猫・本・歴史・アートなど、その日見たもの考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。
氷などの様にぞみえける。
2012年01月30日 (月) | 編集 |
4話らくがき。※クリックで大きくなります
『平清盛』が好きすぎて落描きとときめきが止まりません。サブタイもかっこよすぎる~!
昨日は忠盛パパがイケメンすぎてテンション上がってどうしたらいいかわからなくなって
仕方ないから部屋中を転げ回りましたよ。
あの時代で、しかもあんな人が棟梁だなんてすごく頼もしいだろうなぁ。
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河原でゴロゴロ転がりながらケンカする清盛と義朝を見ていて思うのは、
2人とも父親のことが大好きなんだなぁということですね。
小さい頃はパパみたいになりたい!とか本気で思っていて(たぶん今もそうで)、
その思いでずっと育ってきたからこそ、
自分の理想の父親像とは違う父親の姿を見るのがいやなんだろうなと。
「全部父上のせいです」と為義を責めることしかできない義朝と、
大勢の殿上人たちの前で屈辱に耐える忠盛を見守ることしかできない清盛が切なかったです。
だからこそ、パパたちの真意を聞けたときは2人とも本当に嬉しかっただろうな…。
殿上に向かう幕の中で、忠盛の真意を初めてはっきり聞いた清盛が
口には出さないけど「父ちゃんすげええええええ!!」って思ってるのがびんびんに伝わってきて
とても良かったです。
(そしてあの後に「ヒヤヒヤしたわ」とかおどけてみせる忠盛の器の広さどんだけって思った)
義朝も為義の真意が聞けて良かったよー。


鏡像。※クリックで大きくなります
1話と逆だな…と思ったシーン。
違ったのは、清盛は忠盛に無理強いしてでも刀を手渡したりはしなかったことかなぁ。
まさか家の床に突き刺すわけにもいかないしね。

どうでもいいけど普段清盛が持ってる宋剣って、通常の片手剣より大型だなぁと思うのですが。
(twitterでエクスカリバーって呼んでる人がいたくらいだし)
でも少年清盛が両手で持てたんだし、青年になれば片手で充分扱える代物なのかも。
長くはなくても、重量はおそらく太刀と同等のタイプの剣なのではないかな、という印象が
予告を見ていた頃からありました。
(公式サイトなどを見るとあの剣は松山くんの肩幅よりちょっと長いくらいですが
それなりに装飾もある剣を片手で振り回して戦うのは結構体力が要るのじゃないかしらん)

で、そんなエクスカリバー(笑)と対照的な忠盛パパンの木刀は
絵に描いたような日本刀でしたね~。(あの独特な彎曲は平安時代の日本刀の定型らしい)
「幅も長さも巨大」ではなく「幅はそうでもないけど丈と切れ味が並外れている」っぽい感じかな。
北野天満宮宝物館で見た源家所蔵の鬼切丸みたいだなぁとか、そんなことを考えつつ描いたのが
↑の絵というわけです。
それにしても家貞さんは主人思いのステキ家臣だと思います。惚れそう。
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幻想図書館。
2012年01月28日 (土) | 編集 |
先日、twitterで「#ぼくのかんがえた最強のとしょかん」というハッシュタグに遊びに行ったら
色んな人が思い思いにツイートしていて、
そのあまりの多種多様さに爆笑したりツッコんだりニヤリとしたりキュンとしたりしているゆさです。
(ってかトレンドに載っていたらしいことを今知りました。わあ)

まとめもできていました。こちらです↓
「ハッシュタグ#ぼくのかんがえた最強のとしょかん」まとめ

5000件以上あるのですが名作揃いですよ…。本が1冊できるよこれ誰か作りませんか。
人の想像や理想次第で、図書館ってもっともっと面白くできるんだって思った。

中でも特にツボだったのはこちら↓
司書が田中要次でどんな本リクエストしても『あるよ』で答える
な に そ れ ス テ キ … !!☆(*゚▽゚*)☆
レファレンスカウンターにエプロン姿の氏が座っていて
「この本ありますか」って聞いたら「あるよ」って言うのを妄想して惚れそうになったではないか。
しかも検索して探すとか野暮なことはしないで、
きっとカウンターの下からおもむろにドサッと出したりするんだよー。何故そこにあるんだよー。
ってか、彼がいる図書館ならきっと「St.George's Tavern」っぽい感じの内装で
飲み屋図書館みたいになっていやしないかしら。
通販しかやってないテレビがつけっ放しになっているとか、入口の壁にはダーツがあるとか。

あと、「私の借りる本全てを先に借りているバイオリン職人を目指す男の子がいる」もツボった。
ありそうでなかった聖司くんネタ。
図書館中のすべての本の図書カードに彼の名前が書かれていたら確かに面白いですが、
最近の図書館はほぼバーコード化されているのでこれは夢見るしかないのだろうな。
誰が何の本を借りたという記録も個人情報にあたりますし。

まとめを見ていると、「滞在したくなる図書館」「いつまでも滞在していたい図書館」を
求めるツイートのなんと多いことかと思います。
食堂があってベッドがあって、24時間年中無休で開館している図書館って理想ですよね。
単純に「住める」「泊まれる」っていうのもあった!わかるよー超同意!
足湯つき」とか、いやそれは無理かな…と思ったけど笑ってしまいました。
足湯はいいな、うむ。
いくら本を置いても床が抜けない」のもいいなぁと思う。そんな床欲しい。
あと、「どこかに秘密の書庫への入口がある」「とある本を棚から引くと異世界への扉が開く
建物が変形して悪と戦う」みたいなSFネタもいっぱいありました。
みんなどんだけ図書館に夢見てるの。妄想パワーすごい。
あ、でも自動書庫を動かしているときは、じわじわ開いていく棚の間から何か出てきそうな気はする。
オバケとか妖精とか、秘密基地とか、どこかの初号機とか。

スタッフネタもあって、「司書がナイスガイとタフガイ」「司書がミタさん」「カウンターにラルク」とか
ネタっぽいのから願望まで様々でした。
館長が児玉清」にはほおおぉステキ!って思って、
館長がボルヘス」にはむぅー違和感はないけどカオスな選書してそう…とか思ったりした。
たぶんボルヘスが館長をやると、砂の本よろしくページがあふれ出て止まらない本とかが
ジョーカーっぽく書架のどこかにひっそり置かれていて、
うっかり開いてしまった人はその本の最終ページを見つけるか、
メキシコ通りの国立図書館に納本するまで図書館から出られなくなるんだろう。


というわけで、わたしも考えてみました。ゆさ的最強のとしょかん。↓

「陽当たりの良い、小高い丘の上にある図書館で、周囲にはたくさんの樹が植えられている。
何世紀も前から建っているような、年季を感じさせる建物。
木の扉を押し開くと、中は明るくて、吹き抜けの天井からは明るい日の光が差し込んで
天に届かんばかりの本棚が吹き抜けをぐるりと囲んである。
外観は数階建の建物だけど、中に入ると上も奥も、どこまでもどこまでも続いているように見える。
上階に行くには階段かエレベーターで。どこまで棚が続いているのかは、誰も知らない。
最上階まで行こうとした人は何人かいるけれど、戻って来た人はひとりもいない。

司書は数人いる。でも、誰も彼らの顔や姿形を覚えていない。
開架や貸出カウンターやレファレンスデスクに確かに彼らはいるけれども、
利用者が用件をすませて「ありがとう」と言うと、もうそこにいない。
図書館はあくまで利用者が本を求め、探し、読むためにある。
司書はそのおてつだいをする。利用者が必要な本に出逢うと、その役目を終えて消える。
利用者がまた本を求めるときは、開架か貸出カウンターかレファレンスデスクのどこかにいる。
あるいはお昼休み中で、図書館併設のカフェにいるかもしれない。

本の種類はいろいろ。単行本も、文庫も、新書も、大型も、大活字も、点字も、音声も、電子もある。
様々な国のことばの本がある。
手に取ると、単行本も、文庫も、新書も、木や肌のようなぬくもりがある。
自由に閲覧席で読んでいいし、自由に借りて帰ることができる。
本を探していて、タイトルがわかっているときは、タイトルを呼べばいい。本は勝手に飛んでくる。
わからなかったら、何でもいい、ジャンルやキーワードを呟けばいい。
ただしこの方法ではありとあらゆる本が飛んでくるので、キーワードは複数呟く方がいい。
声が出せない人は図書館のパソコンに文字を入力すれば、スピーカーが呼んでくれる。

