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2019_10
28
(Mon)23:54

秋の味覚。

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くらづくりの9月の和菓子。名月。

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別の日に買った夕焼け小焼け、重陽花。
くらづくりのお店は、基本的にはその月のお菓子をすべて用意してくださっているけど
タイミングが悪いと完売していることもあるので出直したりします。
(お茶会に使ったりする人たちがワーッと買っていくイベントが不定期に発生するらしい)
和菓子は生もので日持ちしないし手作りでもあるので、量産が難しいのだよね。
たくさん作って売れ残ってももったいないしねえ…食品販売のお仕事ってほんとに大変だ…。

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今月のくらづくり。秋景色、収穫祭、りんどう。
秋も深まると色鮮やかなお菓子が増えてきます。楽しい☆

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花扇のハロウィンと栗ひろい。

そういえば余談ですが、花扇の御主人はすごくいい方でたまに強引なのですが
先日お店に行って台風の話になったんですけど「大変だったね!これ持ってきな!」って
塩あんびんを無料で包んでくれてお店の自販機で午後茶まで買ってくださってしまいました。。
ご、ご馳走様でした…!あわ、あわ。
花扇は荒川から遠いけど、心配っちゃ心配だったのでお尋ねしたら
お店もご自宅も特に何事もなかったそうです。よかったよかった。

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食べマスリラックマ、今年は被り物でした!かわいい☆
つぶらな瞳でこちらを見上げられると食べにくいです…食べますけど。

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職場でもらった青柳総本家さんの外郎。甘すぎず柔らかくておいしかったです。
あ~~~名古屋の本店に行きたいっ!

名古屋といえば。
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新宿高島屋の地下食品売り場でやってた和菓子イベントに行って来たんですよ!
名古屋の和菓子屋さんで働く若旦那さんたちが新宿にいらっしゃって
名古屋の和菓子をお手売りしてくださるイベントです。

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目玉はこれ。
名古屋といえばあんトースト!ということで各店の餡子を持ってきて量り売りしてくれたり
お客さんの注文でその場でトーストに挟んでくださったりします。

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せっかくなので作っていただくことにしました~わーい☆
備え付けのオーブンで食パンを軽く焼いて4つに切って、4種類の餡子を挟んでくれました。

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若旦那さんたちは全員、袖に黄色で「758(なごや)」と刺繍をした黒のポロシャツ姿で
お客さんがひっきりなしで皆さん忙しそうでしたが誠実に対応してくださり、とても素敵な時間でした。
こ、これがオールブラックスか…!などとメタ的なことを考えてしまったりした←

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きよめ餅総本家さんの五輪薯蕷、桔梗園さんのハロウィン、亀屋芳広さんの栗ひろい、
如月さんのブルーベリー畑と、お店で作っていただいたあんトースト。

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ほ~ら名古屋の和菓子だよ~。
最近は彼に名古屋のお菓子をご提供する楽しみを見出してしまって、散財がやばい。

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ほ~らあんトーストだよ~。
こし餡とつぶ餡の食べ比べもあったけどせっかくなのでセレクトで作っていただきました。
20種類の餡子の中から如月さんのいちご餡、きよめ餅総本家さんのチョコ餡、
亀屋芳広さんのミルクバター餡、亀広良さんの白小豆粒餡を選びました。
軽くレンチンしていただいたらパンの香ばしさと餡子の甘さのコラボが最高でした。
また食べたい!あんトースト!!

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銘菓百選で北陸のお菓子もゲット。金沢の加賀紅茶だいすきです。
最近は紅茶を使った和菓子が出てくるようになって、楽しい。

追記にシンカリオンな日々です。↓

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2019_10
24
(Thu)23:54

文化財のお医者さん。

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前回記事に書いた正倉院の世界展の後、
同じく東博の本館にて開催中の「文化財よ、永遠に」展を見てきました。
住友文化財団の文化財修復事業助成30周年を記念して
東博・泉屋博古館(六本木・京都)・九博の4館で同時期に開催されている展覧会です。
京都と九博はちょっと行けないけど六本木の展示は行きます、日曜日までだから急がねば~。

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入口にあったパネルには展示されている作品の所在地と(結構、全国的だった)、
"修理"と"修復"の違いについて解説されていました。
修理も修復も、壊れたり傷んだりしたものを直して元の状態に戻すことを指しますが
個々の処置を"修理"というのに対し、環境保全なども含めた事業全体を"修復"と言っているそうです。
そうなんだ…いつもキャプションをぼんやり読んでるだけだから気づかなかった、勉強になりました。

今回の4館同時期開催では、各館それぞれで展示するテーマがある程度決まっていて
東博では仏像修復について展示しています。
伝統技術と最新科学により近年修理された約30点の仏像の展示と、
展示品のキャプションに修理前・修理後の画像や解説が掲載されているのでとてもわかりやすい。
修復について学習できるのと同時に
各地で地域の人々により大切に守られてきた仏像がたくさんあることも知ることができます。

