ミュージアム・ヒストリー。

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科博の「大英自然史博物館展」に行ってきました☆
始祖鳥を始めとする約8000点ともいわれる同館のコレクションから
選りすぐりの180点が世界中を巡回しています。
意外ですが同館に関するまとまった展覧会は今回が初めてなのだそうで…
大英博物館の展示は割と行われてるイメージあるけども。

スタッフさんからの「フラッシュを焚かなければ撮影OKです」との案内に僥倖を覚えて
デジカメを手にワクワクしながら展示室に入ります。
まずは、こんなものを収集してる博物館ですよ~みたいな、大まかな展示品の紹介。
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ジョン・オーデュボン『アメリカの鳥』より、ショウジョウトキとイヌワシの絵。
オーデュボンは19世紀初頭の野鳥画家で、
この本は北米に生息するほぼすべての鳥を可能な限り等身大で描いているそうです。
写真だと大きさが伝わりにくいかもしれませんが原画は巨大でした。すごい迫力。

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レオポルド・ブラシュカ&ルドルフ・ブラシュカによるタコのガラス模型。19世紀の超絶技巧です。
生きているタコの色を保存し研究するための資料として作られたものだそう。

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呪われたアメジスト。
所有者に不幸をもたらすとか、川に投げ込んだのに発見されて戻ってきたとか
色々といわくのある宝石らしい。
こういうの怖いけどワクワクしてしまう自分がいます^^
照明が暗くてうまく撮れなかった…装飾には12星座のアイコンもついていました。

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集団で交尾中に何らかの原因で窒息死したと思われる三葉虫。
えらい姿が化石になってしまったもんです。子孫を残すのも命がけ。

以下、写真とともに展示内容の一部を紹介しています↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

平安の正倉院。

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東博にて「春日大社 千年の至宝」展を見てきました。
大社の創建から歴史、古文書、本地仏、奉納された神宝や武具、芸能、式年造替まで
あらゆる視点から春日大社を紹介する展覧会です。
金地螺鈿毛抜形太刀が見たくて行ったのですが、他の武器も結構かっこよかったり
春日権現験記絵が予想以上におもしろくてわーいたーのしー!ってテンション上がって
結局2時間近く滞在してしまった。
割と混んでいたのでお互いに譲り合いながらの鑑賞でした。最前列は亀の歩み。

春日大社といえば鹿、ということで最初は鹿さんの展示から。
御使いである鹿さんは様々な形で表現されています。
江戸時代の鹿図屏風は大社周辺に生息する鹿をほぼ等身大に描いたもので
のっぺりとしたタッチがのんびりして宗達みたいな雰囲気。
鹿島立神影図は鹿島神宮からタケミカヅチを乗せて春日の地に降り立った鹿さんの絵で
これは繰り返し描かれてきたモチーフのようで、複数展示されていました。
春日山と三笠山のふもと、鹿さんからいましも降りようとしているタケミカヅチは赤い束帯姿で
髭を生やした顔は唇を引き結んでいて割と恰幅のいいお姿。
大社においては普段、紙垂で顔を隠してお祈りされるとのことですが
今回は展覧会ということで直接お顔を見ることができるという、なかなかレアな機会です。
また、フツヌシ(タケミカヅチと対の神)と一緒に鹿に乗ってきたという掛軸もあって
2柱の神様のポージングがそっくりというかほぼ同じで
こういう風に描くみたいなルールとかあったのかな…。
また、春日鹿曼荼羅なるものも初めて知りました。
立派な鞍と鈴をつけた鹿さんの背中に榊の木が乗り紙垂が垂れている絵は
鎌倉時代の制作で現存最古。
鳥居を描いたものもあって、遠く京都から大社を遥拝するのに使われたとか
春日講の本尊として使われたものなどもあるそうです。

大社についての記録。
続日本紀の18巻にタケミカヅチが鹿に乗って春日へ来たという内容の記述があったり
延喜式に大和国286座のひとつとして春日大社の名前があったりして
この頃から歴史上にもぽつぽつ登場してくるのですね。
小右記の一条天皇の春日詣でとか、一条~崇徳(今上って書いてある)までの行幸記とか
御堂関白記では道長と一緒に女車が同行したとか(女性たちのお参りですね)、
藤原忠実が15歳のとき春日祭で上卿をつとめたことが栄華物語に書いてあったり
藤原の皆さんによる記録が多め。
藤原頼長の日記「台記」には1136年11月の春日詣でにて長櫃を持参し宝物を納めたとあって
そうして人々が納めてきた宝物の一部がここに展示されているんだなあと思うと
胸が熱くなってきた。

春日大社の本殿はひとつではなく第一~第五まで5つありそれぞれに神様が祀られていて
そのうち本殿第2殿が実物大で展示室に再現されていました→こちら
春日大社の監修だそうで、上野にいながら春日詣でできる…!
御簾に取り付けられた蝶や花の形をした金具が雅だったし
青いビーズが連なったような瑠璃燈籠が吊られておごそかな雰囲気。
(近くには室町~江戸期の金具や燈籠も展示されていました)
左右の御間塀には獅子牡丹図と神馬牽引図の2図が描かれていて
これらは去年まで実際に本殿に奉納され、
先日の式年造替の時に撤去された絵なのだそうです。
あと鎌倉時代の獅子や狛犬もいて、彼らも最近まで第一~第四殿に飾られていたけど式年造替にて撤下。
第一殿ペアは足をしっかり着いてどっしり構えているけど
二殿ペアはちょっと首をかしげてて、三殿はちょっと空を見上げてる感じで
四殿に至っては阿が立ち上がろうとして吽は座ったままという、
だんだんアクションが足されてくるのがおもしろかったです。

奉納された宝物類。
緑地彩絵琴箱は琴を入れる箱で、内部にシンプルな花鳥画が描かれていて
琴の展示はなかったけどどんなのが入ってたのかな…。
鏡台や笥、笏など普段の生活に使われそうなものも。
武器は梓弓、鏑矢、鎧、刀などたくさんあって
奉納された時代とともに形が少しずつ変わっていってるのも見どころで
時代ごとの流行や武器に対する思いも伝わってくるようでした。
藤原頼長が奉納した金地螺鈿毛抜形太刀は武器だけど武器として使うことは一切想定してないと思う。
鞘の装飾がほぼ純金と螺鈿で作られていて、1000年近く経つのに遠くからでも輝いて見える!
尻尾の長い猫が雀を追いかけて捕まえて満足☆みたいなストーリー性があって
狩りのポーズとか下がった耳とか雀を押さえた肉球とかすごくリアルで
この螺鈿職人は猫をきちんと観察して再現する能力が桁違いにカンストしている!
あるいは頼長たんの監修が入ってるかもしれぬ…彼のそばには猫がいましたからね。
(平安時代に猫好きはたくさんいましたが頼長は少年時代に飼い猫の葬式を行うほどの猫クラスタです)
そういえば日光東照宮の眠り猫の裏側には竹林に遊ぶ雀がいて
猫が寝ているから雀は安心して遊んでいられる、みたいな意味だったような。
小鳥遊と書いて「たかなし」と読む名字がありますが、そういうとこからきてたりするのかな…。

10柱の春日ゆかりの神と本地仏が描かれた春日本迹曼荼羅は
仏像の姿を借りて神を表現したものです(平安時代からの風習)。
たとえば春日神は不空羂索観音、二殿は薬師菩薩、三殿は地蔵菩薩、四殿は十一面観音、
若宮は文殊菩薩…などの姿で描かれます。
空海も八幡神の姿で表現されたりするけど、あれに近いのかな…神仏習合の極み。
文殊菩薩騎獅像および侍者立像は獅子に乗った文殊菩薩に善財童子などの侍者が付き従っており
つまり若宮ご一行なわけですな。
春日神鹿御正体も彫刻作品で、鹿さんの彫刻も見事なんだけど
鹿さんが背中に乗せている丸い御正体には春日の5柱の神が仏の姿で描かれていた。
また、神の全身図を描くのは本地仏と一緒にいるor本地仏そのものに変化している場合ですが
そのほかは体の一部を描くのみだったそうで、
興福寺の天狗草紙には春日神が烏天狗に日に三度甘露を振りかけたところ救われたという話が載っていて
絵巻に烏天狗たちの姿は描かれているけど神は手だけでした。
(ちなみに大社に縁のある人や信仰した人は春日野の地下にある春日野地獄に落ちて
春日神が毎日水を注いで助けてくれるらしい。すごい)

大社に伝わる芸能。
若宮おん祭を始め大社には様々な舞楽や能が奉納されます。
鼉太鼓(左方。複製)は源頼朝が奉納し今もおん祭で実際に使われる太鼓を忠実に再現していて
見上げるような大きさでよくここまで運んでこられたなあと思う、
いつか雅楽の演奏で使われてるとこ見てみたい…!
蘭陵王や納曽利をはじめ数々の舞楽で着用される面や装束も豪華で美しく、
鼻高で外国人がモデルとされる地久や鯉口をしている貴徳面など初めて見るのもあったし
興福寺に伝わる新鳥蘇面は唐招提寺の仏像修理をした印勝作ということがわかっているらしい。
太平楽の装束の肩喰が麒麟と狻猊で帯喰が龍と獅子なの最高にかっこいい!