読んだ本をブックトラックに返すと、本はふわりと宙に浮かんで、勝手に元いた棚へ戻っていく。
違う棚に返すと、いやいやしてぱたぱたと飛んで、ちゃんと決まった棚へ戻っていく。
自分の家はここですとでも言うように。
常連さんがくると、読んで欲しくて勝手にその人のところへ飛んでいく本もいる。
が、本にも読まれたくない気分のときがあるので、そういうときは本棚から逃げたり
頑としてページを開かせてくれない。
おとなしく本の機嫌が直るのを待った方がいい。無理に開くと燃え上がって消えてしまうから。

図書館が遠くて来られない人は、図書館の名前を呼べばいい。
図書館は勝手にやってくる。
その人が本を借りると、図書館は勝手に帰って行く。自分の場所はあの丘ですとでも言うように。
本を返すときは、窓を開けるといい。本は勝手に図書館の棚へ飛んで帰っていくから」


…何だか「最強の」というよりも「あったら面白い」という感じになってしまった。
そして明らかにこの本の影響を受けすぎている気がします…てへぺろ。

あと、わたしは本を読むときに座ったり寝ころがることが多いのですけども。
寝て読んでいると、本を持つ手や腕がだんだん痛くなってくるので
下ろしたり上げたりしながら読むのですが、
そんなときはいつも、小さい頃に見たアニメ『エスパー魔美』を思い出します。
魔美がベッドに仰向けになって本を宙に浮かせて、手も使わずにページをめくっていて
「うわあああいいなあああこれ超便利いぃやりたい」と悶えまくった覚えがある。


本日のお絵かき↓
安麻侶曰く「舎人あり。姓は稗田、名は阿礼」※クリックで大きくなります
本日で『古事記』献上から1300年ということなので、記念に話者と筆記者。

「臣安麻侶言す。夫れ混元既に凝りて、気象未だ効れず。名も無く為も無し。誰か其の形を知らむ。
然れども乾坤初めて分れて、参神造化の首をなし、陰陽斯に開けて、二霊群品の祖と為る」

(『古事記』上巻・序文)

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子どもが待っているもの。
2012年01月26日 (木) | 編集 |
富安陽子さんトークセッション『キツネの宮をのぞいてみれば―なぜ私が物語を書くのか』
@池袋ジュンク堂書店に行ってきました!
もう、最初から最後まで、めっちゃくちゃ楽しかったです☆ ってか、笑いまくりました。
児童文学作家さんの講演会は今までも何度か行っているのですが、
こんなに笑えたのは初めてです。
今まで聞いた中で一番話がうまい人だと思いました。

富安さんはグレーのジャケットと黒いパンツで颯爽とご登場。背がすらりと高くかっこよい人でした。
そんな彼女の話が面白すぎていけません。とにかくネタが豊富すぎる!
これまでの作家人生や、富安さん自身のライフヒストリーや、子ども観などを
短く的確なことばでテンポよく、笑いのツボもしっかりおさえて
時に舞台劇風に、時にお笑い劇場のように、時に文楽風に、時に歌うように
明るく朗らかに語ってくださいました。
お陰でまったく飽きることもなく、あっという間の一時間半でした。
さすが子どもの本の書き手…人を楽しませる術を心得ていますな。

ご両親を始めとするご家族がたいへんな遊び好き&ホラ吹きだったことが
富安さんの原点になっているそうです。
おばあちゃんが妖怪の話をしてくれたとか、お父さんがライオン狩りの方法を教えてくれたとか
伯母さんが家の階段に布団を敷き詰めてすべり台にしてくれたとか。
(「ホウセンカの花でマニキュア」はわたしもやりました)
「おりこうにしていたら、十五夜の夜に月のウサギがお餅を降らせてくれる」とおっしゃって、
小さな富安さんに本当にそれを体験させてあげた伯母さんはナイスだと思う。
が、富安さんが大人になって、息子さんたちに同じことをしてあげたら
すっかり喜んだ息子さんたちがお餅を幼稚園に持っていって、
「これはウサギがくれたお餅だよ!」としゃべってしまって後始末に苦慮されたとか
オチもばっちりついてます(笑)。
しかもこのイベントは何年か続けられたらしい(^ ^;)。富安家レジェンドぱねぇ…。

富安さんが子どもの頃に読んでいた本と、わたしが子どもの頃に読んでいた本が
びっくりするくらい共通していて嬉しかったです。
『シャーロックホームズ』『長くつ下のピッピ』『ムーミン』全部読んだよー!!
『メアリー・ポピンズ』を読んで、家にこんなシッターが来たらいいのに!と妄想するのは
あの本を読んだ人なら誰でもするんじゃないだろうか。
子どもの頃のわたしは、バンクス家の子どもになりたくて
気が狂いそうな思いをしていたこともあるし。

子どもの本を書いて、大学で講師もして、講演などで全国を飛び回る富安さんですが
「子どもの本を書くのは難しいです」とおっしゃったのが、とにかく印象的でした。
幼稚園時代に「将来はゾウになりたい」と言った下の息子さんについて、
富安さんは「大きくなりたい願望」と表現されました。
なぜ弟くんがそう言ったかというと、兄弟でウルトラマンごっこをするときに
ウルトラマン役はいつもお兄ちゃんで、弟くんはいつもピグモン役だったからなのですって。
(ちなみに富安さんはバルタン星人役)
それで、弟くんはゾウを見て「大きくなりたいなあ」と思っていたとか…。
そのときに富安さんは、息子さんがゾウを見る目と、富安さんがゾウを見る目は全然違っていて
この子は自分と違う世界を生きているのだ…と気づいたそうです。
他にもモグラになりたいとか、焼きそばパンになりたいとか、、輪ゴム(!)になりたいとか
何にでもなれる無限の選択肢を持つ、とても広い世界に生きている子どもたちが
「待っている」ものを書く、というのが子どもの本を書く難しさだとおっしゃっていました。
それでも書き続けられるのは、「書くのが好きだから」とも。
お買い物中に脳内で妄想を始めると、乗ってきた車をスーパーに忘れて帰宅するくらい
夢中になってしまうのだそう。
(わたしも以前に考え事をしながら本屋さんに行って、
うっかりお会計せずに持ち出しかけたことが何度かあります…。
妄想も度が過ぎるともれなく犯罪者になれます皆様気をつけましょう)

そういえば、富安さんがトークの合間にホワイトボードに絵を描いていたのですが
味のあるうまい絵だったなぁと思います。
特にバルタン星人のうまさはやばかった。円谷プロでキャラデザができるレベル。
そして全身毛むくじゃらのすねこすりに爆笑でした。

今日学んだこと:ホラを吹くには語彙力と、経験と、知恵と、広ーーーい心が要る!

富安さんの本はほとんど読んでいますが、中でも『シノダ!』シリーズは
発売当時からチェックしているシリーズのひとつだったりします。
どうということのないきっかけから不思議な事件に関わっていく信田一家がいとしいです。
正統派巻き込まれ型主人公軍団って感じ。
毎回繰り返されるお約束的展開がだんだんグレードアップしていくのもよいですな。
富安さんによると、シリーズものを書くのは、設定の縛りがあって難しいらしく、
「次巻はもっと面白いものを」と常に考えているそうです。
でも、書き進めるうちに、登場人物の思ってもみなかった一面を発見することもあるとか。
「この子、こんなこと考えてたの」「こんなことができたの」とキャラに対して思うのは
わたしもよくあることなので親近感を覚えました。
『シノダ!』シリーズも、毎回キャラの色んな面が強調されていて、読んでいて楽しいです。
新刊ではスエちゃんの唯我独尊ぶりと、夜叉丸さんのヘタレっぷりに拍車がかかっていた気がする。
そしてサキさんはどんどんかっこよくなっていってる!よ!!