まずは被災文化財から。
岩手県正音寺の七仏薬師如来立像7体(薬師如来と脇尊たち)は12世紀頃の制作で、
東日本大震災の揺れで転倒してしまったものです。
破損した部分を修理し、後世にほどこされた彩色を除去し、手足や光背を作り直したそうです。
福島県杉阿弥陀堂の阿弥陀如来坐像も東日本大震災で被災し修理されています。
お顔がふっくらしてかわいらしい、11世紀の仏像です。
同じく福島県楞嚴寺の釈迦如来坐像および迦葉立像・阿難立像の3体も
震災で頭部が傾いてしまったそうですが、2年かけて元通りに修理されています。
同じく福島県龍門寺の虚空蔵菩薩坐像は14世紀頃の小さな仏像で
震災のときに安置されていた壇上から落下してしまい、部品が飛び散り粉々になってしまったそうです。
キャプションに当時の写真がありましたがとても直視できませんでした…悲惨すぎる。
部材を接合して元に戻したとキャプションにあるように
展示されている同像は一度粉々になったとは思えないほどきちんと修復されていました。
一見しただけではかつて壊れたようにはとても見えない…プロの仕事はすごいな…!
石川県遍照寺の十一面観音菩薩立像は能登半島地震で被災していて
一木造だからバラバラにならずに済んだのかしら…こちらも綺麗な仏像でした。
頭の飾りが金ピカに輝いていて新しく見えましたが最近つけられたのかな。

経年劣化による調査と修復。
長野県不動寺の不動明王立像は木を強化し、補って自立できるようになったそうです。
千葉県福秀寺薬王院の薬師如来立像は修復の際の調査により像内に銘文があるとわかり、
1219年頃の制作であると判明しています。
埼玉県保寧寺の阿弥陀如来坐像および両脇侍立像は宗慶(運慶の兄弟弟子)による作品で
完成が1196年9月28日であることも発注者が四方田弘綱(武蔵国児玉郡の武士)であることも
調査した際に像内にあった銘文からわかったそうです。
神奈川県寶金剛寺の不動明王および二童子立像は像内に経巻18巻・文書・水晶五輪塔が入っていて
それらは1309年に納められて彩色もほどこされたとのこと。
像の表面を見ると髪や衣の一部に色が残っていて、当時の色なのかなァとロマンが広がります。
茨城県真壁町山口地区の虚空蔵菩薩坐像はX線で診断しながら部材を解体修理し、
後世の彩色を除去したところ下から当時の金箔が出てきたそうです。スゲー!
愛知県財賀寺の宝冠阿弥陀如来坐像は継ぎ目のゆるみを漆で埋めて
後世に補われた木は取り除いて、必要な部分の木を補う形で綺麗に整えられていました。
山形県向居薬師堂の薬師如来坐像も後世の彩色と和紙を除去し、虫や菌による破損を修復しています。
福井県髙成寺の千手観音菩薩立像は一度すべての腕を本体から解体して組み直し、
後世にほどこされた不適切な彩色を取り除き、表面の木目がそのまま見えるようになっています。
また、修復で本来の状態がわかったこともあり国の重要文化財にも指定されたそうです。スゲー!!
滋賀県西明寺の日光菩薩・月光菩薩立像は虫食いがひどかったので燻製され、
漆の剥落止めをして、木を補って虫損部を強化し、不適切な部材を元に戻すなどの修理をして
すべての作業を終えるのに4年かかったそうです。スゲーー!!!

仏像以外の修復品もありました。
三重県一色町能楽保存会(伊勢神宮に奉仕する系統)の能面の小面、小尉、山姥、大喝食の4点。
能面は写されることで新しいものが制作されますが、その際古い傷や剥落まで写す場合があるので
修復するときはそれらをうっかり消してしまわないように気を付けるそうです。
そんなところにまで神経使うんですね修復という作業は…気が遠くなりそう。
和歌山・熊野那智大社の家都御子大神坐像、天忍穂耳尊坐像は
虫や菌によって一度はスポンジみたいにスカスカになってしまったらしく、
合成樹脂で補ったそうです。
スポンジみたいな木って何度か見たことありますが、木として見てる分には自然現象ですが
作品がああなってしまった状態を想像するとゾッとします。
木として自然のなかにある木は好きだし朽ちるのはさみしいけど、
作品として神社や博物館にある木が朽ちるのはそれとは別の感情を覚えます。失われるのはいやだ。

最後に展示されていたベトナム国立博物館蔵の阿弥陀如来立像は、元々は東博が購入したもので
1944年のフランス極東学院と東博の文化財交換で陶磁器や刀の鍔などと一緒にヨーロッパに渡り、
その後は戦争もあって長いこと所在不明になっていたそうです。
6年前に九博の調査でベトナム博物館所蔵の同像がその可能性が高いとわかり、
修復の際に調査したところ東博が1902年に購入したラベルが発見されて確定したので
今回、76年ぶりに日本へやってきたとのことでした。
様々な事情から、制作された国ではなく別の国に渡っている美術品はたくさんあるけど
この仏像もそのひとつなんですね。
ちなみにその文化財交換でフランスからやってきたクメール彫刻は
今も東博の東洋館に展示されています。

2019tohaku_39.jpg
というわけで、東洋館へ。
地下1階にあるクメール彫刻の展示室のパネルに、フランスとの文化財交換について書いてありました。

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交換された彫刻どれだろう~?とひとつひとつ回ってみたけどキャプションのどれにも書いてなくて、
おかしいな見落としたかな、もう1回まわってみようかなと思ったところで
「あ、この展示室の全部か!」と気づきました。(遅)
さっきの里帰り仏像が1軀だったからクメール彫刻もてっきり1つなのかと思いこんでいました…よくない…。
(ちなみに来日したのはクメール彫刻のほかに金属工芸品などもあるそうだ)
フランスからはるばる、もっと言うとたぶんフランス領だった頃のカンボジアから来たんだなあと思うと
この彫刻たちがたどってきた数奇な道について考えずにはいられない。
文化と歴史をいっぺんに見られる展示室なのですな、ここは。

