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2021_04
03
(Sat)23:51

博物館でお花見をその2。

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我が家の桜が今年も満開になりました☆
人間の世界は何やかんやありますが、桜がいつも通りであることにホッとします。
やっぱり花を見ると気持ちが和む。

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青空を背景に撮るのが一番好きです。

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真っ白だ~!

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桜のお花見をするときは自然に上を向くので、気を付けないと首が痛くなったりしますが
普段仕事や家事をしていると下ばかり見ているのでたまには上を見るのもいいと思う。
桜がきれいなうちは上を向いて歩こう。


先日、東博本館の「博物館でお花見を」を見に行ってきたのですが、
上野もちょうど桜の時期でしたのでお花見ができました。
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最近、上野公園へ行くときは上野駅(激込み)を使わずに鶯谷駅(ガラガラ)で降りて
東博まで歩いていくのですが、
鶯谷駅のすぐ目の前にある忍岡中学校の桜が満開になっていました。
春休みに満開だと、入学式までには散ってしまいそう。最近はそういう気候ですね。

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上野公園は人が多すぎたので諦めて、今年は東博の中でお花見することにしました。
(東博は入館料がかかるためか、ほとんど人がいませんでした)
写真は平成館の前にある桜です。満開☆

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こちらは平成館と本館の間にある桜。

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くるりと振り返ると桜ごしに表慶館の屋根。
桜は和風建築にも洋風建築にも似合いますね。

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旧因州池田屋敷表門(黒門)が久し振りに開いていました。
門の向こうには上野公園の桜。

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法隆寺宝物館の周りには桜の木がたくさんあります。水の上に落ちる花びら。
たぶん今頃は花筏ができているだろうなあ。

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東博の本館は相変わらず人がいません。
感染症とか、チケットが日時指定の予約制とか、去年から入館料が値上がりしたせいとか理由は色々あると思う。
今は仕方がないしその方が安心して鑑賞できますが、それにしても少ない。。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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2021_01
23
(Sat)23:51

博物館に初もうでその8(3)。

前回記事の続き。
東博「博物館に初もうで」、今回は平成館の特集展示をご紹介します。

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平成館ガイダンスルーム(考古展示室の前)に展示されている「首里城正殿」1/10模型。
表慶館で開催中の特別展「日本のたてもの」展の一部で、特別展は別料金が必要ですが
これだけは平成館に展示されていて本館料金で鑑賞できます。
(特別展も行きたかったけど時間がなかった)

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正面。どっしりとしてとても存在感があります。
首里城正殿は戦前に解体修理が行われ、太平洋戦争で焼失しています。
この模型は解体修理に参加した知念朝栄という大工さんが戦後の1953年に製作したもの。

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屋根にいる龍がかっこいい。
日本の建築における鴟尾やしゃちほこや鬼瓦みたいなものでしょうか。

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1年ちょっと前の火災の被害についてもパネルで報告されていました。
あの日の朝はスマホの目覚ましを止めて布団の中でTwitterを開けたらTLが首里城のニュース一色で
慌てて飛び起きてテレビのニュースをつけたら凄まじい映像が流れていて二度びっくりしたのだった。
建物が半分以上焼けて文化財も数百点が確認できない状況なんだよな…。
耐火倉庫の中にあったものは焼けずに済んだみたいだけども。

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復興スケジュール。
正殿の着工は来年、完成は2025年以降を目途にしているみたいです。
現地では一日も早い復興をめざしてがんばっている人々がたくさんいらっしゃると思いますが
感染症もあるので無理のない計画でいってほしい…応援しています。

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ガイダンスルームの隣にある企画展示室では「世界と出会った江戸美術」を鑑賞。
江戸時代、海外からやってきた美術品や影響を受けて制作された美術を紹介しています。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ。

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2021_01
16
(Sat)23:58

博物館に初もうでその8(2)。

前回記事の続き。
東博「博物館に初もうで」、今回は本館の展示を鑑賞します。

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伝紀貫之筆「貫之集断簡(自家集切)」。
もともとは巻物だったそうですが現在は断簡で残っているもので、貫之筆という確証もないみたい。
草仮名からひらがなへの過渡期に書かれたものとして貴重なもの。

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藤原定家筆「小倉色紙」。
胡粉地に唐草の雲母摺をほどこした唐紙に蝉丸の「これやこの~」の歌を書いています。
定家の筆跡は四角い形が特徴だけど、これはだいぶ柔らかくて丸いですね。

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伊藤若冲「松梅群鶏図屏風」。若冲居士の落款があるから晩年の作品かな。
鶏ちゃんは相変わらず生き生きしているし、石灯籠は点描で描かれていて細かい。
…ええとですね、この作品と、

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円山応挙「龍唫起雲図」と、

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池大雅「竹図」がありましてね。

この並びを見て、何だか、お正月に見たNHKのドラマ「ライジング若冲」を思い出してしまいましてね(^^)。
中村七之助さん演じる伊藤若冲を中心に相国寺の大典、円山応挙、池大雅・玉瀾、売茶翁が出てくるドラマで
動植綵絵の制作とか大典との深い関係とか、絵師たちのわちゃわちゃがとてもおもしろかった。
ラストで乗興舟の旅に出ながら大典に上方萬番付(京都のランキング本)を見せられた若冲が
「歌舞伎?わたしには縁のないものや」って言うから大笑いしてしまった。
七さんにそれを言わせる現場すごいし、言っちゃう七さんもすごい(笑)。
あと役名は出なかったけど最後に応挙の家にいたの蘆雪だったらしくて
(セリフ字幕つけてないとわからなかった)ちょっとしたとこに使うのやめれって思いました。
今夜の完全版は録画したのであとで観よう。

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俵屋宗雪「龍虎図屏風」。
上空から海へ舞い降りてくる龍はかっこいいし、もふもふしてそうな虎はかわいい。
宗雪は俵屋宗達の後継者で花鳥画をよくした人ですが、こちらは貴重な水墨作品。

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鈴木春信「新年ひきぞめ」。
正月2日に行われるその年最初の演奏会の様子です。

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小袖「萌黄縮緬地竹垣梅桜文字模様」。
背中に梅・常・雪・飛・琴の文字が、写真に写ってないけど前面には上・柳・和・煙・酒の字が刺繍されて
梅や竹の模様もデザインされています。
和漢朗詠集にある章孝標「梅花常雪琴上 柳色和煙入酒中」という漢詩を意匠化したもの。

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厨子(愛染明王坐像付属)。
鎌倉時代の作品で、内部や扉に多くの仏様が描かれています。
おそらく閉じてあったのだと思いますが、色がとても綺麗に残っていました。
どこのお寺にあったのかはキャプションに書いてなかったけどどこにあったんだろう、
あとどんな愛染明王を納めていたんだろう…。

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珠玉の中国彫刻コーナーにあった「三彩神王」(唐時代)。
お墓を守る武人の俑なのでこのような力強くておっかない顔をしているのですが、
何だかオペラ歌手みたいに見えて思わずパチリしてしまいました。すげぇいい声してそう。

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北海道アイヌ「イクスパイ(儀礼用の箆)」と「椀」と「盃台」。
アイヌの人々が神様との対話や、お酒をささげるために使ったもの。
イクスパイの模様がとても綺麗だった…何か意味があるものなのだろうな。

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小林永濯「美人愛猫」。
女性たちが抱っこしている猫ちゃんがものすごくモフモフに描かれていた…触ってみたい。

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佐藤朝山「龍頭観音像」。
くわっと口を開けて天翔ける龍と、龍に乗る観音像(法隆寺の救世観音像がモデル)。
色彩がとても鮮やかできれいです。

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高円宮根付コレクションより、高木喜峰「阿吽」。
鮭とイクラで阿吽てことかな。安易に「親子」とかつけないのがいいですね。

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本館から平成館へ続く回廊には、平時ですと各地の展覧会を紹介するポスターが並んでいるのですが
今は東博の特別展ポスターがあるのみで、
他は伊藤若冲「玄圃瑤華」をデザインした柄がはめ込まれています。
早く各地のポスターが貼られる賑やかな日々に戻りますように。

この後は平成館の特集展示を見てきたのですが、
長くなりますので次回記事にて書きたいと思います。
2021_01
09
(Sat)23:53

博物館に初もうでその8。

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今年もミュージアム始めは東博本館です。
年末にチケットを予約して年明けに行ってきました。

平日の電車のすいている時間に乗って(雨も降らなかったので窓も開いてました)、
上野駅ではなく鶯谷駅で降りて東博まで歩いて(密を避けるためですが運動不足対策でもあります)、
展示室から人が少なくなるお昼過ぎに入館。
入口で検温と手指の消毒をして、マスクをして人との距離を心掛けつつ鑑賞。
展示室は多くて10人程度、誰もいない展示室もありました。
本館の常設展示はもっとたくさんの人が見てくれたらいいな…と常々思っているのですが
今はその状況が善しとされるという。。
当分都内へのお出かけは控えますが、今年は果たしてまた東博に行けるのかどうか。
ニコニコ美術館が早速、東博本館をやってくれたのでそちらも楽しみたいと思います。

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お正月恒例の展示「博物館に初もうで-ウシにひかれてトーハクまいり」を鑑賞しました。
以下、気になったものをいくつか写真でご紹介します。

牛は昔から画題として好まれ、絵画や彫刻によくあらわされてきているので
担当学芸員さんによると割と展示品を探しやすいそうです。
かの菅原道真さんが丑年生まれなので、絵巻にもよく描かれているもんね。
(逆に未や亥、子はなかなか手強いらしくご担当の方は展示に使えるものを探すのに苦労されているらしい。
他に見つけやすいものというと寅や辰、午、酉などでしょうか)

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重要文化財「阿弥陀如来および両脇侍立像(善光寺式)」(鎌倉時代)。
善光寺のご本尊はインドから来たという秘仏で
「善光寺式」と呼ばれる阿弥陀三尊像は鎌倉時代以降に多く作られたそうです。

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「牛に引かれて善光寺参り」ということわざがありますが、
写真の善光寺如来絵詞伝などには、ある老婆が干していた布を牛が角にひっかけて走っていってしまって
老婆が追いかけたところ辿り着いたのが善光寺で、
観音堂に布があったことから牛が観音菩薩の化身だったことがわかるという説話があります。
江戸時代にはその説話を記した版本も出版されていたので人々に広く知られていたのでしょうね。

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チューギェル立像(中国)。
チベット語で法王を意味するチューギェルは、古代インドの死神ヤマが仏教に取り込まれた姿。
ヤマは牛の頭をした神様だそうです。

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十二神将図像の模本(部分)。
十二神将は干支の動物を頭上に乗せる姿であらわされることが多いですが、
こちらは擬人化された十二神将の絵が並んでいます。
丑の神様は弓を持った姿であらわされていました。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ。

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2020_11
14
(Sat)23:57

今を見つめて記憶のなかに。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は21日に更新予定です。


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原美術館に行ってきました。
現代美術専門の美術館で、実業家・原邦造の邸宅として戦前に建てられた洋館が
そのまま美術館になっています。
(設計者は東博や銀座和光を設計した渡辺仁だそう)

ずーーっと気になっていた美術館で、なかなか訪れる機会がなかったのですが
去年の11月に建物の老朽化のため閉館することと
閉館後は渋川にある別館のハラミュージアムアークと統合して活動することが発表されたので
せめて最後の展覧会は見たいと思って訪問しました。

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前庭には屋外作品が点在しています。
右手前にある多田美波「明暗 No.2」(1980年)は
ステンレス製の三角錐に周りのお庭の景色が映ってきれいです。
その奥には関根伸夫「空相」があって、四角い金属の上に大きな石が絶妙なバランスで乗っていて
こちらもお庭の景色が映ってきれいですが、倒れないのかな…とちょっと心配になった。
これまで経ち続けているみたいなので大丈夫なんだろうけど。

あと玄関の脇にあった飯田善國「風の息吹」(1980年)は
金属でできた長方形の板状のオブジェが1本のポールに奇妙なバランスでいくつもくっついていました。
キース・ソニア「エスセシポール 1」(1982年)。ピンク色の公衆電話とブラウン管のテレビが並んでいました。
設置当時はテレビも点いたらしいですが、今はつかないそうです。電話は使えるそうです。
(この記事の1枚目の写真↑の左側にチラッと写っています)

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感染症対策のため、1日に入館できる人数は決まっていて
チケットは日時指定の予約制(ネット予約)です。
入館時に検温とアルコール消毒があり、館内ではマスク必須、人との距離を取って会話を控えます。
わたしが行ったのは平日のお昼過ぎだったので、そんなに混んでませんでしたけど
館内は元個人宅のため決して広くはないし天井もあまり高くなかったので
いつも以上にソーシャルディスタンスには気を遣いました。
小さな展示室の入口には一度に入れる人数が「2人まで」「4人まで」などと掲示されていました。

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「展覧会を記憶にとどめてほしい」という美術館側の希望により、館内は撮影禁止。
人数制限されてるとはいえ人はまあまあ入ってましたし、撮影しているとぶつかったりする危険もあるので
さもありなん。

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最後の展覧会「光-呼吸 時をすくう5人」を鑑賞します。
1~2Fのそれぞれの展示室と廊下に3人の写真家と2人の現代アーティストによる作品が展示されていました。

リー・キット「Flowers」(2018年)。
小さな展示室の壁にひとつだけアクリルのキャンバスが掛けられ、鉛筆で女性の横顔が描かれていて
それを部屋の隅に置かれたプロジェクターの白い光が照らしています。
たぶんその光もキャンバスも、部屋にもともとある暖炉も、白いレースのカーテンがかけられた窓も
全部が「Flowers」という作品の展示物として構成しているんだろうな…。
インスタレーションに添えられた「花か枝かの選択」の意味するものはなんだろう…。
昨今の香港(作者の出身地)に思いを馳せながら見ると色々考えてしまいます。

城戸保「梅と小屋」(2018年)ほか写真46点、Cプリント。
日常風景を写したものが中心ですが、いわゆる風景写真ではなくて
花や鳥、牛舎、建物の屋根、750円と書かれた金額表示、ガードレール、じょうろ、壊れた車、
傘を干した風景、木越しのモリゾーの絵、揺れるプールの水面、何かの光など
景色を独特な視点で切り取って撮影した写真が多かったです。
「ま」(2019年)の写真はたぶん、アスファルトに白ペンキで書かれた「止まれ」の字の一部だろうな…。
あと写真のほとんどにハレーションや逆光が差し込んでいたのもおもしろくて
樹や電柱や牛の顔などに赤やオレンジの光が被さっていました。
原美術館のどこかを撮影した写真もあったそうですが、どれかはわからなかった。

佐藤雅晴「東京尾行」(2015-2016年)。
昨年亡くなった作者が東京各地の風景を定点カメラで映像として撮影し、
写りこんだものの一部をトレースしてアニメーション表現にして実写に紛れ込ませています。
公園の風景の中でブランコだけがアニメーションで揺れていたり
犬の散歩をしている人が街を歩いているけど犬だけアニメーションだったり
誰もいないどこかの事務室でキャスターつきの椅子だけがアニメーションでくるくる回っていたり
テーブルの上の小さな卓上鏡だけがアニメーションでくるくる回って部屋の中に光を振りまいていたり。
展示室のサンルームにあった自動演奏ピアノがドビュッシーの「月の光」を演奏していたのですが、
このBGMを聴きながら作品を見ると見事にマッチしていてすごかった。
これも作品の一部で、この音色がないと完成しないんですね…。

佐藤時啓「光-呼吸 Harabi」シリーズほか写真9点。
作者がペンライトや鏡を持って原美術館の展示室内を、ハラミュージアムアークの庭を歩きまわって
カメラのシャッターを開け放しにして撮影した写真を大きく引き伸ばして展示しています。
美術館の床や芝生に細いコードのような光があふれてかえっていて、
光の海みたいだなと思いました。
「こんな夢を見た-親指と人さし指は、網目のすき間の旅をする」(2020年)は映像作品で、
加工された原美術館の建物のあっちこっちをふわふわ飛びながら移動しているような印象。
そうだね夢を見てるときってこういう動きすることありますね…。
どこにでも飛んでいける、でも意外と遠くへは行けないような、あの感じ。
建物にぼやけた加工がされているのも、背景がはっきりしない夢の世界のようでした。

今井智己「Semicircle Law」(2011~2020年)シリーズ、写真24点。
作者は福島第一原発から30km圏内にある場所、
阿武隈山や大倉山ほか数ヶ所の山頂から原発方面に向かって定期的に写真を撮り続けている人で
事故当時から現在まで撮影された写真が展示されていました。
日付はバラバラでしたが各月の11日が多かったです。
(一番近い距離は2020年2月に撮影された原発から12km地点の写真で
一番遠い距離は2017年に9月に撮影された原発から33kmの地点)
数年ごとに同じ場所から撮影された写真は、木が伸びていたり街に変化があったりして年月を感じさせます。
展示室で上映されていたプロジェクトの記録映像は固唾をのんで見入ってしまったし
映像の近くには方位磁石と日本地図が置かれていて、地図には赤い線が引いてあって
原発と撮影地点を結んでいました。
事故は今も続いている。


あと、常設展も鑑賞しました~。
(企画展示の間に常設展示物がヒョイっと置かれているので、常設展と言っていいのかわかりませんが…)

まずは1F。
鈴木康広「募金箱 『泉』」(2011年)。
美術館1Fの階段横、白い壁にとても小さくて細~~い穴が空いているだけの展示で
最初はそんなところに展示があるとは知らず素通りしていたのですが、
見学しているお客さんがいたので気づけました。ありがとう。
よく見ると穴の上に鉛筆で文字が書いてありました。以下引用。
「コインは自分の分身です。それを投入することは自分自身が原美術館の活動に参加すること。
自分の投じたコインによる一滴の雫が、その活動に波紋を生み、そこから新しいアートの世界が広がるのです。
壁面に空いたスリットの中にコインを投入してください」
ほうほう…と思って、試しにお財布から10円玉を出して入れてみましたら中からポチャンと水音がしたので
穴を覗くと、細い穴の奥で水面の映像がゆらゆら揺れていました。
コインを入れることで壁の中にある映像に変化が起きて、それを鑑賞できるアートなんですね。
(ちなみにこの作品、鈴木さんが美術館のために寄付したもので
投じられたコインは美術館の活動支援金として使われるそうですが
設置した2011年は東日本大震災が起きたのでこの年だけは義援金として被災地に寄付されたとか)
コインを入れると見られる映像は、すべて原美術館のどこかで撮影されたものだそうです。素敵だ。

森村泰昌「輪舞」(1994年)は、元々トイレだった部屋に作品を設置してしまったもの。
部屋の壁も天井も鏡張りになっていて、真ん中にはマネキンが床に腰を下ろして足を広げていて
マネキンの足の間に便器(特注)が置いてあります。
マネキンは作者の森村さんが取ったポーズを石膏で型を取ったもので、つまり作者本人なのですね。
ちなみに便器はトイレとして今も使えて、水も流れるみたいですがわたしはとても使えないですね。
部屋中が鏡張りで落ち着かないし、何より作者に見られながらというのがキツイ。

ナム・ジュン・パイク「ニーシェインT」(1984年)。
カラーテレビとビデオディスクとコンピューターを使った作品で、作者はビデオアートの先駆者だとか。
表面にいくつもの小さなモニターが設置された大きな黒い箱が置いてありまして
様々な映像を映すことで情報社会を表現していたそうですが
現在、使用機材が製造中止になっているため修復ができず箱のみ展示しているとのこと。
マシンを使うアートはその時代をズバリと表現するものだと思いますが
部品が故障したとき直せる人やメーカーがいないと展示できなくなるリスクがあるんだよね…
保存と展示の課題。

2F。
須田悦弘「此レハ飲水ニ非ズ」(2001年)。階段を登ってすぐ、左手にありました。
2000年9月に美術館のイベントで集められた寄付により実現した作品です。
元々は写真を現像するための暗室だった部屋だそうで、壁はタイル張りになっていて
部屋の奥には2本の水道管がむき出しになっており、そこに紫色の花が2輪添えられていました。
まるで水道管から芽を出して花を咲かせたみたいだ…花にとっては水源だからね。
(ちなみに花は定期的に変えられているそうです)
気になったのが壁に貼ってあった「This water unfit for drinking」という小さな紙だったのですが
後でぐぐったら、この建物が戦後にGHQに引き渡され外国の大使館として使用されていた際の名残で
つまり当時の人が書いた水道管が使えないというメモを今もそのまま残しているのだそう!
エーーーーーっもっとよく見てくればよかった…なんという歴史…!