他にももっともっといっぱい語っていただいたのですが書ききれない~。
これ以上書くと本当に長くなるのでレポはここまでにしようと思います。
トークセッションの後にはサイン会がありまして、
その場で買った『シノダ!』シリーズの新刊にサインをいただいちゃいました!
かわいい狼のイラストつきですよーうはー(*^▽^*)☆
あと、挿絵の大庭賢哉さんも来場されていて、一緒にサインをいただいてきたのですが
この人、挿絵の通りの人だなーと思った。
そんな日常。
2012年01月24日 (火) | 編集 |
昨晩、関東が雪の話題で大騒ぎしている中、昼間に雪降って夜には雨に変わって
真夜中には止んでいた彩の国北西部です…こんばんわ。。。
行政が早々と除雪車を出動させて凍結防止剤ばらまいてくれたお陰で、
今朝は軽い路面凍結だけですみましたよありがたや。
しかし都内は結構降ったのですね!!
職場の最寄り駅で電車降りて外に出たら、一面の銀世界でびっくりしました。
道路にも歩道にも雪がいっぱい残ってて、車も人もつるつる滑ってて気が気じゃなかったです。
除雪車出せばいいのに…。
職場でも遅刻者が何人かいまして、一番遅れて来た人は3時間近く電車に閉じこめられていたらしい。

例年なら海側はほとんど積もらなくて山側であるこちらが積もって大騒ぎしているのですが
昨日は南関東が雪雲無双だったのですな。
今日はいい天気だったので、都内の雪は夕方にはだいぶ溶けてなくなっていましたけど
明日も気をつけて出勤しようと思います。


そういえばEテレにやって来たアニメ『日常』を先日何気なく見てみたら
これが面白くてですね!
4コマ漫画みたいなテンポでニクい演出でいいなぁと思います。
内容は、タイトルどおり女の子たちの「日常」を描いたものですが、
まじめに生きている人が何かの拍子にズッコけてしまうという感じで猛烈に笑える。
庭で魚を焼こうとしたら猫に盗まれたので追いかけていくとか、
朝礼で整列していたら、前の子の髪にゲソがくっついていて吹き出しちゃうとか、
お昼休みの時間に、箸を手に全力でタコさんウインナーを追いかけるとか(笑)。
たまにSFっぽい演出も入りますが全然気にならないです。
なんなんだ、一体何があったんだオニイチャンとロボット女子がぶつかったあの瞬間に…!!
原作あるらしいのですが読んでみようかな。

思えばわたしも高校時代はだいたいあんな感じだったと思います。
全力でバカなことしつつ走ったり歩いたりしていたというか。
高校って、中学とも大学とも違う、なんかキラキラしたものがあるようなないような気が
なきにしもあらず。


本日のお絵かき↓
メリー春節!※クリックで大きくなります
中国では今の時期が春節、もとい旧正月なので爆竹で遊ぶ遣唐使メンバーを描いてみました。
結構マジです。
で、お正月なのに試験勉強していた真備が「向こうでやれー!」って怒鳴ってるとか、そんな夜。
(そしてこの後、玄に部屋から引きずり出されて強引に参加させられるハメになると思う)

ちなみにこの爆竹、昔々の中国で、音と光を嫌う怪物を追い払うために鳴らしたのが由来で、
現代では神迎えや招福の意味でも派手に鳴らすことが多いそうです。
花火も同じ意味で使われています。
というわけで、爆竹を鳴らすそもそもの目的は魔除けですので
火を点けて3つ数えたあと後輩に向かって振り回してはいけません。
*遣唐使のイラスト記事一覧はこちらです*
コトバダイブとアートダイブ。
2012年01月22日 (日) | 編集 |
三浦しをんさんの『舟を編む』を読んで、
おととしの国民読書年スローガンみたいにコトバダイブしたくなったゆさです、こんばんは。
この本はわたしの周囲でも読んでいる人が何人かいて、なかなか評判も良かったので
とても楽しみだったのですが、
いざ読み始めると、少しずつ読むつもりだったのに結局一気に読んでしまいました。はあぁあ。
(*´▽`*)=3

『大渡海』というタイトルの辞書を編集する出版社の人たちの悲喜交々を書いた小説で、
仕事でわくわくしたり、びっくりしたり、トラブってあたふたしたりする日常が
テンポの良い文章で綴られています。
登場人物それぞれの辞書に対する思いがみんなバラバラで面白くてたまらん。
編集や執筆者、監修、広報、装幀など、それぞれの立場から見た辞書づくりの仕事や思いが
多角的な視点で書かれているのも好感が持てました。
仕事の途中で意見がぶつかったり、文句を言い合ったりしても
「基本的にはみんないい仕事をしたい」というコンセプトなのも良いです。
装幀を手がける赤シャツさん(not坊っちゃん登場人物)が
馬締さんに装幀デザインを見せる場面であっと思って本を閉じてほわああぁぁってなった。
こういう演出好きです。『はてしない物語』みたい…!!
『舟を編む』というタイトルもいいなぁと思いました。
辞書を舟にたとえて、言葉を集めて、編んでいくというのがステキです。
(そういえば編集という文字は「集めて、編む」と書くのですな)
そしてトラさんとトラオさんにはぜひともうちに来ていただきたいものだ。


あと『乙女の日本史』シリーズの第3弾『乙女の美術史』も
ぼちぼち読み始めています。
冒頭の興福寺阿修羅像の章から、いきなり「お父さんは心配性」ネタを引っ張ってきていて
最初からノンストップ解説なのは変わってないのねって思えて
何だかホッとしました。。。
(ぶっとんだ例え話をしながら冷静に歴史を紹介する、というコンセプトが
このシリーズ本のいいところだと思う)
仏像にセクシュアリティがあるのかないのか的な記述に関しては、
長年わたしが仏像に対して感じていたことを言葉にしていただいたというか、
仏像って性別がどうとかじゃなく、両性具有とか性を超越したとかいう存在でもなくて
はじめからそういうことからフリーな存在なのだ…というのをunlearnさせてもらった感じです。
(明らかに性を意識して作られたものは、また別としてね)
仏像の頭身について書かれた部分で、仏像の理想の頭身数が七頭身であることについて
ウルトラマンをデザインした成田亨氏の言葉が紹介されていて、ちょっとびっくりした。。
成田氏は「七頭身が人間の体で一番美しいプロポーション」とおっしゃっていて、
それは日本のほとんどの仏像にあてはまるのだそうな。
ウルトラマンの顔が能面とアルカイック・スマイルを合わせて作られているというのも
「あーなるほど!」とか思えたりしました。

絵師たちのぶっとんだ紹介も面白いです~☆
雪舟のおじさんの俗っぽさを、こんなにあられもなく書いてしまっていいのだろうか…(^ ^;)。
(いや研究者の人たちには周知の事実だろうから、いいのかもしれないんだけど)
琳派の人たちのイラストがとりあえずすごいです。おかっぱの俵屋宗達に萌えた。
彼らの絵を「パソコンで作成したファイルのような滑らかなクールさ」と表現しているのは
言い得て妙だなぁと思いましたが、
光琳の風神雷神と、それを模写した抱一の風神雷神の差を
『アルプスの少女ハイジ』と『低燃費少女ハイジ』に例えているのって
世界中を探してもこの本しかないように思います(笑)。なにこれ。いや、笑ったけどさ。
そして、菱川師宣と鈴木春信が萌え絵師と表記されている本はいくつも見てきましたけれど
この本も例外ではないようです(笑)。
いやー改めて見ると日本の絵師ってレジェンドだらけだ…。

あと運慶・快慶の章が面白かったです。
彼らの仏像を「美青年としての仏様」と言いきっているのは「うん確かに」と同意してしまった。
東大寺南大門の金剛力士像はコワモテのマッチョマンですが、文句なしに美しいと思う。
両目が水晶でできていることも影響しているかもしれません。
というか、東大寺に収められている運慶たちの作品は
色んな意味で(大きいとかマッチョだとか、そういうのも含めて)
ものすごいエネルギーが込められているような気がします。
その理由がきっと、この本にも書かれていた南都焼き討ちなんだろうな…。
「平重衡が父の清盛に命じられて奈良を焼いたとき、興福寺にいた運慶と快慶は
奈良の町も興福寺も東大寺も大仏も焼けてしまう大被害を目の前で見ているはず」との記述を見て
平家物語の奈良炎上の章にある「春日の大明神いかなる事をかおぼしけん」の記述を
一瞬だけ思い出した。

