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前回記事の続き。21_21 DESIGN SIGHTのデザインあ展を見た後に、
サントリー美術館で開催中の「歌舞伎-江戸の芝居小屋」展に行ってきました。
4月に杮落としを迎える、五代目歌舞伎座の開場の記念展覧会です。
(ちなみにこの歌舞伎座、サントリー美術館と同じ建築家さんの設計なのだそうな)

展示内容は風俗屏風、浮世絵、歌舞伎の楽器や台本や衣装など様々。
江戸初期の出雲阿国の登場から、遊女歌舞伎→若衆歌舞伎→野郎歌舞伎へと変革していった歴史が
ゆるゆるとわかる構成になっています。
入ってすぐのあたりに「阿国歌舞伎図屏風」(重要文化財)がでーんとありました☆
実物を見るのは初めて。
歴史の教科書やテレビなどでよく見る阿国さん像はここからきていたのですね~。
異性装で颯爽と踊る阿国さんはかっこいい。
当時の芝居は屋内ではなく屋外で演じられるものだったので、
屋根はないし、幕も小さいし、すごくあけっぴろげ。
「四条河原遊楽図屏風」や「洛中洛外図屏風」を見てもだいたいそんな感じでした。
もともと、「芝の上に居て」見物するから「芝居」なんだもんね…。
舞台は能舞台を踏襲していて、お客さんも貴人から庶民までいて、鳴り物も能っぽかったですね。
三味線(とても高価だったらしい)も入ってないし。
あと、阿国さんは胸からロザリオをかけている絵が残っていますが
理由は「新しいものだから☆」とのこと。
お芝居はファッションの最先端といわれますけど、この頃からそうだったんだなあ。

時代が下ると、屋根がついたり花道や桟敷席が設置されたりと、
だんだん見たことのある建物になってきますね( ̄▽ ̄)wktkwktk
西村重長や歌川豊国や葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵師が
にぎやかな芝居小屋を浮世絵に描いていました。
四角く区切られた枡の中にみんなぎゅうぎゅう詰めになって座って、
その中で煙管を吸ったり、お弁当や舟盛りを食べていたり、ケンカしていたり。
ピクニックですか!(笑)
現代は椅子席で静かに、携帯電話の音なんてもってのほかみたいな雰囲気ですが
江戸時代は世間話どころか大声でしゃべらないと隣の声が聞こえないくらい賑やかだったんだよね。
どこまでフリーダムなの江戸っ子。ちくしょうかわいい。
ちなみに江戸後期の芝居見物の観客の特徴は、それぞれ
「江戸っ子の流行、大阪人の一流、京都人の風流」だったと
式亭三馬が『客者評判記』に書いています。ほほう、なるほど、言い得て妙な(^ ^)。

ところでサントリー美術館さんは、4階の第一展示室から3階の第二展示室へ降りていく途中に
大きな吹き抜けのフロアがあるのですが、
今回はそこに芝居小屋が再現されて、太鼓やうちわや貝殻などの鳴り物が置かれていました♪
こういうの普段見る機会がないので、見られて良かったです。
たったこれだけで雨や風や雷雨なども表現してしまうんだな…。
芝居もだけど、ラジオドラマやドラマCDなどのSEって
意外なまでにお手軽なもので行われていることに毎回くらくらします。

役者絵もたっぷりありましたが、
中でも歴代の團十郎の無双っぷりがパネェです。。
二代目團十郎の「そがの五良」、四代目團十郎の「梅川のかもん」、
五代目團十郎の「暫」、うおおおーーーかっこいい!
絵師が鳥居派なので絵の迫力は折り紙付きですけれども(鳥居派はド迫力役者絵の系統)、
ちょっとこれらはインパクトが違いすぎた。
特に「暫」は團十郎の「にらみ」がバッチリ表現されていましたな。
これ風邪予防のお守りとして家とか施設とか電車とか空港のゲートとかに貼りまくればいいのに。
(團十郎ににらまれると1年中風邪をひかない、というおまじないが江戸時代にあったそうです)
五代目の描いた扇子や短冊もありましたよー。
この人は花道のつらねのペンネームで狂歌を詠んで、堺町連というグループまで作ってたらしい。
なんなの…五代目なんなの…芸達者だなあもう。
(今ふと思い出したんだけど「連中」という言葉は狂歌連からきていたような気がする)

七代目團十郎のたばこ盆、「鎌○ぬ(かまわぬ)」模様がオサレです。
七代目はこの模様が大好きだったそうで、舞台衣装にも使ったところ
観客がこぞって真似をして大流行したらしい。
しかもしかも、歌川豊国が書いた「七代目團十郎の暫」の掛け軸(めずらしい後姿の絵)に
大田南畝が賛を入れていてうきゃーーってなりました(≧▽≦)☆
そうだったすっかり忘れていたけど南畝先生は團十郎の大ファンだった。そりゃ入れるよね。
歌川国芳が描いた「八代目團十郎の死絵」…もう泣きそうでした。
八代目の苦悩を思うとドツボにはまって抜け出せなくなることもあるのですけど、
国芳が描くと何となくユーモラスな顔をしているからほっこりする。
この人の助六があれですな、伝説の助六ですな…(笑)。
(江戸一番の美形といわれた八代目が水入りの助六を演じた際には、江戸中の女性たちが先を争って
八代目が浸かった桶の水を買い求めたらしい)
逆に「荷宝蔵壁のむだ書」はもう、むだ書のむの字見ただけで笑います!
時勢が時勢とはいえ、役者さんたち怒ったりしなかったかな(^ ^;)。

