夢と現実と無意識。

国立新美術館のダリ展を見てきました。
日本における過去最大規模の回顧展なので混むだろうなと思っていたら
案の定、休日は入場制限がかかると聞いて平日に行きましたがそれでも会場内はザワザワしてたし
聞こえてくるおしゃべりのほとんどが「これ何だろ」「なんだろうね」「○○かな?」とか
禅問答みたいだったのがおもしろくてたまらなくて
心の中で「同感」「わかんないね」「それはどうかな」「絶妙」とか勝手に返事したりしてた。
自然におしゃべりしたくなってしかも他人の声が気にならない展覧会ってあるよね。
あと、展覧会場は作品保護のため冷房ガンガンかかっててめっちゃ寒いので
これから涼しい季節になりますので羽織るものがあるといいと思います。(会場でも借りられる)
入口の「本展には一部刺激の強い作品が含まれています」という注意書きを横目に入場、
まずは初期作品から鑑賞します。
ピカソやマグリットの初期作品を見るような思いといいますか、
「ダリどこ?」「本当にダリ?」と戸惑っている声があちこちから聞こえてた。
多くの芸術家の例に漏れず、ダリも最初は先人の技術を盗むことから始めたわけですね。
当時流行していた印象派やポスト印象派から強い影響を受けたそうで、
故郷や避暑地をそれらのタッチで描いた風景画が並んでいました。
「魔女たちのサルダーナ」とか、マティスのダンスを思い出すような構図だしね。
ダリが生涯にわたり最も敬愛していたのはラファエロで
「ラファエロ風の首をした自画像」からは画家への敬慕が伝わってくるし
背景は印象派の明るい色遣いでセザンヌを思わせるような雰囲気だった。
マドリードの王立アカデミーに入学してルイス・ブニュエルやガルシア・ロルカとの交流が始まると
キュビスムやピュリスムの影響を受けてだんだん「いわゆるダリ」みたいな絵が増えてきます。
ピカソと出会ったのもこの頃だそうで。(2人は23歳差)
「キュビスム風の自画像」はガラスの切子が一面に並んだ中に本人の顔半分だけが出ているのが
うっわ急にダリだな!って思ったし
「静物(スイカ)」は真ん中にスイカがあるのはわかるけど他は幾何学な物だし
「ピュリスム風の静物」もギター以外はカクカクした何かが描いてあるのしかわからなかった。
あれはなんなのだろう…(・ω・)。
「巻き髪の少女」とか「ルイス・ブニュエルの肖像」はすでに背景に途方もない奥行き感があって
のちの時計の絵などの片鱗がすでに見える気がする。
「2人の人物」は○の中央にひびが入ることでキスを表現しているのかもしれないけど
「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」はもう、お手上げでした。
ダリはわたしのどんだけ先を歩いてるのか…あるいは当時は彼も探究中だったのかもしれないけど。
シュルレアリスム時代に突入すると一気に描きこみが緻密になってダリ度が増します。
「子ども、女への壮大な記念碑」は人間の手足やナポレオンの顔やモナリザが集められていて
ひとつのモニュメントを作っている絵で
これで溶けた時計が描きこまれていたら完璧だったわ…ダリ来たー!って思いました。
「エミリオ・テリーの肖像」は人物よりもモニュメントの方が大きいし
「紅冠鳥の巣と同じ温度であるべきナイト・テーブルに寄りかかる髑髏と抒情的突起」は
布がどういうわけかピアノに変化するし
「オーケストラの皮を持った3人の若いシュルレアリストの女たち」は
グランドピアノやチェロの皮(?)を脱いで姿を現す女性たちですが、
顔にはマグリットの世界大戦みたいに花が咲いている。
「皿のない二つの目玉焼きを背に乗せ、ポルトガルパンのかけらを犯そうとしている平凡なフランスパン」は
真夜中の食堂でパンが動いてるかもしれないという、ナイトミュージアムならぬナイトダイニング。
「引き出しのあるミロのヴィーナス」はブロンズのヴィーナス像の胸や腹や膝に引き出しがついてて
ダリにとって引き出しは内面なので、つまりヴィーナス様の内面が覗けてしまうという…!