そして非常にどうでもいいことですが、
人が平家物語を読んでいる隣で「ひらや物語(ひらや:平家の訓読み)また読んでんの」とか何とか
ちゃち入れてくるのやめれ我が父よ。
晴れときどき雨。
2012年01月20日 (金) | 編集 |
本日のお絵かき↓
※クリックで大きくなります
笑顔の絵をたくさん描いている春信でも、たまにはこういうこともあるだろう。
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浮世絵師は、絵が残っているばかりで
その人となりについてはほとんどわかっていないことが多いです。
鈴木春信は本名なので、彼の周囲には鈴木姓を持つ人たちが何人かうろついていても
別におかしくはないんだけど、
今のところまったく確認されていないというのも何だか不思議な感じがします。
時代性というやつだろうか。

春信の家族について、歴史学の中では推測しかされていませんが
吾妻錦絵が誕生したときに彼の両親や親類はどこでどうしていたんだろう…とか
考えることが時々あります。
もし健在だったら春信は真っ先にとんでいって「ねえ見て見て!」って
宣伝してそうな気がしなくもないけど、どうだったのかな。
春信が錦絵を始めて一躍人気絵師になった1760年代は彼の晩年にあたるので、
その頃にはすでにいなかったという可能性が高い気もしますけれども。
しかし鈴木という姓があることから見てもそれなりにしっかりしていた家系の可能性もあるから
意外と春信の親類は元気で江戸のどこかに住んでいて、
彼が一人でメシ食えるようになって自立していただけなのかも、という気もします。
(というかわたしの中には、「歴史の中でその存在が明確にはっきり残っていない人は
何でもかんでも『いない扱い』なのも何だかなあ…」という思いがずっとあるので。
もちろん、いない人もたくさんいておかしくないだろうけれど)

春信は長屋の戸主でもありましたし、
周囲には紫石や源内や江漢や南畝や巨川などの個性的な人たちがたくさんいましたから
普段はそんなにさみしさを感じることはなかったかもしれませんが、
もし春信の家族がそこにいたら、きっと彼に輪をかけたように
のんびり朗らかな人たちだったんじゃないかなぁと思っています。

それにしても、春信の描いた絵を見るときはいつも「よく残ってたねぇ」と声をかけてしまいます。
同時に「よく長いこと残し続けてくれましたねぇ」と残してくれた人に対しても感謝したりします。
そういう人たちのお陰で、ものは残っていくので。
頭の使い方。
2012年01月18日 (水) | 編集 |
忠盛パパ!かっこいい!結婚してくれ!
『平清盛』2話を見て、雅じゃない平安時代に男泣きしてとりあえず落描きがとまりません。

お絵かきをしているときの頭(というか脳みそ)の使い方って、
車の運転をしたり電車に乗ったり、買い物したりご飯作ったりしてるときとは
ちょっと違うなぁとふと思うことがあります。
描いていると、物が立体的に見えてくるというか、
「上から見たらどうなるかな」とか「これ後ろはどうなってるのかな」とかいろいろ、
人も物も、頭の中で360度回転させてみたりします。
ので、ふだん人や物を描くときは、頭の中でそれらがものすごい勢いで回転している。
背景を描くときも、「真正面から」「真上から」「山の上から見たら」どうなってるのかなーとか
考えていることが多いです。
屏風絵や地図や鳥瞰図を見るときの気分に近いですね。

一方、本を読んでいるときは、脳内に箱を用意して
ト書きから人や動物や物を拾いあげて、箱庭を作るみたいに配置していく手法を取っているな…。
本の世界観をつかもうとするせいかもしれない。
ファンタジーやエブリデイ・マジックの場合は、重たい扉を押し開いて
その世界に踏み込んでいくようなイメージもあります。
(そういえば本の表紙と目次の間にあるページのことを「扉」といいますな)
あと、わたしは会話文を読むのがカタツムリ並に遅いのですが、
最近やっとその理由がわかりました。脳内で音声変換して再生しているからだ。

で、長時間お絵かきや読書をしていると、急に外の景色を眺めたくなったり
画集や写真集を眺めたくなったり、お茶したくなったり、DVD見たくなったり
猫にちょっかい出してみたくなったりする。
ので、さっきまで猫をぎゅーーーっとして「ふぎゃーーっ(訳:やめろ暑苦しい)」などと
猛烈抵抗されていたりしました。
にゃんこのもふもふは疲れた心に沁みます。どんだけ抱きしめても飽きません。
『グロースターの仕立て屋』風に言えば「もふもふが、足りぬ」。

お絵かきや読書で脳みそを思い切り使うと疲れますが、妙にすっきりしたような爽快感もあります。
ひとえに楽しいからですが、
好きなことに対して五感をフル活動させているせいもあるかもしれません。
できるだけ色んなことに目を向けて脳を活性化させたいなぁと思っている今日この頃。
閻魔の休日。
2012年01月16日 (月) | 編集 |
日向ぼっこ。※クリックで大きくなります
1年中働きっぱなしの閻魔様ですが、
オフである毎月16日はゆったりまったり過ごしているんじゃないかなぁと思って描いてみました。
子鬼くんたちものんびり。
*ブログ内のイラスト記事一覧はこちらです*

毎月16日は地獄の休日にあたり、閻魔をまつる各地の寺社では御開帳や縁日が行われています。
閻魔の好物であるこんにゃくの煮炊きをするところもあるそうな。
そういえば昔、京都の千本ゑんま堂の節分祭に行ったことがあるのですが
あそこのこんにゃく煮炊きは、境内に巨大な竈と大釜がでーんと置いてあって
中で大きなこんにゃくがぐつぐつ煮えていて、わー豪快だなぁ!と思った覚えがあります。
いや本堂で御開帳されていた閻魔像も負けずに豪快だったのですけども。

うちの閻魔様がのんびりおじいちゃん仕様な理由は、以前にこちらでも書きましたが
閻魔が地蔵菩薩と表裏一体で表されることがよくあるから、だったりします。
奈良県の元興寺に行ったときに、宝物館にいる閻魔像(桃山時代制作)を見たのですが
とても穏やかなやさしい顔で、透き通るような美しい玉の眼(水晶かな)をしていました。
お寺によると、この像は地蔵像と一対で祀られていた可能性もあるようです。
たぶん桃山時代には閻魔=地蔵という見方がわりと浸透していたのではないかな…。

そして閻魔というと、やはり連想されるのは鬼かなぁと思いますが
元興寺は鬼とも縁のあるお寺だったりします。
雷神の子どもが、寺の屋根裏に住みついて夜な夜な悪さをしていた鬼を退治したという話が
昔から伝わっているのだそうです。
鳥山石燕が『画図百鬼夜行』の中で「元興寺」というタイトルで鬼の絵を描いていますけども、
あの鬼は、お寺からくるイメージのせいか僧侶の格好をしていますね。

そういえば『平家物語』にも閻魔(というか地獄関係)の記述が見られますね。
鹿ヶ谷事件の首謀者たちを流罪にするか否かの会議のとき、法律家たちが
「この人たちを流罪にしたら後で閻魔様から大目玉くらうよーやめようよー」とか何とか言って
やめさせようとしたみたいな話があったような、なかったような。
平家物語のストーリーにはあっちこっちに地獄の影がちらついていますが
(それが最も強烈にあらわれているのが「六道之沙汰」の章だと思う)
この物語の作者はそれをものすごく冷静に正確に見つめている、という内容のことが書かれた文が
わたしの手持ちの本に載っていました。

現在放送中の大河ドラマはどんな展開になっていくのかな。楽しみです。
御容貌に思ひよそへつつ。
2012年01月14日 (土) | 編集 |
ポスター。
というわけで行ってきました~☆目黒雅叙園の「百段階段×源氏物語」展。
あー何もかもが華やかで艶やかで眼福だった!
会期ギリギリだったのですが、夕方に行ったら結構すいていてゆっくり見られました。

