の世界遺産登録と小笠原の新島とNDLのひなぎくとBMの春画展とBLのFlickrCommonsに感動したり
相変わらずのエリアメールと政局にあたふたしたりと、色んなものを見て感じた1年でした。

ネット上でもブロとも&リンともの皆様ととても仲良くさせていただいたり、
歌人たちの連載をしてみたり
超美麗イラストをいただいたり交換させていただいたりと充実していました。
いただける拍手やコメントがすごく励みになっています。皆様本当に本当にありがとうございます!
来年も余裕があれば連載にチャレンジしてみたいと思っています。
お仕事もがんばれますように!
Twitterはフォロワーさんも増えてますます楽しくなってます~。

本年の更新は今日で終わりです。来年も皆様にとってよい年でありますように☆

「雪降りて年の暮れぬる時にこそ つひにもみぢぬ松も見えけれ」読人不知
(古今和歌集巻六・三四〇番)

朝ドラの「あまちゃん」をドキドキしながら追いかける毎日ですが、
先日発表された来春の朝ドラが「花子とアン」で村岡花子さんの生涯と聞いて
今年何度目かわかりませんがぴぎゃーーーーー!!!ってなりました。
『赤毛のアン』を翻訳された方ですよ!
『エミリー』シリーズや『ポリアンナ』『王子と乞食』『あしながおじさん』『クリスマス・キャロル』
なども訳された方ですよ~!
ほわああぁ…なんてこったおめでとう…見るしかない。

アンの翻訳はいくつか種類があって、出している出版社も結構ありますが
日本で一番最初にアンを日本語訳したのが村岡花子さんです。
教師として訪日していたロレッタ・ショー宣教師が、戦争のためカナダへ帰国する際に
この本を日本で紹介してくださいと『Anne of Green Gables』を手渡されたのが
村岡さんとアンとの出会いで、
村岡さんは戦争中も翻訳を続けて(空襲警報が鳴るたびに原稿を防空壕へ持ち込んだそうな)、
戦後に『赤毛のアン』のタイトルで出版されるや大ヒット。
(出版社は三笠書房だったらしい)
ほかにも自宅に家庭文庫を開いたり、ラジオでしゃべってみたり、女性参政権運動に協力したり
何かと活動されているすごい人です。
ちなみに村岡さんの文庫は今も運営されていますよー。→こちら
まさかまさかドラマで見られる日がやってくるなんて…。
生きてるといいことありますねえ。

同時代に活躍した人としては芥川龍之介、堀辰雄、佐々木信綱、同じ大学だった片山広子や柳原白蓮など。
埼玉の偉人である石井桃子さんとも一緒に家庭文庫の活動をなさっています。
…石井さん出てくるんだろうか?wktk(´∀`)
村岡さんの周囲には文学女子がいっぱいいたので、みんな出てくるといいな。
特に柳原白蓮とは同級生で仲が良かったらしいので
つまりあれだ、やるんですね、失踪とか、公開絶縁状とか、やるんですね??
昼ドラじゃないよ朝ドラだよ!!
色んな意味でチャレンジャーなドラマになりそうな予感がいたします。
脚本がドクターXの中園ミホ氏なので濃いキャラ+パリッとかっこよいドラマになるって信じてる。

村岡花子さんについてはお孫さんが書いている『アンのゆりかご-村岡花子の生涯』と
村岡さんご本人の『わが少女の日』でほとんどわかると思います。
興味のある方ぜひ。
アンのシリーズも読み返したくなってきた。


『赤毛のアン』を初めて読んだのが何歳だったか、正確には覚えていないのですが
最初に読んだのが小学生のときで、本は子ども向けのダイジェスト版だったのは記憶にある…。
完訳は大学生のときに読みました。シリーズ全10巻を一気読み。
なつかしいなあ。
新潮社の村岡さん訳も好きですが、講談社の掛川恭子さん訳も好き~。
翻訳者が違うと訳も違ってくるので、読み比べると楽しいです。
たとえば村岡さんは「A bosom friend」を「腹心の友」と訳されているのですが
掛川さんは「宿命の友」あるいは「相呼ぶ魂」と訳されていて
ホワー!ってなりました。
両方ともずしっとくる訳。
「the White Way of Delight」は、お二方とも「喜びの白い道」だけども。
あと、アンの息子のWalterを村岡さんは「ウォルター」、掛川さんは「ウォールター」と表記していて
わたしは村岡さんの方が読みやすいのですが、
英語の発音を聞いてみると掛川さんの表記が近いのかもしれない、と思うこともあります。
全体をとおしてみると、手堅く読めるのが村岡さん訳で、スッキリ読めるのは掛川さん訳かな。

他の翻訳は読んだことがないのですが(ダイジェスト版はどなたの訳だったか覚えてない…)、
岸田衿子さんや猪熊葉子さんも訳されているそうで、どんな訳か気になります。
特に岸田さんは、アニメ『赤毛のアン』主題歌の作詞もなさっているし。


そういえば名前の表記でふと思い出したのですが。
わたしアガサ・クリスティのエルキュール・ポワロは「ポワロ」で覚えて育ったのですけど
最近のドラマや新訳を見たら「ポアロ」になっていますよね。
発音としてはポアロの方が原語に近いのでしょうか…よくわからん。
あと、数年前に図書館で見た岩波少年文庫のシャーロック・ホームズが
「ホウムズ」表記になっていてものすごくびっくりしました。
わたしの知らない間に世の中は動いている。

GWに友達と、寄居の「星の王子さまパーキングエリア」に行きました。
サン=テクジュペリの「星の王子さま」がコンセプトという、ありそうでなかったパーキングエリアです♪
ここ、オープンしたのがずいぶん前で、できた当初から行きたいなあと思っていまして
今回やっと行けましたよー楽しかったよー(*´∀`*)。

入口は9:00~20:00まで。
パーキングエリアというと、ふつうは高速道路に乗らなければ入れないのですけれども
ここは一般道からでも入れます☆
施設の後ろに細い道がありますよ~。

小さな町。
全体はこんな感じ。
煙突がずんぐりむっくりで壁の色はパステルカラーで、おもちゃの町みたい!かわいい~♪
レストランやショップなどの壁や看板には、「星の王子さま」の中から引用された言葉が
フランス語で書いてあったりします。
絵本クラスタ魂がたぎる!

小さなおみせ。
ショップ「Cenq cents millions de Grelot (五億の鈴)」。
輸入お菓子やアクセサリー、書籍、王子さまグッズ、パーキングでしか買えない限定お菓子とかあります。
キツネや、ゾウを呑んだウワバミや、ヒツジのぬいぐるみがやっぱりたぎるね…。
わたしは、このパーキングエリアの夜景ポストカードをゲット。
夜間には施設のライトがあたたかく灯るようです。

お店の屋根の下に書かれているのは、あのフレーズですね。
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかしそのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」

バラのガーデン!
カフェのとなり、お庭の入口には王子さまがー!
周りの植物はバラだそうです。バラの季節に来たらきっと綺麗だろうな☆

ね、ヒツジの絵を描いて。
うおおおお!
絵本から飛び出したままのような王子さまではないか。
そして足元にはキツネが!何気に好きなキャラだったりします、このキツネ。哲学してるし。

サン=テクジュペリは自分で描いた王子さまの肖像を「実物を比べると月とスッポン」と言っていますね。
どんだけかわいかったんだ王子さま。

わたし、雑草じゃないのよ。
バラの花。少しですが咲いていました(^ ^)。
王子さまが「あたりまえのバラの花」と呼び、「この世にたった一つしかない花」とも呼んだ花♪
「あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思っているのは、
そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ」というキツネのセリフが本の中にありますね。
心に染みるねえ。

バラのアーチ。
渡り鳥のプロムナード。右の緑のトンネルをくぐると…。

小さな庭。
広いガーデンに出ます。大きな木は桜だそうです。

小さな家。
ガーデンの一番奥には、実業屋の小屋が。
たぶん小屋に向かって「タバコの火が消えてますよ」と声をかけたら
「そんなの、知っちゃいないよ」と言われてしまうに違いない。

そういえば『星の王子さま』本編に実業屋と王子さまの会話でこんなやりとり↓があるのですが。
「どうすれば、星を自分のものにできるの?」
「星はいったい、だれのものかね」
「ぼく、知らないけど、だれのものでもないでしょ」
「じゃ、おれのものだよ。だっておれが一番に、星を持つことを考えたんだからな」
「考えるだけでいいの?」
「そうともさ」
なんだか、夢枕獏氏の安倍清明と似たようなこと言う人だな、と思ったのは、つい最近です(^ ^)。
『陰陽師』で博雅と清明が、あの月を誰かにあげたらどうなるとか、どうこう言ってる、あのくだりね。

ごくり。
ぼくの描いたのは、帽子ではありません。ゾウをこなしているウワバミの絵です。(キリッ

読めない( ˘ω˘ )。
看板もフランス語。これちょっと詰め込みすぎだよね(笑)。
壁の言葉は「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ…」というオアシスっぷり。

チカチカ☆
サテリットのカフェの中。
こんな飾りがたくさん吊られて、中にはイルミネーションも輝いています。
パンやオムライス、アイスクリームなどが食べられますよ~。