この後は本館に戻って常設展示を鑑賞しました。
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竹内久一「執金剛神立像」の後ろ姿(笑)。
シカゴ万博に出品された作品ですが、なぜ後ろ姿を載せたのかというと
衣に引っ張られてる邪鬼ちゃんが気の毒だったから。
台座にされて踏まれるのも気の毒ですけど引っ張られるのもやっぱり気の毒だなあ。
執金剛神はとてもかっこいい像ですが後ろではこんなことになってます、という話。

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古田織部が制作した竹茶杓。
真ん中がきゅっと曲がっている(蟻腰というらしい)のが特徴です。
櫂先も結構曲がってるしな…いかにも織部が好みそうな造形です。

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池玉瀾「蘭図扇面」。
紅い花のまわりにそよぐように描かれている葉、細筆で書かれた短歌が雅です。

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鈴木春信「かわらけ投げ」。
雲がきめ出しになって凸っと出ているから錦絵初期の作品かもしれません。

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京都・浄瑠璃寺旧蔵の十二神将立像(戌神)。
過去に運慶展でも見た仏像だ!(慶派、とくに運慶の系統と考えられているのです)
戌神はこの遠くを見張るようなポーズがかっこいいんですよね。
2019_10
20
(Sun)23:53

シルクロードの行き着くところ。

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東博で開催中の「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美」展を見てきました。
東大寺の正倉院宝物と法隆寺献納宝物(それぞれ光明皇后と孝謙天皇が奉納した聖武天皇の遺品)が
揃って紹介されている展覧会です。

東博でも過去に何度か正倉院宝物を見る機会はありましたが
展覧会の一部に数点、展示されているというパターンが多くて
まとまって宝物を見るならやっぱり秋の奈良博かな!などと思っていたのですが、
今回は平成館の特別展示室がまるっと正倉院宝物・法隆寺献納宝物で埋まっています!
東博で最後に正倉院の展覧会が開催されたのは1981年だそうですから
それ以来の特別展ということです。ヒエェ…わたし生まれてないよ…gkbr
貴重な機会を作ってくださった関係者の皆様に感謝します。感謝します。

入口で迎えてくれるのは正倉海老錠。
正倉院は歴史上、何度か開封され宝物の点検が行われていまして
今回展示されていたのは1833年の開封の際に新調された、宝物を守る扉の鍵です。
3つの部品に分けて展示されていて、棒状・筒状・くの字に曲がったバネつき金具の3点。
使い方は筒状の金具に棒状の鍵を差し込んで、中で開いているバネを閉じて開錠するそうです。
部品を組み合わせたときの形が海老に似ていることから海老鍵と呼ばれています。
(余談ですがこの鍵、トップに展示されている割には通り過ぎる人が多くて
中には「なんだ鍵か」と去って行く人もいてちょっともったいないなと思った。186年前の鍵ですよ…)
そうして、普段は鍵をかけられた扉の向こうにある宝物たち、
さて最初に何を見られるのかなと進んでみたら、展示してあったのは大きな古櫃!
東大寺阿弥陀堂で使用されていたという同品には承和7年(840年)11月23日の墨書きがあって
たっ…篁が…帰ってきた年っ…!って震えました。。
そうか小野篁が京都に戻ってきた頃に存在していた櫃ですか…そうですか…(しょっぱなから膝から崩れ落ちそう)。

正倉院文書のひとつ、東大寺献物帳(国家珍宝帳)。
756年6月21日付で光明皇后が聖武天皇の遺品を東大寺に奉納した際の目録で、
現在、正倉院に納められている宝物が記述されているものですね。
とても状態のいい文書で、過去に奈良博の正倉院展で一部分だけ開いて展示されているのを見ましたが
今回は長~~~い展示ケースに全文公開されていて
端から端まで宝物の名前や特徴や奉納した人々の名前が細かい字でびっしり書かれています。やべー!
これ大きさ計ったら何メートルくらいあるんだろ…経巻かと思うほどのすさまじい長さでしたよ…。
つまりそれだけの量が当時の正倉院に奉納されたわけですね。
これだけたくさんあるとそれぞれがどういう経緯で奉納されるに至ったのかがとても気になる。
隣には法隆寺献物帳(756年7月8日付)もありました。
孝謙天皇が父の聖武天皇の遺品を法隆寺に献納した際の目録でした。こちらは数点なので短かった。
日名子文書は奈良時代にあった東大寺写経所の様子を記した文書で
担当部署や仕事の進捗などが書かれています。
田辺、茨田、大伴、池田、大原など人名もいろいろ見られる。
仏説宝雨経は740年に光明皇后の発願で写経された一切経のひとつで
官立の写経所で書かれたことがわかっているそうです。

