fc2ブログ

薫る中将、匂ふ兵部卿、巣守の三位。

実践女子大学の「源氏物語の古筆切」シンポジウムに行って参りました。
大学の先生や研究員さんお話聴くの久しぶりで緊張した~。
でも講義ってこんな感じだったなぁとか思い出して懐かしくなりました。

そもそも古筆切とは、みたいな説明が最初にあってから
時代ごとに古筆切というものがどう変化しているかとか
最近、巣守「ではあるまいか」(←講師の先生がおっしゃってたけどここポイント)と発表された
対の古筆切の紹介とその根拠と、
思いっきり私的な古筆切との付き合い方、みたいなオハナシとでもうお腹いっぱいだよ!
古筆切が流行りだしたのは室町後期からで
床の間に著名人の書を飾るのが当時の流行りだったみたいですね。
わざわざ鑑定書までつけて(折り紙つきの語源ですね)商売する人もいたとか。
気持ちはわかるけど、何も切らなくても良かったじゃん…と
物語びいきのわたしとしては思ってしまいました。。
物語の社会的地位が低かった時代にはありふれたことだったのかもしれませんが…。
現在でも、あまり流行っていないものも時代が下れば貴重になりますので
物は大事にしようと思いました。

物語に限らず、古典は書き写すことで伝えられてきたわけだけど
日本の人って結構いい加減なもので、
平仮名を漢字にしたり(その逆もあった)、ちょこちょこっと助詞や助動詞や言い回しを変えたり
何だかずいぶん好きなように手を入れて書き写していた模様。
そうだね、藤原定家の写し方とか見ると「オイコラ」とか手招きしたくなるもんね^^;
現代に伝わっている古典を「やれありがたや」とか拝んでみても
本当に当時のままの物が残っているわけではないけど、
それでもそれぞれの写本がどの時代にどう存在してどう受け止められていたかを考えることが
大切なのだなあ。
「系統や価値を決めるのは後世の人々です」って講師の先生もおっしゃっていたし。

「巣守」の断片かもしれない物語については
内容を読んでみて、現在の研究でわかっている巣守のあらすじと一致する部分が
わりとあるためにそう発表したとのこと。
間違えちゃいけないのが、優良運転の心構えと同じであくまで「かもしれない」ということですね。
「ぼくは断定したつもりはなかったんだけど、マスコミに大々的に取り上げられちゃった」と
先生もかなり戸惑ったとのことでした。
研究って常に断定と臆断の隣り合わせですよね…。
他のツレをお持ちの方はぜひ発表して欲しいですとのお言葉を聞いてそう思いました。
今後、パズルのピースをつなげるみたいに巣守がポロポロ発見されれば
薫が相手を見つける話が完成するかもしれない!!

質疑応答でもハイレベルな質問が飛び交って、先生方も四苦八苦のご様子でした^^;
発表された巣守と同じ筆跡の源氏写本はないのかとか(未確認だそうです)、
古筆切は大島や河内のような系統はないのかとか(筆跡で分類することはあるそうです)。
「鑑定は勘ピューターで」との回答に爆笑。そりゃそうだ。

香雪記念館の展示を見たかったけど閉まっていたので、外に出たらもう真っ暗。
校舎のイルミネーションが綺麗でした。写真撮ってくれば良かった。



200911212228000.jpg
描き描き描き描き。
年賀状制作は順調に遅れています。

4人描いた時点で一人も口を開けてないと気づき、慌てて手前の子にお雑煮を食べてもらったという。
スポンサーサイト



テーマ: 日本文化 | ジャンル: 学問・文化・芸術