ちなみに、このお店の真向かいにパーキングの地図の看板があって
その下にはでーーーーーっかいバオバブの木の絵が描いてあります(笑)。
みんな気をつけてー。

小さなアイス。
ソフトクリーム屋さん「Magnifique image (すばらしい絵)」で買った
チョコとバニラのミックスソフトクリーム☆
この日は日差しが強く、日蔭でも汗ばむ陽気だったのでとてもおいしくいただけました。

気づいたら2時間近く滞在していましたねえ。
ショップもお庭も見るところがたくさんあって長居してしまうし、
壁やお庭の言葉を探すのも楽しいです。
おいしいものもいっぱいあるのですが、レストランにパン屋にカフェに、メニューもたくさんで
何度か通わないと制覇できないレベル。
「ゾウを呑んだウワバミ焼き」とか売ってるし(笑)。

また何かの折にリピートしたいです(*^ ^*)☆



秋深き。※クリックで大きくなります
「貫之1111首」古今集編その19。18はこちら
古今集奏上から半年後の秋、友則邸にて和楽と紅葉狩りに興じる4人の図。
友則が和琴をつまびき、貫之が琴を奏でます。

忠岑「秋風にかきなす琴の声にさへ はかなく人の恋しかるらむ」
貫之「あっ、おまえ、そういう歌なんで今頃詠むんだよ。出しちまったのに」
忠岑「だから言ったろ、加えといて」
友則「なんの話?」
躬恒「ゆっきーが気に入るまで、あの歌集に歌を足したらいいって話ですよ」
忠岑「おれの助言」
友則「岑くんいいこと言うー。じゃ、わたしも。…秋ちかう野はなりにけり白露の 置ける草葉も色かはりゆく」
貫之「なんだよ、おまえまで…」
友則「貫之もやろうよ。歌は世の中を明るくするよ」
忠岑「よっしゃ、ぶっ潰れるまで飲んで歌うぞー」

その笑顔。※クリックで大きくなります
結局さんざん飲んで歌って、夜半過ぎに退散することになりました。
貫之「じゃあな、また明日来るから」
友則「うん、また明日」
友則は笑って手を振りました。貫之が今まで見た中で、一番の笑顔でした。

しかし次の日になって、貫之は約束を果たせなくなりました。
友則が眠りについたまま、どんなに呼びかけても起きなかったのです。

(こういう展開が苦手な方ごめんなさいごめんなさい。。)

先日、桶川で行われた上橋菜穂子さんの講演会「本との旅路―これまでと、これから」に
行ってきました。
メモいっぱい取りましたけど、ネットに細かく書かないという上橋さんとの約束がありますので(^ ^)、
詳細は省略いたします。
以下はメモからの抜粋です。雰囲気だけでも感じ取っていただけたらと思います。

・バルサのイメージからか人に会うと小さいですねと言われる
・子どもの頃におばあちゃんから口頭伝承をたくさん聞かせてもらった
・中には父(息子)Ver.と上橋さん(孫)Ver.があった
・文学中毒者の基準
・アニメのエリンのこと
・武道家だったおじいちゃん
・画家の父からウルトラマン視聴禁止令が出た
・マンガ禁止令も出た
・本禁止令も出た
・ちなみに現在も施行中
・トーマの心臓のこと
・行きつけの本屋さんに通ううちに棚の並びを全部覚えてしまった
・お陰で人の役に立てたことがあった
・成績表でサーフィンができると言われた
・生と死について猛烈に考えた思春期
・BJは好みのタイプ
・ローズマリ・サトクリフのこと
・アレキサンダー大王の従者のこと
・大学に入って文化人類学へ
・次回作はまだわからない
・本のおともはミルクティー☆

こんな感じに、ご自身の人生と本とのかかわりを、ユーモアを混ぜながら話してくださいました。
さすが大学の先生で、言葉をよどみなく紡いでくださってとても聴きやすく、
あっという間の1時間半でした。
こういう講演を聴く時いつも思うのですが、もっともっと聴いていたかった。楽しかった☆

お話を聞きながら、上橋さんの著書の登場人物や場面が思い浮かぶことがあり、
あっこれあの部分に反映されているのかな、とか、想像が尽きませんでした。
「おばあちゃんの膝に頭を乗せてお話を聴いた」との言葉にエリンとソヨンを思い浮かべたり
「ウルトラマンの死を泣きながらおかあさんに語った」くだりでジェシを連想したり
武道家のおじいちゃんと聞いてジグロが重なったり
伝承を語るおばあちゃんといえばトロガイだなと思ったり。
他にも他にも、上橋さんが時にはバルサに、ヒュウゴに、チャグムに、小夜に、エリンに見えてきて
あまりにもめまぐるしくて脳内が軽くパニックになりました。。
サトクリフのことを話している際にふいに上着を脱いだときには手に槍でも出てくるかと思った。
バルサは上橋さんのかっこいい部分がぎゅっと凝縮されたキャラクターだと思います。

上橋さんが列挙する本がことごとくわたしの好きな本or既読本だったのでめっちゃ嬉しかったです!
感激して泣くかと思いました。
こんなに一致してしまっていいのだろうか…これが泣かずにいられますか!いや泣く!
(自分の好きな作家さんの好きなものって自分も好きなことが多い気がします。なんでだろう)
指輪物語、ホビットの冒険、ゲド戦記、太陽の戦士、たくさんあったなー。
本と同じくらいマンガやアニメもお好きだそうで、
書名やタイトルがポンポン飛び出てきて叫びそうになるのを頷きながらこらえてました☆
(わたしの両脇に座ってた人たちきっと、こいつ頭うごかしすぎだろって思ってたろうな…^ ^;)
攻殻がお好きらしいとどこかで聞いたけどあれ本当なのかな。
ちなみにガンダムはお好きだそうです。

アニメのエリンもシーンによっては賛否両論がすごかったそうですが、
わたしは、制作側の人たちがものすごく気を遣いながらもごまかさずにやってくれて
良いアニメだったと思ってます。
エリンはかわいくてイアルがイケメン、シュナンとセィミヤは凛々しかった。
ちっちゃなリランは抱きしめたくて大きくなったらもふもふになった。ダミヤはテラ石田氏…。
竪琴の音色も好きだったな…歌うような音色。

それにしても上橋さんのおばあちゃんはよほど話上手な方だったに違いない。
小さな上橋さんがおばあちゃんから聞いたお話のいくつかを紹介してくださったのですが、
ふらりと姿を消した飼い猫が帰ってきて尻尾が割れていたら「免許皆伝」らしい、という話が
個人的に一番ウケました(笑)。
猫は山の中で修行して猫又になれたら猫の親分から皆伝をもらう、ということだそうです。
なんて世知辛いんだ猫の世界。
(どうでもいいけど猫の親分と聞いて思い出すのは『注文の多い料理店』だ)

司会者の男性が上橋さんのファンだったらしく、かなり緊張しながら進行されていて笑った。
お気持ち、よくわかります(笑)。

あと、ブロともの春さんも聴きにいらしてたのでご挨拶できました☆
春さんーそのうちまた上橋さんを語り倒す会やりましょうねー(´▽`)ノ♪


本日のお絵かき↓
ニワトリ好き。※クリックで大きくなります
伊藤若冲。
何となく小柄なイメージがあります。背が低いわけじゃなくて、実際はそれなりに身長あるけど
見た目の印象と本来のサイズが一致しないタイプって感じ。なんでだろう。

あれか、小さな巨人(違)。(でも里中くんは大好きサ…)

背景は若冲のニワトリです。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

先日、本屋さんで『スケッチトラベル』をゲットしてきました☆
世界中のクリエイターが1冊のスケッチブックの1ページにそれぞれ絵を描いて
回覧板のように世界中に回して創り上げたアート画集です。
「必ず手渡しする」というルールさえ守れば、絵は何を描いてもよし、工作を貼り付けてもよし。
そうしてこうして約4年半、スケッチブックが世界を回り、参加したアーティスト計71名!
よく回ったもんだなー。
世界を旅したスケブが、複製とはいえ手元にあると思うと感慨深いです。
ページをめくるたびに全然テイストの違う絵が出てきて楽しいわぁ。みんな違ってみんないい。

もともとは企画者のジェラルド・ゲルレ氏と堤大介氏が
「世界のアーティストと仲良くなろう」みたいな遊び感覚で始めたことなのだそうな。
自分たちが会いたいアーティストの家や仕事場まで会いに行って、
スケブを直接手渡して絵を描いてもらって
みんなで繋がろうというコンセプトになっていったようです。
実際、ゲルレ氏も堤氏もこのプロジェクトを通してアーティストの友達がたくさんできたとか。
二つ返事で引き受けてくれる人もいれば、なかなか描いてくれない人もいたり
(「もういいです他の人に頼みます」って言うとあっという間に描いてくれた人もいたそうな)
隣のページのアーティストとコラボしたいと言う人もいて、本当に色々なことがあったようですが
無事に目的は達成できたわけですなぁ。良かったなぁ☆