平螺鈿背円鏡が美しい☆
花々や鳥たちが螺鈿で描かれ、夜光貝や琥珀、トルコ石なども埋め込まれている贅沢な品です。
使うための鏡じゃなさそう…飾って楽しむための贈り物っぽい感じがしました。
鏡ということだけど裏面(鏡面)はどうなってるんだろ…伏せられていたのでわかりませんでした。
直刀(無名)は刀身だけが保存されていたもので、近代に天皇が正倉院から出した際に拵えが作られて
拵えには波と龍の装飾がされたので「水龍剣」の別名もついているそうです。
出しちゃったうえに拵えまで作っちゃったというのがもう、頭を抱えたくなる案件ですが
今となってはそれも歴史の一部なので、何ともかんとも。
鳥毛帖成文書屛風は屏風に揮毫した文字に鳥の羽を埋め込んだもので
雉や山鳥の羽が使われているそうです。
正倉院宝物に鳥毛立女屏風というのがあるけど、当時は鳥の羽を美術品に使うのが流行していたんでしょうか。
あと碁石。撥鏤碁子。小さいスペースに気合いの入った鴨のカラー絵。ただただ悶えるかわいさ。
碁石というと現代は白黒のイメージですが、正倉院宝物は赤と黒なんですね。
使われた跡はあまりないみたいですが、とても素敵な品なので使うのも緊張しそう。

正倉院には布の残欠もたくさんありまして、当時の形が残っているものや
すでにボロボロになってしまっているものまでたくさん展示してありました。
七条織成樹皮色袈裟残欠は国家珍宝帳の冒頭にも記された袈裟で、聖武天皇の遺品です。
名前にもある織成という特殊な織法で制作されているそうです。
雲に乗った菩薩が大きな麻布にのびのびと描かれとてもユニークな墨画仏像は
墨に迷いがないので一気呵成に描き上げたような印象がありました。
下書きの跡がないけど一発描きなのかな…一発描きできる人ほんと尊敬する…。
樹下鳳凰双羊文白綾はアジアンテイストの樹の下に鳳凰と対のヤギが刺繍されているもので
机やテーブルに敷いていたのではないかとのこと。下敷き…?ランチョンマット…?(ちょっと違うか)
他にも、緑地花鳥獣文錦幡足垂端飾残欠にはライオンがいるし、
展示品に描かれたり刺繍されたりしている鳥獣や植物はどれもオリエントなデザインで
海を越えてやってきたのかな、それとも渡来系の職人がデザインしたのかな…などとロマンが広がります。
黄地花葉文夾纈平絹などはあまりに損傷がひどくガラス板に挟まれた状態で展示されていて痛々しかった。
今後修理されるそうです。

黄熟香(蘭奢待)、本物を初めて見ましたけど大きさが想像以上でした。
両手を広げて計ってみたら目測で1メートル以上あったよ…!
香木というと小さいイメージがあるのでパッと見た瞬間「でかっ」て声に出すところでした。
ベトナムかラオスか、東南アジアのどこかから海を越えてやってきた香木なんですよね。
植物の種類としてはジンチョウゲ科ではないかと推測されているそうです。
信長や尊氏が切り取ったことでも有名ですが
記録に残っていないだけで足利義満や義政ほか、何度も切り取られた跡があるそうです。
ガラスケースの向こう側なので香りを楽しめないのが残念でした…!香木なのに。
(ちなみに東大寺の字を含んだ蘭奢待という別名がついたのは足利義満の時代あたりからだそう)
隣には黄熟香を入れるために制作された元禄期収納箱があって
徳川綱吉が1693年8月7日に開封・調査を行った際に寄進したものだと、箱の蓋に裏書がしてありました。
みんな大好きかよ蘭奢待。この箱も移り香とかでいい香りがするのかなあ。
白石火舎はまあるい火鉢を5匹のライオンが足になって支えているデザインでユニークだし
まあるい銀薫炉も鳳凰や獅子が透かし彫りでデザインされていて美しかったです。
模造品も隣に展示されていてギラギラと輝いていました。
なんというかあの、手鞠の中に鈴が入って音がするやつあるじゃないですか、あれみたいに見えました。

第二会場に入ると螺鈿紫檀五絃琵琶がピンスポ展示で迎えてくれました!
展示ケースが360度ガラス張りになっていて、表も裏も側面の螺鈿まで
色んな角度から見ることができるので必見です。わたしは5周しました。ぐるぐるぐるぐるぐる。
だって10年以上焦がれてやっと会えたんだもの!!
大学時代にたまたま取った選択科目の講義で初めてこの琵琶の存在を知って
(夢枕獏の陰陽師から今昔物語集の玄象の話になって、その流れで五弦琵琶の話が出た)、
こんなにすばらしいものがこの世にはあるのかと落雷のごとき戦慄を覚えてから
何とかしてこの琵琶に会いたいとずっと思ってきたんです。
一級品のためなかなか展示されず、展示されたとしてもタイミングが合わなくて行けなかったりして
でもようやく会えましたよワッショイ!!!
(正倉院展の存在を知ったのもその講義だし、
正倉院宝物は一度展示されると保護のため10年は展示されないと知ったのもその講義でした。
担当してくれた教授どうしてるかな。今は別の大学に移ったみたいだけどお元気だろうか)
国家珍宝帳記載の宝物で、その美しさから正倉院といえばこの琵琶みたいな代名詞になるくらい有名で
今や世界にひとつしかないともいわれる五弦琵琶~~~!
背面に螺鈿で描かれた宝相華や含綬鳥、飛雲がエキゾチックだし
胴に同じく螺鈿で描かれたラクダと人物、熱帯樹に国際色を感じます。
インド起源と言われる五弦琵琶で、唐式の制作で、残されている場所が日本。インターナショナル宝物。
過去に何度も修復がほどこされているので、制作当時のままってわけじゃないんですけど
たくさんの人の手を経てこうして今まで残されてきてわたしたちが鑑賞できることへの圧倒的感謝。
近くには今年に完成した模造品も展示されていて、
会場には琵琶を奏でた音色もBGMとして流れていました。
専門家の方が五弦譜から推定した壱越調・黄鐘調の音色を再現しているそうです。
昔の音色って残ってないから再現する人も難しかったろうな…。
現在の研究から推定できる「おそらくこういう音」を導きだしていると思いますが
どんな音が正解なのかは誰にもわからないからね。
撥もありまして、真っ赤な地に白線で鳥が描かれている紅牙撥鏤撥は
端の赤色が少し剥がれていることから使用感が認められるそうです。
誰かが実際に使ったんですね。誰でしょうね。ドキドキします☆
伎楽面もありまして、正倉院と法隆寺献物の酔胡王をそれぞれ鑑賞できまして
隣に2004年に復元された模造品の酔胡王も展示されていました。
顔が真っ赤に塗られていて、隣の宝物と見比べると経年でこうなるんだなあという過程がわかります。

