猫・本・歴史・アートなど、その日見たもの考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。
雨がくる虹がたつ。
2017年11月10日 (金) | 編集 |
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丸木美術館に行ってきました。
彩の国民でありながら一度も行った覚えがなく(遠足や課外授業とかでも行ってない気がする)、
ずいぶん時間がかかってしまいましたがようやくの訪問です。

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きっかけはこちら。「丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢」を見たくて行きました。

丸木スマは丸木位里の母で、息子たちにすすめられて70歳頃から絵を描き始めていて
特に絵の教育を受けた人ではないけど水彩やクレヨンでたくさんの絵を描いたおばあちゃんだそう。
丸木夫妻は有名ですが、スマさんについては今回の展覧会を知るまで全然知らなくて
絵を見る機会をくださった丸木美術館さんに感謝。
広島に生まれ育ったスマさんは夫とともに船宿と農業をしながら暮らしていたそうです。
70歳の時に被爆し、翌年に夫を亡くして「何もすることがなくなった」とこぼしていたら
既に画家だった位里・俊夫妻が絵を描くことをすすめたのだそう。
73歳のときメバルの絵を家族に褒められたのをきっかけに本格的に絵を始めて
1950年には女流画家協会展にて初入選・特別陳列となり、
「簪」で院展にも初入選しその後3年連続で院展に入選しています。すげえ。

鉛筆による「自画像」が歯を見せてニコ~っと笑った皺だらけの顔でかわいい^^
画風はアンデパンダン的というか、遠近法など何するものぞというような、童画のような素朴さがあって
主に水彩とクレヨンで描かれる故郷広島や自然の風景、動物たち、木や花などの色彩は豊かです。
スマさんが暮らした三滝村の風景は牛のいる農家とか夕暮れの畑にごろごろ並べられた野菜とか
馬喰や柿もぎなどで働く人々の溌剌とした表情もよかったし、
「一粒百万倍」の花いっぱいのバンザイ感が幸せそう~!
四季の花たちも木蓮やツツジ、夏みかん、紫陽花、カンナ、ひまわり、山ごぼう、菊、紅葉、水仙など
カラフルな色遣いで楽しんで描いたんだろうなあというのが伝わってくる。
河童の絵が、手足長くて全身緑色という河童が~!
広島の妖怪はヒバゴンしか知らないけど河童の昔話もあるんだろうか。
仙人の絵も、瓢箪や笠を持ったひげもじゃのおじいちゃんたちがひしめいていて
本当に子どもがスケブに思い切り描いたような奔放さがあった。

動物の多くはつがいや家族などの構成で描かれていて
1枚の絵の中にピンで描くことは少ないみたい。
院展に入選した「簪」は虫や鳥たち、黒猫、ネズミ、蛇たちが咲き乱れる花のなかにいるし
「おんどり」は花の中に鶏たちがひしめいているし
「母猫」は子猫たちに授乳する母猫がじーっとこちらを見つめているし
「めし」は猫だかネズミだかよくわからない生き物が4匹いて同じ釜の飯を食っているし
「菊と猫」は菊の花に黒猫が寄り添っているし
「雀と猿」はまるで猫みたいな造形の猿がおもしろいし
「野」は白いウサギたちがとってもかわいい。
スマさんはよく猫を描いてるけど一緒に暮らしていたんだろうか、
展覧会を紹介する新聞記事には黒猫と一緒に写った写真が載っていました→こちら
(そういえば丸木夫妻もシャム猫を飼っていたけど(よりによってピカ(雌)とドン(雄)という名前をつけてた)、
子猫も生まれてかわいがっていたというのをどこかで読んだ覚えがある…。
松谷みよ子さんの『黒ねこ四代』も俊さんが挿絵を描いていたよね)
最後の最後にあった「丸木スマ個展ポスター」が最高にたぎった!
1952年1月に福屋というお店で6日間だけ開催された個展で
「絵は誰でも描ける 八十のおばあさん」「院展入選作等150点陳列」とかコピーもよかったし
主催はおばあさん画伯を支える会だし後援も中国新聞社とか広島市教育委員会とかしっかりしてて
おばあちゃんすげえよ!ってなった。
というか、わたしが全然知らなかっただけなんですが
スマさんの展覧会って現代でも定期的に開かれてるみたい…おばあちゃんすげえよ。

「ピカーゆうれい」と「原爆の図デッサン」はこれスマさん自身の経験が元になってるのかな…
原爆の図デッサンはこれまでずっと横向きに展示されていたようですが
ピカドンが発見されたことで縦向きだったとわかり今回から初めて縦向きに展示されるそうです。
横に寝ていると思われていたのかな?展示されている様子はこちらに画像があります。
最近発見された「ピカドン」は広島市三滝町にある丸木家の親族宅にあったそうです。
中央に橋がかかり川が流れていて(三滝橋と太田川でしょうか)、
ピカーゆうれいと原爆の図デッサンによく似た人たちも描きこまれています。
8月6日に自宅で被爆したスマさんは三滝の川の下へ逃げたということなので
その情景なのではと考えられているそうです。
「カニの図」は3匹のカニが波打ち際にたたずんでいる絵で吉川英治氏の旧蔵品だったらしい。
関係者によると吉川氏の秘書の1955年11月の業務日誌に
「赤松俊子(丸木俊)氏来訪、(中略)その折丸木スマ女史筆のカニの図贈らる」とあるそうです。
長らく行方がわからなくなっていましたが3年前に吉川氏の旧宅から発見されて今回が初公開とのこと。


あと、展示室をうろうろしていたとき一角に「小高文庫↑」と書かれた館内表示を見かけて
みしみしと音を立ててきしむ階段を登っていきましたら。
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2階に丸木夫妻のアトリエがありました。

もともとこの美術館の建物は武州松山本陣小高家の書庫だったらしく、
丸木美術館に寄贈された際に1階を展示室にして、2階をアトリエとして夫妻が使っていたようです。
室内には夫妻の遺品である机や画材、画集や絵本、関連資料などが展示されています。
大きな窓からは都幾川が見え、夫妻もこの景色を眺めたんだろうなァとしみじみしました。


そして2階の別室には丸木位里・俊夫妻による「原爆の図」の展示室があります。
原爆の図は第1部~第15部までの連作になっていて
最初は「幽霊」(1950年)1作だけの予定だったそうですが後に3部作の構想となり、
その後も夫妻が折に触れて描き進め、およそ32年をかけて15部のシリーズになったそうです。
丸木美術館ではそのうち1~14部を鑑賞できます。(第15部「長崎」は長崎の原爆資料館が所蔵)

夫妻による原爆関連の作品に関しては、学生時代に修学旅行で長崎へ行った際に「長崎」を見たのと
広島旅行で見た再制作版や、絵本『ひろしまのピカ』などで触れている程度ですし
原爆の図も社会科の資料集とかでは見たことありましたけど本物を鑑賞するのは今回が初めて。
きちんと鑑賞できるかな…という不安もあって長らく先延ばしにしていましたが
スマさんがきっかけをくれたと思って展示室に入りました。
四曲一双の屏風がズラリと並んで、すべてが主に白と黒で表現され、時々赤やオレンジが入っていて
たぶん位里さんが水墨画家なのでああいう表現になったのかな…などと。
わたしが展示室にいた時間にたまたま学芸員さんのギャラリートークがあったので聞いたのですが
「この絵にはきのこ雲や原爆ドームが描かれていない。雲の下にいる人たちがどうなったかを描いている。
屏風は縦1.8m×横7.2mだがこれは人間や動物を等身大に見せるためです」という説明が印象深かった。

丸木夫妻は戦時中は関東に住んでいて、原爆投下3日後には広島に入り救援活動を行っています。
5年後に発表された原爆の図第1部「幽霊」は原爆投下直後の様子を描いていて
あれは夫妻の経験が元になっていそう。
あと資料集とかで見ていたときはまったく気づかなかったのですが人の足元に猫の死体が描かれていた…
とてもつらかったけど気づけてよかったとも思いました。
全体的にデッサンがしっかりしていてぐにゃりと曲がった人間も骨格や肉付きがよくわかったし
表情とか手とかも筋肉を意識して描いてるように見えて余計に生々しさを感じました。
画風はキュビスムやフォーヴィスムとか近代日本画とかの影響がありそうに思う…
あまりはっきり影がついてなくて奥行きもないし、どちらかというとのっぺりとしたタッチでしたね。
すべての屏風が印象深かったけど特に強く残ったのはやっぱり色がついてる絵かもしれない、
第4部「虹」はきのこ雲が湧いた後に黒い雨が降って虹が出たという話が元になっていて
黒い空の片隅に赤と青のすじがすっと引かれているのとか。
第12部「とうろう流し」の、鎮魂のため燈籠を流す人々が抱える燈籠の色彩がきれいで
人の顔や骨が描いてあるのは何となくわかる気がするんですが猫が入った燈籠もあってやっぱりつらかった。
第9部「焼津」や第10部「署名」は人々の強い表情から目が離せなかった…
焼津の絵の隣には和光市中学校の生徒が制作した第五福竜丸の模型(2007年寄贈)が展示されていて
焼津の絵に亡霊のように描かれている同船と対比しているように見えた。
(他にも美術館には鶴ヶ島市の高校による平和記念公園の模型や
松山女子高校の旅行班による広島市産業奨励館(原爆ドーム)の模型、
朝霞市の中学生による千羽鶴と手を繋ぐ男女の絵などが寄贈され展示されています)

こんなのもあるんだ、と思ったのが西陣織で制作された原爆の図。
大阪の実業家の福西さんという人が広島に知り合いが多く、供養のため緞帳を作りたいということで
夫妻に下絵を注文したらしい。
西陣織は2年間かけ制作され1978年に完成・寄贈されていまして
福西さんの希望できのこ雲や原爆ドームが描かれているのが特徴でしょうか。
また、別室の展示室には「水俣の図」(1980年制作)や「南京大虐殺」(1975年)、
「アウシュビッツの図」(1977年)などもありました。
キャプションは夫妻が絵に寄せた言葉が書かれていたのですが
「水俣・原発・三里塚」の絵に「成田空港は半分ほどできましたが」とあって
おお、この絵が描かれた当初は成田はまだ完成してなかったのか…と歴史を垣間見た思いがした。

あと、夫妻は別に原爆の絵ばかり描いていたわけではなく他のテーマの絵も見られました。
俊さんの「鳩笛」(1960年)はとてもよかった!
鳩笛を吹く着物姿の女性の絵で、アヤメの花が添えられていて素敵でした。
位里さんの妹・大道あやさんの絵もあって(越生に住んだ人で美術館もあるよね)、
「解放」(1980年)は梅の花が画面いっぱいに咲いた中を鶏や犬が走り回っている絵で
画風もテーマも明らかにスマさんの影響がある作品でした。
彼女は生前「犬や猫がいていっぱい花が咲いてる絵を見たらみんな『平和がええのう』と思うじゃろ」と話していたそうな。


2階の展示室の一部はアートスペースとなっていて「富丘太美子展 鋳物工場」が開催中でした。
富丘さんは仕事を定年退職してから油絵を描き始めたそうで
亡くなった夫の三郎さんが描いていた鋳物工場や、そこで働く鋳物師に惹かれ描き続けているとか。
圧倒されたのが光の表現で、工場の内部に飛び散る光と背景のコントラストとか
天井から降り注ぐ陽の光とか、光の当たらない工場奥の青さとか。
溶湯の赤やオレンジの色彩がとても強烈で、工場にいるわけでもないのに熱さを感じました。
100号作品が多いせいか余計にそう思えたような…大きい作品は臨場感があるよね。


そういえば吉永小百合さんが今年5月に丸木美術館にいらっしゃったらしく、
直筆の色紙がミュージアムショップに飾られていました。
「今、私達にできることは丸木夫妻の絵をしっかりと受け止め、次の世代に伝えていくことです」という
力強い一文が文末に記されていました。
あと高畑勲氏も9月にいらっしゃったとかで感想を語ってらっしゃいます→こちら

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美術館の向かいに立つ原爆観音のお堂。
左奥にあるのは流々庵といって夫妻が晩年にアトリエとして使った建物で
今は来館者の休憩所になっています。

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石でできた観音像。
スマさんの「ピカは人が落とさにゃ落ちてこん」という言葉の色紙も飾られていた。

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建物の外観には鳩や魚、貝殻などのレリーフが飾られています。
原爆の図の「とうろう流し」や「署名」などにも鳩が描かれていたっけな…。

「翔べ 翔べ 鳩よ 高くあこがれながら
翔べ 翔べ 白い鳩よ 明日は虹色の空へ」
(ダ・カーポ『鳩の詩』)より
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どうしてなの?
2017年10月16日 (月) | 編集 |
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上野の森美術館の「怖い絵」展に行ってきました。
ドイツ文学者の中野京子氏の著書『怖い絵』をヒントに
絵に込められた物語や時代背景を読み解きながら鑑賞しようというコンセプトの展覧会です。
(中野氏は展覧会の監修も務めキャプションにメッセージを添えておられます)
本は出版された当時に読んでいますが、そのラインナップが来日するのかと思いきや
今回は展覧会のために改めて選ばれた作品が展示されています。
本に載っていた絵もいくつかあったので「おーこれは」などと読書当時を思い出したりもしました。

ベストセラーの企画のため初日から大混雑と聞いて、公式の混雑情報も確認しつつ行ったら
入場までだいぶ待つ羽目になったし会場でも絵の前に常に10人くらい人がたゆたっていたよ…!
こりゃ会期末まで混む一方な気がする。
あと音声ガイドを借りている人が多く、彼らは解説を聞き終えるまで絵の前で不動明王になるので
それも混雑の要因になっている気がします。
いや、せっかくだし解説ゆっくり聞いてもらっていいんですけどね。キャパがね。会場の問題ですね。


幽霊や妖怪、地獄絵、ホラー、グロ絵画など恐怖をテーマにした展覧会はたくさんありますけど
今回は見たままに怖い絵のほかに一見、怖くないと感じる明るい絵や何気ない日常風景の絵も
視点を変えたり歴史や画家の背景を知ると「あれ、もしかして怖い絵だったかも」とか思えてきて
絵画の見方が深くなるようなキュレーションになっています。
いわくつきとはまた別の意味でゾクゾクっとするというか。
テーマがテーマなので悪魔や怪物、犯罪者、戦争、社会問題などの絵が多くて
神々や天使がいたとしても気まぐれに人間を動物に変えたり街を破壊したりするし
人間たちは神々や自然に振り回されたり欲望のままに行動したり争ったりしていて
「えぐい」「こわい」「うえっ」「ひでぶ」「あーあ」とか言いたくなる絵が多かったのも
いつもの鑑賞の雰囲気と違って楽しかったです。
そして見れば見るほど制作の背景や意図を知りたくなるんだ…うまい構成になってますよ。
この見方を応用すれば普段あまり怖いと思ってないモネやルノワールが怖く見えてきそうだし
ムンクやゴヤはもっと怖くなりそうです。楽しい。

作品は6つの章ごとに展示されていて、まずは神話と聖書。
トップバッターで出迎えてくれる「オイディプスの死」は
母と結婚したことに絶望したオイディプスが娘たちに添われて死を迎える場面の絵で
両目をえぐられた顔がこっちを向いてるので「おぶぅ」(ぼのぼのの声で)とか言いたくなりました。
最初からこれか。容赦ないな。。
続いて「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」。
杯を差し出す魔女キルケーの後ろに鏡があり、オデュッセウスと思われる男性が写っていて
キルケーの足元には魔法で豚に変えられたオデュッセウスの部下たちが転がっています。
結構大きくて迫力のある絵ですがやってることめっちゃえげつないすな。。
「オデュッセウスとセイレーン」は、キルケーの島を去った船上でうっかり耳栓し忘れたオデュッセウスが
海の魔女セイレーン(サイレンの語源)たちの歌う歌に惑わされ狂乱させられる絵で
とてもきれいな絵なのですがやってることはやっぱりえげつない。
(ちなみに耳栓をしなさいとアドバイスをくれたのはキルケーなのですが
オデュッセウスは「そんなに美しい歌なら聴きたい」とか思っちゃったらしい…アホの子なのか)
「ソロモンの判決」は1人の子どもを2人の母親が自分の子だと主張するので
ソロモンが「じゃあ子どもを真っ二つにして2人にあげる」と、とんでもないことを言うと
1人は「裂いて」と言い1人は「裂かれるくらいなら彼女に譲る」と言ったので
本物の母親がわかり子どもは返された…という場面の絵画化。
有名なテーマなので別の画家の絵も見たことがありますが、今回のジャン・ラウーは
子どもの足をつかみ剣で裂こうとする男性が中央にいて、ソロモンは右におりました。
「ソロモンすげえ」がテーマなので(実際は神に知恵を借りたんだけど)こういう構図は珍しいな。
口から血を流した「飽食のセイレーン」や首だけになっている「オルフェウスの死」は
割とわかりやすい怖さですけど、
「スザンナと長老たち」のような絵は彼女が無実の罪で告発された人だという背景を知らなければ
いわれのない恐怖におびえる彼女の表情を読み取れないんだな…。
血を流したり骨だったりする視覚的な恐怖のほかに、心が感じる恐怖も絵画にはたくさん描かれてきたよね。

続いて悪魔、地獄、怪物。
人に悪夢を見せ性交する「夢魔」の絵は一時期流行したようで、
フェーズリの夢魔はベッドから落ちそうな態勢で眠る女性の隣にゴブリンのような夢魔がいて
目がギラギラ光っていて、ついでに家具の木馬の眼もギラギラ光ってて怖い。
トニ・ジョアノの夢魔は眠る男性の上にゴルゴンとスフィンクスをミックスした怪物がいて
さらに女性の夢魔が手を伸ばしている。
16世紀のオランダ派による「聖アントニウスの誘惑」はバベルの塔展で見た同テーマの絵みたいな、
へんな生き物がアントニウスの周りをうろうろしてカラーマンガみたいな雰囲気で
これだけの誘惑を拒絶しなければならない苦労を思うとちょっと笑えてくる。
他にもダンテの『神曲』の地獄とか、「ホップフロッグの復讐」の火あぶりのシーンとか
酔っ払いの乱痴気騒ぎに破壊の天使と悪魔が乱入してさらにハードコアみが増してたりとか
割とわかりやすい作品が多めだったけど、ビアズリーの「サロメ」のための挿絵はぞくっとします…
踊り手の褒美は例のヨカナーンの首を愛でるサロメのシーン、
章末飾りは原作にないサロメの埋葬シーンで黒い棺桶にFINと刻んであって
物語の終わりと同時にサロメの終わりも暗示しているような。
さらにギュスターヴ・モッサの「彼女」もめっちゃ怖かった…。
男性の遺体の山に巨大な女性が座り、彼女の頭にはガイコツが、股間には猫の顔があって
光背に「これがわたしの命令、わたしの意思は理性にとってかわる」とラテン語で書いてあり
たぶん彼女はマン・イーターでお食事中なのではないかという…。
モッサは初めて知った画家ですが少しぐぐるだけで強烈な画像が出てきます。興味ある方はどうぞ。

異界と幻視。
イソップ寓話を題材とした「老人と死」とか、ロープを持つガイコツのいる「母親と死神」など
ガイコツに死を見る表現が多かったなあ。
ムンクの「死と乙女」ではガイコツと生身の女性がキスしているし
ゴヤの「恐怖の妄」には軍人に手を差し伸べる白い亡霊の姿が描かれていました。
ルドンの『エドガー・ポーに』から「目は奇妙な気球のように無限に向かう」はバックベアードみたいな目が、
「仮面は弔いの鐘を鳴らす」は人顔の仮面をつけたガイコツがものすごいインパクト。
マックス・クリンガーの「手袋」はエッチングの連作で
女性の落とした手袋を拾った男性が幻想的な世界に迷い込んでいくストーリーが妙に心地よくて
キリコやダリみたいだと思ったら彼らに影響を与えた人だったのね。道理で。
チャールズ・シムズの「小さな牧神」は子どもと一緒に踊る牧神(山羊の角を生やした半人半馬の神)が
とても微笑ましくて画面の色彩も明るくきれいで、あれは怖いというよりファンタジックな作品だった。
「クリオと子どもたち」も青い空にどこまでも広がる緑の草原と、一見とても明るい絵だし
女神クリオの話を聞く子どもたちもとても楽しそうなのですが
クリオが膝に広げる巻物にはなぜか赤い絵の具がべったりとついていました。
元々は赤くしてなかったそうですが、作者のシムズが第一次大戦で息子を亡くした後に入れたそうです。
それを知ってから見るとこれは悲しみの絵でもあるのだなあと思う。

現実。
ウィリアム・ホガースの「娼婦一代記」は田舎からロンドンに来た少女モル・ハッカバウトが
望まぬまま娼婦となりやがて身を滅ぼしてしまう、当時の社会問題を痛烈なまでに表現した版画連作。
商人の妾となったモルが娼婦になり、逮捕され、出産するも梅毒で亡くなってしまう過程に
倒れる鍋や自分を偽る仮面、魔女を暗示する黒い帽子やほうき、散らかった部屋などが随所に配置され
最後のお葬式のシーンでは誰ひとり涙を流さない中、
棺を覗きこむ白い服の女性(モルの亡霊とされる)だけが悲しげな顔をしている。
なんでこんなになるまで誰も助けなかったんすか…まだ23歳ですよモルちゃん…!
労働者階級の母娘の自殺とか、川に身を投げて引き揚げられた女性の遺体とか
今にも通じる労働問題の作品もあって怖いというより胸が痛む。
ゴヤが1808年の半島戦争をテーマに制作したエッチングも
死体の山を前にして鼻をつぐむ男女とか、切り刻まれた遺体をつるした木とかとにかく残酷で
でもゴヤはきっとこれ以上の地獄を現実に見たんだろうな…他にも戦争絵画をたくさん描いた人だしね。
正体はジャック・ザ・リッパーではないかという説があるウォルター・シッカートの「切り裂きジャックの寝室」は
シッカートが借りたというジャックの部屋を描いた作品なんだそうで
窓だけが異様に明るくて窓辺に立つ人物が真っ黒、今にも振り返りそうでした。ひいぃ。
びっくりしたのがセザンヌの「殺人」。
男女が2人がかりで女性を殺していて色彩もめっちゃ暗くてほんとにセザンヌなのって思った、
林檎や風景画しか知らなかったからファッって声出るとこだったよ…!こんな絵も描いた人なんだね。
セザンヌは成功するまでの下積み時代に本当に本当に苦労したらしくて
ああいう絵でも描かなきゃやってられなかったのかな…人に歴史あり。

崇高の風景。
ターナーの「ドルバダーン城」は荒れ地の崖の向こうに大きな古城がそびえているのですが
躍動感のある夕焼雲に対してお城は荒涼としてまるで廃墟のようでした。
その昔、ウェールズの王族オワインが弟との権力争いに負けて20年以上も幽閉されたのが同城だそうで
何だか怖さもさびしさも感じられる作品でした。
ジョン・マーティンの「ベルシャザールの饗宴」はバビロンのベルシャザールで宴会の最中に
空中に手があらわれて古代建築の壁に文字が書かれる奇跡についての絵で
壁の文字がピカーッと輝いてるのも、空に光る雷もすごくきれいだったし
驚き様々な表情をする人々も生き生きとしていました。
ギュスターヴ・モローの「ソドムの天使」はソドムを滅ぼした天使(白)と街(黒)のコントラストの対比がすごい、
あと天使は必ずしも人間の味方ではないという事実を思い出せました。
彼らは神の命令とあれば人を救うし試練を与えるしジェノサイドもする。つよい。
フォード・ブラウンの「ユングフラウのマンフレッド」は男性が山頂で自殺しかけたのを猟師に止められる絵で
自然の脅威というか畏怖というか、惑わされてしまう人間がテーマなのかな。
自然といえばジョージ・スタッブスの「ライオンに怯える馬」という絵もあったけど
ライオンと白馬は一対一で、ええと、だったらライオンは馬を襲わずに立ち去るんじゃないかな…
とか…そんな野暮なことを言ってはいけないね…;;;
そんな中ムンクの「森へ」は異彩を放っていた。
深い森の中へ向かう裸体の男女は自分たちのなりゆきを全て自然に任せているような印象でした。
ムンクの絵は強烈ですが不思議とまた見たくなるよね…前にも書いたけど。

歴史。
ゲルマン・ボーンの「クレオパトラの死」は裸で毒蛇に噛ませて自殺したというエピソードの絵画化で
まあよくある内容ですが(そして史実ではないですが)
さすが女王で衣装もめっちゃ豪華だし、寝台にエジプト風絵画が描いてあったりした。
ジャック=ルイ・ダヴィッドの「セネカの死」は皇帝ネロの師であるセネカが
血を流し、毒をあおり、風呂に入れられ、発汗室で熱風をぶっかけられ亡くなったという話の絵で
なぜそんな目にあわされてしまったのかセネカさん…ネロあいつほんとやべぇな…!
ジャン=ポール・ローランスの「フォルモススの審判」は亡くなって埋葬された前教皇フォルモススを
現教皇ステファヌスがお墓から引きずり出し裁判にかけ有罪にしたという史実を絵画化していて
正装した死体が椅子に座らさせている図が何ともシュールでした。足元に置かれた香炉が悪臭を物語っている…。
(ちなみにステファヌスはその後民衆による反動で捕らえられ殺されたそうです)
同じくローランスの「ボルジアの犠牲者」は教皇の息子が一族を邪魔者とみなし次々に殺害させた事件で
絵はいましも仕事を終えた暗殺者が立ち去る場面を描いていて
部屋に倒れた人物のおびただしい血を見てなぜか
アガサ・クリスティのポアロのクリスマスを思い出しました…あれもめっちゃ血のある事件だったね。
オラース・ヴェルネの「死せるナポレオン」はオリーブの冠を被って横たわるナポレオンの顔のアップで
目が落ちくぼんでるわ頬はげっそりしてるわ。
フランス派の「マリー・アントワネットの肖像」は対照的にまだ少女だった頃のマリーが微笑んでいました。
フレデリック・グッドールの「チャールズ1世の幸福だった日々」は
チャールズ1世とその家族たちが川で舟遊びを楽しんでいる絵で
とても優雅な国王一家の休日という感じですけど、岸には武器を携えた人々が待っていて
この後に国王が清教徒革命で斬首される運命も表現しているのですな。
国王の手に蝶番付きの本があって、本が好きな人だったのかなあとか考えてしまいました。