堤氏がインタビューで「予想以上にすごい本になった」とおっしゃっているけど
メンバーを見ても確かにすごいです。
マイク・リーとか、ジョン・ハウとか、カーター・グッドリッチとか、フレデリック・バックとか
わたしでも知ってるんですけど…(^ ^;)。
日本からは松本大洋氏や寺田克也氏、丹地陽子氏に福島敦子氏、宮崎駿氏などなどこちらも豪華メンバー。
もうこれだけでもわくわくしてきますねぇ。
本には、スケブがそれぞれのアーティストの手に渡される様子の写真も掲載されていて
これがまたすごく楽しい。
だいたいの人は笑顔で写っているのですが、たまにスケブの引っ張り合いっこをしたり
壁づたいに手渡ししたり、正座して渡したりしている人もいます(笑)。
やることがいちいちアーティスティック。
あと、スケブは最初、何にも入れられずに丸腰で旅をしていたらしいのですが
途中のアーティストが「それじゃ危ないから」と木製のキャリングケースを作って入れてくれて
いつの間にか箱ごと手渡しされるようになっていったという話がこちらに載っていました。
イイハナシダナー(*´∀`*)。

本の内容は、がっつり描き込んだものからあっさりしたスケッチまであって
どの作品もとても素敵なのですが
かわいいなぁと思ったのがアレクサンドラ・ボイガーの作品とエンリコ・カサローサの作品。
前者は天使たちのコンサートを、
後者はスケブに何を描くか考えながら無数のポーズをとる自分自身をコミカルに描いたものです。
特に後者の「トライアングルポーズ」と「ナマステ」に笑った(^ ^;)。
ジェローム・オペニャのスケッチは「このエヴァっぽい生き物は何ぞや」と思ったけど
次ページのピーター・グェンを見たらそれ以上にカオスなスケッチでやっぱり笑った。。
綺麗だなぁと思ったのがセバスチャン・ケラスコエット。少女と、魚と、水中と、本!
色遣いが柔らかくて見とれてしまいました(*´▽`*)。
宮崎駿氏はやはりというか何というか(笑)少年と飛行機と青空の絵でした。
いい具合に曲がった線に味があるんだよなーこのお方は。
ベン・ブッチャーの作品は、原本ではとび出す仕掛け絵本のようになっていたみたいですけど
さすがに印刷本だと仕掛けの写真が載っているだけでした。むうぅ残念。。

ちなみに原本は去年チャリティオークションにかけられ、
収益金は「Room To Read」(途上国に図書館を建てている団体)に寄付されたそうです。
(その時の落札者を、ゲルレ氏は「72番目の寄稿者」とおっしゃっている)

ところでこの本、「コンセプトとしては交換日記みたいなものなんだろうか」とか、
ページをめくりながら何となく考えていました。
わたしも小学生や中学生だった頃、友達3~4人くらいで自由帳に文を書いて絵を描いて
手渡しで次の子に回して楽しんでいましたが、やはりあの頃も何ともいえずわくわくしたものです。
そしてみんな何気にハイレベルな絵心を持っているわけで。どうしろとって感じだった。
スケッチトラベルの参加アーティストたちも、何人かが「場違いだったらどうしよう」とか
考えつつ描いていたみたいですが、何を言うのだみんな違うからいいんだよ…!
世の中はすごい人たちで溢れている。



きーんこーんかーんこーん♪※クリックで大きくなります
「貫之1111首」歌合編その10。9はこちら
いよいよ女郎花歌合の開始です。2人の童女が朗々と口上を述べます。

「亭子の帝におかれましては下り位の又の年、世ますます豊かなること、祝着至極に存じまする。
このたびは花および歌を左右より合わせたてまつりまする。勝ち負けはございますまい。
左の頭、帝。右の頭、中宮。方の人、大納言、中納言。恐れながらおつとめいただきまする。
花を大切にいたしまする。歌を大切にいたしまする。争いはいたしますまい。
めでたく、めでたく、ここに、申し上げたてまつりまする」

緊張しつつも楽しみな4人。
自分たちの歌がいつ場に出るのかは、方人がきめるのでまだわかりません。
さて最初に詠みあげられるのは誰の歌でしょう…。

続きます。あ、歌合についてはこちらをどうぞ。

昨日はブロともの春さんと、春さんのお友達のシャチさんと川越でおしゃべり会してきました☆
ごはん食べたり、31に行ったり、お茶したりしてすごく楽しい時間でした。
春さんもシャチさんも綺麗でお話がうまくて、とってもオシャレな方々でしたっ><
3人とも上橋菜穂子さんのファンで、
『獣の奏者』文庫3・4巻発売記念に集まって語り尽くそう!となったのですが
他の本のこととか学生時代のこととか、話がどんどん膨らんで
気がつくと時間が過ぎていてえっもうこんな夜遅いのって感じだった。
何かわたし色々ボケててポカって、ほとんどあけすけなことばっかしゃべった気もするけど(^ ^;)
もっともっとしゃべっていたかったです。
春さんシャチさん、楽しくて濃密で幸せな時間を、本当にありがとうございました!!

で、今日は先日買った『獣の奏者』文庫を読んでおりました。
3・4巻を一気読みして、1・2巻をパラ読みするつもりでめくったら結局全部読んでしまった。
休日オワター。

世界を構築する力に長けている作家さんはたくさんいらっしゃいますけども
上橋さんの物語世界のつくり方は独特で隙がなく、知識と経験と愛に満ちていて素敵です。
決して生きやすい世界とは言えないし、厳しい部分もあるんだけど
読み出すとストンと入り込めてしまう。
たとえば「闘蛇編」のジョウンの生活は牧歌的で憧憬がありますが、
ジョウンは夏の嵐も冬の寒さも蜂の生態も知ったうえであの山に棲んでいるわけで、
上橋さんがそういう部分を隠さずさらけ出して書いているから、
読み手は上橋さんの世界の優しさと厳しさを同時に感じ取ることができる…みたいな。
それにしても久し振りに読むと、覚えている部分と忘れている部分があって
懐かしさ半分、新鮮さ半分みたいな気持ちで読んでいました。
王獣のたくましい描写に鳥肌が立ったり、イアルのかっこよさに戦慄したり
真摯に国のことを考えるセィミヤに、作品は違えどチャグムを重ねたり
常にエリンを心にかけるエサル師に上橋さんを見たり。
「いやね、口がまわらなかっただけよ」のセリフが好きです。ニヤリとしてしまう。
ジェシがものすごいおしゃべりであることも久々に読んで思い出して笑いました。
ってか、入舎ノ試しが(笑)すごすぎる(笑)両親はあんなに寡黙なのにね。
そしてユーヤン~。もうだめだ彼女が好きすぎてたまらんです。カザルムの癒し系。

4冊全部を読み終えて一番印象に残っているのが
『王獣編』でやむを得ずリランに向けて音無し笛を吹いたエリンが
翌日に檻の中で唸るリランに向けて「唸るのをやめなければ、吹くわよ」と言うところだな…。
それまで一度も笛を吹かず、他人にも吹かせなかったエリンが
「吹く」と言い切ったことにものすごく驚いたのと、
同時に、昨日までのエリンとリランには決して戻れないことも
エリンがその言葉をどんな思いで口にしたのかも
そうすると決めたとしてもエリンはリランの側を絶対に離れないであろうことも伝わってきて
安心もしたし不安にもなったし、
なんか本当に溜息しかつけないです。すごい一言。
『獣の奏者』には素敵な人たちがたくさん出てきますし、
印象深いシーンもセリフもたくさんあるのですが
あのときのエリンの一言の重さと切なさがわたしの中ではダントツです。

『風の谷のナウシカ』原作本の「燕が鷹とならなければ生きることがかなわない世の中」
ではないですが、
あのときのエリンも一連の出来事がなければ、まだまだ学びたい盛りの燕だったんだろうなと。
エリンがリランのために大けがをして涙を見せるシーンでは
(すでに教師として学童たちに教える年齢になっているにも関わらず)
あのときの彼女は年齢よりもかなり幼く見えましたし、
「そうだエリンは燕だったんだ」というのを感じてものすごく切なくなる。
その後のストーリーは何度も読んでいるし、物語のラストも知っているのに
あのシーンを読むたびにエリンには本当に幸せになって欲しいと思ってしまいます。

あと、上橋さんの作品によく見られるテーマとして
「物事をいかに伝えていくか」「伝えられなかった場合どうするか」が挙げられますけれども。
『精霊の守り人』は100年前の夏至祭を、『獣の奏者』は王獣規範誕生のきっかけを
探って探って何とか形にして再現していく人々の様子が綴られますが
『獣の奏者』はそこから一歩進んで、ラーザで起きたことが次世代に向けて語られていくのが
何だかリョザの未来が垣間見えてくるようで拡がりを感じます。
たぶん当事者たちは生きている限り伝えようとしていくだろうけど
2代先3代先、さらにずっと先の未来に、当事者たちが伝えたかった風に伝わっていくかどうかは
また別問題なんだろうな…。
遠い未来にどんな人たちがいるかにもよるでしょうしね。