宮島達男「Time Link(時の連鎖)」(1989年/1994年)。
壁も天井も真っ黒で明かりもついてない、奥行きのある真っ暗な小部屋(奥がカーブしている)の天井と床付近に
赤と緑のLEDのデジタルカウンターが奥に向かって無数にずらーーーーーっと並んでいて、
それぞれが1~99までの数をカウントしています。
カウントのスピードは個々のLEDによって差があり、時計の秒針の速度からいっこうに動かないものまであって
共通しているのは99になると消えてしまうところ。
すぐに1からまた始まりますが、何のカウントなんだろうと考え始めると止まらないです。
これだけカウンターが並んでいると、数字の組み合わせもそのとき見たものが最初で最後というか
同じ組み合わせは二度と見られないと思うとその一瞬がとても大切に思えてきます。
時間はどんどん過ぎ去っていってしまうんだ。

奈良美智「My Drawing Room」(2004年8月~)。
バスルームだった部屋を奈良さんのアトリエのような展示室にしたもの。
壁や天井は木製で白いペンキが塗られていて、部屋の奥に机があって(椅子はない)、
さらに窓があって外の景色が見えます。
床には描きかけのドローイング、真っ白なキャンバス、色鉛筆、カセットテープやCD、
人形、ダンボール、ポット、帽子、飲みかけワインの瓶などが雑然と置かれています。
2004年に奈良さんが原美術館で個展を開催した際に制作されて
その後もときどきご本人が来たときに物を置いていったりするらしい。
床にあおもり犬が7匹いて、それもある時から急に出現したらしいから設置当初はいなかったんだろうな。
訪れるたびに変化する展示室は楽しい!
「Lanila」の文字で始まる外国語で書かれたA4サイズの紙が壁に貼ってあったんですが
書き足りなかったのか、紙をはみ出して壁に続きを書いていたのがおもしろかったです。

3F。
ジャン=ピエール レイノー「ゼロの空間」(1981年)。
部屋全体が純白のタイル張りになっている真っ白な空間の壁に
同じくタイル張りの正方形が4つ設置されていて、数字の「0」の形をした金属プレートがぶら下がっていました。
(金属プレートのレプリカはミュージアムショップで買えます)
真っ白で何もなくてまったりしてしまいましたが、長くいるとたぶん虚無を感じる場所だと思う。
元々は建物の屋上に出るためのスペースだったみたいです。


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1F中庭に面したカフェ「d' Art」にて
「ベリーX2 クレームダンジュ」(フレンチスタイルのチーズケーキ)をいただきました。
カフェの厨房は個人宅だった頃の配膳室を利用しているそうです。
この日は少し肌寒かったけど、屋内はやめてテラス席を選んで座らせてもらいました。

中庭にも常設の屋外展示作品がありました。
三島喜美代「Newspaper-84-E」(1984年)。
土の新聞というシリーズのうちのひとつで、シルクスクリーンで陶器に新聞の記事をプリントしたものです。
くしゃくしゃっと丸められた新聞が陶器でできている凄まじさ。どうやってあの形を作るんだろ…。
(ちなみにプリントされていたのは1984年8月31日のニューヨークタイムズで
アポロ13号の月面着陸記事などが載っている)
イサム・ノグチ「PYLON」(1959-81年)。アルミニュームに亜鉛メッキで制作されたモニュメント。
李禹煥「関係項」(1991年)。芝生に置かれた正方形の鉄板を挟んで石が2つ。
ソル・ルウィット「不完全な立方体」(1971年)。
白い棒を使って骨組みのように立方体を作っていますが、
立方体を構築するうえで必要な12本の辺のうち4本が外されているオブジェ。
ダニエル・ポムロール「自分に満足しない私」(1982年)。
ガラスのような透明な素材と、黒光りする石のような素材を組み合わせて壁のように並べたもの。
アドリアナ・バレジョン「空想の万能薬」(2007年)。
横に長く並んだタイルのひとつひとつに薬草(幻覚作用のあるもの)の絵が描かれていました。

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正門を出てしまった。。何だかさみしいです。


元々個人宅だったせいもあると思うのですが、
かつては書斎や居間、厨房だったところが展示室になっていたりカフェになっていたり
(展示室のフローリングは当時の床板のままらしい)、
壁の中とかお手洗いとか水道管とか、えっそこにそんなもの置く…?みたいな驚きもあって
日常生活の中にアートが点在しているようでとても楽しかった。
閉館は寂しいですが、作品は渋川のアークに移動すると聞いてちょっと安心しました。
レイノーや宮島達男、奈良美智など部屋ごと展示室になっている作品も移築されるそうですし。


ところで。
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美術館までは地図を見ながら行ったので気づかなかったけど、
北品川駅と原美術館の間にはJRの線路が通っていて、その上の鉄橋(御殿山橋)を渡るんですが
金網越しに電車が見下ろせることに帰り道で気づきました。

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在来線も新幹線も見られる!
写真は東京方面に向かって走っていくN700a X50編成です。
屋根がぴかぴか真っ白だ~!全検明けとかでお掃除してもらえたのかな。

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帰りの電車に揺られながら外を見ていたら、田町駅の向かいのホームで京浜東北線の試運転が。
最近、こういう車両に気が付くようになりました…わたしたちが気が付いていないだけで
営業車両に紛れてひっそり走っているんでしょうね。お疲れさまです。
2020_10
03
(Sat)23:57

美術館の椅子には目で座る。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は10日に更新予定です。


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埼玉県立近代美術館に行ってきました。
県民なのに来るの初めてだよ…!ずーっと気になってたけどどうもタイミングがなくて
機会が巡ってきてよかったです。

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感染症対策としては、美術館の入口で手の消毒をして
入口にあるテーブルに氏名と連絡先を記入する紙が置いてあるので記入して
スタッフの方に検温をしていただいて、問題なければ入館できます。
マスクを着用すること、人と距離を取って会話を控える、滞在は2時間以内を目安に、とのことでした。
着いたのはお昼過ぎでしたがチケット売り場も展示室も全然人がいなくて
かえって心配になってしまった…状況が状況なので、来てくださいとは言えないけど。

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「MEDE SUWARU-今日みられる椅子」を鑑賞します。

埼玉近美は「椅子の美術館」と言われるほど椅子のコレクションが多くて
しかも一部には実際に座ることもできる…というのは何かで聞いて知っていたのですが
現在は感染症対策のために展示品に座ることはできなくて
代わりに「目で見て楽しんで」というコンセプトでコレクションを一挙に展示してくれています。
保存目的のため普段はあまり展示されない椅子も見られるそうです。

ちなみに観覧料は無料、写真撮影OKという太っ腹な展示です!
以下、気になったものをいくつかご紹介します。

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展示は1階と2階に分かれていて、まずは1階のロビーから。
こちらの椅子には普段なら座ることができて、座り心地なども感じられるのだそうで…ぐぬぬ。
ヴェルナー・パントンのパントンチェア、ひとつの金型から作られた初めてのプラスチックの椅子だそうです。
座り心地は固そう…青い色がきれいだ。

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剣持勇「ホーム・ベンチ」。
1964年の東京五輪と新幹線開業に合わせてデザインされた椅子で、今も各地の駅でよく見かけますね!
あーーっ!めちゃめちゃ座りたかった!!あーもう!!!(*´Д`)

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剣持勇「ラウンジ・チェア」。
藤の枝を編んで作られた、あたたかい印象の椅子です。
どことなく猫ちぐらを連想しました…この赤い座布団の上で猫ちゃんが丸まって寝てしまいそう。
これと同じデザインのラタンチェアがニューヨーク近美(MoMA)に収蔵されているそうな。

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DSチーム「DS60/DS600」。
繋がっているように見えますが、ひとつひとつの座る部分を金具とジッパーで結合しているので
空間に合わせて自由に形を変えられるのが特徴だそうです。
スイスのデセデ社という、革製品ソファの最高級ブランドが製造元だとか。

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オリヴィエ・ムルグ「ジン」。
精霊「ジン」の名前をつけた椅子で、1960年代の椅子のデザインと先駆になったとか。
映画『2001年宇宙の旅』にも使われたとキャプションにあって、マジかよ!!(゚Д゚;)ってなった…
どのシーンに出てきてたっけこの椅子…。

1階ロビーの展示はここまで。次は2階に上がります。
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2階の入口。
中途半端に色が塗られた唇がある…と思ったら、赤いシールのようなものがペタペタ貼ってあって
よく見たらひとつひとつに展示を鑑賞した来館者のコメントが書いてあるのでした。
「みんなのコメントでマリリンを完成させよう!」という企画だそうな。

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こちらでコメントが書けます。(書いたコメントはスタッフさんが貼ってくれます)
来館者がコメントを書くことで、やがて真っ赤な唇になるんですね。
どうしようかなあと思いつつ感染症が心配だったので遠慮しましたが、会期末には真っ赤になるだろうか。

それにしてもマリリンて何だろう…と思いつつ展示室に入りましたら、答えは展示の中にありました。

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2020_09
19
(Sat)23:55

いつかまた、別のときにはなすことにしよう。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は26日に更新予定です。


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東京都現代美術館に行ってきました。
久し振りに訪れたせいか、清澄白河駅の出口を間違えて反対方向に進んでしまい
「なんか景色が違う」と引き返した程度には木場公園への記憶が曖昧でした。あわわ。

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入館時に消毒液で両手を消毒してサーモグラフィの検温をして
館内ではマスクを着用し、人との距離を保って会話を控えてくださいとのこと。
予約なしで入れますが混雑時は入場制限があるそうです。
平日のお昼に行ったのですがチケット売り場が結構並んでいて、
床に貼られたシールを目印に距離を取って並んで、5分くらいでチケットを買って展示室に入れました。
展示室の中には人がほとんどいなくて(10人いたかな?)、距離を取って鑑賞できました。

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企画展「おさなごころを、きみに」を鑑賞します。
タイトルの「おさなごころ」はミヒャエル・エンデのはてしない物語から取られていることは
美術館の企画趣旨からもうかがえますが、
「きみに」の部分はたぶん、旧エヴァの映画「まごころを、きみに」からの影響があると思う。

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チケットに日付印を押してもらって中に入ると
下りたシャッターにでかでかと書かれた「ようこそ」の文字が迎えてくれます。お、おう。。
(言い忘れましたがこの展覧会は一部の映像作品を除いて撮影が可能です)

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「のらもじ」というプロジェクトの一部だそう。
街のあちこちに点在するお店の看板の手書き文字をフォントにしてオンラインで配布する取り組みです。
デザイナーの下浜臨太郎氏らが始めたプロジェクトで、
フォントを使う人がダウンロードした際の料金はその看板を持つお店に還元されるそうです。
ちょっと昔懐かしい雰囲気の飾り文字はわたしも大好きだし、
こういう文字で書かれた看板は昔も今もときどき見かけますねえ。
喫茶店とか理髪店とか、個人経営の電気屋さんとかに使われてるイメージ。

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のらもじデザインの千社札がびっしり貼られたシャッターもありました。
日本の名字がたくさん。名刺代わりに作ってみたい。

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エスカレーターを登って、展示室へ。
Noritake氏によるメインビジュアルと展示品2点。とてもシンプルなイントロダクションだ。

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2020_08
08
(Sat)23:53

この夏の展示室。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は15日に更新予定です。


前回記事の続き。
東博平成館にてきもの展を鑑賞した後、本館の展示も見てきました。
お正月以来の本館…状況を考えると喜ぶことはできないけど、来ることができたのはやっぱりうれしくて
なんというかとても「帰って来た」気持ちでした。やっぱりわたしはミュージアムが好きです。

現在、東博の特別展を予約して鑑賞した人はそのまま本館の展示も見られますが
本館のみを鑑賞する人も日時指定の予約が必要です。(詳細は東博HPのお知らせへどうぞ)
特別展も例年に比べて鑑賞者が少なかったけど、本館はさらに少なくて
あの広い広い展示室に4~5人いるかいないかなんて、たぶんわたしの本館観測史上初めてでした。
きもの展だけ見て帰った人が多かったのかな…。
いつもなら行列ができている1階刀剣展示室のパーテーションもガラガラで
大包平の前にいた人たちはゆっくり鑑賞できていたようでよかったけれども。
あ。展示室のレイアウトも少し変更されていました。
陶器や刀剣の展示室から展示ケースが減って、展示する作品も減っていまして
自然にソーシャルディスタンスが取れるようになっていました。
(とはいえ人と距離を取ることは意識した方がいいと思う)

2020tohaku_21.jpg
国宝「地獄草紙」から、火雲霧(詞書では雲火霧)の部分。
獄卒が炎の中に罪人を投げ込み、彼らの体は燃え尽きますが再び蘇生するので
また獄卒によって炎に投げ込まれる…という繰り返しの場面です。
燃えあがる地獄の業火の表現の凄まじさに息をのむ。
出光美術館の50周年展で伴大納言絵巻の応天門炎上の場面を見たときも思ったけど
この炎を描いた絵師は火事場を見たことがある人じゃないかな…それも猛烈なやつ…。
この絵巻の成立は中世とのことですので、制作はたぶん京都だと思うけど
火事といえばお江戸ですけど、いにしえの京都も火事が多発していて
大火ともなればものすごい被害が出ているのでな…。
炎の表現もですが、焼かれる人々の様子ももしかしたら絵師は目撃しているかもしれないな。

あと絵巻物で印象に残ったのは重要文化財「紫式部日記絵巻」です。
個人蔵のため写真には撮れませんでしたが、
敦良親王の五十日の祝儀や道長が紫式部の局を訪れる場面が展示されていました。
国宝源氏物語絵巻の絵の雰囲気と近いので、成立した時代も近いのかしら。

2020tohaku_22.jpg
景徳鎮の古染付一閑人火入。
過去に何度か見たことのある器ですが、前は縁にくっついている人の表情がわかるように撮りましたが
今度は別角度から、背中がわかるように撮ってみました。
あなたこんなファッションだったのね…!履き物が水玉模様でかわいい。

2020tohaku_23.jpg
屏風のお部屋。
尾形光琳の風神雷神図と、久隅守景の納涼図屛風が並んでいました。
(光琳の屏風はもう何度も見ているのでアップの写真は省略)

2020tohaku_24.jpg
「納涼図屛風」部分。
瓢箪の木の下で3人の人物が涼んでいます。家族かな?
色んな方面から日本一ゆるい国宝とか言われてますけど、確かに表情がすごくゆるい(笑)。
テレビや画集で何度か見ている絵ですが、サン美の守景展に行ったときもなかったから
写真に撮れたのはたぶん初めて。


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2020_08
01
(Sat)23:50

着るアートその2。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は8日に更新予定です。


東博の「特別展 きもの」に行ってきました。
着物、というか小袖について紹介する展覧会です。
中世(室町時代後期)から現代まで幅広く、小袖の歴史を学べる内容になっていました。
4月から開催される予定でしたが、折からの感染症の影響により会期が6月~8月に変更されています。

密を避けるために毎日、JR東日本アプリをチェックして山手線のすいてる時間帯を調べて
「よしこの時間」と決めて当日乗って(先頭車両で乗客10人程度でした)、
ものすごく久し振りに上野駅へ。
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3月に移転していた公園口にやっと来られました。
移転前は改札の向こうは東京文化会館の正面でしたが、
今は西洋美術館の前の通りに出て、文化会館は左手側に見えるようになったんですね。

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入館時はマスク必須。博物館の入口で手の消毒をしてサーモグラフィの検温を経て、平成館へ。
去年も訪れているのに今年色々ありすぎたせいか、もう何年も来なかったような気がしています。
途方もないですな2020年。

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展覧会場では混雑を避けるため、90分以内の観覧が推奨されています。
なるべく人との間隔を開けて鑑賞、会場内での会話も控えるようにとのこと。混雑時は入場規制もあるそうです。

現在、東博のチケットは特別展、本館ともに日時指定の予約制で(当日券は若干枚)、
特別展は30分ごとの時間枠で入場します。
(たとえばきもの展は9:30オープンですが、その時間に予約した人たちは9:30~10:00の間に入場)
入館の時間は決められていますが、退館時間の制限はありません。
「各時間の入場開始時は人が集中するので10分くらい経ってから来てね」みたいなアナウンスが
東博のTwitterで流れていまして、それもそうだなと思ってちょっと待ってから行ったんですが
展示室の入口はざわざわしていたので人のいないところから鑑賞していきました。
第2展示室の方がすいていて、人との距離が取りやすかったです。


展示はとにかく数が多くて、ひとつひとつゆっくり見ていると時間がなくなってしまうので
気になったものだけよく見て後は流し見になりました。。
最初に展示されていたのは「小袖 白茶地桐竹模様綾」。
室町時代後期の武将・石見国の益田宗兼が足利義稙から拝領したものと伝わります。
小袖の初期の形がわかる着物として貴重なもの。
衿や袖が小さいなと思いました。当時の形状と、当時の男性の平均身長のせいもあるのかな…。
遠くから見ると無地に見えますが、近くで見ると細かい桐竹模様が入っていて上品です。
続いて「表着 白地小葵鳳凰模様二陪織物」。
鎌倉時代のものとして鶴岡八幡宮に伝わる、現存する最古の宮廷装束の形がわかるものとして貴重。
表は二陪織物で、中陪はつむぎ、裏は綾で作られています。贅沢ですな…。

安土桃山・慶長期(江戸初期)のモード。
「縫箔 白練緯地四季草花四替模様」(重文)は「四替」という、4つに区切った当時の流行デザインで
この着物ではそれぞれ梅模様で春を、藤の花で夏を、紅葉で秋を、雪持笹で冬を表現しています。
縫伯だからつまり全部刺繍なわけで…気が遠くなりそう…!いやあ美しかった。
「縫箔 紅白段練緯地短冊八橋雪持柳模様」は毛利家に伝来したもので
能に使われた衣装(若い女性のシテ?)と考えられているそうです。
桐・菊・沢潟など豊臣秀吉に縁のある模様があしらわれているので
毛利家と豊臣家の関係性も感じさせる着物(秀吉は能が好き)です。
「小袖 白練緯地亀甲檜垣藤雪輪模様」は檜垣や亀甲、雪輪、藤棚が染められた辻が花の小袖で
持ち主の菩提を弔うために打敷にしたのを当時の小袖の形に仕立て直したものということです。
仕立て直しといえば、「縫箔 白練緯地花菱亀甲模様」も、もともとは高台院の持ち物だったみたいですが
女の子用のサイズに仕立て直されているとか。
「小袖屛風」はいくつかの小袖裂を貼りつけた屏風で
京都の古美術商だった野村正治郎のコレクションだそうです。
「縫箔 紫練緯地段花菱円草花模様」は京都の鮎売りの桂女の家に伝わったもので
菱形や丸形の中に草花や波模様がデザインされていて綺麗でした。
(もともと紫だった色地が今は茶色に変色してしまったらしい)
また、当時の着物を知る資料として法衣の女性の肖像(詳細不明。慶弔期の着物を着ている)や
狩野孝信の洛中洛外図屏風も展示されていました。
淀殿の持ち物と伝わるものと、丸紅が所蔵する「小袖裂 紅萌黄片身替練緯地洲浜取草花模様」と
その小袖裂から復元した小袖が並んで展示されていたのもおもしろかったです。

江戸中期のモード。
「小袖 染分綸子地松皮菱段草花模様」を見ていると、慶長期よりも少し袖が大きくなってきた気がする。
あと金の摺箔が大きく使われているせいかな…キラキラ度が増してきたような…。
「小袖 染分綸子地鶴松花鳥模様」は尾長鳥や鴛鴦、草花や牛車などが表現されていますが
点々と模様を配していた慶長期と異なり、着物全体を使って流れるように模様が作られていて
たぶんその走りのひとつなのだと思う、この着物。
「小袖 白絖地菊水模様」は、隣に展示されている「万治4年御画帳」に載っているデザインを使っています。
御画帳は尾形光琳・乾山の実家である呉服商の注文帳で、波のページが開かれていて
小袖に使われていたのはその波模様だったみたい。
「小袖 白綸子地滝菊模様」は岩間から流れ出る滝の迫力がすごくて
周囲にあしらわれた菊模様の刺繍は浮き出ていて立体感があります。
「小袖 紅綸子地水葵模様」は惣鹿の子絞りで凸凹の立体感がある紅の布地に葵の葉が大胆にデザイン。
千姫の着物と伝わり、大切に伝えられてきたものだそうです。
「振袖 白絖地若紫紅葉竹矢来模様」振袖が出てきたよ!大きな袖だよ!!
黒と紫の刺繍で「若紫」の文字、背に紅葉の刺繍、裾に竹垣の染めがデザインされていて
源氏物語の若紫巻が着物でこんな風に表現できるんだな…。
(雛型本「当流模様 雛型松の月」にこれとそっくりそのまんまのデザインが掲載されているそうだ)
「小袖屏風 絖地源氏絵色紙模様」は源氏物語の場面が白描で表現された小袖裂が貼りつけられてありました。
菱川師宣・師房親子の「見返り美人図」がそれぞれ展示されていて、
師宣の絵は何度も見ていますが師房の絵は初めてでした。
絵の中の女性の着物は伊勢物語を白描で表現した小袖でした。
物語を着物で着るのが流行したのかなあ。オシャレだなあ…!(*´Д`)

友禅染の出現。
「当流七宝常盤ひいなかた」に掲載されている模様を使った「小袖 紅紗綾地雪柴垣梅模様」。
雪がたっぷり積もった柴垣と梅の枝が、紅の布地に流れるように表現されていて美しかった。
「振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様」はロックフェラー財団が持っていて寄贈されたらしいですが
カラフルな熨斗模様が背から裾いっぱいに大胆にデザインされていてかっこいいです。
金の糸で熨斗模様を縁取りして、松竹梅や桐竹、鳳凰、鶴に牡丹、青海波や蜀江文などが配されて
熨斗紙の1枚1枚のデザインが全部違っていて細かい…!
技法も友禅染だけじゃなくて刺繍とか摺箔とか…これどっからどうやって作ったの…??
「小袖 白縮緬地伏見稲荷文字模様」も、これどうやって作っているのか本当にわからない、
京都の伏見稲荷の境内と門前町を着物全体に表現しているんですが、
神社も稲荷山も行き交う人々も、千本鳥居も狛狐に至るまで細かくて…どんだけ手間暇かかってるのか…。
袖にある「稲なり山」という文字だけが刺繍ですが、あとは染織だそうです。染めってここまでできるんだな…。
「小袖 茶縮緬地吉原細見模様」も、腰から裾にかけて吉原の風景が表現されているのが
すごいというより凄まじさを感じる…職人さんどんだけがんばったのだ…。
「小袖 紺平絹地菊障子模」は、袖の柄が途中で不自然に切れているので
振袖を留袖に仕立て直したものではないかと考えられているそうです。
振袖→留袖の文化がこの頃にはあったということですな。

