鬼神に横道なきものをその3。

根津美術館の「酒呑童子絵巻-鬼退治のものがたり」展に行ってきました。
同館所蔵の酒呑童子絵巻3点すべてを一挙に展示しているのです。
一部とか前半だけとかじゃないのよ!ほぼ全部開いてくれてるのよ!!うおおぉたぎる٩( ᐛ )و
酒呑童子の物語は絵巻、絵本、読み本、謡曲、小説などあちこちでメディアミックス化されてますけども
絵巻はあまり残っていなくて(制作コストかかるしお値段が高いのでお金持ちしか作れない)、
そんな絵巻を3点も所蔵してる根津美すごいな??
何より根津美の酒呑童子絵巻はこれまで一度も見たことがないので
しかも3点全部見られるというので半年前から楽しみにしていたのでした。

展示室へ。
室内の撮影は禁止ですし、図録もないので展示品を目と脳内に焼き付けてきました。
まずびっくりしたのが、今回の企画展は展示品がわずか3点のみ。
そうです絵巻3点のみなんです!ほんとに。
出品目録を見ても、
・酒呑童子絵巻(室町時代)作者不明
・酒呑童子絵巻(江戸時代)伝狩野派(山楽)筆
・酒呑童子絵巻(江戸時代)住吉弘尚筆
これしか書いてない!シンプル。
日本に現存する酒呑童子絵巻は「大江山系」「伊吹山系」のどちらかが多いのですが
根津美の所蔵する3点は後者の伊吹山系の流れを汲む内容になっています。
伊吹山系というのは、ざっくり言いますと、滋賀県にある伊吹山の神が童子の父であるという内容から
大江山の鬼退治の物語に繋がっていったり、
童子の住み処が大江山ではなく伊吹山になっている物語のことです。
展示品の中で最も古い室町時代の酒呑童子絵巻は
内容から元々はおそらく3巻構成だったと考えられていて、根津美が所蔵するのは中巻のみ。
頼光たちに酒をすすめられるままに飲んでしまい、ぐだぐだに酔っぱらった童子のシーンから
鬼のひとりが舞って坂田金時も舞って、
寝所で鬼の姿に戻って寝ている童子のシーンまでが開かれていました。
人物の表情が適当に描かれていたり、頼光たちの服装の模様や家紋がバラバラだったりして
だいぶいい加減な描写が目立ちますけれども
童子の仲間の鬼たちはカラフルで赤、青、黒、緑、オレンジなど様々な色の鬼たちがいるし
1本角や2本角、三つ目、牛の顔をした鬼など姿形もいろいろ。
この辺りは逸翁の大江山絵詞などを参考にした可能性もあるのかなあ。
何より寝所で寝ている童子がおもしろすぎた!
むちゃくちゃいい笑顔で大口あけてて、超ご機嫌な顔で寝てるんですよ(笑)。
こんなに幸せそうに眠る童子を描いた絵巻が未だかつてあったでしょうか!?たぶんない。
この後退治されちゃうのかよマジかよ…本当に悲しい…。
酒呑童子の寝顔をこんなにかわいく描くなんて作者の絵師は何を考えているんだ。つらい。
続いて江戸時代初期の酒呑童子絵巻を鑑賞。
こちらは狩野元信の酒天童子絵巻(サン美所蔵)を踏襲して描かれた可能性があるようです。
童子の住む鬼の館のシーンと、クライマックスの鬼退治の部分が開かれているのですが
鬼館の四季の庭の描写が、もう、もう、超絶に美しい!!
池のたもとに大きな藤の花が咲く春の庭に始まり、ハイビスカスのような赤い花が咲く夏の庭、
萩の上に蝶が舞い紅葉の下に鹿が鳴く秋の庭、雪景色の松の庭に鴛鴦が5組も集う冬の庭、
なんて、なんて綺麗な庭。
作者の絵師は狩野派の誰かとされていて、有力視されているのは山楽だそうですが
こんな美意識にあふれた庭を描くなんて何を考えているんだ。すばらしい!
これらを創りだしているのは童子の力ということなのですが
彼にはそれらを美しいと感じる心があり、自然を愛でていたのだと思うと涙が出そうになったし
これほどの庭を存在させるなんてどんだけ力のある鬼なのかと感動して、やっぱり泣きそうになりました。
花鳥風月を愛する酒呑童子!!だいすきだ!!!✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。
(わたしの後ろにいた人が小声で「Beauty」と呟いておられて、心の中で100万いいね押しました)
鬼退治シーンの描写もすさまじく、頼光たちは容赦なく童子の体に刀を突きたてているし
手足を縛られた童子の体から流れる血が強烈に生々しくて震えた。。