獣の奏者外伝『刹那』の感想は以前にこちらに書いたので今回は割愛。
あちらも早く文庫にならないかなぁ。


スパルタ教育。※クリックで大きくなります
「貫之1111首」歌合編その6。5はこちら
朱雀院の歌合に向けて、特訓中の貫之と一子です。

一子「ほらっ、まだ3日目でしょ。しっかりしてよ。♪おみなえし~」
貫之「うー」
一子「ほらぁ!ひねってでも出さなきゃ出てこないわよ」
貫之「うえー」

アイディアを出力しすぎて、もはや逆さまに振っても何も出てこない貫之。
インプットが必要です(^ ^;)。

少し前にレイ・ブラッドベリの訃報を聞いたとき、
あーそういえばこの人の本長く読んでいないな、せっかくだから何か読もうと思っていたら
必然的に手は『華氏451度』に伸びるわけで。
しかも、この際だからじっくり読もうと思ったはずなのに結局一気読みしてしまった。
最近は何を読んでも一気に読んでばかりだなぁ。

(というかそもそも本を途中で閉じることがおそろしく苦手です。
何かを読んだり妄想したりしているとすぐ他のことがおろそかになったり
必要最低限しかやらなかったりします。
特にシリーズものは時間を作って読まないとまずいことになりますね。
好きなテレビ番組も家事もほっぽって仕事の合間にも読む始末です。。
読み終われば他のことをやる気になれるのですが…。
近頃はわたしのツボをついた本にそんなに出会ってなかったから
あんまりそういう状態になってなかったのですが、
やっぱりブラッドベリは怖い…さすがに長く残ってきただけあって面白い…)

モンターグ氏が本を開く場面は何度読んでもドキドキしてしまいます。
しかも開いた本が哲学書だか辞書だか、何か言葉についての本っぽくて
そこがまた個人的にツボだったりするのですが。
夢中で歩き回ったりとか、同じページを何回も読み直したりとか、うわー超わかるわって感じ。
物語における、禁じられたことをやりたくなる事例は古今東西を問わずありますね。
パンドラの箱とか、楽園のリンゴとか、玉手箱とか、ふすまの向こうで妻が行う機織りとか。
(余談ですが鶴の恩返しと聞いて思い出すのは木下順二の『夕鶴』ではなくて
『フルバ』の真鍋翔くんだったりします…。
由希くんが「どこの鶴だよ」とツッコミを入れるのがおかしくて毎回笑ってしまう)

クラリスを見ていて思い出すのは虫愛づる姫君ですが、
姫君が虫ひとすじであることに対してクラリスは花や季節を愛しているあたりが
何ともそれぞれの人となりを表していると思う。
姫君は普段めったに家から出ないのだろうけど、
クラリスはしょっちゅう道端に出て色んな人に見とがめられているわけで。
どちらも周りの目そっちのけで好きなことをやっているのが面白いです。
クラリスがモンターグに「君って、何でも一度はやってみたいんだね」と言われて
「二度やってみることもあるよ」と答えるセリフがありますけれども、
これきっと姫君が聞いたら全力で首肯するんだろうなー。
外が好きなところとか、観察魔なところとか、身なりをあまり気にしないっぽいところとか
共通点も多いですし。

ブックマンという考え方はさほど珍しくはないにしろ、
書物をまるまる1冊、頭の中にたたきこんでいる人には一種の憧憬があります。
いつでもどこでも読みたいときに取り出せて読めるんだなぁとか。
ただ、グレンジャーがモンターグに言った
「ハリスに万一のことがあったときは、きみが『伝道の書』になるんだ」というセリフには
問答無用で背筋がぞくりとする。
頭の中に何かしら記憶している人はそれだけで貴重な存在なんだっていう。
本を焼く人の気持ちはわからないけど、本を取り上げられても、ページを燃やされても、
絶対に"本"を手放さない気持ちって大事だなと改めて思うようになりました。
そんなわけで、今わたしの傍らにある積ん読の山を、読み切れないかもしれなくても
ひたすら読むしかないんだ…。
どうにかこうにか時間を見つけて少しずつ消化していくのが日々の課題です。


作業風景。
進行中。千本ノックってこんな気分だろうか…。
お話は、いつものことでヨロヨロしながら始めることになると思いますが、
とにかくやってみようという前向きな考えです。
昨日は風邪薬の副作用で猛烈に眠くて1枚も描かずに力尽きて寝てしまったので
今日はやろうとラフだけ描きました。

作業画像をブログにアップしてさあこれでもう後戻りはできないよと自分に言い聞かせるだけの簡単なお仕事。

三浦しをんさんの『舟を編む』を読んで、
おととしの国民読書年スローガンみたいにコトバダイブしたくなったゆさです、こんばんは。
この本はわたしの周囲でも読んでいる人が何人かいて、なかなか評判も良かったので
とても楽しみだったのですが、
いざ読み始めると、少しずつ読むつもりだったのに結局一気に読んでしまいました。はあぁあ。
(*´▽`*)=3

『大渡海』というタイトルの辞書を編集する出版社の人たちの悲喜交々を書いた小説で、
仕事でわくわくしたり、びっくりしたり、トラブってあたふたしたりする日常が
テンポの良い文章で綴られています。
登場人物それぞれの辞書に対する思いがみんなバラバラで面白くてたまらん。
編集や執筆者、監修、広報、装幀など、それぞれの立場から見た辞書づくりの仕事や思いが
多角的な視点で書かれているのも好感が持てました。
仕事の途中で意見がぶつかったり、文句を言い合ったりしても
「基本的にはみんないい仕事をしたい」というコンセプトなのも良いです。
装幀を手がける赤シャツさん(not坊っちゃん登場人物)が
馬締さんに装幀デザインを見せる場面であっと思って本を閉じてほわああぁぁってなった。
こういう演出好きです。『はてしない物語』みたい…!!
『舟を編む』というタイトルもいいなぁと思いました。
辞書を舟にたとえて、言葉を集めて、編んでいくというのがステキです。
(そういえば編集という文字は「集めて、編む」と書くのですな)
そしてトラさんとトラオさんにはぜひともうちに来ていただきたいものだ。


あと『乙女の日本史』シリーズの第3弾『乙女の美術史』も
ぼちぼち読み始めています。
冒頭の興福寺阿修羅像の章から、いきなり「お父さんは心配性」ネタを引っ張ってきていて
最初からノンストップ解説なのは変わってないのねって思えて
何だかホッとしました。。。
(ぶっとんだ例え話をしながら冷静に歴史を紹介する、というコンセプトが
このシリーズ本のいいところだと思う)
仏像にセクシュアリティがあるのかないのか的な記述に関しては、
長年わたしが仏像に対して感じていたことを言葉にしていただいたというか、
仏像って性別がどうとかじゃなく、両性具有とか性を超越したとかいう存在でもなくて
はじめからそういうことからフリーな存在なのだ…というのをunlearnさせてもらった感じです。
(明らかに性を意識して作られたものは、また別としてね)
仏像の頭身について書かれた部分で、仏像の理想の頭身数が七頭身であることについて
ウルトラマンをデザインした成田亨氏の言葉が紹介されていて、ちょっとびっくりした。。
成田氏は「七頭身が人間の体で一番美しいプロポーション」とおっしゃっていて、
それは日本のほとんどの仏像にあてはまるのだそうな。
ウルトラマンの顔が能面とアルカイック・スマイルを合わせて作られているというのも
「あーなるほど!」とか思えたりしました。

絵師たちのぶっとんだ紹介も面白いです~☆
雪舟のおじさんの俗っぽさを、こんなにあられもなく書いてしまっていいのだろうか…(^ ^;)。
(いや研究者の人たちには周知の事実だろうから、いいのかもしれないんだけど)
琳派の人たちのイラストがとりあえずすごいです。おかっぱの俵屋宗達に萌えた。
彼らの絵を「パソコンで作成したファイルのような滑らかなクールさ」と表現しているのは
言い得て妙だなぁと思いましたが、
光琳の風神雷神と、それを模写した抱一の風神雷神の差を
『アルプスの少女ハイジ』と『低燃費少女ハイジ』に例えているのって
世界中を探してもこの本しかないように思います(笑)。なにこれ。いや、笑ったけどさ。
そして、菱川師宣と鈴木春信が萌え絵師と表記されている本はいくつも見てきましたけれど
この本も例外ではないようです(笑)。
いやー改めて見ると日本の絵師ってレジェンドだらけだ…。

あと運慶・快慶の章が面白かったです。
彼らの仏像を「美青年としての仏様」と言いきっているのは「うん確かに」と同意してしまった。
東大寺南大門の金剛力士像はコワモテのマッチョマンですが、文句なしに美しいと思う。
両目が水晶でできていることも影響しているかもしれません。
というか、東大寺に収められている運慶たちの作品は
色んな意味で(大きいとかマッチョだとか、そういうのも含めて)
ものすごいエネルギーが込められているような気がします。
その理由がきっと、この本にも書かれていた南都焼き討ちなんだろうな…。
「平重衡が父の清盛に命じられて奈良を焼いたとき、興福寺にいた運慶と快慶は
奈良の町も興福寺も東大寺も大仏も焼けてしまう大被害を目の前で見ているはず」との記述を見て
平家物語の奈良炎上の章にある「春日の大明神いかなる事をかおぼしけん」の記述を
一瞬だけ思い出した。