光琳模様の出現。
重要文化財「小袖 白綾地秋草模様」(通称:冬木小袖。尾形光琳デザイン)は
尾形光琳が江戸にいた頃、深川の材木商・冬木屋の妻のために小袖に秋草模様を描いたと
着物の附属文書に書かれているそうです。
冬木さんちの小袖なので「冬木小袖」と呼ばれるのかな。
光琳の江戸滞在時代ってことは40代以降に描かれたデザインですかね?
桔梗や菊などの秋の花を青や黒といった寒色で、白地に直接描いています。雅なデザインだった。
「被衣 染分麻地桐大紋八橋蕨模様」は光琳がよく描いていた伊勢物語の八つ橋の柄だし
「小袖 藍縮緬地燕子花八橋模様」も光琳の燕子花図を参考に制作されたに違いない。
あと、同時代の絵画にも光琳の影響がありますよね。
光琳からしばらく後の作品「婦女納涼図」(西川祐信)に描かれた女性の着物の柄は光琳梅だし
「絵本美奈能川」には光琳模様の被衣をかぶる女性が描かれたシーンがありました。
絵画の世界が光琳で埋め尽くされていた頃、着物もその影響からは逃れられなかったんだな。

町の人々のよそおい。
「小袖 紺紋縮緬地曳舟模様」は淀川をのぼる三十五石舟の景色が染められているし
「振袖 縹羽二重地茶摘風景模様」は茶摘みの風景が…。
ちゃんと船を引く人やお茶を摘む人たちの表情まで表現されてるよ…技法がどんどん細かくなっていってる…。
「小袖 黒紅綸子地色紙短冊草花模様」は真っ黒な布地に白い短冊と草花が引き立つように染められている。
「振袖 鼠壁縮緬地波に千鳥裾模様」は袖と裾に北斎のような荒波と光琳千鳥が表現されていてかっこいい。
あと、ほとんどの着物が背面を向けて展示されているのですが
この着物は裏地(赤)にも荒波が染められて表面と繋がるデザインになっているので
前面を向けて展示されていました。
この頃になると帯もだんだん太くなってきて、孔雀の羽の模様とか天鵞絨に格子模様とか花唐草とか
現代でも見たことのあるようなデザインが出てくるようになるんですね。
北尾重政「摘み草図」は女性たちが様々な柄の着物に帯を締めて初春の摘み草を楽しんでいるし、
磯田湖龍斎「美人愛猫図」は源氏物語の女三の宮と猫のエピソードを
江戸時代の女性に置き換えて描いた作品で、女性がつけているのは博多帯ですね。

豪商や太夫、大奥のよそおい。
町人の贅沢は禁止されていましたが、豪商や遊郭の太夫、大奥は別でした。
「三揃振袖 橘冊子模様」3領は豪商の娘の婚礼用衣装で、
赤・黒・白の布地全体に吉祥模様と冊子がちりばめられまくった豪華なもの。
「振袖 萌黄縮緬地扇面模様」も豪商のお嬢様の衣装かな、
扇面に鳳凰と牡丹があしらわれておめでたい模様。
「振袖 染分綸子地御簾唐子遊模様」も豪商のお嬢様の晴れ着で
唐子たちの遊ぶ様子が背から裾にかけて表現されています。唐子絵はいくつも見るけど着物は初めてだな…。
「太夫打掛・丸帯」は京都・輪違屋の太夫が実際に着用したもので、
輪違屋の傘の間が再現されたスペースに展示されていました。
鳳凰と鷹がでかでかと描かれ、帯には龍がいるというド迫力。これ着た太夫かっこよかったろうなあ…。
「振袖 紫縮緬地鷹狩模様」は鷹狩りの様子が表現された着物ですが
さすが武家女性というか大奥の人の着物で、紫地に鷹と犬、松竹梅と金色がちりばめられ、
流れる滝にはプルシアンブルーが使われているそうな。
「帷子 白麻地鷹狩風景「勧修寺縁起」模様」は勧修寺開創の物語を着物に仕立てていて
平安時代の貴族・藤原高藤が鷹狩の途中で雨に降られて宮道列子の家に泊まった際のエピソードを
人物を省略する形で景色のみで表現しています。
絵巻物が表現されるあたり、大奥の人の教養が感じられますな。
「腰巻 黒紅練緯地梅椿花菱亀甲模様」は武家女性の夏のよそおいを亀甲や椿などを使って仕上げているし
「打掛 紅綸子地流水菊葵梅模様」からは武家女性の婚礼衣装の決まりごとがわかるそうです。
菊や葵の花、流水、幾何学模様がよく使われること。季節を感じさせること。などなど。
「打掛 白綸子地藤菊牡丹七宝模様」「袱紗 浅葱縮緬地雀鳴子稲模様」や
「小袖 萌黄紋縮緬地雪持竹雀模様」などは天璋院が所蔵していたもので、
雪持竹雀模様の雪が降り積もった笹の表現がとても力強くてかっこいいです。
逆に和宮の持ち物だったという「桜蝶唐草蒔絵貝桶」は御所風の優美なデザインでした。

天下人と若衆。
織田信長所用「陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様」は腰から上の部分が真っ黒な山鳥の毛でびっしり覆われて
中央に揚羽蝶の模様が白い羽で作られていて
裾は南蛮風の模様を使ったひだが施されていて、ノブ様のご趣味が推し量れるような。
豊臣秀吉所用「陣羽織 淡茶地獅子模様」は7頭の獅子が唐織で表現され、
衿はヨーロッパ産の猩々緋の羅紗が使われていて、やっぱり秀吉の趣味もわかるような。
石見金山見立役の吉岡隼人が徳川家康から贈られたという「胴服 染分平絹地雪輪銀杏模様」は
水色・紫・白の斜めストライプの地に雪輪と銀杏の葉が散らされたモダンなデザイン。
(こうして見ると何だか家康だけ趣味が違うように見えますが、そんなことはないと思う)
「振袖 白縮緬地衝立梅樹鷹模様」は衝立に鷹(カラフル)が乗っているデザインを全体にちりばめていて
よく見ると衝立に描かれた梅の枝が心なしか繋がっているようにも見える。
友禅染の華やかな振袖で着ていたのは若衆とされています。
「小袖 白縮緬地石畳賀茂競馬模様」は賀茂神社の競べ馬の様子を着物いっぱいに描いています。
奥村政信「小倉山荘図」には派手な着物を着た若衆たちが描かれていました。

下着。
「下着 白木綿地立木模様更紗」はヨーロッパ輸出向けのベッドカバーを転用した下着で
インドで生産されたそうで、なんだかペルシャ絨毯みたいな模様だなと思ったし、
「下着 鼠色木綿地江戸名所模様」は江戸城や寛永寺、日本橋、浅草寺、猿若町などの江戸名所が
刺繍で表現されていて、これ本当に下着なのかよ…って突っ込みそうになりました。
表ではなく下着に凝ったものを着るという「通人」の美学なのだろうな。

お江戸で流行した歌川国芳デザインの着物たち。
火消半纏がズラーーーーーッと並んでいてすごかった…!
雷神、龍虎、水滸伝、八犬伝、大鷲、素戔嗚、鬼若丸、源頼政の鵺退治などが背中にどどん!とデザインされて
これを着て鳶職のあんちゃんたちは火事場を駆けまわっていたのかと思うと、そりゃやる気も出ちゃうよなと。
特にすごいと思った半纏が「鼠色木綿地船弁慶図」ですかね…。
背中に平知盛(矢が突き刺さりまくってる)の亡霊、表の胸部分に髑髏の模様。
両方とも白黒で表現されているから亡霊感ハンパない。よく作ったなあと思います。誰が着たんだろう。
「国芳もやう正札附現金男」は国芳が10人の任侠を描いた10枚の錦絵ですが
このシリーズの男性たちが何を身に付けているかがだいたいわかっているそうです。
野晒悟助の伊達ゆかた、幡随長兵衛の博多帯、唐犬権兵衛の紅板じめ、濡髪蝶五郎の蝶模様の三つ重ね、
梅の由兵衛の格子縞と市松模様、白井権八の反古模様、寺西閑心の半四郎かのこ、
照腕喜三郎の豆しぼり、五尺染五郎の紅板じめと昼夜帯、團七九郎兵衛の黒繻子の帯と弁慶格子。
どれも地味な色合いの絵ですが、四十八茶と百鼠というのがお江戸のカラーだったし
江戸っ子のおしゃれは幕府の統制からくるアイディアであふれていたんですよね。

近代の着物。
文明開化の時代になると和風・唐風に混じって洋風なデザインの着物が登場します。
「振袖 淡紅綸子地宮殿模様」にはシャンデリアが描かれているし
「振袖 縮緬地和蘭陀風景模様」には当時の人が想像したオランダの風景が描かれているし
「丸帯 緞子地更紗模様」にはインド更紗の模様が使われている。
あとこの時代から作られるようになったのが銘仙で(国の製作所までできた)、
「着物 黒縮緬地モダン花散模様」は黒地にマーガレットやチューリップ、ひまわり、
ブレスレットやバッグなどのアクセサリーまでちりばめられているし
「着物 紫縮緬地烏柳模様」は鳥のいる水面にスパッタリングが散らされたような表現だし
「着物 黒絽地杉木立鳩模様」はファンタジックな色合いだし
帯「藍鼠縮緬地白孔雀模様」は明らかにアール・ヌーボーの影響を受けている。
「着物 白地街灯模様銘仙」はデフォルメされたガス灯が格子模様の中にひとつひとつ配置されて並んでいて
着物が白地なのに色がたくさんあるせいで一見、白地とわからなくなるようで。
名古屋帯「黒繻子地みみずく模様」がすごかった…。
木の枝にみみずくがとまっている柄の帯なのですが、繻子が黒いのと枝が赤い糸で刺繍されているのとで
まるで闇夜にスポットライトで照らされたみみずくを見ているような…こんな帯ほしい…!

現代のデザイナーによる着物。
久保田一竹「連作 光響」は移り変わる季節と宇宙を着物で表現しようという氏のライフワークで
最終的には80連作にすることを目標としているそうです。
今回出品されていたのは15作ですが、ずらりと並んだ着物の柄と色は共通性を持ちながら微妙に変化していて
モネのルーアン大聖堂などの連作を思い出しました。
(久保田氏はこのプロジェクトの完成までは約100年かかると言っているそうな)
鈴田滋人「木版摺更紗着物「花翔文」」ものっそい細かくて驚いた…。
小さいひとつの柄を繰り返して繰り返して、裾にいくにしたがい大胆になっていくデザイン。
更紗の模様はどんなものも美しくて好きですが、ここまで細かい柄はあまり見たことないです。
森口邦彦「友禅訪問着 「緑陰」」は鬼滅の刃の炭治郎くんの着物を思い出すような柄だし
「千花」は肩から裾にかけての連続模様が白から黒に反転していくのがエッシャーを思い出した。
「友禅訪問着 白地位相割付文「実り」」は白地に赤とグレーの幾何学模様が連なっていて
どこかで見たことある柄だな…と思ったら三越伊勢丹のお買い物でもらう紙バッグではないか!!
森口氏が2013年に制作した着物を元にバッグのデザインがされたそうです。
Webサイトにこの着物とバッグについてのページがありました。→こちら
というかあの模様がリンゴであると初めて知ったよ…リンゴなんだ…。

クライマックスはTAROきものYOSHIKIMONOですよ…!
岡本太郎デザインの着物と帯は真っ赤な布地に黒、黄色、青、緑などの原色が
まるで太郎が直接、筆を走らせたような力強いデザインで配色されています。
(岡本太郎美術館の年表によると63歳の頃のデザインらしい)
過去へも未来へも飛んでいけそうな…すさまじい色で見とれてしまった。
YOSHIKIMONOはX JAPANのYOSHIKI氏がデザインしたもので、着用したマネキンが7体。
全身にマーベル社のコミックのコマが描かれたもの、変わり市松というか歪んだ市松の白黒、
進撃の巨人のミカサが大きくプリントされたものなど。
肩を出したりブーツやハイヒールを着用しているのもおもしろいですな。
…おもしろいけどこれらを着るのはちょっと勇気が要ります…着たら楽しいだろうけど、たぶん負ける。着物に。

時代が下るにつれ刺繍も染織も技術が発展し、一方で失われた技術もあり、
一旦細部まで極まったデザインはその後大胆になったりより細かくなったりするんだな…。
着物の未来はどうなっていくのかなあ、などと考えたりしました。
きっと今のわたしたちが思いつかないようなものがデザインに取り入れられていくに違いない。楽しみです。

(あと、アメリカのメトロポリタン美術館やボストン美術館から来日する予定だった作品が
感染症の影響のために叶わなくなったというお知らせもありました。
作品が展示されるはずだっただろうスペースには作品をプリントしたパネルが置いてありました。
準備していた関係者のかたがたの無念を思うとやりきれないです)


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ラウンジに冬木小袖×初音ミクさんのコラボが。
さっき展示室で見た冬木小袖を東博と文化財活用センターが修理するプロジェクトが始まっています。
プロジェクトの支援をするためのコラボグッズが発売され、売り上げの一部が小袖の修理にあてられます。

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ポストカードを購入して支援。
他にも支援グッズは色々ありますので興味のあるかたはどうぞ。→こちら
あととうとう、ねんどろも出るらしくてですね…やばいお着物ミクさんかわいい…ほしい…!→こちら

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考古展示室の通路には冬木小袖の複製が展示されていました。
(隣に並んでいるのは音声ガイドの鈴木拡樹氏がポスターで着ていた白縮緬地衝立梅樹鷹模様の複製)

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おお…ミクさんが着てるのと同じものだ…。
e国宝で全体画像が見られます→こちら

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会場で配布されていた『恋せよキモノ乙女 東京篇』の冊子。
『恋せよキモノ乙女』は主人公の野々村ももが着物を着て神社や図書館やカフェにおでかけするマンガで
わたしも毎月Webで楽しく読んでいます☆
マンガは関西が舞台なのでももちゃんが東京に来ることはあまりないのですが(今度お仕事で来るけど)
この冊子はももちゃんが恋人の椎名さんと一緒に東博のきもの展に来場する様子を
作者の山崎零氏が描き下ろされたものです。
しばらくはWebで無料公開されているのでよかったらどうぞ。→こちら


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きもの展見た後だから着物の展示もいつも以上に楽しめました。
これは8室にあった帷子(武家女性の夏の正装)や腰巻の展示。

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能と歌舞伎の部屋にあった衣装が!坂東美津江氏が着用した着物だった!!
真ん中の的矢模様の着物、だいぶ前だけど見たことあります。わ~~~お久しぶり!
歌舞伎に女優がいた時代』をまた読み返さなくては。

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10室でも帷子の展示が。
東博の着物コレクションのひとつに、大黒屋・野口彦兵衛さんから寄贈・購入した
呉服商「大彦」からの旧大彦コレクションというのがありまして、その一部が展示されていました。
きもの展にもいくつかあったね。

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「浅葱麻地清水風景模様」部分。
清水寺の境内が刺繍と友禅染で表現されたもの。
名所を着物に描くことが江戸時代の武家女性の間で流行したそうです。

本館の展示は他にもたくさんありまして、色々と見てきたのですが
長くなりますので次回記事に書きます。


あ。ミクさんといえば。
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池袋駅で乗り換えるとき、自販機にこんなミクさんを見かけました。かわいい。
色んなところでお仕事おつかれさまです~。
2020_06
20
(Sat)23:55

おれたち奇才組。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は27日に更新予定です。


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江戸博の「奇才―江戸絵画の冒険者たち」展に行ってきました。
江戸時代に全国で活躍した絵師たちの作品を紹介する展覧会です。
絵師35人、いわゆる奥絵師ではなく町や各地域で活躍していた絵師たちの作品がズラリと並んでいて
知ってる人もいれば知らない人もいて、ああ、まだまだ世界は広いなあ…!とワクワクしました。
知らないことがあるって楽しい。

各地のミュージアムが再開にあたり日時指定の予約制をとっているので
奇才展もそうしてくれないかなあと待っていたし要望も送ったんですけど結局そうはならず、
しかし会期は延びず明日で終わってしまう…。
どうしようどうしようと迷いに迷いましたが「とにかく行ってみて並んだり混んでたりしたら止めよう」と
思い切って行ってみました。
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過去の経験上、朝一は並ぶだろうけどお昼ちょっと前ならその人たちが出てくるかなと思って
午前中に移動して博物館に到着。
扉が入口専用と出口専用に分かれていました。
出入口が自動ドアなのほんと有難いというか…自動ドアを発明した人は偉大だ…取っ手を触らなくて済む。

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いつもなら人がたくさん並んでいるパーテーションが静まり返っていて悲しくなってしまう…。
こんな江戸博、初めてです。。
それでもマスクつけて来てる人はちらほらいて(わたしもですが)、
感染予防対策で鑑賞者も初めてのことばかりですし、博物館も対応が大変だと思いますが
みんな楽しみにしていたんだろうな…と。

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博物館の入口でスタッフの方に検温をしてもらい、手に消毒液をつけて館内へ。
展示室の入口には人がほとんどいなくて、余裕を持って見られるかな…と入ってみたら
奥のほうは結構ざわざわしていました。
江戸博は特別展示室がおおまかに4部屋くらいに分かれているんですけど
どの展示室にも20~30人くらいはいたと思う。
距離を取るために、展示ケースの前に人がいなくなってから鑑賞するようにしました。
会話してる人もほとんどいませんでしたね…いつもなら話し声が色々聞こえてきますけども。


さて、肝心の展覧会ですが。
さっきも書きましたけど、今回展示されているのは地域の絵師たちの作品なので
基礎は習いつつもその後はあまり型に縛られることなく、割と自由に描いている人たちが多かったりします。
きっちり丁寧に描く人も大胆にぶっとんでる人もいるし、両立させている人もいて
「この人はこういう表現」などと一括りには語れない感じでした。

まずは京都の絵師たち。
トップバッターは俵屋宗達です。水墨で描かれた「墨梅図」。
白い花をつけた梅の木が2本、真ん中にまっすぐ1本、花のない枝がすっと天を突くように伸びていてかっこいい。
尾形光琳「流水図広蓋」は蓋をはずした状態で展示されていて、箱の中の流水が美しかったです。
見た目を考えてのことなのか、法橋光琳の署名が金泥で書いてあったのですが
文字が横向きに見える形で展示されていたのが気になりました。
同じく光琳の「菊図香包」はお香の包み紙で、紅白の光琳菊が散りばめられています。
折り目がつけられているので使用済みではないかとのこと。
狩野山雪「龍虎図屛風」左隻の虎!かっこいい!!
天を仰ぐ虎の視線は右隻の龍(展示なし)に向けられているのかなあ。
「寒山拾得図」はあちこちの展覧会で何度も見ています!久し振り。
この絵を見るといつもトウィードルダムとトウィードルディーを思い出すんだよなあ…仲も良さそうな雰囲気。
伊藤若冲「隠元豆・玉蜀黍図」は豆よりも葉っぱと茎がアップで描かれていて、虫もいます。
きっとこの後、これらの葉っぱは虫たちに食べられてしまうに違いない。
「鶏図押絵貼屛風」、若冲がいくつか制作している水墨の鶏の屏風ですね。
鶏たちが踊るようにたたずんでいて、鳴き声が聞こえてくるような。
円山応挙「淀川両岸図巻」は去年、文化財よ永遠に展でぴかぴかに修理されたのを見たばかりだ~!
相変わらずなんて細かいのか…こうして展示されるようになったんですね。
あと今回、図巻の画稿(下書き)も展示されていました!
本稿からは省かれている地名が短冊の中に描かれていまして、
「伏見」「淀川」などの一般地名から「摂津/山城」の国境、「石清水八幡宮」など名所旧跡まで書きこんであって
応挙せんせいの作品づくりの計画が垣間見えます。
曾我蕭白「楼閣山水図屛風」左隻。まじめな蕭白ですね(笑)。
揚子江の金山寺をイメージしているそうで、画面いっぱいに中国の山河と楼閣が描かれています。
水墨画ですが楼閣の屋根や木に咲く花などには赤が使われていて綺麗。
長沢蘆雪「寒山拾得図」。山雪の同図とはまったく異なる表現でギリギリまでぼかされたタッチがおもしろい!
こっちの2人も仲が良さそうです。会話が聞こえてきそうな絵だと思う。
池大雅の「富士十二景図」は12幅対のうち4月と7月の2幅が来ていて、
妻の玉瀾のために30~40歳の頃に描いたものだそうです。お手本にしたのかしら。
(玉瀾も絵師ですけど、そういえば今回は女性の絵師の作品がひとつも展示されてなかったな…)
与謝蕪村「天橋立図」は蕪村が数年暮らした天橋立を離れる際に真照寺にて描いた水墨画で
現地の松が大雑把なタッチで表現されています。
当時尊敬していた彭城百川との画風を比較した長文の画賛が画面の半分以上を埋めており、
このとき詠んだという「せきれいの尾やはし立をあと荷物」の句も末尾に入れてありました。
「奥の細道図巻」の挿絵、ゆるゆるしたタッチでかわいかったあ…(*´ `*)。
祇園井特は初めて知りましたが生没年未詳の謎だらけ絵師、
医師の柚木太淳が死罪人を解剖したとき写生に巧みな絵師3人のうちの1人として彼の名があるそうです。
「鈴屋大人像」は本居宣長の最晩年を描いた肖像画で
黒い羽織を着た正装姿の宣長を、彼の死の1年前から描き始めて亡くなった後に完成したもの。
「本居宣長七十二歳像」は茶色の着物で手炉を使う宣長を描いた日常絵。
「虎御前と曾我十郎図屛風」は曽我物に取材した作品で
ゆったりと過ごす十郎と遊女(笹色紅つけてた)を独特のどぎつさをもって描いています。
狩野永岳の「熊鷹図屛風」は2匹の黒い熊をどどーん!と大きく描いていて
熊を絵に描いた絵師はあまりいないらしくて、当時の熊の表現として貴重なものではないだろうか。
「梅花図扇面」は骨を外して広げた状態で展示されていて、紅白の梅がきれいでした。