打ち取られた首がぴょーーん!と垂直に飛び上がった様子と
そばにいた頼光の兜に食らいつく様子が同じ画面に描かれているのは珍しいなと!
わたしが見たことある絵巻ではだいたい首を落とされた首なしの童子の体と
すでに飛んでいっている首が描かれている作品が多くて、
刎ねられた首と飛んでいった首が同時に描かれているのって見たことなくて。
童子の寝所にあった着物の柄が細かかったり、背後の金屏風には竹やぶにたたずむ鶴がいたりと
細部まで手を抜いていない絵師の心意気もすごいと思いました。
最後に、江戸時代後期の酒呑童子絵巻。
作者は住吉派の絵師で弘尚という御用絵師だそうですが、あまり詳しいことはわからないらしい。
全部で8巻49段、ほとんどの絵が開かれていて鑑賞できました。
(冒頭や末尾など、展示ケースの幅の都合で開ききることができずパネル展示の部分もありました)
前半4巻は伊吹山系らしく「伊吹童子」(異本)のストーリー。
スサノヲに退治された八岐大蛇が出雲から近江へ逃げて伊吹山の神となり、
地元の女性と恋をして酒呑童子が生まれるまでの物語です。
伊吹山系の異本ってだいたい、伊吹山の女性が伊吹山明神に通われているシーンから始まりますけど
その発端となった八岐大蛇から描かれている絵巻は珍しいのではないかな…?
ひとつの龍体に首が8本ついた八岐大蛇をざんばら髪のスサノヲが退治してるの超かっこいい。
出雲から逃げて伊吹山にてウロウロしていた大蛇の霊魂を鎮めるために
地元の人たちが建てた神社も丁寧に描いてあるよ…よかったねえ大蛇。
そんなある日、近江国の須川某さんのお宅に女の子が生まれまして
須川さんは大変かわいがってしっかり教育を受けさせるなどして育てます。
そのシーンは北野天神縁起絵巻(根津美所蔵)にある部分から構図をとっているので
弘尚はおそらくその絵巻か、他の天神絵巻を見る機会のあった人なのでしょうね。
本を読む女の子とか、女房にじゃれつく猫とか色々細かいです。
玉姫と名付けられた女の子が成長すると、直衣姿の伊吹明神がやってきてふたりはラブラブになって
玉姫は明神の住む神社に引っ越して仲良く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
…じゃなくて。。
明神と玉姫の間に生まれた子は男の子で、なんと3歳(!)からお酒を飲み始めたようです。
(完全に元大蛇の父ちゃんからの遺伝ですね)
明神にもどうにもならないので、比叡山へ預けられて最澄のもとで修業することになった男の子。
ある日宮中に祝い事があり、踊りを奉りなさいというお触れが各地に出まして
比叡山は男の子の提案で鬼踊りをすることになります。(この時点で既に雲行きが怪しい)
男の子は7日間で3000個の鬼面を作ると宣言し、実際、作り上げてしまいます!
神通力とか使ったのかな??神の子だしな。
完成した3000個の鬼面が並ぶシーンの絵はだいぶ怖い、
赤や黄色や緑や青や黒、様々な色に様々な表情の鬼面がごろごろしている作業部屋はちょっとすごくて
あまりの光景に僧侶にしがみついて顔をそむける稚児さんも描かれていました。
(童子のそばには木くずや工具が転がっていましたが
あれらは当時の職人がどんな道具を使っていたかの史料にもなりそう)
そんなこんなで鬼踊り当日。
最澄をはじめ宮中の人々が見守る中、大勢の人々が鬼面をつけて舞うさまは
迫力と凄みと不穏さと異様さが混ぜ混ぜになっていて、一周回っておもしろい!
鬼の顔が誰ひとり笑ってないのがすごいし、色とりどりだけど毒々しいカラーリングだし
楽しそうに踊る者や狂ったように踊る者、笛太鼓を鳴らしヘドバンする者などに囲まれて
ど真ん中で赤鬼の面をつけて鈴と扇を手に舞う童子は楽しいのか狂っているのか…。
そんなハレの勢いのまま、鬼踊り大成功のお礼として振る舞われたお酒を大量に飲んでしまって
大蛇の血の本性に目覚めてしまった童子は
比叡山で僧侶や稚児に棒切れを振り回すなどの暴力をふるい、最澄に追い出されてしまいます。
山を去るときは正気に戻っていたみたいで、水干姿の背中がすごく切なかった…。
父親のいる伊吹山の神社で童子が夢見をするのですが
狛犬のいる本殿にてうつらうつらする童子の前に父神が顕現するシーンは
父神の姿に雲がかかって見えなくなっていて、こういう表現もあるのかと。