「形態学的なこだま」がちょっとおもしろくて、
テーブルの上に塔、岩、壁、人間、静物が同じ大きさで3×3の形に9つ並んでいて
最初は全部"同じ大きさのものがテーブルの上の空間に浮いてる"のかと思ったけど
よく見ると"塔・岩・壁・人間は遠くに描かれているだけ"で
テーブルにもともと乗っているのは静物だけだったとわかってくる。
こういう絵は画家の意図に気づいたときのアハ体験感がハンパなくて大好きです^^
ダリは最近の人であるためか絵の具の色がすごくきれいに残ってる…
というかダリは配色やタッチがとてもきれいで美しい…なぜあんなにムラなく塗れるのか…
これは第一印象からずっと変わってない。
「姿の見えない眠る人、馬、獅子」の黄色は光り輝いていたよ、すばらしい。
画材も保存技術も年々進歩しているし、このままの質を保って未来へ残してもらいたいです。
あと、ダリはフェルメールを尊敬していたらしいので黄色や青にはその影響もあるかもしれない、
「謎めいた要素のある風景」はフェルメールを中心に画家の制作風景を描いていて
フェルメール、足細ッ!が第一印象(笑)。
果てしない地平線の空間でキャンバスに向かう人物の向こうにはイトスギや布や建物が置かれ、
隣にはセーラー服を着たダリ少年と彼の乳母がたたずんでいました。
キャンバスは背中に隠れて見えないんだけど、何を描いているのかな。
妻のガラはダリにとってミューズだったようで、彼女をよく絵に描いていたそうです。
「ガラの3つの輝かしい謎」にはダリとガラ、2つのサインを入れています。
「ガラの晩餐」は136点のレシピと料理の絵やコラージュで構成された本で
栄養学的なことは一切無視してひたすら「ダリにとっておいしい味」を追及していて
料理コラージュのあちこちにガラの顔が貼りつけてあったりする。
(ちなみに「ガラのワイン」という本も出したそうだ)
ガラと一緒に写った写真も展示されていて、
ニューヨーク万博に出展したパビリオンのチケット売り場からひょっこり顔を出すダリとガラが
とても楽しそうでした^^
(しかも売り場は巨大な魚を模した小屋で、2人が顔を出していたのは魚の両目からだった)
他にも友人や作品と写っている写真がいくつか展示されていたけど
どれも目をむいた顔なのはわざとなのかな。
あ。写真といえばフィリップ・ハルスマンが撮影した「ダリ・アトミクス」もあったよ!→こちら
知る人ぞ知る、ダリと黒猫と椅子と水が飛びまくってる例のあれです。
複製とはいえまさか見られるとは思ってなくてびっくりしたしすごく楽しくなっちゃった、
ダリおじさん(撮影時44歳)の渾身のジャンプ!興味ある方はぜひ見に行ってさしあげて。
戦争が激しくなってアメリカへ亡命した頃から巨大な作品を描いたり遊び心が増えてくる。
3枚続きの「幻想的風景」は朝・昼・夕の地平線のある景色で
壁いっぱいに巨大なのでもはや目の前にその風景がどこまでも広がっているような錯覚をおぼえる。
モンタギュー・ドーソンの「風と太陽」は稲妻号という帆船の絵ですが
ダリはこの絵をモチーフに「船」という絵を描いていて
帆はそのままだけど船体を人体に変えて、つまり船を擬人化しています。
へさきの船首がそのまま頭になってるから最初は混乱したけど、わかるとおもしろい。
「アン・ウッドワードの肖像」も仕掛けがたくさんあって
背景の岩がモデルの輪郭の形をしてたり、モデルの腰紐が水平線と同じ高さだったりする。
(ちなみに背景はクレウス岬だそう)
また、ダリは企業ロゴや宝飾品のデザインにも関わったらしくピンやブローチが展示されていて
どれも金色で宝石も使われてキラキラしていました。
「記憶の固執」は溶けた時計だし、「オフィーリア」は顔の部分がトパーズだった。
(そういえばチュッパチャプスのロゴデザインしたのってダリじゃなかったっけ)
舞台美術の仕事のコーナーには
「ドン・ファン・テノーリオ」「狂えるトリスタン」(衣装担当はココ・シャネル)などのための習作やスケッチも。
当時の舞台写真も合わせて展示されていて、
ダリのスケッチそのままのセットが再現された様子が写されていました。
ルネサンス風の建物が爆発するのとか、再現するの大変だったろうなあ舞台スタッフ^^;
あと、本の挿絵も描いていて
『魔術的技巧の50の秘密』所収の挿絵に添えられた
