着るアートその2。
※しばらくブログの更新をゆっくりにします。次回は8日に更新予定です。
東博の「特別展 きもの」に行ってきました。
着物、というか小袖について紹介する展覧会です。
中世(室町時代後期)から現代まで幅広く、小袖の歴史を学べる内容になっていました。
4月から開催される予定でしたが、折からの感染症の影響により会期が6月~8月に変更されています。
密を避けるために毎日、JR東日本アプリをチェックして山手線のすいてる時間帯を調べて
「よしこの時間」と決めて当日乗って(先頭車両で乗客10人程度でした)、
ものすごく久し振りに上野駅へ。

3月に移転していた公園口にやっと来られました。
移転前は改札の向こうは東京文化会館の正面でしたが、
今は西洋美術館の前の通りに出て、文化会館は左手側に見えるようになったんですね。

入館時はマスク必須。博物館の入口で手の消毒をしてサーモグラフィの検温を経て、平成館へ。
去年も訪れているのに今年色々ありすぎたせいか、もう何年も来なかったような気がしています。
途方もないですな2020年。

展覧会場では混雑を避けるため、90分以内の観覧が推奨されています。
なるべく人との間隔を開けて鑑賞、会場内での会話も控えるようにとのこと。混雑時は入場規制もあるそうです。
現在、東博のチケットは特別展、本館ともに日時指定の予約制で(当日券は若干枚)、
特別展は30分ごとの時間枠で入場します。
(たとえばきもの展は9:30オープンですが、その時間に予約した人たちは9:30~10:00の間に入場)
入館の時間は決められていますが、退館時間の制限はありません。
「各時間の入場開始時は人が集中するので10分くらい経ってから来てね」みたいなアナウンスが
東博のTwitterで流れていまして、それもそうだなと思ってちょっと待ってから行ったんですが
展示室の入口はざわざわしていたので人のいないところから鑑賞していきました。
第2展示室の方がすいていて、人との距離が取りやすかったです。
展示はとにかく数が多くて、ひとつひとつゆっくり見ていると時間がなくなってしまうので
気になったものだけよく見て後は流し見になりました。。
最初に展示されていたのは「小袖 白茶地桐竹模様綾」。
室町時代後期の武将・石見国の益田宗兼が足利義稙から拝領したものと伝わります。
小袖の初期の形がわかる着物として貴重なもの。
衿や袖が小さいなと思いました。当時の形状と、当時の男性の平均身長のせいもあるのかな…。
遠くから見ると無地に見えますが、近くで見ると細かい桐竹模様が入っていて上品です。
続いて「表着 白地小葵鳳凰模様二陪織物」。
鎌倉時代のものとして鶴岡八幡宮に伝わる、現存する最古の宮廷装束の形がわかるものとして貴重。
表は二陪織物で、中陪はつむぎ、裏は綾で作られています。贅沢ですな…。
安土桃山・慶長期(江戸初期)のモード。
「縫箔 白練緯地四季草花四替模様」(重文)は「四替」という、4つに区切った当時の流行デザインで
この着物ではそれぞれ梅模様で春を、藤の花で夏を、紅葉で秋を、雪持笹で冬を表現しています。
縫伯だからつまり全部刺繍なわけで…気が遠くなりそう…!いやあ美しかった。
「縫箔 紅白段練緯地短冊八橋雪持柳模様」は毛利家に伝来したもので
能に使われた衣装(若い女性のシテ?)と考えられているそうです。
桐・菊・沢潟など豊臣秀吉に縁のある模様があしらわれているので
毛利家と豊臣家の関係性も感じさせる着物(秀吉は能が好き)です。
「小袖 白練緯地亀甲檜垣藤雪輪模様」は檜垣や亀甲、雪輪、藤棚が染められた辻が花の小袖で
持ち主の菩提を弔うために打敷にしたのを当時の小袖の形に仕立て直したものということです。
仕立て直しといえば、「縫箔 白練緯地花菱亀甲模様」も、もともとは高台院の持ち物だったみたいですが
女の子用のサイズに仕立て直されているとか。
「小袖屛風」はいくつかの小袖裂を貼りつけた屏風で