そして、今回の目玉作品でキービジュアルにもなっている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は
思ってたより大きかったということもあって、現場に居合わせているかのようなリアリティがありました。
印刷を見ていた限りでは、目隠しされたジェーンの表情からは理性も感情も感じなかったけど
実際に本物を見ると彼女の表情から様々な情報がわっと押し寄せてきて一瞬、混乱してしまった…
なんていうのかな、何も考えていないようで、でもここに来るまで色んなこと考えてそうというか
これから自分の身に起こることが本当の意味ではわかっていないような、でも半ば諦めてもいるような。
展覧会のコピーにありますが「どうして」こんなことになったのかと問う声が聞こえる気もします。
その日の気分や体調や季節でまったく違う感情を抱きそうな絵だと思いました。あと額縁が超豪華。
作者のポール・ドラローシュはリアリティのある歴史画を多く残した人ですけども
(ドラローシュがナポレオンのアルプス越えを理想的にではなく現実的に描いた絵とかあるし)、
実際のジェーンは黒いドレスに屋外で公開処刑されたのでこれは画家の作ったドラマなのですな。
周囲が真っ黒だし光の当たってるジェーンに真っ先に視線がいきます。計算されている絵だ。
(あと、この絵はパリのサロンに出品されたのちロシアに渡り、テート・ギャラリーでは洪水に遭い、
一度ルーブルに移されたのちナショナル・ギャラリーが買って今に至るそうです。
展示室でこの絵の前だけ床がすり減るくらいの人気作なのだそうな。めでたい)

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美術館の入口にあった看板。
ちょっとわかりにくいけど雨が降っていて、雫がジェーンの顔を濡らしてまるで泣いているようにも見えました。
自然と絵画のコラボアート。

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上野エキュート内にあった紙兎ロペとのコラボ。撮影スポットになっていました。
ロペとアキラ先輩と一緒に上野のパンダが震えております。かわいい。


あと、この日は両国まで足を延ばして
先週、山口晃氏が行った大ダルマパフォーマンスの絵を見にYKK60ビルまで行きました。
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ビル1階アトリウム、ガラス張りの明るいホールに達磨が!いた!!
ちょっと想像以上にでかかったので「うおお」って声出るところでした…寸止めしたけど。
係の人に伺ったら撮影OKとのことでパチリ☆

右のモニターでは山口氏が大ダルマを描いたときの動画が、短く編集され上映されていました。
1817年に葛飾北斎が名古屋で行った、120畳もの紙に達磨を描くライブパフォーマンスを
200年の時を超えて山口氏が行うとは…!
すみだ北斎美術館さんも思い切ったことを企画なさったし、受けて立つ氏もすごい。
動画を見ると葛野流太鼓方による三番叟の演奏に合わせて
山口氏が3人の補助の方とともに巨大な筆を縦横無尽に走らせながら
約2時間ほどかけて描きあげたとのことでした。
描く様子を見学したかったけど(公開パフォーマンスでした)行けなかったのでせめて絵をと見に来たけど
絵だけでもナマで見られてよかったです。
墨のかすれ具合とかボカシとか、本物は迫力が違いますのでね^^

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2階の通路からも見学できました~真正面から見る大ダルマはさらに迫力倍増。
北斎が描いた達磨は微笑んでいたみたいだけど、山口氏の達磨は前方をにらんでいますね。

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山愚痴屋のサイン。
大ダルマは22日まで展示されているので気になる方行って見てくださいね~。

kawasan.jpg
YKKビルに行く途中で見かけた看板ズ。
左が「河竹黙阿弥終焉の地」でビルの道路を挟んで斜め前にあって、
右が「三遊亭圓朝住居跡」で道を1本入ったところの児童公園にありました。


hokuoneko.jpg
帰りに寄った上野アトレのHOKUOにて黒にゃんこパンをゲット☆
ハロウィンまでの限定のパンだそうです~~最後の1個だった!よかった寄ってよかった。

で。
そのまま帰る予定でしたが何となく近くの上野のものに寄ってご当地ものを眺めていたら。
kikyoshingen.jpg
桔梗信玄餅クレープだーーーーークレープ発見!!!
えっ何そんな冷凍コーナーにごそっと入って売られてるんですか、買うに決まってるじゃないすか!!
というわけで保冷剤入れてもらって2本お持ち帰りしました。
あ~びっくりした……まさか出会うと思ってなかったから。寄ってよかった(本日2回目)。
これからはわざわざSAやPAで探さなくてもよくなる!ぞ!!\\ ٩( 'ω' )و //
泥中の蓮、獅子奮迅、象は忘れない、岩をも通す、渡る世間に鬼はない。
2017年10月13日 (金) | 編集 |
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根津美術館の「ほとけを支える-蓮華・霊獣・天部・邪鬼」展に行ってきました。
仏画や彫刻などを中心に仏像の乗り物に焦点を当てた展覧会です。
改めて見ると皆さん蓮をはじめ鳥獣、宝床、雲など様々なものに乗ってますね…
こういう一面をクローズアップした企画は大好物で、内容もとても楽しかったなあ。

今回、紹介されていたのは主に以下の乗り物が表現された掛軸や彫刻です。
・宝床:涅槃図などで釈迦が寝ている寝台
・蓮華座:蓮の花。蓮台とも
・鳥獣座:蓮華をのせた動物。普賢菩薩の白象や文殊菩薩の獅子など
・岩座:岩の台。盤石座とも
・鬼:四天王が踏む
・荷葉座:蓮の葉の形をした台。天部の事例が多い
・瑟々座:四角い岩を積んだ台。不動明王の台座
・雲座:来迎図などで仏が乗る雲
・その他:シヴァ神、水牛、鯉などに乗った絵もある
なお今回の展示品はすべて根津美のコレクションだそうです。

まずは宝床。
涅槃図に描かれる宝床が立派なのは前から気づいていたけど
絵師によってデザインも模様もそれぞれ違いますね。
(そして今回の涅槃図に猫は見当たらなかった…)
そういえば先日のボストン美術館展で見た英一蝶の涅槃図の宝床もきれいだったなあ。

おなじみの蓮華座。
南北朝時代の釈迦三尊像は赤い衣をまとった釈迦が蓮台に乗ってまして
一般的に蓮台は花弁が仏を包むような形(仰蓮)をしていますが
この絵は花弁が下向きにべろ~んと開ききって内側におしべがびっしりついてるのが特徴的でした。
こういう形は今まで見た覚えがない…それとも覚えてないだけなのかな。
気になるので今後仏画を見る機会があったら注意してみようと思います。
釈迦の隣に坐す文殊菩薩と普賢菩薩はそれぞれ、おなじみ獅子と象に乗っていたけど
立ってる姿が一般的な獅子と象がこの絵ではペタンと寝そべっておりました。
この絵は色んな意味で画期的なのかもしれない…!
同じくちょっとおもしろいなと思ったのが平安時代に描かれた密教の大日如来像
ものすごく豪華な蓮華座から衣を垂らしていて、それが何となく花弁のようにも見えて
より華やかな絵になっているなあという印象がありました。
南北朝時代の釈迦三尊十六羅漢像では
釈迦は獅子のいる蓮台に乗り框座(泥沼の水面)は二重にかさねて巨大でした。
鎌倉時代の愛染明王像は赤い蓮華座(足元には宝珠を放出し続ける宝瓶つき)に座っているし
千手観音二十八部衆像の観音菩薩も赤い蓮華座にすわっておられました。
蓮華の色に注目したことがあまりなかったのでびっくり、白だけじゃないんですね。
壬生寺地蔵菩薩像は京都の壬生寺にある地蔵菩薩の彫刻を絵に模写したもので蓮台に乗っていました。
本物は1962年に焼失してしまったらしいので今となってはこの絵が彫刻を知る貴重な資料ですね…。
室町時代の七星如意輪観音像も蓮華座にすわって
頭上には北斗七星を擬人化した七つの星を頂いていてかっこよかった。
鎌倉時代の善光寺縁起絵では天竺で造られた阿弥陀三尊が善光寺に安置されるまでの物語で
ひとつひとつの場面が下から上へストーリーが進む形でぐるりと描かれて何だかマンガみたいだ…
中央に反花の蓮華に乗った阿弥陀三尊が描かれていまして、
善光寺の阿弥陀三尊は秘仏なのでどんなお姿かもどんな台座においでなのかもわかりませんが
この掛軸はヒントになるのではないかなあ。
そして隣に展示されていた勢至菩薩立像は両手を胸の前で水平に重ねていて
これは善光寺阿弥陀三尊のポーズなのだそうです。そして蓮華の框座に立っておられた。

鳥獣座。
文殊菩薩の乗り物が獅子なのは彼の知恵が獅子のように強いことをあらわしているそうです。
室町時代の稚児文殊像は童子が獅子にまたがっていて
これは文殊菩薩が奈良の春日信仰では若宮の本地仏とされる(本地垂迹説)ことから
童子の姿で描かれたのではないかとのこと。
平安時代の普賢菩薩十羅刹女像は蓮華に乗った普賢菩薩を白象が支えていて
周囲には眷属の十羅刹女たちが唐風の衣装で描かれています。
普賢菩薩は女人往生を説く法華経に登場し信者を守ってくれるとされ、
十羅刹女たちとともに表現されることもあったようです。
また、密教の普賢延命菩薩像も白象に乗ってますけど
象が一身三頭の姿で描かれていてちょっとおもしろかった、
密教はヒンドゥー教の神々を取り込んだので仏の姿と台座の種類がぐっと増えたそうです。
大日金輪・不動明王・愛染明王の掛軸は大日が獅子、不動が瑟々座、愛染が框座に乗っているし
尊勝曼陀羅で中央の大日如来は獅子、周りを囲む八大仏頂は蓮華に乗っているし
十二天のうち水天は亀に乗っていたりする。
シヴァ神夫妻を倒したという伝説のある降三世明王はそのまんまシヴァ夫妻を踏みつけていて
鬼を踏む例はよく見るけど神を踏むというのは初めて見たのでびっくりしました。こんな絵ありなの…!

岩。
南北朝時代の不動明王像は盤石の上に立ってるし、鎌倉時代の毘沙門天図像も平らな岩座に立っています。
盤石(堅固の意)という言葉はここからきているんですねえ。

鬼たち。
公式Twitterさんがジャッキーと呼んでおられますが
いじらしいほどにがんばっている彼らを見ているとほんと応援したくなる。お仕事お疲れさまです。
四天王、特に毘沙門天(多聞天)によく踏まれている印象が強いなあ。
鎌倉時代の毘沙門天立像は30cmほどの小さな像で慶派みたいな力強さでかっこいい、
1人の鬼(手指4本に足指3本)を踏んでいます。
白描の四天王図像(平安時代)は5本指の鬼たちを踏んでいた。四天王は巨体だから重そう、てか痛そう。。

荷葉。
鎌倉時代の弁才天像は荷葉座に乗っていました。水の神でもあるので蛇も一緒だった。
(今回は展示されてないけど鬼子母神や吉祥天などが乗る座でもあるそうです)

そして、金剛界八十一尊曼荼羅は台座の集大成のような巨大掛軸でした。
中央で大日如来が七頭の獅子によって支えられる蓮華座に乗り、
周りを囲む四波羅蜜たちは迦楼羅や孔雀、有翼の馬や象に乗って
さらに弥勒菩薩や馬頭観音が蓮華に、大威徳明王が岩に、降三世明王はシヴァ神に乗っていました。
密教ってすげぇな…台座を見るだけでその仏がどんな位でどのグループに属しているかが一目でわかる。

雲。
平安時代の来迎図の雲は空中にゆったりと漂うように描かれているけど
鎌倉時代以降は長~く尾を引く雲になって
スピード感のある斜め構図で描かれるようになる傾向があるとキャプションに書いてあって、
のんびりしていた時代から早く来てー!みたいな切迫感が出るようになったのかなあと。
南北朝時代の阿弥陀三尊来迎図とかまさに長い長い雲でおもしろいし、
阿弥陀二十五菩薩来迎図は中央に如来が雲の蓮台に立っていて
左右の雲に楽人たちが乗り楽器を奏で踊りながら下りてくる絵で
雲の航跡がくねくねしていて動きまで伝わってくる。
鎌倉時代の文殊菩薩像が、獅子に乗ってるのは他の時代と同じですけど
さらに獅子を雲に乗せて海の上を移動する姿に描かれていて
これは渡海文殊ではないかとみられているらしい。
あと、珍しく釈迦が雲に乗る釈迦如来像もあって(鎌倉時代)たぶん霊山浄土へ導いてくれる来迎図とのこと。
そういえばお釈迦様は特にこれと決まってなくて色んなものに乗ってる気がする…
涅槃図の宝床をはじめ、今回展示されていた岩上観音像の岩とか
魚籃観音像で巨大な鯉に乗って水の上をゆく姿とか。

仏教美術は見慣れているつもりだし、鑑賞する際は仏だけじゃなく台座も見てるつもりだったけど
台座ひとつひとつの形とか込められた意味などを様々な事例とともに見せていただいて
ものすごく勉強になりました。
同じように見えていた蓮華座にも色々種類があるんだな…そしてそれは祈りであり願いなんだなあ。


常設展も鑑賞しまして、青銅器の部屋にいた双羊尊ちゃんは2年前以来の再会。
茶道の展示室が今月は「菊月(旧暦9月)の茶会」というテーマになっていて
秋らしく菊や柿、栗などをイメージした茶器や調度品を鑑賞できました。
尾形乾山の銹絵染付菊形向付が、花の形をした器の内側に菊がたくさん描いてあって
乾山のいつものざっくりしたタッチがとてもよかったです。
野々村仁清の柿文水指も、本阿弥光甫の茶碗(銘:武蔵野)も落ち着いた渋い色あい。
高麗の雨漏茶碗(銘:蓑虫)は茶色いシミが内部に広がっていて
これたまたまできたのか意図的なのかわかりませんが、何ともいえない味わい深さ。
芋子茶入(銘:有明)はつるりとした手のひらサイズの茶入で
藤原俊成の「又たぐひあらしの山の麓寺杉の庵に有明の月」(玉葉和歌集5巻)が書かれていました。
千宗旦の一重切花入(銘:三井寺)は祖父の利休の園城寺を写したもので
謡曲「三井寺」は中秋の名月の日が舞台になっているので季節の茶器なのですね。
(そして三井寺は正式には園城寺という名前のお寺だ)


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帰りに東急ハンズ池袋で開催中のねこ路地2017を覗いて、コラボスイーツ「ジジ」もゲット。
他にも三毛猫や黒猫など色んな猫ケーキがあったけど迷わずこれにしました!!
ハロウィンだし、魔女猫だし、紫芋クリームで妖しさ炸裂してるし。

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後ろには尻尾チョコもついてるよ。
お尻から食べていったら渋皮栗がまるっと1個入ってました。栗がおいしい季節。栗たべたい。

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シャトレーゼの黒猫チョコケーキと黒猫練り切り。どちらも濃厚でおいしかったです☆
ハロウィンには黒猫が似合います。
芸術家たちの祝祭その2。
2017年10月08日 (日) | 編集 |
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東京都美術館の「ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション」に行ってきました。
ブロとものあやのさんと上野駅で合流してから会場に突撃しましたよ、
一緒にお出かけするの久し振りでした!よろしくお願いします!

ボストン美術館のコレクションは多岐にわたりますが
今回も様々なジャンルから選りすぐりの作品が来日していました。
古代エジプト美術のコーナーの展示品は、1905~1945年までボストン美術館とハーバード大学が
エジプトで行った発掘調査の出土品を持ち帰ったときのコレクションだそうです。
(エジプト政府が半分持って帰っていいよって言ったらしい)
高官マアケルウの偽扉はクフ王のピラミッドから出土していて
実際に開け閉めはしないけどこの扉を通して死者の魂が行ったり来たりすると考えられていたらしい。
埋葬者であるマアケルウさんが扉のあちこちに描かれていて供物もいっぱい、偉い人だったんだな…。
高官クウエンラーの書記像は王子だったクウエンラーさんのお墓のもので
当時、王の息子たちは書記を務めることが多かったとのことで、お仕事の姿の像ですね。
ハトシェプスト王の小像断片は彼女が即位する前、つまり王妃だった頃の姿の像で
額に蛇神ウエラウスを頂いていまして、それが王妃のしるしなのだそう。
そういえば3年前の女王と女神展でもこの蛇を頂いた女性の像が来日していましたっけ。

南宋時代の絵画コーナー。
徽宗(皇帝)の五色鸚鵡図巻は梅の花にとまる小さな鸚鵡の絵で添えられた書も抜群にうまい字!
絵を描く君主は多いけどこの方は特に才能がありたくさんの絵を描いたようです。
周季常の五百羅漢図のうち2点はフェノロサがボストンで企画展をやったときにも展示されたそうで
燈籠を持った鬼が蝙蝠の翼を生やして飛んでいたり、翼の生えた天狗(?)みたいな生き物が飛んでいたりして
ちょっと西洋チックな表現も。
陳容の九龍図巻が思いのほかおもしろくてじっくり鑑賞、
4本指の9匹の龍が雲間をうねりながら飛んだり荒波の中を泳いだり
とぐろを巻いて眠ったり滝を昇ったり、老人の龍が若者に何か言っていたりして
表情や仕草からそれぞれの性格までわかるような筆致。
陳容はこの絵を酒に酔った状態で描いたらしくて、曽我蕭白や河鍋暁斎みたいだと思いましたが
どこにでもそういう人はいるもんですね^^

モースやビゲロー、フェノロサらが集めた日本美術の数々。
野々村仁清の鳥形香合、かわゆい!
手のひらサイズの白カイツブリちゃんは茶色の羽模様がとっても優美でおキュートでした。
尾形光琳・乾山兄弟の銹絵観瀑図角皿は乾山の角皿に貴人が滝を眺める絵を光琳が描いていて
絵の人かわいいなあとわたしがボーっと眺めておりましたら
乾山が書き添えたと思われる漢詩をあやのさんがスラスラっと音読されて「スゲエェェェ」ってなった。。
わたし全然気づいてなかったので…気づかず素通りするところだったよ、ありがとうございます。
曽我蕭白の風仙図屏風は5年ぶりに再会できまして
蛟を退治する道士(陳楠?)、吹き飛ばされている人、白黒2匹のうさぎ、風にあおられる植物が
とても大胆に、しかし繊細に描かれていてやっぱり蕭白すごいと思った。
同じく蕭白の飲中八仙図は杜甫の詩をもとに水墨画にしたということですが
仙人たちが出山釈迦図を眺めながらワイワイ騒いでいて
なんだか杜甫のイメージからはだいぶ遠い(苦笑)でも見ちゃうんだよね~引力のある絵です。
司馬江漢の秋景芦雁図、水辺に立つ雁の絵ですが
遠近法を用いているので画面に奥行きがあるし雲の形も西洋絵画を意識してるし
顔料に油を混ぜているから他の江戸絵画と比べてかなり立体感のある仕上がりになっててきれい。
鳥居派の絵看板は、1758年8月に江戸中村座の舞台にかかった錦木栄小町の絵で
今も歌舞伎座に毎月新しい絵看板が出てますけど、あれのルーツだと思ったらすごく楽しくなって
しかも絵看板てあまり残っていないとキャプションにあってさらにすげえって思いました。
あの江戸でどうやって保存されてたのかわかりませんが…すごいね、よく残ってきたね。
酒井抱一の花魁図はきれいな花魁の絵なのですが
ボス美に収蔵される前は河鍋暁斎が所蔵していたらしく、
しかも暁斎はこの絵を抱一ではなく歌川豊春の筆だと鑑定したみたいで
「明治16(1883)年4月7日 豊春筆也 暁斎[印]」とか書きこんでしまっておりました(爆)。
ハンコ押しちゃったんかい!暁斎せんせいってば何てことを…^^;
今となってはそのサインも歴史的価値があるのでおもしろいんですけどね。
喜多川歌麿の三味線を弾く美人図、着物をさらりと着こなした女性が優雅に三味線を鳴らしていて
5つの狂歌が記してありすべて彼女の美しさの前にひれ伏す男たちという内容でした。
英一蝶の月次風俗図屏風はお正月から年末までの町の行事の様子で
一蝶はこういう絵をすごく細かく描くよなあ…。
同じく一蝶の涅槃図はボストン美術館が1年かけて修復をおこない今回が修復後初公開となる掛軸。
大きな画面いっぱいに釈迦たち仏たち、沙羅双樹、動物たちが描きこまれていました。
猫が2匹いたのもうれしかった(1匹はジャコウネコで凛とこっちを見つめていて
もう1匹は日本猫でリスの尻尾を押さえつけて寝ている姿でした)。
どこのお寺が持っていたのかな…今となっては由来もわからないね。

フランス絵画からは主にバルビソン派と印象派のコレクションが来日。
ミレーの「編み物の稽古」や「ブドウ畑にて」などからは毎日を静かに懸命に生きる人々の姿が感じられます。
あと、ミレーは静物画を3点しか残していないそうでそのうちの1点である「洋梨」が今回展示されていて
ごろりとした手触りも感じられる洋梨と添えられたナイフの光が強烈。
モネの「ルーアン大聖堂」は連作のひとつで、今回は正面の絵が展示されていまして
空が青いからたぶんお昼頃の大聖堂を描いたのではないかな、
前に同じ構図で朝とか夕方ver.を見たことがあります。
「睡蓮」も色の深い水面に花が点々と咲いてとてもきれいだった!
過去に見たことがあるようなないような…モネの絵は、特に睡蓮は似た構図が多いのでわからないけど
初めましてでもまた会えたねでも、どちらでもうれしいです^^
ドガの「腕を組んだバレエの踊り子」はドガの死後にアトリエから見つかった未完成品のひとつで
でも表情はなんとなく読み取れたな…完成してたらエトワールのような美しい絵になってたのかなあ。
クールベの「銅製ボウルのタチアオイ」は何となく色が沈んで見えたけど
これは彼がパリ・コミューンの際に広場の柱を壊した疑いで6ヶ月の刑期中に描いたことが影響しているらしい。
隣にルノワールの「陶製ポットに生けられた花」の絵があったけど対照的でものすごく明るい色彩でした…!
ルノワールの静物画ってあまり見たことないからおもしろかったです。
ゴッホの「郵便配達人ジョセフ・ルーラン」と「ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン」は
ゴッホがアルルに滞在したとき親しかったご夫婦の肖像画で、2点そろっての来日は初めてだとか。
ジョセフは立体的に、オーギュスティーヌは平面的に描かれているのが特徴です。
ゴッホはジョセフの顎髭をソクラテスに例えているそうで
言われてみればギリシャの哲学者でこういう髭の人を結構見かけるような。
オーギュスティーヌの顔色が黄色で手の色が白いのに違和感を覚えないのがすごい、色彩の妙。

アメリカ絵画。
フィッツ・レーンの「ニューヨーク港から」は港に停泊中のたくさんの船を描いていて
帆船、蒸気船、ボートなどの描き分けが絶妙。タッチが繊細できれいでした。
トマス・エイキンズの「クイナ猟への出発」は2人の漁師が乗る舟の傾きが絶妙に描かれているのですが
これを描くためにエイキンズは水平線の位置や舟の帆、太陽光の角度まで計算して仕上げたそうな。
ジョン・サージェントの「ロベール・ド・セヴリュー」は子犬を抱っこした正装の少年で
頬が真っ赤で子どもの血色の良さが出ているなあと。
ジョージア・オキーフの「グレーの上のカラー・リリー」や「赤い木、黄色い空」などは抽象絵画のよう。

版画や写真もありました。
ウィンスロー・ホーマーの「八点鐘」は六分儀で星の位置を見る男性たちのエッチング。
ヨット競技が好きだったエドワード・ホッパーの小帆船はエッチングでヨットを描いていて
ヨットを操る乗り手の体格や筋肉がとてもリアル。
同じくホッパーの「機関車」は線路で車体を眺める車掌さんたちのエッチングで
こういうの見ると何となく機関車トーマスを思い出しますね。
アンセル・アダムスの写真、特に「白い枝、モノ湖」が強烈なモノトーンが印象に残りまして
ゼラチンシルバープリント(銀塩写真)は遠くから見ると一瞬、絵みたいに見えるよな…。
(ボストン美術館はカメラが発明された頃からの写真を収集しているらしい)
アンディ・ウォーホルの「ジャッキー」。どなたかと思ったらジャクリーン・ケネディのことで
夫のジョン・F・ケネディが暗殺されて喪に服している時の写真を水色と青色に加工したもの。
村上隆の「If the Double Helix Wakes Up…」は
村上氏が学生さんたちと一緒に考えたDDB(ドボシラドボシラオシャマンベ)くんをDNAっぽく描いたそうで
カイカイキキに比べてすっきりまとまった色なのがおもしろい。
サム・テイラー=ジョンソンの静物は放置されたりんごにカビが生えて腐るまでを映像に撮影していて
なんだか九相図みたいだなあと思いました。
動く静物画って斬新だよね…そしてこれからは映像アートも保存の対象になりますね。

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イッセー尾形さんによる指人形劇「ルーランさんの夫婦漫才」で使用されたお人形。撮影OKでした。

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一蝶の涅槃図に出てくる動物たちのマスキングテープがあったので買ってしまった☆
リス、猫、虎、亀、蟹、猪、猿、鶴、狐、鳥、馬、鴛鴦、牛、犀、デフォルメされてみんなかわいい☆


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上野公園の広場で開催されていた東京江戸ウィークも覗いて来ました。
和食や日本酒がいただけたり、工芸品の販売や縁日の遊びが体験できるなど
江戸文化を紹介するイベントです。

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日本橋伊場仙さんのブースで出会ってしまった…!猫扇子。
見つけた瞬間一目ぼれして、色が茶色と黒の2種類あったので黒にしました。
扇子袋に尻尾ついててめっちゃかわいいよ~~夏になったら使いたいので今から来年が楽しみです。