瑠璃壺の色鮮やかな青がとても美しい~~西アジアのどこかからやってきたそうです。
青いガラス皿も同じく西アジアの出身、瑠璃壺よりも透き通ったブルー。
黄銅柄香炉は手持ちの部分に獅子の重しがついていてエキゾチックだし
黄銅合子は蓋に相輪がついていて百万塔陀羅尼のよう。
佐波理水瓶は注ぎ口が胡人の顔の形をしていて、頭の栓を抜くと水が出るタイプの瓶。
白石鎮子の表面には唐式デザインの青龍と朱雀が刻まれていて
2匹のバトルが表現されています。
隣に展示されていた動物闘争文帯飾板もそうですが、
当時のアジアでは動物を戦わせるデザインモチーフ(スキタイ文化などによくあるやつ)が流行していたらしい。

宝物を守るための技術と歴史。
東大寺正蔵院天平御道具図は元禄の開封の際に正倉院に納められた道具類を絵にして記録したもので
宝物のスケッチの周りに大きさや素材、キズありなど特徴が書きこまれていました。
碁盤のスケッチに「吉備大臣将来碁盤」と書いてあってまっ…真備…!って震えた(本日2回目)。
正倉院天保四年御開封図は、天保の修理の際に
正倉院の扉を開けて宝物を取り出した際の儀式の様子を描いたもの。
正倉院の周りに束帯姿や袈裟姿の人々がたくさん並んで描かれていました。奉行やお坊さんかな。
壬申検査関連資料の社寺宝物図集は69の拓本(螺鈿紫檀五絃琵琶のもあった)で宝物を写した資料で
正倉院の前で関係者たちを撮影した写真も展示されていました。
正倉院御物修理図は職人さんたちが宝物を修理する様子を絵巻物に描いたもので
剣や巻物を東京で修理する人々が生き生きと描かれています。みなさん笑顔で楽しそう。
甘竹簫(細長い竹を横に組み合わせた楽器)はかつて修理がほどこされた宝物で、
当時は12管と思われていたそうですが
1965年にこの楽器の外側についていたと思しき帯が見つかり12管ではなく18管ではないかとなり、
現在は18管を並べた楽器として復元模型も制作されています。
宝物は修理と同時に調査も行われますから、こういうことがよく起こるんだよね。
だから歴史研究は常に最新の結果を確認しておく必要があるわけですね。
でも今の調査も正しいかどうかは誰にもわからないわけで…正しいことを見つけるのって難しい。

最後にあった「塵芥」の展示。
正倉院の中にあった描絵や麻布、冠の残欠、ビーズ、刺繍糸、金属の破片などが小さな透明ケースに納められていました。
つまり奈良時代の塵。今となってはめっちゃ貴重なゴミですね。
しかもこれら、使い道がないというわけでは決してなくて
この中からひとつひとつ破片をすくいあげて、素材や模様を手掛かりに復元された宝物もあるそうなのです。
ゴミだからと捨ててはいけないのだ…その破片が宝物のどれかのピースかもしれないのだ…。
何より展示品一覧表にもしっかり「正倉院宝物 塵芥」と書いてありましたからね!
奈良博の正倉院展でも残欠(鳥とか花とかある程度形が残っていてポキッて折れただろう部品みたいなの)はあったけど
もはや元の形が何だったかわからないレベルまで細かくなってしまったものは展示されたことあるんですかね。

そしてここからは写真撮影可能ゾーン(フラッシュ×)。
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塵芥の向かい側に再現されている正倉院南倉の原寸大展示ー!
塵芥の展示にため息をついて振り返ったとたんこの校倉作りの建物が目に飛び込んできて
何事!??ってなりました。

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東大寺にある本物の建物は遠くからしか見学できないけど、それでも大きいと思うくらいですけど
再現とはいえこんなに近くでスケールを感じられるのはおもしろいです。
こんなに大きかったんだ。

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海老鍵もついてる。
最初の展示室に江戸時代の本物が展示されていましたが、そのうちのひとつですね。
実際にロックされている状態はこんな感じなんだ。

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南倉再現の下には中倉の原寸再現も。

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こちらにも江戸時代の海老鍵がついています。
レプリカではなく本物をつけてくれるのすごいよね。展示だけどリアリティあるよね。