京都の古美術商だった野村正治郎のコレクションだそうです。
「縫箔 紫練緯地段花菱円草花模様」は京都の鮎売りの桂女の家に伝わったもので
菱形や丸形の中に草花や波模様がデザインされていて綺麗でした。
(もともと紫だった色地が今は茶色に変色してしまったらしい)
また、当時の着物を知る資料として法衣の女性の肖像(詳細不明。慶弔期の着物を着ている)や
狩野孝信の洛中洛外図屏風も展示されていました。
淀殿の持ち物と伝わるものと、丸紅が所蔵する「小袖裂 紅萌黄片身替練緯地洲浜取草花模様」と
その小袖裂から復元した小袖が並んで展示されていたのもおもしろかったです。
江戸中期のモード。
「小袖 染分綸子地松皮菱段草花模様」を見ていると、慶長期よりも少し袖が大きくなってきた気がする。
あと金の摺箔が大きく使われているせいかな…キラキラ度が増してきたような…。
「小袖 染分綸子地鶴松花鳥模様」は尾長鳥や鴛鴦、草花や牛車などが表現されていますが
点々と模様を配していた慶長期と異なり、着物全体を使って流れるように模様が作られていて
たぶんその走りのひとつなのだと思う、この着物。
「小袖 白絖地菊水模様」は、隣に展示されている「万治4年御画帳」に載っているデザインを使っています。
御画帳は尾形光琳・乾山の実家である呉服商の注文帳で、波のページが開かれていて
小袖に使われていたのはその波模様だったみたい。
「小袖 白綸子地滝菊模様」は岩間から流れ出る滝の迫力がすごくて
周囲にあしらわれた菊模様の刺繍は浮き出ていて立体感があります。
「小袖 紅綸子地水葵模様」は惣鹿の子絞りで凸凹の立体感がある紅の布地に葵の葉が大胆にデザイン。
千姫の着物と伝わり、大切に伝えられてきたものだそうです。
「振袖 白絖地若紫紅葉竹矢来模様」振袖が出てきたよ!大きな袖だよ!!
黒と紫の刺繍で「若紫」の文字、背に紅葉の刺繍、裾に竹垣の染めがデザインされていて
源氏物語の若紫巻が着物でこんな風に表現できるんだな…。
(雛型本「当流模様 雛型松の月」にこれとそっくりそのまんまのデザインが掲載されているそうだ)
「小袖屏風 絖地源氏絵色紙模様」は源氏物語の場面が白描で表現された小袖裂が貼りつけられてありました。
菱川師宣・師房親子の「見返り美人図」がそれぞれ展示されていて、
師宣の絵は何度も見ていますが師房の絵は初めてでした。
絵の中の女性の着物は伊勢物語を白描で表現した小袖でした。
物語を着物で着るのが流行したのかなあ。オシャレだなあ…!(*´Д`)
友禅染の出現。
「当流七宝常盤ひいなかた」に掲載されている模様を使った「小袖 紅紗綾地雪柴垣梅模様」。
雪がたっぷり積もった柴垣と梅の枝が、紅の布地に流れるように表現されていて美しかった。
「振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様」はロックフェラー財団が持っていて寄贈されたらしいですが
カラフルな熨斗模様が背から裾いっぱいに大胆にデザインされていてかっこいいです。
金の糸で熨斗模様を縁取りして、松竹梅や桐竹、鳳凰、鶴に牡丹、青海波や蜀江文などが配されて
熨斗紙の1枚1枚のデザインが全部違っていて細かい…!
技法も友禅染だけじゃなくて刺繍とか摺箔とか…これどっからどうやって作ったの…??
「小袖 白縮緬地伏見稲荷文字模様」も、これどうやって作っているのか本当にわからない、
京都の伏見稲荷の境内と門前町を着物全体に表現しているんですが、
神社も稲荷山も行き交う人々も、千本鳥居も狛狐に至るまで細かくて…どんだけ手間暇かかってるのか…。
袖にある「稲なり山」という文字だけが刺繍ですが、あとは染織だそうです。染めってここまでできるんだな…。
「小袖 茶縮緬地吉原細見模様」も、腰から裾にかけて吉原の風景が表現されているのが
すごいというより凄まじさを感じる…職人さんどんだけがんばったのだ…。
「小袖 紺平絹地菊障子模」は、袖の柄が途中で不自然に切れているので