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ツーショット。
「新入りかしら?」とでも言いたそうにチラ見されました。よろしくね。
カッコイイとは、こういうことさ。
2017年10月04日 (水) | 編集 |
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東博の運慶展に行ってきました☆
春に奈良博で開催された快慶展の対になる展覧会で
現在、運慶の作品と確認されたり可能性の高いとされる彫刻31体のうち22体のほか
運慶の家族や同時代の仏師たちによる仏像も展示されています。
(出品数と構成で考えると快慶展の方が充実していましたが
展示空間の使い方では運慶展の方が大胆だったように思いました)
初日が平日だったにも関わらず大混雑だったと聞いて「こりゃ派手に宣伝される前に行かなきゃ」と
慌てて行ったのですが、開館直後でもやっぱり混んでて入口でちょっと並びました。
でも展示室に入ると大きい作品が結構あって、離れた距離からも鑑賞にはあまり問題なくてよかったです。

入口で迎えてくれるのは拡大された運慶のサインと、円成寺の大日如来坐像。
1年ほどかけて制作され1176年10月19日に完成し、
「大仏師康慶 実弟子運慶」と台座に銘文が記されているので運慶20代の頃の制作と考えられています。
遠くからだと目を閉じているように見えますが近づくとちょっと薄目を開けてるのがわかるんだよね…ニクいわ。
金箔がだいぶ剥がれてしまってますが体躯も衣も瓔珞もきれいな造形であまり気にならないし
全体的にすっきりとした印象のお姿でありました。
快慶展の入口では快慶=優美の図式をぶち壊されましたが
今回も運慶=ムキムキの図式をぶち壊されてからの開幕です。楽しい!
(ムキムキに定評のある運慶氏ですがそれだけじゃないとわかったのはいつだったかな…最近の気がする)

運慶の父・康慶と同時代の仏像について。
運慶が生まれた頃に奈良仏師が制作した阿弥陀三尊像は
脇時の観世音菩薩・勢至菩薩が台座から片足を下ろした半伽椅座像という珍しいかたち。
奈良の十輪院に伝来した毘沙門天立像も玉眼でぎろりと睨まれるのが震えるというより畏怖する。
そんな仏像を見てきたであろう康慶の作る仏像もムキムキだったり美しかったり様々です。
興福寺仮講堂の四天王像、身長2メートルのお四方は後ろに落ちるシルエットまでかっこいいし
衣にちょっと絵柄の色が残っていました。
法相六祖坐像は興福寺国宝館にいらっしゃるあの方たちですな、はるばるようこそ。

運慶の作品や資料について。
法華経(運慶願経)は快慶展でも見たけどあのときは2巻で、今回展示されていたのは8巻。
法華経は全8巻なので、わお、最後の巻だ!
「願主僧運慶 女大施主阿古丸 執筆僧珍賀」とあって
良源や快慶や女増寿など48人の結縁者の名前が書いてありました。
(軸木は焼け残った東大寺大仏殿の柱だし、硯の水は比叡山や清水寺の水だそうだ)
平家による南都焼きうちで焼失した興福寺西金堂の釈迦如来像の再興プロジェクトにも運慶は関わり
像は現在、仏頭のみが残りますが頭だけでも1mあるので全身は数メートル級だったんでは…
お顔もすっきりとして美しかったです。
六波羅蜜寺の地蔵菩薩坐像は運慶にしては珍しく一木造の作品で薄目の玉眼がキラリ、こちらも美しい。
高野山の八大童子たちはいつ見てもほんとにかわいい!
サン美の高野山展高野山霊宝館以来の3度目の再会ですが
今回は運慶展なので6人のみでしたね。
(指徳童子と阿耨達童子は当初像が失われ現在残る像は鎌倉時代後期の再制作とされています)
みんな童子なので筋肉というよりむちむちした造形なんですよね~お腹ぷにぷにしたい、かわいい。
大威徳明王坐像はもともと、六面六手六足で水牛に乗ったお姿だったみたいですが
現在は片腕とすべての足が失われている痛々しいお姿。
それでも忿怒のお顔からは力強さが感じられました( ‘ᾥ’ )。
胎内に納められたお経から運慶晩年(60~70代?)の作品と判明しています。

運慶は自作したり自分が関わった仏像の胎内に銘札や心月輪を入れて
銘札に制作年月日や自分・部下たち・発願主の名前などを書きこんでいまして
見れば見るほど興奮せずにはいられない、書き残してくれてありがとうー!!
願成就院(北条時政の氏寺)の毘沙門天立像は関取やプロレスラーみたいな顔というか、
重心が左寄りではあるけど両足を踏んばる造形になっていて
足元では2匹の鬼たちが「もうダメだー」とばかりにひしゃげていました。
そんな毘沙門天の胎内にある五輪塔銘札には「巧師匂当運慶 檀越平朝臣時政」とあり
時政の発注であることがわかっています。
かと思うと浄楽寺の毘沙門天は片膝を曲げて立っている姿で、こっちはよく見るポーズだなと思った。
胎内の月輪形銘札に「大仏師匂当運慶 小仏師十人 大願主平義盛」とあり和田義盛の注文ですね。
同寺の不動明王像も隣に展示されていました。鷲鼻が特徴的。
鑁阿寺に伝来したという大日如来坐像(現在は真如苑真澄寺蔵)は
円成寺の大日如来坐像より小さいけど姿が似ているため、運慶作とみられていて
X線調査によると胎内の心月輪が球体をしていたり水晶玉の五輪塔(舎利入り)が入っているそうです。
もうひとつ、光得寺の大日如来坐像も運慶作の可能性が高くて
こちらも胎内の心月輪が水晶玉だったり五輪塔銘札が入っていたりする。
4頭の獅子に支えられ光背に菩薩が飛んでいて、黒塗りの厨子に入った小さな仏様でした。
胎内には人の歯も入っていることが調査でわかっていて、願主の足利義兼のものではないかと言われてるみたい。

興福寺南円堂の四天王像と北円堂の無著・世親像が展示されているエリア
彼らが北円堂に安置されていたとする仮説に基づき再現されたキュレーション。
四天王像は玉眼ではありませんが、近年の調査で木材の芯がいくつも使われた制作方法が
無著・世親像と似ているということで運慶の作品ではないかという説があるそうです。
(無著・世親像は運慶の指導のもと息子たちが制作しています)
鎧が重たそうだし裾つけてないし、表情もポーズも生き生きというより感情むき出しでドラマチックで
奈良仏師のムキムキ感をこれでもかと前面に出していて本当にかっこよかった!!
「いらっしゃい」じゃなくて「よく来たな」とか大音声で迎えてくれそうなイメージ…ついていきますアニキたち。
無著・世親像は北円堂公開の折に拝観したので久々の再会ですけども
今回の展示室の方が北円堂よりも広かったし、おふたりとも台座の上にいたので
初対面のときより大きく見えました。
相変わらず本人たちがそこに存在しているかのようなリアリティのある彫りっぷりが見事だ。
(まとめて見てみるとわかりますが運慶は人をリアルに、仏を理想的に彫る傾向がある気がする)

運慶を継ぐ人たちの作品。
運慶・湛慶作の聖観音菩薩像(瀧山寺)はお寺を出て展示されるのが初めてだそうで
おおお人生、じゃない仏生で初めての旅行が愛知から東京だったんですな。ようこそようこそ☆
きれいに彩色されてお肌は真っ白、衣は赤と緑で模様もくっきり残っていました。
胎内に源頼朝の髪と歯が入っているそうで
これは瀧山寺縁起によると頼朝のいとこにあたる僧寛伝が頼朝の三回忌のために注文したからとか。
東福寺の多聞天立像はサムズアップしながら武器を持ち、左掌を上向きに上げていて
袴を垂らして脛当てを見せないところも興福寺南円堂の多聞天立像と共通するということで
写されたものか、あるいは運慶本人によるものか…。
湛慶による高山寺の神鹿・子犬・善明神像にも久々に再会できて
今回は正面だけではなく背中やお尻までぐるっと360度鑑賞できてうれしかった!
雪蹊寺の毘沙門天立像・吉祥天立像・善膩師童子立像は毘沙門天の「法印大和尚湛慶」の署名から
湛慶50代の作品とわかっているそう。
少し風化しているような印象を受けましたが、顔つきや足の踏んばりに運慶みを感じる。
三十三間堂の迦楼羅・夜叉・執金剛神は湛慶が大仏師で、
康円と康清という慶派仏師(運慶の孫という説も)たちが小仏師とわかっているそう。
康弁(運慶の三男)の龍燈鬼・天燈鬼立像は鬼たちの筋肉や表情がとてもリアル。
頭に燈籠を乗せて屹立する龍燈鬼も、よいしょって担いでる天燈鬼もお仕事お疲れさまです☆
なお2人とも玉眼ですが龍燈鬼の首に巻き付いた龍の目にも玉眼が使われていて
角度によってはキラっと光る様が見られました。

最後の展示室にいた十二神将立像は墨書きから運慶の子孫の仏師作と考えられています。
普段は東博と静嘉堂文庫が保存していて今回、42年ぶりの再会だそう!めでてえ。
十二神将は十二支と合体しているので頭の上に十二支の動物が乗っかっております。
(十二神将と動物は別の部材で造られることが多いので失われたりするケースもあるけど
今回のは両方とも同じ部材だというのは運慶学園放送部で小野Dの解説を聴いてから行ったので見たので
ほほぅこれがそうか、という気持ちで見ることができました)
どれも表情やポーズがとても豊か、神将それぞれの性格や思考まで伝わってくるようなリアル造形でした。
髪型が羊みたいな未神かわいいし、戌神は見張るポーズが斥候っぽいし、申神は本当に猿みたいな顔だし
酉神は今にもコケコッコー!とか鳴きだしそう。
亥神にだけ1228年9月18日の墨書きがしてあり制作年月が判明しているそうです。

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特設ショップにいた龍燈鬼(左)と天燈鬼(右)。
石黒亜矢子さんが龍燈鬼・天燈鬼立像をモデルに猫耳と尾をつけてデザインした公式キャラクターです。
SNSでも龍燈鬼がTwitterを、天燈鬼がFacebookを担当するなど活躍していますね~かわいい。

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公式サイトで運慶の情報発信をしている運慶学園の撮影スポット。
校訓は「いつも心に運慶を」。
入試問題という名の運慶の知識を問うクイズもあって、
わたしは全問正解して無事に特待生の学生証をいただけました。

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卒業証書もあった(笑)。

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東博本館脇のレストランゆりの木にて運慶展限定メニュー「飛鳥の蘇(古代チーズ)」がいただけました。
甘さ控えめのミルク味でおいしかったです^^奈良で再現された味だそうだ。

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チーズといえば本館の高円宮根付コレクションにチーズとネズミがいました(笑)。
こういう作品を見ると『チーズはどこへ消えた?』を思い出すね。

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そんな本館では、運慶展に合わせて特集「運慶の後継者たち-康円と善派を中心に」を開催中。
運慶の孫康円、同時期に活躍した善円の流派の彫刻作品から鎌倉時代の仏像を紹介しています。
写真は南方天眷属立像。康円が69歳のときの作品です。衣は当世風ですがブーツを履いてるのがおもしろい。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
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そばにいるね。
2017年09月18日 (月) | 編集 |
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太田記念美術館の月岡芳年展、「妖怪百物語」「月百姿」に行ってきました。
先月が妖怪、今月が月の展示でやっと両方見られましたのでまとめて感想書きます。
(あまり知られてないのか両会期ともそんなに混んでなくてゆっくり見られました~。
鑑賞する側としてはありがたいですけど、
せっかくこんなすばらしいのだからもっと人来たらいいのに…とも思ってしまうジレンマ)

妖怪百物語は芳年の新形三十六怪撰シリーズと和漢百物語シリーズほか
水滸伝や芳年漫画、単発絵などから妖怪や怪異に関する絵を集めた内容でした。
同シリーズはこれまで展覧会で部分的に何枚か見たりWeb上で一覧とかで見たりしましたけど
紙で揃っているのをいっぺんに見るのは初めてです!
改めて本物を見て思ったけどほんっっっとに芳年の絵はかっこよくて綺麗でおどろおどろしい。
武将の真剣勝負、幽霊になった人々、ユニークな妖怪たちを描く筆致は劇的で
でもどこか哀愁がただようのは彼の生きた幕末~近代という時代背景や
彼が何度か発症したらしい精神病の影響もあるかもしれない。
見れば見るほど感情をぐらんぐらん揺さぶられて卒倒しかけるほどの気迫に満ちていて
どんな顔して描いてたんだろうとか想像してしまいます。
特に人がふとしたときに見せる一瞬の表情を切り取るのがうまいなと思う。

和漢百物語は26枚の連作で、芳年の初期の代表作。
歴史上の人物や物語や民話などから怪異の場面を引用したり想像のままに描いています。
「小田春永」は織田信長の絵なんですが(春永は歌舞伎でよく使われた名前ですね)、
蘇鉄を指さす春永が着ている着物がすごい!北斎の波のようなうねりに龍が飛んでてかっこいい。
「楠多門丸正行」はまだ少年だった頃の楠木正成が妖怪退治をする絵ですが
その妖怪ちゃんがどう見ても百器徒然袋の袋狢ちゃんの引用であった(笑)かわいい。
「宮本無三四」宮本武蔵が天狗の翼を斬りおとした図で武蔵はかっこいいのですが
翼の付け根がかなり生々しくて天狗さん痛そうって思っちゃった。
「伊賀局」吉野拾遺に取材。伊賀局は新待賢門院に仕えた室町時代の女性だそうで
藤原仲成の幽霊をまったく怖がらずに追い返していますが、取材した物語では藤原基任のようです。
仲成の顔が烏天狗みたいでおもしろい。
「源頼光朝臣」病気の頼光のもとへ土蜘蛛が天井から降りてくるというもの。
頼光と土蜘蛛は昔からたくさんの絵師が描いてますが、この絵の土蜘蛛はとても小さいというか
本来のサイズというか…とにかく昆虫サイズで土蜘蛛が描かれたこのテーマの絵では珍しい作品。

新形三十六怪撰は36枚の連作。
芳年はこのシリーズを描いている途中で入院しそのまま亡くなってしまったので
(最後の出版は芳年の没後)、弟子たちが完成させたそうです。
「小町桜の精」は常磐津「積恋雪関扉」に取材していて桜の木に宿った小野小町の霊が現れる
「地獄太夫悟道の図」は2枚あって、1枚は薄暗い背景にガイコツがうろついてるんだけど
2枚目はすっきりと誰もいなくて、ああこれは太夫が悟った姿なんだなと。
「葛の葉きつね童子にわかるるの図」は人間に化けた葛の葉という雌狐が
子の安倍晴明と別れる場面の絵。障子に映った葛の葉の影が狐になっています。
こういう、姿は別の生き物に化けていても影はごまかせない演出大好きだ!
「鍾馗夢中捉鬼図」は鍾馗が鬼を捕まえるかっちょいい絵ですが
キャプションに「鍾馗は科挙の試験に落ちて自殺した」と書いてあって「は!!?!?」ってなって
帰宅してぐぐったら本当だった…全然知らなかったよそうだったんですか鍾馗様…。
「大森彦七道に怪異に逢ふ図」は女性をおぶって川を渡る大森彦七が
水に映った女性の影に角があるのを見てあっこいつは…!と気づく一瞬の緊迫場面。
「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」は土蜘蛛は巨大だし頼光は刀を今にも抜こうとしていたりして
和漢百物語の絵よりもぐっと物語っぽい絵になっています。

単発でも芳年は色んな怪異を描いてる。
「一魁随筆 朝比奈三郎義秀」地獄巡りをしたという伝説をもつ朝比奈三郎さんですね。
閻魔様がシメられて泣いてるのかわいそう。。
「芳年存画」貧乏神から隠れる大黒天と恵比寿がかわいい。
「皇国二十四功 田宮坊太郎宗親」田宮坊太郎くんが金比羅大権現の加護で仇討ちを果たす絵で
金毘羅さんは天狗のようなお姿をしています。スタンド天狗。
同じく皇国二十四功の「信濃国の孝子善之丞」は少年善之丞くんが地獄の浄玻璃鏡の前で父親の無実を訴えていて
そういえば地獄絵ワンダーランド展でも同じモチーフの絵があったなあと。
「祐天不動の長剣を呑む図」祐天上人は少年時代、物覚えが悪かったので成田山で修行していると
不動明王が現れて短剣を呑むか、長剣を呑むかと問われどっちでも痛いだろうから長剣を呑んだところ
次の日には頭がよくなり物覚えの力もついていたというお話の絵画化。
不動明王の体が一瞬、黒く見えたけどたぶん青が色落ちしたんじゃないかな…青不動さま。
「袴垂保輔鬼童丸術競図」かっこいいー!2人ともかっこいいー!!しびれるー!!
「羅城門渡辺綱鬼腕斬之図」ご存知渡辺綱と茨木童子の羅城門バトルで
綱も童子もかっこいいけど、羅城門に降りしきるすさまじい雨風に見とれてしまいました。
「金太郎捕鯉魚」水中の金太郎が巨大な鯉につかまってゆったり泳いでいて
青い水流の表現がこちらも美しい。

江戸時代はそれまでにはないほど妖怪が描かれまくった時代ですけども
そのほとんどは取材や模写が多く、見慣れた人間には「これあそこの引用だね」とわかるけど
絵師の個性は人それぞれなので同じテーマでもひとつとして同じ絵が存在しないのがおもしろい。
芳年の妖怪は何というかこう、肉を感じますね…手触り感があるというか、
体温が感じられるみたいな、切ったら血が出そうというか。

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太田さんはひとつのテーマや絵師の展覧会のときよくリピーター割引をやってくれまして、
今回もありました。
妖怪も月も2回目以降の鑑賞は半券を持って行くと200円引きが適用されます。ありがたい。
チケットにプリントされているのは「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」の土蜘蛛ちゃんですが
これ先日ネットで、「寝坊した子どものベッドから起きろ!ってシーツ引っぺがすお母さんみたい」的な
書きこみを見かけて以来そういう風にしか見えなくなってしまった(笑)。
いやあの絵の頼光さんは病気で寝てるところを襲われたので似たようなものかもしれないけど。


月百姿は芳年が晩年に刊行した月百姿シリーズがズラリと。
妖怪展と同じくこのシリーズも紙に印刷された現物を100枚すべて見るのは初めてでした!
いつか100枚全部を一気に見たいと思っていたので叶ってうれしい^^
夜空、波間、山入端、木の影、夜明けの空などのシチュエーションに浮かび上がる月を
歴史上の人物や物語の人物、江戸風俗のなかの人々から妖怪まで様々な生き物が見上げていて
月好き歴史好き妖怪好きなわたしにとっては最高の内容でした。
展示室のどこを見ても月、月、月!絵のお月見大好き、楽しい☆
妖怪百物語とはまた違って静かな雰囲気の絵が多くて
でもやっぱり、見ていると感情をぐっと揺さぶられる絵が多かったなあ。
月百姿の月は月よりもむしろ人物の気持ちや動物の情緒が伝わってくるというか
月はあくまでそっと誰かに寄り添うように照っていて、そこがとても好きです。
あとタイトル部分や女性の着物などに空摺りが使われているので実物を見られたのはうれしい、
紙のエンボスは図録や画集だとほとんど再現されにくいのでね。生で見る醍醐味。

「月宮迎 竹とり」竹取物語のラストシーンに取材。
かぐや姫も月の使いもきれい、見送る翁は後ろ姿ですが背中から悲しみが伝わってきました。
「孝子の月 小野篁」は篁が山で薪を集める姿で一瞬、隠岐にいたときの絵かと思ったのですが
どうも母親が恋しくて遣唐使を蹴ったら流罪になったけど戻っても母のために尽くしてる、みたいなテーマらしい。
珍皇寺の井戸に飛び込んだ理由といい、篁はマザコン説話が多いね…薨伝の「家貧親老」の記述のせいかな。
「大物浦上月」の弁慶はポスターになるだけあってかっこいい。
「卒都婆の月」能の卒塔婆小町から。
さっきの三十六怪撰シリーズでは若い姿の幽霊だったけど、こちらでは生者の老婆ですね。
「朝野河晴雪月 孝女ちか子」鈴木春信が清水の舞台から飛び降りる少女をこういう構図で描いてますが
他にも浮世絵で何点かこういう構図の絵を見た覚えがありますな。
「悟道の月」にて月を指差す布袋や、「金時山の月」で猿と兎の相撲を見守る金太郎はコロコロ丸くてかわいい。
「吉野山夜半月 伊賀局」の題材は和漢百物語にもあったね。
基任が天狗みたいな姿をしていたり、絵のタイトル枠に手をかけているメタ構図になってたりしておもしろい。
「五節の命婦」十訓抄10巻61話の絵画化で、嵯峨野に住む五節の命婦を訪ねた源経信と源俊明が
命婦の奏でる琴を聴いてあまりのすばらしさに涙しています。
いかなる時にも泣かないため犬目の少将と呼ばれる俊明もこの時ばかりは泣いたというところから
命婦の曲がどんなに美しかったかが想像できますね。
「北山月 豊原統秋」は夜道を歩いていた統秋が2頭の狼に遭遇し、
あかん死ぬと思ってこの世の名残に笛を吹いたら狼が聞き惚れて襲ってこなかったという伝説の絵画化。
音楽で殺意をなくすというと藤原保昌と袴垂保輔の逸話を思い出しますね。(芳年も何枚か描いてる)
「志津が嶽月 秀吉」は木に背中をおしつけて法螺貝を吹く秀吉のかっこいいこと。
「あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出し月かも」は百人一首の阿倍仲麻呂の歌の絵画化で
唐の仲麻呂が欄干にて誰かと語り合っています。誰だろうな。李白かな王維かな。
「三日月の頃より待し今宵哉 翁」三日月の夜、村人に俳句を求められた老人が同句を詠んでみせて
名を聞かれて松尾芭蕉ですと答えて、村人はびっくりしたという話。
小林一茶にも同じ逸話が残っているのでこの絵の翁はどちらなのかな…好きな方を想像しよう^^
「名月や来て見よかしのひたい際 深見自休」男伊達の深見十左衛門が俳句を口ずさみながら色街を散歩。
大柄な花模様の黒い着物は市松模様が正面摺で入れられていて
光の角度によって見えたり見えなかったりします!摺師の腕。

月の使い方がおもしろいなと思った作品も。
「玉兎 孫悟空」月の宮殿から逃げ出したウサギと孫悟空の戦いのバックには巨大な満月、
この2匹は月にかなり近い場所で戦っているのかな…。
「嫦娥奔月」は西王母から不老不死の薬をもらった嫦娥が薬を飲んで月にのぼる姿で
バックの巨大満月がピンク色になっててきれい。
「つきの発明 宝蔵院」宝蔵院流の創始者・宝蔵院胤栄が十文字槍を思いついた瞬間の絵で
空の三日月に槍を重ねて「これだ」って声が聞こえてくるような。

キュレーションがおもしろいなと思ったのは「霜満軍営秋気清 数行過雁月三更 謙信」と
「信玄 きよみかた空にも関のあるならば月をとゝめて三保の松原」が隣同士に並んでいたり
「月下乃斥候 斉藤利三(鎧つけてる)」「堅田浦の月 斎藤内蔵介(鎧はずしてる)」が
やっぱり隣同士に並んでいたことですかね。
歴史で因縁ある人物同士の共演や、同一人物の服装の違いなどを見比べられて
こういうのは展覧会ならではの楽しみ方ですね^^

あえて画面のどこにも月を描かずに月光や月影や視線で想像させる絵もありセンスを感じます。
タイトルになった和歌や元になった説話などを知るとなるほど確かにそこに月が見えてくる。
「はかなしや波の下にも入ぬへし つきの都の人や見るとて 有子」のタイトルは厳島の巫女の辞世の句で
叶わぬ恋をはかなんだ巫女有子が舟から入水する直前の姿を描いていますが
荒々しい波の上に揺れる月光は太陽かと思うほどの明るさで、有子の黒い着物とのコントラストが強烈。
「心観月 手友梅」は、病気で目が見えなくなった武将の手友梅が
「暗きよりくらき道にも迷はじな心に月の曇りなければ」という歌を短冊に書き
青竹につけて背に挿し自分の目印として戦場で戦う姿。心の月ですね。
「ほとゝきすなをも雲ゐに上くる哉 頼政とりあへす 弓張月のいるにまかせて」は
鵺退治をした源頼政が褒美に刀を授かるシーンの絵画化で
藤原頼長が天皇からの刀を渡そうとすると空からほととぎすの鳴き声が聞こえ、
「ほとゝきすなをも雲ゐに上くる哉」と詠んだところ頼政が「弓張月のいるにまかせて」と返事したと。
頼政は空を見上げますが正面向きのため月は描かれず、頼政の顔に当たる月光から想像します。
「朧夜月 熊坂」は背景が藍色と水色の色違いが並んでいました。

最後に「大蘇芳年像」がありました。芳年の死絵で、弟子だった金木年景によるものです。
紋付袴で正座して、手には筆を持ち背筋をぴっと伸ばした姿でかっこいい。
辞世「夜をつめて照まさりしか夏の月」も入れられていました。(1892年6月に亡くなったから夏だね)

芳年やっぱり好きだ~。

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山種美術館のカフェにも寄って上村松園展のオリジナル和菓子も買って来たよ~。
小林古径「清姫のうち『寝所』」に描かれている清姫がモデルの「道成寺」と、
橋本明治「秋意」に描かれた舞妓の着物がモデルの「舞妓」。
清姫は杏が入ってて甘酸っぱくておいしかったです。


週末に長野へ行ってきますのでちょこっと留守にします~!
Twitterには出没しております。
我は大和絵師なり。
2017年09月10日 (日) | 編集 |
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千葉市美術館で開催中の「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」に行ってきました。
同館は2002年に大規模な春信展を開催していまして、15年ぶりの回顧展ですよ!
当時はまだ春信を知らなかったので後で図録だけゲットしたんですが
今回は作品も見られるし図録も定価で買える(前のは古書店でえらい値段になってます)ということで
なんてすばらしい企画なんだろう☆と早々に行きました。
写真は撮影コーナーにあった「見立玉虫 屋島の合戦」と「見立那須与一 屋島の合戦」。
玉虫はボストン美術館蔵で与一は個人蔵ですが今回めでたく再会と相成って
展示室で並べて展示されていますよ~うれしいね。

展示室の入口で迎えてくれるのは春信の「伊達虚無僧姿の男女」。晩年に近い頃の作品です。
石川豊信の同タイトルから構図を拝借しているそうで
春信が豊信に学んでいたのかはわからないけどリスペクトしていたことは確かですな。

