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江戸時代中期、京都の絵師たち。

2010.11.16 18:53|歴史
本日は連載をちょっとお休みして、春さんや石燕先生と同じ江戸中期に活躍していた
京都の絵師たちのお話をしようと思います。
(彼らが連載に直接からんでくるわけではないのですが、祐信の周辺を調べているうちに
すっかり楽しくなって描いた絵がたまってきたので、公開しちゃおうという企画です。。。)
連載の続きは次回記事から始めます~。

動物好き。※クリックで大きくなります
↑江戸絵画のアヴァンギャルド、伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)。(以前にも描きましたvvv)
錦小路の青物問屋「枡屋」の長男でしたが、40歳で家督を弟に譲って隠居し、
住居の庭に十数羽のニワトリを放って絵を描いていたといいます。
絵を始めた頃は狩野派を参考にしていたようですが、直接習いに行ったことはなくて
ほぼ独学で模写や写生をやりまくってあの境地に至ったらしいですね…どんだけ。
(この時代、絵を学ぶとなるとほとんどの子どもは狩野派のところへ習いに行かされる)

何となく慎ましい人というイメージがある…。※クリックで大きくなります
…で、そんなことを考えているうちに描きたくなった狩野永伯(かのう えいはく)。
京狩野5代目当主。御所内裏の壁画や寺院の絵馬を描き、秘伝書なども制作していました。
春さんたちが活躍し始める頃は、もう晩年だったかな…。
徐々に力をなくしつつあった京都狩野家を、懸命に次世代へ繋ごうとした人です。

年の差は20歳(爆)。※クリックで大きくなります
左が曾我蕭白(そが しょうはく)、右は月岡雪鼎(つきおか せってい)。
ともに京都育ちで、京狩野4代目永敬の弟子高田敬輔に師事した人たち。
蕭白は京都の他に伊勢や播磨に放浪した人で、旅先に多くの作品を残しています。
若冲と並んでアヴァンギャルドと言われることの多い画風は、当時でも人気だったとのこと。
(NHKのでやっていた「男前列伝 曾我蕭白×ARATA」が忘れられない。
安養寺で「電気消してもらっていいですか」と言って窓からの光だけで
『達磨図』を見たARATAさんはすごいと思う)
雪鼎は浮世絵と日本画を描いていましたが、祐信からも強い影響を受け、
美人画や風俗絵本の作成に目覚めたらしいです。

正反対師弟。※クリックで大きくなります
円山応挙(まるやま おうきょ)と長沢蘆雪(ながさわ ろせつ)。
写実を重んじるしっかり者の師匠(左)と、本能のままに描くエキセントリックな弟子(右)。
いたずら好きな蘆雪の生き様はあまりに奔放で、「マジですか」と突っ込みたくなること多々。
隻眼だったみたいですが、どっちの目かわかっていないので両目とも元気な頃を描きました。
「足のない幽霊」を日本で最初に描き始めたらしい応挙は、蕭白↑の3歳年下です。
…ちょっとそうは見えない感じに描いちゃったな…orz

せんせい。※クリックで大きくなります
京都つながりで祐さん。略歴は連載の中で紹介しましたので、ここでは省きます。
思うのは弟子か、己の先か。

お江戸の絵師たちも魅力的な人がいっぱいいるので、そのうち紹介できたらいいな…。
f(^_^;)
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ジャンル:学問・文化・芸術

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