雅叙園に入ってすぐのロビーに、
『源氏物語』の「紅葉賀」で源氏と頭中将が青海波を舞う場面を再現したジオラマがありました。
京都の風俗博物館から出張してきていたようです。人形さんたち超かわいかった(*´∀`*)♪

じゃん☆
会場入口にはこんな人たちがいました。特に誰とは書いてありませんでしたが、誰なのかな。
たたずまいがエレガントです☆
(ところでどうでもいい余談ですけど、ここに来るまでに乗ってきたエレベーターの扉や内装が
ロココ調でものすごく派手で、
対して会場入口の↑は、全然派手に見えないのに贅を尽くしていて華やかさがある、というのが
何とも対照的で、それでいて違和感なく収まっているのが面白いなぁと思いました)

現在公開中の映画で衣装デザインを担当された宮本まさ江氏プロデュースの衣装が
階段に隣接する7つの部屋に所狭しと展示されています。
季節感とか有職故実とかも反映されてはいるけど、
最終的には「その人っぽさ」で作られている衣装が多かったように思いました。
どれも、見ながら「うんこの人こういうの着てそう」ってうなずいてばかりだった。
物語の人物と実在の人物では、衣装の雰囲気が明らかに違っていたのも面白かったです。
光源氏の衣装がどことなくふわふわした印象があるのに対して、
藤原道長や紫式部の衣装はくっきりと輪郭線が見えるような印象でした。
布地や刺繍にはっきり差があるというか…。
あれだ。映画『おもひでぽろぽろ』で、思い出編が淡い色で描かれているのに対して
現代編が人物も背景もはっきりした色で表現されているとか、そんな感じ。

印象に残ったのは藤原さんちの道長さん。存在感がハンパないです(笑)。
十畝と星光の間の2箇所にいたけど、どちらも彼がいちばん自己主張してましたよ。
特に十畝の間にいた彼が座ってた敷物ったら、「オレはここにいるぜ」オーラがばんばん出てた。
黒地に金糸って目立つよな…。
その隣に紫式部がいたのですが、彼女は藤が刺繍された白い着物を着ていました。
白地の下から紫の着物の色が透けて見えて美しかったですね。
彰子は桜色に大きな花の刺繍がされたかわいらしい感じの着物を着ていました。
あと、安倍清明が白い衣装なのはあれですか、野村萬斎氏の影響ですか(^ ^;)。
(公開中の映画の後半だと、一応、彼がキーポイントなのですよね確か)

物語の人たちの衣装も負けずに華やかです。
葵の上の衣装が特に美しかったー☆
おとなしい柄なのに、よく見るとかなり贅沢な布を使っているのがわかってヒョエーと思いました。
一見しただけではわからないのが、この手の衣装の奥深さなんだよなぁ。
重ねている着物の数も、紫式部や御息所や夕顔に比べてぐんと多いです。
思わず何枚着てるか数えるという、酔っぱらった藤原実資のようなことをしてしまった。。
六条御息所の衣装の背中のクモの巣がめっちゃリアルでどきりとします。
こんな人がリアルで出てきたら源氏じゃなくても圧倒されちゃうよ…。
夕顔は想像していたのとだいたい同じでしたね~。近侍していた童もかわいかったです。
藤壺宮は、落ち着いた紫色の衣装でした。
源氏の衣装が最も多かったのは、さすがに主人公というところかもしれません。4人もいたし(笑)。
個人的に気に入ったのは、漁樵の間の源氏が着ていた黒の指貫。
なんというか、一番源氏らしい気がしました。

百段階段の各部屋そのものも、意匠が凝らされていて見応えがあります。
漁樵の間の、床の間の柱の浮き彫りには溜め息しか出なかった…。
こんな柱みたことない。
四方八方が鏑木清方の絵で埋め尽くされている清方の間も良かったですよー。
壁だけではなく欄間にも描いているそうな…どんだけ手間暇かけてるの…。
天井には花鳥風月や扇絵がいっぱい描かれていて、こちらもとても華やかでした。
あと、階段に足を踏み入れたとたんに空気がヒヤリとしたのが忘れられない。

それから、階段下にあったショップで猛烈にテンション上がりました!!
オリジナルデザインの狩衣とか帯とか売ってて、見てるだけで楽しかった~。
ススキにとんぼが舞う柄の帯と、藤の刺繍がある帯と
御息所のクモ柄スカーフはちょっと欲しかったです。
とどめは源氏香の帯止めだよ…!買いたかった…!しかし予算が足りなかった…!!
雅楽ストラップはうっかり買ってきましたけども。


あと、雅叙園に来たのが実は初めてだったので、本館も散策してきました。
すでに夕方5時を回っていてすっかり陽が落ちて、館内のあっちこっちに灯りがともっていました。
↓は宴会場入口の水場にあった扇と花車。
背景が平安時代の女性たちだ。

水の音しかしない。
反対側にあった扇です。ひらひらきらきら。

「いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着たまはむ人の御容貌に思ひよそへつつたてまつれたまへかし。
着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」

(『源氏物語』「玉鬘」より紫の上の言葉)


帰りの電車の中で、センター試験を終えた学生さんたちが興奮気味に答え合わせをしていて
あーがんばってきたんだなぁ…としみじみ思いました。
皆さん本当におつかれさまです。良い結果でありますように。
ネコ科の教育について本気出して考えてみたら。
2012年01月12日 (木) | 編集 |
かくれんぼ。
キッチンからガサゴソと音が聞こえてきたので見に行ってみたらこんなになってました。
なにやってんのもう。

にゃんこという生き物は時々、こちらが思いもつかぬことをやってくれるので
状況を把握するのに一定の時間がかかる場合があります。
今回は、たぶんダンボールの蓋がキュッキュいうのが面白くてじゃれついていたら
いつの間にか閉まっちゃったんだと思う。

みいつけた。
「ちょっと何開けてるの」みたいな顔でガン飛ばされてしまった。
結構本気で遊んでいたのかもしれません。

ううむ、こういう場所は面白がって自分で閉めるくせに
なぜ部屋と部屋の間の引き戸は閉めてくれないんだ…。
うちの猫たちはよく、引き戸や半開きのドアに手と頭をつっこんで開けて出入りしたりするのですが
開けることはできても閉める術を持たないので、当然ドアは開けっ放しのままです。
いや夏は別にいいんですけど、冬はそうされると正直ものすごく寒くて
すきま風がしょっちゅう入ってくるため、
「ドアは開けたら閉める」という、生活上の基本中の基本を何とかして教えられないものかと
家族間ではわりと真剣な社会問題としてとらえていたりする。
でも、このことについて考えるのって毎年恒例だし、
どんなに考えても画期的な結論を得られないまま、いつの間にか春になっていたりするので
今年の冬もそんな風にして過ぎていくのではないかと思います。


本日のお絵かき↓
にかっ。※クリックで大きくなります
『平清盛』より高平太。予告で走り回っている姿が超かわいいです。
ドラマの初回が楽しすぎてこの間から彼しか描いてない。

「御辺は故刑部卿忠盛の子でおはせしかども、十四五までは出仕もし給はず。
故中御門藤中納言家成卿の辺にたち入り給ひしをば、京童部は高平太とこそいひしか」

(『平家物語』巻二「西光被斬」)

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遊びをせんとや生れけむ。
2012年01月10日 (火) | 編集 |
おとといの『平清盛』1話に色々な意味で戦慄を覚えたので落描き。
微妙にネタバレを含みますのでご覧になってない方はご注意ください。
1枚目。  2枚目。※クリックで大きくなります
清盛とかいろいろ。
とりあえず描きまくって溢れる思いを消化…いやーたのしいね、たのしいね!
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OPTの映像&音楽が美しくてかっこよくて目のやり場に困りました。なんじゃありゃー!!
思わずBSと地上波で2回も見てしまったではないかー。
こんなにツボった大河OPは『功名が辻』以来です。
真っ白な文字のタイトルクレジットのバックに真っ赤な花がぱーって咲いて
子ども時代の清盛(だよね?きっと)が駆けてきて、
深緑の中に光のラインがぱぱぱって入り込んできらめいていて
どこかのアニメーションかと思いましたよね。
(と思ったらスタッフクレジットに東アニって出て「うっそマジで!?」って叫んだりした)
その後は何かもう、映像を目で追うのが精一杯でキャストクレジットどころじゃなくて
劇中にまえだまえだの兄弟が出演していることに気づくのがだいぶ遅れました。
子役超かわいかったな…。