国貞アニキの判じ絵が面白かったです。
市川團十郎と澤村宗十郎だったのですが、たとえば團十郎は
年の市で「市」、革羽織の上半分で「川」、階段で「團」、忠臣に濁点がついて「十」、
蝋燭の上半分で「郎」を表現しています。
この無理やり感がたまらんですなー江戸っ子の面白さですなー(*´∀`)。
しかもアニキの無理やり感はこれだけじゃないです、
平安時代の三十六歌仙を歌舞伎役者に見立てた絵も描いています☆
素性法師が、中務が、藤原兼輔が、マッチョマンな役者にアレンジされてて…(笑)。
いや、笑ったけどさ。。
どんな絵にも手を抜かないのが国貞のイケメンなところだと思います。
歌川芳幾の「三代目澤村田之助の源之助姉里江」で田之助が輿に乗っているのを見てウルッときた。
林芙美子の「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」ではないですが、
田之助の努力を思うとガチで泣けてきます。
皆川博子さんが『花闇』の中で、手足が次々に腐蝕していく田之助を
「咲ききって地に落ちるほかなくなった花のよう」と書いていたっけ…。
美しくてやがて哀しき三代目。
(『JIN』のドラマではだいぶ高飛車だったけどねーたぶん本当にああいう人だったと思う)
そして個人的に見てみたかった歌川豊国「三代目尾上菊五郎舞台姿」。
当代市川猿ちゃんおすすめの肉筆画です。
展示期間が過ぎてしまっていたのですが、フレンドリートークのスライドで見ることができました。
かっこよかった!!本物見たかったな。

あと面白かったのは、本や資料や衣装など。
芝居小屋が密集していた猿若町の地図や、楽屋を描いた錦絵、
河竹黙阿弥をはじめ、幕末から近代の歌舞伎作者の台本や、戦後のGHQ検閲台本もありましたね。
マッカーサーが歌舞伎を賞賛した手紙もありました。ヒョエー。
九代目市川團十郎の頃に建てられた初代歌舞伎座の写真から、
現代にいたるまで4代の歌舞伎座の写真、模型もありました。
印象としては、最初は爽やかモダンだった建物が
時代が下るにつれ江戸懐古趣味が出てきたのか江戸情緒あふれる建物になっていって
でも現代っぽさはぬぐえない感じ。
押隈(役者の化粧を半紙に写したもの)もありました。うわー初めて見た。
汗のあととか如実にわかる…。
六代目中村歌右衛門が着た「助六」揚巻の打掛はいくつかあるらしいですが、
わたしが見に行ったときは橋本明治と東山魁夷が描いた着物でした。
橋本は大きな牡丹を、東山は波に松島を描いていた。

あと、個人的にテンション上がったのが、江戸時代に売られていた歌舞伎グッズ。
隈取の目がつらに、すごろくに、きせかえ!
特にきせかえはビックリした。顔のとこだけ丸くくりぬかれた紙の衣装を
役者に着せて遊ぶというもので、現代のきせかえとほとんど同じでした!
変わってないんだなあ。

あ、そうだ。五代目歌舞伎座の杮落とし公演、チケット無事にとれましたよー☆
4月に見に行ってきます。今から楽しみですv(^ ^)v
柿落としの舞台の上に中村勘三郎さんと市川團十郎さんがいらっしゃらないのが
正直とても淋しいしまだ納得できていないのですが、
そのことも、歌舞伎座の生まれ変わりに立ち会えることもたぶん何かの縁なので
微力ながらこれからも歌舞伎を応援しつづけていきたいです。


手始めに。※クリックで大きくなります
「貫之1111首」古今集編その3。2はこちら

明日のためのその一。まずは歌集と私家集(個人の歌をまとめた書物)を各自持ち寄ります。
貫之は、御書所の所蔵目録を持ってきました。

貫之「うちにあるのは、こんだけ」
忠岑「うちのは、これで全部」
躬恒「さて!何から始めますか…」
貫之「一応、簡単に説明とかつけた方がいいんだろうな。だいたいこんな感じでまとめます的な」
友則「どの歌を載せるかは、うちらに一任だって。まだ正式じゃないし、好きにやろうよ」
躬恒「どう並べますか。名前順?身分順?」
友則「内容別に分けるのは?季節とか恋とか」
躬恒「統一感とれるから、良さそうですね」
友則「大江の五位の家集とか、新撰が、確かそうだったから」

大江千里集や新撰万葉集は、収録歌が四季や恋で分類されています。
万葉集から古今集の間に存在する数少ない撰集なので、貫之たちも参考にしたのではといわれます。
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