そして非常にどうでもいいことですが、
人が平家物語を読んでいる隣で「ひらや物語(ひらや:平家の訓読み)また読んでんの」とか何とか
ちゃち入れてくるのやめれ我が父よ。

竹下文子さんの『青い羊の丘』を読みました。

個人的に竹下さんの本は「ちょっとひねくれた爽やかさがあるけどそこが魅力」
みたいな面白さがあると思っているのですが、
今回は、これまで彼女の本を読んでいた身としてはちょっと連想しにくい文体と絵だったので
結構びっくりしました。。。文章のフォントも青くてコミック調だし…。
(と思っていたら竹下さんご本人がブログで「わたしが一番驚いた」とおっしゃっていて
つい笑ってしまった)
でもいざ読んでみると随所に、いつもの竹下文法がちりばめられているので
そこは安心して読めたのですけれども。

内容は、続いているようで続いていないように見えるけど、
時々、同じ人が出てきたり舞台がリンクしたりする、微妙に地続きのある短編集です。
主人公の「僕」が最初と最後と、あと中盤にたまに出てきます。
ん?でも、明確に同一人物として描かれているのは最初と最後だけっぽいから
わたしの思い違いなのかな…。むぅ、わからん。
そんな風に、ちょっと「くらり」とするところのある本です。癖になるかも。

「旅からの手紙」…この世界で手紙を届ける方法はステキすぎて泣けます。
ラストで出てきたパン屋さんのことは次編の「幸せのパン」で、
旅人が行った季節外れの風工場については「風工場」でわかるようになっています。
あの風工場の葡萄ジュースは飲んでみたいな~。おいしそう☆
「天使のひとやすみ」「白い羽」の天使ちゃんの、あまりの自覚のなさにはキュンときますが
それだけで終わらずに胸を締め付けるラストでまとめているのは
やっぱり竹下さんだなと思う。

「眠り野」の草原のささやきが、宮沢賢治の『やまなし』で蟹の子たちが言う
「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」みたいな響きに聴こえる気がしました。
(『月夜にいらっしゃい』や『黒猫サンゴロウ』を読んでいたときも勝手に思っていたのですけど
竹下さんの文章は賢治を思い出させる効果がある気がする…)
「カレイドスコープ」の、季節の時計という表現に戦慄を覚えた。
素敵なものは無限大なんだからって言ったのは『ARIA』のアリシアさんですが、
この小品に書かれていることもそういうことじゃないかと思う。
「木の葉の凧」の空のヨットを漕ぐ少年と、「冬の手品師」でブランコから消えた少女は
手に届かないものの象徴のような気がします。前者はいい意味で、後者は悲しい意味で。
「笛を吹く少年」の後半が、笛を買いに来た男の子のその後のようでもあり、
笛吹き自身の少年時代でもある風に読めるようになっていることにものすごいセンスを感じた。
竹下さんが書く過去は幻燈のようで、でも目に見えるようで、本当にぐらぐらします。
三半規管をフル活動させて読まないとのみこまれそう。

個人的に気に入ったのは「サンクチュアリ」。
桜の林の丘にある、石造りの塔のような図書館が舞台のおはなしです。
ぱたぱたと音がして振り返ったときには、本たちは棚に戻ってしまっているに違いない、という
イメージが湧いてくるような、何とも言えない心地よさを感じさせる小品でした。
あれだ。『トイ・ストーリー』のおもちゃたちが動くときの空気とか、
セーラがよく想像していた、人形のエミリーが誰もいない部屋で本を読んだり
お茶を飲んだりしているときの空気とか、そういう感じ。
ずいぶん長いこと、本と付き合ってきた人だからこそ書けるおはなしだなぁと思いました。
すべての鳥は帰る枝を知っている、というのは帰巣本能なのかもしれないけど、
あるいは自分がいるべき場所をそこと決めているということなのかもしれない。

あづみ冬留さんのイラストもとても綺麗です。
青い羊さんがふわふわのモコモコでかわいくて抱きしめたくなる(*´∀`*)。
(ところでこの羊、案内人のような存在かと思ったら、別だん、そうでもないようです)

本日のお絵かき↓
本も空を飛ぶ。※クリックで大きくなります
「サンクチュアリ」の「僕」。
ソファで寝ている人の本に葉の栞をはさんで閉じて、そっと横に置いてあげることができる子です。
いいなあ。
図書館の女の人は、描いてしまうとロマンがないのでスカートだけ。
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町田康さんの『猫とあほんだら』を読みました。
引っ越し先を探している最中に猫2匹を拾って引き取るまでの経緯と、
ボランティア団体から預かった猫6匹を引っ越し先に運んで
さらにその家を猫が住みやすいように改装する経緯が、
端的で軽妙でブラックユーモアも織り交ぜたような文章で語られます。
文章の節々から猫たちへの愛が感じられる素敵な本だった~(人*´∀`*)☆

拾った2匹の猫さんたちは、見つけた当時まだ目も開かない赤ちゃんだったようで
体や目を拭かなくちゃ、脱水症状起こしたらたいへんだ、などなど
町田夫妻が右往左往しつつも猫たちのために奔走する姿が微笑ましい(^ ^)。
また、ボランティア団体から預かった6匹の猫さんたちは
元々は野良猫だったり捨てられたりした猫さんたちなので
ある意味、拾った猫さんたちよりも何をしでかすかわからないところがあって
ご夫妻はしばらくヒヤヒヤした日々を送られたようです。
脱走してみたり、みまかってみたり、セーターやマフラーを収集してみたりと
猫たちの武勇伝が次から次へと語られます。

何せ相手が猫なので、いつ何が起こるかわからないというご夫妻の不安感と、
猫たちが起こしてしまった事態をどう処理していくか、みたいなところは
猫を飼っている人間としてはすごくよくわかります。
(事態と言っても別に大きな事故を起こすとか、そういう意味ではなく
部屋中を走り回る、壺をたたき落として割る、花瓶を倒して辺りを水浸しにする、
障子の紙をバリバリ破く、冷蔵庫やたんすやピアノの裏にはまり込んで出られなくなる、
ティッシュを箱からもりもり出す、TVやゲーム機のコードをかじるなど、
ある意味大きくてある意味小さい事態なんだけど)

あと、個人的に苦笑してしまった文章があるのですが↓

「彼らの場合、そんな暴虐の限りをつくしてなお、
人をして『かわいい』と思わしめてしまうという点で、
見ていて、『ああ、いまからシャンティーが花瓶を突き倒して周囲が水浸しになってしまうのだな』と
事前に察知しても、子猫のよちよちした仕草が可愛らしいので
『なにさらしとんじゃ、こらぁ』と怒鳴ることもできず、
『まぁ、花瓶が倒れるということもそりゃあるさ、にんげんだもの』みたいな気持ちになって
へらへら笑ってこれを許容してしまうのである」


にゃー、わかる。。。
花瓶を倒されるのは困るし片づけも大変だけど、猫を憎めない気持ちはすごくわかる。

猫を多頭飼いしていると、猫それぞれの人格(猫格?)って本当に全然違うのだなぁ、というのを
たまに猛烈に感じることがあります。
ご飯の食べ方も、好きな寝場所も、遊ぶおもちゃも、猫によってさまざま。
たまに共通する部分はあれど、基本的にはきっちり自分のルールを持っていて
そこからズレたことは一切やりませんというのが猫だよなぁと思う。
で、それがだんだんわかってくるにつれ、
それぞれへの対応にこちらが慣れてきて対策もきっちり立てたところへ
また思いも寄らぬことが起きるのでまた対策を立て直す、というのが
“猫と暮らす”ということだと思うのです。
良く言えば毎日新しい発見がある。悪く言えばハラハラドキドキで休めることのない毎日。

で、そうして何年か経つと、「野良にしろ飼いにしろ猫ってこんなもんだよね」と
根拠のない余裕が生まれてくるので、
猫がコップをひっくり返したり障子やソファをバリバリしたりすると「コラッ」と叱るんだけど
すぐに「あーあまたやっちゃったね」みたいな気持ちになって、
飼い始めた当初よりは目くじらをたてる回数が目に見えて減ってくるという。
←いまここ
(猫も叱られたことは基本的にしなくなるので、何かしたときは叱ってしつけていますが
基本的に現在、我が家は猫のすることに対して、家を壊されない限りは放任することにしています)

最後にこの本で最もうなずいた言葉を引用します。
猫を飼っている方、過去に飼ったことのある方は一緒にうなずいてやってください(笑)↓

「猫というものは自分がやりたいと思ったことは必ずやる生き物である」

ほんとにそう…。(^ ^;)


本日のお絵かき↓
スケッチ中。※クリックで大きくなります
伊藤若冲。本日が命日なので描き描き。
背景は若冲の亀です。
さらさらとスケッチをしている図にしたかったんだけど、いざ仕上げてみたら
お子ちゃまが縁側かどこかにちょこんと座っているみたいな感じになってしまった。あれぇ。