続いては春信が駆け出しの頃に活躍していた絵師たちの作品が何点か。
奥村政信、石川豊信、北尾重政、鳥居派などの紅絵の作品が多く、
この辺りは去年の初期浮世絵展を思い出しました。
この頃の浮世絵師は宮川派や懐月堂派などもそうだけど美人画は引き目鉤鼻が多めで
あと立ち姿がぴしっと真っすぐで美しいなと思う。お武家さん好みといいますか…。
そんな彼らの作品を見て育ったであろう春信の作品、初期作品(紅絵)から。
「見立三夕 定家・寂蓮・西行」は3人の歌人が優雅に並んで立っている絵で
背景は西川祐信の『画本倭比事』の中の三夕一躰之図から拝借しているそうで
参考作品として画本の該当ページが展示されていたので見比べることができました。
水辺の家や岸にとまる船、鳥が飛んでいる位置までそっくりそのままで
やっぱり流行りの絵は真似されるんだなあ…などと。
春信は他にも「官女」の絵を人物のポーズも背景も祐信の『絵本常盤草』から写していて
祐信を相当リスペクトしてたんだなと改めて思いました。
想像だけどきっと春信の画風に合ってたんじゃないかな…お手本にしやすかったというか。
去年、ボストン美術館の未整理資料の中から発見され春信の絵本と確認された
「絵本わかみどり」もありました。よかったねー!
(春信の作品て現存しているものはもう出尽くした感があったけど
こうして見つかるものなんですね…歌麿の雪月花の事例もあるしね。
あとボス美でさえ未整理資料がまだあるという事実に戦慄してしまった、ミュージアムあるあるですな)
特徴として春信の自序がついているのが珍しいといえば珍しい、彼は文章をほとんど遺していないので。
意訳すると「西川祐信御大の描きなさった草子のそこゝをお借りしました。
自分の絵は蝿の足に墨をつけて歩いたのと同じです」などと謙遜しておられる。かわいい。

春信はの人気に火が付いたのは絵暦交換会の流行後からで
「見立孫康」は絵暦と、暦の部分を削った出版物の両方が並んで展示され見比べられるようになっています。
絵暦は趣味なので注文主の好みが反映され色もすっきりとまとめられているのが
出版物になるとメジャーデビューなので目に付きやすい色になっているような気がする。
同人誌で活躍していた人が商業誌デビューするとちょっと印象が変わるみたいな感じですかね~。
「夕立」大好きな1枚です。雲、雨、風になびく振袖、転がるひより下駄。完璧だ!
また画工・彫工・摺工の名前が入っている浮世絵の事例も少ないのでそういう意味でも貴重な1枚なんだよね。
「外出の支度」も元々は絵暦だったけど版元から出版もされたようで今回の展示は後者。
お着替え中の少年の着物の袖に絵暦では乙酉と入っていたのを売り物では錦に変えていて
錦絵というのを強調しているような。
「見立玉虫」と「見立那須与一」は平家物語の屋島の合戦による場面を当世風に描いたもので
那須与一の後ろに茄子畑があったり少年が案山子の弓矢を射ようとしていたり仕掛けがおもしろい。
「鷺娘」「三十六歌仙 伊勢」など、空摺やきめ出しがくっきり残っている絵もあって
本物を見ると凸凹がよくわかるのは現物を見る醍醐味ですね。
「六玉川 擣衣玉川 摂津国名所」は砧をうつ女性たちの後ろに紅摺の細版(両国の花火と月見)が貼ってあって
彼女たちは錦絵を買うお金がない生活をしているのかもしれない…とか想像させたり
「風流江戸八景 両国橋夕照」では1768年に起きた火事で吉原が燃えたので仮宅で営業する遊女たちを描くなど
お江戸のリアルタイムを感じさせる作品もあります。
一方で、「五常 智」には手習いをする少女の机の上にうさぎの水滴が置いてあって
あっこれ東博でいっぱい見たやつだ!って楽しくなったりした。
春信は動物もよく描きまして、今回は「猫を持つ美人と鼠を持つ若衆」「女三宮と猫」など
猫を描いた作品が何点かあっておもしろかったです。
鼠を狙っていたり帯にじゃれついたり人に抱っこされていたり、色んな猫の姿が描かれていたね。
鼠は大黒天のお使いとして、江戸時代ではペットとして飼われるなどブームにもなっていたそうな。

最後に歌麿の絵がちょこっとあったのですが、何だか急に絵が大きくなったような気がして
さっきまで見ていた春信の絵と見比べたら確かに1.5倍くらいの紙になっていた。
この頃の錦絵は春信の頃に比べて紙が薄くなってしまうんだけど、代わりに大きさを奮発したのかな。
伊達虚無僧の男女に「故人鈴木春信図。喜多川歌麿写」と、春信を参考にしたことが書いてあるけど
絵は完全に歌麿でしたね~。
「お藤とおきた」は年老いたお藤さんから若者のおきたさんに巻物が伝授されるみたいな絵で
これきっと春信がよく描いたお藤→歌麿がよく描いたおきた、ということで
俺様の時代キターー!みたいなのを表現してるんだと思う。
ビッグネームに臆することなくリスペクトしながら描き始めていく歌麿の心意気を感じました。

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図録を買った!(定価で)(大事)
ハードカバーで重たいですが解説も読みごたえがあります。
ボス美の春信コレクションについて論文を寄せておられる学芸員のセーラ・トンプソンさんが
未整理資料の中から「絵本わかみどり」を発掘された方だそうな。

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マステも買いました。「遊女と禿と猿」の猿、「引手茶屋の遊女と禿と小犬」の犬、
「女三宮と猫」「水仙花」「風流五色墨 宗瑞」の猫など動物づくしです。
猫がいる春信の絵は結構残っているので後でいくつあるのかちゃんと数えてみたいな。

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春信展に合わせて千葉市美の所蔵作品展「江戸美術の革命-春信の時代」も開催されていて
春信が活躍した江戸期半ば、同時期に東西で活躍していた絵師たちの作品が鑑賞できます。
円山応挙「雪景山水図襖」が一番大きな作品で、10面いっぱいの雪景色は寒々として
でもどこかあったかい感じがしました。
曾我蕭白「獅子虎図」は朝田寺の阿吽の獅子図のような構図で勢いと迫力に満ちていて
いい意味で汗くささを感じたな…これを描き切った後の蕭白の表情が想像できる気がしました。
しかし隣に「寿老人・鹿・鶴図」があって台無しだったね(笑)。(誉め言葉です)
あの寿老人は、ありゃ蕭白すぎるくらい蕭白だった。
その隣には伊藤若冲の「寿老人・孔雀・菊図」があってちょっと待ってって頭を抱えたくなった、
あの落差!なに!!蕭白の寿老人に真正面から見つめられてあの目にグラグラきて
若冲の寿老人ののっぺりした後ろ姿にノックアウトされた気分でした。
晩年の若冲さんの突き抜けたようなシンプルな筆致は時に人を救うね。
同じく若冲「鸚鵡図」はきっちり描きこんでいた頃の絵ですね。きれいでかわいらしい白鸚鵡ちゃん。
岩垣龍渓の花見の宴の記念に絵師や詩人たちが合作した「賞春芳帖」、
若冲の藤図のページが開かれていました。(応挙や大雅夫妻も絵を寄せているそうです)
乗興舟みたいな正面摺でべったりした黒に抜かれた大きな白藤が印象的。

宋紫石の「雨中軍鶏図」すげえかっこよかったです…!緑の中で雨に打たれながら屹立する1羽の鶏!
色もきれいだしメリハリのある色遣いで、油絵のような立体感があった。
鶏をこんなにかっこいいと思ったことないです、ありがとうございます紫石さん(深々とお辞儀)。
建部綾足「建氏画苑」、初めて聞く絵師ですが画面いっぱいにでかでかと濃い墨が塗りたくられててびっくりし、
「葉斎画譜」には変顔の馬がいてギャップすげえなってなりました。
鈴木鄰松の「狂画苑」は逆立ちしている不動明王(!)の周りを2本足の兎と狐と蛙が囲んでいて
なんだか鳥獣戯画のような雰囲気だった。
勝間龍水「絵本海の幸」俳人が発句を添えて龍水が魚の絵を描いていて、お魚図鑑みたいな感じでした。
浮世絵の多色摺が始まるのが1765年なんですがこの絵本は1762年発行で
日本で多色摺が試験的に始められた時期に作られたわけで、
この延長上に春信がいると思うとワクワクしてしまいました。
新しい技術を拓く者、道を究める者、自由に描く者、ひしめき合っていた江戸中期。
出版統制前夜の20~30年はカンブリア大爆発のように文化が噴出しておりました。
絵のほか読本や黄表紙も増え、殿様やコレクターたちは博物学に没頭、妖怪や怪談も流行し始める…
だめだわくわくドキドキがとまらない。

春信敬慕というテーマで近現代の作家たちによる版画や絵画や挿絵なども並んでいました。
橋口五葉が編集した春信関係の雑誌記事や書籍…
近代は江戸時代の否定から始まってますけどこうして振り返る人たちがいたことも忘れてはいけない。
『文芸倶楽部』14巻5号には鏑木清方が「古典に拠りて」として浮世絵風の口絵を描いていて
おそらく春信や磯田湖龍斎あたりのタッチを意識しているのかな。
小村雪岱の装幀した春信風の書籍も、改めて見ると本当に春信をよく研究しているなと思いました。
小川信治の「鞠と男女」は春信の同作を油彩で描いていて
おお、あの男女がこんなに立体的に!ってちょっと感動しました。画材が変わると印象もガラリと変わりますね。

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ランチは美術館のカフェかぼちゃわいんにて展覧会限定メニューの
「カレーなる、見立て揚げナスの与一」(春信の「見立那須与一 屋島の合戦」がモデル)をいただいた。
メニュー表には写真が載ってなかったけど名前だけで笑ってしまって
注文してどんなお料理が来るのかワクワクして、実物を見てまた笑ってしまいました。
ちょっと想像以上に茄子がでかかったんだ。

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扇がささってます(笑)真ん中にでーんと置かれた茄子は与一ではなく扇を立てた船に見立てたとのこと。
お味はピリッと辛かったけどおいしかったです。

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今日は小林忠先生の講演会がありましたので聴講してきました。
先生が江戸美術の専門家で春信がお好きというのは過去記事にも書きましたけど
実は長年先生のファンをやっていながら春信のお話を聞く機会にこれまで恵まれていなかったのです。
前館長でいらっしゃるし15年ぶりの春信展なら絶対に先生の講演会はあると根拠のない自信もあって
千葉市美のHPを毎日眺めていたらある日「講演会 事前申込制 講師:小林忠」
ktkr!!(゜∀゜)☆ってなって申し込んだら無事にお招きいただけました。本当に有難かった。

これまで先生の講演は何度か聴かせていただいてますけども
わたしが拝顔した過去の先生の表情の中でも今日は最大級にニッコニッコされていたと思います^^
春信の絵をスライドでひとつひとつ紹介なさいながら
「なんてかわいらしい」「なんと美しい」「萌えますね」を連発しまくっておられた。
スライドは今回展示されているボス美のビゲローコレクションと、
過去に先生が撮影されたスポルディングコレクション(展示不可。閲覧は可)の作品が中心でした。
いくつかピックアップしますと、
「夕立」(ビ):最も美しい絵暦のひとつ。3人の職人の名前と注文主の大きな名前が印象的
「見立孫康」(ビ)(2枚):絵暦と出版物。色違い。絵解きのおもしろさ
「お百度参り」(ビ):明るいけど夜の絵。春信の絵はどんな小さく描きこまれたものでも意味がある
「お百度参り」(シカゴ美術館所蔵):帯の色が黒に変わってる
「外出の支度」(ビ):錦の文字は春信の誇りのよう。少年少女の春。季節も春
「蹴鞠をする若衆」(ス):見立柏木。背景に柳。雲の中に源氏香。蹴鞠の空摺は紙が分厚くないとできない
「鼓を打つ若衆」(ス):着物の紫色がくっきり残っている。(展示しない保存のたまもの)
「見立玉虫」(ビ):世界に1枚しか残っていない!
「見立那須与一」(個人蔵):神田の古書店にあった
「菊慈童」(ビ):燃えた(先生が)。夢のよう。水の青が残ってる。春信は水の流れをうまく使う
「見立八つ橋」(ビ):これも水の青が残っている
「梅の枝を折る娘と女中」(ス):裏側に色が透けている。完全に抜けてないのは摺師の腕
「笠森お仙の茶屋」(ス):昔の手毬唄に「壱銭上げてちゃっと拝んでお仙の茶屋へ」という歌詞がある
「雪中相合傘」(ス):雪を表現するために鉛入りの白絵の具を吹きつけている(今は黒ずんでしまってる)
「風流五色墨 宗瑞」(ビ):春信はとてもよい家庭環境に育った印象。幸せな子ども時代だったのでは
作品形成には絵師以外にも様々な人がかかわるし(特に注文主の意向は最優先されがち)、
作者のライフイベントと関連づける場合は気をつけた方がいいとは思うのですけど
何でも描いた北斎や国芳と違って画風や画題が一定してる春信や広重みたいな人は
そういうのもありかなという気がしないでもない…。
あとずっと春信を「春信さん」と呼んでいらっしゃるのが印象的でした。マイステディ。

他にも、「今回の展覧会に並ぶ作品は副館長の田辺昌子氏が自ら現地に出向いて選んできた」
「2002年の春信展は僕の還暦祝いに田辺氏と山口県立萩美術館の吉田洋子氏(ともに先生の教え子)が企画してくれた」
「ハーバード大学の客員だったときボストン美術館で春信さんの絵の紙の重さを計らせてもらったら分厚い!
栄之も厚かった(お武家さんだから)。歌麿はペラペラでした(出版統制の時代だから)」
「僕は宝塚の紫吹淳さんのファンで楽屋にお邪魔して握手してもらったことがありますが
春信さんの絵を見ていると宝塚の男役さんを思い出します」
「絵暦交換会の流行は2年弱で終わってますが、たぶん春信さんの一人勝ちだったからでしょうね」
「アダチさんによると春信さんの絵は天保期まで売れていたらしい」
「春信さんの絵に添えられた和歌は伴奏音楽なんです」
などなど、知られざるエピソードや名言を連発。
春信について語り出すと止まらなくなってしまうと言っておられたのを前に伺ったことがあるけど
今日の先生は本当に楽しそうでノンストップでお水も飲まずにしゃべってたなあ…
そういえば質問コーナーもなかったから(終わって時計見たら時間ギリギリでした)、
もう今回はめいっぱいしゃべることになってたのかもしれない。
小林先生、関係者の皆さま楽しい時間をありがとうございました!
そのうちまたどこかで春信展が行われる機会があったらまた先生のお話を聞きたいです。
100人で歌をうたおう。
2017年07月31日 (月) | 編集 |
前回記事の続き。三井記念美術館の地獄絵ワンダーランド展を見た後に
国立公文書館の企画展「ふしぎなふしぎな百人一首」に行ってきました。

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藤原定家が選んだとされる100首の歌の内容や選ばれた時期、
歌人たちにまつわるエピソードや説話の成立過程、後世に新しく編まれた百人一首、
江戸時代に学問やパロディなど様々に使われた事例などが、主に版本を中心に紹介されています。
毎回、色んな資料が見られるうえに入場料無料+写真撮影可なのがいつも思うけど本当に有難い!

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ゆるキャラ蓮生さんかわゆす。
展示ケースには漢字だらけのキャプションが表示されていますが、蓮生さんがいるパネルはひらがなが多い。

蓮生は定家の子為家の妻の父・宇都宮頼綱の出家後の名前で、
彼が嵯峨野の小倉に設けた庵に定家が選定した歌(小倉山荘色紙和歌と呼ばれます)を飾ったのが
小倉百人一首の始まりと言われていますね。

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江戸時代の僧・信海の筆と伝わる「小倉山庄色紙和歌」。
霞や植物が描かれた料紙にさらさらと美しい書、一目見て「きれいだ」と思いました。
定家の筆だとこうはいかないから…カクカクしてるからね^^;
(いや、定家もオフィシャル時の字は整ってるけど信海みたいな字じゃなかったはず)

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百人一首の中から特に知られる歌人をピックアップして紹介するコーナー。
写真は小野小町に関する資料です。
百人一首9番「花の色は~」の歌は古今和歌集の春下巻から引用されています。
また、小町の人生は室町時代以降に卒塔婆小町、草子洗小町など様々な謡曲に脚色されていきますが
それには9番の歌が影響したともいわれるとか。

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小式部内侍のコーナー。
百人一首60番の「大江山いくのの道~」の歌の初出は金葉和歌集・雑上巻から。
母の和泉式部をからかった藤原定頼に向けて詠ったという、古典の教科書にも載ってるあの話です。
(鎌倉時代に編纂された十訓抄にも同じ話が載ってるね)
内侍は若くして亡くなるのですが、その折に和泉式部が詠んだ歌(後拾遺和歌集)がまた泣ける…。
「とゝめおきて誰をあわれに思ふらむ 子はまさるらん子はまさりけり」

他にも在原業平、壬生忠岑、平兼盛、崇徳院のコーナーがありそれぞれ紹介されていました。
業平の「ちはやふる~」の歌は古今和歌集と伊勢物語にそれぞれ収録されているけど
謂れが全然違っておもしろいし、
忠岑の「有明の~」の歌は定家と藤原家隆(定家と並び双璧と称された人)がともに秀歌として挙げているとか
兼盛の「しのぶれど~」の歌にまつわる話は鎌倉時代には尾ひれがついて流布していたとか
崇徳の「瀬をはやみ~」の歌は再録にあたり本人が語句を変更したとか、色々と紹介されていました。

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江戸時代初期に編纂された武家百人一首。
源氏や平氏などの武将100人による歌が収録されています。
ここから先の展示資料のほとんどは江戸時代が初版のものが多く、
お江戸の自由闊達さを改めて思いました。
昨日の地獄展といい、江戸時代って本当に色んなものを当世風におもしろおかしくして遊んでいたんだな^^

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近世百人一首。
成立は江戸時代と思われますが編纂した人が誰かはわかっていないみたいです。
色んな人が書き写し、のちに版本で出版されてもいるようで
当時はよく知られた書物だったのかな。
収録されているのは戦国時代~江戸初期の武将や歌人による歌です。

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幕末になっても新しい百人一首は選ばれているぞ。
写真は新撰百人一首で、南北朝時代から江戸時代までの歌人の100首がまとめられています。
正方形の中に歌を書くデザインなのは色紙を意識したからだそうで
小倉山荘色紙をイメージしたのかなあ。

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歌があるなら詩もあるという例。江戸時代初期に林羅山らが編集した百人一詩です。
漢から宋までの詩を100詩、百人一首のように並べたもの。

今回は展示されていなかったのですが、
歌と詩があるなら俳句もあるのかなあと帰宅して調べたら何と百人一句なるものが出てきたよ→こちら
真似してみたくなったのかもしれない。

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秀歌が100首まとまっているというのは色んな意味で役に立つもので、
江戸時代には百人一首を使った教育や音楽活動が行われていたようです。
歌に三味線で節をつけたものや、歌の勉強の際に基本教養として教科書に載せたり
実際に歌を詠んでみる際の教則本になったり。
そうこうしているうちにお正月のかるた遊びなどに取り入れられたのかもしれませんが
これもはっきりした時期はわかっていないみたい。
近代になって小説にかるた遊びが書かれるようになる頃には(こころとか金色夜叉とか)
だいぶ普及していたのかもしれませんね。

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百人一首の研究本も。
細川幽斎や契沖などによる注釈書のほか、
「本当に定家が100首を選んだのか?」みたいな根本的な研究まで様々。

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定家にまつわる資料も。
明月記(写本)の1235年5月27日の記事には「嵯峨中院の障子を飾る色紙を書く」とあり、
定家が百人一首を選んだとされている根拠は今のところこれなわけですが
確かに現代まで伝わる100首が選ばれたとはっきり書いてあるわけじゃないんだよね…。
何だか紫式部日記の「源氏の物語、御前にあるを~」の記述を思い出すような話だと思いました。
(源氏物語も厳密に言うと彼女が作者だとはっきり断定されてるわけではないのだ)

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定家たん二次創作されるの巻。
謡曲「定家」には式子内親王との件が、
浄瑠璃「小倉山百人一首」(石塚豊芥子作)にも式子内親王と百人一首の件が
歴史物語のようになって語られています。
現代でも色んな歴史上の人物がドラマや小説やマンガやゲームになったりしてるけど、
昔から似たようなことは行われていて人々はそれを見て聴いて楽しんだり涙したりしたのでしょうね。
物語って自由だ。

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展示を観終えてアンケートを書き帰ろうとしたところ、
スタッフの人に呼び止められてゲーム「タッチでかるた」を紹介されました。
画面上に百人一首の誰かの上の句がランダムに表示され下の句の札をタップして歌を完成させるというもので
制限時間1分の間にいくつの歌を当てられるかチャレンジ。
知ってる歌はすぐ答えられるけど知らない・覚えてない歌はいくら考えてもわからなかった…
一応ヒントも出るので(ノーヒントの回答よりは点数が減点される)全問正解できましたけども。
伊勢・阿倍仲麻呂・持統天皇・小野篁の歌はすぐわかって、
他の歌はヒントを見て当てたらその日のランキング2位に入れました。
1位の人は点を見る限りノーヒントで正解しまくったっぽいな…すごい。


あ。
前に食べマスの記事を書いたときにポケモンやスヌーピーが出たらいいなと思ってたけど
先週、満を持して発売されたのがスヌーピーと聞いて「よっしゃあ!」と訳もなくうれしくなりました。
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ゲット。ローソンでの限定販売です。
スヌーピーがチョコ味で、ウッドストックがカスタード味。
スヌーピーの和菓子は京都のカフェでも買ったけど今回はチャーリーの代わりにウッドストックが来たので
お次はルーシーやライナスやシュローダーがお菓子になったらいいなあ。
(夢は言えば叶うかもって今回思い知ったので言ってみる。関係各所の方々よろしくお願いします!)
小さな空間さえあれば。
2017年06月25日 (日) | 編集 |
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国立新美術館のジャコメッティ展に行ってきました!
マルグリット&エメ・マーグ財団美術館が所蔵するアルベルト・ジャコメッティの作品を中心に
彫刻、素描、リトグラフ、エッチングなどを展示する回顧展です。
(ちなみに今年で没後51年です。著作権切れたね)
ジャコメッティの作品は過去にいくつか見たことがあって凸凹した彫刻を作る人というイメージだけ漠然とありまして
実際に鑑賞してみたらやっぱりそんなイメージのままでした。
でも何故ああいう作風なんだろうとはずっと思っていたので、それを学習させてもらった感じですね。

マーグ財団美術館のコレクションは、フランスで画廊を経営していたエメ・マーグ氏が購入したり
ジャコメッティ本人から寄贈を受けたりした作品群だそうです。
マーグ氏はパリで初めてのジャコメッティ個展を開いてくれた人で
ジャコメッティもマーグ夫妻のスケッチを残していたりして、かなり仲良しだったみたい。
そんなコレクションは初期作品から最晩年のものまで多岐にわたっています。

画家だった父親の影響で制作を始めたジャコメッティ。
10代の頃の作品である油彩「弟ディエゴの肖像」は印象派っぽい色遣いだったり
「シモン・ベラールの頭部」のはいわゆるリアルな彫刻だったり
キュビスムに影響を受けたと思われる作品群は訳わかんなかったり
南アフリカのダン族が用いる擬人化された穀物用スプーンがモデルとされる「女=スプーン」とか
当時あふれていたと思われるアートや文化から様々な影響を受けたようです。
また18歳の時には「見えるものを見たままに描こうとすると実物よりも小さくなってしまう」ことに気づいて
モデルや静物を見たままに描いたり作ったりしたいのにできないジレンマに陥ったらしくて
その頃の彫刻はどんどん小さくなり最も小さいものはマッチ箱サイズにまで縮んでしまっています。
男女の小像とかもう、小指より小さくて
これらは運よく残ったけど戦争で疎開した後パリへ持ち帰れなかったり
制作の最中に小刀でポキッと折れた作品もいっぱいあったらしい。もったいない…!
でも確かになあ…"見たまま"に再現しようとすると小さくなってしまうのはすごくわかる…
おそらくそれは多くの芸術家が疑問に思ったり試みては止めていったことだと思いますが
ジャコメッティは諦めなかった人なんですね。
会場の展示室にはジャコメッティの言葉がいくつか紹介されていて
『「もの」に近づけば近づくほど「もの」が遠ざかる』という言葉は彼のジレンマを象徴しているようで
表現したいものに必死に手を伸ばすジャコメッティの姿が見えるような気がします。

そんなわけでどんどん作品が小さくなってしまったので
ジャコメッティは作品づくりにおいて1mという高さを課します。
戦後に制作された女性立像がいくつかあって、これらは結構がんばって等身大を目指している。
デザインは相変わらず凸凹で細身ですが
1949年にアネット・アームと結婚してからは多少丸みを帯びるようになったみたいで…
とは言っても肉付けされるのは胸とお腹くらいで、手足などほとんどは激細な印象ですけど。
ヴェネツィア・ビエンナーレに出品したヴェネツィアの女シリーズは
ひとつ完成させたら型をとってバリエーションを増やしていったそうで
15体のうち9体が展示されていて一見、どれも同じように見えましたけど
ちゃんと肉感やくびれがあったり、細かったりぺったんこだったり色々ありました。