OP映像も力入りすぎです。子どもと、緑と、白拍子と、清盛のサブリミナルとか印象的すぎる。
どの映像も、音楽に合わせて、絶妙なタイミングでうまくハマっている気がします。いいなー。
劇中にも出てきたすすき野原が輝いていて涙出そうになりました。
自然がああいう形で映し出されるとどうにもたまらんです。あれは良かった…。
清盛の映像は、鎧をつけた清盛が弓をかまえて引くまでという感じで
少しずつ所作がすすんでいくのとかドキドキしました。
クルクル白拍子たち(笑)の一糸乱れぬ踊りは、音楽の曲調によっては儚くも見えたのだけど
すごく迫力がある風にも見えたな…。

音楽も果てしないかっこよさでした。
ドラマの予告で部分的に聴いていて、今回初めてフルで聴いたのですが
めちゃくちゃ気に入っておとといから激リピしまくりです。
導入部がゆさの大好きなピアノなうえに、梁塵秘抄の今様入りだなんてもう反則だ。
急速に盛り上がっていくところでテンションもだだ上がりです。金管とティンパニーの力だね!
重厚な部分でもところどころに入るフルートが鳥がさえずるような音色を出していて
何というか、泣くかと思いました。
吉松氏すげぇな…N響もすげぇよな…。
↑の落描きはOPTをヘビロテしながら描きました。いやー筆が乗る曲だ…!
携帯の着うた配信が始まったらDLします。

気づいたらOPの話しかしてない…おかしいなぁちゃんと本編見たはずなんだけどなぁ。

松山ケンイチ氏扮する清盛のビジュアルのかわいさが反則的です。
頭のうしろで無造作に髪を束ねて鹿の角で留めてるのとか燃えて萌えてたまらんです。
あの扮装で画面の中で暴れ回ると華やかだろうな。
ゆさ的1話の見どころは、落描きにも描きましたが忠盛と舞子のケンカです。
お互いに全然容赦なくて、すごいあけすけなこと言ってるんだけど、タイマン張ってていい感じ。
たぶんあの時に本音でぶつかりあったから、仲良くなるのも早かったのではないかな…。
ってか、中井忠盛のかっこ良さったらまったくもってけしからんですね。
海に飛び込んだあげくひとりで暴れまくって海賊倒しちゃったよもう。萌え。
あと、白河法皇が襟元あけてて何かオシャレだと思いました。
あの時代の宮中は何もかもがてんこ盛りなわけですが、それを抑えるどころか
昼ドラも真っ青な展開を日曜のゴールデンタイムに堂々と放送していて大変感動しました。
今回は何気に玄人向けではないのか…すごいよ大河スタッフ…。
twitterで「いいぞもっとやれ」と言っていた人がいたけど。わたしもそうだけど。

1年間楽しみですーそして久し振りの平安時代ドラマにwktkです。うぼぁー。


「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけむ。遊ぶ子どもの声きけば、我が身さえこそ動がるれ」
(『梁塵秘抄』巻二・四句神歌・雑)
粋がる絵師と旅する絵師。
2012年01月08日 (日) | 編集 |
昨日、森アーツセンターの「没後150年 歌川国芳」展と、
サン美の「殿様も犬も旅した広重 東海道五拾三次」展をはしごしてきました☆
週末なのでどちらも混んでいましたけど、それでも十分楽しかったです!
国芳のエネルギッシュな絵と、広重の雄大な絵がまとめて見られて感激でした。

国芳展はさすが人気絵師の展覧会というか、没後150年記念というか、
ありとあらゆる彼の錦絵や肉筆画をここぞとばかりに展示しまくって
入口や出口に置かれたパネルも大きく引き延ばされていて、
「これ以上はないくらいにやってやる!」的な主催者側の気合いをひしひしと感じました。
他の絵師の展覧会ってもうちょっと落ち着いた雰囲気な感じが個人的にはしているのですけど
相手が国芳だと、主催する側も「よっしゃ、やるでえ!」とハイになってしまうのかな…。
とにかく絵に負けないくらいエネルギッシュな展示構成でした。
たぶん国芳が自分で個展をプロデュースしたらこんな感じになるのかも。

武者絵の力強さに圧倒されたり、鯉や鯨や妖怪や龍や骸骨の巨大さにびっくりしたり
役者絵の見栄にうっかり惚れかけたり、肉筆美人画にやっぱり惚れかけたりと
何かと心臓がジャンプしまくる絵ばかりで、見終わった頃はくたくたでしたけども
100m走を全速力で走り抜けた後のような爽快感がありました。
いやーすごいパワフルだった。
水滸伝シリーズの武松と燕青の勇姿が見られて感激でした。(ゆさは彼ら2人と宋江のファン)
名刃シリーズの大雲彦六鉄山はかなりの惨劇を描いたものですが
妙に色気のある絵でぞくりとした。国芳ってこんな目した男の人とか描けるんだ…!
「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」はいつ見ても
ジュゼッペ・アルチンボルドの野菜の顔の人を思い出します。おもろい。
「金魚づくし」で筏に乗る金魚のかわいさったら、
思わずミュージアムショップで金魚のストラップを買ってしまうほどだったよね!!
江戸時代後期には金魚の飼育が流行したそうですが、国芳も飼っていたのかな…。
そして国芳と言えば猫絵!
着物を着た猫たちが遊びに興じたり、役者の顔真似をしているのが何とも愛くるしいです。
荷宝蔵壁のむだ書…これ描いた国芳も国芳ですが、彫師もよく彫ったなぁと思う(^ ^;)。
なまじ武者絵の刺青を彫るより、こういう絵の方がはるかに難しそうだ。

国芳は色の使い方が他の浮世絵師に比べて独特というか、
一目見てギョッとするような画面を創り出しているなぁと思います。
中間色やグラデーションをあまり使わずに、原色と原色をいくつもぶつかり合わせている感じ。
どぎついんだけど、それが不協和音的な効果をかもし出して妙に気持ちいいというか
逆にスッキリさせてしまっているのがすごいと思う。
配色のセンスがいいのだなー。
うちの母が国芳の色を見て「ダリみたいな画面を作る人ね」と言っていたのですが
そういえばダリの絵も配色センスが抜群なような希ガス。

音声ガイドの山本耕史さんの解説も楽しかったです。
たまに国芳の弟子になりきって江戸弁でしゃべっていたりした。萌え。


そんなこんなで精神的にものすごくお腹いっぱいになって、お昼ご飯をもりっと食べて
サントリー美術館の広重展へ移動。
五拾三次をまとめて見られるということでわくわくして行ったのですが、
こちらも想像以上に良かったです。
広重の風景画は1枚だけでも十分に美しいのですが、同じテーマでこれだけの枚数が揃うと
やっぱり迫力が倍増しますね。
名所江戸百景もそうでしたが、これはシリーズ物の力だよなぁ。
たぶんわたしが江戸時代に生きていたら、1枚1枚出ようがまとめて出版されようが
夢中で買い占めていたと思う。

国芳展を見てきた後だからかもしれませんが、広重の描く人々のゆったりした表情や
青空のグラデーションや、空白のある画面構成にものすごく癒されました(笑)。
はああぁマイナスイオンや…マイナスイオンに満ちておるー(*´∀`*)。
特にこの五拾三次シリーズの世界に流れる時間は、本当にのんびりしている気がします。
みんなマイペースに旅を楽しんでいる感じ(^ ^)。
(とはいえ、時折雨に降られたり、突風が吹いて傘を飛ばされたり、暴れ川の前でシュンとしたり
宿場の客引きにズルズル引きずられていったりする人もいますが・笑)
あと、各地の景勝地とか名物がたくさん描かれているのも面白さのひとつですね。
こりゃ確かに旅行ガイドブック代わりになるわ…!
当時は何日も歩いて旅をしたわけですから、
ただ歩いているだけじゃやっぱりみんな面白くないから
美しい物やおいしい物のひとつやふたつは見て&食べてみたい!ってなるのが人情だよなーと思った。

