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ゆさな日々

猫・本・歴史・アートなど、好きなものやその日考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。


わたしの芸術は自己告白。

  1. 2018/11/12(月) 23:59:05_
  2. 文化・美術
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munch1.jpg
東京都美術館で「ムンク展-共鳴する魂の叫び」を観てきました。
ノルウェーのオスロ市立ムンク美術館が所蔵するエドヴァルド・ムンクのコレクションが
約100点ほど来日する回顧展です。
ムンクについては過去に西美で連作を見たのと、「叫び」を描いた人という知識しかなくて
暗くて強烈な印象ばかりが先立っていましたが
今回は画業の始まりから晩年まで色んな絵がありましたので過去の展覧会よりはマイルドでした。
で、やっぱりそんなに明るい雰囲気ではなかった^^;

自画像をたくさん描いた画家といえばゴッホですが、ムンクも相当な自画像を描いたようで
(現存するのは80点ほど)30代の頃のリトグラフから晩年の油絵までたくさん展示されていました。
ポートレートのようなものもあれば、青空や家の壁をバックにしたもの、
スペイン風邪をひいた後のげっそりした顔まで描いています。
年齢がわかっている絵もあって、19歳で絵の学校に入学した際の初めての自画像は
自信に満ちあふれて胸を張っていてかっこいいし、
63歳のときに家の前にいる自分を描いた姿はちょっと斜に構えてニヒルな雰囲気で
見ているこちらもつられてニヤリとしてしまう。
地獄の自画像は自分の裸体をカメラで撮影し(ムンクはコダックのカメラを持っていたらしい)、
背景に炎と影の渦を描きこんだすさまじい作品ですが
中央のムンク自身が静かに立った姿で描かれているので業火のような凄みは感じなかった。
あとムンクが撮影したシルバープリントの写真も展示されていて
横顔や帽子を被った姿、フランス革命のマラーを真似た雰囲気で撮ったもの、
コペンハーゲンの精神病院に入院していた頃のものなど色々ありました。
ムンクは自撮りすることが多かったようですが、フィルムカメラで自撮りってすげぇ勇気ありますな…!
デジカメと違って消せないから失敗したときのことを考えるとできない…と思ってしまうのは
わたしがすっかりデジカメに慣れ切ってしまったせいかな。ムンクはチャレンジャー。

家族や友人たちの肖像画。
両親や姉、叔母など身近な人々のこともたくさん描いています。
早くに亡くなった姉を描いた「病める子」シリーズは前にも見たけど
リトグラフでざくざくしたタッチの割には描かれた姉の横顔がとてもきれいで
ムンクって絵うまいな…などと、至極当たり前のことを考えてしまった。。
知識グループのボヘミアンたちや作家のアウグスト・ストリンドベリ、ヘンリック・イプセンなども
リトグラフでざくざく描かれていて、
バイオリニストのエヴァ・ドムッチ(ストラディバリウス奏者)は豊かな黒髪に目鼻がきりっとして美しく、
モノクロでべったりとした表現なのに立体感があってすごい。

パリに留学して印象派に強い影響を受けてからはカラーで描くことも増えたようです。
「夏の夜、渚のインゲル」は海辺のごつごつした岩の上に白い服の女性が座っていて
涼しげでとても綺麗な絵だなと思いました。
ヤッペ・ニルセンの恋煩いに着想を得たという「メランコリー」は憂鬱そうな男性が手前に描かれ、
背景はノルウェーのフィヨルドと曇った空で、確かになんとも陰鬱な雰囲気。
「渚の青年たち」は友人の子ども部屋に飾る絵がほしいと依頼されて描いたようですが
メランコリーの構図に複数の顔のない人物たちがゆらゆらと描かれていて
これ子ども部屋にあったら気が滅入るんじゃないかな…などと心配してしまった^^;
またこの頃から同じ構図、同じモチーフを繰り返し描くようになるそうで
特によく描いていたのは「月の柱」。
夜空に浮かぶ月の光が、海の水平線から波打ち際までゆらゆらと真っすぐ伸びている形を
これ以降の作品にいくつも描いています。
要するに海の絵、それもノルウェーのフィヨルドの海をよく描いていたということなんだな…。
2枚並んでいた「浜辺にいる2人の女」は多色摺版画で、一方は赤い砂浜、もう一方は緑の砂浜で
その色がくっきりしているので熱を感じたり重さを感じるなど。
あれっと思ったのが「夏の夜、声」。海と月の柱を背景に女性がど真ん中に立っているのですが
隣の「瞳、声」では夏の夜の女性の首だけが地面にぽつんとあって、やはり背景は海と月の柱で
夏の夜にはなかったボートが浮かんでいて何かの暗示のように見えた。
「幻影」も、おそらく夜と思われるくらい暗い色の水面に白鳥が泳いでいて
白鳥の足元には女性の首が浮いていましたがこれも暗示なのかな。
「人魚」は個人的に月の柱が最も美しく描かれているように見えたし
浅瀬に身を横たえる人魚にも、フィヨルドにごつごつと転がる岩にも月の光があたっていて
その色がもう、とにかく綺麗でした。
白や黄色や青や緑や…月光ってこんなに豊かな色彩で表現できるんだなと知りました。いやはや。