振袖を留袖に仕立て直したものではないかと考えられているそうです。
振袖→留袖の文化がこの頃にはあったということですな。
光琳模様の出現。
重要文化財「小袖 白綾地秋草模様」(通称:冬木小袖。尾形光琳デザイン)は
尾形光琳が江戸にいた頃、深川の材木商・冬木屋の妻のために小袖に秋草模様を描いたと
着物の附属文書に書かれているそうです。
冬木さんちの小袖なので「冬木小袖」と呼ばれるのかな。
光琳の江戸滞在時代ってことは40代以降に描かれたデザインですかね?
桔梗や菊などの秋の花を青や黒といった寒色で、白地に直接描いています。雅なデザインだった。
「被衣 染分麻地桐大紋八橋蕨模様」は光琳がよく描いていた伊勢物語の八つ橋の柄だし
「小袖 藍縮緬地燕子花八橋模様」も光琳の燕子花図を参考に制作されたに違いない。
あと、同時代の絵画にも光琳の影響がありますよね。
光琳からしばらく後の作品「婦女納涼図」(西川祐信)に描かれた女性の着物の柄は光琳梅だし
「絵本美奈能川」には光琳模様の被衣をかぶる女性が描かれたシーンがありました。
絵画の世界が光琳で埋め尽くされていた頃、着物もその影響からは逃れられなかったんだな。
町の人々のよそおい。
「小袖 紺紋縮緬地曳舟模様」は淀川をのぼる三十五石舟の景色が染められているし
「振袖 縹羽二重地茶摘風景模様」は茶摘みの風景が…。
ちゃんと船を引く人やお茶を摘む人たちの表情まで表現されてるよ…技法がどんどん細かくなっていってる…。
「小袖 黒紅綸子地色紙短冊草花模様」は真っ黒な布地に白い短冊と草花が引き立つように染められている。
「振袖 鼠壁縮緬地波に千鳥裾模様」は袖と裾に北斎のような荒波と光琳千鳥が表現されていてかっこいい。
あと、ほとんどの着物が背面を向けて展示されているのですが
この着物は裏地(赤)にも荒波が染められて表面と繋がるデザインになっているので
前面を向けて展示されていました。
この頃になると帯もだんだん太くなってきて、孔雀の羽の模様とか天鵞絨に格子模様とか花唐草とか
現代でも見たことのあるようなデザインが出てくるようになるんですね。
北尾重政「摘み草図」は女性たちが様々な柄の着物に帯を締めて初春の摘み草を楽しんでいるし、
磯田湖龍斎「美人愛猫図」は源氏物語の女三の宮と猫のエピソードを
江戸時代の女性に置き換えて描いた作品で、女性がつけているのは博多帯ですね。
豪商や太夫、大奥のよそおい。
町人の贅沢は禁止されていましたが、豪商や遊郭の太夫、大奥は別でした。
「三揃振袖 橘冊子模様」3領は豪商の娘の婚礼用衣装で、
赤・黒・白の布地全体に吉祥模様と冊子がちりばめられまくった豪華なもの。
「振袖 萌黄縮緬地扇面模様」も豪商のお嬢様の衣装かな、
扇面に鳳凰と牡丹があしらわれておめでたい模様。
「振袖 染分綸子地御簾唐子遊模様」も豪商のお嬢様の晴れ着で
唐子たちの遊ぶ様子が背から裾にかけて表現されています。唐子絵はいくつも見るけど着物は初めてだな…。
「太夫打掛・丸帯」は京都・輪違屋の太夫が実際に着用したもので、
輪違屋の傘の間が再現されたスペースに展示されていました。
鳳凰と鷹がでかでかと描かれ、帯には龍がいるというド迫力。これ着た太夫かっこよかったろうなあ…。
「振袖 紫縮緬地鷹狩模様」は鷹狩りの様子が表現された着物ですが
さすが武家女性というか大奥の人の着物で、紫地に鷹と犬、松竹梅と金色がちりばめられ、
流れる滝にはプルシアンブルーが使われているそうな。
「帷子 白麻地鷹狩風景「勧修寺縁起」模様」は勧修寺開創の物語を着物に仕立てていて
平安時代の貴族・藤原高藤が鷹狩の途中で雨に降られて宮道列子の家に泊まった際のエピソードを
人物を省略する形で景色のみで表現しています。
絵巻物が表現されるあたり、大奥の人の教養が感じられますな。
「腰巻 黒紅練緯地梅椿花菱亀甲模様」は武家女性の夏のよそおいを亀甲や椿などを使って仕上げているし
「打掛 紅綸子地流水菊葵梅模様」からは武家女性の婚礼衣装の決まりごとがわかるそうです。