ジャコメッティは弟のディエゴや妻アネットのほかに友人の評論家や作家などもモデルにしています。
ディエゴの胸像は何パターンも作られたようでズラッと並んでてちょっと異様、
石碑Iは胸像の下に長い台が伸びていて剣みたいに見えて
これもう少し小さかったら胸像の部分を手でつかんでエクスカリバーみたいに抜けるんじゃないかと思った。
評論家のデヴィッド・シルベスターはジャコメッティにインタビューしたほか、ロンドンで個展を企画したり
映画を撮ってくれたりと仲良しだったそうで
肖像画も割と恰幅のよさそうなおじさんでした。ただ顔がめっちゃ小さい。。
哲学者の矢内原伊作がモデルを務めたさいに、矢内原は2人とも勝利した真剣勝負と感じたようですが
「ちょっと身動きするとジャコメッティは大事故に遭遇した時のようにアッと絶望的な声をあげた」という
エピソードがあるとキャプションにあって笑ってしまいました。
矢内原氏が持ち帰ったジャコメッティのスケッチの一部も展示されていて
ほとんどが矢内原氏やパリ市民を描いたものでしたけど、
一部が新聞の切れっぱしや紙ナプキンに描かれていたりして
なんだかチュッパチャップスのロゴをデザインしたダリを思い出しました。
本当に手近なものにささっと描いちゃう人だったんだなあ…。
そしてスケッチにしろ彫刻作品にしろ、頭部、特に目元や鼻への描きこみや作り込みがとにかくすさまじい、
線画のどこに描きこみが集中してるって目ですよ…
髪や首や肩はざっくりなのに目鼻の部分だけ真っ黒なんですよ、もはや執念。
目の位置と形を正確にとらえたいという思いをジャコメッティは持っていたそうです。
作品づくりでモデルを使うときはモデルとキャンバスを交互に見るのでどうしても視点がずれますが
わずかに異なるそれをジャコメッティは「ヴィジョン」と呼んで立ち向かっていたそうな。
その名も「鼻」という、ピノキオよりも鼻が伸びた頭部の彫刻も展示されていたけど
あれも鼻への執念なのかなァ。

1926年にパリのイポリットマンドロン通りに引っ越したジャコメッティは
街を眺めながらインスピレーションを得ることもあったようです。
市内を行き交う人をスケッチして彫刻に起こした「3人の歩く男たち」では
3人の人間が何気なくすれ違う一瞬の交差を再現しているのがおもしろいし、
「広場の3人の人物とひとつの頭部」は、まさに"見えたまま"を再現したなあと思ったし
「林間の空地、広場、9人の人物」は、これは遠近法を彫刻でやろうとしたのかな…などと。
通りを挟んだ向かいにある家や、家から坂を下ったところにあるアレジア通りをスケッチしたり
アトリエの椅子などもスケッチしていたみたい。
母親が住むスタンパにもよく訪れて、お気に入りのランプを何度も描いて
その近くで縫物や読書をする母親もスケッチに残しています。
あと「見たままに描く」という信念からセザンヌにシンパシーを感じていたらしく、
林檎の静物スケッチとか見るとすごくセザンヌみを感じる。
同時代の詩人たちの本に寄せた挿絵には
ジャック・デュパンには大きい人小さい人、アンドレ・デュブーシェに胸像を描いていたりする。
ミシェル・レリス『生ける灰、名もないまま』はレリスが自殺未遂を起こした後に刊行された本で
ベッドに横たわるレリスのスケッチが掲載されていました。見たのか本人を。すごいな。

あと、人間が凸凹なら動物も凸凹なわけで
猫と犬の彫刻が並んでたんですけど最初は「これが猫!?」とびっくりしたけど
じーっと見つめていると「ああ、猫だ」と思えてくるから不思議。
猫って歩くとき頭から尻尾までを地面と平行にピーンと伸ばすのですが
それが確かな観察力で見事に表現されている。
弟のディエゴが猫を飼っていたそうなのでその子を観察したのかな…。
犬も犬で「こういう犬いる!」って、こちらは見た瞬間に思いました。
凸凹から犬の体や毛を想像できて歩く癖まで見えてくる彫刻ってすごい。
この2つの彫刻のあるアトリエの内部のスケッチもあって、猫が台座の上にいて犬は床に置かれて描かれているのですが
今回は展示室でも同じように展示してくれていて、学芸員さんがニクいキュレーションをされたなと思いました。

「ひとつの顔を私に見える通りに描き、彫刻することが私には到底不可能であると私は知っている。
にも関わらずこれこそ私が試みている唯一のことである」アルベルト・ジャコメッティ


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展示室最後の3点は写真撮影ができます。こちらは大きな頭部。
元々はジャコメッティがチェース・マンハッタン銀行からNYの広場にモニュメントが欲しいと依頼を受けて
一度は制作に取り掛かったもののどうしても納得がいかず断念した経緯のある彫刻で
(彼は普段、粘土で作りますがこの時は針金に石膏をつけて削り取るという制作方法を取っていて
途中で行き詰ってしまったらしいです…よりによってなぜこのタイミングで変えたんだろう)
そのプロジェクトが頓挫した後、改めて鋳造された彫刻です。
マーグ美術館には「ジャコメッティの庭」と呼ばれる中庭があって普段はそちらに展示されているそう。
今回の展覧会ポスター(記事冒頭の写真)に使われているのも中庭にたたずむジャコメッティと作品たちですね。

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こちらの女性立像も銀行プロジェクトの後に制作されたもの。

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歩く男も同じく。
第一印象は「細っ!」ですけど、眺めているうちに
「こんな人が街を歩いていても気づかないだろうな…」って思えるくらいになじんでるというか
こういう人いるよなってすごく思いました。
あとこの3体、みんなスケールが異なっていて必ずしも統一感があるわけじゃないのね。
他の芸術家みたいに試行錯誤のうえ辿りついた形というのは彼にはなくて
本当に「見えたものを見えたまま」に作っていたのを改めて感じた作品群でした。

「絵画も、彫刻も、デッサンも、文章も、文学も、そんなものはそれぞれ意味があってもそれ以上のものではない。
試みること、それがすべてだ。おお、何たる不思議のわざか」アルベルト・ジャコメッティ

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特設ショップで猫のポストカードをゲット。
火事のときどの作品を持って逃げる?という質問にアルベルトはディエゴの猫と答えているそうです。
あと会場には写真家エルンスト・シャイデッガーが撮影したジャコメッティや彼の周囲の写真が飾られていて
イーゼルの下に猫がちょこんといるのもあったよ。
(シャイデッガー氏はミロやダリ、シャガールなど芸術家をよく撮影した方ですな)

美術館を出た後は展覧会限定メニューをいただきに。
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ミッドタウンの交差点近くにあるGaston&Gaspar六本木店でフランス名物の長いアップルパイがいただけます。
ジャコメッティだけに長くて細い、シナモンたっぷりでおいしかった☆


この後は電車で白金台に移動。
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松岡美術館にやってきました。
ここにはアルベルトの弟ディエゴ・ジャコメッティの猫の給仕頭が常設展示されてるんですよ!
兄とは違いつるりとかわいらしいデザインです。

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松岡美術館は一部を除き写真撮影が可能です☆
古代エジプト、インドやガンダーラ彫刻、印象派絵画、中国美術など様々なコレクションが展示されています。
写真は猫のミイラに被せたといわれる聖猫の頭部(紀元前エジプト)。かわいい(=^ω^=)

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美術館のゆるキャラ、まつにゃん。
ディエゴの猫がモデルだそうでオッドアイなんだな~~きれい、かわいい。
災いなるかなバビロン、そのもろもろの神の像は砕けて地に伏したり。
2017年05月19日 (金) | 編集 |
東京都美術館の「ブリューゲル『バベルの塔』展 16世紀ネーデルラントの至宝-ボスを超えて」に行ってきました。
ヒエロニムス・ボスに影響を受けたピーテル・ブリューゲル1世の版画や絵画、
ボスを始めネーデルラントの画家による作品が来日していて
圧巻は1フロアにピンスポットで展示されているブリューゲルの「バベルの塔」!
存在を知ってからずっとずっと本物を見たくてようやく念願かないました、関係者の皆様ありがとう。

まずはネーデルラントの美術史から。
16世紀に作られた木彫り彫刻はキリストや聖職者や天使のモデルが多くて
教会などの建物の装飾として飾られていたそうです。
ほとんど色落ちして茶色かったけど一部色が残っているものもあったし、
あと本を持っている人が多いのが印象的だった。
180度ぐるっと見られるように展示されていたけど、
後ろに回ってみると背中に空洞があったり平坦な板状になってるものが多くて
これは扉や壁についてたからなのかな?
これらの多くは19世紀に切り離され売却されてしまったんだそうで…
19世紀というと日本でも廃仏毀釈などの影響で美術品の売却があったけど
世界中どこでもそういうことが行われる時代や時期がありますね。

ネーデルラント絵画で初期に描かれ始めたのは油絵の人物画。
ディーリク・バウツ「キリストの頭部」はキリストのバストアップを描いたものですが
その後の美術史におけるキリストの顔や骨格は彼の絵をもとに描かれていくそうで
お手本になった絵なんですね…!
(ちなみにキリストに荊冠を初めてかぶせて描いたのもバウツなんだそうだ)
枝葉の刺繍の画家による「聖カタリナ」「聖バルバラ」が美しかった~!
2人とも片手に本を持ち、カタリナは剣を、バルバラは薄を持っていて
画家の通称のとおり刺繍のような筆致で描かれていて布絵かと見まごうほどの完成度です。やばし。
元々はどこかの扉絵だったと思われる「ノールトウェイクの聖ヒエロニムス」「聖アダルベルト」は
彫刻を絵に描いたのかな、そういう立体感がありました。
「風景の中の聖母子」と「本と水差し、水盤のある静物画」は表裏一体の絵画で
静物画はマリアの寓意を表現しているそうですけども
本のページがめくれる風で天使の来訪を表すとか…ほんとにこの時代の絵画は頭を使うな…!
「学生の肖像」は赤い帽子をかぶった制服姿の、ラテン語を学ぶ12歳の少年の絵で
手に持つ紙にはラテン語で”豊かなのは欲しない人 豊かでないのは守銭奴”という意味の言葉が書いてあって
当時の学習の様子とかもわかるんだなあ。

16世紀になると風俗画や風景画が増えてくるのですが
宗教モチーフが多めとはいえイタリアより前に風景画が描かれるようになっていたんですね。
ネーデルラントで最初の風景画家といわれるパティニールの「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」は
赤黒い火事と夜の森のコントラストの対比が強烈だった。
逃げる天使とロトたちはものすごくちっちゃく描かれてて
塩の柱にされてしまったロトの妻なんてロトたちよりも小さかったです。
(あとこういう時にタブーを破る役割というのはだいたい女性に振り分けられているな…)
「ロトと娘たち」はその後を描いたものですが
野宿するロトたちのところまで火の粉が降り注いでいるのが火事の規模を物語るようですごい。
「牧草を食べるロバのいる風景」あたりは宗教色はなさそうだったけど
遠近法も既に編み出されていてのどかな田園風景がすてき。
「オリュンポスの神々」は水浴場にいる神々の様子ですが
こちらはどことなくイタリアルネサンス期の絵画に近いような感じでした。

ヒエロニムス・ボスについてはほとんど知識がなくて絵も見るのは初めてで
今回来日した「放浪者(行商人)」「聖クリストフォロス」を見たときは色んな意味で「はじまりの絵だなあ」と思いました。
人物はもちろん動物や建物や風景などをとにかく描いてみる的な。
テーマがどうのというより当時の価値観やキリスト教の寓意などを1枚にごちゃっと描いてて
絵のそこここから色んなことが読み取れる。
そういうのはボスに限らないけど、今回のボスの絵は特にそういう面を強く感じました。
人間のほかに魚やカエルや猫や壺など謎モチーフのオンパレードですが
クリストフォロスの背景にある壺のツリーハウスはちょっと、かわいい。
版画の「樹木人間」とかも、壺みたいな帽子をかぶって体が木で足に小舟の靴を履いてる生き物がいて
なんだこりゃ?って首をかしげたくなるけど妙におもしろくて笑ってしまった。

そんなボスに基づいたり模倣したりする作家や版画もおもしろい。
「聖アントニウスの誘惑」や「様々な幻想的なものたち」とかは北斎漫画みたいな感じだし
「青い船」はカーニバルの青い船組合をモチーフだそうだけどテニルみたいな奇妙さもあるし
「ムール貝」は大きな貝がパカンと開いて中に人々がひしめいて
当時のことですから寓意があるんだと思うけどさっぱり想像がつきません。。
そんな中で台頭してきたのがブリューゲル1世だそうです。
イタリアから帰国したブリューゲルにヒエロニムス・コックという版画業者がボス風の版画を依頼したのが始まりで
彼は「第二のボス」「ボスの生まれ変わり」などと当時の書物に書かれたりしているとか。
(狩野探幽も永徳の再来とか言われた時期がありますけど似たようなものかしら)
ボス風ということで絵の雰囲気やモチーフは確かにボスっぽいけど
ボスほどの癖はあんまり感じなくて、
どちらかというとすっきりまとめているのが多くてそういうところはブリューゲルっぽい感じ。
農民や農村の風景をよく描いたのは版画というものが大衆向けだったからかもしれないけど
ブリューゲル本人が町に出かけてお祭などを観察するのが好きだったらしいので
彼の好みも反映されているのでしょうな。

そして「バベルの塔」。
ブリューゲルの晩年である1568年前後の制作とされる今作は
イタリアのコロッセオをモデルに当時としては珍しく建物を全面的に押し出して描かれた作品です。
(昔の西洋画って人物、というか聖書の登場人物や聖職者や身分の高い人の絵が多いと思う…絵画の出発点てそこなので)
絵そのものはそんなに大きくないのですが、実物を前にすると塔がとても立体的・威圧的に見えて
「でかっ!」って思ったのが最初の感想。
日本で暮らしてると石造りの建物を見る機会があまりないせいかどっしりして見えましたね…
塔の下の煉瓦は色褪せていて、上に積み上げられた煉瓦ほど真っ赤なのは
きっと相当の年月が経過しているからかな…年月も感じさせるのがリアルだなあ。
煉瓦を持ち上げる滑車が16世紀に実在した物だったり、風景の港はアントワープの海がモデルだったり
馬に乗って移動してる人がいたり洗濯物が干されていたり教会があったりと町っぽくなっていて
バベルの塔というはるか昔の物語の情景を描きながら
当時の建築技術や風俗が反映されているので時代考証が目的の絵ではないのかもしれぬ。
誰も見たことないわけだから身の回りの物を参考にするしかないよね…。
今となっては当時を知る貴重な資料になるので色んな面を持った作品でもあります。
よくこんな綺麗にとっといてくれたもんです。学芸員さんの努力のたまもの。

ブリューゲル1世は塔の絵を2枚描いていて、今回来日したのは2作目です。
1作目もいつか本物を見てみたいな…ウィーンにあって2作目より小さめらしいのですが。
あと、わたしがバベルのお話を知ったのはCLAMPの東京BABYLONなのですが
その後に宮崎駿氏のラピュタが今作をモデルにしていると聞いて初めて画集でこの絵を見て
「似てるわー!」と声出た覚えがあります。
宮崎さんはブリューゲルお好きだもんね。

「かくして主、彼の人々をここより全地に散らすが故、彼の人々町を創るを止む。ゆえにその名はバベルと呼ばる。
災いなるかなバビロン、そのもろもろの神の像は砕けて地に伏したり」
(旧約聖書創世記・第11章)

そしてこの冬にはブリューゲル展が同館で開催されるので楽しみだ~☆
子どもの遊戯は!来ますか!!(落ち着け)

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エスカレーターのとこにあった比較パネル。
東京藝術大学のチームが検証したそうですが、もしこの塔が実物大で実在したときの大きさは
塔の人物の平均身長を170cmとして計算すると510mほどになるそうで…!
通天閣や東京タワーより高くてスカイツリーよりは低めだけど
何せ幅がでかいので存在感がやばそう、ちなみに直径は高さ以上になるらしいです。

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展覧会公式キャラクターのタラ夫。
ブリューゲル「大きな魚は小さな魚を食う」からのキャラ化だそうです。
足が妙にリアルで一瞬、本当に人が入って立っているのかと思ってしまった。。

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大友克洋・河村康輔両氏による「INSIDE BABEL」。
調査に基づくバベルの塔の内部構造を大友氏が描き、河村氏がデジタルコラージュで合成しています。
塔をぱっくり切ったらこういう断面図ができそうっていうくらい、リアルで緻密でかっこよかった。


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都美を後にして東京藝術大学Arts&Science LABの「Study of BABEL」へ。
COI拠点のチームが科学分析をもとに立体化したバベルの塔がどーんと展示されていました☆
ちなみにさっき書いた、塔の高さの計算を510mとはじきだしたのも同チームで
この複製はその計算をもとに約1/150スケールの3mで再現されています。

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絵で見た人々や家、建築現場の道具などまで完璧に再現されている件。
色も絵の具を調べて塗ってあるそうです。

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教会に集まる人々。
こうやって3Dにしてくれると自分と対比できるのでスケールが想像しやすいですね…。
窓の青い液晶の中でチラチラしているのは「バベルの塔で働こう」というインスタレーションで、
会場のiPadで自分の顔を撮影すると液晶にデータが転送され、
まるで自分が塔で働いているような気分が味わえます。


あと、この日は国際博物館の日で東博常設展が無料だったので見に行きました。
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勝川春章「東扇・初代中村仲蔵」かっこよすぎる!
忠臣蔵で斧定九郎が口から流した血が膝に垂れる演技がありますけど
あれを考案したのが彼だそうで、大好評となったため現代までその様に演じ伝えられてきています。
どうやって思いついたんだか…歌舞伎座で初めて見たときは驚いたもんです。

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西川祐信「婦女納涼図」。
京都の水辺で優雅にくつろぐ女性たちがとても素敵。

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上野駅エキュート内に展示されていた、
東京大学LEGO部が約46,000ピースのレゴブロックで再現したバベルの塔。
そういえばネットで情報見かけたなと思い出して帰りに見に行きましたらちょうどこの日までの展示でした!
ギリギリセーフで見られてよかったです。
手のひらの宇宙その2。
2017年05月11日 (木) | 編集 |
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東京国立近代美術館の「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」を見てきました。
写真は展示室の出口にあった写真撮影コーナーで
置かれている茶碗は初代長次郎の万代屋黒(複製)です。

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万代屋黒の名前に何となく聞き覚えがあったのですが、東博の茶の湯展に展示されてたのを思い出して
「利休が持ってたあの渋黒くんかあ!」って、ちょっと感慨深かったです。
この複製はアルミ合金製の509g(本物の万代屋黒は317g)で持ってみたら確かにずっしりきまして
お寺などで接待を受けたときにいただくお茶碗よりは重く感じました。
長次郎が利休のために作ったお茶碗を、レプリカとはいえ持てるのはドキドキしたし
映画で海老さんが使ってたこととかも考えるとやっぱりドキドキした。
本当に最近はさわれる展示が増えてありがたいことです。美術館の配慮に感謝。


樂家に関しては前回の茶の湯展と同様にほとんど知識のないままでしたが
(長次郎や宗入など一部の宗家の名前を知ってる程度です)、
展示室のパネルに人物紹介や歴史がコンパクトにまとまっていたので助かりました。
あとキャプションが非常にシンプルで、タイトル・作者・年代が書いてあるだけで
歴史的・美術史の観点からの説明がまったくなかったのも特徴のような。
わたしはよく、キャプションに説明が書いてあったら読んだりメモ取ったりしますけど
今回の展示は説明が欲しかったら要所要所に設置されてるパネルに書いてあるの読めばわかるようになってたし
メモ帳をしまって無心で作品と向き合うのも、たまにはいいなと思いました。

樂焼は聚楽第の近くで茶碗を作っていた長次郎という人が
秀吉から「樂」の印字を与えられたのが始まりだそうです。
ろくろや型を使わず手で土をこねる作風が当代まで貫かれているそうで、
言われてみれば磁器みたいなすっきり感がなくてしっとりというか、手の形が見える茶碗が多いなあと思った。
利休のために作ることの多かった長次郎の黒は、真っ黒というわけではなくかすかに薄い部分もあって
面影とか太夫黒なんかは微妙に褪せた部分があったりする。
禿も利休が持っていた茶碗で利休忌の時にだけ使われるらしくて
名前は、利休のそばにいつもいた茶碗ということで遊郭の太夫のそばにいる禿から取られたとか。
無一物や太郎坊などの赤楽茶碗も真っ茶色ってわけじゃなく白釉を残していたりして、
これも利休の好みだったのかな。
絵や模様をほとんど入れてないのも特徴的というか…ほんとにすっきりまとめてるんですね。
あと、長次郎の現存する作品でもっとも古いとされる二彩獅子像(1574年)もあって
彫刻を作る人だったこともわかります。
阿吽のお獅子は茶色く色落ちしてしまってたけど、お尻を高く上げてきゅーっと目をこちらに向けていて
沖縄のシーサーみたいな迫力があった。

樂家二代目の常慶は、長次郎とともに作陶を行っていた田中宗慶の子で
以降の樂家は世襲だったり養子だったりしつつ現代まで一子相伝で続けられてきています。
宗慶の三彩獅子香炉は緑や黄色がしっかり残っていて
口をくぱあと大きく開けて胴体がふっくらして、足を踏ん張って立っててかわいらしさ満載☆
茶碗の作り方も長次郎と似通っていて、いさら井などは利休好みの形ですね。
常慶は時代が古田織部と被っているためか、
黒木などは織部好みを反映して中央がぐにゃっとへこんでいたりして一気に変わった感じがする。
また彼は本阿弥光悦に作陶を教えた人であり、
樂家三代目の道入は光悦から教わっているので作風のつながりが見られるのも楽しいです。
道入の青山は漆黒の中央に大胆に白を残しているし
僧正は赤に市松模様のような小さな四角い金色がぽつぽつ入っていて素敵~これちょっと使ってみたい…!
2人の間に生きた光悦の樂茶碗も、村雲は飲み口がぐにゃっと飛び出てるし
雨雲は飲み口が真っ白で糸尻までの漆黒のグラデーションが美しいし
白樂の冠雪はしんしんと積もる雪が赤い点々で表現されていて
織部から江戸初期ルネサンスの時代を生きた人感がめっちゃ出てました。
光悦ってこういう人だったんだなー!同時代の人と見比べるとめっちゃ楽しい。
光悦が宗達の下絵(蓮)に百人一首を描いた和歌巻断簡とか
宗達の舞楽図屏風(醍醐寺)にも久々に再会できてうれしかったです☆

四代目の一入の時代には色々と工夫がされるようになって
黒の山里には棒を持った人物(ふっくらしてかわいい)が白いラインで描かれていたりする。
五代目の宗入は尾形光琳・乾山の父である宗謙の弟・三右衛門の子で光琳たちとはいとこにあたり、
また宗謙・三右衛門の祖母は本阿弥光悦の姉なので
樂家と尾形家と本阿弥家は親戚になるのですな~。
この頃は初代回帰というか、長次郎の作風を意識しながらも
亀毛の金粉とか見てるとモダンさも忘れてないように思うし、
近くに展示されていた乾山の染付松図茶碗と見比べるとお互いに影響し合っていたかなあとも思う。
六代目左入の霏々や七代目長入の赤樂などを見てると先代とそんなに変わってなくて
作風が落ち着いた時代だったのかも。
早逝した八代目得入の萬代の友は黒地に2匹の亀がゆったり泳いでいてかわいい。
九代目了入の巌や白釉筒茶碗はごつごつした崖のような肌をしているし
十代目旦入の不二之絵黒樂の大胆な白とか秋海棠の赤色に緑べったりな色使いがすごい!
彼は織部や瀬戸など様々な技法を取り入れた人だそうですね。
十一代目慶入の潮干は茶碗の底に貝殻をつけて焼き上げてて
新しい!使いづらそう!でも面白い!って気持ちが行ったり来たりしてワクワク。
十二代目弘入の家祖年忌は長次郎300回忌で茶碗を300個作ったときのひとつで
初代を意識したのか割と小ぶりでした。
赤楽の羅漢は樂印をあっちこっちに押しまくってて鈴木其一展で見た「秋草に鶉水月図」を思い出しました。
こういうデザインする人ってどこにでもいるんだな^^

近代以降になると渋さは押さえつつも色遣いがわっと賑やかになってくるのは
折から入ってくる印象派やキュビスムの影響とかもあったのでしょうか。
十三代目惺入の若草は黒地につくし模様がかわいいし、
十四代目覚入の緑釉栄螺水指は黒々としたサザエが立派でかっこいいし
綵衣は赤・黄・茶・黒が絶妙なバランスで配置されてるし
杉木立は白地にざくざくした赤模様がするどい木を思わせるし、覚入のデザインは模様がでっかいねえ。
最後に十五代樂吉左衛門(当代)の作品がどっさり展示されていて
東博の法隆寺宝物館みたいな、一作品につき一展示ケースで360度ぐるっと見られるようになってた。
長次郎を思わせる黒からカラフルで大きなデザイン性高いものまで、
伝統的なものと斬新なものとはっきり分けて作られている。
夜の航海シリーズや岑雲に浮かんでシリーズは実際の茶会で使われるとしたら
和服でも洋服でも様になりそうな雰囲気でデザイン性の高さを感じます。
そして次代を継がれる篤人さんの作品は、長次郎の黒が見えるような黒と
お父上の白とは違う色彩を連想するようなモダンさがおもしろかった。

特別展の後は常設展を鑑賞します。
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この日は上村松園「母子」が展示されていると聞いていたのでワクワクしながら行きましたー!
はあぁあやっぱりきれいで柔らかくてあったかい…無言でボーっと見つめてしまったよ。
モデルは松園の孫である淳之さんと母のたねさんです。

kinbi4.jpg
工芸館の方にも行きまして、開催中の「動物集合」を鑑賞。
近現代の作家による動物をテーマにした作品を集めた展覧会です。
鳥、虫、馬、うさぎ、象など大きいのから小さいのまでたくさんの工芸品を見ましたが
目が行くのはやっぱり猫(笑)。
特に写真の結城美栄子「猫に小判」は最高にかわいかった!(撮影OKでした)

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志村ふくみさんの紬「鈴虫」。
秋の夜に聞こえる鈴虫の声を色にしたらこんなかなあ、きれいでした。


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近美と工芸館の間にはさまれている国立公文書館では「誕生 日本国憲法」展を開催中で
無料だったので見てきました。
天皇の署名原本や憲法ができるまでの計画、議事録、草案、写真などから
憲法がどのように作られ施行されたのかをたどる内容です。
「あたらしい憲法のはなし」は教科書で読んだなあ…三権分立とか戦争放棄の挿絵とか。
「憲法改正草案に関する想定問答」には思わず吹き出してしまって。こんなのも考えられてたんですな…
答弁した金森徳次郎はNDL初代館長で納本制度を始めた人ですが
憲法制定にあたり大臣を務めていたのは知らなかった、勉強になりました。