この後はいよいよ、「叫び」です。
munch2.jpg
来日していたのはこちら。
ムンクは「叫び」と題する同じ構図の絵をパステルやリトグラフなどで複数描いていて、
これはそのうちの一枚で油絵です。
この絵の前だけ人だかりがすごくて、最前列はパーテーションで行列ができていて
例によって係の人に「歩きながら見てください」と言われながら鑑賞するパターンでした。
とりあえず列に並んでまず最前列で鑑賞、その後パーテーションの後ろから穴が開くほど観てきました。
当時ムンクはアルコール依存症や不眠症などを抱え幻覚もあったということですが
なんだろう、じっと見てるとそれだけじゃないような気がしてくる。

この絵を描くきっかけになった原体験をムンク自身が日記に綴っていますが、
夕暮れの道を歩いていた(疲れて気分が悪かったらしい)ら太陽が沈み、雲が血のように赤くなり、
自然を貫く叫びのようなものを聞いたと思ったのが最初だそう。
(その文章は後年に何度も上書きされて様々なヴァリエーションがあるようです)
空も雲も血のように塗った理由を彼は「色彩が叫んでいた」と表現していて
それがもう既に彼の叫びに聞こえる気がする。
橋の奥を歩く人物2人は男性とはっきりわかるのに
中央の人物は誰ともわからなく描かれているちぐはぐさが何ともいえずムズムズしました。
何より空の赤がすごく綺麗で、幻想よりも崇高さを感じました。
(ノルウェーのフィヨルド辺りではこういう色の雲が出るお天気の日がままあるそうな)
この絵の両隣に「絶望」(叫びと同じ背景にうつむいた男性)と
「不安」(叫びと同じ背景に黒服の人々が行列をつくっている)が並べてあって
これらは生命のフリーズ(建築の装飾帯「フリーズ」になぞらえた)と呼ばれる連作になっているそうです。

わたしが「叫び」をいつ知ったのか、はっきりとは覚えていないのですが
たぶん小学生の頃にはそういう絵があるというのをテレビや雑誌などで何となく知っていた気がする。
ただ今回来日した絵はほぼ白目で、その頃知っていた絵とは微妙に異なっていまして
最初に何かで見た「叫び」はカラーで瞳が描かれていたように記憶しているので
たぶんオスロ国立美術館の叫びだったのでしょう。(今回来日したのは市立美術館の絵)
他の「叫び」もいつか見る機会があったらいいな。
(国立の絵は2回くらい盗まれて戻ってきたんだよね…十年以上前の騒動ですけどね。
その盗難から取り戻すまでのいきさつが書かれた本を過去に読みましたがおもしろかったです)

人間同士のふれあいというか、「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」の3つのモチーフの絵だけが並んでいて
しかもひたすら同じ構図で描かれた絵のコーナーも。
接吻はキスをする男女の全身図がキャンバスの中央にあって、背景は月明かりだったり窓辺だったりしますが
男女のポーズはどの絵もほとんど変わらず立ちポーズだったりします。
吸血鬼も、横たわる男性に覆いかぶさってキスする長い髪の女性という構図だけで
油絵でもリトグラフでも何十枚と描いているらしい。
本当に血を吸っている絵なのか、血を吸うほどのキスという表現なのか、解釈は色々できそうですね。
(ちなみにムンクの草稿によると後者のようです)
マドンナは当時の恋人がモデルで、やはり豊かな長い黒髪の裸体の女性が妖艶にこちらを見下ろしていて
背景は真っ暗だったり胎児と精子が描いてあったり、おそらく死や生の表現だと思う。
マドンナと吸血鬼を裏表に貼りつけた石板もありました。
なぜここまで同じモチーフ&同じ構図を繰り返し描き続けたのかというと
ほとんどの画家にとってそうであるようにムンクにとって作品は「子どもたち」であり、
生活のために売る絵もあるけど同じようなものを手元に置いておきたかったからなのですって。
晩年の自画像には、自分の作品を何枚も飾った自宅の部屋をバックにした絵もありました。

「目の中の目」で向き合っている男女、「別離」で互いに背を向けた男女が並んでいて
なんだか恋人を作っては別れ作っては別れて、生涯独身だったムンク自身のよう。
「嫉妬」は緑の部屋シリーズと呼ばれる連作のうちの1枚で
男女のキスを目撃した男性がものすごい顔をしていて映画のワンシーンのよう。
「マラーの死」は、室内のベッドに右手が血まみれの男性が横たわって
ベッドの前には女性が立ち、どちらも全裸です。
これは結婚を迫る当時の恋人トゥッラ・ラーセンとの間に銃の暴発事件を起こして
ムンクが左中指を失った経験が反映されているのではないかと。
「生命のダンス」は月の柱のある海辺で踊る人々の絵で
それぞれ白(清らかさ)・赤(性愛)・黒(拒絶)のドレスを着た3人の女性が最も大きく描かれ、
赤いドレスの女性が踊る相手は聖職者だったりします。
背後の人々も楽しそうというよりは半ば狂乱したような踊り方で
ムンクはその光景を「戯画のよう」と草稿に書き残しています。
ダンスといえどキラキラした絵を描くわけじゃないのが、すごくムンクっぽい気がする。