菊や葵の花、流水、幾何学模様がよく使われること。季節を感じさせること。などなど。
「打掛 白綸子地藤菊牡丹七宝模様」「袱紗 浅葱縮緬地雀鳴子稲模様」や
「小袖 萌黄紋縮緬地雪持竹雀模様」などは天璋院が所蔵していたもので、
雪持竹雀模様の雪が降り積もった笹の表現がとても力強くてかっこいいです。
逆に和宮の持ち物だったという「桜蝶唐草蒔絵貝桶」は御所風の優美なデザインでした。
天下人と若衆。
織田信長所用「陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様」は腰から上の部分が真っ黒な山鳥の毛でびっしり覆われて
中央に揚羽蝶の模様が白い羽で作られていて
裾は南蛮風の模様を使ったひだが施されていて、ノブ様のご趣味が推し量れるような。
豊臣秀吉所用「陣羽織 淡茶地獅子模様」は7頭の獅子が唐織で表現され、
衿はヨーロッパ産の猩々緋の羅紗が使われていて、やっぱり秀吉の趣味もわかるような。
石見金山見立役の吉岡隼人が徳川家康から贈られたという「胴服 染分平絹地雪輪銀杏模様」は
水色・紫・白の斜めストライプの地に雪輪と銀杏の葉が散らされたモダンなデザイン。
(こうして見ると何だか家康だけ趣味が違うように見えますが、そんなことはないと思う)
「振袖 白縮緬地衝立梅樹鷹模様」は衝立に鷹(カラフル)が乗っているデザインを全体にちりばめていて
よく見ると衝立に描かれた梅の枝が心なしか繋がっているようにも見える。
友禅染の華やかな振袖で着ていたのは若衆とされています。
「小袖 白縮緬地石畳賀茂競馬模様」は賀茂神社の競べ馬の様子を着物いっぱいに描いています。
奥村政信「小倉山荘図」には派手な着物を着た若衆たちが描かれていました。
下着。
「下着 白木綿地立木模様更紗」はヨーロッパ輸出向けのベッドカバーを転用した下着で
インドで生産されたそうで、なんだかペルシャ絨毯みたいな模様だなと思ったし、
「下着 鼠色木綿地江戸名所模様」は江戸城や寛永寺、日本橋、浅草寺、猿若町などの江戸名所が
刺繍で表現されていて、これ本当に下着なのかよ…って突っ込みそうになりました。
表ではなく下着に凝ったものを着るという「通人」の美学なのだろうな。
お江戸で流行した歌川国芳デザインの着物たち。
火消半纏がズラーーーーーッと並んでいてすごかった…!
雷神、龍虎、水滸伝、八犬伝、大鷲、素戔嗚、鬼若丸、源頼政の鵺退治などが背中にどどん!とデザインされて
これを着て鳶職のあんちゃんたちは火事場を駆けまわっていたのかと思うと、そりゃやる気も出ちゃうよなと。
特にすごいと思った半纏が「鼠色木綿地船弁慶図」ですかね…。
背中に平知盛(矢が突き刺さりまくってる)の亡霊、表の胸部分に髑髏の模様。
両方とも白黒で表現されているから亡霊感ハンパない。よく作ったなあと思います。誰が着たんだろう。
「国芳もやう正札附現金男」は国芳が10人の任侠を描いた10枚の錦絵ですが
このシリーズの男性たちが何を身に付けているかがだいたいわかっているそうです。
野晒悟助の伊達ゆかた、幡随長兵衛の博多帯、唐犬権兵衛の紅板じめ、濡髪蝶五郎の蝶模様の三つ重ね、
梅の由兵衛の格子縞と市松模様、白井権八の反古模様、寺西閑心の半四郎かのこ、
照腕喜三郎の豆しぼり、五尺染五郎の紅板じめと昼夜帯、團七九郎兵衛の黒繻子の帯と弁慶格子。
どれも地味な色合いの絵ですが、四十八茶と百鼠というのがお江戸のカラーだったし
江戸っ子のおしゃれは幕府の統制からくるアイディアであふれていたんですよね。
近代の着物。
文明開化の時代になると和風・唐風に混じって洋風なデザインの着物が登場します。
「振袖 淡紅綸子地宮殿模様」にはシャンデリアが描かれているし
「振袖 縮緬地和蘭陀風景模様」には当時の人が想像したオランダの風景が描かれているし
「丸帯 緞子地更紗模様」にはインド更紗の模様が使われている。
あとこの時代から作られるようになったのが銘仙で(国の製作所までできた)、