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個人的に一番ドキドキした憲法公布原議書。
最終的にこの文章でいきましょうと閣議決定されたもので
赤であちこち修正が入ってて細かく作られてるなあと思う一方、
なんだか淡々と事務的にも感じられました。
憲法できた!っていうととてもドラマチックに聞こえるけど(ドラマや映画で人がワーッと集まって歓声あげるみたいな)、
実際は小さな作業の積み重ねなんですよね。

おしまいにあった「日本国憲法は国立公文書館で大切に保存しています」の看板の頼もしさよ…
何気ないひとことですけど大切なことなので色んな人に公文書館の仕事を知ってほしいな。


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皆様いつもありがとうございます(^-^)/
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手のひらの宇宙。
2017年05月07日 (日) | 編集 |
2017tohaku58.jpg
東博で開催中の「茶の湯」展に行ってきました。
曜変天目茶碗が見たくて、でも展示物が小さいうえに混んでると聞いていつにするか迷っているうちに
曜変の展示がGWととともに終了すると知り泡をくって「待ってえええ」と飛んでいきましたよ。
わたしは茶道に関してはさっぱりですが(建仁寺の栄西が茶祖と呼ばれてるよね、くらいの知識)
きれいなお茶碗や茶室の道具、茶碗をめぐる人間模様などがわかりやすく解説されていて
楽しくて2時間以上ウロウロしてしまいました。
仁清や乾山など好きな陶芸家もいるのでまったく初心者ってわけでもなかったし。

先に行った人々から「曜変天目(稲葉)の前であなたはチューチュートレインにな~る」とか
半ば催眠術のような予言をされてどういうことだってばよ?と思ってたけど
いざ展示ケースを前にしたら自動的にそうなる自分に気づきました。
展示物が小さいという理由もあるけど、お茶碗の中とか側面とかあっちこっち見たい部分が多くて
背伸びしたりしゃがんだりケースの周りをグルグルせざるを得ない!
そもそも人多くて見づらいし、国宝だからみんな見たいだろうし
あの展示ケース人が集まってる~何だろう?みたいな人も寄って来たろうし(わたしだ)、
集団が発生してしまうのは仕方ないですな。
そんなシュールな会場でしたけどもお茶碗そのものはとても美しかったです。
漆黒の本体に白や水色や群青などのグラデーションが螺鈿のようにきらめいていて
宇宙とも星空とも深海ともいえない不思議な景色。
曜変の曜は星のことなので昔の人は星空のように感じてそう名付けたのかもしれない。
豊臣秀吉から秀次へ受けつがれたという油滴天目は
外側も内側も銀色に輝く粒でびっしり覆われていて、その規則性のバランスがすさまじい。
天目茶碗は職人の意図ではなく窯の中の偶発的な科学変化で生まれるそうですが
焼き上げてこんなの出来上がってたらそらびっくりしますわな…。
ちなみに室町時代の芸道書『君台観左右帳記』には「曜変 建盞の内の無上也」「建盞 ゆてきの次也」とあり、
曜変1番油滴は2番ということだったみたい。

お茶碗そのものも味わい深いのですが、
個人的にはやっぱり誰かの手を経てきた茶碗や茶道具に心惹かれます。
灰被天目の「夕陽」は黒にオレンジが点々として、同「虹」(伝足利義政所持)はうっすらレインボーが見えて
両方とも東大寺や酒井家を経て残ってきたものだそうです。
青磁輪花茶碗「馬蝗絆」は雨過天晴と呼ばれるほど美しい青磁の茶碗ですが
数か所に鎹が打たれた痛々しい姿になってしまっていて、
これは義政が愛用していた時ヒビが入ってしまったので宋に代わりの物をリクエストしたところ
これ以上の青磁は作れませんと鎹を打たれて送り返されてきたので
それならばと鎹を蝗に見立てて名付けてしまったとのこと。
義政さんてほんとそういう遊び心あるよなー!(将軍としてはああでこうだけども)
北野大茶会にも出されたという唐物肩衝茶入(北野)も義政所持だったらしいし
前田家伝来の木葉天目はお茶碗の中に葉っぱのような模様があっておもしろいし
唐物茶壺「松花」は信長→秀吉→家康と持ち主が変わってて
唐物茄子茶入「富士」に至っては足利氏の医師から信長がぶんどって→秀吉→家康ともたらされて
お前らわっかりやすいな…!ってなる。
三好長慶が所蔵していた三好粉引、釉薬のかけ残した地の茶色が刀の切っ先に見えるという
うっかりをプラスに変える見方は長慶さんのセンスですな…かっこいい。
作品の価値に加えて「あの人が持ってたもの」というのも大切な歴史なんだよね。

武野紹鴎・千利休師弟による侘茶の大成あたりからは展示にぐっと渋さが増します。
紹鴎が持っていたという緑色の点々が美しい白天目や、将軍の御成にも使われた備前水差「青海」は
さっきまでと違って白黒くっきりしてツルツルピカピカしてることもなくて
土の表情が何となく見える気もする。
利休の所持品コーナーはさらに黒が増えて、
樂家の初代・長次郎が利休のために作った黒樂茶碗の俊寛(利休命銘)やムキ栗(覚々斎原叟の命銘)なんかは
最たる黒のような気もします。
しかもムキ栗は四角いんだよね…なかなかないよねこういう形。
唐物茶壷「橋立」は信長から譲り受けたのち秀吉に何度も所望されながら最後まで譲らなかった壺で
地味で小さいけれどもそこが利休の好みだったのかなあ、などと。
利休の手紙もいくつかあって、
小田原攻めの従軍時に古田織部が送ってきた茶筒を受け取りましたという知らせや
沼田天目につけた「黄てんもくにて候 利」という鑑定書のような一筆や
2/14に堺へ船出するとき織部と三斎が見送りに来たという別れの手紙(2週間後に利休切腹)など
仕事や人生を物語る直筆にドキドキしました。
弟子の織部の所持品だった伊賀花入「生爪」は、いかにも織部好みに口が歪んでいて緑がだらっとしている。
なぜ爪の名前がついたかというと、織部がこれを手放すとき「爪をはがすような辛さ」と言って一筆添えたみたいで、
かなり太い字で書かれているのがかえっておかしくて笑ってしまった。
みんなそれぞれ大切にするものが異なっていて面白いですね。
あと、茶杓にも人柄が出るなあと思いました!
紹鴎の竹茶杓はゆるやかで、利休の茶杓は真っすぐなのや歪んでるのなどがあって
織部の小倉山は凸凹だし三斎(忠興)は「けつりそこなひ」と名付けてしまう自由さがある。
さらに下って小堀遠州の茶杓はすっきりしていましたね。

あと、当時はいわゆる「古筆切」というやつ…古い絵巻物や色紙をスパスパ切って
床の間や茶室に飾るのが流行したんですよね。
室町時代の足利将軍たち…義満や義教、義政あたりまでは水墨画や文人画などを掛けていたのが
紹鴎の頃からは漢詩などの古筆も掛け始めたのだそう。
(藤原定家の小倉色紙「あまのはら」を最初に茶室に掛けたのが紹鴎らしい)
史料クラスタとしてはおまえら何やっとんじゃー!と怒りたい気持ちもあるけど、
彼らは何でもかんでも切ってしまったわけではなくて
利休が双庵という人に出した「易元吉画巻跋」の添え状には
「墨跡が一段と見事なので切らずにそのまま飾るのがいい」という判断をして止めさせたりしている。
切られてしまったのはもう元に戻らないしその結果散逸しちゃったものとかあるけど
でも彼らが切って子孫が保存したから現代まで残ってきたものもあるし
当時の人々が何を考えて切ったり切らなかったりしてここまで残されてきたのかという一通りの歴史は
今となっては次世代の人たちのために必ず残しておかねばならぬ…ううむ。
ちなみに禅僧画家の玉澗が描いた「廬山図」は
佐久間将監が裁断したものと判明しているそうです。佐久間おまえちょっとそこ座r(ry

江戸時代の銘品も。
国宝の志野茶碗「卯花墻」は白い本体に赤い模様が縦横に入っていて
それを卯の花が咲く垣根に見立てているそうです。
樂家の初代・長次郎の赤茶碗や黒茶碗は手にすっぽりなじみそうな大きさで
万代屋黒などは落ち着いた漆黒が渋くてかっこいい。
(ちなみにこの茶碗は映画『利休にたずねよ』で
海老蔵さんと中谷美紀さんが実際にお茶を淹れて飲んだそうです。ひええ)
本阿弥光悦の赤楽茶碗は長次郎よりもふっくらとした半筒形で赤みが強い感じ。
そして仁清のあたりになると形がよりすっきりして色彩がぐっと華やかになるんですよ!
若松図茶壷や鱗波文茶碗の模様がすごく細かいし、鶴香合はかわいいし
特に玄猪香合は銀杏を添えて十文字に紐をかけた小箱を焼き物で見事に再現していて
銀杏が!紐が!こんな細かいのよくパキッとかしないで焼けるなおい!仁清やばい!!
隣に乾山の梅文香合もあって師弟で並んでるのうれしかったけど
時間をかけて眺めたのは断然、仁清の方でした…師匠すごい。
美濃焼の織部さげ髪香合とかミミズク香合とかもあってかわいかったな~。
あと最後に益田鈍翁のコレクションがいくつかあって
鈍翁と名乗る由来になった黒楽茶碗「鈍太郎」も展示されていました。
凸凹の黒いボディに地の茶色を満月のように残していて、名前の通り鈍く光る黒だった。
江戸時代が終わり近代になると大名家の茶道具を手に入れた財界人たちによる茶会がブームになり、
鈍翁が主催した茶会「大師会」は今も年に一度行われているそうです。
(そういえば東博庭園に建っている応挙館は鈍翁の品川の自宅から移築したものですな)


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岐阜県の陶芸美術館が再現した古田織部の茶室「燕庵」。撮影可でした。
本物は京都の茶道藪内流宗家の敷地内にありますが、
これは初代宗家の妻が織部の妹だったことからの縁だそうです。

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柱がぐにゃりと曲がってるとことか、すごく織部って感じ。
あと窓を少しずらして配置してあるのも織部の工夫だそう。


特別展の後は本館の茶の美術も鑑賞してきました。
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中国の灰被天目。渋いです。銀河の中に一等星がぽつぽつ見えるみたいな。

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志野茶碗、銘「振袖」。
ススキが薄く描かれていて優美です。

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美濃焼の織部向付。
「うぎゃあ」とか言いたくなる形がすごくおもしろいです。

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同じく美濃焼の織部開扇向付は骨まで細かい!

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野々村仁清の色絵牡丹図水指。
大きな牡丹と緻密な模様がホレボレしてしまう…かっこいい。

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仁阿弥道八の色絵桜樹図透鉢はやっぱり美しい☆

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景徳鎮の天啓赤絵羅漢図反鉢はそこ反らすんだ!ってデザイン。

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東博本館の庭園に移築されている転合庵。
小堀遠州が茶入「於大名」を披露するために京都の六地蔵に建てた茶室で、
その後何人かの持ち主を経てここに寄贈されたそうです。
普段は扉が閉められて外観のみの見学ですが、この日は内部も見学できました。
ちなみに茶入「於大名」も茶の湯展で見られまして
耳付茶入というそうですが、猫耳みたいな取っ手がついててかわいかった。

あと、茶の湯展に関連して近代美術館の樂家展も見てきたのですが
長くなりますので次回記事にて書きたいと思います☆
博物館でお花見を。
2017年03月30日 (木) | 編集 |
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東博本館の「博物館でお花見を」に行ってきました。
過去に何度か訪れていますが、毎年恒例の春の行事です。
絵画に工芸に彫刻、展示室のあちこちに花の作品がたくさんあって楽しかった~☆

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こちらも恒例、春の庭園解放。
桜の木もたくさんあるようですが、池のほとりにある江戸彼岸だけ満開になっていました。
ピンクのシャワーが降り注いでるみたい。

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枝垂れ桜ってほんときれいだよね。

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本物の桜を楽しんだ後は展示室の桜をめぐります。
写真は平安時代の不動明王立像。
桜の木に彫られているそうです~固くて丈夫で摩耗しにくいのだそう。
(確か円空が桜の木に彫った仏像があると、前に日曜美術館で見たっけな)

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
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歴史と寓話。
2017年03月10日 (金) | 編集 |
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国立新美術館の「ミュシャ展」に行ってきました。
ミュシャは人気なので毎年だいたいどこかで展示やってるし4年前の六本木のも行きましたけど
今回はスラヴ叙事詩が来日すると聞いたので!
美術ファンやミュシャファンなど知る人には知られているスラヴ叙事詩、
その大きさと美術的価値ゆえにチェコ国外で展示されることはないと思われていたのが
2年前に突如「円柱に巻きつけて運びます」というパワーフレーズとともに速報が流れたときは
全身が震えたよ。
だってプラハ行かなきゃ見られない(=飛行機に乗れないゆさは一生見る機会がない)と思ってたから!
今までも一部が来日したことはあるみたいだけど全部は初めてだそうで
この企画のために果たしてどれだけの人が全力を尽くしたのか。
本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。

もともとあの絵は輸送を考慮して分厚い帆布に描いてあるのだそうで
巨大キャンバスに描かれていると勝手に思い込んでいた自分を正しに行くためにタイムマシンが欲しい。
ミュシャはずっと現実的な考え方の人だったのだ…!
そもそもミュシャはあの作品群を、ズビロフ城というボヘミア地方の城をアトリエにして描いていて(大きいから)、
プラハに寄贈するため城から移動させる手段も見据えてたってことよね。
それでもプラハから日本まで動かす以上リスクはやっぱりあると思うので
様々なハードルの中貸出を許可してくれたプラハ市と権利者の人々に大感謝。ありがとうございます。
展覧会公式Twitterで巻いて運ばれてきたスラヴ叙事詩が展示されるまでの様子がワクワクどきどき、
また展覧会公式サイトのトップページでは叙事詩の大きさを体感できるアニメーションもあるし
今回の企画がいかに規格外かを色んな人に知ってもらえるのではないかと思う。
天地がひっくり返るスケールの出来事なんだよ!
こんな機会二度とあるかわからないから行ける人は這ってでも行った方がいい。

展示室へ入ったとたんにいきなり巨大な絵の群れがどーん!と視界にとびこんできて
やっばい本当に来てる…!と戦慄。
わたし今まで見た中で一番大きな絵は高野山の血曼荼羅(4m)ですがそれを凌ぐ大きさだよ、ひええ。
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言い忘れましたけど今回、一部ですが写真撮影ができます!カメラ必須!!
関係者の尽力に感謝します。最近こういうの増えてきてうれしい(*´︶`*)。
写真は後半の撮影可能ゾーンですが作品と鑑賞者の対比が何となくおわかりいただけるでしょうか、
とにかく巨大でド迫力。
新美の展示室ってこんなに天井高くて広かったんですね…
いつもは小さな作品の展覧会を見てるから気づかなかったよ。

スラヴ叙事詩は全部で20点、6mものキャンバスもあり完成まで17年を要した大作で
神々の時代から第一次世界大戦までのスラヴ民族の歴史が史実と寓話を交えて描かれています。
描き始めた当時ミュシャは50歳、78歳でなくなっていますからほぼ後半生を費やしたんだね。
(その間チェコスロバキアの切手や紙幣や警察官の制服などのデザインもやってて
どんだけ働いてたんだミュシャよ)
4年前の展覧会でも叙事詩の下絵や習作、登場人物のコスプレするミュシャの写真などが紹介されましたが
あれらを経て完成した形がこれらなのだと思うと感動もひとしおで、
展示室を何度も行ったり来たりしながら各作品をまんべんなく鑑賞。
わたしにはチェコの歴史の知識はないけど、
キャンバスでかいし群衆たくさん描かれてるし衣服や建物の装飾も細かくてそれだけでも勉強になる。
近くで見るとそんなに色が多いわけじゃないんだけど遠くから見るとほどよくまとまって見えるので
何というかこう、富士山を眺めるような気分になりました(遠くから見るときれいだけど近くで見ると荒々しいみたいな)。
上部分は照明で光ってる部分もあるのでオペラグラスがあるといいかもしれません。

中でも特に完成度が高い初期の3点「原故郷のスラヴ民族」「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」
「スラヴ式典礼の導入」がほんとにかっこいい!
異民族の侵攻から逃げる男女(アダムとイヴといわれる)から神々の戦争の時代を経て
ラテン語の使用からスラヴ語を認めさせるまでの流れはよく考えられてる…。
多神教の祭司や当時の国王が両手を広げてバーンと空に浮かんでるのかっこいいし
(叙事詩の特徴として神や権力者は画面上部に、市民は下部に描かれる傾向があります)、
民族の団結を象徴する少年の姿は凛々しい。
続く「ブルガリア皇帝シメオン1世」はスラヴ文学の創始者といわれるシメオン1世の絵で
ギリシャ聖人の壁画に囲まれた宮廷でシメオンが書記官に口述筆記をさせ、
周囲では学者や司祭たちが夢中で本を読んでいました。
鑑賞前に参考にした現地の学生さんブログにも
シメオンの時代は「ブルガリア帝国のもっとも栄光に満ちた時代」と書かれていたけど、
書物の表紙やページはもちろん、壁や床や絨毯や若者の腰布の模様まで細かく描きこまれていて
画面のすべてから繁栄がばしばし伝わってきます。
シメオンはビザンチン帝国の書物をスラヴ語に翻訳させ宮廷で学者や司祭に読ませて
ルーマニアやロシアへ広めた人だそうで、
キャプションに「書物はスラヴ人の過去と未来をつなぐ役割を果たしたのです」と解説されていて
首がもげるほど頷いた。
聖書をドイツ語に翻訳して今に伝えてるみたいなロマン…読書は過去の人との再会なのだ。

神話から戦争へ。
「クロムニェジージュのヤン・ミリーチ」「ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師」「クジーシュキでの集会」は
言葉の魔力といわれる3点シリーズで
それぞれミリーチ、フス、コランダという聖職者の説教とその影響を絵画化しています。
特にフスは、フス派と呼ばれるほどの影響力を持った人(後に裁判にかけられ火刑になった)で
演台から身を乗り出して熱っぽく演説する様子は声が聞こえてきそうなリアリティ。
そんなフスを、横から冷たい目でヤン・ジシュカ(実在の軍人)が見ているし
ジシュカの背後の壁画にはドラゴンと戦う聖ゲオルギウスがいるのも象徴的だと思う。
コランダはフスの後継者で信仰を守るためには武器も必要と説き戦争のきっかけを作った人で
絵はまさにその宣言の場面で今にも戦争が始まろうとする不穏な雰囲気もあり、
赤と白の旗(生と死を象徴)も立てられています。
「ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチツキー」はそうして起こったフス戦争さなかの様子で
人々が悲しみに沈む中、司祭ヘルチツキーが市民の拳を制して聖書の言葉を授ける場面。
「グルンヴァルトの戦いの後」と「ヴィートコフ山の戦いの後」は
戦後に呆然と立ち尽くす軍のトップやフス派による勝利の儀式などを描いています。
「ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛」は
1566年のオスマントルコの侵攻をクロアチア総督ズリンスキーがハンガリーで迎撃した事件の絵画化で
派手な戦闘シーンが赤黒い色彩で展開されている。
中央を黒々と分断する黒煙はズリンスキーの妻エヴァが放った松明による爆発で
ズリンスキーが撃たれる姿も描きこまれているのですが、
実際はズリンスキーが亡くなったのはこの後でエヴァは再婚もしているとのことで
かなりミュシャの創作が投影された絵なんだな…。

政治や宗教。
「ボヘミア王プシェミスル・オタカル2世」は王の姪クンフータとハンガリー王子ベーラの政略結婚の場面で
花嫁の姿はないけど階段にかかる装飾と白衣装がすごくきれいだった。
「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」は
ローマ皇帝を名乗り戴冠式を終えた皇帝のパレードの様子で、
花を持つ少女を先頭に華やかな行列が描かれています。
(実際の東ローマ帝国はギリシャのパレオロゴス家が皇帝だったらしいですけども)
「フス派の王、ポジェブラディとクンシュタートのイジー」はチェコとカトリック諸国の協定を教皇が無効としたので
イジー王が怒って椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった、まさにその瞬間の場面で
もしこれを実写映画化したら俳優の演技の見せ所はここみたいな、とてもドラマチックな絵。
手前の少年が持っている本のタイトルに「ローマの終焉」とあるのが意味深。
「ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々」はボヘミアがカトリック諸国に敗北し、
移住を余儀なくされたプロテスタントの信徒の一人だったコメンスキーの死の場面で
彼は椅子に座って物思いにふけりながら亡くなったとされているそうです。
寂しげなコメンスキーの姿も見事だけど、中央に置かれたランプの表現がすばらしかった!
ミュシャは灯りをすごく灯りらしい色彩で描ける人だと思う。
あとこの絵だけミュシャのサインが入ってます。さがしてね^^

そしていよいよ撮影可能ゾーンです。
以下、撮影可の写真をアップしてあります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
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博物館に初もうでその4。
2017年01月09日 (月) | 編集 |
2017tohaku1.jpg
今年のミュージアム始めも去年と同じく東博からスタート。
毎年恒例、「博物館に初もうで」に行ってきたよ~!
本館正面階段の生け花も毎年気合いが入ってる感じがします。松竹梅。美しかった☆

2017tohaku2.jpg
トーハクくんにも会えたよ~色んなポーズとってくれてかわいかったです☆
かっこよく仁王立ちとか。

2017tohaku3.jpg
片足上げたりとか。

2017tohaku4.jpg
座ったりとか。これ中の人足どうやって畳んでるんだろう…(^^)。
ちなみにトーハクくんのモデルは東博所蔵の「埴輪(踊る人々)」(埼玉県熊谷市出土)だ!
(過去に見てきたよ→こちら

2017tohaku5.jpg
今年は酉年ということで、鳥をテーマにした特集陳列「新年を寿ぐ鳥たち」がありましたので
一部をご紹介していきます。
写真は蘿窓の竹鶏図。
ニワトリは五徳(文武勇仁信)をそなえているという言葉が中国の『韓詩外伝』にあるそうで、
「頭の冠=文、足に距(けづめ)を持つ=武、闘鶏=勇、餌を見て相呼ぶ=仁、時を告げる=信」とのこと。
(ちなみにこの考えを『十二支考』の「鶏に関する伝説」に引用した南方熊楠は
「猫の五徳」なるものも記してるよ^^)
それにしてもこのニワトリちゃんすごい目つきしてますね(笑)。

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この道より我を生かす道なし、この道を歩く。
2016年12月13日 (火) | 編集 |
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三井記念美術館の「日本の伝統芸能展」に行ってきました。
国立劇場開場50周年を記念して、雅楽や能狂言、歌舞伎、文楽、演芸、民俗芸能など
現代の日本に伝わっている芸能について絵画や芸道具からたどる展覧会です。
神事から始まった踊りや音楽がやがて宮中、一般市民へ伝わっていく過程をみていくと
過去を学んだ人が新しいものをつくり、それらをおもしろがって盛り上げた人がいて
途絶えてしまうのはもったいないと伝えてきた人がいて…と、
芸能史は人の連鎖だなあと改めて思いました。
国にしろ地域にしろ、何かを伝えていくには体力が要ると最近思うようになったのですが
芸能はそれが顕著な事例の気がする。

まずは雅楽。
古代日本において演じられた舞楽のお面や和楽器が並んでいました。
尾張徳川家3代目の綱成が熱田神宮に奉納したと伝わる陵王(蘭陵王)の面は
口をくわっと開けて目をまんまるに見開き、額に龍を乗せたいさましい顔、
隣には同じく尾張徳川家奉納と伝わる納曽利の面がありました。
蘭陵王と納曽利は番舞で演じられることが多いから、セットで奉納されたのでしょうか。
重要文化財の抜頭面は真っ赤な顔にちぢれ毛の黒髪、しの字につり上がった眉などただならぬ表情で
これ踊ってたらどんなかなあと想像。
「実性丸」と銘のある琵琶は紀州徳川家に伝来したもので東大寺の実性僧正の愛用品、
小さく誰でも演奏しやすそうな印象でした。
銘「蘭(アララギ)」の篳篥は螺鈿の装飾がほどこされ、
収納されている扇型の箱にも貝殻などの模様の螺鈿細工がほどこされていて美しい。
銘「鹿丸」の笙も頭に鹿と紅葉が金色にきらめいていました。
北三井家11代目の娘久子さんの初節句のために作られた雛道具の楽器は
すべて手のひらサイズのミニチュアで
鞨鼓・太鼓・鉦鼓・笙・龍笛・琵琶・筝・和琴・三味線・胡弓などが揃っていて
琵琶や太鼓に家紋が入り、太鼓の真ん中に大きな牡丹が描かれていました。
こういうのほんと楽しい…!和楽器ってどうしてこんなに美しいんでしょう。
舞楽を描いた屏風作品もあって
輪王寺所蔵の舞楽図屏風は陵王や納曽利ほか約20点の舞楽を踊る人々が散らし描きされていた。

能狂言。
翁の面は髭が細く長くて、目が三日月のようにニッコリしてて見てるこちらも幸せになれそう…
世界を祝福する人はこんな顔をしてるんだろうかと。
孫次郎作の女面は、金剛流の太夫が早逝した妻の顔をモデルに作ったらしくて
「オモカゲ」という別名もついているとか。
楽器蒔絵小鼓胴は笙や琵琶など能に使われる楽器が蒔絵で描かれていて豪華な作り、
楽器に楽器を描くっておもしろいと思いました。
観能図屏風は豊臣秀吉が宮中で催した「翁」の上演会の様子で
御簾ごしに天皇が見ていたり、遠巻きから南蛮人が見物していたりと当時の雰囲気まで再現されてる。
古狂言後素帖は狂言の演目の1シーンのスケッチをまとめたもので
翁や高砂など見覚えあるものから知らない演目まで様々。
女山賊というのが気になった…薙刀を振り回す女性に追われて男性が逃げていく絵で
このシーンに至るまできっとアホな理由がありそうだなあと思いました、狂言だけに(笑)。