春日権現験記絵巻。
皇室の名宝展や大神社展でもいくつか見たけど、さすがに今回の出品数はかなり多め。
春日の神々がどんな存在か、どんな力を持つ神かを物語とともに生き生きと描いてくれていて
人々が神々をどんな風に捉えていたかがダイレクトに伝わってくる。
地蔵菩薩の姿で牛車に乗った第三殿が御簾からチラリと顔をのぞかせていたり
十二単姿の第四殿が教懐という人の腰痛を治してあげて、雲に乗って帰ったり
僧侶に化けてきた何者かの正体を見抜いて追い払ったりと大活躍する様子が
細かく丁寧な筆致で描かれています。
ほとんど江戸時代の制作ですが、
1927年制作の13巻は童子姿で現れた第四殿が学問所を見学していく様子が描いてある。
藤原基通が平家都落ちの際に難を逃れたり
藤原光弘が竹林で十二単姿の第四殿に会ったり
藤原忠実が春日詣での際に11~12歳くらいの童子の姿をした春日神を見かけたりするとか
藤原氏の氏神らしい一面も。
興福寺の狛近真が大社に舞を奉納した「狛近真事」とか
貞慶から仏舎利を譲られる明恵を描いた「明恵上人事」みたいな
春日大社に関わった人や信仰した人なども絵巻になっています。
1301年に盗難に遭った神鏡を取り返す様子は
盗賊たちを追いかけて斬り殺したり3つぶんどったりする武人たちは白い衣装を返り血で真っ赤に染めてて
これ…奉納した絵巻だよな?って、ちょっとびっくり。
個人的に特に紀州本第六巻のおもしろさが振り切れてて好きー!
地獄に落ちた興福寺の狛行光を春日神が助けるという内容で
(興福寺も藤原氏とゆかりの深いお寺ですな)、
地獄の閻魔様のところへ直接赴いて行光を許してください~と直談判する春日神のフットワークの軽さよ。
閻魔様も春日神も顔の部分が霞で隠れて衣服だけが見えていて、
行光を冥府から連れだした後も春日神は後ろ姿で描かれているのとか徹底してますけど
チラリと見える横顔はハンサムメンの香りがして絵師も絶対引き目鍵鼻を意識して描いてると思う。
救済された行光は春日神とともに地獄見学ツアーをするのですが
六道の責め苦の場面に笏を向けて「ほらご覧」とでも言ってそうな雰囲気の春日神は
なんだか無邪気なようで少し怖くもありました。
あとヒラヒラなびく束帯がそりゃ…イイですよね…(突然の萌え語り)。

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春日大社万燈籠を再現したコーナーは撮影ができます。
ほのかなライティングはおごそかで厳粛な儀式の場のよう。

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黒かったり金色だったり。

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燈籠の円窓部分にはひとつひとつ異なる彫刻がほどこされています。
写真は鹿さん、と、松かな?
笠が花びらだったりするのもオシャレです。

特別展の後は、いつものように本館も鑑賞。
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春日大社展に関連して鹿の彫刻作品がいくつか展示されていました。
写真は竹内久一「神鹿」。背中に宝珠を乗せています。
さっき見た御正体の鹿さんを彷彿とさせるような美しさ、白は神様の色ですね。

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こちらは森川杜園「牝牡鹿」。
1893年のシカゴ万博に出品した作品で、森川さん当時73歳!
鹿の制作を得意とした人だそうで…葛飾北斎も高村光雲もかくやというほどのご活躍、かっこいい。

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本館特集展示も見に行きました。「奈良・金春家伝来の能面・能装束」。
南北朝時代から春日大社に芸能を奉納してきた金春流ゆかりの品々が展示されています。
写真は天冠と中啓。
雅楽や能に使われる冠はキラキラひらひらしていてすごく好き。
中啓は女性が主人公の能に使われる扇で表に玄宗と楊貴妃、裏に花々の花戦さ模様。

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女性面の迫力。泥眼と般若。

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鬼神面。
どれもすごく綺麗に残っていて大切に伝えられてきたんだな…。
金春流の能は1度しか見たことがなくて(ちなみに道成寺)もっと見に行きたいなあと思っています。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

祓いたまえ清めたまえ。

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川越八幡宮(川越八幡神社)に厄払いに行ってきました。
友人が年明けに何やら災難があったらしく「お祓い行きたい!」というお誘いがあったので。
川越には何度も来ていますが、この八幡宮に来たのは初めてで
駅から徒歩5分というのも初めて知りました。近いなー!
入口の鳥居の参道には朱塗りの燈籠がズラリと並んで美しい。

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社務所で御祈祷の受付をすませてから神社にお参り。
川越八幡宮は1030年、甲斐守だった源頼信が長元の乱の必勝祈願を行い鎮圧した折に
八幡神社を創建したのが始まりと伝わっています。
祭神である誉田別尊は八幡神の別名だそうな。

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拝殿。
老朽化のため1975年に改修されたそうで、とても綺麗でした。
休日でしたが境内は静かで人もまばら。お正月から一区切りついた感じかな。

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装飾と鈴。
破風や懸魚などすべてに同じ植物の意匠が施されていました。

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屋根の鬼瓦もきれいです。
巴紋は防火の意味もありますが、確か八幡宮の神紋だったね。

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テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

文化の祭典。

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東京国際フォーラムのお正月イベント「J-CUlTURE FEST」に行ってきました☆
フォーラム会館20周年記念事業で
全国各地から工芸や芸能や演芸、食べ物まで集めたイベントが行われると聞いて
(しかも入場は無料だ!)楽しそうだな~と思ったので。
実際行ったら想像以上にエキサイティング、門松と鳥居が迎えてくれるし
お雑煮食べられるし羽根つきなどのお正月遊びスペースもあって
もしお正月をテーマパークにしたらこんな感じになるだろうなと思いました。

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まずはお着物コーナーから。
Eホールのロビーに展示されていたのは京都の井筒さんによる十二単と束帯。
井筒さんの衣装はすごくしっかりしていて再現度も高くていつ見てもホレボレします(//▽//)。

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後ろはこんな感じ。
裾や裳は高位になるほど長くなるのだそうです。

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牛車もきてた!
乗車体験とかはありませんでしたが、ほぼ原寸大で乗ろうと思えば乗れそうだし
引いてもらえば移動も可能ではないかと。(車輪には動かしたような跡がついてました)

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正面から着物がチラリ。中にはお人形さんが乗っていました。
いつかチャンスがあれば牛車にも乗ってみたい、何だかとても優雅な気持ちになれそうな予感がする。

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風俗博物館の源氏物語の六条院模型もきてた!
正面に再現されていたのは胡蝶巻の舞楽の場面です。
風俗博物館は去年も訪れましてその精巧さに圧倒されたな…。

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テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

文字逍遥。

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東京富士美術館「漢字三千年-漢字の歴史と美」展に行ってきました。
甲骨文字から楷書までの漢字の歴史が学べるし、
紙や盃や剣に瓦に至るまで様々な文字の形と出土品美術品が鑑賞できます。
キャプションは作品の横に「草書体」「行書体」などフォントの種類が紹介してあって
そういうのも初めてなのでおもしろかったです。
ちなみに写真手前の白抜きになってる「漢字三千年」は篆書体だそう。

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入口からしてとても胸熱。
篆書の門をくぐって展覧会に入るとかロマンがカンストしている、文字フェチにはたまりません。
会期末も近いので展示室内はだいぶ混みあっていて、
聞こえてくる会話からたぶん書道をなさってる人が多かったんじゃないかと思う。

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みんなー!「中国側のご配慮により写真撮影は自由」だよー!!
職業病なので権利関係どうなってるのか少し気になりましたが有難くお言葉に甘えました、
次に機会があるかわかりませんから…混雑していたので譲り合いの精神を心掛けたよ。

(注意:この展覧会は巡回しますが各地の会場で撮影できるかは今のところ不明なので
行かれる方は現地でご確認くださいね)

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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

狼たちの山。

先月末に友達と3人で三峯神社へ行ってきました。
ずっと行こう行こうと言ってて、でも約束した日が雨になることが多くて延期に延期が重なって
ようやく曇りの日に念願叶いました。
神社は秩父三峰山の標高1102mという山奥にあるため車は諦めまして(3人とも山道の運転は苦手)、
電車とバスの計画立てたら朝めっちゃ早起きする羽目になった。。
ローカル線は萌えのかたまりですが時間厳守しないと詰むよね(^v^)何とかなったけど。

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秩父鉄道に乗って三峰口駅に到着!
桜沢みなのさんはハロウィン仕様でした。

三峯神社へは駅の向かいにあるバス停から発車するバスに乗って約1時間です。
山道をくねくね登っていくバスの中から景色を眺めたり、
急カーブで対向車とすれ違えなくてバスじゃなく対向車がバックしてるのとか眺めながら
「うちら車で来なくてよかったね…無理だったよね…」とかしみじみ語り合いました。(しみじみ言うな)
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二瀬ダム。荒川の上流にかかるダムで名前は水没した地名からとられています。
向こう側には湖があって秩父湖と呼ばれています。
「瑠璃色に輝く秩父湖二瀬ダム」(埼玉郷土かるた「る」より)

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色づき始めた紅葉を眺めながらダムの上の県道を走るぜ!
一車線のため赤信号の待ち時間が異様に長く感じました。

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それからも延々と山道を登り続けて、やっと三峯神社の駐車場に着いたー!
駐車場からさらに坂を上ると神社の鳥居が見えてきます。

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入口の三ツ鳥居!白い!かっこいいかっこいい。

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鳥居の左右にいる狼の狛犬。
三峯神社の神使は狼なので境内各所に像がいます。
秩父山中には昔から狼がいたそうですが、いつしか土地を守る存在として崇められるようになって
江戸時代の三峯講で広く知られるようになったとか。
神社で狼の護符をもらう狼信仰などもその頃に広まったそうです。
(狼信仰は三峯神社のほかに両神神社や長瀞の宝登山神社などにもありますね)

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テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

Hell-アンダーグラウンド-の世界。

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国立公文書館で開催中の「ようこそ地獄、たのしい地獄」展に行ってきました。
平安時代~江戸時代の古典籍から日本史における地獄観や死生観の変遷をたどる展覧会です。
「地獄ってだいたいこういうイメージだよね」というオーソドックスなものから
「こんな地獄もありだよね」的な自由なものまであって楽しかった。
あとポスターも展示もやたら河鍋暁斎押してた(笑)改めていっぱい描いてたんだなあとしみじみ。

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妖怪退治伝展のとき以来ですから2年振りの公文書館ですが
竹橋駅の出口ってややこしいので一瞬、反対方向に進みかけたりしましたが無事到着。
写真は入口のアスファルトに描いてあったトリックアートです。出典は暁斎の絵から。
鬼の手元に立ったり寝転がったりすると地獄に連れて行かれるっぽい画像が撮れますぞ。
(公文書館の人たちがツイートしてました→こちら。なんだか楽しそう)


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入館すると目の前に巨大顔はめパネル。
暁斎の閻魔様にしばかれる体験ができます。迫力すごい(笑)。