大坂の絵師たち。
中村芳中「公卿観楓図」は後ろ姿の公卿と紅葉を描いているのですが
背中が三角形になっていて、冠の纓だけがヒラヒラしていてかわいい。
「登城図」はお城に出勤する人々や馬を、行列の後ろからとらえていて
人々の背中や馬のお尻などが描かれていてかわいい。
「人物花鳥図巻」はたらしこみで色付けされた鹿や犬、亀などがいてかわいい。
耳鳥斎「別世界巻」は地獄に堕ちた人々の責め苦を描いたものですが
煙草好きが煙草になって鬼に吸われたり、大根役者が大根と一緒に釜茹でにされたりなど
生前の仕事や趣味が反映された地獄になっていておもしろいです。
「福禄寿」は福禄寿本人は描かれていなくて、鹿とコウモリと霊芝(きのこ)が描いてあって
そこから福禄寿を連想する判じ絵になっていました。
「十二ヶ月図」は一年の行事を描いていますが、お正月に裃を着ている鬼(1月)や
曇り空を見る織姫と彦星(7月)、月で餅つきをしている兎たち(9月)など昔話的でおもしろい。
墨江武禅「月下山水図」は月の光に照らされる村や山の様子を、輪郭を白くぼかして月光を表現しています。
「雪中図」「花鳥図」は西洋絵画を参考にしたようなリアリティがありました。

江戸の絵師たち。
葛飾北斎「女浪」と「鳳凰図」!
鳳凰図は長野旅行のときに北斎館で見ましたが女浪は出張中で見られなかったので会えてよかった!
正方形の画面の中で暴れまわっている波のかっこいいこと。
「弘法大師修法図」も凄まじい迫力だし、「桜に鷲図」の凛とした鷲のたたずまいも見とれてしまうなあ…。
加藤信清「出山釈迦図」は釈迦を描いているんですが、なんだかキリストのようにも見えたなあ…。
谷文晁「李白観瀑図」なんだあのかっこよさ!!
李白の「望廬山観瀑」を典拠に描かれた水墨画なのですが
巨大な巌から流れ落ちるド迫力の滝を李白と童子がぽつんと眺めていて
真っ黒に塗られた岩のタッチがすごいし滝の轟音までも伝わってくるような…いやあかっこいい絵でした。
鈴木其一「紅葉狩図凧」「達磨図凧」は過去の展覧会で見たよ!お久し振りです。
真っ赤な紅葉のど真ん中でくわっと口を開けた般若の表情がすごいんだ…。
狩野一信の五百羅漢図第二十三幅・二十四幅「六道 地獄」はとてもカラフルで
羅漢たちが天から地獄へ縄を下ろして人々を助けようとしていたり
宝珠を投げつけて牛頭馬頭にクリーンヒットさせていたり
寒地獄の氷に鏡で光を当てて溶かしてしまっていたりと、ストーリーが見えておもしろかったです。
歌川国芳「東海道中膝栗毛三島宿図」は小説の一部を絵にしていて
弥次さんの頭にスッポンが乗って大騒ぎになった様子を描いています。マンガみたいだ(笑)。
「浴衣を抱える美人」「遊女図」もよかったな~着物に大津絵の鬼がいる遊女…。
国芳の描く女性は強くてかっこいいんです。
「水を呑む大蛇」がたいへんすばらしくて見とれた…!
岩陰からにゅっと顔を出して水場の水を飲む白蛇をこんなに生き生きと…。
目がキラキラしていて、蛇の吐息や鱗のぬめり感まで伝わってくるようでしたよ。
わたし蛇は苦手なんですがこの白蛇には会ってみたい、目で会話とかできそう。

諸国の絵師たち。
蠣崎波響が原画を描き、松平定信が模写して詞書を書いた「夷酋列像図」。
波響は松前藩の家老で、13代目松前藩主は彼の異母兄にあたるそう。
波響が26歳のとき、圧政に苦しむアイヌの人々が和人を殺害する事件が起きて(クナシリ・メナシの戦)、
首謀者は藩によって処刑されるのですが、このとき松前に協力したアイヌの指導者12人の肖像を
松前藩主だった道広の命令を受けて描いたものだそうです。
マウタラケとチョウサマのページが開かれていまして、敷物の上にちょこんと座ったマウタラケと
楽器のようなものを持っているチョウサマの肖像はめちゃくちゃ細かくてびっくりしてしまった…!
この図は京都で評判となり(光格天皇も見たらしい)、諸国の大名が模写したそうです。
「御味方蝦夷之図」はその原画。イコトイ・ションコのページが開かれていました。
黒地の龍の着物に真っ赤な上着を羽織り、槍をたずさえています。かっこいいな。
菅井梅関「雪中紅梅図」は白い部分を残して描く外隈の技法が使われていて
紅梅や枝に積もった雪を城で表現していますが
画面にひらひらと舞い散る雪も外隈で残したんだろうか…気が遠くなりそう。。
林十江「花魁・遣手婆図」も「松下吹笛図」も墨で一気にざざっと描いた感じがあって
下書きのようにも見えるし、妙な生々しさがあります。
松下吹笛図の、後ろ姿で笛を吹く男の周囲には強い風が吹いています。こういう雰囲気好きだな。
河鍋暁斎「惺々狂斎画帖」は過去の展覧会で見ましたが
あのときは巨大猫ちゃんのページでしたが今回は別ページでした。
「狂斎興画帳」は厳しい表情で瞑想する達磨の隣のページに
障子の破れた部分から達磨の目が覗いているという、ちょっとぎょっとする絵があって笑いました。
佐竹蓬平「伯牙弾琴図」は春秋時代の2人の人物たちの絵で
琴が上手だった伯牙の理解者だった鍾子期という友人が亡くなった後、
伯牙は絃を切ってしまい二度と琴を弾かなかったという、伯牙絶絃の故事を描いています。
絵のタッチは丸くてほのぼのしますが、今後の2人を思うと泣けてくる絵だ。
高井鴻山「妖怪図」「妖怪書画会図」「妖怪山水図」長野旅行以来の再会だ~!
「煙吐く妖怪図」「もくれんと小鳥図」「菊図」は初めて見ました、
特に花の絵が美しくて…木蓮の紫がすばらしかったです。
原色に近い色が塗られているのは北斎の影響もありそうですな。
白隠「蓮池観音像」には観音は衆生を慈しみの目で見て福徳は海より深い、という賛がつけられていて
観音様は何となく色っぽいポーズで描かれています。
「布袋図」は禅問答が書かれた巻物の両側を持った布袋が紙を広げておりますが
紙の裏側から透けて見える文字の表現は本当に紙の裏側から書いたのだそうな。
田中訥言「日月図屛風」、左隻に金地の屏風に膨らんだ月と青い川、
右隻の下部分に白い波を描いただけのシンプルな画面づくりがすごいです。贅沢な屏風だ。
岩佐又兵衛「三十六歌仙図」は三条院女蔵人左近と、不詳の男性のページ。
又兵衛の描く人物は下あごが膨れているからすぐわかりますね…線が細くて美しい。
絵金は赤がすごかったなあ…。
「伊達競阿国戯場 累」「花衣いろは縁起 鷲の段」「東山桜荘子 佐倉宗吾子別れ」「播州皿屋敷 鉄山下屋敷」
どれにも人の血や女性の着物に強めの赤色が使われていて、タッチがくっきりしているので強烈でした。
仙厓「臨済図」は臨済の弟子・定上座が師匠に仏法について尋ねて
臨済にひっぱたかれて定上座が問いの答えに気づいた様子を描いていますが
仙厓の絵だとただケンカしてるみたいにしか見えない^^;
「朧月夜図」は縄を蛇と見間違えて怖がる子どもを描いていて
切れ縄に口はなけれど朧月、という句が書きこまれています。
片山楊谷「竹虎図屛風」左隻、竹林の中にいる虎の絵ですが
虎の輪郭をほとんど描かずに体毛だけで体格を表現していてすごい…!
「花王獣王図」の虎も毛がもさもさしていて…いやそんな優しい毛ではなくて
緊張してピンと立った、ハリネズミのような毛が虎の体にびっしりついているような感じでした。
「蜃気楼図」は波に揺れる蜃が気を吐いて楼閣が出現している絵で
気とともに2人の人間も吐かれていてヒュ~ッと上昇していく様子がおもしろかったです。

また、参考展示として加藤信清「阿弥陀三尊図」と
神田等謙「西湖・金山寺屏風図」がパネルで展示されていました。
展示される予定でしたが作品の輸送ができず、パネルでの紹介となったそうです。
阿弥陀三尊図は法華経の文字により作り上げられた仏画ですが
文字があまりにも小さすぎて肉眼ではわからなかったです。。拡大鏡持って行けばよかったなあ。


人と距離を取りつつもあまり絵の前に立ち止まらないようにして(近づいてくる人もいるので)、
普段は2~3時間かける鑑賞時間を1時間という弾丸で駆け抜けまして、
江戸博はカフェもミュージアムショップも楽しみのひとつなんですが、今回はどちらもスルーして
(カフェは人がそれなりに入っていたしグッズや図録は通販でも買えるので)、
展示を見終えたら即座に博物館を出て電車に乗って帰りました。
2月に歌舞伎座ギャラリーを訪れて以来、4ヶ月ぶりのミュージアム訪問…やっぱりあの空間は好きです…。
山手線と総武線も久々に乗りましたけど、どちらも窓が開いていてエアコンも効いていました。
先頭車両は間を空けて座れたので助かりました。
都内の鉄道は本数が多いですから、人が分散して乗ることができていると思います。

帰りに山手線に揺られていたら日暮里辺りで窓の外にE5系が並走して追い抜いていくのが見えました。
とっさのことで写真は撮れなくて、見送った後に涙が出てしまった。
2020_05
16
(Sat)23:56

ここではないどこか。

※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は23日に更新予定です。


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ぶらぶら美術・博物館の公式アカウントが「#おうちでBura_Bi_Now」のハッシュタグを使って
家の中でアートを楽しむ方法をシェアしているのでわたしもやってみました。
うちにいるアートなぬいぐるみ&お人形さんたち。
展覧会の特設ショップで買ったりガチャ回したり朝早く美術館に並んでゲットしたものです。
真ん中のリラックマは世田美のボス美展で買ったラ・ジャポネーズのコスプレをしたぬいぐるみで
左下にごちゃごちゃしているのはPUTITTO series 鳥獣戯画(コップのフチに引っ掛けるフィギュア)で
あとはガチャの蘭奢待とか太陽の塔とか。ハンプティ・ダンプティはアリス展か何かでゲットしたんだったかな…。
左上の遮光器土偶ストラップは東博140周年記念フィギュアで初もうでのときにもらいに行きました。
懐かしいなあ。

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展示図録もちょこちょこ買いますので今では本棚に入りきらなくて床に積んでいる始末。。
こちらは日本美術の図録の一部です。(一番左に去年のカラヴァッジョ展があるけどね)

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歴史や文学系の展覧会とか印象派とか近現代美術とか、ごちゃまぜゾーン。
図録って、展覧会場を出たばかりのときはテンション高いから勢いで買って帰ってガーッと読んで
それきりだったりすることが多いので(毎日何だかんだあるし他の展覧会にも行くしね)、
こういう機会でもないと読み返さないことに気づいてちょこちょこめくってみたりしています。
特別展の内容って半分くらい忘れてますけど半分くらいは覚えてるもんですね、
「ああ、これ見た見た!」って思い出します。
図版のページもですが冒頭に載ってる専門家や学芸員さんの解説文などもこの機会にちゃんと読んでみると
思い出すことも新しい発見などもあって楽しい。

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行きたかったけど中止or延期になってしまっている展覧会のチラシ。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展みたいに東京展は休館でも秋の大阪展はできるかもしれない、
みたいな特別展もありますけど
単館展示で巡回のない展覧会はもうどうしようもない…。
(三菱の子ども展も開催→休館になったのでスケジュールを考えれば2月中に行けたかもしれないけど
もうその頃には屋内へのお出かけは危険な状況になってきていたので諦めたんだよな…)
なので、せめて忘れないようにチラシだけでもとっておきたいと思います。
この他にも中止や延期になった展覧会はたくさんあると思う。
あとチラシもらえてないけど原鉄道模型博物館のシンカリオンスペシャルギャラリー展も中止になってしまったんだよー!
円盤発売を見据えた展示会になるはずだったのに。。行きたかった。

現在、国内や世界各国のミュージアムがオンライン上でビューイングやバーチャルツアーを開催していて
色んなミュージアムの展示をネットで見られるようになっているし、
Googleアートプロジェクトや国内外のデジタル・アーカイブなどで美術品の画像が高画質で見られるし
そのためのポータルサイトやデータベースがここ最近わーっと出現していて
関係者の皆様の努力と行動に頭が下がります。
特に作品を画像で見られるのは本当にうれしい…館によってはかなり大きく鮮明な画像を出してくれていて
自由に拡大して鑑賞できるので細かい部分まで楽しめる。
なるべく本物を見たい人生だけど作品に思いっきり近づいて見るのは画像だからできることでもあるのでな…。
あと任天堂のあつ森に美術館が画像提供をして自分美術館が作れるようになったじゃないすか、
あれすごく気になっています。
ゲームで美術が楽しめるとは…パブリックドメインの可能性は無限大だなあと改めて感じる。

展覧会だけじゃない、どうしても行きたかった舞台もあります。
今年の3月にリニューアルオープンしたパルコ劇場で上演されるはずだった
佐々木蔵之介氏主演の舞台「佐渡島他吉の生涯」も
今月から始まる予定でしたけど全日程が中止になりました。。
チラシは公演のときにもらおうと思っていたから手元にない。。つらい。。
せめてチラシだけでも手に入れたいので中古サイト回るかなあ…。
歌舞伎座や新橋演舞場をはじめ歌舞伎の公演も3月から軒並み中止ですが
歌舞伎座や国立劇場が3月の公演を動画で無料公開してくださったので
Youtubeの松竹チャンネルや国立劇場のチャンネルで拝見できてとてもうれしかった。
幸四郎さんの高坏めちゃくちゃかわいくておもしろくて大笑いしたし
菊之助さんの四の切はめちゃくちゃ優雅でおしゃれなお狐さんでした。
そしてどちらのお舞台でも、いつもならここで大向こうや拍手が起こるな、と思われる場面でも
まったく何も聞こえずシーンと静まり返っているのがもう、何も言えません。。
役者さんたちも「高麗屋!」とか聞こえないと調子狂ってしまうのではないかな…。
画面のこちら側から拍手と大向こうを送りました。

昔から引きこもりは大得意で基本は出無精なんですが
その反面、いつだってここではないどこかへ出かけたくてたまらない自分がいます。
スタバや図書館でデスクワークすること。ふらりとカフェに行くこと。ミュージアムで鑑賞。劇場で観劇。
近場でも無意味に電車や船に乗ること。旅先の名所観光地をぶらぶら歩くこと。新幹線を見ること。
全部できなくなりました。
たぶん自覚してる以上に気持ちがまいってるような気がする…。
和菓子屋さんが開いていてくださるのが本当に救いになっています。お菓子アートに触れられる。有難い。


お寺や神社も大きなお祭を中止にして関係者で例大祭のみ、などになっていますけど
御朱印やグッズの通信販売などで何とかして繋がろうとしてくださっていて、それがとてもうれしいです。
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毎年のように参拝している京都の六道珍皇寺さんが、今年の春の公開を中止にする代わりに
頒布予定だった特別御朱印を通販してくださいました。
薬師佛見開き金紙墨書朱印。ご本尊の薬師如来像に感染症の早期終息を願って。
夏の特別公開ももしかしたら中止になるかもしれなくて、その際も御朱印は郵送対応になるそうです。
ありがとうございます。ありがとうございます。

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同じく京都の宝蔵寺さんの御朱印帳。
前の御朱印帳がいっぱいになったので、若冲の弟・白歳の書き入れVer.を郵送してもらいました。
宝蔵寺さんは数年前から御朱印の通販をやっているので、今回も特に慌てなかったと思いますが
いつもは1週間程度だった申し込み期限が今回は1ヶ月程度まで伸ばしてくださっていました。
お蔭でギリギリお願いできたよ…ありがとうございます。

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調布市の國領神社さんはアマビエ様の御朱印を新しく作られたのですが
これ、神社のサイトから「ダウンロード」できます!→こちら
御朱印をダウンロードできる時代が来るとは…!神社のご厚意に感謝です。
(実は國領さん行ったことない…状況が落ち着いたら行かねば)

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京都観世会館さんが今年の6月に上演するはずだった復活能「篁」をとても楽しみにしていましたが
来年の2月に延期になりました。
会報誌に紹介文が載っていると聞いて電話をしたら送ってくださいました!ありがとうございます。
来年までには落ち着いて観劇に行けますように。
2020_01
18
(Sat)23:58

絵師の手技、絵師の手仕事。

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今年で開館40周年を迎えた太田記念美術館に行ってきました!
画家になる夢を果たせず浮世絵収集に邁進した五代太田清藏のコレクションを遺族が公開するために
1980年1月13日に現在の場所にオープンしたそうです。おめでとうございます☆

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そんな40周年記念の展覧会はこちらです。
美術館が所蔵する肉筆浮世絵コレクションの中から絵師41人、作品63件を
選りすぐって展示しています。
掛軸や絵巻や扇絵など様々なかたちの作品があり、
絵師も江戸初期の岩佐又兵衛、菱川師宣から近代の月岡芳年、小林清親まで
まさに東西の競演のような展示になっていました。
何より全部肉筆っていうのがいいよね!
錦絵のような版画とは違い、絵師の筆のタッチをそのまま見られるので隅々までガン見してきましたよ。
どれも人物の髪の生え際や着物の柄、背景までとても細かくすばらしかったです。
太田記念美術館は普段からそんなに混まないし、しかも展示ケースの奥行きが浅いので
絵を間近でゆっくり鑑賞できます。有難い☆

展示室に入ってすぐの畳のエリアにあったのは葛飾北斎・応為親子の掛軸。
「雨中の虎」は九十老人卍の落款があるので、北斎最晩年の作品とわかります。
最近まで虎だけの絵だと思われていたのが、数年前にフランスのギメ美術館にいる北斎の龍の掛軸と
一対になっている作品と判明したそうです。龍虎図だったんだ☆
北斎の作品は他にも、「風俗三美人図」や「源氏物語図」などがありました。
三美人は北斎40歳頃の作品で3対の掛軸、
それぞれに花魁道中・中村座の櫓の前の女性・風呂上がりの浴衣の女性を描いています。
画中に大田南畝の師である朱楽菅江の賛があり、彼の没年から制作年が判明しているそうです。
源氏物語図は朧月夜と光源氏が初めて会った夜の場面を描いています。雅な世界も描ける北斎先生。
「羅漢図」は87歳のときの作品で、足を組んで座る羅漢の手足や耳には金色のリングがついておしゃれだし
空には赤い雷が光っているしで、なんだこのモダンな絵は…江戸時代の絵なのか。。
かと思えば、扇子に描いた「猪口とほおずき」はざらざらっとしたタッチで表現されていて
本当にこの人のポテンシャル高っけぇなあと、改めて。
応為の「吉原格子先之図」も久々に見られてうれしかったですね。
シルエットで表現された人物たちと、お見世の中にいる絢爛豪華な遊女たちとの対比と
吉原の夜のしっとりしつつも賑やかな雰囲気が伝わってくるような。
画中の人物たちが持つ3つの提灯にそれぞれ「応」「為」「栄」という隠し落款があるんだよね。
応為の粋な面が感じられて好きです。
そして、展覧会のタイトルにある名前の3人目である歌麿せんせいの「美人読玉章」、
玉章とは手紙のことで、手紙を読みふける遊女の絵なのですが
着物についている紋から越前屋の唐土(もろこし)がモデルではないかといわれているそうです。
袖や裾の規則正しい模様、足元に置かれた小物の細かさに対し、遊女の襟元やお顔のタッチは大ざっぱ…
歌麿せんせいって時々大胆なのか細かいのかわからなくなるな…絶妙なバランスだと思う。

岩佐又兵衛の「小町図」、海辺にたたずむ小野小町が手に筆を持ち足元に硯を置いた立ち姿が
モノクロで描かれているのですが、じ~っと見ているとカラフルに見えてくる不思議。
菱川師宣の「遊女物思いの図」には賛が入っていて、遊女の後ろの屏風にも歌や絵が貼られていて
「美人遊歩図」の女性の着物には伊勢物語9段や69段の絵が入っていたりして
作者の教養が見えてくる作品だなあと。
「不破名護屋敵討絵巻」は、歌舞伎にもなっている不破伴左衛門と名古屋山三の物語を絵巻にしていて
特にキャプションなどで説明はありませんでしたが、おそらく名古屋が不破を父の仇として討つ場面が開いてあったのですが
珍しいなと思ったのが、女性が仇討ちに参加していたことでした。
薙刀で相手の首をバサー!と刎ねていて超おっかなかった…つよい…!
松野親信の「草子洗小町」はたすき掛けでたらいの中の草紙を洗っている小町の絵で
たすき掛けの小町ってあまり見かけない気がします。珍しいんじゃないかな?
懐月堂安度や宮川長春の描く美人たちは相変わらず姿勢がとてもよくて
特に長春の立姿図とか凛とした女性のかっこよさに見とれてしまう。
安度は「大江山絵巻」と題した絵巻物も展示されていて
羅城門における渡辺綱と茨木童子・輿に乗せられて鬼たちにさらわれる貴族女性・
武士たちの集合の場面が開かれていました。
鬼たちがカラフルで色んな体の色をしていました。御伽草子みたいにどれがどの鬼とか、名前は決まってるんだろうか。
奥村政信は「團十郎・高尾・志道軒之円窓図」にて、宝暦年間の人気者を円窓の中に描いてみせたり
「案文の遊女」にて、庭に手水鉢のある建物で手紙の文面を考える遊女を細かく描いていたりする。
西川祐信と鈴木春信の師弟が並んで展示されていたのうれしかったなー!
祐信は「やぐら時計」で遊女と禿を、「雪の送り」で雪道を歩く女性たちを描いていて
春信は「二世瀬川菊之丞図」に菊之丞を描いていました。
菊之丞という名前だけあって、着物にも持ち物にも菊の花が描いてあって
「深き渕はまるひいきにあふ瀬川 音にもきくの上手とはしれ」という内山播軒の賛もありました。
春信さん本当に菊之丞が好きだな…!