文楽人形の展示も。
ちょっと広いスペースに桐竹勘十郎さん監修による三人遣いのマネキンが再現されていたよ~。
人形は義経千本桜「道行初音旅」の忠信(実は源九郎狐)で
3人の黒子がそれぞれ頭と手足を担当しているようです。
ガラスなしの展示なので近づいて色々観察できて結構、ダイレクトに手つっこんでるんだなとか
手首が動かしやすいように割れてるのとか、物を持つ演技のために引っ掛ける突起がついてたり
わかることがたくさんありました。
人形の首も20個くらい並べてあって、首ごとに文七や与勘平や検非違使や娘など名前がついてるそうで
傾城の首が一番豪華だったな…簪どっさりついてる高級遊女。
ガブを間近で見てみたかったけど展示されてなかった。
裸人形もひとつ展示されていて頭と手足が紐でつながれているだけのシンプルな構造にびっくりした、
胴体まで作ってあるわけではないのですね。
初菊と弁慶の一式も展示されていて、弁慶の首は文七が使われてるのとか初めて知りました。
(文七は熊谷直実や明智光秀などの首でもあるそうだ)
文楽はあまり見たことないので来年はもうちょっと見に行けるといいな…。

歌舞伎。
出光美術館の阿国歌舞伎図屏風は阿国の一座が「茶屋あそび」を上演する様子を描いていて
舞台の上で覆面に腕組みをしている男装の阿国は目だけギラギラしててかっこいい。
中央に北野天満宮の社殿が描いてあるのはこの時期の歌舞伎図にはよくあるポイントらしいです。
岩瀬文庫寄託の四条河原遊楽図屏風は左隻が若衆歌舞伎で右隻が女歌舞伎、
垣根越しに見物する人や敷き物しいてお弁当を囲む人たちまで様々いて
なんだかピクニックみたいだなと思いました。
五代目歌舞伎座の杮落しの際の歌舞伎展でも思ったけど
この時代の人ってほんと自由にお芝居見物してるよね^^
伝菱川師宣工房の上野花見歌舞伎図屏風はでかでかと芝居小屋が建っていて
看板に中村座って書いてあったり舞台の演目に「太平をどり」とあったりして
舞台では役者たちが総踊りのようなことをやっていて賑やかでした。

女歌舞伎や若衆歌舞伎が幕府によって禁止されてからの野郎歌舞伎時代。
錦絵の歌舞伎はこれまで何度も見てる絵が多かったけど
歌川豊国「中村座内外の図」は黒御簾が上手にあった頃の貴重な資料になってることを
キャプションで指摘されているのを読んで勉強になったり、
歌川広重「東都繁栄之図 中村座」の演目の看板に「ワキ狂言 酒てんどうじ」というのを見つけて
うおおお見たい!ってなったりした。
おもしろかったのが、歌川国輝「五代目大谷友右衛門の横川覚範」が
花道のスッポンの床下で奮闘するスタッフの姿を描いていたり、
歌川国貞「楽屋錦絵」シリーズが楽屋にて稽古や読み合わせや化粧をする役者たちの姿を描いていること。
仕初め式に向かう團十郎、仁木弾正の扮装で出番を待つ五代目幸四郎、
化粧をする瀬川菊之丞、息子に振付を教える三代目三津五郎、
殺陣を教わる宮島重郎(鶴屋南北の子)など当時の稽古や風俗についての一級資料だよこれ!
国貞の観察力もほんと細かくて、やっぱり取材したのかなあ。
役者たちだけでなく、かつらを作っている友九郎(羽二重を発明した人)や
2月の天神祭のために地口行灯に菅原伝授手習鑑の絵を描く職人や
日待ち(寝ないで願い事をとなえて日の出を拝む行事)の最中に義太夫の稽古をする役者たちなど
様々な場面を描いてくれています。
こういうのはさすがに国立劇場ならではの所蔵品という感じがする。
あと歌舞伎衣装もありました。
七代目團十郎使用と伝わる白地三升格子模様着付はインパクトのあるでかさの格子模様。
五代目中村歌右衛門の黒繻子地雪持竹南天雀文様打掛はたわわな南天に雀がとまっている豪華な衣装で
先代萩の政岡役の際に着用したもの。
六代目尾上菊五郎の黒綸子地雪持松文様羽織は菅原伝授手習鑑の松王丸役らしく
雪の積もった大きな松の木が点々とつけられています。
七代目松本幸四郎の木綿地龍丸入格子文様羽織はものすごい金色で
何匹もの金色の龍が背中にどっさり刺繍されてて、重さどんだけなんだろうと思った。
七・八代目市川中車の寄せ裂着付はツギハギだらけで何これと思ったら
俊寛に使われた衣装だそうで…美しく派手な衣装だけが歌舞伎ではないですね。

地域の芸能。
片山春帆の民俗芸能スケッチ帖は田植踊りや笠踊りなど
各地域を回ってその土地の芸能や衣装をスケッチしたもので、
展示してあったページには「執心鐘入」「浜千鳥」などのタイトルも書いてありました。
1936年5月の日本青年館での琉球芸能会のスケッチが載っていて
当時の情勢を考えるとたいへん貴重な記録とか。
国立劇場おきなわ所蔵の、女踊り用の紅型衣装や花笠もたいへん美しかった。
江戸上りの図(転写本)は将軍の代替わりなどで琉球が慶賀使を江戸へ送ったときの行列を描いてて
使者の持つ旗に翼の生えた虎というフェアリーな生き物が描かれてて心がとても和みました^^
ライオンに羽だったらグリフィンですが虎は何か名前があるのでしょうか…よく知らない。
愛知県東栄町の大入地区の花祭衣装や榊鬼の面、鏡やまさかりなどの持ち物にふむふむと思っていたら
隣に長田神社の追儺の鬼面がズラッと並んでて心臓飛び出るかと思った、
なんてこった長田神社だーーー!!!
いつか、いつか見に行きたいと思っている長田神社の節分行事に使われる鬼面に
まさかまさかこんなところで会えるなんてまさか。
い、いや、実際に見に行けたとしてもお面をじっくり眺める時間はないかもしれんから
よい機会だと思ってとことん鑑賞してきましたとも…。
7匹みんな忿怒の相ですが餅割り鬼と尻くじり鬼(すごい名前だ)には角がなかったり
赤鬼青鬼に至っては牙さえもない。
神の使いである長田神社の鬼たちには不要なものなのかもしれません。


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美術館を出て、道路の斜め向かいにある奈良まほろば館の前のせんとくんが
帽子とマフラーでクリスマス仕様に(笑)。
鹿の角があるからサンタというよりトナカイみたいでした。かわいい。
あと大仏プリンが入荷してたから買ったよ~レアチーズ味おいしかったです。

あとこの日は品川まで足を延ばして下神明天祖神社にも行きました。
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下神明駅から歩いて5分、住宅街の中に建っている小さな神社です。

simomioya2.jpg
目的はこちら。来年1月3日まで頒布されている熊本地震復興祈願の御朱印です。
初穂料を募金箱に入れると書き置きをいただけます。
募金は熊本の神社庁に寄付されるとのことです。

wakasanta.jpg
新宿高島屋のワカタクにも寄った。
和菓子もクリスマスシーズンですよ~!
サンタクロースはこの前、目の前で猫を作ってくださった引綱さんのお菓子です。
左は日の出楼さんのお菓子ですが上からだとわかりにくいので↓

wakamino.jpg
冬支度するミノムシでした!かわゆす。
衣紋の道その3。
2016年12月05日 (月) | 編集 |
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埼玉県立歴史と民俗の博物館の特別体験事業「十二単と男子装束体験」に行ってきました!
男子装束に応募しまして、去年は直衣を着せていただいたので
今年は狩衣がいいなあと思っていたのですが
(着装体験は時間指定のためタイミングによっては前の人が着てたりすると選べません)、
当日はわたしが最初だったらしく「お好きなの着られますよ」と言っていただけたので狩衣をリクエスト。
去年の記事でたてた目標を年末に無事に達成です、よかったよかった。

…が、ここで新たな事実が。。
男子装束はてっきり直衣と狩衣だけと思っていたし去年もそう聞いていたのに
更衣室で衣紋者の人に「どれになさいますか」と聞かれたので「…えっ、どれとは」と返すと
「直衣と狩衣と赤袍です」との返答が!増えてるーー!!!Σ(゚Д゚)
(ちなみに直衣は平安貴族の自宅用衣装、狩衣はアウトドア衣装、赤袍はお仕事衣装です)
か、か、狩衣で制覇と思っていたわたしは……いやあびっくりしました。
というわけで来年の目標ができました。赤袍を着る。


kariginu2.jpg
更衣室で単と下袴をつけていただいてから着付け会場に出て
さらに赤い単と指貫をつけていただきます。
(写真は博物館のスタッフさんが撮影してくださいました。ありがとうございます☆)

kariginu3.jpg
こんな感じになった。

去年と同じようにお世話係の婆やに着替えを手伝ってもらう坊ちゃんの気分でいたのですが
装束を着せていただく時はつい、衣紋者の人が着せやすいようにと手を動かしてしまう癖が抜けなくて
やっぱり今年もやってしまったのですが
「お殿様はだらんとして、力を抜いてください。動かすのはかえってはしたないのです。
そう、在原業平になりましょう!」と高らかに言われてしまって
ハードル高ぇー!!ってなりました\(^o^)/
わたしは甘かった、坊ちゃんどころじゃなく貴公子レベルにならなくてはいけなかったのだ…
貴公子ってなったことないからわかりませんけど、
「のうし」「かりぎぬ」とか言えばその通りの衣装が差しだされて着つけてもらえるのでしょうね、
というか人生で業平になれと言われる日が来るとは思わなかった…生きてると色んな事あります。

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さらに上から狩衣を着ます。
着つけはこれで終わり。あっという間です。ものの10分で完成してしまいました。

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博物学と月の文化。
2016年11月23日 (水) | 編集 |
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サントリー美術館で開催中の「小田野直武と秋田蘭画」に行ってきました。
直武は平賀源内を調べているときに知って好きになった絵師で画集はよく見ていますけども
そういえばあまりナマで見てないなーと思っていたらこの機会ですよ!
企画してくださった方々ありがとうございます(^v^)。
そして直武が仕えていた秋田の殿様がこれまた博物学大好き藩主で
自分も調査するし物集めるし絵も描くしで、ほんと当時の秋田どうなってんの?という印象を持ってたけど
今回の展覧会で当時は他にも博物学を愛した大名たちがいたことを知って
色んな意味で勉強になりました。
言われてみれば木村蒹葭堂の周辺があんなに盛り上がってたのに大名が知らないわけないよね…
てかああいうのを最初に入手するのはだいたいお偉いさんだよね、
平賀源内が博物学に首つっこむきっかけを作ったのも高松のお殿様だし。

メインビジュアルにもなっている不忍池図、実際に見たら結構大きくてびっくりしました。
背景は遠近法で、タッチは大和絵で、植物などは唐風という
まさに和洋中の融合を見た気分。
手前の鉢とかこれ、地面に置いたとき土をこする音が想像できるくらいリアルだよ!
3匹の蟻がいると聞いてよくよく見ると、ほんとだ芍薬の蕾に小さく小さく描いてありましたし
空には小さく遠く鳥が飛んでいるし、間近に見ないとわからないことがたくさんある絵だなと思いました。
(余談ですが最近のリアル不忍池はミニリュウが出ることで有名らしいね…
ポケモントレーナーの皆さま不忍池を、また文化都市上野をどうぞよろしくお願いします←突然のダイマ)

直武が12歳の頃に描いたという神農図や17歳の時の大徳明王像図もあって
その頃はまだ大和絵風のタッチなんだけど
(英一蝶の模写で、水面に映った子鬼を鍾馗が睨みつける鍾馗図がおもしろかった)、
秋田を訪れた平賀源内に出会って解体新書に関わるようになってからタッチが一変、
西洋の極細にめざめて太く大胆に描くことをまったくしなくなっていきます。
解体新書の扉絵も何度も見てますが相変わらず細かいな~。
眼鏡絵の品川沖夜釣や寛永寺吉祥閣などもこんな細い線一体どうやって引いてるんだよ…。
笹に白兎図は、大和絵にはあまり例がない影をウサギにつけてるし
鷹図は鳥を細部まで描きこむだけではなく落ちた羽やフンまで描いてるし
ヨンストン動物図譜からの緻密なライオン模写は東洋の獅子図として仕上げつつも思いっきりライオン。
鱒図は松平頼恭(平賀源内の上司)が描いたのと構図がほぼ一致しているので
これは源内に原本を見せてもらった可能性があるのかしら…写真みたいな絵でした。
あと塗り残しの絵ということで桔梗図の写生が展示してあって親近感を覚えました、
わたしも途中まで塗って放置してる絵が何枚かあるので…(;^ω^)。

直武が仕えた佐竹義敦(曙山)という人もたいへんな蘭学好きで色々書いたり描いたりしておりまして
重要文化財の松に唐鳥図は太い松の木に赤い鸚鵡がとまっていて、これはまあよくある構図ですが
背景に西洋風の景色が描かれていて、完璧ではないけど遠近法も使われている。
写生帖は瓶に入った小型ドラゴンみたいな絵のページが開かれていたけど
これは一体何を見て描いたのでしょうな…?傍らに謂れも記されていたけどよくわからなかった。
直武の蓮図と並んで紅蓮図があったのですけど、構図がそっくりで
たぶんどちらかがどちらかの構図を模倣したんだと思うけど
こういうところからも2人の仲の良さが伝わってきます。
あとたまに「源義敦画」って署名がしてあって源氏なんだ~へー!って思った。
博物大名ネットワークなるパワーワード…。
蘭癖大名といわれた熊本藩主・細川重賢の毛介綺煥は鯨の歯や瓶入りのワニのスケッチ、
昆虫胥化図は昆虫が羽化して成虫になるまでの過程を克明に記録したもので
図鑑とか参考にしたかもしれないけどよく観察した結果できた絵に見えたな…。
重賢は曙山とも交流があったらしく、
忙しい政務の合間をぬって研究していたお殿様たちを想像すると楽しい。
九州にはオランダとの貿易拠点だった長崎があり海外文化が比較的手に入れやすかったため、
他にも福岡や薩摩の大名たちが博物学に傾倒していますが
有名なのは高松藩主の松平頼恭や平戸藩主の松浦静山でしょうか。
そしてだいたいそこらへんの人々を漁っていると木村蒹葭堂の名前が出てくる…大坂名物コレクターめ。

当時のお江戸の蘭学や蘭画についても。
杉田玄白らが出版した解体新書の隣には原書のターヘル・アナトミア。(*´︶`*)
宇田川榛斎『医範提綱』の附図である医範提綱内象銅版図は亜欧堂田善が刻した日本初の銅版解剖図で
タッチといい陰影といい、むちゃくちゃ細かくて立体的。
(ちなみに医範提綱は解体新書で厚腸・薄腸と訳された用語を大腸・小腸と言い換えた書物でもあるそうです)
平賀源内が栗山孝庵に宛てた手紙があって、
「お約束の武助(直武の通称)画2幅、昨日取り寄せましたよ」とか
「讃州の堺屋源吾(源内の甥で源内焼を学んだ人)は武助と同様に自分が取り立てました」とか
事務的報告の中にも源内の人格が垣間見えるようでおもしろいです。
源内の蔵書を再現したコーナーはアンボイナ島奇品集成、大絵画本、ヨンストン動物画譜などがあり
こんな本がひしめきあっている本棚ぜひ眺めてみたい…。
源内が企画した展覧会の図録、物類品隲(挿絵:宋紫石)はベレインブラーウのページが開かれてたよー!
紫石が描いていた南蘋派の絵画もたくさん展示されていて、
モチーフは牡丹や梅、壺、鳥、猫など中国でめでたいとされるものが多かったかな。
紫石からも学んだらしい直武は当時こういう絵をたくさん見たんだろうな…。
宋紫石の富嶽図、ごつごつリアルの岩の向こうに真っ白い富士山があってめっちゃきれいだった!
石川大浪・孟高兄弟が模写したファン・ロイエン筆花鳥図は大きな掛軸、
紙をめいっぱい使ってあふれんばかりの花を思い切り描いていて迫力あった。
松林山人の牡丹猫図、正午牡丹(真昼に咲く花)というやつで
中国では富貴の全盛期を象徴するおめでたい画題なのだとか。
佐々木原善の名花十友図は10人の友を10人の花にたとえた文学的な絵で
蓮やあじさい、梅や牡丹など様々な花がリアルに細かく描かれていました。
あと源内関係者として鈴木春信の文を読む女や春信に学んだ歌川豊春の浮絵などもありましたが
びっくりしたのが展示室の最後にあった手柄岡持の外山御苑(尾張徳川家の戸山荘の大名庭園)図。
朋誠堂喜三二という名前の方が有名かもしれませんがまさかこの展覧会で会うとは思わなかった、
さらりとしたスケッチすてきだったー!
喜三二は秋田藩の江戸留守居役(外交官のようなもの)で直武の上司にあたるのよね。

こうして見てくると直武と出会った司馬江漢が蘭画沼に落ちていく(笑)のもよくわかるというか。
江漢の不忍之池は遠近法がダイレクトに使われていながら
「日本製」とわざわざ書き入れるところに江漢の意地を感じる。
異国工場図はラウケン『人間の職業』から錫細工師の絵を模写したもので
江漢もきっと蘭書からたくさん学習したんだろうなと思う。
江ノ島稚児淵眺望は過去に見たことがあるので久し振りだった~。
秋田蘭画は直武と曙山がいなくなってから忘れられていくけど
近代になって角館出身の平福百穂が『日本洋画曙光』で取り上げてから少しずつ研究が進んでいって
現在に至るそうです。
(平福百穂といえば岩波書店の壺形マークをデザインしたあの人ですな)

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ミッドタウンはクリスマスモード。あっちこっちにクリスマスツリーがありました。
夜はイルミネーションが綺麗だそうな。

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また、先日終了しましたが
渋谷区立松濤美術館の「月―夜を彩る清けき光」の後期も同じ日に見てきました。
前期も先月行きましたので、まとめて感想いきます。

絵巻や屏風や浮世絵、蒔絵、陶器、刀の鍔や三所物、甲冑などにみる月の意匠の良品が揃っていて
竹取物語と源氏物語のモチーフがやっぱり多かったように思います。
江戸時代の竹取物語図屏風、かぐや姫は有職風ですが天人は唐風で描かれていましたね。
狩野常信の紫式部・黄蜀葵・菊図は3幅セットで
トロロアオイと菊の掛軸に挟まれた紫式部は松の生い茂る石山寺で物語を執筆する姿、
十五夜の月は琵琶湖の波間に映っていて空にはありません。想像するのでしょう。
源氏物語「浮舟」の絵。匂宮と浮舟が舟に乗っているのを銀色の有明の月が照らす場面。
勝川春章の雪月花。月は石山寺の紫式部、花は桜と小野小町、雪は簾を上げる清少納言で
これもよくあるモチーフ。
海北友雪の徒然草絵巻、前期は32段の扉を開けてお客を見送った後にしばし月を見あげる女性が、
後期は239段の、婁宿にあたる8/15と9/13に浜辺で月見を楽しむ人々が
どちらもほのぼのと描かれていました。

仏教を守る神として描かれた月天像。
前期は下弦の月を手にした月天。月天子とも呼ばれ、密教の十二天像のひとりだそうです。
後期は両手で蓮に乗る月(中に兎がいる)を大切そうに持つ月天。
両方とも瓔珞をたっぷりつけた仏像のようなデザインでした。

武蔵野図屏風、金地に山々と秋草が美しくてさて月はどこ?と探すと
秋草の中に銀色の月が沈んでおりました。
田中訥言の日月図屏風、左隻には川の上に浮かぶ銀の半月、右隻には波の上に浮かぶ太陽。
伝俵屋宗達の伊勢物語図色紙「西の対」は男が縁側で寝そべり観月中。色っぽい。
狩野栄信の定家卿春秋図は3幅セットで
春の朧月に照らされる桜の狩衣を着た定家を、桜と紅葉の掛軸が挟んでいて美しい。
鈴木春信の在原業平は浮摺も相まっておしゃれ、
喜多川歌麿の石山秋の月は、歌麿にはめずらしく風景画。
歌川広重の名所江戸百景がいくつか、彼の描く月はなんでもきれい、
というか広重の風景画はやさしくてきれいだと改めて。
歌川国芳の小倉擬百人一首からは安倍仲麻呂、凛々しく立つ名古屋山三郎の頭上に月。
岡本秋暉の波間月痕図、友人と隅田川の草堂で宴をした折に夜空を見て即興で描いた月で
ゆらめく月を水墨でさらさらっと描いていた。
橋本雅邦の布袋観月図は松の間から月がチラ見。
鈴木其一の草花図は紅葉と秋草の短冊セット、紅葉の合間に月が見えています。
司馬江漢の月下柴門美人図は夜にたたずむ女性ですが空に月はなく、
代わりに月光に照らされる女性の着物から月を連想するもの。
富岡鉄斎の読書立志図は唐風の建物に丸窓が開いて窓辺で月光に照らされる書物が美しい、
水墨画だけど窓に吊るされている行灯だけに赤色が入ってるのも印象的でした。
一宮長常の月兎漕舟図、波に浮かぶ三日月の小舟を漕ぐうさぎは一寸法師のようでかわいらしかった。
情感たっぷりの月岡芳年の月百姿、やっぱり大好きだ~!

陶器や武具における月もたくさん。
田毎の月図鐔は西垣永久が70歳のときの制作ですが
信州は冠着山の山腹の田畝のひとつひとつに三日月の月影が映り込んでいるもので
それを小さな鍔の中に作っちゃうのすごい。
頼政鵺退治図三所物は源頼政の鵺退治がモチーフ、
目貫は鵺と頼政、小柄は鵺と対峙する頼政、笄は天皇から獅子王を賜った頼政が歌を詠む姿で
月は頼政の頭上に輝いていました。
制作した後藤程乗って幕府に仕えた職人ですよな…さすがにかっこいい。
半月がついた黒漆塗頭形兜は賤ケ岳の戦いに出陣した武人が着用したものと伝わり、
右側に銃弾か何かでへこんだ跡が残っていた。
黒漆塗二枚仏と日月文軍配はいずれも江戸時代の作で、ど真ん中に三日月。
染付吹墨月兎文皿、うさぎと月のモチーフがかわいい。
尾形乾山の定家詠十二ヶ月和歌花鳥図角皿は何度も見てるけど飽きない!

月フェチとしてはルナティックという言葉の魅力にも惹かれるものがありますし
狼男や魔女やドラキュラなども大好物ですが、
月を愛する文化には落ち着いた静けさがあって好きです…月読の沈黙のような。
趣向がとてもすばらしく静謐なタイトルにお月見を愉しむような展覧会でした。よかった。

shibutsuki2.jpg
松濤美術館は中央が吹き抜けになっていて地下に噴水があり、1階に橋がかかってるのですが
前期の訪問時にたまたまパントマイムのパフォーマンスに遭遇。
橋に来た人が見えない壁に阻まれて進めないみたいな演出で、
ドアや窓がついてるみたいでガチャって開けて向こう側には行けるけど
その先にも壁があったり、さっき来たところにまた壁ができてて通れないとか
たっぷり1時間ほど色々見せてくれて楽しかったです。

shibutsuki3.jpg
壁があって通れないなー…みたいなアクション。
ドアノブがあるんだけど鍵かかってるとか、つかんで回すのとか
手が一定の位置から動かないからそこにドアがあるように見えました。

shibutsuki4.jpg
エントランスと丸窓の外でもパフォーマンスをやっていた。
鑑賞者が通り過ぎても一切乱れることなく、「壁があるなあ…」みたいなアクションをしながら
ちょっとずつちょっとずつ前進して地下への階段に消えていきました。
パントマイム見るの久しぶりだったけどおもしろかったー!
待ちこがれし喜びの光。
2016年10月30日 (日) | 編集 |
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サントリー美術館にて「鈴木其一」展を見てきました。
おおまかに前期後期に分かれていたので2回行きまして、
本人の初期から晩年まで、そして同時代の絵師たちの作品もたくさん見られてよかったです。
日曜美術館効果もあってか、会期が迫るごとにどんどん混雑して
正直こんなに混むと思っていなかったわたしは其一を甘く見ていたよ…。
酒井抱一の弟子というだけではなく、ひとりの絵師として評価されている証拠でもあって
何だかうれしくなりました。
其一は割と作品数が確認されている絵師のひとりなので可能ならまた回顧展やってほしいですな、
できれば師匠と一緒に(笑)。

まずは其一の周辺から。
師の酒井抱一の作品がいくつか展示されてて、
「桜に小禽図」や「雪中檜に小禽図」など良質な小品がありました。
当たり前だよって言われそうですが、改めて抱一の絵を見て思うのは本当に抱一しか描けない粋というか
彼が美しいとする世界観がしっかり完成されてて構図も色彩も絶妙なバランスを保っている。
其一に隙があるってわけじゃないけど抱一みたいな完成度の絵を描ける人ってどれくらいいるのかな、
いやあマジかっこいいわ…。
其一が描いた「抱一上人像」の本物を前からずっと見たかったのですが
今回、展示されていてうれしかったです^^
丸顔で大きな目のおじいちゃん抱一かわいい(^ω^)。
冬に亡くなった師匠をしのぶような、表装の上下のススキがとても品がある。
また、其一の兄弟子に鈴木蠣潭という人がいて
其一は彼が若くして亡くなった後に鈴木家に入り家督を継ぐのですが、
その蠣潭の掛軸もいくつか。
亡くなる前年に描かれた「大黒天図」は、甲子の日に大黒天をまつる行事にちなみ描かれたと伝わり
ジャムおじさんみたいなやさしい顔の大黒さまが水墨でサラリと描かれているし
白薔薇図扇面は大きな白薔薇がハラリと散る図で余情を感じます。
こんな人たちの絵を其一は間近に見て修行時代を過ごしたのだな…。
当時の文人たちとの交流の名残もいくつかありまして、
「蓮に蛙図」は大きな蓮の葉にちょこんと乗った蛙の絵に太田南畝が賛を入れています。
「文政三年諸家寄合描図」は師の抱一や谷文晁、渡辺崋山、小鸞ほか総勢72人の絵師たちが
大きめの掛軸にみっちり寄せ書きした賑やかな掛軸。
中央に抱一が宝珠を描き、近くに其一が蟹を、文晁は蝶を、小鸞は漢詩を寄せていました。
この年は抱一の還暦にあたるためお祝いの席でワイワイ描かれたりしたのかも、なんて想像するの楽しい。

さて其一。一番多かったのは掛軸で、画題も様々でしたね。
本阿弥光甫を意識したかと思われる「藤花図」は紫の花の一部に紅色の花があったり
まっすぐに咲く「向日葵図」や可憐な花を咲かせた「林檎図」もかわいかった。
「雨中菜花楓図」の葉の下にモンシロチョウが雨宿りしてるのを見つけて思わず微笑んだり
「雪中檜図」で木に積もった雪がドサーと落ちる音が聞こえるような気がしたり
どの絵にもちょっとした工夫がされているように思いました。
其一は白椿が好きだったようで、鶯や茶椀や花鋏と一緒に描いてる絵が素敵でしたな~。
かと思えば「三社図」(伊勢神宮・春日大社・石清水八幡宮)で建築をしっかり描いてたり
「浅草節分図」で観世音菩薩の大提灯をでかでかと描いたりと、風俗画も色々あるようです。
歴史画もあって、「源三位頼政図」は平家物語にもある深山の歌からの着想で
弓矢をかまえてかしずく頼政がとてもかっこいいし、
「足柄山秘曲伝授図」は源義光が豊原時秋に笙を教えるエピソードの絵画化だし、
昔から描かれてきた画題を自分もやってみるみたいなリスペクト作品もよかった。
ファインバーグ・コレクション展で見た「大江山酒呑童子図」に再会できたのもうれしかった~、
相変わらず超細かくて童子が美青年に描かれてるのが本当にツボ!!