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入場料は無料で写真撮影もできて(フラッシュは×)、Twitterでつぶやいても大丈夫という
公文書館さんの姿勢は本当にありがたい。
というか公文書館さんのツイートは楽しく勉強できる素敵アカウントです。
毎日ネタ探すの大変でしょうけど続けていってほしいな。

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展示室はこんな感じです。では早速いってみよー。

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テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

夏越の祓。

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台東区下谷の小野照崎神社へ夏越の祓に行ってきました。
毎年6月30日(大祓)・7月1日(富士山の開山日)の2日間だけ解放される境内の富士塚に
前から一度登ってみたかったので。

小野照さんは小野篁と菅原道真をまつる神社で学問のご利益があり、
また俳優の渥美清さんがかつてお参りしたところ映画がヒットしたという逸話も伝わるため
芸能のご利益もあるそうです。
他にも健康や病気平癒、厄除、交通安全など各種そろっているのが下町の庶民の神社っぽいというか
「何でもお願い事きくよ」みたいな姿勢が太っ腹だなと思う^^

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鳥居の上に提灯が下げられて、お山開きと書いてあります。お祭だ!
鳥居をくぐると社務所がありまして、御朱印やお守がいただけるのですが
この日はお祭ということもあり行列ができていたので大慌てで並びまして、

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神社の御朱印と、お山開き限定御朱印と、肌守を無事いただけました。

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本殿の前に設置された茅の輪☆
左上にくぐり方の説明書きがあるので、それに従ってくぐります。
左まわり、右まわり、もう一度左まわり、最後にまたくぐって社殿まで歩いてお参りするという作法。
(神社によっては茅の輪が3つ並んでそれぞれくぐる場合もあったり
「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶといふなり」と唱えながらくぐるそうですな)

なぜ茅の輪をくぐるかの理由は諸説あるそうですが
過去記事にも少し書いた、伊勢参りに来たスサノオをもてなした蘇民将来へ
スサノオがお礼にと厄除けの茅輪を編んで贈ったのが始まりという説が一般的なのかな。
半年のケガレと厄を落として、また半年息災で過ごせますように。

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テーマ : 神社仏閣
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秋に動く山。

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川越まつりに行ってきました!
山車にお囃子に出店もたくさんあって賑やかだった~。
去年は夜のお祭りを楽しんだので、今年はお昼に行きまして
時間もたっぷりあったので去年より山車もお祭も楽しめてよかったです。

川越まつりは1648年に当時の川越藩主だった松平信綱が
川越氷川神社にお神輿を寄進し祭礼を奨励したところ、
華麗な山車や氏子が町内を巡行するようになり町衆も楽しむようになったのが始まりです。
江戸400年の祭だぜ!
(その松平信綱さんというのは知恵伊豆と呼ばれ徳川家光の左の手と言われ、
1922年に埼玉県初の市制を布くきっかけになるほどに川越の基礎を育てあげたあの人ですな)

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駐車場まで聞こえてくる祭囃子をたよりに歩いて市役所へ向かっていたら
さっそく山車に出くわしました~新富町の鏡獅子☆

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てっぺんにいるお人形。大切に保存されているのだろうなあ、とても綺麗です。
鏡獅子は能「石橋」に取材した歌舞伎の演目に出てくる文殊菩薩のお使いで
劇中では勇壮な舞を披露します。
毛振りといって髪をグルングルン回す演出で有名な舞踊ですな。

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すぐ近くにいた猩々の山車。
川越まつりの山車は各町内の自治会が所有するものがほとんどですが
こちらは川越市の所有のため市役所前にいることが多いようです。

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猩々さんのアップ。中国の想像上の生き物で、能「猩々」にも登場します。
肩に背負っているのは無限にお酒が湧いてくる酒壺。

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テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

よい按配その2。

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とらや赤坂本店の「虎屋文庫のお菓子な展示77」に行ってきました。
お菓子の資料室・虎屋文庫(1948年に開館)がとらや本社ビル建替えのために
3年間休室することになったそうで、
これまでに開催された77回の展覧会を年代順にダイジェストで紹介してくれています。
創業時の記録に注文用カタログに商売道具、パッケージ、ポスター、映像資料ほか
展示されているお菓子は職人さんが実際に再現された本物なのです!
しかも入場料無料です、無料なんです!お菓子好きな方ぜひ行くべきー!!

とらやの資料をお客さんに見てもらおうと1948年に始めたらしい資料展覧会は
最初は古文書が中心だったそうですが、やがてお菓子を展示するようになり(第3回)、
とらやの歴代店主を務めた黒川家や歴史上の人物のお菓子にスポットを当てたり
パリ店がオープンした年には西洋のお菓子を紹介したり(第14回)、
和菓子の歴史に注目する内容が増えたり(第18回)、
そうした取り組みが実を結んで来場者数が1,000人を超えたり(第27回)、
展覧会限定お菓子の販売(第29回)や映像展示を始めたり(第35回)、
大河ドラマ関連展示をしたり(第45回)、香り体験や辻占クッキー配布を行ったり
タマちゃんブームでフィーバーしたり新型インフルエンザであわや中止!?になりかけたり
スタンプラリーやトークイベントが行われるようになったり(第73回~)などなど
時代と平行しながら行われてきた展示の悲喜交々がつづられていました。
記念すべき第1回展(1973年)は「富岡鉄斎と虎屋展」で、
幕末~近代にかけてとらやの京都店支配人と親しかった鉄斎が取り上げられたようです。
現在もとらやで使われている「竹に虎」の掛紙は鉄斎の筆によるものだそうです。知らなかった。

歴史上の人物とお菓子の企画がwktkでしたっ( ̄∀ ̄)
第4回展で取り上げられた光格天皇はお菓子が大好きだったようで、
とらやのお菓子に何度か名前をつけているそうです。
そのうち「下染」「村紅葉」の2つが再現され展示されていました。きれいだった!
第13回展は和宮御用関係の展示で、成人祝いのでっかい月見饅頭がおもしろかった。
お饅頭の中心に穴をあけて、夜空にかざして月を覗き見る風習があったそうで
そのためにすごく大きく作ったのだそうです。ちょっとやってみたい…p(◎qд ̄)
第45回展で紹介された、1705年に尾形光琳が中村内蔵助に贈ったお菓子は
10種類を重箱につめた豪華なものだったようです☆
うち「色木の実」「友千鳥」が再現され展示されていまして、
とらやで発行されていた御菓子之書図というお菓子カタログは絵入りで品物の説明がされていて
光琳が見たのはこんな冊子だったのかなあとワクワク。
(歴史上の人物と和菓子についてはとらやのサイトでも連載されています→こちら
来年には本になるそうだ!楽しみ!)

やっぱり一番テンションがあがったのはお菓子の再現ですかね!(o゜▽゜)o
重箱にお菓子が敷き詰められた百味菓子(第6回)、
伊勢神宮の神使である鶏の2羽を表現した「みもすそ川」というお菓子(第19回)、
源氏物語の夕顔の扇子や、若紫の伏せ籠をイメージしたお菓子(第30回)に
唐菓子(第50回)に干菓子の模型(第56回)に宝来袋(第64回)!
あああああ全部食べたいいぃぃぃいいいい(*´Д`*)hshs
第14回の、パリ店で出しているガレット・ディロワは餡子入りのパイで
中にフェーブと呼ばれる陶器製の小物を入れたそうです。
パイを切ってみんなで食べて、小物が入っていた人はその日1日王様になれるという
西洋の風習を取り入れたものですね。
第58回の、鳥籠サイズの三角形の籠にハマグリお菓子をどっさり入れたのが最高でした☆
こ、これ…もう籠抱え上げてそのまま口にドバドバ放り込みたい←
第69回の、枕草子に出てきた削り氷の再現度が高すぎてやばい、
甘葛たっぷりかけて食べたくてたまりませんでした。
第75回にはお菓子で作った七福神を宝船に乗せた展示があったのですが
制作した職人さんが「マニュアルもなく試行錯誤。きれいに飾れた時はうれしかった」との
コメントを寄せられていまして、
「ふの字尽くしの宝船だー前に見たーー!」とテンション上がりました☆あれは良かった…。
生菓子だけではなく、お菓子の模型もあって
第67回に展示された木製のお菓子は、中にマグネットが入っていてパカッと割れます。
丸みを帯びているからお子様のおもちゃとかに喜ばれそうだなと思いました。

お菓子についての豆知識もおもしろくて、
ようかんを「羊羹」と書きますが、字の「羊」は小さい羊を、「羹」は大きい羊を意味するそうで
羊羹の字には羊が3頭いるんですね、気がつきませんでした。
(ちなみに羊羹とは、もともとは羊の羹(あつもの)ということでスープのようなものだったらしい)
金平糖の語源がポルトガル語のコンフェイトではないかという話はどこかで聞いたけど
茶巾餅が砂金袋をイメージしてるのは初耳でした!漂うズッシリ感…。
第77回展の桜餅大調査は都道府県の桜餅の材料をお客さんから調査したパネルで、
埼玉は道明寺が73・長明寺が175だったそうです。うん、確かにうちは長命寺を食べます…。
(ちなみに京都を見たら110・4でやっぱり道明寺が多いようですな)
戦時中のお菓子を紹介した映像ではお菓子の写真とレシピが次々に映し出されて
いかに当時の人が工夫しておやつを作っていたかが克明に。
寒天でみかんの汁を固めるとか、小麦粉とイモにりんごを混ぜて鹿の子とは!勉強になりました。
材料は小麦粉や砂糖、イモ、卵が多かったような印象があるな…。

さらに、展覧会が長ければハプニングにも事欠かないわけで
合間にちょこちょこ貼ってあるここだけの話っぽいパネルがおもしろい。
第33回展の、和菓子を入れるためのお通箱「井籠」(立派な造り!)についてのエピソードは
広告にお菓子と井籠が紹介されたせいで「この籠に入れて届けて欲しい」と
実際にお客さんから注文があったとか、
第36回展で全国のご当地羊羹を展示したら
展示ケースが斜めに傾いたタイプだったので床に落ちてしまうこともあったとか、
亥の子餅の展示で「猪の小弥太萩餅」なる回転パネルを作って
表に小弥太の絵を、裏に絵についての説明をつけて置こうとしたら
「お客様の手をわずらわせるのはいかがなものか」と社内から意見が出たとか(結局採用)、
たくさんのこぼれ話を拝見できました。
今は触ったり香りをかいだりするような参加型展示は全国的に溢れておりますが
昔は見るだけというのが基本でしたからね…。
そう考えると時代って進んできたんだなあと思います。
第71回展で昔の子どものお祝い用に作られたという大きな鏡餅のレプリカを置いて
裏に重さの答えを書いて「持ち上げてね」って書いておいたけど
皆さん持ち上げるだけであまりひっくり返してくれなかったこともあったようでした^^;
で、「今回はご覧ください!」とパネルにあったのでお言葉に甘えて持ち上げてみたら
結構、ずっしりと手にきましてびっくり。
お餅の下に「ありがとうございます!重さは2kgです」と喜びいっぱいに書かれてて笑ってしまった^^