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さっきグルグル回って見てきた、螺鈿紫檀五絃琵琶の模造品。1899年の制作です。
柱の間の装飾がなかったり文様にも異なる部分はあるものの、
原品をなるべく忠実に再現しようと試みています。
あと螺鈿の部分は原品のほうがくっきりしてる。

2019tohaku_35.jpg
原品は360度方向から見られましたが、模造品は後ろに回れませんでした。ぐぬぬ。
これが横から撮影する精いっぱい。

2019tohaku_36.jpg
螺鈿紫檀阮咸の模造品(1899年)もありました。(原品の展示はありません)
模造品とはいえ写真に撮れるのが本当にうれしい。

奈良博の正倉院展は毎年やってるから「正倉院がどんなものかみんなもう知ってるよね」的な感じがあるけど
今回の東博の展示は有名な宝物や宝物に関する歴史に焦点を当てていて
「正倉院てこういうものだよ!」と、改めて紹介されたような感じがしました。
シルクロードを伝いアジアからここまでもたらされたもの、あるいはそれらをお手本に制作されたものが
持ち主の供養のためにお寺に奉納されて、度重なる災害や平家の焼討ちや松永久秀の戦にも耐え抜いて
(出蔵したまま戻されず行方不明なものも多いし壊れたものを修復した事例も多いので
国家珍宝帳が最初に書かれた頃の目録と現在の中味が一致してるわけではないにしても)、
現代まで大切に守り伝えられてきたものが過ごしてきた途方もない時間。
それらの品々がこの国の歴史にどれだけの影響を与えたことか。
文化や歴史を学ぶたびに感じることですが
この国の成り立ちにはそうしたアジアとの交流が強く影響していると思います。
法隆寺の仏像が渡来系仏師によるものだったり正倉院宝物に唐や新羅、ペルシャ伝来のものがあったり。
また展示品の中に麻布やガラス製品などの日用品があふれていることも印象深いです。
宝物が宝物でなかった時代の、ありふれた品として市場で取引されていたであろう時代で
日常生活の中で人々が求めたものや交流のために制作された一級品などを見ていると
そうした歴史の息吹を理念ではなくかつて実存したものとしてひしひしと感じる。
人間の物づくりの理由って大まかな部分は変わってないなァ…衣食住と、誰かへのプレゼント。

この後、本館で開催中の「文化財よ、永遠に」展も見てきたのですが
長くなりますので次回記事にて書きたいと思います。


クリックで拍手お返事。↓
皆様いつもありがとうございます☆

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2019_10
16
(Wed)23:53

風速40m。

各所で報道されていますが、先日の台風の影響が思ったよりすごかったので
備忘録として記録しとこうと思います。

台風接近で公共交通機関が不通になることが事前に報道されていたため、
職場の休業も決まっていたので当日は自宅にいました。
母親は実家の祖母をひとりにしておけないと朝から出かけて不在で、
父親は地区の役員なので避難所開設のため朝から出かけて不在で、
家にいたのはわたしと弟と猫2匹。
朝からスマホに入ってきた大雨警報の大音量アラートで強制的に起こされ、
テレビのニュースをつけっぱなしにしたまま着替えたりごはん食べたりブログ書いたりしていました。
天気予報や気象庁の会見で大雨による川の増水はぼんやりと想像していましたが
スマホの警報がいっこうに鳴りやまないので(隣町の警報もなぜか入ってきていた)、
一時帰宅してきた父と話をして「念のため車を避難させておこう」ということになり、
近所の避難所に車を置いて歩いて家まで帰りました。

そこからが大忙しでした。
過去にも大雨や台風で家の前の道が川のようになったことは何度かあったし、
水が来たとしても庭まででそれ以上入ってくることはなかったのですが
2階からふと外を見たら既に家の周りが溜池のようになっていて
「えっ」てリアルに声出ました。。
いつの間にか近所を流れている川があふれて、用水路が追いつかなくて逆流して
家の周りまで水がヒタヒタと来ていたみたいです。
しかもこの時点で台風はあと数時間は居座る予報…。
弟に声をかけて一緒に外を確認して、これ逃げた方がいいよねってことになり
家電など濡れて困るものを2階に持って行って、バッグに1日分の食料と貴重品をつめて
電気のブレーカーを落として裏庭から家を出て避難所まで歩いて行きました。
(風がすごいので傘はささずに合羽を着て長靴穿いていきました。
あとバッグは防水じゃないので大きなビニール袋でつつんでいった)

逃げる前にもう一度家の周りをチラっと確認してみたら、水は庭まで入り込んでいて
母屋より低い位置にある車庫と物置は半分水没していました。
頼むから床下床上まで来るなー!と祈りながら逃げました。人間は無力だ。

避難所になっている建物は地域の集会所みたいなところで、レイアウトは知っているので
プライバシーもプライベート空間もないだろうなと予想してましたけど、
行ってみたらやっぱりなかったですね。。
部屋は何となく男女別に分かれていて、毛布と座布団があって雑魚寝状態。
雨風で濡れた衣服や合羽を乾かすためでしょうか、ストーブも出してありました。
役所の人が受付にいて、名前と住所書いてくださいって言われたので記入して
あとは避難してきた人たちとおしゃべりしながら情報交換したりお菓子食べたりして
スマホとタブレットを充電しながらずっと台風情報を見てました。
時々、男の人たちが2~3人一組で歩いて外に出かけて、家にいる人に避難を呼びかけたり
周囲の様子を見に行ったりしていました。