北尾重政「美人戯猫図」にて遊女たちがあやしている猫ちゃんがかわいいし、
勝川春章「子猫に美人図」にて女性が抱いている猫ちゃんも超かわいい!ふわっふわ!!
毛並みの柔らかさまで伝わってくるのは肉筆のすごさですな。
どっちの猫ちゃんも首輪として赤い紐を結んでいて、紐をつけて飼われていました。江戸時代の飼い方ですね。
同じく勝川春章「桜下詠歌の図」は、桜の下で歌を詠んでいる若衆(着物に源氏香)を一目見ようと
女性たちが13人も押しかけてきてしまったという絵。
女性たちがきちんと描き分けられているよ…みんなちゃんと表情が出ていました。
鳥居清長の「暫図」は團十郎も衣装も賛もざっくりしているのに対して(市川白猿と書きこまれていた)
歌川国貞の「七代目團十郎の暫」はそりゃあもう、きっちりしっかり描きこまれていて
絵師の違いを感じましたな…そうだな国貞にいさんはきっちり描く人ですよな。
かと思えば、同じく国貞の「桜下の花魁と禿」では2人いる禿のうち、
1人の禿の顔が花魁の巨大な前帯で隠れてしまっているという絵で
なんだこのオフショットというか、うっかり写真みたいな絵は!ってめっちゃ楽しくなりました。
これデジカメだったら撮り直しになる雰囲気ですよ^^;
歌川広重「京嵐山大堰川」「東都隅田堤」の一対は京都と江戸の女性たちを描いていて
京都の女性の着物はとても華やかに描かれているのに対し、江戸の女性たちの着物は落ち着いた色で
こうして東西の違いを出すんだなあと。
「日光山裏見の滝」「霧降の滝」「華厳の滝」の3幅対は明らかに景色がメインで人物が小さいし
「橋下屋根舟の女」は女性よりも橋桁がメインになっていてどっちが絵の主役だよって感じがしました。
本当にこの人はどこまでも風景の絵師なんだなあ。

河鍋暁斎の「達磨耳かき図」は、女性に耳かきをしてもらってデレている達磨の図で
ほんと…ガイコツとか閻魔様とか一休さんとか、この人にかかるとみんなこうなるなって思うけど
女性の着物に平安時代の人々が描かれていたりたばこ盆が細かく描かれていたりして
やっぱり絵の上手い人だなあとも思う。
月岡芳年の「雪中常盤御前図」は吹雪の中を行く常盤と牛若たちの絵ですが
着物がバサバサー!とはためいてほとんど常盤の顔が見えない。。余程すごい吹雪なのかな…。
ラストに展示されていた小林清親「開化之東京両国橋之図」がとにかくすごかった…!
隅田川の夜の風景で、人物と両国橋はシルエットで表現されていて
提灯のあかりとか川の水面に映る建物のあかりの揺らめきなどは赤や黄色で塗られています。
清親は版画でもこういう表現が多いけど、肉筆でも同じようなのを描いていたんですね。
彼よりちょっと年上と思われる葛飾応為も、さっきの吉原図でシルエットの表現をしてますし
広重も名所江戸百景の猿わか町よるの景で人物の足元に月光の影を入れたりしています。
江戸時代の日本美術で夜を描く場合はたいてい、空に月を描くのみで空は明るいままだったりしますが
後期になると人物に影を入れるようになり空を暗く塗るようにもなるんですよね。
西洋の表現と出会いやすくなったということだろうか…様々なものを見て取り入れて新しくなっていくんですね。
文化ってこういうことかもしれない。

この後は電車で両国に移動して、江戸博に行きました。
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開催中の大浮世絵展です☆
会期末ギリギリだったせいかむちゃくちゃ混んでいて、どの絵の前にも5層くらいの列ができていて
「まじかー」ってなりました。
もっと早く来なくちゃいけなかったなあ。

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展示されているのは歌麿・写楽・北斎・国芳・広重の5人の錦絵。
ほとんど見たことある絵ばかりだったし、大混雑していたのでスルーできるところはスルーして
気になる絵を見る感じにとどめました。
歌麿は見事に女性たちの絵しかなくていっそすがすがしかった。。
いつも思うんだけど彼は女性のほつれ髪と着物のうなじの表現に鬼気迫るような強さがあると思います。
写楽の「2代沢村淀五郎の川連法眼と初代坂東善次の鬼佐渡坊」と
「4代松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」は、それぞれ2点ずつ並んでいて所蔵先が異なるのですが
版が違うのか経年による変化かわかりませんが色の違いが気になりました。
これどっちが、当時の人が見ていた色なんだろうなあ、とか…どっちも違うかもしれないけど。
個人的には、幸四郎の絵はシカゴ美術館所蔵の方がきれいに見えました。
北斎はシリーズものが多くて、例によって富士や滝の絵がたくさんありましたが
各地の海の風景を描いた「千絵の海」シリーズは初めて見たのでおもしろかったです。
あとやっぱり、花鳥画がとてもうまいなと…西洋の静物画みたいな。
…などと見ていっていたら、画風がガラッと変わったように見えてびっくりしたら国芳のコーナーに入っていた。。
武士はもちろん、物語の英雄もお坊さんも水滸伝のおにいちゃんたちも彼の手にかかれば筋骨ムキムキ!
でも猫を描くととたんにリアル路線になるのよな…お着物着てくつろぐ夏の猫美人たちかわいい^^
そして広重の名所江戸百景はここでもやはり強い。絵の前から鑑賞者がなかなか動きませんでした。
晩年の作品なので新しいから、あまり色褪せていないのも魅力のひとつかもしれません。
版元がよほど力を入れて作ったんだろうな。

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特別展入口にあった大きな熊手。今年もよろしくお願いします☆


あと、今日は池袋の三省堂書店でこんな展示も見てきたんですよ。
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児童書売り場で展開中の「ぐりとぐら えほんのおともだち」展。
子年だからでしょうか、ぐりとぐらの絵本シリーズとか
他の作家さんたちによる動物たちが出てくる絵本を紹介しているのですが、、、

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もうほんとこの展示物にめちゃくちゃ感動してしまった+゚+。:.゚:。+゚ +゚ (゚∀゚)パアアァ

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ぐりとぐらの絵本に出てきた「おおきなたまごのくるま」です!!

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すげぇ本当にたまごのくるまだ、立体化してるよ!すげぇ。。
もちろん乗ることもできまして、売り場に来ていたお子さんたちが
代わりばんこにキャッキャしながら乗り込んで楽しんでいらっしゃいました。
(この写真はお子さんたちがいなくなるのを待って待って待って待って撮影できたものです。
お子さんたちはやっぱり乗り物がお好きですね)

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絵本の複製原画も展示されていましたよ。
山脇百合子さんのタッチは鉛筆みたいにやさしくて柔らかくて、見ていてホッとします。大好き^^

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この日は運転士の彼を連れて来ていたので、せっかくなので運転席に乗ってもらったんですが
よく考えたら彼と卵の組み合わせってやばくない…?
14話…電気の消えた暗いキッチン…卵焼き…ウッ頭が。。。

…で、なぜ彼を連れてきていたかというとですね。
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はい、夜の東京駅です(笑)今回は18番線にて待機します。

追記にシンカリオンな日々です。↓

絵師の手技、絵師の手仕事。 の続きを読む »

2020_01
10
(Fri)23:58

博物館に初もうでその7。

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今年もミュージアム始めは東博からスタートです☆
お正月恒例の展示「博物館に初もうで 子・鼠・ねずみ」を鑑賞します。

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四神十二支鏡(中国・7世紀)。
古代中国では十二支は時間や方角を示すものとして、子(ねずみ)は北に配置されていました。
十二支が動物の姿で表現されるようになるのは7世紀以降とのことです。

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十二支図帯止(江戸時代~近代)。
十二支をかたどった金具を使った帯留めです。
めちゃくちゃほしい!これお正月ごとにその年の干支をつけて着物を着てみたいですね。

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大黒天立像(江戸時代後期)。
ねずみは大黒天のお使いでもあるので、今年は大黒天のある寺社が賑わいそうですね。

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伊万里の付大根鼠図大皿(江戸時代後期)。
「大根食うねずみ」→「大黒ねずみ」に引っかけた判じ絵になっています。遊び心だなあ。

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鈴木春信「鼠、猫と遊ぶ娘と子供」(江戸時代中期)。
江戸時代、ねずみはペットとしても飼われていたそうです。
特に白いねずみは福を呼ぶということで人気があったらしい。

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鼠草紙(部分)。
御伽草子にある短編を絵巻にしたものです。
写真は、出家して高野山に行ったねずみが「子阿弥」と名乗って
猫の御坊と一緒に仏道修行に励もうとするところ。

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一つ身振袖(鼠色縮緬地萩流水烏帽子鞍模様)(江戸時代後期)。
江戸時代後期には幕府の倹約令のため、人々は華美な服装が禁じられていまして
そこで工夫され生み出されたのが様々な茶色と鼠色でした。
それらは「四十八茶と百鼠」ともいわれるほどバリエーションが豊かだったそうです。
一つ身振袖は赤ちゃんに着せる着物で、これは濃い鼠色ですが
一部にプルシアンブルーも使われていますね。

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狩野永納撰「本朝画史」(1693年)巻三より、雪舟の伝記のページ。
お寺で修行していた幼少期の雪舟が、絵ばかり描いているのを住職にとがめられ柱に縛り付けられたときに
涙で床にネズミの絵を描いた逸話が紹介されています。

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博物局編「博物館獣譜」第2帖(近代)。
過去に制作された様々な動物の図譜を再編集したものです。
昔は、ねずみは長生きすると毛が白くなり福を呼ぶと言われていましたが
この本では、そもそも白いねずみは品種が違うと説いています。
時代が下ると研究も進むんだなあ。


本館には干支の他にも、お正月らしい展示がいくつかありました。
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「富士薄名月柄鏡」「鷹飾簪」「茄子に黄金虫水滴」(すべて江戸時代)が並んでいました。
一富士・二鷹・三茄子☆

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奥村政信「大黒梅の花とり」。
大黒天が俵に乗って、春先の梅の花を切り取ろうとしています。
そういえば関西の方ではすでに梅が咲いた地域もあるみたいですな。

あと、この日は即位礼に用いられた高御座と御帳台の特別公開の期間中でもありましたので
せっかくだから見て帰ろうかなと思ったのですが。
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ご覧の通りの長蛇の列。30分くらい並んで待ったかな…。
お昼は1時間以上待ちとかになってたから帰りに見ようと思ってたんですけど甘かった、
夕方でも結局混んでいました。
高御座だけ見たい人は博物館入口でパスを借りれば無料で鑑賞できるので、そのためでもあるかなあ。
わたしは本館の展示も観たかったから入場料払って入ってましたけど。

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入口で無料の解説冊子をもらい、ガラス越しの写真撮影もOK!太っ腹です。
例によって「立ち止まらないでくださ~い」のアナウンスがかかる中、
ちょっとずつ進みながら鑑賞しました。
間近で見るとかなり大きく、100年前に制作されたものとは思えないほどきらびやかでした。
屋根の鳳凰がかっこよかったです。

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高御座。
奈良の平城京跡の大極殿に展示されているものより大きい気がしたけどどうなんだろ。

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御帳台。高御座より少し小さいです。

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後ろまでぐるっと回れます。
奈良でもここまでは見られないから貴重な経験でした。

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儀式における武官、文官の装束を着たお人形の展示もありました。
手には威儀物を持っています。

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束帯と十二単も。

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儀式のために作られた威儀物の展示。
伊勢神宮の遷宮みたいに、このときのために材料を作ったり
技術を磨いている職人さんとかいるんだろうなあ…。
そしてこうして作る機会があるから技術が受けつがれていくんだろうなあ。
文化の継承と保存についてしみじみ考えるお正月になりました。


そして…今年も書いていきますよ☆
追記に本年一発目のシンカリオンな日々です。↓

博物館に初もうでその7。 の続きを読む »

2019_11
01
(Fri)21:59

文化財のお医者さんその2。

六本木の泉屋博古館分館で「文化財よ、永遠に」展を見てきました。
先日、東博で見た展示と同時開催の展覧会です。
会期ギリギリに駆け込みましたがそんなに混んでなくて見やすかったです。よかった。

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六本木一丁目駅を出ようとしたらポスターがでかでかと貼ってある自動ドアを発見。
これなら出口を間違えないですね。

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階段を登って登って、博古館に着きました。来るの初めてだよ。

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入口にも大きな垂れ幕が。

館内はロビーを挟んで2つの展示室があって、そんなに作品数も多くなかったし
鑑賞者もほどほどだったのでゆったり見られました。
展示されている作品の隣に修理前・修理後の写真や修理の過程をコマ撮りした写真があり、
説明書きも添えられているので読んでいるとあっという間に時間が過ぎていきました。
展示室そんなに広くないのに気づいたら2時間近くいた…修復のウラガワンダーランドはおもしろい。

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修理を担当した業者の名前が入っている展示品一覧表なんて初めて見る。
世の中には文化財のお医者さんがたくさんいるのだ。

東博では主に仏像の修復について展示されていましたが、
博古館では主に掛軸や絵巻、油絵などの絵画を中心に展示していました。
栃木県日光山輪王寺の大威徳明王像、修法で使われたために煙と煤で真っ黒になってしまい
横折れもひどかったそうです。修法は絵の前で火も使うからなあ…。
煤を丁寧に取り除き、裏打ちを取って貼りなおして綺麗になったし
絵の裏には1793年に修理したという銘も墨書きされていたことがわかったらしいです。
個人蔵の金剛界曼荼羅図も修理前は横折れがひどく、絵の具が浮いて、亀裂も入っていたそうです。
解体して裏打ち紙を取り換えて、カラフルな色彩を取り戻しています。
また、1534年・1623年・1755年・1834年にそれぞれ修理をした墨書き銘も裏に貼られていて
(それぞれ織田信長が生まれて徳川家光が将軍になってオスカル様が生まれて近藤勇が生まれた年だ)
100年ごとに修理する原則が守られてきたみたい。
でもその銘の紙が折れの原因になっていたそうなので、剥がして別装にしたのだそうな。
山梨県大聖寺の釈迦三尊十六善神像は、織田信長の部下で武田攻めに参加した中川清秀が
戦闘の際に大聖寺の不動明王に助けられて生き延びたという話が伝わっており、
子の秀成が奉納したものだそうです。
掛軸は大切に保管され、1748年に子孫の久貞が修理を行っていますが
そのときに表面の欠損が目立たないように暗い色の裏打ち紙を貼ったらしく、
今回の修理でそれを変更したところ、本来の明るい色彩になったそうです。
子孫が大切に守り伝えてきたものですけど、必ずしも作品にとって良いかどうかは
年月が経たないとわからないのだな…技術の進歩ってすごいね。

1364年から神奈川県称名寺に伝来している十二神将像の掛軸たち。
十二神将は掛軸1枚や巻物にまとめて描かれるパターンが多いのですが
称名寺のは1掛軸に1神将で12幅セットという、なかなか珍しい作品のようです。
まず神将が真ん中に描かれ、女神・天女・童子・男神が周りに描かれ、
上に本地仏と七曜星が描かれているデザインが12幅すべてに統一されています。
1852年に光明院周海による、1929年に古社寺保存法による修理が行われた記録があるそうです。
裏打ち紙が江戸時代に多用されたものだったため、新しく取り換えたところ
色がよく見えるようになったそうな。
大倉集古館所蔵の十六羅漢像も、掛軸にそれぞれ羅漢たちが描かれているものですが
線描が中心で色数が少ないものと極彩色のものがあり、
いくつかは制作時期が異なるのではないかと考えられているそうです。
経年劣化による画面の損傷がひどく、彩色も剥落していたので
旧補絹を取って、新しく貼るものは本来の色と合わせるために古色を使って仕上げてあるとか。

中世の絵巻物。
永青文庫の長谷雄草紙は長年の巻きによる折り癖がひどかったのと
巻物自体の折れがあちこちに見られたようで貼り替えられています。
物語のクライマックスで女性が水になって消えてしまうというドラマチックなシーンの折れの様子が
写真で紹介されていましたけどあれはグロかった…展示品は美しく修復されていて感動しました。
埼玉県慈光寺の法華経一品経は歪みがひどかったそうですが、本紙が薄いので解体は見送って
カビと汚れを除去し、剥落止めと折れ伏せをほどこして補強しています。
同じく慈光寺の無量義経は、天地に金銀箔を散らした豪華な作品なのですが
その金属の腐食が原因で補強紙がバランスを崩し大きな折れが生じてしまったらしい。
解体修理に踏み切り、彩色の剥落を止める液体を塗ったそうです。
金銀…昔の人もキラキラしてたら綺麗だよねって思ってつけただけだと思うんですよね…。
それが後世に腐食するなんて考えなかったろうし、
そもそもこの巻物を数百年も先の未来まで残すつもりがあったかどうかも、今となってはわかりません。
もし未来に伝える気持ちがあったとしても
その作品がいつどんな風に傷むかなんてなかなか想像つかないだろうしなあ…色々考えてしまう。

中国の絵画や水墨画など。
山口県の菊屋家住宅保存会に伝わる草虫図は元時代の掛軸で、牡丹と蝶のおめでたい絵ですが
折れがひどいうえに絵の具が粉状化し、さらに表装の紙の向きが間違ってついていたので
表装を取り外して裏打ち紙の向きを正方向にしたそうです。
修理の際に裏彩色がされていたこともわかり、牡丹には白が塗られていたみたい。
博古館所蔵の水月観音像は高麗時代の宮廷画家が描いた作品で
修理前の調査でスキャンしたところ裏彩色の痕跡が見つかったのだそうな。
なのでその彩色を見せるために効果的かつ彩色を損なわないような肌裏紙を選んで貼りなおしたそうです。
永青文庫の富士美保清見寺図は雪舟の筆と伝えられてきたようですが
今は模本である可能性の方が高いらしい。
横折れや亀裂がひどく、本紙が薄くて、でも表装に使われた糊が濃くてガッチリくっついてるので
解体はしないで裏打ちを強くしたそうです。
過去の人は、大きな絵だから壊れないようにと糊をしっかりつけたのかな…。
よかれとやったことが年月が経つと資料の負担になっていくことも多いのだよね。

近世の作品。
神奈川県東慶寺の葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱(キリスト教でパン(キリストの肉にあたる)を収める箱)は
表面の漆が汚れてくすんだのと、紫外線による劣化で螺鈿の剥落がみられたので
接着して元通りにされています。
蓋にイエスズ会の紋章があって、大文字アルファベットの大胆なデザインでおもしろい。
練馬区立美術館の比叡山真景図は池大雅が友人の三上孝軒と比叡山に行って描いた絵で
三上孝軒の詩を書き入れて後日本人に贈っています。
(隅っこに「擬李営丘筆意」と書いてあるのでオリジナルは李営丘のようですね)
過去の修理で折れ伏せのために目印につけた墨が長い年月を経てにじんでしまい、
表面の絵にまで浸透して大きなシミを作ってしまったらしい。
裏打ち紙は取り換えたけど、表面のところは本紙に影響が出るため何もせず残したそうです。
アルカンシェーン美術財団の淀川両岸図巻は円山応挙が応挙と名乗る前に制作したもので
京都から大阪まで川下りをする景色が描かれています。
巻物の真ん中に川を描き、上下の天地際に陸地を描いていますが
上の建物や人々は正位置で描かれているのに対し、下の建物や人々は逆向き(鏡写し)になってる。
欠損や剥落、絵の具の浮きやシミがあったので汚れを除去したそうです。
増上寺の五百羅漢図の100幅セットは狩野一信による作品で
一信が没するまでの10年間は一信が96幅描いて、残り4幅は妻の妙安と弟子が仕上げたものです。
すべてに裏彩色がほどこされたうえに裏箔まであったみたいで
(たとえば月に貼られた裏箔は絹目を通すと発光して見えるという仕掛けまである)、
相当な技術と時間とお金をかけて制作されたであろうことが考えられます。
折れや絵の具の欠損、肌裏紙の剥離、過去の修理で欠損部に当てられた補強の影響まであって
今はすべて修復され美しい彩色を見ることができますが
1幅1幅が大きいうえに絵の具の数も多いから職人さんたち大変だったろうな修理…。

近代の絵画。
東大大学院工学系研究科所蔵の曾川幸彦「弓術之図」は木炭とコンテで描かれた作品で
第2回内国勧業博覧会にも出品されたもの。
洋紙が悪化して折れや破れを生じ、継ぎ目が汚れ、さらに未表装でまくりのままだったので
とにかく劣化がひどかった模様。
食パンを粉砕して画面に置いて、ハケで撫でながら汚れを除去して
同じサイズの吸取紙に水を含ませて吸わせることで汚れを取る方法がとられたそうです。
また修理後に額装したとき、補強を大きくして四隅にマットをつけたのは
後世の修理もやりやすくするためだとか。
黒川古文化研究所の赤松麟「土佐堀川」は堀川の景色を見下ろしたアングルで描いていて
印象派のような雲や霧が全体的にかかっていて光を感じる絵でした。
もともと絵の具の剥落を隠すための過度な加筆がほどこされていたのと
阪神大震災で落下したのとでヘコミや折れが生じてしまい、
汚れを除去して欠損部を補強し、水彩絵の具で補彩もしてあるそうです。
1917年発表の作品ですがキャンバスには1913年の書き込みもあり、再利用ではないかと考えられてもいます。
櫻谷文庫の木島櫻谷「かりくら」は3人の騎馬武者がススキ野原を駆ける様子を描いた作品で
未表装のため裏打ちがなく、シワや破れ、まくり、巻き癖つきと大変な状態になっていたので
吸水によるクリーニングをかけ、紙全体を伸ばしてゆがみを戻して、掛軸に表装したそうです。
修理の際の調査では、光に透かし見ると絵の具を乗せた順番も確認できるので
制作の過程が見えるのだそうな。