いやあ楽しかったです。3年後にビルができたら次はどんな展示をしてくれるのかな。

okashina2.jpg
とらやの5月の生菓子唐衣(左)と更衣(右)。
唐衣は1694年に発売されたお菓子で、伊勢物語八つ橋の「唐衣きつつなれにし~」の歌を
イメージしているそうです。初夏を感じますな(´▽`)
更衣は1770年発売の、涼やかな夏の衣をイメージした衣替えのお菓子だそうで
毎年5/30~6/1の3日間限定販売です!
ずっと買いたくてタイミングを逃していて、やっと買えました。もっちりした食感でおいしかった☆

okashina3.jpg
とらやさんの隣のビル中2階に小さなお稲荷さんがございましたのでお参り。
美喜井稲荷神社というそうです。
比叡山から降りてこられた徳の高い神様を祀っていると看板にありましたが
神様の名前は書いてなくて、
代わりに「この神様にお願いする方は蛸を召し上がらぬこと」と謎の一文が^^;
そういえば最近食べてないな、蛸…。

okashina4.jpg
猫ちゃんの彫刻があった☆ 左は鳥と戯れていますが、右は魂と戯れてます。
むむ、ここはお稲荷様のはずですが…謎神社^^;


あと、この日は東博にも寄りました。
choju7.jpg
特別展入口にはこんなディスプレイが。すごい、絵巻の一場面がリアルに再現されている…!

現在、東博では去年に京博で開催された鳥獣戯画展が巡回中でして、
京都旅行でも大混雑の様子をレポしましたが東京展はさらに大変な混雑&長蛇の列だそうで
(公式アカウント@choju_uenoでは開館前に800人以上が並び日中は入館まで2時間待ち、
甲巻まで2~3時間待ちという収拾のつかなすぎる状態が連日ツイートされている)、
まあ京都で見たので今回は展示そのものは鑑賞しなかったのですが
撮影スポットには並ばなくても入れるとの情報を得てやって来ました。

choju8.jpg
撮影スポットにいた子犬ちゃん^^
鳥獣戯画を所蔵する高山寺の祖・明恵上人が愛玩したと伝わる子犬像のレプリカです。
かわいい~かわいすぎる~~~(*´∀`*)。
京都の展示にもいて、ちょこんと座る姿にたくさんの方が見入っていたのを覚えています。大人気。

ミュージアムショップでグッズ見ようかとも思いましたけど、レジに大行列ができていたので諦めました。
いやはやなぜこんなに人気が出てしまったのか鳥獣人物戯画、
2007年のサントリー美術館の全巻展示はかなりすいてて前期後期ゆっくり見られたというのに…。
もともとの人気と東博・京博のネームバリューと、美術番組と京騒戯画と
ここ数年で関連グッズが爆発的に売られるようになったせいかな~。
あと綺麗になったしな、修復効果。

東博本館では特別展の関連展示として「鳥獣戯画と高山寺の近代」展を開催中でした。
1872年に町田久成(東博初代館長)らによって行われた高山寺の宝物調査の記録や
絵巻の模本、絵巻を撮影した写真資料などが展示されていて
100年以上前の学芸員たちがどんな風に文化財調査をしていたかがわかるようになっています。
調査は、主に高山寺の仁王門や茶室や明恵上人坐像の撮影や
鳥獣人物戯画(当時は「鳥羽僧正筆画巻物4巻」と記録されているらしい)を含む文化財の状態を
調べるのが目的だったようです。
(ちなみに調査の10年後に戯画の修復が行われている)
こういう「誰が、いつ、どんな風に」調査したかっていう「調査方法の記録」を
残しておくことも大切だよなあ…。
物と違って「やり方」には形がないので、その人がいなくなったらわからなくなってしまうのだから。
(というか研究者の皆さん積極的にハウツー残しましょう後世のためにも…メイキング大事)

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1888年に岡倉天心やフェノロサらが行った調査で撮影された写真。
鳥獣人物戯画乙巻の一部です。

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山崎董詮が模写した甲巻はすべての場面が公開されていました!

choju10.jpg
壁に本物を写したパネルがあって、

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下に絵師の写した絵があって見比べられるようになっていました。
模写方法の説明が特になかったのですが、並べて描いたのか紙を重ねて写したのか…
パッと見だけだとたぶん前者のような気がする。

わたしもやってみたいなあ戯画の模写…和紙買ってきて筆ペンとかでできるかな。
しかし動物かわいく描ける自信ないうえに甲乙丙丁で全長約12mあるから折れない心も必要だ。

そんなこんなで展示を堪能しましたので、この日東博に来た最大の目的を果たしに
東洋館横のホテルオークラのレストラン「ゆりの木」へ向かいまして。
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じゃーん!鳥獣戯画ケーキを注文しました☆
特別展は見られなくてもこれだけは食べたかったんだ!

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白うさぎのマカロンを外すとこんな感じ。
よもぎシフォンスポンジの上に黒糖ババロア、ゆずわらび餅がズンと乗っかってて
苺とオレンジがぎっしり積まれています。この世の天国…ホレボレ(*´з`)
シフォンとババロアの柔らかさと、わらび餅のぷるぷる食感と、フルーツの甘酢っぱさが口の中でミックスして
しあわせすぎて訳がわからなくなりました。
うわああ鳥獣人物戯画ずっと大好きだー!

あ、うさぎマカロンといえば。
choju15.jpg
4月に日本橋三越に期間限定オープンしていた鳥獣戯画ショップでゲットしたマカロンの写真を
載せようと思っていてすっかり忘れていたので、この機会にアップ。
戯画のうさぎとカエルが描いてあって、もっちもち食感でしたよ~また販売してほしい。


korin4.jpg※クリックで大きくなります
「風神雷神図屏風Rinne」光琳・乾山編その3。2はこちら
乾山、外へ出した方がいいのかなあと障子を開けてみましたが
へんな生き物たちは部屋の中で勝手に遊び始めてしまいました。
光琳「虫じゃねえよな…」
乾山「うん、風と雷出してる」
光琳「………」
乾山「………」
2人「「風神雷神図」」
光琳「だよな」
乾山「だよね」
光琳「どこにあったっけ」
乾山「妙光寺」
光琳「………」
乾山「どうしたの」
光琳「決めた、おれ絵描くわ」
乾山「はい?」
光琳「まだ質に入れてない品が手本になるし、親父の型紙も売るほどあるし。腕を上げて、宗達の屏風を写す」
乾山「本気なの」
光琳「本気」

目は確かに本気っぽいけど寝ながら言われてもなあ…と、乾山は半信半疑です。

光琳が本格的に絵を描き始めたのは40歳前後になってからといわれます。
父親の遺産を使い果たし兄弟からも借金の督促を受けるようになって、
何とかしなくてはと真剣に考え始めたのかもしれません。

宗達の風神雷神図はもともとは妙光寺(京都市右京区北部)にあったという説があるそうです。
妙光寺は乾山が住んだ鳴滝窯の近くにあり、乾山が陶法を学んだ野々村仁清の墓所もあります。
その後屏風は何らかの理由で江戸時代後期に建仁寺へ移されたそうです。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

第1882回「歴史上で好きな人物は誰?」

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当河本です今日のテーマは「歴史上で好きな人物は誰?」です。皆さん、歴史は好きですか?私は授業を聞くのは好きでしたが、テストはかなり苦手でした。笑とにかく人の名前を覚えるのが苦手で、地理的感覚もなく歴史はもちろん、社会系のテストは残念な結果が多かったですそんな私がすぐ覚えたのは、源義経です源義経がチンギス・ハンという説があるというのを授業で教えてもらって...
FC2 トラックバックテーマ:「歴史上で好きな人物は誰?」


とっても素敵なテーマなので思う存分語りたいところではありますが、
好きな人全員を列挙しているときりがないのでかいつまんで書きます。

・小野妹子に始まる小野一族(岑守&篁親子にLOVE)
・額田王
・717年遣唐使メンバー
・大伴家持
・和気広虫&清麻呂
・最澄&空海
・菅原清公・是善・道真
・嵯峨天皇
・淳和天皇
・橘速勢
・古今和歌集編纂メンバー
・平将門
・藤原純友
・渡辺綱
・摂関期の女性の書き手たち
・菅原孝標女
・藤原保輔
・平清盛の一族(平六代にLOVE)
・源頼朝の一族
・鴨長明
・明恵
・藤原俊成&定家
・源実朝
・公暁&鞠子
・日野資朝
・楠正成
・卜部兼好
・観阿弥&世阿弥
・三条西実隆
・真田幸隆
・明智光秀&煕子&玉子
・細川藤孝
・井伊直虎
・甲斐姫
・出雲阿国
・高尾太夫
・狩野派
・琳派
・京阪画壇
・浮世絵師(鈴木春信、鳥山石燕にLOVE)
・戯作者&読本作家
・杉田玄白
・平賀源内
・塙保己一
・新選組(土方歳三&市村鉄之助にLOVE)
・山本覚馬&八重
・荻野吟子
・近現代の文豪(芥川龍之介、宮沢賢治にLOVE)
・女性参政権関係者
・上村松園
・柳原白蓮
・渋沢敬三
・白洲次郎&正子
・手塚治虫

世界史にも好きな人はいますが、多すぎるので日本史に限定。
他にも思いついたら書き足していくかもです。

こうして見ると本当わたしどの時代クラスタとかじゃなく歴史クラスタだなあ、
しかし歴史クラスタになってよかったと思います。
『源氏物語』と『るろうに剣心』の影響で平安・幕末クラスタだった頃は
その時代の本とかドラマしか見なくて他の時代のを見てもよくわからなかったんですけど、
今はどの時代にも必ず1人は好きな人がいて楽しめる範囲が増えたので結果オーライかなと。
(風呂敷広げすぎてしんどい時もありますけど^^;)