庭の池にいる亀を観察して描こうとしているとか、そんな図。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

ほんの100年前のお話。
行ってきました~Team申 in 森ノ宮ピロティホール公演(^▽^)。
梨木香歩さん作『家守綺譚』を、佐々木蔵之介さん・市川亀治郎さん・佐藤隆太さんの3人が
舞台劇風に朗読するイベントです。
もともと原作そのものは以前から大好きだったのですが、このたび蔵之介さんが読むと知って
しかも大阪限定公演ということで「ぎゃーー行く!」と思い切って行きました。
最初から最後までめっちゃめちゃ良かったですよ~~~(≧▽≦)☆

舞台には綿貫が住む二階屋の縁側が再現されていて、
向かって右から亀ちゃん、蔵之介さん、隆太さんの順で並んで座っての朗読でした。
そして、なんとお3方、和服で出ていらした!!
シャツの上に着物を着て袴をつけて下駄を履いて、書生さんみたいだった。ステキだ~☆
お話の舞台が100年前の京都なので、その雰囲気づくりかもしれません。
(ちなみにお3方の着物&袴のチョイスと着付けは全部亀ちゃんが担当したそうです。
白や藍染めや紺や茶色など、渋めの色の着物でした。亀ちゃんのセンスって超ナイスだ)
お3方の背後には、照明で、高堂がボートを漕いでくる掛け軸が映し出されていました。
世界観溢れまくりの演出すぎて始まる前からお腹いっぱいです。うっはぁ~♪

原作は連作短編なのですが、今回朗読されたのは以下の8章。
・サルスベリ
・都わすれ
・紅葉
・葛
・ホトトギス
・サザンカ(ダァリヤのラストもちょこっと追加して朗読されました)
・檸檬
・葡萄

ホトトギスと葡萄は個人的に大好きな章なので、読んでもらえてとても嬉しかったです。
(狸が松茸を籠いっぱいに拾ってきたのを見たときの綿貫のセリフがたまらなく好き)

そして予想していた通り、主人公の綿貫を蔵之介さんが、綿貫の親友高堂を亀ちゃんが、
綿貫の後輩編集者の山内を隆太さんが演じていました(^ ^)。
うぎゃあぁぁイメージぴったりで燃える萌えるvvv
また、ト書きとガヤをそれぞれ手分けして演じ、セリフを言う人と重ならないようにしながら
うまく分担していらっしゃいました。
ト書きからセリフへ、またはその逆のときのお3方の切り替えはごく自然なもので
違和感もまったくありませんでした。さすがだ。

蔵さん演じるまじめで理屈屋でちょっととぼけた綿貫がとてもステキ。
しかし「これは人間のはずはない」が、あんなに大声で叫ばれるとは思わなかった…。(^ ^;)
(このセリフの直前に亀ちゃんが絶叫していたせいもあるかもしれない)
蔵さんのやる綿貫は情熱のある人ですな(笑)。
あと、「化けて出られても困る…いやもう出ているのか」のところは
一瞬自分の考えに対して眉をひそめた綿貫が目に浮かぶようで笑ってしまいましたvvv
会場でも笑いが起きていたし。
隆太さんの山内くんも初々しさ炸裂で、でもきちんと社会人らしいところもあって(笑)、
ステキだなぁー(人*´∀`*)☆とときめきまくっていました。
(これでもし、「桜」のラストの彼のセリフが隆太さんの声で朗読されたら
硬直して立てなくなっていたかもしれない)

そして、それ以上にステキだったのが亀ちゃんの高堂ですよ…!!((((*゚▽゚*))))ハワワワ
なにこの人か わ い い 。
本で読んでいたときは、高堂って明るくも陰のある人だなぁと漠然と思っていたのですけど
亀ちゃんの口を通して彼の言葉を聴くと、体温が感じられてどきーん!としました。
こんなに生き生きした奴だったのか。
初登場時の「雨に紛れて漕いで来たのだ」というセリフが何とも艶っぽかった。

高堂以外にも、亀ちゃんは次から次へと色んな人を演じわけていて、まるで七変化です。
彼が読むところでは会場に笑いが起きていました(^ ^)。
以下、印象に残った亀ちゃんの朗読セリフ↓
・「都わすれですよぅ!」(会場大爆笑)
・「続けてください」
・「続けてくださらんか!!」(石川五右衛門の「絶景かな!」みたいな声だと思った)
・「疎水べりで首つり!」(遠くてよく見えなかったけどたぶん目むいてたと思う)
・「佐ー保ちゃーん」
・「ダァリヤ、というのです」
・「そのことに気づいたのだわ」
・ラストの「また、来るよ…」(高く低く張りのある声で切なさMAX)

亀ちゃんは普段のお仕事柄か、演じる際のしぐさがいちいち優雅で色っぽくて
ホヤ~っとなってしまう。
あと声色の自由度がパネェです。ドラマの『風林火山』で晴信を演じていたときに
「晴信の若い頃と年取った頃とで声色は意識して変えてます」と語っていたので
今回も色々と意識していたんだろうな…。
(あまりの自由さに、終了後のアフタートーク時に演出の長部氏から公開オファーまで来たし)

あれ、蔵さん目当てで見に行ったはずなのにいつの間にか亀ちゃんの話ばかりしている…f(^_^;)。
別に彼しか見ていなかったわけではないのですが。。。
えーと、く、蔵さんも色っぽかったんだよ!!(焦)

朗読の後のアフタートークショーも楽しかったです☆
座長の蔵さんは「公演中日です。慣れてくるとうまく読もうとしちゃいます(笑)」と
照れながら挨拶してくださいました。
亀ちゃんは、「読んでいても特に長いと感じません。最終章ではえ、もう終わりなの?って思った。
自分の読み方に対するお2人の返し方で、内容に化学変化が起こって面白いです」とおっしゃって
隆太さんは、「楽しさが勝っていたけど、何だか途中でフワフワしたところがあるな~と
思いながら読んでいました」とのことでした。

そして舞台に履いてきた下駄の話で盛り上がるお3方(笑)。
隆「朗読中にたまたまチラッとお2人の下駄を見たら、きちんと揃えて置かれてたんですよ。
  ぼくは適当に置いてて、でも、今直すのも行儀の悪さを露呈するようでちょっと…と思って(笑)」
蔵「昨日はおれも適当に脱いで置いてたんだけど、亀ちゃんがきちんと揃えてるの見てね、
  今日から揃えたの(笑)」
亀「…えっとね、実はこうやって(下駄を片手で持ってぶら下げて)舞台に出てきてたの」
蔵「あー!!(納得した風に)この人、つーって、つーって行くの。早いの!!
  そうだったかぁ!!(笑)」
司会者「ネタバレしちゃった(笑)」(会場も本日何度目かの大爆笑)

亀ちゃん曰く、素早く舞台に座って、座り方を間違えないようにきちんと座らないと
(言い忘れてたけど亀ちゃんは2時間近く正座してた)パッと立つことができないし、
そもそも朗読するときは正座をしていた方が声が前に出るから正座している、とのこと。
でも蔵さんに「正座した後によく立てるね」と言われて
「今日は左足の感覚がないです(笑)」ともおっしゃっていました。あらまぁ。
ちなみに蔵之介さんと隆太さんは、朗読中に下駄を履いて足を下ろしていたり
時々あぐらをかいたりしてポーズを変えていました。なるほど、しびれ防止…(^ ^;)。

朗読の終了後にはプレゼント抽選会がありました。
一等賞のみ、お3方がそれぞれ引かれまして、あとはスタッフさんによる抽選でした。
以下は一等賞の賞品です↓
・ドラマ『ハンチョウ4』のスタッフパーカー
・亀ちゃんデザインのTシャツと亀柄の手ぬぐい
・Team申の過去の公演DVD
それぞれにサインを入れてのプレゼントでした。
当たった人はステージに上がって、目の前で書いてもらえてましたよ!!

ほかにも、出演映画のTシャツやDVD、ドラマのスタッフジャンパー、亀治郎の会のグッズ、
出演CMの商品や文房具や食べ物飲み物などなど、い~っぱいありました。
どれも当たらなかったのですが(^ ^;)、会場はずっとのんびりのほほんな雰囲気で
とても居心地のいい2時間半でした。

あー来て良かった。楽しかった☆また彼らが何かやるときは見に行ってみたいです。
あとこれ、DVDにならないのかな。なったら、買うよ!!

『ハンチョウ5』はやらないのかな!