当たり前っちゃ当たり前ですけど、作品が一点ものであるなら修理も修復も様々で
ひとつとして同じ作業はないのだな…。
ひとつひとつの事例を調査して、そのとき必要な修理をほどこしていくんですね。
どんな作品も必ず劣化します。それらをどうやって長く伝えていくか知恵をしぼってきた人たちの歴史を
少しですが垣間見ることができてとても勉強になった。
博古館のロビーには国内の他にイギリス、ドイツ、イタリア、ポーランド、アメリカ、
中国、ベトナム、パキスタン、ミャンマー、アフガニスタン、シリア、ウクライナ、エジプトなど
様々な海外助成対象文化財を紹介したパネルもありました。
過去にボストン美術館展で見た英一蝶の涅槃図も住友財団が助成してたんだ…!
あれも修復の様子が展示の際に紹介されていましたよね。


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帰りの地下鉄の駅で見かけた広告。古今東西の文化ごちゃまぜで楽しい。
真ん中の電車は新幹線なのか特急列車なのかわかりませんが、緑色なのがE5っぽいのと
形がE7っぽいのでデザインした人は東日本の新幹線がお好きなのかな^^
2019_10
24
(Thu)23:54

文化財のお医者さん。

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前回記事に書いた正倉院の世界展の後、
同じく東博の本館にて開催中の「文化財よ、永遠に」展を見てきました。
住友文化財団の文化財修復事業助成30周年を記念して
東博・泉屋博古館(六本木・京都)・九博の4館で同時期に開催されている展覧会です。
京都と九博はちょっと行けないけど六本木の展示は行きます、日曜日までだから急がねば~。

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入口にあったパネルには展示されている作品の所在地と(結構、全国的だった)、
"修理"と"修復"の違いについて解説されていました。
修理も修復も、壊れたり傷んだりしたものを直して元の状態に戻すことを指しますが
個々の処置を"修理"というのに対し、環境保全なども含めた事業全体を"修復"と言っているそうです。
そうなんだ…いつもキャプションをぼんやり読んでるだけだから気づかなかった、勉強になりました。

今回の4館同時期開催では、各館それぞれで展示するテーマがある程度決まっていて
東博では仏像修復について展示しています。
伝統技術と最新科学により近年修理された約30点の仏像の展示と、
展示品のキャプションに修理前・修理後の画像や解説が掲載されているのでとてもわかりやすい。
修復について学習できるのと同時に
各地で地域の人々により大切に守られてきた仏像がたくさんあることも知ることができます。

まずは被災文化財から。
岩手県正音寺の七仏薬師如来立像7体(薬師如来と脇尊たち)は12世紀頃の制作で、
東日本大震災の揺れで転倒してしまったものです。
破損した部分を修理し、後世にほどこされた彩色を除去し、手足や光背を作り直したそうです。
福島県杉阿弥陀堂の阿弥陀如来坐像も東日本大震災で被災し修理されています。
お顔がふっくらしてかわいらしい、11世紀の仏像です。
同じく福島県楞嚴寺の釈迦如来坐像および迦葉立像・阿難立像の3体も
震災で頭部が傾いてしまったそうですが、2年かけて元通りに修理されています。
同じく福島県龍門寺の虚空蔵菩薩坐像は14世紀頃の小さな仏像で
震災のときに安置されていた壇上から落下してしまい、部品が飛び散り粉々になってしまったそうです。
キャプションに当時の写真がありましたがとても直視できませんでした…悲惨すぎる。
部材を接合して元に戻したとキャプションにあるように
展示されている同像は一度粉々になったとは思えないほどきちんと修復されていました。
一見しただけではかつて壊れたようにはとても見えない…プロの仕事はすごいな…!
石川県遍照寺の十一面観音菩薩立像は能登半島地震で被災していて
一木造だからバラバラにならずに済んだのかしら…こちらも綺麗な仏像でした。
頭の飾りが金ピカに輝いていて新しく見えましたが最近つけられたのかな。

経年劣化による調査と修復。
長野県不動寺の不動明王立像は木を強化し、補って自立できるようになったそうです。
千葉県福秀寺薬王院の薬師如来立像は修復の際の調査により像内に銘文があるとわかり、
1219年頃の制作であると判明しています。
埼玉県保寧寺の阿弥陀如来坐像および両脇侍立像は宗慶(運慶の兄弟弟子)による作品で
完成が1196年9月28日であることも発注者が四方田弘綱(武蔵国児玉郡の武士)であることも
調査した際に像内にあった銘文からわかったそうです。
神奈川県寶金剛寺の不動明王および二童子立像は像内に経巻18巻・文書・水晶五輪塔が入っていて
それらは1309年に納められて彩色もほどこされたとのこと。
像の表面を見ると髪や衣の一部に色が残っていて、当時の色なのかなァとロマンが広がります。
茨城県真壁町山口地区の虚空蔵菩薩坐像はX線で診断しながら部材を解体修理し、
後世の彩色を除去したところ下から当時の金箔が出てきたそうです。スゲー!
愛知県財賀寺の宝冠阿弥陀如来坐像は継ぎ目のゆるみを漆で埋めて
後世に補われた木は取り除いて、必要な部分の木を補う形で綺麗に整えられていました。
山形県向居薬師堂の薬師如来坐像も後世の彩色と和紙を除去し、虫や菌による破損を修復しています。
福井県髙成寺の千手観音菩薩立像は一度すべての腕を本体から解体して組み直し、
後世にほどこされた不適切な彩色を取り除き、表面の木目がそのまま見えるようになっています。
また、修復で本来の状態がわかったこともあり国の重要文化財にも指定されたそうです。スゲー!!
滋賀県西明寺の日光菩薩・月光菩薩立像は虫食いがひどかったので燻製され、
漆の剥落止めをして、木を補って虫損部を強化し、不適切な部材を元に戻すなどの修理をして
すべての作業を終えるのに4年かかったそうです。スゲーー!!!

仏像以外の修復品もありました。
三重県一色町能楽保存会(伊勢神宮に奉仕する系統)の能面の小面、小尉、山姥、大喝食の4点。
能面は写されることで新しいものが制作されますが、その際古い傷や剥落まで写す場合があるので
修復するときはそれらをうっかり消してしまわないように気を付けるそうです。
そんなところにまで神経使うんですね修復という作業は…気が遠くなりそう。
和歌山・熊野那智大社の家都御子大神坐像、天忍穂耳尊坐像は
虫や菌によって一度はスポンジみたいにスカスカになってしまったらしく、
合成樹脂で補ったそうです。
スポンジみたいな木って何度か見たことありますが、木として見てる分には自然現象ですが
作品がああなってしまった状態を想像するとゾッとします。
木として自然のなかにある木は好きだし朽ちるのはさみしいけど、
作品として神社や博物館にある木が朽ちるのはそれとは別の感情を覚えます。失われるのはいやだ。

最後に展示されていたベトナム国立博物館蔵の阿弥陀如来立像は、元々は東博が購入したもので
1944年のフランス極東学院と東博の文化財交換で陶磁器や刀の鍔などと一緒にヨーロッパに渡り、
その後は戦争もあって長いこと所在不明になっていたそうです。
6年前に九博の調査でベトナム博物館所蔵の同像がその可能性が高いとわかり、
修復の際に調査したところ東博が1902年に購入したラベルが発見されて確定したので
今回、76年ぶりに日本へやってきたとのことでした。
様々な事情から、制作された国ではなく別の国に渡っている美術品はたくさんあるけど
この仏像もそのひとつなんですね。
ちなみにその文化財交換でフランスからやってきたクメール彫刻は
今も東博の東洋館に展示されています。

2019tohaku_39.jpg
というわけで、東洋館へ。
地下1階にあるクメール彫刻の展示室のパネルに、フランスとの文化財交換について書いてありました。

2019tohaku_40.jpg
交換された彫刻どれだろう~?とひとつひとつ回ってみたけどキャプションのどれにも書いてなくて、
おかしいな見落としたかな、もう1回まわってみようかなと思ったところで
「あ、この展示室の全部か!」と気づきました。(遅)
さっきの里帰り仏像が1軀だったからクメール彫刻もてっきり1つなのかと思いこんでいました…よくない…。
(ちなみに来日したのはクメール彫刻のほかに金属工芸品などもあるそうだ)
フランスからはるばる、もっと言うとたぶんフランス領だった頃のカンボジアから来たんだなあと思うと
この彫刻たちがたどってきた数奇な道について考えずにはいられない。
文化と歴史をいっぺんに見られる展示室なのですな、ここは。

この後は本館に戻って常設展示を鑑賞しました。
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竹内久一「執金剛神立像」の後ろ姿(笑)。
シカゴ万博に出品された作品ですが、なぜ後ろ姿を載せたのかというと
衣に引っ張られてる邪鬼ちゃんが気の毒だったから。
台座にされて踏まれるのも気の毒ですけど引っ張られるのもやっぱり気の毒だなあ。
執金剛神はとてもかっこいい像ですが後ろではこんなことになってます、という話。

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古田織部が制作した竹茶杓。
真ん中がきゅっと曲がっている(蟻腰というらしい)のが特徴です。
櫂先も結構曲がってるしな…いかにも織部が好みそうな造形です。

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池玉瀾「蘭図扇面」。
紅い花のまわりにそよぐように描かれている葉、細筆で書かれた短歌が雅です。

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鈴木春信「かわらけ投げ」。
雲がきめ出しになって凸っと出ているから錦絵初期の作品かもしれません。

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京都・浄瑠璃寺旧蔵の十二神将立像(戌神)。
過去に運慶展でも見た仏像だ!(慶派、とくに運慶の系統と考えられているのです)
戌神はこの遠くを見張るようなポーズがかっこいいんですよね。
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20
(Sun)23:53

シルクロードの行き着くところ。

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東博で開催中の「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美」展を見てきました。
東大寺の正倉院宝物と法隆寺献納宝物(それぞれ光明皇后と孝謙天皇が奉納した聖武天皇の遺品)が
揃って紹介されている展覧会です。

東博でも過去に何度か正倉院宝物を見る機会はありましたが
展覧会の一部に数点、展示されているというパターンが多くて
まとまって宝物を見るならやっぱり秋の奈良博かな!などと思っていたのですが、
今回は平成館の特別展示室がまるっと正倉院宝物・法隆寺献納宝物で埋まっています!
東博で最後に正倉院の展覧会が開催されたのは1981年だそうですから
それ以来の特別展ということです。ヒエェ…わたし生まれてないよ…gkbr
貴重な機会を作ってくださった関係者の皆様に感謝します。感謝します。

入口で迎えてくれるのは正倉海老錠。
正倉院は歴史上、何度か開封され宝物の点検が行われていまして
今回展示されていたのは1833年の開封の際に新調された、宝物を守る扉の鍵です。
3つの部品に分けて展示されていて、棒状・筒状・くの字に曲がったバネつき金具の3点。
使い方は筒状の金具に棒状の鍵を差し込んで、中で開いているバネを閉じて開錠するそうです。
部品を組み合わせたときの形が海老に似ていることから海老鍵と呼ばれています。
(余談ですがこの鍵、トップに展示されている割には通り過ぎる人が多くて
中には「なんだ鍵か」と去って行く人もいてちょっともったいないなと思った。186年前の鍵ですよ…)
そうして、普段は鍵をかけられた扉の向こうにある宝物たち、
さて最初に何を見られるのかなと進んでみたら、展示してあったのは大きな古櫃!
東大寺阿弥陀堂で使用されていたという同品には承和7年(840年)11月23日の墨書きがあって
たっ…篁が…帰ってきた年っ…!って震えました。。
そうか小野篁が京都に戻ってきた頃に存在していた櫃ですか…そうですか…(しょっぱなから膝から崩れ落ちそう)。

正倉院文書のひとつ、東大寺献物帳(国家珍宝帳)。
756年6月21日付で光明皇后が聖武天皇の遺品を東大寺に奉納した際の目録で、
現在、正倉院に納められている宝物が記述されているものですね。
とても状態のいい文書で、過去に奈良博の正倉院展で一部分だけ開いて展示されているのを見ましたが
今回は長~~~い展示ケースに全文公開されていて
端から端まで宝物の名前や特徴や奉納した人々の名前が細かい字でびっしり書かれています。やべー!
これ大きさ計ったら何メートルくらいあるんだろ…経巻かと思うほどのすさまじい長さでしたよ…。
つまりそれだけの量が当時の正倉院に奉納されたわけですね。
これだけたくさんあるとそれぞれがどういう経緯で奉納されるに至ったのかがとても気になる。
隣には法隆寺献物帳(756年7月8日付)もありました。
孝謙天皇が父の聖武天皇の遺品を法隆寺に献納した際の目録でした。こちらは数点なので短かった。
日名子文書は奈良時代にあった東大寺写経所の様子を記した文書で
担当部署や仕事の進捗などが書かれています。
田辺、茨田、大伴、池田、大原など人名もいろいろ見られる。
仏説宝雨経は740年に光明皇后の発願で写経された一切経のひとつで
官立の写経所で書かれたことがわかっているそうです。

平螺鈿背円鏡が美しい☆
花々や鳥たちが螺鈿で描かれ、夜光貝や琥珀、トルコ石なども埋め込まれている贅沢な品です。
使うための鏡じゃなさそう…飾って楽しむための贈り物っぽい感じがしました。
鏡ということだけど裏面(鏡面)はどうなってるんだろ…伏せられていたのでわかりませんでした。
直刀(無名)は刀身だけが保存されていたもので、近代に天皇が正倉院から出した際に拵えが作られて
拵えには波と龍の装飾がされたので「水龍剣」の別名もついているそうです。
出しちゃったうえに拵えまで作っちゃったというのがもう、頭を抱えたくなる案件ですが
今となってはそれも歴史の一部なので、何ともかんとも。
鳥毛帖成文書屛風は屏風に揮毫した文字に鳥の羽を埋め込んだもので
雉や山鳥の羽が使われているそうです。
正倉院宝物に鳥毛立女屏風というのがあるけど、当時は鳥の羽を美術品に使うのが流行していたんでしょうか。
あと碁石。撥鏤碁子。小さいスペースに気合いの入った鴨のカラー絵。ただただ悶えるかわいさ。
碁石というと現代は白黒のイメージですが、正倉院宝物は赤と黒なんですね。
使われた跡はあまりないみたいですが、とても素敵な品なので使うのも緊張しそう。

正倉院には布の残欠もたくさんありまして、当時の形が残っているものや
すでにボロボロになってしまっているものまでたくさん展示してありました。
七条織成樹皮色袈裟残欠は国家珍宝帳の冒頭にも記された袈裟で、聖武天皇の遺品です。
名前にもある織成という特殊な織法で制作されているそうです。
雲に乗った菩薩が大きな麻布にのびのびと描かれとてもユニークな墨画仏像は
墨に迷いがないので一気呵成に描き上げたような印象がありました。
下書きの跡がないけど一発描きなのかな…一発描きできる人ほんと尊敬する…。
樹下鳳凰双羊文白綾はアジアンテイストの樹の下に鳳凰と対のヤギが刺繍されているもので
机やテーブルに敷いていたのではないかとのこと。下敷き…?ランチョンマット…?(ちょっと違うか)
他にも、緑地花鳥獣文錦幡足垂端飾残欠にはライオンがいるし、
展示品に描かれたり刺繍されたりしている鳥獣や植物はどれもオリエントなデザインで
海を越えてやってきたのかな、それとも渡来系の職人がデザインしたのかな…などとロマンが広がります。
黄地花葉文夾纈平絹などはあまりに損傷がひどくガラス板に挟まれた状態で展示されていて痛々しかった。
今後修理されるそうです。

黄熟香(蘭奢待)、本物を初めて見ましたけど大きさが想像以上でした。
両手を広げて計ってみたら目測で1メートル以上あったよ…!
香木というと小さいイメージがあるのでパッと見た瞬間「でかっ」て声に出すところでした。
ベトナムかラオスか、東南アジアのどこかから海を越えてやってきた香木なんですよね。
植物の種類としてはジンチョウゲ科ではないかと推測されているそうです。
信長や尊氏が切り取ったことでも有名ですが
記録に残っていないだけで足利義満や義政ほか、何度も切り取られた跡があるそうです。
ガラスケースの向こう側なので香りを楽しめないのが残念でした…!香木なのに。
(ちなみに東大寺の字を含んだ蘭奢待という別名がついたのは足利義満の時代あたりからだそう)
隣には黄熟香を入れるために制作された元禄期収納箱があって
徳川綱吉が1693年8月7日に開封・調査を行った際に寄進したものだと、箱の蓋に裏書がしてありました。
みんな大好きかよ蘭奢待。この箱も移り香とかでいい香りがするのかなあ。
白石火舎はまあるい火鉢を5匹のライオンが足になって支えているデザインでユニークだし
まあるい銀薫炉も鳳凰や獅子が透かし彫りでデザインされていて美しかったです。
模造品も隣に展示されていてギラギラと輝いていました。
なんというかあの、手鞠の中に鈴が入って音がするやつあるじゃないですか、あれみたいに見えました。

第二会場に入ると螺鈿紫檀五絃琵琶がピンスポ展示で迎えてくれました!
展示ケースが360度ガラス張りになっていて、表も裏も側面の螺鈿まで
色んな角度から見ることができるので必見です。わたしは5周しました。ぐるぐるぐるぐるぐる。
だって10年以上焦がれてやっと会えたんだもの!!
大学時代にたまたま取った選択科目の講義で初めてこの琵琶の存在を知って
(夢枕獏の陰陽師から今昔物語集の玄象の話になって、その流れで五弦琵琶の話が出た)、
こんなにすばらしいものがこの世にはあるのかと落雷のごとき戦慄を覚えてから
何とかしてこの琵琶に会いたいとずっと思ってきたんです。
一級品のためなかなか展示されず、展示されたとしてもタイミングが合わなくて行けなかったりして
でもようやく会えましたよワッショイ!!!
(正倉院展の存在を知ったのもその講義だし、
正倉院宝物は一度展示されると保護のため10年は展示されないと知ったのもその講義でした。
担当してくれた教授どうしてるかな。今は別の大学に移ったみたいだけどお元気だろうか)
国家珍宝帳記載の宝物で、その美しさから正倉院といえばこの琵琶みたいな代名詞になるくらい有名で
今や世界にひとつしかないともいわれる五弦琵琶~~~!
背面に螺鈿で描かれた宝相華や含綬鳥、飛雲がエキゾチックだし
胴に同じく螺鈿で描かれたラクダと人物、熱帯樹に国際色を感じます。
インド起源と言われる五弦琵琶で、唐式の制作で、残されている場所が日本。インターナショナル宝物。
過去に何度も修復がほどこされているので、制作当時のままってわけじゃないんですけど
たくさんの人の手を経てこうして今まで残されてきてわたしたちが鑑賞できることへの圧倒的感謝。
近くには今年に完成した模造品も展示されていて、
会場には琵琶を奏でた音色もBGMとして流れていました。
専門家の方が五弦譜から推定した壱越調・黄鐘調の音色を再現しているそうです。
昔の音色って残ってないから再現する人も難しかったろうな…。
現在の研究から推定できる「おそらくこういう音」を導きだしていると思いますが
どんな音が正解なのかは誰にもわからないからね。
撥もありまして、真っ赤な地に白線で鳥が描かれている紅牙撥鏤撥は
端の赤色が少し剥がれていることから使用感が認められるそうです。
誰かが実際に使ったんですね。誰でしょうね。ドキドキします☆
伎楽面もありまして、正倉院と法隆寺献物の酔胡王をそれぞれ鑑賞できまして
隣に2004年に復元された模造品の酔胡王も展示されていました。
顔が真っ赤に塗られていて、隣の宝物と見比べると経年でこうなるんだなあという過程がわかります。

瑠璃壺の色鮮やかな青がとても美しい~~西アジアのどこかからやってきたそうです。
青いガラス皿も同じく西アジアの出身、瑠璃壺よりも透き通ったブルー。
黄銅柄香炉は手持ちの部分に獅子の重しがついていてエキゾチックだし
黄銅合子は蓋に相輪がついていて百万塔陀羅尼のよう。
佐波理水瓶は注ぎ口が胡人の顔の形をしていて、頭の栓を抜くと水が出るタイプの瓶。
白石鎮子の表面には唐式デザインの青龍と朱雀が刻まれていて
2匹のバトルが表現されています。
隣に展示されていた動物闘争文帯飾板もそうですが、
当時のアジアでは動物を戦わせるデザインモチーフ(スキタイ文化などによくあるやつ)が流行していたらしい。

宝物を守るための技術と歴史。
東大寺正蔵院天平御道具図は元禄の開封の際に正倉院に納められた道具類を絵にして記録したもので
宝物のスケッチの周りに大きさや素材、キズありなど特徴が書きこまれていました。
碁盤のスケッチに「吉備大臣将来碁盤」と書いてあってまっ…真備…!って震えた(本日2回目)。
正倉院天保四年御開封図は、天保の修理の際に
正倉院の扉を開けて宝物を取り出した際の儀式の様子を描いたもの。
正倉院の周りに束帯姿や袈裟姿の人々がたくさん並んで描かれていました。奉行やお坊さんかな。
壬申検査関連資料の社寺宝物図集は69の拓本(螺鈿紫檀五絃琵琶のもあった)で宝物を写した資料で
正倉院の前で関係者たちを撮影した写真も展示されていました。
正倉院御物修理図は職人さんたちが宝物を修理する様子を絵巻物に描いたもので
剣や巻物を東京で修理する人々が生き生きと描かれています。みなさん笑顔で楽しそう。
甘竹簫(細長い竹を横に組み合わせた楽器)はかつて修理がほどこされた宝物で、
当時は12管と思われていたそうですが
1965年にこの楽器の外側についていたと思しき帯が見つかり12管ではなく18管ではないかとなり、
現在は18管を並べた楽器として復元模型も制作されています。
宝物は修理と同時に調査も行われますから、こういうことがよく起こるんだよね。
だから歴史研究は常に最新の結果を確認しておく必要があるわけですね。
でも今の調査も正しいかどうかは誰にもわからないわけで…正しいことを見つけるのって難しい。