わたしは昔から不真面目なので、学校の歴史の授業中は教科書ではなく資料集を眺めて
縄文時代の生活道具とか平安時代の華やかな衣装とか江戸時代の出版文化などに
思いを馳せているような生徒でした。
(しかも授業とは全然関係ない時代を読んでた。きっと先生にはバレバレだったろうな)
小さい頃から本を読むこととお絵かきすることが好きでしたので、
歴史の中に本を書いたり絵を描く人を見つけるとものすごくうれしくなって
彼らは何を考えていたんだろう、どんな道具で書いたんだろう、仕事のない日は趣味をしたのかな、
好きな食べ物は、どんな服を着たの、つらかったのは、笑ったのはどんな時かなって
どんどん知りたくなって調べ始めてどっぷり浸かって今に至ります。
昔々に生きた人々のナマの感情や思考を記録の中に見出して、
今と同じじゃん、今とはこう違うのかってわかっていくのが楽しい。
平安の女性たちの日記とか、鎌倉時代の注釈書とか、江戸時代の旅行記とかを読むと
今とは全然違う社会体制や価値観の中で生きていた人たちが
ただの「過去の人」ではなく今生きているわたしと同じように体温をもって立ち上ってくるというか、
「その人たちが食べたり寝たり考えたり感じたりしながら生きていた」ということが
伝わってくるんですよね。
好きな人が生きていた実感を、遺跡や遺品を見てこの手で感じたくて資料をめくる日々ですよ。

いやーでも本当に生活史・文化史にハマって良かった!
教科書に出てないことばかりで勉強になりますし、
今と全然違う文化でも調べていくとひとつは萌えポイントが見つかりますし、
当時の生活がわかるようになると歴史マンガやドラマの美術にうおおおってエキサイトできて
楽しいことが5倍くらい増えました☆
歴史小説や大河ドラマを見ながら「今○○年か、ちょうど○○さんが○歳であそこでアレしてる」
「もうすぐ○○時代だから実用性が変わって○○の形も変化する」
「この頃は○○が輸入されて○○さんが使って大流行する」などと
考えて2828するのがここ数年のマイブーム。

あ、あと調べものをしていて時々やることなんですけど
個人的に苦手だったりどうしても読みにくかったりするジャンルでも
『~史』『~の変遷』『~辞典』みたいなタイトルを妄想するとものすごく読みたくなります。
摂関政治家の生活とか、戦国期商人と茶道の歴史とか、江戸数学者の道具辞典とか、
科学と迷信の歴史とか、戦時下の芸術の変遷とか、○○女子の日本史とか。
あー読みたい!誰か書いて!!(笑)


sotatsu9.jpg※クリックで大きくなります
「風神雷神図屏風Rinne」宗達・光悦編その9。8はこちら
弟子たちを引き連れて、養源院に下見に来た宗達です。
注文は杉戸絵が4枚(表裏8面)と、本堂中央の間の襖12面ということで
まずは本堂を拝見して絵の構想を練ります。

風雷「(キャッキャッ」
宗達「おもしろいか」
風雷「(キャッキャッ)」
宗達「おれもワクワクしてきたよ」

桃山~江戸期に寺社や城の襖絵を任されていたのは主に狩野派の絵師たちでした。
養源院も例外ではなく、狩野山楽筆の牡丹の襖絵や唐獅子の羽目板などが残されています。
一介の町絵師にすぎなかった宗達が呼ばれたのは、
狩野派の多忙により襖絵制作が遅れたためともいわれています。

テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

琳派のおはなし。

アルス画房さんのイラストコンペが終了いたしました~。
見てくださった方、応援してくださった方、どうもありがとうございました☆


そして、本日から俵屋宗達ほか琳派の人々を中心とした
「風神雷神図屏風Rinne(りんね)」の連載を始めます☆
予告してからかなり時間が経ってしまいました、お恥ずかしい。

そんなわけでまず登場人物紹介です。
rinpa.jpg※クリックで大きくなります
琳派と呼ばれる人々。
江戸時代初期の京都で俵屋宗達&本阿弥光悦が、中期に尾形光琳&乾山きょうだいが、
後期の江戸で酒井抱一&鈴木其一がそれぞれ活動しており
彼らの系譜は光琳の「琳(光り輝く玉の意)」を取って琳派と呼ばれています。

おもしろいのは彼らが師弟ではなく私淑(直接教えを受けなくても手本として学び師と仰ぐこと)で
繋がっていることですかね~。
宗達が描いた絵を約70~80年後に光琳が学んで大成させ、
さらに約80~90年後に光琳の絵に惚れ込んだ抱一が江戸でその絵を広めたことが
彼らをひとつの系譜として語るものになっているようです。
宗達と光琳に面識はありませんし、光琳と抱一にもありません。
ただ絵を通して過去の人と対話し、過去の人の絵を学び自分なりに発展させて独自の表現をつくる。
でも先達をリスペクトしまくってるから作品を並べてみると何となく似通っている部分もあったりする。
そこがとても面白いなあと思っています( ̄ー ̄)。


まずは、今から約400年前の安土桃山~江戸時代初期に活躍した絵師・俵屋宗達の周辺を
ゆさの想像(という名の妄想)で、短期ですが描いていきたいと思います。
その後は光琳&乾山、抱一&其一をそれぞれ描きます。
例によって事件らしい事件はなく、人の形をした人でないものも出るフリーダムストーリーですが
どうぞゆるゆるとお付き合いください☆
(どうしてもダメな方いらっしゃると思います。ごめんなさい)

※このお話に出てくるのは、日本史上に実在した人々です。
 史実に沿って描いていきますが、大部分はゆさの創作であることをあらかじめお断りしておきます。


sotatsu1.jpg※クリックで大きくなります
「風神雷神図屏風Rinne」宗達・光悦編その1。
1602年5月、関ケ原の合戦から2年後の京都は上京小川通。
福島正則が中心となってすすめた平家納経の修復作業を終えて京都に帰って来た宗達、
買い物に来ていた光悦とばったり出くわしました。

光悦「あ、おかえりー!どうだった」
宗達「どうって?」
光悦「平家納経。見たんだろ、本物」
宗達「見たよ。絵がおもしろくて紙がきれいだった」
光悦「それだけ?」
宗達「うん」
光悦「ふーん………」
宗達「…」
光悦「…」
宗達「どした」
光悦「いや、頭の」
宗達「?」
光悦「頭のそれ、なに」
宗達「…………え…………?」

どこかでいつの間にか変な生きものたちを頭にくっつけてきたらしいことに
まったく気がつかなかった宗達(笑)。
好き勝手に飛び回っていますがさて何者なのでしょう…。続きます。

テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

神の見ているもの。

前回記事で古今和歌集の七夕歌を紹介しましたが、
実はあの後、ものすごく久し振りに『土佐日記』を読み返しました。
土佐守の任期を終えた紀貫之が、土佐から都へ帰還するまでの約50日間を
仮名文字でつづった日記です。
大学時代にがむしゃらに読んでそれっきりだったのですが、ひさびさに読んだら
あれ、こんなに短かったっけと呆気にとられました。
手持ちの本で40ページしかなくて、方丈記より少し長いくらいでしょうか。

貫之1111首』で描いたのは古今和歌集の編纂だったので
この日記は参考文献には用いなかったのですが
(貫之が土佐に赴任したのは編纂から20年以上も後の晩年期です)、
連載を終えてから読むとなかなか感慨深いものがありますな。
あんなにみずみずしい歌を詠んでいた若者がすっかり落ち着いて引継ぎや儀式をやってて、
でも歌を詠むとき理屈っぽく技巧を凝らすのは変わってなくて
なんだかずーっとご無沙汰していた親戚の男の子に再会したみたいでこそばゆい。
貫之が古今和歌集に仮名序を書いたのは30代でしたけど、
もしこの老年期に書いていたらきっともっと理屈っぽくすっきりして、それでいて情緒にあふれた
仮名序になっていたんじゃないかと思います。
六歌仙評とかあんな露骨じゃなくもっとオブラートに包んで皮肉ったりしてそう(笑)。

ところでこの日記、過去にわたしにちょっとしたきっかけをくれた日記だったりします。
1月23日の記述に「日照りて曇りぬ。「このわたり、海賊のおそりあり」といへば、神仏を祈る」とか
「二十五日、楫取らの「北風悪し」といへば、船出ださず。「海賊追ひ来」といふこと、絶えず聞こゆ」とか
書いてあるのですが、
実は貫之が土佐から海路で都へ帰った935年前後、瀬戸内海には海賊がしばしば出ていまして
4年後の939年には藤原純友が海賊たちを率いて各地を襲撃しはじめたために
小野好古を追捕凶賊使長官とする朝廷軍が鎮圧する大乱が起きたりしています。
しかし、当時のゆさはそれを同時代の出来事としてはまったく捉えていなくて
(歴史の教科書とかでは藤原純友は政治史、紀貫之は文化史で出てくるので
全然別方面から勉強していたせいもあるかもしれません)、
土佐日記の海賊の記述で「?」となって年表を確認してみたら
それまで何の接点もなかった紀貫之と藤原純友が突然ひとつの横線でつながって
「わー!貫之と純友は同じ時代に生きてたんか!そりゃそうか!」と
ものすごく納得してしまったのでした。
あぁあれはアハ体験だった…いかに歴史を縦ラインでしか見ていなかったかを自覚できた瞬間でした。
ほんとこれ読んでて良かった。
(ちなみに貫之たちはその後も海賊や大嵐のために何度か足止めをくらいながらも旅をつづけ、
和泉国に入ってやっと「海賊ものならず」とホッとしたという記述があります)
以降、何かひとつの出来事を知ったらなるべく同時代に何があったかを
調べるようにしよう~と思えたわけです。
結果、歴史の深さにどっぷりハマってもはや廃人を通り越して灰になってるのですけども
楽しいから後悔はしてない。
-=三└(┐卍^o^)卍ドゥルルルルルル

sumiyoshi.jpg※クリックで大きくなります
確かおととしくらいに描いた藤原純友と小野好古。
北方謙三氏の『絶海にあらず』の純友は超かっこいいですよ!おすすめします!
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*