「着物 黒縮緬地モダン花散模様」は黒地にマーガレットやチューリップ、ひまわり、
ブレスレットやバッグなどのアクセサリーまでちりばめられているし
「着物 紫縮緬地烏柳模様」は鳥のいる水面にスパッタリングが散らされたような表現だし
「着物 黒絽地杉木立鳩模様」はファンタジックな色合いだし
帯「藍鼠縮緬地白孔雀模様」は明らかにアール・ヌーボーの影響を受けている。
「着物 白地街灯模様銘仙」はデフォルメされたガス灯が格子模様の中にひとつひとつ配置されて並んでいて
着物が白地なのに色がたくさんあるせいで一見、白地とわからなくなるようで。
名古屋帯「黒繻子地みみずく模様」がすごかった…。
木の枝にみみずくがとまっている柄の帯なのですが、繻子が黒いのと枝が赤い糸で刺繍されているのとで
まるで闇夜にスポットライトで照らされたみみずくを見ているような…こんな帯ほしい…!
現代のデザイナーによる着物。
久保田一竹「連作 光響」は移り変わる季節と宇宙を着物で表現しようという氏のライフワークで
最終的には80連作にすることを目標としているそうです。
今回出品されていたのは15作ですが、ずらりと並んだ着物の柄と色は共通性を持ちながら微妙に変化していて
モネのルーアン大聖堂などの連作を思い出しました。
(久保田氏はこのプロジェクトの完成までは約100年かかると言っているそうな)
鈴田滋人「木版摺更紗着物「花翔文」」ものっそい細かくて驚いた…。
小さいひとつの柄を繰り返して繰り返して、裾にいくにしたがい大胆になっていくデザイン。
更紗の模様はどんなものも美しくて好きですが、ここまで細かい柄はあまり見たことないです。
森口邦彦「友禅訪問着 「緑陰」」は鬼滅の刃の炭治郎くんの着物を思い出すような柄だし
「千花」は肩から裾にかけての連続模様が白から黒に反転していくのがエッシャーを思い出した。
「友禅訪問着 白地位相割付文「実り」」は白地に赤とグレーの幾何学模様が連なっていて
どこかで見たことある柄だな…と思ったら三越伊勢丹のお買い物でもらう紙バッグではないか!!
森口氏が2013年に制作した着物を元にバッグのデザインがされたそうです。
Webサイトにこの着物とバッグについてのページがありました。→こちら
というかあの模様がリンゴであると初めて知ったよ…リンゴなんだ…。
クライマックスはTAROきものとYOSHIKIMONOですよ…!
岡本太郎デザインの着物と帯は真っ赤な布地に黒、黄色、青、緑などの原色が
まるで太郎が直接、筆を走らせたような力強いデザインで配色されています。
(岡本太郎美術館の年表によると63歳の頃のデザインらしい)
過去へも未来へも飛んでいけそうな…すさまじい色で見とれてしまった。
YOSHIKIMONOはX JAPANのYOSHIKI氏がデザインしたもので、着用したマネキンが7体。
全身にマーベル社のコミックのコマが描かれたもの、変わり市松というか歪んだ市松の白黒、
進撃の巨人のミカサが大きくプリントされたものなど。
肩を出したりブーツやハイヒールを着用しているのもおもしろいですな。
…おもしろいけどこれらを着るのはちょっと勇気が要ります…着たら楽しいだろうけど、たぶん負ける。着物に。
時代が下るにつれ刺繍も染織も技術が発展し、一方で失われた技術もあり、
一旦細部まで極まったデザインはその後大胆になったりより細かくなったりするんだな…。
着物の未来はどうなっていくのかなあ、などと考えたりしました。
きっと今のわたしたちが思いつかないようなものがデザインに取り入れられていくに違いない。楽しみです。
(あと、アメリカのメトロポリタン美術館やボストン美術館から来日する予定だった作品が
感染症の影響のために叶わなくなったというお知らせもありました。
作品が展示されるはずだっただろうスペースには作品をプリントしたパネルが置いてありました。
準備していた関係者のかたがたの無念を思うとやりきれないです)