個人的にステキと思ったのが、四日市の伊勢路の絵。
伊勢参りをする人々に混じって、首にお賽銭をつけたワンちゃんが描かれた絵です。
何らかの事情でお参りできない飼い主に代わって伊勢参りに来る犬が
当時は何匹かいたようで、
彼らは旅人や宿場の人々に面倒を見てもらいながら伊勢神宮にやって来て、お参りをして
やっぱり人々にかわいがられつつ飼い主のもとへ戻っていったそうです。
今回の絵でも、元気にシッポを振る白いワンちゃんと
「どこから来たの?」「感心だねぇ」とか言っていそうな笑顔の旅人の姿が描かれていて
とても穏やかな気持ちになりました。
(そういえば永尾まるさんが『猫絵十兵衛』の中で
これに似たお話を描いていたことをたった今思い出しました。
あれはかつて伊勢参りをした犬エピの猫Ver.だったのかもしれない…)

国芳に元気をもらって広重に癒された、たいへん楽しい時間でありました。
調子に乗って図録を2冊とも買ってしまったので、持って帰ってくるのが大変でしたけど
幸せだからこれでいいのだー。
あ、どちらの展覧会でも、お客さんたちの顔がみんなニコニコしていたのが印象的でした。
浮世絵には人をニコニコさせる力がありますね。


本日のお絵かき↓
タメ絵師。※クリックで大きくなります
広重&国芳。
同い年で同じ歌川派で、同じ時期に活躍した2人。
お師匠や兄弟子のアシスタントとかしてたこともあって、合作もいくつか残されています。

広重は何となく茶髪っぽい感じがします。真っ黒ではなく光が当たると茶色に見える髪のイメージ。
逆に国芳は真っ黒なイメージ。
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リトル・プリンセス。
2012年01月06日 (金) | 編集 |
ここ何年か、高楼方子さんの本があまり出なくてシュンとしていたのですが、
『小公女』の翻訳をなさっていたと聞いて、本屋さんにすっとんで行って
とにもかくにもゲットしてだだっと読んだゆさです、こんばんは☆

というわけで、ものすごく久し振りに読みました、『小公女』。
ストーリーは大ざっぱには記憶していたのですが、
たぶん小学生のときに抄訳を、中学生のときに完訳を読んで以来なので
ほとんど初読に近い感じでした。
それでも、エミリーを買いに行く場面とか、フランス語で母親のことを説明するところ、
メルキセデクと仲良くなるくだりや、ラムダスとの会話、屋根裏部屋の変貌などの場面を読むと
頭のどこかにかろうじてこびりついていた記憶がぐいと引っ張り出されて
「ああ、こんな場面あったあった!」とテンションがあがらずにはいられません。
(子どもの頃に読んだ本を大人になってから読むと、しばしばこういう気持ちになりますが
あの妙な心地よさをどう説明したらいいのかは未だにわからない)
中でもエミリーを買いに行く場面は、同時に父親との別れが控えている切ない場面でもあり、
セーラの生涯の友が登場するところでもあって、かなり好きだったりします。
物語が始まるわくわく感がいっぱい詰まっている気がする。

アーメンガードがもうかわいくてたまらないです。
これほど萌える子だとは思っていませんでした。こんなに素敵な子だったのか。
ぽやんとした存在感と、天然記念物並の天然さにノックアウトされました。
屋根裏部屋に行ったセーラとなかなか会話ができなくなっていたけど、誤解が解けて
「んもぉセーラったら!」ってなじるところはキュンときます。最強。
(このあたりは高楼さんの翻訳の力だな…)
何かにつけておさげの髪をいじる仕草も愛くるしいです。
青い目で、髪をおさげに編んでいる、と書くとまるでアン・シャーリーですが
アーメンガードの髪は赤毛ではなく亜麻色なのですね。
そういえばセーラの髪が黒髪なのは覚えていましたが、目が緑色というのは気づいてなかったです。
(アニメ「世界名作劇場」のセーラも確かそうだったような)

あと、セーラがわりと空想家であるというのは何となく覚えていたのですけれども
アリスやアン・シャーリー並の想像力があるというのは
抄訳を読んでいた頃には気がつかなかったことなので、ちょっとびっくりしました。
(たぶん抄訳では省かれてしまっていたんだと思う)
屋根裏部屋でマリー・アントワネットやモンテ・クリストのことを考えているセーラは
鏡の中の自分に話しかけていたアンのようでもあったし、
アーメンガードのバスケットを待ちながら想像で晩餐会を企画するくだりは
アリスの「ねぇキティ、つもりっこしましょ」のセリフを連想させる気がします。
それともあれはバーネットの想像なのかな…。
(あ、でもエミリーに関する想像は、小さい頃に人形を持っていた人なら
誰でもやったことがあるのではないかなぁと思います。わたしもやりました)

高楼方子さんの書く文章は、いかにも真似できそうなシンプルなものでありながら
不思議な個性があっていいなぁと思っているのですが、
今回の翻訳でもその「高楼っぽさ」が随所に見られて、そこも良かったです。
特にセーラが想像時にやるもったいぶった言い回しは、
メロンあめとかトランプおじさんみたいな感じが個人的にしました。
(そして屋根裏部屋に追いやられたとき、懸命に自分を奮い立たせようとするセーラは
フー子か爽子のようだと思った)


本日のお絵かき↓
にっこにこ☆※クリックで大きくなります
右から小野道風、好古、美材。兄弟&いとこ同士な3人です。
前回記事に書いた、東博でみた道風の書があまりにステキだったので描いてみました。
道風が笑顔なのは、たぶん書き初めのための墨擦りがものすごくうまくいったからかもしれない。

美材「ヨッシー、あの道っちゃん、どうなってるの」
好古「なんかいい墨、擦れたらしいぞ」
美材「へえ」
なんて。。。
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博物館に初もうでその2。
2012年01月04日 (水) | 編集 |
三が日も過ぎましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。
とりあえずわたしは、家族で祖父母の家にお年始の挨拶に行ってお汁粉とお節をたらふく食べたり
挨拶に来た親戚やいとこたちとだべったり、
帰省していた友達とお茶したり買い物に行ったり、
お雑煮を食べながら駅伝を見てハラハラしたりしていました。
箱根駅伝は、昨年に引き続き母校が予選落ちしてしまったのですが、
それでもやっぱり無条件で面白いから見てしまうな…。
柏原くんと設楽ツインズと佐藤くんのがんばりに大騒ぎしたのと、
弟の母校と友達の母校が上位でがんばっていたのでひたすら応援しまくりました。
どちらも無事にシード権を獲得していました。おめでとう~☆
(そして今年も二宮には目立つ格好の人たちが出没していて笑えたな…( ̄▽ ̄))


そして今年も、東京国立博物館に初詣してきました!
今年は開館140周年の記念に遮光器土偶のストラップがもらえるとのことで、
開館前に行って、200人以上の行列に並びましたが無事にゲットできましたv(^ ^)v☆
早起き大変だったけどがんばって良かった!!
もらったはいいけど携帯につけるのがもったいなくてまだ机に置きっぱなしです。どうしよう!
ちなみに今、平成館の考古展示室には青森県出土の本物の土偶が展示されています。
お人形サイズでかわいいです(*´∀`*)。
あと、熊本県出土の鉄剣にワカタケル大王のことが書いてあってちょっとぞわぞわした。←彩の国民

ひょこひょこ。
本館入口でやってた獅子舞。真ん中にいるのは恵比須と大黒天です。
獅子が上下にひょこひょこする動きがかわいかった☆
恵比須は振鈴で厄払いをして、大黒天は打ち出の小槌を振って小判を投げていました。
わたしも運良くもらうことができたので、お財布に入れてとってあります♪

のそのそ。
ひととおり舞った獅子が舞台から降りてきて、お客さんの頭をかぷかぷして回ります。
小さいお子さんを連れた人たちやお年寄りがやってもらってましたが、
獅子の見た目が見た目なせいか、大声で泣き出してしまうお子さんもいました。。
わたしもかぷかぷしていただきました。とてもやさし~いかぷかぷでした(*^ ^*)ありがたや。
(ちなみに中の人は女性です)
お客さんが紙やぽち袋に包んだおひねりを出すと、ぱくぱくと食べてしまうのですが
その仕草がもうめちゃくちゃかわいくて抱きしめたくなりました。
さすがネコ科。こんなところでもかわいいです。