歴史を知れば知るほど、縦ラインだけじゃなく横ラインで調べるのが楽しくなってきて
あらこんなところにあの人が、あらこの人とあの人が同じ時代に、じゃ会ってるかもしれないじゃん!と
ロマンが広がるのを止められなくなります。
誰かと誰かが出会ってお互いに高め合ってとかヤバい、たまらない。
どうもわたしは誰かひとり英雄的な人がばーんと英雄的な大活躍をするよりも
特に何か突出してるわけでもない人たちが何人も出てきてキャッキャする方が好きみたいです。
たぶん貫之と純友のせいで「横つながり」のときめきの導火線が着火してしまったんだと思う(*´з`)。

Twitterでよく「大河ドラマの主人公で見たい人誰です」的なタグが流行するたびに
いっぱいいすぎて絞れなくて適当な人物挙げてるんですが、
もういっそ『葵徳川三代』みたいな世代ものや『翔ぶが如く』みたいな複数主人公や
『赤穂浪士』『元禄繚乱』『新選組!』みたいなパーティものなど
個人史じゃなくいくつもの人生まとめてやってくれたらいいのにって思います。
吉備真備&阿倍仲麻呂とか、最澄&空海とか、菅原清公・是善・道真とか、
戦国女性アンソロジーとか、平賀源内&杉田玄白とか、とか、etc..
それとも視点がバラけると作りにくいのかな…。
(いやでも、『炎立つ』とか『太平記』とか良かったけどな…神の視点っぽくて)

個人的な希望としてはいつかやってほしいのは文化史なのですけどね~(笑)。
万葉集・古今集・新古今集、藤原氏周辺の文化サロン、運慶・快慶、枕草子・方丈記・徒然草、
猿楽、狩野派、宗達・光琳・抱一、円山応挙と仲間たち、菱川師宣からの浮世絵史、
出雲阿国~近現代までの芝居史とか、とか。
合間に政治史も入れたらいかがでしょう、
というか文化は政治の影響をモロに受けますので入れざるをえないと思いますが。
過去の例を見ても古今和歌集は藤原時平、源氏物語は藤原道長のバックアップがありますし
世阿弥のそばには義満、利休のそばには秀吉がいました。
浮世絵の表現形式は改革の影響をその都度受けて千差万別に七変化していってるし。
文学も芝居も同じですね。
誰もひとりで作ってなくて、たくさんの人の関わりなどあらゆる影響の結果その表現があるみたいな
ドラマが見たいなあといつも思います。
来たれ群像劇(੭ु `・ω・´)੭ु

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

Once upon a time in Japan。

kyukoku1.jpg
スマホアプリ「旧国名パズル」を教えてもらいました☆
江戸時代までの日本国内68カ国のシルエットを下部の選択肢から長押し&スライドさせて
それぞれの場所にはめ込んでいくゲームです。
正解すると「ピョッ」的な音(わたしにはそう聞こえる)とともにぴたっとはまるのが面白い。

関東近辺や東海、陸奥、近畿あたりは何となく覚えていたものの
いざやってみるとこれがなかなか難しいもので、
国名は知ってるけど場所がわからなかったり、アタリをつけてドラッグしてもハズレだったりと
最初はうまくいかないこともありましたが
やっているうちにだんだん覚えてきてクリアまでの時間も短くなってきました。
地理の勉強にもなるし一石二鳥。

どの国かわからなかったら赤で表示してくれるアシスト機能とかついてるんですけど
使うと負けた気がするから使ってません。
(ペナルティで30秒加算されちゃうし)

kyukoku2.jpg
トレーニング・ベーシック・エキスパートの3モードがありまして、
こちらはベーシック(国境表示なし・国名表示あり)。
国境がないだけでドラッグした指先があっさり迷子になって地図上をうろうろ。

kyukoku3.jpg
エキスパート(国境・国名表示なし)モード。国のシルエットをはめ込んで初めて国名が表示されます。
ベーシックよりも指先の迷子率高し。
ドラッグしては弾かれドラッグしては弾かれ、わからない国はずーっと選択肢に残ってて
最後にやっとはめ込んで「ああ、ここだったのか!」とすっきりする。
で、リプレイ後に忘れる。

kyukoku4.jpg
3つのモードを一定時間内にクリアすると家紋パネルがもらえます☆
左列上から:菱(武田氏)、竹に二羽飛雀(上杉氏)、加賀梅鉢(前田氏)
左から2列目上から:轡(島津氏)、九曜(細川氏)、丸に九枚笹(竹中氏)
右から2列目上から:三つ盛亀甲に花菱(浅井氏)、七つ片喰(長曾我部氏)、真田六文銭(真田氏)
右列上から:一に三つ星(毛利氏)、左三つ藤巴(黒田氏)
(()内は使用した主な武将の例)
最後のひとつがまだもらえてません。がんばろう~。

他にも世界地図パズルアプリとかあるんですけど、ドハマリしそうなので手を出せずにいます。


友達や職場の人たちの出身地や住所を脳内で旧国名に変換するのが最近のマイブームです。
おおこの人は同郷か…上野国か…陸奥国仙台藩か…筑前国福岡藩か…琉球か…など(笑)。
(恥ずかしいからご本人たちの前では言いません)
ちなみにわたしが住んでいるのは武蔵国○○郡(プライバシーのため伏せます)で
江戸時代には幕府の直轄領だった地域です。
なんで藩じゃないんだ…川越藩とか忍藩とか名乗りたかった…と、昔は思ってました( ̄ー ̄)。
自然豊かだし遺跡あるし工芸品あるし地酒おいしい(飲んだことないけど)から、地元大好き♪


そういえば昔の偉い人たちは"吉良上野介"みたいな、
苗字の後に受領名という通称のようなのを名乗っていましたけれども
これ別に出身地でもお仕事先の地名でもないんだそうな。
たとえば大岡越前守は江戸生まれだし、勝安房守(勝海舟)も江戸本所の生まれだし
松平肥後守(松平容保)は美濃国の人で仕事先は会津藩だし。
吉良上野介も上野国にはたぶん行ったことないんじゃないかな…。
(あ、なぜ上野"守"ではなく"介"かというと、上野国は親王の任国なので
守である親王を補佐するという意味で"介"というのだそうです。
織田信長の受領名"織田上総介"も同様とか)

受領名は平安~鎌倉時代あたりまではそれぞれの国へ赴いてお仕事するにあたり
朝廷から「じゃあ○○守として○○国へ行ってください」とか任じられて初めて名乗るわけですが、
室町~戦国時代以降の人たちは割と好き勝手に名乗っていたようです。
実名を名乗らない武士には通称が必要だったので、
(別に出身地でも任地でもないにも関わらず)先祖や親の受領名を子どもが継いだり
上司からご褒美代わりにもらったりして名乗っていたとか。
確か前田利家が本能寺の変後くらいに秀吉から筑前守の名前をもらっていたように記憶しています。
前田筑前守…うーむやっぱり前田大納言の方が個人的にはしっくりくる、聞き慣れてるから(;´∀`)。

江戸時代になると「従五位下以上の位階を持つ人」なら好きにつけることができたらしいですが
国が60数か国しかないのに対して大名家は170以上ありましたので
結構みなさん被っていたみたいですね。。
苗字が違えばともかく、松平さん家みたいに一族や親戚がいーーっぱいいると
自分はこれを名乗りたいけど先に名乗ってる人いないかなーとか、ちゃんと調べないといけないのが
難儀だなあ。
でもそうして一度つけてしまえば「松平○○守」って手紙とかに書くだけで
あぁあそこん家か、とか一発でわかって便利だったかもしれない。
人数多すぎて覚えるの大変そうですけど(笑)。

ただ、武蔵守については名乗ってはいけないという暗黙の了解か何かがあった気がする…。
(武蔵国には将軍のいる江戸があるので遠慮します的な)
尾張守や山城守など御三家や朝廷に縁のある名前も遠慮されたとか。

それから、浅野内匠頭(浅野長矩)とか井伊掃部頭(井伊直弼)などは官職にあたり
官途名というそうです。
これらもだいたい家で継がれることが多いそうですね。
浅野さんもおじいちゃんが内匠頭だったのをそのまま継いでいますし。


ちなみに…。
いま連載の準備をしているお話に出てくるのは、山城国愛宕郡に住んでいた人たちです。
他にも葛野郡とか、播磨国姫路藩の人で江戸在住、なんて人もいます。
…もうわかる方にはわかるよね(^ω^)。
以上、ちょっとした情報でした。



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皆様いつもありがとうございます(^-^)/☆

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

腹八分目。

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国立科学博物館で開催中の「医は仁術」展に行ってきました。
江戸時代から現代までの医学研究や治療法などの展示を通して
漢方医学→腑分け→解体新書→西洋医学→予防医学→医学教育→現代医療の流れがよくわかって
歴史上の医師たちの息吹がものすごく伝わってきてもうなんか、大河ドラマみたいでした。
医学史まじアツイ!
しかも去年の深海展と同じく、一部を除いて写真撮影可能(フラッシュ撮影は×)という太っ腹ぷりです。
神さま仏さま科博さま。

入口でタイムスリップシアターに入ると、江戸の医学や医師たちについて簡単な映像が流れます。
ナビゲーターが大沢たかお氏なのはドラマ「JIN」で南方仁先生を演じた縁からでしょうか(笑)。
シアター入口にはJIN原作者である村上もとか先生の寄稿もありました。

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シアターを出て最初に迎えてくれるのは、江戸人の病に対する考え方についてのコーナー。
薬や治療法が充分でなかった江戸時代には病気の絵が魔除けとして多く描かれました。
上の歌川芳虎「薬の病退治の図」は、漢方の神様である神農と武士の格好をした薬たちが
鬼の姿をした病気を退治している図。
下の歌川国芳「難病療治」は、歯痛は歯を全部抜けば一生痛まない、などと藪医者に向けた風刺を描いたもの。

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「うさぎのはしか退治」の錦絵かわいい、うさぎ強い(´∀`)。
こうした絵は病気にかかると買ってきて家の壁などに貼られ、治ると川に流す習慣があったため
あまり残っていないそうです。貴重な1枚。