ラウンジに冬木小袖×初音ミクさんのコラボが。
さっき展示室で見た冬木小袖を東博と文化財活用センターが修理するプロジェクトが始まっています。
プロジェクトの支援をするためのコラボグッズが発売され、売り上げの一部が小袖の修理にあてられます。

ポストカードを購入して支援。
他にも支援グッズは色々ありますので興味のあるかたはどうぞ。→こちら
あととうとう、ねんどろも出るらしくてですね…やばいお着物ミクさんかわいい…ほしい…!→こちら

考古展示室の通路には冬木小袖の複製が展示されていました。
(隣に並んでいるのは音声ガイドの鈴木拡樹氏がポスターで着ていた白縮緬地衝立梅樹鷹模様の複製)

おお…ミクさんが着てるのと同じものだ…。
e国宝で全体画像が見られます→こちら

会場で配布されていた『恋せよキモノ乙女 東京篇』の冊子。
『恋せよキモノ乙女』は主人公の野々村ももが着物を着て神社や図書館やカフェにおでかけするマンガで
わたしも毎月Webで楽しく読んでいます☆
マンガは関西が舞台なのでももちゃんが東京に来ることはあまりないのですが(今度お仕事で来るけど)
この冊子はももちゃんが恋人の椎名さんと一緒に東博のきもの展に来場する様子を
作者の山崎零氏が描き下ろされたものです。
しばらくはWebで無料公開されているのでよかったらどうぞ。→こちら