最後にあった「塵芥」の展示。
正倉院の中にあった描絵や麻布、冠の残欠、ビーズ、刺繍糸、金属の破片などが小さな透明ケースに納められていました。
つまり奈良時代の塵。今となってはめっちゃ貴重なゴミですね。
しかもこれら、使い道がないというわけでは決してなくて
この中からひとつひとつ破片をすくいあげて、素材や模様を手掛かりに復元された宝物もあるそうなのです。
ゴミだからと捨ててはいけないのだ…その破片が宝物のどれかのピースかもしれないのだ…。
何より展示品一覧表にもしっかり「正倉院宝物 塵芥」と書いてありましたからね!
奈良博の正倉院展でも残欠(鳥とか花とかある程度形が残っていてポキッて折れただろう部品みたいなの)はあったけど
もはや元の形が何だったかわからないレベルまで細かくなってしまったものは展示されたことあるんですかね。

そしてここからは写真撮影可能ゾーン(フラッシュ×)。
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塵芥の向かい側に再現されている正倉院南倉の原寸大展示ー!
塵芥の展示にため息をついて振り返ったとたんこの校倉作りの建物が目に飛び込んできて
何事!??ってなりました。

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東大寺にある本物の建物は遠くからしか見学できないけど、それでも大きいと思うくらいですけど
再現とはいえこんなに近くでスケールを感じられるのはおもしろいです。
こんなに大きかったんだ。

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海老鍵もついてる。
最初の展示室に江戸時代の本物が展示されていましたが、そのうちのひとつですね。
実際にロックされている状態はこんな感じなんだ。

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南倉再現の下には中倉の原寸再現も。

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こちらにも江戸時代の海老鍵がついています。
レプリカではなく本物をつけてくれるのすごいよね。展示だけどリアリティあるよね。

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さっきグルグル回って見てきた、螺鈿紫檀五絃琵琶の模造品。1899年の制作です。
柱の間の装飾がなかったり文様にも異なる部分はあるものの、
原品をなるべく忠実に再現しようと試みています。
あと螺鈿の部分は原品のほうがくっきりしてる。

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原品は360度方向から見られましたが、模造品は後ろに回れませんでした。ぐぬぬ。
これが横から撮影する精いっぱい。

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螺鈿紫檀阮咸の模造品(1899年)もありました。(原品の展示はありません)
模造品とはいえ写真に撮れるのが本当にうれしい。

奈良博の正倉院展は毎年やってるから「正倉院がどんなものかみんなもう知ってるよね」的な感じがあるけど
今回の東博の展示は有名な宝物や宝物に関する歴史に焦点を当てていて
「正倉院てこういうものだよ!」と、改めて紹介されたような感じがしました。
シルクロードを伝いアジアからここまでもたらされたもの、あるいはそれらをお手本に制作されたものが
持ち主の供養のためにお寺に奉納されて、度重なる災害や平家の焼討ちや松永久秀の戦にも耐え抜いて
(出蔵したまま戻されず行方不明なものも多いし壊れたものを修復した事例も多いので
国家珍宝帳が最初に書かれた頃の目録と現在の中味が一致してるわけではないにしても)、
現代まで大切に守り伝えられてきたものが過ごしてきた途方もない時間。
それらの品々がこの国の歴史にどれだけの影響を与えたことか。
文化や歴史を学ぶたびに感じることですが
この国の成り立ちにはそうしたアジアとの交流が強く影響していると思います。
法隆寺の仏像が渡来系仏師によるものだったり正倉院宝物に唐や新羅、ペルシャ伝来のものがあったり。
また展示品の中に麻布やガラス製品などの日用品があふれていることも印象深いです。
宝物が宝物でなかった時代の、ありふれた品として市場で取引されていたであろう時代で
日常生活の中で人々が求めたものや交流のために制作された一級品などを見ていると
そうした歴史の息吹を理念ではなくかつて実存したものとしてひしひしと感じる。
人間の物づくりの理由って大まかな部分は変わってないなァ…衣食住と、誰かへのプレゼント。

この後、本館で開催中の「文化財よ、永遠に」展も見てきたのですが
長くなりますので次回記事にて書きたいと思います。


クリックで拍手お返事。↓
皆様いつもありがとうございます☆

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2019_06
25
(Tue)23:57

水辺の画家。

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損保ジャパン日本興亜美術館のシャルル=フランソワ・ドービニー展に行ってきました。
バルビゾン派から印象派の時代を生きた画家ドービニーの回顧展です。
ドービニーについてはまったく詳しくないし、
フォロワーさんに教えてもらうまでは展覧会が開催されていることも知らなかったのですが
「緑がすごい」と絶賛する声と画家を紹介するアニメーションがとてもかわいくて(しかも内容しっかりしてる)
おもしろそうだから行ってみよう~となったのでした。

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フォトスポットとして大きく引き伸ばされていた絵。
「ヴァルモンドワの森の中(ル・ソスロン)」(1877年)カミーユ・ピサロ美術館蔵
展示室に本物が展示されていました。

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女性たちのアップ。近づいて見るとタッチがざらざらっとしています。
近くではよくわからなくても遠くから見ると何が描いてあるかわかるっていうのが
彼の後にやって来る印象派の画家たちに通じるような気もする。

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入口にいたドービニーおじさんとカエルちゃん。
アニメーション作家の城井文さんがデザインされたキュートな2人です。

ドービニーは19世紀フランスのど真ん中を生きた人で、風景画家だった父親の影響で自分も絵を描き始め、
最初はイタリアやベルギーなどを旅行して風景を描きサロンに出品などしていたようですが
「印象を荒描きした未完成」と酷評され落選してからはサロンに出すことはなくなり、
バルビゾン派の画家たちと交流したり、各地を旅しながら絵を描いていたようです。
船による川下りの旅をよくしていたので風景の絵を多く残していまして、今回展示されている作品もですが
とにかくひたすら「水」「木」「空」「ときどき街」という感じの絵が多い。
特に水の表現がすばらしくて、印象派ほど明るい色ではないんですけど
展示されていた絵はどれもほぼ、画面の手前に池や川や沼や湖をメインに描かれていて
展示室の真ん中に立つと湖に囲まれているような気持ちになりました。
まるで湿地帯やオアシスにいるかのような…ああいう感覚は初めてでした。
色んな方面から「すばらしい」と言われている緑ですが、チラシやポスターを見ても素敵だなと思ってましたが
実際に本物を見たらチラシよりもずっと色彩に溢れていました。本当に綺麗だった。
川辺や水辺の濃い緑が水分をふくんでいるのがわかるし、
それが水に映って揺らめいているのがまた美しいのです。
自宅兼アトリエを建てたオワーズの町の河畔の絵をよく描いていたようで
(自宅にベルト・モリゾやセザンヌを招いて一緒に食事をしたこともあるそうです)、
「オワーズ」の名前のつくタイトルの絵がいくつかあって
河畔の絵が多かったですが畑や湿地なども訪れて描いていたみたい。
(ちなみにオワーズはゴッホやガシェ博士も滞在していた街です)
人々の生活感あふれる描写も多く、洗濯したり釣りをしたり散歩したり景色を眺めたりする人たちが描かれていて
どの人もみんな表情がはっきりせずぼやかされている。
「風景の中にぽつぽつと人々がいる」みたいな作品が多いからかな…歌川広重みたい。
(ちなみにこの傾向は画家として出発し始めた頃からそうだったようで、
若い頃に描いている「聖ヒエロニムス」も人物画ではなく歴史的風景画であって
十字架に聖書を広げたヒエロニムスがぽつんと描かれていて、どう見てもメインは雄大な渓谷の景色だった)

1857年にアトリエ船ボッタン号を入手してからは
セーヌ川やオワーズ川など各地の川へ出かけて、川下りをしながら絵を描く生活をしていたようです。
ボッタン号を大きく描いた絵がありましたが、大きなマストが2本あり、帆はとてもカラフルで
寝泊まりできる小屋を乗せた小型船でとても牧歌的。
こんな船でのんびり川下りをしながら好きな絵を描けたら最高ですね!
(ドービニーはこの船で英仏海峡まで行ったこともあるようです)
夏はヴィレールヴィル、冬はパリ(モネやピサロと交流している)、それ以外の季節は船の旅という
なんという理想的な生活+゚+。:.゚(*゚Д゚*).:。+゚ +゚
道理で川や池の絵が多いわけだ…そして水の表現が突出して美しいわけですな。
版画集『船の旅』はそんなボッタン号での旅がどんなものだったかをエッチングでまとめたもので
船を川につけるところ、出発前の食事、綱を引っ張る見習水夫、船上のランチ、
夜の航行や宿屋さがし、蒸気船とすれ違う、釣りをする見習水夫、干地に跳ねる魚たちなどなど
船の中や付近で見かけた景色を片っ端からスケッチしていて
しかも風景ではなく人々がメインなので表情とかしぐさとかすごく細かく描いてあります。
風景メインに小さい人ばっかり描いてる人じゃなかったんだな…。
(余談ですがこの『船の旅』、版画家オーギュスト・ドゥラートルが手掛けているのですが
再版防止のため所蔵している美術館が全点は貸し出さないとしているそうです。
今回は15点展示されていましたが、これで全部ではないんだな…他のも見てみたいです)

晩年の作品は水の描写にどんどん力が入っているように感じました。
「ブドウの収穫」や「ケリティ村の入口」などは畑に赤や黄色の花が咲き、収穫する人々も建物に当たる光も明るくて
さっきまでの心地よいジメジメしっとり感から急に太陽の下へ出たような印象。
「山間風景」は川の急流の絵で、これまでゆったり流れて空や樹などを映していた川の水が
真っ白なしぶきを上げて流れていて水音まで聞こえてきそうでした。
どうしたどうした?って思ったんですけど、この絵の発表が1873年で
翌年に第1回印象派展が開かれることを思い出してちょっと腑に落ちた。
これからは影の色に黒を使うことなく、その影の色で塗る画風が好まれるようになるんですな…。
ただまあ、「オワーズ川のほとりの村」とか「川辺の風景」などを見ると
相変わらず濃い緑や黒が使われているので、明るい絵ばかり描いていたわけではなかったこともわかります。
そんなドービニー、晩年もボッタン号で船旅を続けていたようですが
1877年のセーヌ川ルーアンまでの旅が最後の航海になっています。
翌年のパリ万博には9点が出品され、遺作671点は3日で完売したそうです。
ドービニーはその後に活躍する印象派の画家たちにも好まれたようで
モネやルノワールがそれぞれ描いた「ラ・グルヌイエール」(セーヌ川の水浴場を描いた絵)は
ドービニーへのオマージュだそうですし、
ドービニーが亡くなった2年後の1890年にはゴッホがドービニーの家を訪れて庭を絵に描いているそうです。
過去の先人をリスペクトしながら新しい人たちが文化を奏でてゆくのだなあ…いいなあ。

家族や交友関係の紹介もあって、特にカミーユ・コローと仲が良く、
一緒に絵を描いたりアトリエに招いて交流していたようです。
ドービニーのアトリエ兼自宅であるメゾン・アトリエ・ド・ドービニーには
コローが部屋の壁に描いた絵が残っているそうです。
パネル展示されていたアトリエの写真を見ると、青い空の下に大きな木があり子どもたちが過ごしているというものらしい。
ドービニーも娘セシルの部屋の壁に『ラ・フォンテーヌ』を模した絵を描いたりしているそうです。
セシル・ドービニーは静物画家で、花や果物をよく描いたそうな。
ドービニーがセシルを描いた絵が展示されていましたが、
青い空の下に大きな木があって、それより小さな果樹の木があり白い花が満開になっていて
さらにその果樹の木の下にセシルがいるという絵なので人物描写がとても小さいです。
表情ははっきり描かれておらず、わかるのはセシルが紅い服を着ていることだけ。
また、息子のカール・ドービニーも風景画家で
父親と一緒に船に乗って旅をしながら絵を描くこともあったようです。
『船の旅』に描かれている見習水夫はカールがモデルという説があるそうです。
そんなカールの絵も展示されていて、「川岸」も「オワーズ河畔の釣り人」も水と木がメインで遠くに青空と街で
お父さんの絵にそっくりでした。

特別展の最後に常設スペースもありました。
ゴーギャンの「アリスカンの並木路、アルル」は道に沿って植わっている木々が紅葉していて
葉っぱがたくさん道に散って赤や黄色に染まっていて綺麗だったし、
セザンヌの「リンゴとナプキン」も赤や緑や黄など色とりどりのリンゴが綺麗でした。
グランマ・モーゼスは初めて見る画家で、絵本のような素朴なタッチと彩色がかわいらしく、
「古い格子の家」の市松模様の壁がとてもモダンでおしゃれでした。
東郷青児は何度見ても金属のようなつるりとしたタッチがすごくて…あれどうやって塗ってるのかなあ…。
PCを使わずCG描けてるみたいな感じがします。デパートとかに飾られているとすぐ見ちゃう。
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ゴッホのひまわりも初めて見まして(写真はレプリカ)、
あ~これが映画業火の向日葵で大変な目に遭った絵かと(笑)。
ゴッホといえばひまわり、というくらいですから見たとき自分がどんな感想を持つかも興味あったのですが
ええと、ちょっと自分でもびっくりしたんですけど「わあすごい」とはならなかったですね…。
筆のタッチは荒々しく残っているけど、今まで見てきたどのゴッホの絵よりも静かな雰囲気の絵で
わたしの記憶にあるゴッホの絵のようなほとばしるようなエネルギーは感じず、「静物画」という印象でした。
厚塗りで立体的で、ものすごい大真面目な静物画というか…。
あれかな、画集とかテレビとかで見慣れてしまってあまり驚かなかったのかな。
それとも、わたしゴッホの絵は結構見てるほうですけど、ひまわりはそんなに数を見てないので
よくわかってないだけかな…ゴッホはひまわり描く時いつもこんな感じなのかしら。

もしかしたら別の感想をもつかもしれないので、機会があれば時間を置いて改めて見に行きたいです。


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美術館の自動ドアを出たらまっすぐ前に都庁!えっこっから見えるんや!!
見えてしまったからには仕方ないので(なにが)建物めざして近くまで行ってみますよ。

というわけで、続きはシンカリオン75話感想の中です。↓

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2019_05
19
(Sun)23:51

国際博物館の日。

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国際博物館の日に東博へ行ってきました☆
ICOM(国際博物館会議)が1977年に「毎年5月18日は国際博物館の日」と採択しており、
この日は各地の博物館や美術館が無料で観覧できたりイベントが開催されたりしています。
東博も常設展が無料になるので、お出かけしてまいりました^^

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今回とっても気に行ったのがこれ!陵王と納曾利の舞楽人形(江戸時代後期)です。
お面の精巧な作りや装束の刺繍がすばらしく、当時の着付けの雰囲気もわかります。
何よりかわいい。小さい舞人かわいい。
うおおぉ~~君たち最高だぞ~~~~!!!(気分はプロのダンサーを撮影するファン)

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納曾利。
ポーズから何から生き生きとして今にも動き出しそうです。

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陵王。どっしりしたポーズがかっこいいです。
はぁ~陵王の舞楽また見たい…過去に厳島神社で一度観ましたがほんとかっこよかったので。

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下から見上げるとお面の下のお顔がチラリと見えます。
紅をさしてあるからおめかししてるのかな?

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お人形の近くには実際に舞楽に使われた装束とお面が展示されていました。
お人形で当時の雰囲気を感じた後、実物を見られるのはとてもいいですね☆
装束は江戸時代で、お面は鎌倉時代で、どちらも実際に使われたものだそう。

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季節を感じさせる展示もあります。鈴木春信「雨の縁側菖蒲手折る美人」。
五月雨と花菖蒲で5月らしい錦絵です。

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狩野探幽「波濤群燕図」。落款から探幽が69歳のときの作とわかります。
風になびくように流れるように飛ぶ燕が美しく、構図の妙にホレボレします。
こういう構図うまく描けるようになりたいんだよな…バランスがものすごく難しいのですけども。

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狩野探幽「飛禽走獣図巻」から飛禽巻のニワトリちゃん。
ニワトリといえば若冲ですが彼のタッチと全然違いますね…でもしっかりニワトリですな。
探幽は細かく描くことはないけど輪郭をとらえるのがうまいと思う。

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土佐光起「女房三十六歌仙図屏風」。
平安~鎌倉時代の女性たちの姿と歌を書いて貼りつけた屏風です。

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トップにいた小野小町。
奈良時代にも女性の歌人はたくさんいますが、平安時代となると彼女が最初期に近いのかなと思います。
百人一首でも持統天皇に続いて出てくる女性ですしね。

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光武彦七「白磁梅枝菊花額」。第2回内国博に出品されたものです。
これが陶技でできているなんて信じられない…!欠けずに残っているのもすばらしいです。

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鎌倉時代の蔵王権現立像。
小さな像ですが、それでもこの斜め具合はすごい…。
後ろにつっかえ棒とかもないんですよ。よく立ってる。どういう技術なんだろう。

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春の庭園解放もありましたので日向ぼっこがてら散策。新緑がとてもきれいでした。


シンカリオン70話感想は追記です。↓アイアン復活☆

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2019_03
08
(Fri)23:59

おれたち奇想組。

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愛読書が展覧会になったので行ってきました☆

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もとい、東京都美術館で開催中の「奇想の系譜」展です。
美術史研究者の辻惟雄氏が今から50年前に書いた同タイトルの本をもとに構成された展覧会で、
同書で紹介されているのは岩佐又兵衛・狩野山雪・伊藤若冲・曽我蕭白・長沢芦雪・歌川国芳の6人なのですが
今回は白隠慧鶴・鈴木其一を加えた8人の絵師の作品が展示されていました。
代表作をぎゅぎゅっと詰めて並べたダイジェスト展示会っていう感じでしたが、
又兵衛の作品についてはあまり知らなかったのでこの機会に色々見られてよかったです。
キャプションがあまりなくて、絵に集中できるキュレーションだったのも功を奏していると思う。

そんな集大成のような展覧会、トップバッターは伊藤若冲。
入口でどーん!と迎えてくれるのは象と鯨図屏風です!
若冲展以来の再会ですが、白象は相変わらずパオ~ンと鳴いているようだし鯨の潮吹きも音が聞こえるようだし
もうほんと、いつ見ても屏風の大きさと描かれたタッチのギャップに笑ってしまう。
ファンタジーアニメのキャラクターみたいに見えてしまうんだよね~かわいい。
旭日鳳凰図は、若冲展のときは展示ケースの関係で遠くからしか見られませんでしたが
今回は絵との距離が10cmくらいしかなくて細部までじっくり鑑賞できました!
細かく引かれた白とか金とか、羽根の目にも鮮やかな赤とか、波のしぶきとか
若冲の狂わんばかりの真骨頂を堪能してきましたよ。
エツコ&ジョー・プライスコレクションからも葡萄図や虎図、旭日雄鶏図などが展示されていて
(この展覧会は前期後期とありますがエツコ&ジョー・プライスコレクションは通期展示だそうです)
どれも久々の再会でした。
おふたりのコレクションはいつ見ても綺麗で、大切にしてくださっているんだなあとうれしくなる^^
個人蔵の梔子雄鶏図と石榴雄鶏図は初対面でした~。
石榴雄鶏図は最近見つかった新出作品だそうで、画面はモノクロなのですが
鶏図押絵屏風みたいな晩年の画風(墨の濃淡で色を表現)ではなく
カラフルな色が見えるようなモノクロ作品になっていました。
カラー絵を白黒コピーしたような雰囲気とでもいえばいいのか…カラーを意識して白黒で描いている感じ。


曽我蕭白。
朝田寺の阿吽の唐獅子図に再会できたのが一番うれしかった!
蕭白ショック展以来ですから、えっ、7年ぶり…もうそんなに経つ…!?
いやあ相変わらずなんて巨大な絵だと感心してしまいます…。
獅子のギョロ目、もふもふの前足、たくましい体つき、チクチクしそうな髭、
画面全体が墨まみれで決して美しい絵ではないのに見つめてしまう。作品としての引力が強すぎる。
どうしてこの絵にこんなに惹かれるんだろうな…
飲酒しながら一晩で描きあげたという蕭白のエネルギーが今も生々しく残っているような気が
荒々しいタッチから感じられるせいかもしれません。
他にも、かつて小林忠氏が「プロレスの赤コーナー青コーナー」と例えた雪山童子図や
雄大な景色の中にマッチ棒サイズの人が描かれた虎渓三笑図にも再会できました。
(群仙図や柳下鬼女図にも会いたかったけど後期の展示らしい)
富士・三保の松原図屏風は5色の虹がかすむグラデーションがよかったし、
楼閣山水図屏風は唐風のモノクロ風景に楼閣や塔の赤がきれいに映えていて
蕭白ってこういう絵も描けるんだけどなあ…。
でもわたしはやっぱり、唐獅子図みたいなぐっちゃぐちゃな絵のほうが
この人の本質が見えるような気がしています。