「真の画家は、果てしなく繰り広げられる光景を前にしてもただ一匹の蟻を描写することに
自らを限定することができるはずである」(ダリの言葉じゃないです挿絵タイトルです)には
アッハイ…としか言えなくて、
ダリは普段ふざけてるようでも時々こういう、ぐうの音も出ない文言を投げつけてくるからずるい。
ドン・キホーテや不思議の国のアリスの爆発っぷりがすごかった。。
比喩じゃなく風車も馬もイモムシもカメモドキもコーカサスレースもひたすら弾けてます。容赦ない。
ドン・キホーテは影絵だし、風車の場面は墨でダイナミック習字みたいなタッチだし
マッドティーパーティは時計が串刺しだし、ブタと胡椒の場面はめっちゃ散らかってる(笑)。
アリスは縄跳びをする少女のモチーフで表現されているのでどの挿絵でも縄跳びしてるし
ハートの女王様が赤バラそのものになってるのは大変美しいと思いました。
チェシャ猫を探したけどいるのかいないのかもわからなかった…
というかダリが猫を描くときは果たして猫とわかるように描くのかどうか。
エドワード・ゴーリーは作品中で人は殺しても猫は殺せない人だったけど、ダリはどうなんだろ。
ダリが関わった映像作品も一部上映されています。
映画「アンダルシアの犬」「白い恐怖」「ディスティーノ」は過去に大学の講義で見たので
さらっと眺めるだけにとどめましたが
手の穴からの蟻や目玉を切るシーンや絵画の世界を走り回る主人公の現実感がすごくて
(ダリは蟻とライオンがものすごく嫌いらしい)、一瞬自分がどこにいるかわからなくなる。
あと前もそうだったけどディスティーノは無言で見てしまうね…。
ウォルト・ディズニーとの企画で、戦争のため凍結されていたのを発見され最近完成した作品ですが
次々に強烈なイメージが現れて消えるのは精神を(いい意味で)えぐられていく思いがする。
「黄金時代」は初めて見たけどアンダルシアと同じブニュエルの監督作品で
後半だけ見たらちょっとグロい表現があったり東方の三博士とキリストみたいな人たちが出てて
ストーリーはあってないようなもので夢みたいなのは相変わらず。
ただ人物の行動やエピソードは細部まで徹底的に作りこまれて完成度が高いので
現代の表現者も参考になるんじゃないかと思いました。
あとBGMの鼓笛、4小節くらいのメロディをラストシークエンスまでひっきりなしに繰り返してたけど
あれ演奏してた人たち混乱しなかったろうか。
最後に原子力時代の芸術と晩年の作品。
ダリは広島と長崎に投下された原爆に強い衝撃を受け、
「あの爆発の知らせが私に与えた大きな恐怖」を表現に組み込んでいた時期があったそうです。
「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」はそんな影響のもとに1945年に描かれて
アメリカを象徴する野球選手の隣に爆発が描かれたり爆撃機の顔をした人型がいたり
一部明るい風景や青空もあることからゲルニカのようでもあり。
ダリが戦争画を描くとこうなるのだな…。
「ビキニの3つのスフィンクス」は髪が爆発した人型がいるし(ビキニの水爆でしょうか)、
「炸裂する柔らかい時計」は派手にこわれた時計がペタンとしているのかと思ったら
時計の下には町があってゾッとした。
また、ダリは著書『神秘主義宣言』(1951年)で科学技術と宗教と古典に回帰すると書いていて
「ラファエロの聖母の最高速度」はその最たる絵だと思いました。
DNA配列のような点々に包まれているのはラファエロの聖母のちぎられた顔で
ダリ曰く"エネルギーを得て旋回し解体される様子"を描いたとのこと。
また、「ラファエロ的厳格」は赤い色をした巨大な板をキャンバスにして
木目を活かして絵にしています。
真ん中にたたずむ女性像はラファエロのボルゴの火災に描かれている女性がモチーフだそう。
「素早く動いている静物」はスホーテンの静物画をモチーフにしたそうですが
動いてる時点で静物じゃないだろって突っ込みは野暮ですね、
コップも水もナイフもすごいスピードで飛んでて効果線が見えるようでした。
一見、無造作に飛んでいるように見える静物は黄金分割の数学的な座標軸の計算のもとに飛んでいて
ダリにとってはちゃんと理由があるようです。
「エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスのマルガリータ王女」はベラスケスの同作がモチーフで