以下は今後のための避難所メモです。
避難所にあったもの:
電気・水道・ガス・男女別トイレ・座布団・毛布・電気ポット・スリッパ
避難所に持っていったもの:
貴重品・常備薬・食料・マイボトル・ラジオ・ティッシュ・スマホ・タブレット・充電器・懐中電灯・タオル・ブランケット・ゴミ袋
持ってくればよかったと思ったもの:
口マスク・耳栓・アイマスク
避難が長期化する場合に持って行ったほうがいいと思ったもの:
数日分の食料・歯ブラシ・ラップ・体ふきシート・生理用ナプキン・タコ足もしくは延長コード・文庫本やゲーム機などの娯楽品

台風は夜には過ぎ去ってしまい、雨も風も止んで、静かになったねえと言っていた頃に
近所のおじさんたちが水がだいぶ引いたよ~と教えてくれたので弟と一緒に帰宅しました。
(水は避難所までは来ませんでしたので車も無事でした)
家の前はヘドロがすごかったけど、水はすっかり引いていたので玄関から家に入れましたし
水は母屋までは来なかったようで床下も床上も何ともありませんでした。よかったー!
お風呂を沸かして入ってベッドに直行して泥のように寝ました。つかれた。

翌日。
弟と一緒に車庫のシャッターをあけて「見なかったことにしたいね…」などとつぶやきながら
写真をいっぱい撮りました。
罹災証明を出すときや保険会社に相談する際に写真が必要と聞いていたので…。
半分水につかった車庫と物置の中は物が散乱してぐっちゃぐちゃだったので
必要なものと捨てるものを分けながら庭に出して(というかほぼ災害ごみとして捨てましたけど)、
午前中は2人で、避難所クローズに立ち会った父が帰宅してからは3人でひたすら作業。
父のスマホには各所から電話がかかってきてましたが、そのうち1本は知り合いの人だったみたいで
「大変なの?じゃあ行くよ!」と言ってくださった男性2人(not被災者)が午後から来てくださって
想像以上に作業がスムーズに進みました。
お茶とお菓子でも、と申し上げたのですが「他の友達のとこも行くから」と風のように去っていかれた…。
本当にありがとうございました。お蔭で我が家の車庫も家族のメンタルもだいぶ救われました。
かっこいいとはああいうことだ。
夕方には母も帰宅してきたので4人で暗くなるまで作業。
祖母宅も無事で、あとで連絡した親戚の家も友人たちもひととおり無事でした。何より。

片付けは連休中に済んだので現在は家族ともども日常生活を送っていますが
ご近所は床上浸水したり車が水没したり玄関先に流木(!)があったお宅もありますし
農家さんも収穫したばかりの稲が流されたり畑が水没したりして大変なことになっています。。
街のほうも川から水が来た場所があるみたいだし川沿いの道路が陥没したりしてるし…。
報道される各地の状況についてはコメントできません。何も言えない。何を言ったらいいかわからない。

nekowoshimae2.jpg
君たちもがんばりましたね。
避難するときに弟とさんざん相談したのが「猫さまを連れて行くかどうか」でした。
地域の避難所はペットOKというのは確認してあったのですが、動物苦手な人やアレルギーの人もいるだろうし
避難所のキャパを考えるとペットと飼い主のためのスペースはないと思ったし
犬は飼ったことないのでわからないけど猫は環境が変わると極端にストレスを感じてしまう生き物だし
そもそもうちの猫さまは高齢で長時間の避難所滞在は体力的にもメンタル的にも耐えられそうにないので
やっぱり連れていけないよね、という結論に至りました。
1階はともかく2階までは水来ないよね…と思って
(そもそもうちの2階が水没したらうちの地域どころかたぶん地球全体が終わってる)、
2階に猫さまのごはんとトイレを置いてドアを閉めて、屋根も窓も飛びませんようにと祈りながら家を出まして
避難所にいる間も大丈夫かなァ…と気が気ではなかったです。
帰宅して2階の部屋を開けたら娘にゃんこは「ニャーン」と迎えてくれて、母にゃんこはベッドでぐっすりでした。
よくがんばりました。えらかったね。ごめんなさい。次はどうするかもうちょっと考えておきますね。


本日のお絵かき↓
shinkali84.png※クリックで大きくなります
Pray for Hokuriku Shinkansen。
2019_10
12
(Sat)15:01

第2073回「最近身の回りであった、ちょっとクスッと笑ってしまったこと」

こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の一之瀬です
今日のテーマは「最近身の回りであった、ちょっとクスッと笑ってしまったこと」です
皆さん自動販売機で売っている駅のホームで売っている缶のコーンポタージュがありますよね?飲んだことはありますか...
FC2 トラックバックテーマ:「最近身の回りであった、ちょっとクスッと笑ってしまったこと」


startrainchoko1.jpg
クスッどころか「わーい!」と売り場で大喜びしてしまったお菓子。
バンダイのスタートレインチョコです。
パッケージはE5・E7・N700A・ドクターイエローの4種類。
裏に「スタトレニュース」と題してそれぞれの車両の裏話とか書いてあっておもしろかった。

startrainchoko2.jpg
中味は上記の4種類とシークレット2種の計6種類で、ランダムと聞いていましたが
最初に買った4本を開けたら4本中3本がパッケージと中味が一致しましたよ、すごいな!?
イエローからはシークレットのリニアさんが出てきました。同じ東海さん所属ですね。