長沢芦雪。
蘆雪展や他の展覧会で既に見たものがほとんどでしたが
ここでもエツコ&ジョー・プライスコレクションとの再会が☆
白象黒牛図屏風、ほんとにこれいつ見てもでかい…!
牛は何とか画面内に収まっているけど、象はお腹もお尻もはみ出してしまっていて
意図的にそうしたのか描いているうちにそうなってしまったのか、想像すると楽しいです。
牛のお腹のあたりにちょこんと座っているおとぼけ顔の子犬がむちゃくちゃかわいいんですよな^^
(ミュージアムショップでもわんこグッズがいっぱい並んでいました)
牡丹孔雀図は応挙の模写で、応挙ほどバランスはよくないしまとまりもないカラーリングですけど
孔雀の羽1本1本に細かく描きこんでいるところは若冲のような執念を感じる。
方広寺大仏殿炎上図はたぶん初めて見る絵でしたね…。
方広寺は建立以来何度も火災に遭っていて、蘆雪の晩年にも一度燃えていますが
割と時事的な絵も描く人だったんだな蘆雪…。
建物が墨、炎を赤で描いていて、そんなにタッチの多い絵ではないのに
燃え上がる音がこちらまで聞こえてくるようなリアルさがありました。
落款が印ではなく筆だったんですが、黒→赤のグラデになっていて、
これもしかしたら絵を描いたノリで同じ筆でそのまま書いちゃったのではないかしら。
個人蔵の猿猴弄柿図は新出作品、柿をかかえて得意げな表情のお猿さんがかわいいです。
猿蟹合戦を思い出してしまったんですけど蘆雪は意識していたんだろうか。
あとなめくじ図ね。あれはずるい。


岩佐又兵衛。
洛中洛外図屏風舟木本の本物にやっと会えました!
過去に東博でレプリカを観たりプロジェクションマッピングを観たりしましたが本物を見たのは初めてで感動。
建物も人物もむちゃくちゃ細かくて、展示ケースの都合で屏風とも距離があったので
細部まではよく見えませんでしたけども
総勢2500人もの人物たちがひしめく画面から賑やかな雰囲気が伝わってきて楽しそうだなあと思いました。
一体どれだけの時間と手間暇をかけて描いたのかと…途方もない作業だったろうなあ。
逆に山中常盤物語絵巻はとても近い距離で見られました!
浄瑠璃を元に描かれた絵巻で(『奇想の系譜』著者の辻惟雄氏の修論テーマらしい)、
展示では源義経の母の常盤御前が山中で盗賊に襲われ殺害されるシーンが開かれていて
R15並みのグロテスクな殺害シーンもすさまじかったのですが
盗賊の鎧や常盤の着物の柄、馬の鞍やたてがみに至るまで細かく描かれていることに驚きました。
戦国時代人だった又兵衛は美しいものがあっという間に血にまみれていくのを何度も目の当たりにしたのだろうな…
鎌倉、室町や幕末など戦争が身近にあった人たちの絵は本当に血しぶきのリアリズムがすごい。
新発見の妖怪退治図屏風は又兵衛本人による筆の可能性は低いものの、工房作とみなされたようです。
武士たちに追われて黒雲にまぎれながら逃げていく妖怪たちは
百鬼夜行絵巻にも付喪神絵巻にも見られない、見たことのない姿形をしていました。
牛がヒントになってそうとか鬼に三つ目つけたみたいなデザインの生き物たちは
妖怪というより異形のような感じがしました。
これから研究が進めば作風とか意図とか元になった古典とか、色々わかってくるのかな。


狩野山雪。
寒山拾得図、久し振り!
大きな掛軸にバストアップで描かれた2人、この気持ち悪い俗っぽさがいいんですよなあ。
トウィードルダムとトウィードルディーみたいに会話のときは口をぱちぱち音を立ててしゃべりそうな気がする。
蘭亭曲水図屏風は王羲之をはじめとする文士たちが蘭亭にて曲水の宴を楽しんだ故事の絵画化で
八曲二双という長さの画面に童子を含む40人ほどの人物が描かれています。
酒を注いだ觴が流れてくる前に詩を作り、できなければ飲めないというルールのとおりに
詩ができて余裕の笑みで觴をとりあげ酒を楽しむ人もいれば
詩ができなかったのか悔しそうな表情で觴を見送る人もいて、
悲喜交々な時間が見事に表現されていました。
觴を大きな葉っぱ(蓮の葉かな?)に乗せて水に流しているのがおもしろいなと思いました。
四季耕作図の田植えの細かさ、韃靼人狩猟・打毬図屏風の狩りの勢い、
梅花遊禽図襖の画面からはみ出した梅の木の太さ、龍虎図屏風の一瞬の視線の交錯、
まさに狩野派という技量をまざまざと見せつけられます。
永徳の孫弟子にあたるので画風も永徳に近いものがあって、特に樹や岩を描くともうすごい!
山雪も機会があったらもっと多くの作品を見てみたいな。


白隠慧鶴。
「すたすた坊主」は過去にかわいい江戸絵画で見てなんじゃこりゃと思った絵ですが
今見てもなんじゃこりゃって思う!かわいい。
町中をこんな格好のおじさんが走っていたら目で追っちゃうと思います。
萬壽寺の達磨図の本物を見たのは初めてですが、一度見たら忘れられないインパクトとフォルム!
これだけ大きな目玉がどうやって顔に収まっているのか考えるとドキドキしちゃいますが
白隠はそれさえも楽しんで描いてそう。
隻手は、「隻手音声。両手は叩けば音はする。では片手ではどうか聞いて来い」という
白隠自身が出した問いを絵画化したものだそうです。
開いた右のてのひらが描かれていて、これ白隠が自分の手を見ながら描いたのでしょうか。
蛤蜊観音図は、文宗が蛤を食べようとして香をたいたところ中から観音が現れたという俗説を絵にしていて
細長い面の観音様が人々に有難や~と拝まれている様子が、荘厳というよりもかわいい。絵のタッチのせいだな。


鈴木其一。
3年前の鈴木其一展で見た夏秋渓流図屏風との再会、相変わらず強烈な色遣い…!
水の色がどぎつい爽やかな青で流水音が聞こえてくるようです。
アメリカから初めて里帰りした百鳥百獣図、これすごいですよ!
中国を思わせる山中の景色の中に、たくさんの種類の獣たちと鳥たち。
牛、犬、猫、馬、ロバ、狐、リス、うさぎ、猪、鹿、象、ホワイトタイガー、獅子、麒麟、
雀、鴨、カラス、鸚鵡、鶴、鳳凰など現実の生き物から空想の生き物までが
同じ画面の中で生き生きと動きまわっています。
これだけの生き物が集まる画題というと涅槃図くらいしか思いつかない…
この絵の真ん中に釈迦が横になっていても全然違和感ないような気がします。


歌川国芳。
相馬の古内裏、武蔵の鯨退治、為朝と鰐鮫、相州江ノ島図、朝比奈小人嶋遊、猫の当て字、
近江国勇婦お兼、みかけハこハゐがとんだいゝ人だなどなど、国芳といえば!な錦絵がどっさり。
どれも国芳展や他の展覧会で何度も見た作品たちです。
国芳は錦絵の世界では本当にエンターティナーだと思いますね。
浅草寺と成田山に奉納された絵馬に今回は引き付けられてしまいました。
浅草寺に奉納された一ツ家ははじまりは国芳展でも見ましたが
改めて大きさに圧倒されたし、
寝ている旅人(実は観音菩薩の化身)から金品を奪うために殺害しようとする老婆と
彼女を止めようとする娘のドラマチックなワンシーンがやっぱりすごい。
錦絵の国芳のマンガちっくなタッチを見慣れた後でこういうリアリティのあるタッチを見ると凄みを感じますね。
成田山の火消千組の図は、江戸町火消の千組の行列を描いていて
梯子を持った人を先頭に纏などの道具を持った火消たちが威勢よく歩いていてかっこいい。
背中や肩に彫り物をしている人も描かれていたのは実際にそういう人たちがいたからだろうなあ、
国芳は彫り物のデザインも天才的だなと改めて思いました。


思えばここ数年間は彼らの回顧展が相次いで開催されていましたな…。
・若冲展(都美)
・蕭白ショック!展(千葉市美)
・長沢蘆雪 奇は新なり展(MIHO)
・歌川国芳展(森アーツセンター)
・鈴木其一 江戸琳派の旗手展(サン美)
・白隠展 HAKUIN(Bunkamura)
・狩野山楽・山雪展(京博)
・岩佐又兵衛展(福井県美)
これらがすべて10年以内に開催されている奇跡!
わたしが行けたのは上から5つまでで、下の3つは行けてないのですが
白隠と山雪の作品は他の展覧会でもちょこちょこ見ていたので何となく知っていたし
又兵衛も洛中洛外図舟木本がそうだと判明してからぐんと知名度が上がったように思う。
今回の展覧会が開催されるのも彼らの社会的知名度が上がってきて
「今ならやれるだろう」と企画側が判断したからかもしれませんね。
江戸時代の美術は東西を問わず豊かであることを、今回の展覧会を通して知られていったらいいなと思います。
2019_01
26
(Sat)23:56

鬼神に横道なきものをその3。

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根津美術館の「酒呑童子絵巻-鬼退治のものがたり」展に行ってきました。
同館所蔵の酒呑童子絵巻3点すべてを一挙に展示しているのです。
一部とか前半だけとかじゃないのよ!ほぼ全部開いてくれてるのよ!!うおおぉたぎる٩( ᐛ )و
酒呑童子の物語は絵巻、絵本、読み本、謡曲、小説などあちこちでメディアミックス化されてますけども
絵巻はあまり残っていなくて(制作コストかかるしお値段が高いのでお金持ちしか作れない)、
そんな絵巻を3点も所蔵してる根津美すごいな??
何より根津美の酒呑童子絵巻はこれまで一度も見たことがないので
しかも3点全部見られるというので半年前から楽しみにしていたのでした。

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展示室へ。
室内の撮影は禁止ですし、図録もないので展示品を目と脳内に焼き付けてきました。

まずびっくりしたのが、今回の企画展は展示品がわずか3点のみ。
そうです絵巻3点のみなんです!ほんとに。
出品目録を見ても、
・酒呑童子絵巻(室町時代)作者不明
・酒呑童子絵巻(江戸時代)伝狩野派(山楽)筆
・酒呑童子絵巻(江戸時代)住吉弘尚筆
これしか書いてない!シンプル。

日本に現存する酒呑童子絵巻は「大江山系」「伊吹山系」のどちらかが多いのですが
根津美の所蔵する3点は後者の伊吹山系の流れを汲む内容になっています。
伊吹山系というのは、ざっくり言いますと、滋賀県にある伊吹山の神が童子の父であるという内容から
大江山の鬼退治の物語に繋がっていったり、
童子の住み処が大江山ではなく伊吹山になっている物語のことです。
展示品の中で最も古い室町時代の酒呑童子絵巻は
内容から元々はおそらく3巻構成だったと考えられていて、根津美が所蔵するのは中巻のみ。
頼光たちに酒をすすめられるままに飲んでしまい、ぐだぐだに酔っぱらった童子のシーンから
鬼のひとりが舞って坂田金時も舞って、
寝所で鬼の姿に戻って寝ている童子のシーンまでが開かれていました。
人物の表情が適当に描かれていたり、頼光たちの服装の模様や家紋がバラバラだったりして
だいぶいい加減な描写が目立ちますけれども
童子の仲間の鬼たちはカラフルで赤、青、黒、緑、オレンジなど様々な色の鬼たちがいるし
1本角や2本角、三つ目、牛の顔をした鬼など姿形もいろいろ。
この辺りは逸翁の大江山絵詞などを参考にした可能性もあるのかなあ。
何より寝所で寝ている童子がおもしろすぎた!
むちゃくちゃいい笑顔で大口あけてて、超ご機嫌な顔で寝てるんですよ(笑)。
こんなに幸せそうに眠る童子を描いた絵巻が未だかつてあったでしょうか!?たぶんない。
この後退治されちゃうのかよマジかよ…本当に悲しい…。
酒呑童子の寝顔をこんなにかわいく描くなんて作者の絵師は何を考えているんだ。つらい。

続いて江戸時代初期の酒呑童子絵巻を鑑賞。
こちらは狩野元信の酒天童子絵巻(サン美所蔵)を踏襲して描かれた可能性があるようです。
童子の住む鬼の館のシーンと、クライマックスの鬼退治の部分が開かれているのですが
鬼館の四季の庭の描写が、もう、もう、超絶に美しい!!
池のたもとに大きな藤の花が咲く春の庭に始まり、ハイビスカスのような赤い花が咲く夏の庭、
萩の上に蝶が舞い紅葉の下に鹿が鳴く秋の庭、雪景色の松の庭に鴛鴦が5組も集う冬の庭、
なんて、なんて綺麗な庭。
作者の絵師は狩野派の誰かとされていて、有力視されているのは山楽だそうですが
こんな美意識にあふれた庭を描くなんて何を考えているんだ。すばらしい!
これらを創りだしているのは童子の力ということなのですが
彼にはそれらを美しいと感じる心があり、自然を愛でていたのだと思うと涙が出そうになったし
これほどの庭を存在させるなんてどんだけ力のある鬼なのかと感動して、やっぱり泣きそうになりました。
花鳥風月を愛する酒呑童子!!だいすきだ!!!✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。
(わたしの後ろにいた人が小声で「Beauty」と呟いておられて、心の中で100万いいね押しました)
鬼退治シーンの描写もすさまじく、頼光たちは容赦なく童子の体に刀を突きたてているし
手足を縛られた童子の体から流れる血が強烈に生々しくて震えた。。
打ち取られた首がぴょーーん!と垂直に飛び上がった様子と
そばにいた頼光の兜に食らいつく様子が同じ画面に描かれているのは珍しいなと!
わたしが見たことある絵巻ではだいたい首を落とされた首なしの童子の体と
すでに飛んでいっている首が描かれている作品が多くて、
刎ねられた首と飛んでいった首が同時に描かれているのって見たことなくて。
童子の寝所にあった着物の柄が細かかったり、背後の金屏風には竹やぶにたたずむ鶴がいたりと
細部まで手を抜いていない絵師の心意気もすごいと思いました。

最後に、江戸時代後期の酒呑童子絵巻。
作者は住吉派の絵師で弘尚という御用絵師だそうですが、あまり詳しいことはわからないらしい。
全部で8巻49段、ほとんどの絵が開かれていて鑑賞できました。
(冒頭や末尾など、展示ケースの幅の都合で開ききることができずパネル展示の部分もありました)

前半4巻は伊吹山系らしく「伊吹童子」(異本)のストーリー。
スサノヲに退治された八岐大蛇が出雲から近江へ逃げて伊吹山の神となり、
地元の女性と恋をして酒呑童子が生まれるまでの物語です。
伊吹山系の異本ってだいたい、伊吹山の女性が伊吹山明神に通われているシーンから始まりますけど
その発端となった八岐大蛇から描かれている絵巻は珍しいのではないかな…?
ひとつの龍体に首が8本ついた八岐大蛇をざんばら髪のスサノヲが退治してるの超かっこいい。
出雲から逃げて伊吹山にてウロウロしていた大蛇の霊魂を鎮めるために
地元の人たちが建てた神社も丁寧に描いてあるよ…よかったねえ大蛇。
そんなある日、近江国の須川某さんのお宅に女の子が生まれまして
須川さんは大変かわいがってしっかり教育を受けさせるなどして育てます。
そのシーンは北野天神縁起絵巻(根津美所蔵)にある部分から構図をとっているので
弘尚はおそらくその絵巻か、他の天神絵巻を見る機会のあった人なのでしょうね。
本を読む女の子とか、女房にじゃれつく猫とか色々細かいです。
玉姫と名付けられた女の子が成長すると、直衣姿の伊吹明神がやってきてふたりはラブラブになって
玉姫は明神の住む神社に引っ越して仲良く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
…じゃなくて。。

明神と玉姫の間に生まれた子は男の子で、なんと3歳(!)からお酒を飲み始めたようです。
(完全に元大蛇の父ちゃんからの遺伝ですね)
明神にもどうにもならないので、比叡山へ預けられて最澄のもとで修業することになった男の子。
ある日宮中に祝い事があり、踊りを奉りなさいというお触れが各地に出まして
比叡山は男の子の提案で鬼踊りをすることになります。(この時点で既に雲行きが怪しい)
男の子は7日間で3000個の鬼面を作ると宣言し、実際、作り上げてしまいます!
神通力とか使ったのかな??神の子だしな。
完成した3000個の鬼面が並ぶシーンの絵はだいぶ怖い、
赤や黄色や緑や青や黒、様々な色に様々な表情の鬼面がごろごろしている作業部屋はちょっとすごくて
あまりの光景に僧侶にしがみついて顔をそむける稚児さんも描かれていました。
(童子のそばには木くずや工具が転がっていましたが
あれらは当時の職人がどんな道具を使っていたかの史料にもなりそう)
そんなこんなで鬼踊り当日。
最澄をはじめ宮中の人々が見守る中、大勢の人々が鬼面をつけて舞うさまは
迫力と凄みと不穏さと異様さが混ぜ混ぜになっていて、一周回っておもしろい!
鬼の顔が誰ひとり笑ってないのがすごいし、色とりどりだけど毒々しいカラーリングだし
楽しそうに踊る者や狂ったように踊る者、笛太鼓を鳴らしヘドバンする者などに囲まれて
ど真ん中で赤鬼の面をつけて鈴と扇を手に舞う童子は楽しいのか狂っているのか…。
そんなハレの勢いのまま、鬼踊り大成功のお礼として振る舞われたお酒を大量に飲んでしまって
大蛇の血の本性に目覚めてしまった童子は
比叡山で僧侶や稚児に棒切れを振り回すなどの暴力をふるい、最澄に追い出されてしまいます。
山を去るときは正気に戻っていたみたいで、水干姿の背中がすごく切なかった…。

父親のいる伊吹山の神社で童子が夢見をするのですが
狛犬のいる本殿にてうつらうつらする童子の前に父神が顕現するシーンは
父神の姿に雲がかかって見えなくなっていて、こういう表現もあるのかと。
「岩屋に住んで悪さをするな」と言われた童子は大江山へ行きますが、
数年も経つと父神との約束をやぶってあちこちで悪さをするようになります。
そんな童子のために最澄が7日間の調伏をした満願の日に
比叡山の稚児に大宮権現(本地仏は釈迦)が降りて「童子を滅ぼしましょう」とお告げをします。
神様仏様ってほんとこういうとこ容赦ねえな…!

それから100年、最澄も空海もいなくなった頃に酒呑童子は千丈ヶ嶽へお引越しして
鬼の仲間たちを集めて都へやってくる…という、
ここからは御伽草子などにも載っているなどでよく知られた大江山の物語が始まります。
ストーリーは割愛しますが、ここでも弘尚の筆は手を抜いていなくて
童子の仲間の鬼たちが頭に手ぬぐいや鉢巻を巻いてたり
雅楽に使う被り物をしていたりとなかなかのおしゃれ鬼集団さんに描かれていたり、
酒を飲まされて寝所に下がった酒呑童子が
頼光一行が鎧に着替え刀を携えてすぐ近くにいるという気配に気づいて
枕もとの武器に手を伸ばしている描写がすごくたぎったし、
首を刎ねられても頼光の兜に食らいつく凄まじさに女性たちが逃げ惑っていたりと
ものすごく生々しい描写が細かくされていて驚いてしまった。
童子を倒して首を持ち帰り、都大路でパレードする頼光たちの描写もいつも通りですけど
童子以外の鬼の首も刎ねて持ち帰ってきていたのとかも
なんて生々しいのかと思いました。
弘尚って江戸時代後期の、具体的にどの頃の人なのかわかりませんが
もしかすると幕末の人だったりするのかな、
落合芳幾や月岡芳年みたいに血まみれの戦争を目の当たりにした人なのかな…などと勘繰るくらいには
いちいち描写が凄まじくて戦慄してしまいました。

で。
絵巻が3つもあるのにどの絵巻でも酒呑童子は退治されるループから逃れられていないなんて←
源義経が大陸へ逃げてチンギス・ハーンになったみたいに、
フランダースの犬がアメリカではハッピーエンドになってるみたいに、
酒呑童子が実は逃げて今もどこかに生きているお話を誰か描いてくださいよ~。(他力本願)

あと気になったのですが、山伏に化けた頼光一行が大江山へ行く途中の川で
血の付いた衣を洗っている女性と出くわすシーンがあるのですが、
あのシーンは今回見た狩野派・住吉派のどちらも構図がまったく同じで
さらに言うなら過去に見た大江山絵詞や酒天童子絵巻も確かこんなだったように記憶しているので
あのシーンはパターン化しているということなのでしょうか…。
クライマックスの鬼退治シーンなどは絵師の好みや注文主の趣味が反映されてか
それぞれの作品ごとの違いや個性が見られるのに、
お洗濯シーンはどれも似通った構図(たぶん大江山絵詞が発端)なのがちょっとおもしろかったです。
他にも鬼たちが出迎えるシーンとか、頼光たちが鎧に着替えるシーンとかの構図も似てたな…。
やっぱり絵師の皆さん、バトルみたいな派手なシーンとかじゃないと想像力が燃えないのかもしれない。

鬼といえばそろそろ節分が近いのでそわそわしています…。
今年も日本中の鬼たちが痛い思いをして逃げ惑う季節がくるね…。
豆を投げつけられ、追い出され、逃げてきた鬼たちをかくまって手当てして
こたつであったかいおうどんとおみかん食べさせるオバチャンになりたい。


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ショップにあった変形はがきに笑いました。
安倍晴明から仕事を終えた源頼光への挨拶はがき(笑)。
ここは企画展ごとに歴史上の人物になりきってはがきを書いてくれるので楽しい。

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庭園に出てみました。
風がむちゃくちゃ強い日で寒かったけど、もう梅の花が咲いてる!

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燕子花のお庭は冬ごもり中。
燕子花図屏風が展示される初夏には、またここが花でいっぱいになるのだ。

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庭園の一番奥にある薬師堂に去年、水琴窟ができたと聞いて。涼しげでよい音がしました。
燕子花の咲く頃とか夏とか、涼しいものが恋しくなる季節にまた聴きに来たいですな。


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(最近シンカリ感想で追記を使ってしまっているので、お返事が遅くなって申し訳ないです)

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