構図はそのまま写してるけど王女は灰色に塗りたくられていて、
エスコリアル宮は王室の霊廟だとキャプションに書いてあって、つまりそういうことかなと。
「海の皮膚を引き上げるヘラクレスがクピドを目覚めさせようとするヴィーナスにもう少し待ってほしいと頼む」は
海底で眠るクピドを起こそうとした母親のヴィーナスをヘラクレスが止めている図ですが
海の皮膚、つまり水面を、牛乳の膜でも取るようにつかんでいるヘラクレスがおもしろいです。
「トラック(我々は後ほど、5時頃到着します)」は
キャンバスの右上に本物の紐、左下に紙くずを貼りつけたコラージュがあり、立体的な作品。
トラックはシュルレアリスム宣言にある「墓地まで引越しトラックに運んでもらう」云々をイメージしたのかな。
「チェロに残酷な攻撃を加えるベッドと二つのナイトテーブル」はタイトル通りの現象を描いた絵で
チェロもベッドもテーブルも激しすぎてドンガラガッシャーン!とか音まで聞こえてくるようなタッチで
まあ落ち着きなさい、ちょっとあっち行って話そうじゃありませんか…と声を掛けたくなるレベル。
今回の展覧会で最も巨大な作品「テトゥアンの大会戦」はモロッコ・スペイン戦争の一戦の様子で
マリアノ・フォルトゥーニの同タイトルがモチーフ。
むせかえりそうな土埃の中を進んでくる騎馬隊の最前列にいるのはダリとガラ、
2人の間には「5」「7」「8」(制作期間中のダリの年齢57~58歳)が記されていたり
画面に数字が散らばっていたり、馬が空を飛んだり、山越阿弥陀図みたいな女神がいたりして
ダリが歴史画を描くとこうなるんだなと。
「ポルト・リガトの聖母」は初めて本物を見ましたが猛烈に美しかった!あれも大きい絵ですね。
鑑賞を終える頃にはいわゆる常識とか思いこみみたいなのをばしばし覆されまくっていたので
会場を出たら世界が幾何学模様に見えました…。
マグリットと同世代なので何となく比較しながら見たけど、
マグリット展のときは世界中の物がバラバラになりそうな不安感があったけど
ダリは逆に世界中の物がひゅっとひとかたまりに縮んでいくような錯覚があったというか、
マグリットは紳士的なシュールレアリストですがダリは「俺を見ろ!」みたいな圧がすごかった。
歌麿と北斎、広重と国芳みたいな感じと言えばいいのかな。
新美術館を出てくるりと振り向き建物のうねったデザインを見たときも
なんかダリっぽいな、とか思うくらいには毒されていたと思う。(黒川紀章氏の設計です)
「シュガーである」
(兼高かおるの「その髭は何で固めているのか?」の問いに対して。サルヴァドール・ダリ)

展覧会特設ショップの隣に展示されている「メイ・ウェストの部屋」。
こちらのみ撮影OKでした☆
1974年にスペインに開館したダリ劇場美術館の一室を再現したもので
ある角度から見ると俳優メイ・ウェストの顔が見えるようになっているとのこと。
これでも何となくわかるのですが、、

天井に設置された鏡にカメラを向けるとこんな写真が撮れます!
奥の2枚の絵は近くで見ると風景画ですが、遠くから見ると目に見えるのですな…
わたしはメイ・ウェストを知らないのでぐぐって写真を探したら
確かに睫毛がバサバサした人だなあと思った。

特設ショップにあった巨大ガチャガチャ。
ガチャの前にいるスタッフさんに300円を渡すと1ダリ紙幣がもらえて1回まわせて
卵型の白いカプセルが転がってきます。開けるとピンバッジが入ってます。
全部で6種類あって、時計が欲しかったけど
わたしのは「見えない人たちのいるシュルレアリスム的構成」から、人の形にへこんだ椅子でした。
あと初日に展覧会の成功を祈って「ダリ能」なる能が奉納されたそうですが(後日放送されるらしい)、
その銀色の能面がショップの入口に飾ってあったり
はいだしょうこさんの描いた「ダリさん」が額に入れて飾ってあったりした。
ルー大柴さんがダリのコスプレして撮ったポスターもかっこよかったし
「ポストカード○○円」などの値札が奇妙に歪んだ形になってて、いちいちおもしろいです。

1ダリ紙幣と、卵ガチャから出てきたピンズ。
とてもいい記念品になりました☆ 企画してくれた人ありがとう。
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