屏風が大きなのから小さなのまでたくさんありました。
メトロポリタン美術館蔵で今回の目玉ともなっている「朝顔図屏風」はかなり大きめサイズで
両面いっぺんにどーん!と展示されているまん前に立つと
奥行きが無限に続いているかのような錯覚を覚えてクラクラしてしまった。
これチームラボとかに動画作ってほしいな…きっと無限に増え続けては枯れていくに違いない。
夏秋草渓流図屏風」は右から左へ季節が移ろっていくもので
金に緑に青に茶色、と原色が強烈な絵だけあって
しゃがんで下から見上げると屏風から水が流れ出てくるような錯覚を覚えてしまってやっぱりクラクラ…
これもぜひチームラボに動画を(ry
「群鶴図屏風」もファインバーグ・コレクション展で見たので久々の再会、
手術用のメスにたとえられる其一の鋭さが垣間見えるし、
「三十六歌仙・檜図屏風」は光琳百図を踏襲した構図で学習とリスペクトを感じたし、
「松に波濤図屏風」は近年、其一のものと発見されたらしい水墨画で
波のくるくるうねうね感は光琳の描く波とそっくり。
「四季花鳥図屏風」は無数の植物が季節を問わず咲き乱れたファンタジーの庭園のような絵で
こんな庭あったらいいのに…!で素で思いました。

襖絵もきれいで、特に「萩月図襖」がむっちゃきれいだった!
銀色の月に照らされた萩がわずかに霞んでいるのとか…こんな月光が見える表現わたしもやってみたいよ…!
「松島図小襖」は宗達や光琳の松島図を彷彿とさせる小さな屏風で
島が点々と遠近法で描かれて大波小波が踊っていて雄大でした。
「風神雷神図襖」の前にはなぜか人が少なかったけど、
実物は4面×2の計8面もあるので少し離れたところから見ないと全体の雰囲気が掴めないとわかって
わたしも少し離れて見たり、近づいて細部を見たりしました。
お手本にしたのは抱一や光琳のそれだと思いますが、
この襖の風神は雷神を見てるけど雷神は下を向いていました。何か意図があったのかな。

描表装ってあまり展覧会で特集される機会はないと思うんだけど
(日本美術の展覧会で1点か2点はだいたいあって気がつくことはあるんだけど)、
其一は結構制作しているのでまとめて展示されていました。
ただ単に表装を飾りつけるのではなく、
絵と関連づけて表装も含めて丸ごと1つの作品に仕上げているのが粋だなと思います。
個人的に一番気に入ったのが「月に秋草図」、
ノコンギクやススキを表装に描き、月を絵に描いてまるで窓辺を思わせるような1枚で
徳島藩蜂須賀家に伝わったものらしい。
派手さがなくて渋いのが、何となく武家の雰囲気に合ってる気がして其一と蜂須賀さんの趣味が伺えます。
「夏宵月に水鶏図」の、紫陽花に降る雨を上下に配したセンスや
其一50歳の時の作品「三十六歌仙図」の波模様と扇子のデザイン性とか
「業平東下り図」の四季の草花とか。
あと息子の守一と一緒に制作した「秋草に鶉水月図」の表装は
親子が使っていた66種類の落款を画面全体に散りばめるように押しまくってて
えー、なんだあ、かわいいなあこの親子!って萌えてしまった。すてき。

其一の人物像や仕事ぶりがわかる資料として、直筆の手紙がいくつか展示されていました。
すべてパトロンの松澤孫八に送った手紙で、
尾形光琳の「王義之図」の鑑定を依頼されて「是」と返答したのとか
「今年の春はさむくて手がかじかむ」とか「撫子の花を送ります」など季節を感じるものとか、
「この前の三十六歌仙図は光琳ではないと思う」「光琳の松島図が売れ残ってるけどいかが?」
「画表具、あと3日でできます」みたいな鑑定や事務報告とか、
「袋戸の群青はすれると白くなっちゃうけど、筆とかで撫でれば元に戻ります」など
絵師の知恵袋みたいなものまでありました。
かわいいなと思ったのが「蕪の漬物をありがとう。今年は漬物が少ないから頼もうと思っていました」の記述がある手紙。
漬け物大好き其一さん^^
(そういえば其一が松澤さんに岩群青を大量に注文した手紙が残ってるけど
あれは夏秋草渓流図に使われたんだろうか…?)

其一は屏風や掛軸に限らず、様々な媒体に絵を描いていて
絵巻を制作したり、絵馬を奉納したり、扇子や香包や凧に絵を描いたりしていたようです。
紅葉と桜がぎっしり描きこみを背景にした般若の凧や、達磨の怖いドアップの凧は
本物の展示だけではなく吹き抜けの展示室に天井から吊るしてあっておもしろかったです。
鶯草図香堤包は金地の包み袋に三つ葉のクローバーが描かれていてかわいいし、
四季歌意図巻は在原業平・柿本人麻呂・西行・藤原定家の4人を
それぞれ春夏秋冬に配して季節の景色とともに人物たちを小さく描いてるし、
十二ヶ月図扇や十二ヶ月花鳥図扇面のセットは草花だけではなく曲水の宴や方相氏など季節の行事もあった。
ちょっとおもしろかったのが能の絵のコーナー。
ガラスケースの手前に縁側のような板が設けられ、能舞台みたいな展示になっていました。
こういう雰囲気の中に翁図や猩々舞図とかあると楽しいね!
道成寺図と釣鐘図はセットのような二品、
特に釣鐘図はシテと鐘ならともかく鐘だけ描いてる絵ってめずらしいような。
菊慈童図がめっちゃかわいかったんだけど、其一の能画の人物はお人形さんみたいですね~。
「羅陵王舞楽面図」はつくねんと置かれた蘭陵王の面を描いた掛軸で
西洋画でいうところの静物画のようなものでしょうか、
よくよく見ると面の両目に白いまつげが描かれていたのが個人的な萌えポイント^^

そういえば河鍋暁斎が能や狂言をテーマにした絵をいくつか残しているのですが
(暁斎は狂言を習っていて自分で舞う人でもありました)、
最近知ったのですが其一の次女・阿清が1857年に暁斎と結婚してるんですね。
其一と暁斎の交流については特に何か残っているわけではないけど
暁斎も風神雷神図を描いてるし、影響受けた部分もあったかもしれないな…(2人は36歳差)。
ちなみに阿清さんも絵を描く人だったそうだ。


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限定ショップで衝動買いした其一マスキングテープ。
「秋草に月図」の一文字に描かれていたうさぎがモチーフです。
うさぎの形が微妙に異なっててかーわーいーいー!

あと、今月は東博本館へも行きました。
酒井抱一の夏秋草図屏風が久しぶりに展示されているのです。
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やっぱりいいな~。
夏に降る湿っぽい雨と風、草木が雨に打たれる音と、風にそよぐ音が聞こえてくるような。
一橋治済の依頼により光琳の風神雷神図屏風(同じく東博所蔵)の裏に描かれたもので
現在は保存のため別々に仕立てられています。
サン美の其一展は本日までですが実はこの屏風も本日までの展示でしたね、
たまたま重なっただけだろうけど師弟一緒に撤収っていうのが、ちょっとエモい。

tohakusotatsu.jpg
宗達の龍樹菩薩像もありました。
インドの龍樹(ナーガールジュナ)を描いた掛軸で、着想は中国の版本だそうです。
宗達はメリハリのあるタッチにのっぺりぺったりした着色で立体感はあまりないけど
見てると気持ちが落ち着く絵を描く人だなあと思う。

この宗達を光琳が見つけて、光琳を抱一が見つけて、
其一が抱一の見つけたものを大切にしながら制作していたことを思うと
改めて不思議なつながりの絵師たちだなあと思います。
好きで描いてたっていうのもあるでしょうけど、好きだけでは描けないのが絵師でありまして
(画材に紙にアトリエ、先達やパトロンがなくては続けるのが難しい職業です)、
そういう意味ではとても幸運な人々だったし、
掘り起こされた方も果たして自分の絵の行く末をどこまで想像していたのか…
魅力は尽きない。
夢と現実と無意識。
2016年09月27日 (火) | 編集 |
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国立新美術館のダリ展を見てきました。
日本における過去最大規模の回顧展なので混むだろうなと思っていたら
案の定、休日は入場制限がかかると聞いて平日に行きましたがそれでも会場内はザワザワしてたし
聞こえてくるおしゃべりのほとんどが「これ何だろ」「なんだろうね」「○○かな?」とか
禅問答みたいだったのがおもしろくてたまらなくて
心の中で「同感」「わかんないね」「それはどうかな」「絶妙」とか勝手に返事したりしてた。
自然におしゃべりしたくなってしかも他人の声が気にならない展覧会ってあるよね。
あと、展覧会場は作品保護のため冷房ガンガンかかっててめっちゃ寒いので
これから涼しい季節になりますので羽織るものがあるといいと思います。(会場でも借りられる)

入口の「本展には一部刺激の強い作品が含まれています」という注意書きを横目に入場、
まずは初期作品から鑑賞します。
ピカソやマグリットの初期作品を見るような思いといいますか、
「ダリどこ?」「本当にダリ?」と戸惑っている声があちこちから聞こえてた。
多くの芸術家の例に漏れず、ダリも最初は先人の技術を盗むことから始めたわけですね。
当時流行していた印象派やポスト印象派から強い影響を受けたそうで、
故郷や避暑地をそれらのタッチで描いた風景画が並んでいました。
「魔女たちのサルダーナ」とか、マティスのダンスを思い出すような構図だしね。
ダリが生涯にわたり最も敬愛していたのはラファエロで
「ラファエロ風の首をした自画像」からは画家への敬慕が伝わってくるし
背景は印象派の明るい色遣いでセザンヌを思わせるような雰囲気だった。

マドリードの王立アカデミーに入学してルイス・ブニュエルやガルシア・ロルカとの交流が始まると
キュビスムやピュリスムの影響を受けてだんだん「いわゆるダリ」みたいな絵が増えてきます。
ピカソと出会ったのもこの頃だそうで。(2人は23歳差)
「キュビスム風の自画像」はガラスの切子が一面に並んだ中に本人の顔半分だけが出ているのが
うっわ急にダリだな!って思ったし
「静物(スイカ)」は真ん中にスイカがあるのはわかるけど他は幾何学な物だし
「ピュリスム風の静物」もギター以外はカクカクした何かが描いてあるのしかわからなかった。
あれはなんなのだろう…(・ω・)。
「巻き髪の少女」とか「ルイス・ブニュエルの肖像」はすでに背景に途方もない奥行き感があって
のちの時計の絵などの片鱗がすでに見える気がする。
「2人の人物」は○の中央にひびが入ることでキスを表現しているのかもしれないけど
「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」はもう、お手上げでした。
ダリはわたしのどんだけ先を歩いてるのか…あるいは当時は彼も探究中だったのかもしれないけど。

シュルレアリスム時代に突入すると一気に描きこみが緻密になってダリ度が増します。
「子ども、女への壮大な記念碑」は人間の手足やナポレオンの顔やモナリザが集められていて
ひとつのモニュメントを作っている絵で
これで溶けた時計が描きこまれていたら完璧だったわ…ダリ来たー!って思いました。
「エミリオ・テリーの肖像」は人物よりもモニュメントの方が大きいし
「紅冠鳥の巣と同じ温度であるべきナイト・テーブルに寄りかかる髑髏と抒情的突起」は
布がどういうわけかピアノに変化するし
「オーケストラの皮を持った3人の若いシュルレアリストの女たち」は
グランドピアノやチェロの皮(?)を脱いで姿を現す女性たちですが、
顔にはマグリットの世界大戦みたいに花が咲いている。
「皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン」は
真夜中の食堂でパンが動いてるかもしれないという、ナイトミュージアムならぬナイトダイニング。
「引き出しのあるミロのヴィーナス」はブロンズのヴィーナス像の胸や腹や膝に引き出しがついてて
ダリにとって引き出しは内面なので、つまりヴィーナス様の内面が覗けてしまうという…!
「形態学的なこだま」がちょっとおもしろくて、
テーブルの上に塔、岩、壁、人間、静物が同じ大きさで3×3の形に9つ並んでいて
最初は全部"同じ大きさのものがテーブルの上の空間に浮いてる"のかと思ったけど
よく見ると"塔・岩・壁・人間は遠くに描かれているだけ"で
テーブルにもともと乗っているのは静物だけだったとわかってくる。
こういう絵は画家の意図に気づいたときのアハ体験感がハンパなくて大好きです^^

ダリは最近の人であるためか絵の具の色がすごくきれいに残ってる…
というかダリは配色やタッチがとてもきれいで美しい…なぜあんなにムラなく塗れるのか…
これは第一印象からずっと変わってない。
「姿の見えない眠る人、馬、獅子」の黄色は光り輝いていたよ、すばらしい。
画材も保存技術も年々進歩しているし、このままの質を保って未来へ残してもらいたいです。
あと、ダリはフェルメールを尊敬していたらしいので黄色や青にはその影響もあるかもしれない、
「謎めいた要素のある風景」はフェルメールを中心に画家の制作風景を描いていて
フェルメール、足細ッ!が第一印象(笑)。
果てしない地平線の空間でキャンバスに向かう人物の向こうにはイトスギや布や建物が置かれ、
隣にはセーラー服を着たダリ少年と彼の乳母がたたずんでいました。
キャンバスは背中に隠れて見えないんだけど、何を描いているのかな。

妻のガラはダリにとってミューズだったようで、彼女をよく絵に描いていたそうです。
「ガラの3つの輝かしい謎」にはダリとガラ、2つのサインを入れています。
「ガラの晩餐」は136点のレシピと料理の絵やコラージュで構成された本で
栄養学的なことは一切無視してひたすら「ダリにとっておいしい味」を追及していて
料理コラージュのあちこちにガラの顔が貼りつけてあったりする。
(ちなみに「ガラのワイン」という本も出したそうだ)
ガラと一緒に写った写真も展示されていて、
ニューヨーク万博に出展したパビリオンのチケット売り場からひょっこり顔を出すダリとガラが
とても楽しそうでした^^
(しかも売り場は巨大な魚を模した小屋で、2人が顔を出していたのは魚の両目からだった)
他にも友人や作品と写っている写真がいくつか展示されていたけど
どれも目をむいた顔なのはわざとなのかな。
あ。写真といえばフィリップ・ハルスマンが撮影した「ダリ・アトミクス」もあったよ!→こちら
知る人ぞ知る、ダリと黒猫と椅子と水が飛びまくってる例のあれです。
複製とはいえまさか見られるとは思ってなくてびっくりしたしすごく楽しくなっちゃった、
ダリおじさん(撮影時44歳)の渾身のジャンプ!興味ある方はぜひ見に行ってさしあげて。

戦争が激しくなってアメリカへ亡命した頃から巨大な作品を描いたり遊び心が増えてくる。
3枚続きの「幻想的風景」は朝・昼・夕の地平線のある景色で
壁いっぱいに巨大なのでもはや目の前にその風景がどこまでも広がっているような錯覚をおぼえる。
モンタギュー・ドーソンの「風と太陽」は稲妻号という帆船の絵ですが
ダリはこの絵をモチーフに「船」という絵を描いていて
帆はそのままだけど船体を人体に変えて、つまり船を擬人化しています。
へさきの船首がそのまま頭になってるから最初は混乱したけど、わかるとおもしろい。
「アン・ウッドワードの肖像」も仕掛けがたくさんあって
背景の岩がモデルの輪郭の形をしてたり、モデルの腰紐が水平線と同じ高さだったりする。
(ちなみに背景はクレウス岬だそう)
また、ダリは企業ロゴや宝飾品のデザインにも関わったらしくピンやブローチが展示されていて
どれも金色で宝石も使われてキラキラしていました。
「記憶の固執」は溶けた時計だし、「オフィーリア」は顔の部分がトパーズだった。
(そういえばチュッパチャプスのロゴデザインしたのってダリじゃなかったっけ)

舞台美術の仕事のコーナーには
「ドン・ファン・テノーリオ」「狂えるトリスタン」(衣装担当はココ・シャネル)などのための習作やスケッチも。
当時の舞台写真も合わせて展示されていて、
ダリのスケッチそのままのセットが再現された様子が写されていました。
ルネサンス風の建物が爆発するのとか、再現するの大変だったろうなあ舞台スタッフ^^;
あと、本の挿絵も描いていて
『魔術的技巧の50の秘密』所収の挿絵に添えられた
「真の画家は、果てしなく繰り広げられる光景を前にしてもただ一匹の蟻を描写することに
自らを限定することができるはずである」(ダリの言葉じゃないです挿絵タイトルです)には
アッハイ…としか言えなくて、
ダリは普段ふざけてるようでも時々こういう、ぐうの音も出ない文言を投げつけてくるからずるい。
ドン・キホーテや不思議の国のアリスの爆発っぷりがすごかった。。
比喩じゃなく風車も馬もイモムシもカメモドキもコーカサスレースもひたすら弾けてます。容赦ない。
ドン・キホーテは影絵だし、風車の場面は墨でダイナミック習字みたいなタッチだし
マッドティーパーティは時計が串刺しだし、ブタと胡椒の場面はめっちゃ散らかってる(笑)。
アリスは縄跳びをする少女のモチーフで表現されているのでどの挿絵でも縄跳びしてるし
ハートの女王様が赤バラそのものになってるのは大変美しいと思いました。
チェシャ猫を探したけどいるのかいないのかもわからなかった…
というかダリが猫を描くときは果たして猫とわかるように描くのかどうか。
エドワード・ゴーリーは作品中で人は殺しても猫は殺せない人だったけど、ダリはどうなんだろ。

ダリが関わった映像作品も一部上映されています。
映画「アンダルシアの犬」「白い恐怖」「ディスティーノ」は過去に大学の講義で見たので
さらっと眺めるだけにとどめましたが
手の穴からの蟻や目玉を切るシーンや絵画の世界を走り回る主人公の現実感がすごくて
(ダリは蟻とライオンがものすごく嫌いらしい)、一瞬自分がどこにいるかわからなくなる。
あと前もそうだったけどディスティーノは無言で見てしまうね…。
ウォルト・ディズニーとの企画で、戦争のため凍結されていたのを発見され最近完成した作品ですが
次々に強烈なイメージが現れて消えるのは精神を(いい意味で)えぐられていく思いがする。
「黄金時代」は初めて見たけどアンダルシアと同じブニュエルの監督作品で
後半だけ見たらちょっとグロい表現があったり東方の三博士とキリストみたいな人たちが出てて
ストーリーはあってないようなもので夢みたいなのは相変わらず。
ただ人物の行動やエピソードは細部まで徹底的に作りこまれて完成度が高いので
現代の表現者も参考になるんじゃないかと思いました。
あとBGMの鼓笛、4小節くらいのメロディをラストシークエンスまでひっきりなしに繰り返してたけど
あれ演奏してた人たち混乱しなかったろうか。

最後に原子力時代の芸術と晩年の作品。
ダリは広島と長崎に投下された原爆に強い衝撃を受け、
「あの爆発の知らせが私に与えた大きな恐怖」を表現に組み込んでいた時期があったそうです。
「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」はそんな影響のもとに1945年に描かれて
アメリカを象徴する野球選手の隣に爆発が描かれたり爆撃機の顔をした人型がいたり
一部明るい風景や青空もあることからゲルニカのようでもあり。
ダリが戦争画を描くとこうなるのだな…。
「ビキニの3つのスフィンクス」は髪が爆発した人型がいるし(ビキニの水爆でしょうか)、
「炸裂する柔らかい時計」は派手にこわれた時計がペタンとしているのかと思ったら
時計の下には町があってゾッとした。

また、ダリは著書『神秘主義宣言』(1951年)で科学技術と宗教と古典に回帰すると書いていて
「ラファエロの聖母の最高速度」はその最たる絵だと思いました。
DNA配列のような点々に包まれているのはラファエロの聖母のちぎられた顔で
ダリ曰く"エネルギーを得て旋回し解体される様子"を描いたとのこと。
また、「ラファエロ的厳格」は赤い色をした巨大な板をキャンバスにして
木目を活かして絵にしています。
真ん中にたたずむ女性像はラファエロのボルゴの火災に描かれている女性がモチーフだそう。
「素早く動いている静物」はスホーテンの静物画をモチーフにしたそうですが
動いてる時点で静物じゃないだろって突っ込みは野暮ですね、
コップも水もナイフもすごいスピードで飛んでて効果線が見えるようでした。
一見、無造作に飛んでいるように見える静物は黄金分割の数学的な座標軸の計算のもとに飛んでいて
ダリにとってはちゃんと理由があるようです。
「エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスのマルガリータ王女」はベラスケスの同作がモチーフで
構図はそのまま写してるけど王女は灰色に塗りたくられていて、
エスコリアル宮は王室の霊廟だとキャプションに書いてあって、つまりそういうことかなと。
「海の皮膚を引き上げるヘラクレスがクピドを目覚めさせようとするヴィーナスにもう少し待ってほしいと頼む」は
海底で眠るクピドを起こそうとした母親のヴィーナスをヘラクレスが止めている図ですが
海の皮膚、つまり水面を、牛乳の膜でも取るようにつかんでいるヘラクレスがおもしろいです。
「トラック(我々は後ほど、5時頃到着します)」は
キャンバスの右上に本物の紐、左下に紙くずを貼りつけたコラージュがあり、立体的な作品。
トラックはシュルレアリスム宣言にある「墓地まで引越しトラックに運んでもらう」云々をイメージしたのかな。
「チェロに残酷な攻撃を加えるベッドと二つのナイトテーブル」はタイトル通りの現象を描いた絵で
チェロもベッドもテーブルも激しすぎてドンガラガッシャーン!とか音まで聞こえてくるようなタッチで
まあ落ち着きなさい、ちょっとあっち行って話そうじゃありませんか…と声を掛けたくなるレベル。
今回の展覧会で最も巨大な作品「テトゥアンの大会戦」はモロッコ・スペイン戦争の一戦の様子で
マリアノ・フォルトゥーニの同タイトルがモチーフ。
むせかえりそうな土埃の中を進んでくる騎馬隊の最前列にいるのはダリとガラ、
2人の間には「5」「7」「8」(制作期間中のダリの年齢57~58歳)が記されていたり
画面に数字が散らばっていたり、馬が空を飛んだり、山越阿弥陀図みたいな女神がいたりして
ダリが歴史画を描くとこうなるんだなと。
「ポルト・リガトの聖母」は初めて本物を見ましたが猛烈に美しかった!あれも大きい絵ですね。


鑑賞を終える頃にはいわゆる常識とか思いこみみたいなのをばしばし覆されまくっていたので
会場を出たら世界が幾何学模様に見えました…。
マグリットと同世代なので何となく比較しながら見たけど、
マグリット展のときは世界中の物がバラバラになりそうな不安感があったけど
ダリは逆に世界中の物がひゅっとひとかたまりに縮んでいくような錯覚があったというか、
マグリットは紳士的なシュールレアリストですがダリは「俺を見ろ!」みたいな圧がすごかった。
歌麿と北斎、広重と国芳みたいな感じと言えばいいのかな。
新美術館を出てくるりと振り向き建物のうねったデザインを見たときも
なんかダリっぽいな、とか思うくらいには毒されていたと思う。(黒川紀章氏の設計です)

「シュガーである」
(兼高かおるの「その髭は何で固めているのか?」の問いに対して。サルヴァドール・ダリ)


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展覧会特設ショップの隣に展示されている「メイ・ウェストの部屋」。
こちらのみ撮影OKでした☆
1974年にスペインに開館したダリ劇場美術館の一室を再現したもので
ある角度から見ると俳優メイ・ウェストの顔が見えるようになっているとのこと。
これでも何となくわかるのですが、、

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天井に設置された鏡にカメラを向けるとこんな写真が撮れます!
奥の2枚の絵は近くで見ると風景画ですが、遠くから見ると目に見えるのですな…
わたしはメイ・ウェストを知らないのでぐぐって写真を探したら
確かに睫毛がバサバサした人だなあと思った。

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特設ショップにあった巨大ガチャガチャ。
ガチャの前にいるスタッフさんに300円を渡すと1ダリ紙幣がもらえて1回まわせて
卵型の白いカプセルが転がってきます。開けるとピンバッジが入ってます。
全部で6種類あって、時計が欲しかったけど
わたしのは「見えない人たちのいるシュルレアリスム的構成」から、人の形にへこんだ椅子でした。

あと初日に展覧会の成功を祈って「ダリ能」なる能が奉納されたそうですが(後日放送されるらしい)、
その銀色の能面がショップの入口に飾ってあったり
はいだしょうこさんの描いた「ダリさん」が額に入れて飾ってあったりした。
ルー大柴さんがダリのコスプレして撮ったポスターもかっこよかったし
「ポストカード○○円」などの値札が奇妙に歪んだ形になってて、いちいちおもしろいです。

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1ダリ紙幣と、卵ガチャから出てきたピンズ。
とてもいい記念品になりました☆ 企画してくれた人ありがとう。