「岩屋に住んで悪さをするな」と言われた童子は大江山へ行きますが、
数年も経つと父神との約束をやぶってあちこちで悪さをするようになります。
そんな童子のために最澄が7日間の調伏をした満願の日に
比叡山の稚児に大宮権現(本地仏は釈迦)が降りて「童子を滅ぼしましょう」とお告げをします。
神様仏様ってほんとこういうとこ容赦ねえな…!
それから100年、最澄も空海もいなくなった頃に酒呑童子は千丈ヶ嶽へお引越しして
鬼の仲間たちを集めて都へやってくる…という、
ここからは御伽草子などにも載っているなどでよく知られた大江山の物語が始まります。
ストーリーは割愛しますが、ここでも弘尚の筆は手を抜いていなくて
童子の仲間の鬼たちが頭に手ぬぐいや鉢巻を巻いてたり
雅楽に使う被り物をしていたりとなかなかのおしゃれ鬼集団さんに描かれていたり、
酒を飲まされて寝所に下がった酒呑童子が
頼光一行が鎧に着替え刀を携えてすぐ近くにいるという気配に気づいて
枕もとの武器に手を伸ばしている描写がすごくたぎったし、
首を刎ねられても頼光の兜に食らいつく凄まじさに女性たちが逃げ惑っていたりと
ものすごく生々しい描写が細かくされていて驚いてしまった。
童子を倒して首を持ち帰り、都大路でパレードする頼光たちの描写もいつも通りですけど
童子以外の鬼の首も刎ねて持ち帰ってきていたのとかも
なんて生々しいのかと思いました。
弘尚って江戸時代後期の、具体的にどの頃の人なのかわかりませんが
もしかすると幕末の人だったりするのかな、
落合芳幾や月岡芳年みたいに血まみれの戦争を目の当たりにした人なのかな…などと勘繰るくらいには
いちいち描写が凄まじくて戦慄してしまいました。
で。
絵巻が3つもあるのにどの絵巻でも酒呑童子は退治されるループから逃れられていないなんて←
源義経が大陸へ逃げてチンギス・ハーンになったみたいに、
フランダースの犬がアメリカではハッピーエンドになってるみたいに、
酒呑童子が実は逃げて今もどこかに生きているお話を誰か描いてくださいよ~。(他力本願)
あと気になったのですが、山伏に化けた頼光一行が大江山へ行く途中の川で
血の付いた衣を洗っている女性と出くわすシーンがあるのですが、
あのシーンは今回見た狩野派・住吉派のどちらも構図がまったく同じで
さらに言うなら過去に見た大江山絵詞や酒天童子絵巻も確かこんなだったように記憶しているので
あのシーンはパターン化しているということなのでしょうか…。
クライマックスの鬼退治シーンなどは絵師の好みや注文主の趣味が反映されてか
それぞれの作品ごとの違いや個性が見られるのに、
お洗濯シーンはどれも似通った構図(たぶん大江山絵詞が発端)なのがちょっとおもしろかったです。
他にも鬼たちが出迎えるシーンとか、頼光たちが鎧に着替えるシーンとかの構図も似てたな…。
やっぱり絵師の皆さん、バトルみたいな派手なシーンとかじゃないと想像力が燃えないのかもしれない。
鬼といえばそろそろ節分が近いのでそわそわしています…。
今年も日本中の鬼たちが痛い思いをして逃げ惑う季節がくるね…。
豆を投げつけられ、追い出され、逃げてきた鬼たちをかくまって手当てして
こたつであったかいおうどんとおみかん食べさせるオバチャンになりたい。

ショップにあった変形はがきに笑いました。
安倍晴明から仕事を終えた源頼光への挨拶はがき(笑)。
ここは企画展ごとに歴史上の人物になりきってはがきを書いてくれるので楽しい。

庭園に出てみました。
風がむちゃくちゃ強い日で寒かったけど、もう梅の花が咲いてる!

燕子花のお庭は冬ごもり中。
燕子花図屏風が展示される初夏には、またここが花でいっぱいになるのだ。

庭園の一番奥にある薬師堂に去年、水琴窟ができたと聞いて。涼しげでよい音がしました。
燕子花の咲く頃とか夏とか、涼しいものが恋しくなる季節にまた聴きに来たいですな。
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(最近シンカリ感想で追記を使ってしまっているので、お返事が遅くなって申し訳ないです)
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