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たいていの人は図書館やミュージアムに行かない、という話を職場の人としていて
業界にいると見えないことっていっぱいあるよなあと思ったゆさです、こんばんは。
うちでもミュージアムに行くのは母と弟だけで、父と妹はぜんぜん興味ないしなあ。
(その代わり別のものに興味があってそっちには猛烈に入れ込んでいる)
図書館も、わたしと母はよく行くけど他の3人はあまり行かないなあ。
(父と弟は読みたい本は自分で買う派)(妹には読書の趣味がありませぬ)
色々と便利な世の中ですが文化に触れる機会は圧倒的に少ない中で
わたしにできることはあまりないですけど、
たとえば友人から「今度〇〇に行くんだけど観光スポットある?」と聞かれたら
「現地のミュージアムに行って」「わからなかったら調べるよ」というのは伝えています。
図書館はともかく美術博物系だったら興味のある分野の展示があれば行ってくれる人はいるので…。
(行くかどうかは個人の自由なので言うだけ)

そもそも「敷居が高い」「興味のある資料(展示)がない」「趣味ではない」「知らない」などなど
企画とか広報とか宣伝とかの課題は山積みなわけですが、
美術系の笑い話としてよく言われるのは
「国宝や世界遺産や有名スポットの中で生活していると日常すぎて行かない」というやつだと思う。
(祇園に住んでて八坂神社行ったことない人の話を過去に聞いたことがあるです)
近くにありすぎるとかえって行かないというのはわたしもよくわかる…
高麗神社とか平林寺とか妻沼聖天山とか近美とか川博とか埼スタとか、実は行ったことないのです;;
大宮の氷川神社も三峰神社もここ数年の間にやっと行ったばかりだし…。
理由はただ単に用事がないからですけど、
近くより遠くに住む人の方が「遠くて普段なかなか行けないからこそ行きたい」ということで
情熱が燃え上がるのかもしれないですね。
わたしも各地に旅行した際には「次いつ来られるかわからないから行けるとこ全部回る」ってなるし。

その話のなかでちょっと気になったことがあったのですけども。
「奈良や京都みたいな掘ったら文化財が出てくるような歴史ある地域」という内容のことを言った人に
少し違和感を覚えました。
ええと、うまく説明できる自信がないのでいつものようにだらだら長くなりますけども。。
西日本に指定文化財が集中しているのは確かですけども、ちょっと考えてほしいのは
文化財というのは文化財保護法に基づき指定されたものなわけでして。
でもって、これもよく言われることですけど
文化財指定されずに埋もれている文化財(になりうるもの)は発見されていないだけで
各地にべらぼうにあるわけで。
それらが何らかのきっかけで発掘・発見されて基準を満たせば文化財になりうるし、
法律が変わって文化財の範囲が広がることで、前は指定されなかったものが指令される場合もあるし
逆に破損してしまい外されるものもあるわけで。
法律や基準は人間が制定するものですから揺らぐんですよね。現にしょっちゅう改定されてますしね。

実はこの前、うちの土地の一部が国指定史跡になったので役所がハンコもらいに来たんですけど
それはその分野を長く研究してきた人たちの成果が実ったわけでとてもすばらしいことだし、
そうやってある日突然、自分の身近にある物が
「今日からこれ(ここ)は文化財ですよ」って国や自治体から言われる可能性はあるし
逆に何らかの理由で外されて一般に戻る場合もあるんだよね。
戦後に文化財保護法ができてから(法隆寺金堂の火災がきっかけです)、
文化財指定というのはそれらの繰り返しで今まで積み重ねられてきていて
だからこう、うまい言い方が見つからないので例えがアレですけど「あやふや」なんですよね。
いつどうなるかわからないっていう。
だから「指定されたからスゴイ」とか「外されたからもうダメ」とかいう言説を見かけると「ん?」ってなるし
指定されたら保存されるけど外されたら保存しなくていいという理由にはならないと思っています。

博物館や美術館は公共や個人の文化を収集・保存したり研究したり一部を展示している施設ですので
文化財について楽しんだり勉強したりするには最適な施設なわけですが、
博物館美術館にあるものとか、研究がすすんでいるものとか
いわゆる権威づけされたものだけが文化のすべてではないと思う。
発見されてない、情報がまとめられてない、研究されてない、保存されてない、から
文化的ではない、とは限らないので。
普段何気なく歩いている道端の盛り土が古墳かもしれない。
学校や職場から出てきた土くれが数千年前の土器かもしれない。
何気なく通り過ぎていたボロボロの社が未発見の神様を祀る神社かもしれない。
自宅の障子に貼られていた和紙が維新志士の手紙かもしれない。
箪笥や押し入れに眠っていた書物が武士の家計簿かもしれない。
そういう可能性は全国各地にあるわけでね…文化財になってないだけでね。
西日本、特に奈良や京都の指定文化財が群を抜いて多いのは確かですし
奈良スゲー京都スゲーっていうのもその通りです。
だってそれだけ研究と手間暇が費やされてきているわけだから。
でもあなたの住む土地も発掘や研究がすすめば奈良や京都に並ぶかもしれないし
「奈良や京都に出土したもの=文化財」的な考えはちょっと気を付けた方がいいよ…と
おせっかいながら思ったのでした。(言わなかったけど)
(ただ、いまの奈良や京都で発見・発掘されたものが研究に回るのは当然だと思うし
奈良や京都が人々にそう思われているという事例は思想史の一環として記録しておいた方がいいと思う)

というか、これは震災が起きたあたりから強く感じていることなのですけれども。
毎年毎年何らかの災害の絶えないこの地球上で、いまの景色が残っている時点で
それはとんでもない奇跡なのだと最近思うようになりまして。
もしこの先地球に何かあって、その土地が消えてしまったら発見も研究もできなくなってしまいます。
自然だけじゃなく人災も、たとえばパルミラ遺跡やアフガニスタン博物館のこととか考えると
歴史研究って常に今が最適なのだと心底思い知らされる…現物があるならなおさらです。
目の前にその物が存在しているなら記録しておかないと、物は今この瞬間も光や酸素に触れて傷んでいくし
いつ消えてしまうかわからないからです。
というわけで国は歴史研究と文化行政にお金ください。(突然)

何を言ってるのかわからなくなってしまいましたが、
文化っていつどんなときに掘り起こされるかわからないしその可能性は地球上どこにでもあるよって、
それが言いたかったんだ…(長いよ)。
江戸時代までほとんど見向きもされなかったけど近代に正岡子規により発掘された万葉集しかり、
近世はほとんど上演されなくなっていたけどファンにより再演されるようになったシェイクスピアしかり、
最近までほとんど埋もれていたけどネットから爆発的な人気が出た伊藤若冲しかり。
誰かが目を向けたことで脚光を浴び保存・研究が進む文化はものすごくたくさんあり、
そういうものの背景には必ずといっていいほど「残そう」としてきた人たちの活動があります。
だから西日本だけが文化的とは思わないでほしいし、
掘り起こされないからといってその土地に何もないだなんて思わないでほしい…。
文化財だけが文化じゃないし指定されない=価値がないわけじゃない、何もないなんてこともありえない。
人が住んできた土地には必ず何らかの痕跡があるので
それらの研究がすすめば人類はもうちょっとだけ人類について色々なことがわかるようになるよ。



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