startrainchoko3.jpg
その後買ったイエローから出てきたイエローとシークレットの0系先輩!
これで全部そろいました☆
4種のパッケージで中味6種類だからそんなに難しくないガチャでしたね。
というか、パッケージがビニールだから触れば形がわかるしね(笑)。(イエローはそれで当てた)

startrainchoko4.jpg
スタートレインチョコのイエローと、スピードGO(ソーダ味キャンディ入り)のイエローと
シンカリオンドクターイエロー運転士の3ショット。
イエローがいっぱいで楽しいです。楽しいです☆


yukimichokora.jpg
ぬいぐるみちゃんたちとは一緒に色んなものを食べています。
最近発売された雪見だいふくコクのショコラ味がやばくてめっちゃ食ってる…!
気に入りすぎて買い物行くたびに買っています。チョコレートアイスよきかな。

ebibusho2.jpg
お土産でもらった桂新堂の「名古屋三英傑 海老武将」から、織田信長としゃちほこ。
海老せんべいの表面に織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人と
名古屋城のしゃちほこがプリントされているものです。
ゆるキャラ化したノブ様めっちゃかわいくて、もらったときはクスクス笑ってしまった。(記事タイトル回収)

ebibusho1.jpg
リュウジさん23話で信長の話してたよね!九鬼水軍と鉄鋼船のやつ。
というわけで一緒にパチリです。
空手のお稽古のために色んな戦法や合戦を調べてるって言ってたから
名古屋の歴史人とか合戦とかも調べてるんだろうなきっと…戦国時代とか詳しそう。



nekowoshimae.jpg
台風が近づいているので家族ともども自宅引きこもり中です。
動物と暮らしている人たちを中心に #犬をしまえ #猫をしまえ ハッシュタグが出ていますね、
外飼いの人たちみんな動物おうちにしまおうな…犬小屋もしまおうな…。
埼玉各地も避難情報出てますけど近所の避難所もそのエリアに入ってるし、うちには猫さまもいるので
自宅が浸水しない可能性に賭けることにしました。
家中の電化製品のコンセントを引っこ抜いて濡れたら困るものは上の階に持っていって
(シンカリオン円盤とかシンカリオン円盤とか)、
家中の懐中電灯とペンライトを集めて洗濯してお米炊いてお湯沸かしてPCスマホも充電したので
あとは停電になりませんように、屋根や窓飛びませんようにと祈るしかない。
いざという時はペットボトルとおにぎりとラジオとPCスマホとバックアップHD持って上の階に逃げます…。
みなさまも充分お気をつけて。

追記にシンカリオンな日々です。↓

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2019_10
07
(Mon)23:51

熊本・阿蘇・門司港と新幹線の旅その3。

九州旅行3日目です。2日目はこちら
今回は熊本城と門司港に行きますよ~シンカリオンロケ地巡りもやるよ!

kumamoto9.jpg
朝ごはん。今日も移動が長いのでしっかり食べます。

朝ごはんの後はレンタカーで熊本市に向けてしゅっぱ~つ。
阿蘇~熊本間は鉄道だけでなく道路も通行止めになっている場所が今もありますが
最近になって別のルートが開通したのでそちらの道を通っていきました。
少しずつ復興が進んでいるんですね。
というか、阿蘇市内はほとんど車がいなかったんですけど
熊本市内の渋滞がすごくてほんとに着くのか大丈夫かって心配になるレベルでした…。
ナビが渋滞回避の道とか案内してくれたので無事に着けましたけど。
kumamotojo_1.jpg
阿蘇から1時間半!熊本城二の丸駐車場に着きました。
(最近のナビは目的地周辺でフェードアウトせずに
駐車場に案内してくれてから案内終了するからとても助かります。ありがとう)

kumamotojo_2.jpg
地震の影響と復旧工事のため廓内は現在もほとんどが立ち入り禁止。
唯一大天守が近くで見られる加藤神社へ向かいます。

kumamotojo_3.jpg
歩きながら本丸方面を見ると宇土櫓と大天守が見えた。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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2019_10
03
(Thu)23:53

熊本・阿蘇・門司港と新幹線の旅その2。

九州旅行2日目です。1日目はこちら
今回は阿蘇山に行きますよー!

kumamoto5.jpg
ホテルで朝ごはん!たくさん移動するのでしっかり食べるよ。

出かける準備をしながら朝のニュースの天気予報を見ていたら熊本は曇りと出ていて、
ええ…これから景色見に行くのに曇りですか…とちょっとテンションが下がったものの、
でもせっかく熊本まで来たんだし行こう、と思って出発進行。
daikanbo1.jpg
レンタカーで20分ほど移動。
これ1日目に夕焼けを見た場所なんですがすでにどんより曇り…。
目的地の大観峰はもう少し高い場所にあるからそっちはどうかなあと、再び移動。

daikanbo2.jpg
大観峰駐車場に到着。景色あまり変わらず。ううむ。

daikanbo3.jpg
駐車場の入口にあった高浜虚子と大久保橙青の句碑。師弟でここまで来たんですなあ。
「秋晴れの大観峰に今来り」虚子
「鷹舞うて阿蘇を遮るものもなく」橙青

daikanbo4.jpg
めちゃくちゃ曇ってますが遊歩道を歩いて大観峰へ向かいますよっと。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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