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昨日がホルヘ・ルイス・ボルヘスの誕生日だったので『砂の本』をパラパラ読んでいました。
ボルヘスが晩年に著した本で、個人的にボルヘス作品の中では一番のお気に入り。

ボルヘス作品の不可思議さって、何といえばいいのか…幾何学と数学とファンタジーと聖書と煉瓦が
地上10メートル辺りをふわふわ浮かんでつかず離れず共存しているような、まさにカオスな印象で
読んでいて途中で訳がわからなくなったりすることもあるのですが、
同時にそこがたまらなく魅力的だったりします。
わかりにくいようでいて、実は筋道がちゃんとあって、その筋道を見つけるのも楽しい。
この本にしても、老いてますます盛んになったボルヘスの幻想(もとい妄想)が
いかんなく書きつけられている感じがします。
表題作「砂の本」が一番好き。ああいう本があったらぜひ読みたいとは思うけど
でもやっぱりわたしには読み切れないかもなぁ、
読めたとしてもページについていけそうもないからダメかなぁ。
(あと、吉良上野介をモチーフにした短編が収録されているのも
この本の魅力のひとつかもしれない)

ちなみにどうでもいい余談ですが、ボルヘスのFNの「ホルヘ」って何だろうと思って調べてみたら
スペイン語表記なのだそうな。(ボルヘスはアルゼンチン生まれの人)
で、ホルヘはラテン語ではゲオルギウス、英語ではジョージ、フランス語ではジョルジュ、
ドイツ語ではゲオルグ、イタリア語ではジョルジョ、
カタルーニャ地方の言葉ではジョルディになるのだそうです。へー。


明日から岩手県に旅行に行って来ますので、ちょっこし留守にします☆
twitterにはちょこちょこ出没していると思います~。


本日のお絵かき↓
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何となく西村重長。江戸時代の浮世絵師です。
役者絵、美人画、浮絵、花鳥画、歴史画、風景画など多くのジャンルの絵を描いたほか、
石摺絵を考案し、晩年には神田で古書店まで経営し始めた、とても多才な人でした。
鳥居清信・西川祐信・奥村政信のファンだったらしく、
彼らの画風をかなり参考にしていたそうです。
鈴木春信は重長の絵をみて、絵を描き始めたともいわれます。

重長の描く役者って必ずと言っていいほど、大きなギョロリとした目をしていて
画面左上をキッと見上げているのが面白いなぁと思います。
あとやたらガタイいいよね。
司馬遷『史記』の『鴻門の会』における樊噲登場シーンの「頭髪上指目眦尽く裂く」とか、
歌舞伎の舞台で見得を切る役者とか、何かその手の決めポーズが好きそう。
きりっとかっこつける人を描くときに筆が乗る人だったのかもしれません。

たまにすごく冷めた目をする人だといいと思う。
*浮世絵師のイラスト記事一覧はこちらです*


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ここ最近江戸時代の食べ物の本を読んでいたら、
「そういえば今まで読んできた本の中にもおいしそうな食べ物がいっぱいあったなぁ」と
ぼけーっと考えたので、少し書いてみようと思います。

本屋さんや図書館に行くと、たまに絵本や物語のレシピ本が平積みされていることがあって
ちょこちょこ買ったりパラ見したり実際に作ってみたりしているのですが、
一番最近に読んだレシピ本は『バルサの食卓』だったかな…。
かつて南極越冬隊の料理人を務めた西村淳さん率いる「チーム北海道」が、
上橋菜穂子さんの小説の中で登場人物たちが食べる料理を再現している本です。
ラインナップだけでもおいしそう。蜂蜜とバターがかかったあつあつのバムとファコ、
ソヨンお手製の猪肉の葉包み焼き、ノギ屋の弁当風鳥飯、タンダの山菜鍋!!
食べたいなぁ(*≧▽≦*)ノ
ひとつひとつのレシピの合間には上橋さんのエッセイも収録されています。
上橋さんが小説で食べ物を描写するときの文章ってものすごく魅力的で
食べ物への愛を感じるなぁと思っていたのですけど、
エッセイを読むとあれらはすべてご本人の経験からきていることがわかります。
おいしい物をたくさん食べてきた人でないとああは書けないのではないかと思う。


そういえば子どもの頃に『ぐりとぐら』を読んだときも、
彼らの作るカステラが猛烈に食べたくなったっけな…。
『ぐりとぐらのおきゃくさま』のクリスマスディナーも食べたかった。
あと、『泣いた赤鬼』で赤くんが用意したお菓子も、形とか味とか色々想像していました。
『ちいさいモモちゃん』のわたがしの雲もすごくおいしそうでしたし
おいしいものの好きなクマさんが作る料理は匂い立つような描写でお腹すいた~とか考えながら読んでた。
『かぎばあさん』シリーズでおばあさんがかぎっ子に作ってくれる料理が
お手軽から本格的なものまでバラエティに富んでいて大好きでした。
おむすびころりんのおむすびとか、転がって汚れてしまう前に食べてみたかったし
笠地蔵でお地蔵さんたちが運んできたお正月お飾りや作物も気になるし
龍宮城で浦島太郎が食べた料理って豪華だったのかなぁとか
吉備団子ってどんな味だろうとか、瘤取りのおじいさんと鬼たちの宴会が楽しそうとか
何だかんだ想像しまくっていた覚えがある。
あと、池田あきこさんのわちふぃーるどシリーズとか、工藤直子さんの『こぶたはなこさんのおべんとう』とか
角野栄子さんの小さなオバケシリーズとか加古里子さんの『からすのパンやさん』とか
寺村輝夫さんの『おしゃべりなたまごやき』や『わかったさん』『こまったさん』シリーズとか
竹林亜紀さんの『マフィンおばさんのぱんや』とかわかやまけんさんの『しろくまちゃんのほっとけーき』とか
読んでいるとお腹がすく本はいっぱいあります。。。

海外のお話だったら『ヘンゼルとグレーテル』のお菓子の家を真っ先に思い出します。
どんなお菓子を使えば家が建つのか、見られるものなら見てみたい(笑)。
『おだんごパン』も食べたいし、『石のスープ』『三びきのくま』のスープはほんとにおいしそう。
エリック・カールの『はらぺこあおむし』もおいしそうな食べ物ぱくぱくしてるし
オトフリート・プロイスラー『大どろぼうホッツェンプロッツ』のソーセージとザワークラウトや
パメラ・トラヴァース『メアリー・ポピンズ』のジンジャーブレッドとか
キャサリン・ストー『かしこいポリーとまぬけなおおかみ』の食事シーンも好き(タフィーが気になってる)。
スピリの『ハイジ』に出てくるチーズパンとヤギのミルクも食べたいなぁ。
(ハイジはたぶんアニメの影響が色濃くあると思う)
ローラ・ワイルダーの『大草原の小さな家』シリーズは食事のオンパレードですね。
ローラのお母さんが作るパンと牛肉が世界一美味しそうに描写されている気がします。
バーネットの『秘密の花園』も、ディコンのお母さんが作ってくれるパンと牛乳が
クレイヴン家のご馳走よりおいしそうだなぁと思う。
モンゴメリの『赤毛のアン』でも、アンがピクニックで食べたアイスクリームとか
マシュウが買ってきてくれたチョコレートキャンディとか
グリーン・ゲイブルズに牧師夫妻を招いたときアンが焼いたうっかりレイヤーケーキとか
味見してみたい!食べてみたい!と思うものがたくさん出てきますね。
あとアガサ・クリスティの小説も美味しい物がいっぱいだ。
ポアロはグルメだから毎日おいしそうな食事をしているし、
マープルおば様がお茶の時間に作っているマフィンとかも食べたくて仕方ないです。
そしてクリスティといえばマザーグースですがあれにも食べ物がいっぱい出てくるね。

ジブリ映画はいざ知らず。がっつり食事するシーンのないジブリなんて考えられませぬ。
ナウシカのチコの実、パズーの目玉焼き、サツキとメイが食べていたキュウリ、
キキが届けたニシンとかぼちゃの包み焼き、千尋が銭婆の家で食べたケーキとお茶、
ハウルのベーコンエッグ、アリエッティが切っていたパンと砕いていたクッキーvvv
今週末から銀幕デビューするコクリコ荘の人々は何を食べているのかな。

あ、忘れてはいけないお話がもうひとつ。
『不思議の国のアリス』で食べたいと思ったのはお食べなさいケーキと背が伸び縮みするキノコです☆
特にキノコは、子どもの頃に見たディズニー映画で「うわぁ柔らかそう!」と思ってからというもの、
味が気になってたまりません。
ハートの女王お手製タルトも(結局作中では一度も現物が出てこなかったけど)、
女王が暑い夏の日に1日かかって作っているから手間も暇もかかっているし、
ジャックがこっそりくすねるくらいだからよほどの美味しさなのかしらと勝手に思っていたりする。
鏡の国に出てくるバタつきパンの蝶とかマッドティーパーティのお茶はどんな味がするんだろう。
そういえば『アリスの国の不思議なお料理』の本も買ったけどまだ全然試してないな…。

あーいいなぁ本の食べ物。絶対に食べられないからますます好きになる。

…いかん、何だかリアル食べ物をちっとも食べていないみたいな感じになってきた(慌)。
で、ではわたしがハマッてる食べ物をば。。。
えーっと、ファミマで売ってるもちもちたまご蒸しパンとプレーン味のワッフルはオススメです!
ポテコとベビースターラーメンと、えびみりん焼と、おっとっともリスペクト中。
それから、早く行きたいなぁと思っているのは杉並にある野菜のケーキのお店と
新宿と相模原にあるダヤンカフェと、銀座に期間限定でオープンしているにゃらんカフェだ!