友人やパトロンを「守護者」と呼んだムンクは彼らの肖像も描いています。
よくあるバストアップから縦に長い全身図まで様々。
ニーチェの肖像画を描いていたのは知らなかった…!
彼の妹エリーザベトに頼まれてニーチェの死後に写真をもとに描いたそうです。
びっくりしたんですけど背景が「叫び」にそっくりというか、あれを左右反転させたような背景でした。
ムンクはニーチェを、ベランダに立ち谷を見下ろす「ツァラトゥストラの詩人」として描いたそうで
それは自然の叫びを聞いたという例の原体験にも通じるような気もする。
エリーザベトの肖像画もあって、兄妹で描いてあげたんですね。
ムンクが後年、精神病で入院した際にお世話になったダニエル・ヤコブソン医師は仁王立ちの全身図ですが
片足に馬の蹄(悪魔の意味)が描かれていて、頼りにしつつも複雑な思いが見てとれました。
(ちなみにこのとき例の「アルファとオメガ」を制作している)
緑色の服を着たインゲボルグはムンクの家の家政婦さんで、
彼女のドレスだけではなく背景の草木も様々な緑色で塗られていてとても明るい絵でした。
思ったんだけどムンクって緑の使い方がむちゃくちゃ上手いな…!
「死と春」も、室内に寝ている病気の姉と屋外で輝く自然の緑が対比されていて
暗さと眩しさとでくらくらしたし、
「庭のリンゴの樹」もたわわに実った青リンゴが明るく描かれていました。
ムンクにとって緑は生命の色なのかも。

パリやベルリンを経てオスロに帰った頃に残した風景画もいくつか。
「疾駆する馬」は雪景色の中を駆けてくる馬を生き生きと描いていて迫力がすごい、
ムンクにしては珍しく動きのある絵です。かっこいい!
「太陽」は巨大なキャンバスに描かれて、フィヨルドの海に太陽がのぼる景色なのですが
画面いっぱいに太陽の光がワーッと散らばっていてものすごく立体感を覚えました。
海に太陽の柱までできてるし。
「黄色い丸太」は、雪景色の林の中に切られて倒された大きな丸太が描かれて
奥行きを感じました。さっきまでべったりした絵ばかり見てきたのでちょっと新鮮だった。

ムンクは1943年12月の誕生日を祝った数日後、自宅の近くで爆発があり窓ガラスが吹き飛ばされて
冬の寒さに気管支炎を起こして翌年1月に亡くなっています。
自宅に残されていた作品はムンクが気に入って売らずにいたもので、
それらはすべてオスロ市に寄贈され現在は同市のムンク美術館が所蔵しています。
つまり今回見た作品群はムンクお気に入りコレクションなのだ!ちょっと楽しくなりました。

予想以上におもしろかった!
全体的に暗かったけど、思ってたような暗さではなく、むしろつとめて明るい色を使うようにしていて
そのうえであの暗さなのかもしれないなあと思いました。
絵はどれも綺麗に描いてありました。人の首がとか、血を吸われてるとか文字で書くと怖いけど
表現されたものはみんな綺麗でした。
自分の芸術は自己告白、と60代の頃のスケッチブックに書きこみがあるそうで
表現は直接的でもどこか諦めや静けさを心の中に持つのがムンクという人だったのかもしれない。
過去に西美で連作「アルファとオメガ」を見たときは怖いやばいとしか感じられませんでしたが
たぶん一番強烈な部分だけ見てしまったからだと思う。
今回まとめて見てみて、彼の画業の通過点のひとつとしてあの表現があったことがわかったので
次にアルオメを見る機会があったらもう少し冷静に見られるかな。それとも変わらずやっばい!と思うのかな。
楽しみです。

(あとムンクは同じモチーフを同じ構図で無数に描いてますけど、モネやゴッホを見たときもそうだったけど
ムンクの作品群を見ていると絵は同じもの同じ構図同じ色で好きなだけ描いていいんだな…と思えてくる。
絵描きなら違うもの、新しいものを描かなければならないみたいな強迫観念にたまに襲われるんですが
今日はとても勇気をもらいました。有意義な時間でした)

munch3.jpg
展覧会公式キャラのさけびクンがかわいい。
最近は展覧会にもゆるキャラが作られるようになって和みますね^^
あと、この展覧会限定でデザインされた叫びピカチュウのクオリティが想像以上でした!
あれはかわいい。



シンカリオン44話感想は例によって追記です。↓
ゲンブさんの件がショックすぎて少々長くなりました。
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