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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

あの旗に託した夢を。

ブロとものあやのさんと調布・板橋をぶらぶらしてきました。
新選組の局長だった近藤勇の史跡巡りと、板橋区立美術館の探幽3兄弟展が目当てです。

わたしは新選組びいきですが、実は西東京の新選組関連の史跡をほとんど回ったことがなく
今回もあやのさんが誘ってくださらなかったら一体いつ行く予定だったのか、
あやのさん感謝です~☆


ふるさと!
西武多摩川線、多磨駅に到着。初・多摩川線で、この駅にも初めて来ました!
4両編成のかわいらしい電車を降りたら、こんなだんだら模様の垂れ幕が迎えてくれましたよ。
町中ものんびりゆったりな雰囲気で商店街もあって、街と田園風景が混在している感じ。
近ちゃんはこんな土地でおおらかに育ったのだな…。

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テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

着るか着られるか。

スーパー歌舞伎の余韻が未だに冷めていないゆさです、こんばんは。。
日曜に放送された猿之助特集番組で場面をチラチラ見せていただいて(結構ネタバレしてたね)、
あれから2週間も経ってないのに懐かしさMAX。
おお…よみがえるあの日の感動よ…!
クライマックスシーン、オババのお着替え、宙乗り、戸板返し、お稽古の様子も放送してくれて
せっかく落ち着いてた気持ちをたたき起こされた気分。
あなたたち宙飛んでる場合じゃないよ…蔵さんは今日もビビって飛んだのかもしれませんけど
今こっちも大変なんですよ。
猿ちゃん蔵さん福士くん浅野さん、澤瀉屋チームもすごすぎてこたつの中ゴロゴロ転げ回るしかない。
ぬおおはやくDVD出てくれ。テレビ放映してくれ。おねがいだ。
(まだ東京公演終わってないし大阪公演も残ってるなんてばんなそかな。放映日にワープしたい)

で、番組内で個人的にツボだったエピソードがあるんですけど
猿ちゃんがスーパー歌舞伎のお稽古前に京都の上七軒のお店を訪れていたのですが
「そこでお化けの芸妓に会ったら狐忠信だった!」とはしゃいでいまして。
その後、本当に狐忠信と静御前の格好をした芸妓さんがお店に来て
「ほら来た-!」(←酔っぱらい声)ってすっかり喜んで
でも「鼻の下は赤じゃなくピンク入れてね」ってメイク注意したりして(笑)、楽しそうでした。
たぶん照れ隠し。
それにしても再現度100%の狐忠信と静御前であった、毎年あの格好なさるのだろうか。
間近で見たいな~会えたら絶対追いかける(笑)。

京都では毎年、節分の時期になると「節分お化け」が出没するそうです。
老いも若きも鎧をつけたり妖怪の格好、異性装など思い思いの姿に化けて夜の街をワイワイ歩きまわるという
もうコンセプトからして楽しそうな行事。
化ける姿に特に決まりはなく、普段の自分と違う格好なら何でもいいそうです。
自分とは違うものに「化ける」ことで、悪いものから見つからないようにとの
魔除け・厄除けの意味も込められているとか。
いいな~面白そうな香りがぷんぷんする~_(:3」∠)_
京都の節分行事はいくつか経験がありますが、夜の京都の節分は未経験です。
予定が合ったら見てみたい。

そうそう、芸妓さんの狐忠信、検索したら見つけちゃいました→こちら
日付け的に猿ちゃんに会った人たちかな?(^ ^)


自分と違うものに化けて何がしかの目をあざむく、または魔除けにするといった風習は
割と昔からありますね。
わかりやすい例が異性装でしょうか。
男の子に女装を、または女の子に男装をさせて健やかな成長を願うというもの。
異性装には霊的な意味があり、性別と逆の格好をすると悪霊の目をあざむくことができるそうで
大人たちは子どもを守るために、神の子とされる7歳までは異性装をさせていたそうです。
口紅の赤色が魔除けになるというのもどこかで聞いた気がする。
(赤は邪気を祓う炎の色でもあります)
源義経や世阿弥が幼い頃に女装していたり
(世阿弥の場合は商売のためという意味もあったかもしれない)、
以仁王が平家(=彼にとっては、魔)に気づかれないために女装して逃げ出したりと
歴史上における異性装はいくつもありますな。
フィクションだと曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』で
犬塚信乃と犬坂毛野がやっぱり魔除けの目的で女装して育てられた設定ですし、
CLAMPの『xxxHoLic』にも百目鬼くんが小さい頃は体が弱くて
お祖父さんが女装をさせていたという話がありましたね。

異性装が魔除けになる風習は西洋にもあったらしく、
男の子にドレスを着せて育てた例がたくさんあるそうです。
ジョシュア・レノルズの「フランシス・ジョージ・ヘアの肖像」とか
ジャン・シャルダンの「食前の祈り」の手前の椅子に座ってる子とか
ルノワールの「シャルパンティエ夫人と子どもたち」の真ん中に座っている子(左の子はお姉ちゃん)とかは
みんな男の子ですね。
19世紀の後半あたりまで、だいたい5歳くらいまでの貴族の子どもはそうして育てられたようです。
理由ははっきりしませんが、昔は統計的にも女の子の方が長生きする確率が高かったらしく
女の子の生命力にあやかろうというものだったとのこと。


あと、服装ではなく名前で魔除けをするというのも割と昔からある風習のような気がします。
たとえば紀貫之。彼の幼名は「阿古久曽(あこくそ)」といいます。
魔物も汚物は嫌うとされていたことからあえて「くそ」と入れることで魔除けにしたとか。
ちなみに昔の男の子によくつく「~丸」にしても、
これ元々は「おまる」のことなんだそうです。
菅原道真は幼名を「阿子丸」といいますが、これも魔除けのひとつですかね。
他にも源義朝の子義平は「悪源太」、
世阿弥の幼名は「鬼夜叉」、
前田利家の幼名は「犬千代」、
豊臣秀吉の子秀頼は「お拾」などなど
魔除けのためにおっかない名前で呼ばれたり一度捨てて拾ったりされた人たちはたくさんいました。
女性の名前も、これは町人の例ですが「おくま」さんとか「おとら」さんとか、熊や虎の名前を入れて
丈夫に育つようにとの願いを込めたらしいというのを女性学の講義で聞いた覚えがあるな…。
あと、戦国時代の城主に井伊直虎という人がいますが
彼女はもともと「次郎法師」という名前だったのを「直虎」に変えて家督を継いでいます。
城主として強くなるようにと願って虎という字を入れたのかもしれません。

最近の例だと、夏目漱石は本名を金之助というのですけども
彼が生まれたのがたまたま庚申の日(庚申に生まれると泥棒になるという迷信があった)だったので
厄除けのために「金」の文字を入れて名づけられたとされています。
庚申は十干十二支でいえば「金」が重なる日であり、
刃傷沙汰やお金に関するトラブルが起こりやすい日と考えられたのだそうです。
ただ、そう考えられ始めたのは江戸時代からで、昔はもう少し違っていたみたいですが…。

また、庚申というと今も地域によっては残っているかもですが
庚申の夜にお当番の家に地域の人々が集まってご馳走を食べたりお酒飲んだり太鼓叩いたりする
行事「庚申講」がありますね。
(うちの地元も年1回程度あります)
なぜそんなお祭をするかというと、これには道教の考え方が影響していて
庚申の日は人間の体内に住む「三尸の虫」が出てくる日なのだそうです。
で、抜け出した虫たちは天上に行ってその人間の行いを神様に報告し、
もし悪行がたまっていた場合は寿命を縮められてしまうので
とにかくこの日はお参りしたり宴会したりして夜通し起きていなければならない…
という事情があるそうです。
(本来は翌朝にニワトリが鳴くまで続けるそうですが、地元の宴会はいつも9時には解散しています。
いや、昔は朝まで騒いでたのかな…よく知らない)

ふと思ったんですけど、HUNTER×HUNTERのカルトちゃんが女物の着物を着ているのは
古来からの風習でそうしているのか、本人の意志なのかどっちなんだろう…。
ちょっと、気になる。


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2月の大雪で開花が遅れていた梅がやっと満開になりました。
今日は彼岸入りで春一番も吹いたし、高知では桜が開花したそうですね。
は~るよこいっ。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

鬼よりも鬼のごとく。

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もう終了してしまっていますが、先月、国立公文書館の「妖怪退治伝」展を観てきました。
昔々から物語や説話には様々な怪物や妖怪がいて、それらは必ずといっていいほど退治されてきたわけですが
そんな妖怪退治の様子を描いたものを、主に江戸期の版本を中心に紹介する展覧会です。
古代から中世まで、ヤマタノオロチや土蜘蛛、鵺など誰でも一度は耳にしたことのある妖怪や
その超人的な力から妖怪のような扱われ方をしてきた人までたくさんおりましたよー。
しかも観覧料無料で写真撮影がOKだったりします!おおお(*'▽')

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トップバッターは古事記にあるスサノヲのヤマタノオロチ退治。
場面としては、アシナヅチ・テナヅチ夫妻からスサノヲがヤマタノオロチについての話を聞く場面ですね。
そうかこれ日本で最初の妖怪退治なのか…。
絵師は歌川国芳です。人物が美しく背景の迫力たっぷり、とても丁寧。
しかし国芳ってば神話を描くととたんにタッチの艶が倍増しますね、おいちゃんの色気。

ついでにどうでもいい話をしますと先日、伊福部昭生誕100周年記念コンサートを聴いてきた弟が
「アンコールがギドラの曲だったんだよおおおお」と大興奮しながら
「ゴジラvsキングギドラ」(91年)のDVDを借りてきたので一緒に見てて思ったんですが
もしかするとキングギドラのルーツってヤマタノオロチなんじゃないかな。
首は3本だし翼生えてるし、どっちかっていうとドラゴンみたいではあるにしても…。
(そしてキングギドラといえばエヴァ破でミサトさんの携帯の着メロがキングギドラの鳴き声だ)

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続いては平将門伝説。
牛車から降りる平将門を迎える藤原秀郷(俵藤太)の図。
将門さんすごい、畳の上まで車乗り入れさせてる(笑)。
さすが首だけになっても動く人だけあって大柄に描かれててかっこいい☆
秀郷がのちに大ムカデを退治し、やがて将門追討の命を受けると思うと切ないですなあ、この絵…。
絵師は葛飾北斎です。細かい!ほれぼれ!