本日のお絵かき↓
ピカピカ☆※クリックで大きくなります
雷神。または雷光。または稲妻。
ゴロゴロゴロ…ではなくピカッ!の神様。前回描いた鳴神と対になっています。
手に持っているのは銅鏡。現物はこんなに光り輝いてはいませんが、
雷様の持つ鏡ということでキラッキラ仕様。
雷を稲妻と呼ぶのは、雷が「神鳴り」と表記されることがままあるのと、
秋の初めにかけて雷雨が発生した後には稲穂がよく実るため、
雷が地上に落ちるのは天と大地の結婚と信じられていたので
そこから雷を稲のツマ(夫または妻と書きます)と呼ぶようになったらしい…というのを
何年か前に富安陽子さんの『シノダ!チビ竜と魔法の実』を読んで知って目から鱗が落ちた。

そういえば『古事記』に出てくるタケミカヅチ(建御雷神)は
雷神であると同時に剣の神様でもあるため、
災害の多かった江戸時代末期には、彼が剣を振るって鯰を鎮めている「鯰絵」が流行しました。
日本全国の鯰さん、どうかおとなしくしていてね。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

宮本常一さんの『民俗学の旅』を読んでいます。

まだ半分ほど読んだだけですが、内容が細かくて奥行きがありますvvv
宮本さんはすごく濃密な日々を過ごされていたようで、
うわこの人何でもやったんだなぁ~と思いました。
上京と帰郷を繰り返しながら研究活動と農業指導に励む日々が綴られているのですが
毎日やることがいっぱいあってすごく忙しかったのだなぁ。
(いや、宮本さん自身は忙しいとか疲れるとか、まったく思ってなかったみたいだけれども)

東京では渋沢敬三氏のアチック・ミュージアムに滞在して研究して報告書をまとめて、
大阪では農業をやりながら講演と農業指導のため各地へ奔走して、
暇を見つけては日本中を歩き回ってノートにどっさり記録をつけて、
ほんとに一体いつ休んでたんだろう…という感じ。
渋沢氏が「きみは体を壊しやすいんだから」と心配しまくる気持ちもわかる気がする。
そして、本当はものすごく出かけたいんだけど渋沢氏から休みなさいって厳しく言いつけられて
「じゃあしょうがないか…」って諦めてちゃんと休む宮本さんかわいすぐる(*^∀^*)vvv

宮本さんは農業技術の腕と知識量がハンパではなかったらしく、
戦後はあっちこっちの農地から「指導に来てください」とオファーがあって
西に東に飛び回っていたみたいです。
…戦争が終わってすぐの頃って、ともすると厳しい話題になりがちですけども
宮本さんは、あの頃をそういう風には記録していないのですネ。
お百姓さんたちが「さあこれからだ」って気を引き締めている様子とか、
今必要なものはこれとこれとか、明日はあれだとか、今後は季節の関係でこうした方がいいとか
まさに「今日は何をしよう、何をすればいいか」という具体的で事務的なことが
まるで目に見えるように書かれていました。
うぅむ、そうよなぁ、泣いてる場合じゃないのだよなぁ。
(余談ですが「何をしよう」という言葉を聞くといつも、長くつ下のピッピが
「今日は何をしよう。What shall I do?」って歌っていたのを思い出してしまう)

宮本さんの文章は土の匂いがします。泥くささというか、田んぼや畑の匂いかもしれない。
文字通り生きて歩いて書いた人ですねぇ。
小さな巨人…。(小柄な体格だったそうです。そして里中ちゃんは大好きだ…←)


本棚の整理もだいぶ進んできたので、がんばって徐々に積ん読を消化する日々です。


本日のお絵かき↓
大宰府の仲間。※クリックで大きくなります
吉備真備と小野田守。
この2人が一緒に大宰府でお仕事をしていた時期があると『大宰府古代史年表』で知って
「ぎゃ~~~っ!!!」とテンション上がって一気描きしました。
こういう発見がふいにあるから、学術書を読むのってどうにもやめられない!
(ちなみに真備が上司で大宰大弐、田守が部下で大宰少弐です)

田守さんは小野老(「あをによし寧楽の都は咲く花の~」の歌で有名な人)の弟です。
ゆさの愛する小野篁さんのおじいちゃんのおじいちゃんの弟にあたる人vvv
ちなみに真備が抱えているのは、遣唐大使もしくは副使に任命された証である「節刀」です。
*遣唐使のイラスト記事一覧はこちらです*

内澤旬子さんの『センセイの書斎』を読みました。
著者の内澤さんが、作家や研究者や建築家やイラストライターや古書店や小規模文庫など、
合計31人の本棚や書斎を、イラストつきで紹介していらっしゃる本です。
林望さんとか養老孟司さんとか佐高信さんとか上野千鶴子さんとか現役バリバリの方々の他に
数年前に鬼籍に入られた米原万里さんとか石井桃子さんとか金田一春彦さんのレポもあって
あれ何でかなと思っていたら、単行本として出版されたものが今回、文庫になったとのこと。
お陰で彼らのことばで彼らの本棚が語られるのを聞くことができて、とても嬉しかったです。
こういう本はアーカイブにまわした方がいいと思う。

大ざっぱな感想から言えば、皆さん、本棚との付き合い方は多種多様。
開架式の本棚を見ると並べ替えをしたくなるから扉をつけちゃったとか(南伸坊さん)、
よく旅をするので必要な分だけ旅先にダンボールで送ってもらうとか(小嵐九八郎さん)、
棚に本を二重に置くのが嫌で、さっき本棚を注文してきちゃったところとか(逢坂剛さん)、
棚がいっぱいなので、新しい本がくると納めるまでに3時間かかるとか(深町眞理子さん)、
「なんだそりゃ」と思うものから「それすごくわかる!」と思うものまであって
改めて本とつきあう面白さを教えていただいたような気がしています。
あと、合間合間に必ず挿入される内澤さんのイラストの緻密さときたら!!
本棚の間取りや先生方の似顔絵や、本のタイトルの他に
先生のお仕事道具とか、お部屋に置かれている小物や楽器などもちょこちょこ描かれていて
それぞれのお人柄が想像しやすくなっているので、すごく楽しんで読める。
先生方も、本棚を紹介されるとき、自慢げだったり生き生きしていたり
照れくさそうになさったりしているのも、微笑ましくていいなと思います。

個人的に、ああ、こういう付き合い方いいなぁ~と思ったのが
小沢信男さんが本棚の一番上の棚を「神棚みたいなもの」と呼んでいること。
小沢さんが文章を書き出すきっかけになった先人たちの著書をずらっと並べているそうで、
「上から見守ってもらっている感じだね」っておっしゃるのがすてき。
本や人を深く尊敬していらっしゃるから、こんな言葉がするりと出るのだな…と思いました(*^ ^*)。

内澤さんは足かけ7年かけてこの本の原稿を完成されたそうですが、
これだけのそうそうたるメンバーの本棚をこんな風に紹介されてしまうと
「あの人の本棚もこの人の書斎も、内澤さんのレポで見てみたい!」と
思ってしまうのが本の蟲の性なわけですが。
(今回の本についても、おそらくはこの内容の倍以上の取材をなさったはずだし
原稿にまとめるにあたって泣く泣く削られたであろう部分も見てみたいんだけどな…とも)
たぶん「ごめんなさい」とお断りされた方もいらした中で、
(本棚ってすごく個人的な部分が出るので、仕事場の本棚は見せてもいいけど
自宅のはダメっていう人もいたみたいだし)
こんなにたくさんの人たちの本棚を紹介してくださったのはやっぱり有難いと思うわけでして。
あとがきに「(先生方にお話を伺った時間は)至福にして珠玉の体験だった」と
書かれているところを見ても、すごくそのお気持ちがわかる気がします。
わたしも大学時代、大学図書館やゼミの先生の書棚を拝見するのがとても楽しかったので…。
人様の知的人生に触れるのって、わくわくしてしまうのですよね。
本棚にはそれがあると思います。だから、やっぱり本と付き合うのってやめられないのですね。


彫り彫り。※クリックで大きくなります
鈴木春信の周辺事情その39。38はこちら
彫師の緑さんと打ち合わせ。
源さんからもらったアドバイス通りに、春さんが下絵に見当を入れてみたら、
彫り作業がスムーズに進んだようです。
五緑「下絵のこれ、便利っすねェ。何で今まで気がつかなかったんでしょ」
春信「おれもだよ。源ちゃんに感謝しなきゃね~。…右上、あと一彫り」
五緑「下絵より細くなりやすよ。いいんすか」
春信「うん。模様は細ければ細いほどいいんだ。糸みたく見えたら、しめたものだよ」
五緑「承知しやした。直したら、また連絡しやす」
春信「わかりました。楽しみだなぁ」
五緑「何せ、こんな何枚も彫るのは初めてっすからねェ。うまくいくといいっすね」
春信「大丈夫、うまくいくよ。あ、でも、摺ってみて具合が悪かったら、ちょっと手ェ加えるかも」
五緑「構いませんよ。後で連絡くださると、こっちも今後の参考になりやす」
春信「うん!」
ものづくりでわくわくする職人たちです。


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