本館の新春展示も豪華で楽しかったです~。
一番見たかった小野道風の書「円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書」(国宝!)が見られて
幸せいっぱいでした♪
これを書いたときの道風は34歳ですから、年齢的にもベテランで書体も安定し始めた頃で
漢字一字一字に、知識とか、経験とか、余裕とかが、全部つまっている感じがしました。
どの文字を見ても力強くて安定しているので、見ていてホッとします。
書き慣れた人の書く字って、それだけで字に抱かれているような気分になれるのだなー。
道風の書は藤原佐理以下色んな人がお手本にしたといいますけれど、
たぶん彼の字ってお手本にしやすい字なんじゃないかな…。
太すぎず細すぎず、まっすぐで、メリハリもあって、肩肘張った様子もないから
私淑する人が目標を見失うことなく、且つ自由に書きつつ練習できる字というか。

他にも行成の曾孫の手による古今和歌集とか、聖武天皇筆の経典とか
雪舟の秋冬山水図とか光琳の風神雷神図とか大雅の楼閣山水図とか、
国宝や重要文化財クラスの貴重な品々がもっさりあります。すげぇ見応えあった!!
高円宮コレクションの根付が素敵だった…。
佐藤朝山の龍頭観音の精巧さに溜め息が出ました。
北斎の富士はお正月に見ると気持ちが引き締まる感じがしますね。
広重の肉筆画は久し振りに見たけど、色遣いがやさしくて綺麗です☆雪景色ばんざい。
あと、辰年にちなんで龍に関する展示もやっていて
屏風、根付、銀製の置物、焼き物、陣羽織、兜などいっぱいあって楽しかったです。
そして個人的に一番テンションがあがったのは鈴木春信の錦絵でした( ̄▽ ̄)きゃー。

あと、せっかくなので北京故宮博物院200選展も行きまして
清明上河図巻とか水村図巻とか長江万里図巻などの文人画絵巻に感動してまいりました。
この絵の前に王維がいて、後に池大雅や与謝蕪村が出てくるのだなー。
こういう面白さがあるから、歴史とアートってどうにもやめられません。
(しかし清明上河なんてよく貸してもらえたよな…主催者超がんばったよな…)
出水芙蓉図冊とか、蛛網擒猿図冊とかの、色紙に描かれた花鳥画がものすごく良かったです。
特に夜合花図冊の、あの色数であの表現ができるってどういうことなのだ。
今はCGでいくらでも色がつくれるけど、単色と水と白だけでも絵って十分描けるよね、と
なんだかとても納得してしまいました。
衣装の展示もいくつかありましたが、孔雀翎地真珠珊瑚雲龍文刺繍袍が一番綺麗だったと思う。
孔雀の羽を敷き詰めた上に真珠や珊瑚で刺繍がされたものです。どんな技術なのか想像もつかない。

乾隆帝像の両脇にあった金銅編鐘…への字型のと釣り鐘型の、大きくて豪華な楽器も素敵でした。
あれだ、吉備真備が唐から持ち帰った方響の豪華版みたいな感じがしましたね。
是一是二図軸に描かれているくつろぎ姿の乾隆帝も良かったですが、
古装像でひげをいじっている乾隆帝はちょっとかわいかった(笑)。
三希堂の立体再現も良かったです。
「昔の人が住んでいたお部屋の再現」ってなんかテンションあがるよね!しかも書斎だしね!!
落ち着いた印象の、とても趣味のいい部屋でした。
大きな窓に座卓があって、色んな調度が揃っていて、しかもちょうどいい位置にあるんだな…。
仕事を終えて戻ってきて、大好きな王一家の書に囲まれてホッとする乾隆帝が見えるようだった。
(音声ガイドの三木眞一郎氏が完全に王様になりきってたせいもあるかもしれない)
それから万国来朝図軸。各国から来た使節団の中に「日本」と「琉球」とがあったのは
さもありなんと思ったりしました。

ちなみに。開館前に並んだわたしが清明上河図を見られたのは開館40分後でしたが
並んでいる間に「2時間待ちです」「2時間半待ちです」と順調に増えていき、
実際に見られてからも「歩きながら見てください」のアナウンスがひっきりなしにあり、
図巻を見終えて他の展示を見終わった頃には3時間以上待ちの大行列になっていて
本館展示を見終えて博物館を後にする頃には
もはやその日中に見られるかどうかわからないくらいになっていました。
(わたしの後ろに並んでいた人たちは「昨日見られなかったからまた来た」と会話されていた)
大名行列よりは短いだろうけど、なんというかわけがわかりません。

寺社への初詣は去年に引き続き寛永寺に行きました~。
あの界隈は静かでのんびりしていていいですね。


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2012年が明けました。
2012年01月01日 (日) | 編集 |
゚・:*:・。♪☆彡★A Happy New Year★ミ☆♪。・:*:・゚
あけましておめでとうございます~~!本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2012年が皆様にとってすばらしい年になりますように。

そしてもはや毎年恒例ですが、ゆさ的2012年はこんな年です↓

『古事記』編纂と、杜甫生誕から1300年。
白楽天生誕1240年。
小野篁生誕1210年。
藤原公任『和漢朗詠集』編纂から1000年。
藤原定家生誕850年。
源実朝生誕820年。
鴨長明『方丈記』完成から800年。
ジャンヌ・ダルク生誕600年。
ミケランジェロ制作のシスティーナ礼拝堂天井画のお披露目から500年。
宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘から400年。
鳥山石燕生誕300年。
チャールズ・ディケンズの生誕と、グリム兄弟『子どもと家庭のためのメルヒェン集』刊行から200年。
ルイス・キャロルと、ルイザ・メイ・オルコット生誕180年。
森鴎外、バンナーマン、クリムト、ドビュッシー、メーテルリンクの生誕と
ユゴーの『レ・ミゼラブル』発表から150年。
東京国立博物館開館から140年。
ミルン『クマのプーさん』発表と、上野動物園開園から130年。
月岡芳年&山本覚馬没後、芥川龍之介生誕120年。
上村松篁生誕110年。
田内千鶴子の生誕と、タイタニック号の沈没と、ワシントンに荒川堤の桜が贈られてから100年。
小学館創業90年。
宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』と、新美南吉『ごんぎつね』と
S・R・ランガナタン「図書館学の五法則」の発表と
エラリィ・クイーンとバーナビー・ロスによる覆面公開討論から80年。
サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジ架橋から75年。
福音館書店創業60年。
国立国会図書館東京本館建築物完成から50年。
『魔法のプリンセスミンキーモモ』放送から30年。
ドラえもん生誕100年前。
(もういい)
今年も色々とはじける年になりそうです。

今日は祖父母の家に行ってのんびり過ごしますが、
明日からは親戚が雪崩のようにお年始のあいさつに来ますよ!こわいわ!!
帰省してる友達とおしゃべりもしたい~したい~。


はっぴーにゅーいやー☆※クリックで大きくなります
お年賀イラストです~去年が遣唐使だったので、今年は浮世絵師メンバー。
辰年ということで龍に乗ってもらいました。
(これ描いてる間中ずっと「♪ぼおや~ぁよいこだねんねしな」のメロディが脳内を回っていた…)

こちらは一週間ほどフリー配布したいと思います。
持って帰ってもいいよ!というお心の広い方はどうぞお持ち帰りください☆

※イラストの配布期間は終了しています。
*浮世絵師のイラスト記事一覧はこちらです*


今年も楽しそうなことがいっぱいありますよー☆
東博にボス美の日本画コレクションがくるから行って、千葉の蕭白展も行って
ジブリ美術館の展示が変わるから行って、新作発表もあるかもしれないからチェックして
図書館とか音楽コンサートとか行って、いっぱいお絵かきして本もいっぱい読む!
あと、行けるかどうかわからないけど言っとく!今年こそ箱館、じゃなかった函館へー!!