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茨木童子と渡辺綱。
茨木が綱に斬られた腕を取り戻しにくるエピソードは有名ですが
この挿絵では綱をつかんで雲の上まで飛んでしまっています。ダイナミックだー!
茨木童子については過去記事でさんざん語っていますので省略。

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源為朝。
その無双ぶりたるや鬼よりも強いと言われた人で、源頼朝や義経の叔父さんにあたります。
若い頃は鎮西(九州)で大暴れしたために鎮西八郎と呼ばれ、保元の乱で崇徳上皇側について敗れたのち
伊豆大島に流されてそこで切腹したとも、
逃げのびてまた九州で大暴れしたとも伝えられます。(よっつねや西郷さんみたいだね)
弓手が馬手より長かったらしく、弓を射させれば剛速球のごとく矢が飛んでいったらしい。
絵師は菊池容斎です。頭が重たそうですけどかっこいい~トレードマークの弓も大っきい!

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平家物語から、源頼政の鵺退治。頼政が内裏に出没した鵺を弓で射落とした図です。
ちょっと小さくてわかりにくいかもですが、右上で鵺が樹から落ちていますね。
平家物語によると、頼政は南無八幡大菩薩と唱えて矢を放ったらしい。那須与一みたい。
(ちなみに那須与一は「よっぴいてひょうど放つ」ですが、頼政の射方は「よっぴいてひょうど射る」です)
頼政はのちに以仁王とともに打倒平家をめざし挙兵したものの、敗れて自害しています。

ところで鵺といえば伊豆の国市にぬえ左衛門なるゆるキャラがいると先日知りました。
ちゃんと頭が猿、体が虎、尾が蛇で、あたまの後ろに頼政の放った矢がささってて再現度パない。
実物見てみたい('v')。

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太平記より、大森彦七の鬼退治。
伊予の金蓮寺へ行く途中で彦七はひとりの女性に出会うのですが、
実はこの人、湊川の戦で敗死した楠木正成の怨霊だったりします。
「川が深くて渡れません」と女性が言うので彦七がおんぶして川を渡ると、急に女性が重たくなって
振り向くと鬼に変貌していた…というおっかないシーン。
ちなみに大森彦七は楠木正成を敗走させた張本人といわれる人です。

この他にも源頼光の土蜘蛛退治、大江山の酒呑童子退治、
鬼のような強さといわれた武蔵坊弁慶などを描いた展示がありました。
霊になった源為朝とか初めて見ましたけど(^ ^;)面白かったです!

昔から妖怪や怪異のたぐいというのは
だいたいその時代の権力者が「これこれこういう怪物が出たので退治します」とか何とかおふれを出して
祈祷をしたり武士を派遣して首か何かを持ち帰らせて
「はいもう大丈夫ですよ~」って社会に怪異の収拾を発信して収めていたわけですが。
妖怪を退治したり怪異を鎮めたりすることは権力者が治安を掌握することであり、
妖怪たちは時の朝廷に逆らうものとして作られていた面もあったりします。
その妖怪を退治できる人たち(源頼光とか弁慶とか)もまた、尋常ではない力を持つということで
鬼と呼ばれて畏怖されるなどしてきました。
毒をもって毒を制すではないけど、鬼を倒せるのは鬼しかいないと考えられたのかもしれません。

鬼といえばよくいわれるのが「鬼門」でしょうか。
夢枕獏氏の『陰陽師』シリーズがじわじわ人気を博すようになってから知られるようになってきてますね。
陰陽道が普及し始めた平安時代半ばには
北東、つまり丑寅の方角は鬼門と呼ばれ鬼がいるといわれるようになりますので
(だから鬼は牛の角に虎のパンツを履いたデザイン)、
人々は鬼門の方角にあたる場所をきれいに掃除したり寺社を置いたりして
よくないものが出入りしないようにと願掛けもするようになっていったそうです。
で、そのよくないものってどんなものかというと
↑に挙げてきたヤマタノオロチだったり鬼だったり鵺だったりするわけで。
"よくないもの"に形を与えて退治すれば
ああ良かったこれで解決できましたねってみんな安心したのかもしれない。
(誰もが目に見えて「退治された」とわからなければやっても意味がない気もしますし)

それから、鬼退治の代名詞のような話に「桃太郎」がありますけども
桃太郎についていくのは鬼門の対極にある「裏鬼門」にあたる申・酉・戌だったりして
ここにも鬼門の考え方が反映されているように思います。
桃太郎の名前の「桃」だって、古代中国では邪気を祓う果物とされていたしねー。

…というようなことを過去記事でマンガにして語った覚えがあります。
絵が古くて恐縮ですがよろしければどうぞ(・ω・)ノ


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こちらは妖怪退治とは別のブースにありました。和綴じの種類の展示!
こんなにあるんですね。
ハードカバーやソフトカバーの装丁も大好きですが、和綴じの奥ゆかしさもまた良し。

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こちらも別ブース。安政の大地震の記録です。
紙にうっすらとですが草花が描かれていておしゃれ。

公文書館、実は初めて来たのですが
他にも戦国武将や江戸時代の将軍、近代の大臣や議員などの文書などが展示されてて面白いです。
無料だし!
また何かの機会に寄ってみたいな。



本日のお絵かき↓
oui_201402062349592c5.jpg※クリックで大きくなります
葛飾応為。
前回記事の応為展の興奮が冷めなくてその勢いのまま、ある日家を出る姿を描いてみました。
どこに行ったのかな…。

正面顔はこちらにあります。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

両国と泉岳寺を訪ねる旅。

昨日、歌舞伎座へ仮名手本忠臣蔵夜の部を観に行って来たのですが
午前中は時間があるなあと思っていたら、頭の中に
「じゃあ吉良邸と泉岳寺へ行けばいいよ、ハハッ♪」と声が降ってきたので
突発的に両国界隈へ行ってまいりました。

で、せっかくなら吉良邸周辺の史跡めぐりもしてこよう~と欲張りまして
あちこちうろうろして写真も撮りましたので、そちらもあわせてご紹介いたします。

にゃんにゃん。
回向院は動物供養塔の前にいた猫ちゃんたち。
千羽鶴やお花がたくさん供えてありました。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開閉しますのでどうぞ☆

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テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

ダンシング・オールナイト。

ねこだま。
猫魂」を手に入れました♪
Twitterでたまたま見かけて光の速さでポチリましたとも…。
困ったちゃんなお目々と垂れた前足が激かわゆすな造形に、あたまに青い炎が燃えて
イヤホンジャックも付いてるスグレモノ。
最大の萌えは商品名ですな。見た瞬間に猫好きの血潮が沸騰して買わずにはいられなかった!
ねこだましいですよ!ねこだましい!(大事なことなので2回言いました)

シークレット含め全部で6種類あるのですが、
ゆさは黒猫が欲しかったのですがこれ開けてみるまで中身がわからないので
ドキドキしながら開けたら黒ちゃんでした!!(≧∀≦)b
携帯ライフが楽しくなりそうです。

猫のオバケといえば猫又や化け猫が浮かびますが、幽霊にゃんこっていいですね、楽しい。
我が家の歴代の飼い猫も何匹かお空の上に別居中ですけども、
お盆とかに猫又になって戻ってきたら面白いとかたまに妄想はしますが
幽霊になって戻ってきてもそれはそれで面白いな…。
幽霊だったら妖怪と違って特にいたずらするとかじゃなくフヨフヨ浮遊してるわけだから、
お盆の盆踊りとかで人に交じって踊っていたら楽しくないですか。
(もともと盆踊りって慰霊の芸能だし)

…などとぼんやり考えながらふとぐぐってみたら、こんなお話を見つけてしまった。
えええちょっと、タイトルが「ねこの盆踊り」とかそのまんまじゃないの…!
まんが日本昔ばなしは子どもの頃は毎週見ていましたけどこのお話は知らない。わーい発掘。
しかも、監督が、ドラえもん映画や忍たま乱太郎の芝山努氏…だと…!?
うおおおDVD探して借りてこなければ!

猫と芸能に関する絵はこちらこちら、またこちらなどがありますが
盆踊りのお話があるのですねぇ。
真夏の夜に提灯ともした櫓を囲んで歌って踊る猫たち…もえる。
小田原の猫たちはどんな音楽に合わせて踊るのでしょう。やっぱり小田原小唄だろうか。

あと、ついでに思い出したのですが横浜市営地下鉄に踊場という駅があって
駅名の由来が「猫たちが夜な夜な踊っていた」伝説からきているというのを
新聞か何かで読んだ覚えがあります。
なぜ猫たちが集まって踊っていたのか、理由は定かではないそうですけども
にゃんこが手ぬぐい被ったり着物着たりして、人から隠れてこっそり楽しんでいるのを想像すると
なんだかキュンときますね。
ちなみに踊場駅前には猫たちの霊をなぐさめるための念仏塔があるそうな。
神奈川は踊る猫の聖地なのだろうか。いいなあ。


そうそう、オバケといえば、今週はハロウィンがあるので。
hallowagashi.jpg
じゃん!
和菓子のジャックオーランタンを買ってきました✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。
練切餡でかぼちゃの顔を模り、中味もかぼちゃ餡という徹底っぷり。おいしかったです☆
彩の国が誇るくらづくりさんの上生菓子に不可能と国境はないのだ。
ちなみに左のは、秋の庭の池に紅葉が落ちた情景を表現したお菓子です。うほほほ素敵。



本日のお絵かき↓
2013halloween.jpg※クリックで大きくなります
ちょっと早いですが今年も描きました、ハロウィン絵☆
歌人シリーズより桜ちゃんです。
去年の絵が他の女性陣だったので今回はピンで登場していただきました(笑)。
かぼちゃをゴロゴロ描くのが楽しかった。
かぼちゃは煮ても焼いても描いてもいいですね。今年もいっぱい食べたいです。

Trick or Treat??
*歌人のイラスト記事一覧はこちらです*

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:ゆさ
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歴史やアートも溺愛中
*twitterにも出没なう。→こちら

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