きもの展見た後だから着物の展示もいつも以上に楽しめました。
これは8室にあった帷子(武家女性の夏の正装)や腰巻の展示。

能と歌舞伎の部屋にあった衣装が!坂東美津江氏が着用した着物だった!!
真ん中の的矢模様の着物、だいぶ前だけど見たことあります。わ~~~お久しぶり!
『歌舞伎に女優がいた時代』をまた読み返さなくては。

10室でも帷子の展示が。
東博の着物コレクションのひとつに、大黒屋・野口彦兵衛さんから寄贈・購入した
呉服商「大彦」からの旧大彦コレクションというのがありまして、その一部が展示されていました。
きもの展にもいくつかあったね。

「浅葱麻地清水風景模様」部分。
清水寺の境内が刺繍と友禅染で表現されたもの。
名所を着物に描くことが江戸時代の武家女性の間で流行したそうです。
本館の展示は他にもたくさんありまして、色々と見てきたのですが
長くなりますので次回記事に書きます。
あ。ミクさんといえば。

池袋駅で乗り換えるとき、自販機にこんなミクさんを見かけました。かわいい。
色んなところでお仕事おつかれさまです~。
東博の「特別展 きもの」に行ってきました。
着物、というか小袖について紹介する展覧会です。
中世(室町時代後期)から現代まで幅広く、小袖の歴史を学べる内容になっていました。
4月から開催される予定でしたが、折からの感染症の影響により会期が6月~8月に変更されています。
密を避けるために毎日、JR東日本アプリをチェックして山手線のすいてる時間帯を調べて
「よしこの時間」と決めて当日乗って(先頭車両で乗客10人程度でした)、
ものすごく久し振りに上野駅へ。

3月に移転していた公園口にやっと来られました。
移転前は改札の向こうは東京文化会館の正面でしたが、
今は西洋美術館の前の通りに出て、文化会館は左手側に見えるようになったんですね。

入館時はマスク必須。博物館の入口で手の消毒をしてサーモグラフィの検温を経て、平成館へ。
去年も訪れているのに今年色々ありすぎたせいか、もう何年も来なかったような気がしています。
途方もないですな2020年。

展覧会場では混雑を避けるため、90分以内の観覧が推奨されています。
なるべく人との間隔を開けて鑑賞、会場内での会話も控えるようにとのこと。混雑時は入場規制もあるそうです。
現在、東博のチケットは特別展、本館ともに日時指定の予約制で(当日券は若干枚)、
特別展は30分ごとの時間枠で入場します。
(たとえばきもの展は9:30オープンですが、その時間に予約した人たちは9:30~10:00の間に入場)
入館の時間は決められていますが、退館時間の制限はありません。
「各時間の入場開始時は人が集中するので10分くらい経ってから来てね」みたいなアナウンスが
東博のTwitterで流れていまして、それもそうだなと思ってちょっと待ってから行ったんですが
展示室の入口はざわざわしていたので人のいないところから鑑賞していきました。
第2展示室の方がすいていて、人との距離が取りやすかったです。
展示はとにかく数が多くて、ひとつひとつゆっくり見ていると時間がなくなってしまうので
気になったものだけよく見て後は流し見になりました。。
最初に展示されていたのは「小袖 白茶地桐竹模様綾」。
室町時代後期の武将・石見国の益田宗兼が足利義稙から拝領したものと伝わります。
小袖の初期の形がわかる着物として貴重なもの。
衿や袖が小さいなと思いました。当時の形状と、当時の男性の平均身長のせいもあるのかな…。
遠くから見ると無地に見えますが、近くで見ると細かい桐竹模様が入っていて上品です。
続いて「表着 白地小葵鳳凰模様二陪織物」。
鎌倉時代のものとして鶴岡八幡宮に伝わる、現存する最古の宮廷装束の形がわかるものとして貴重。
表は二陪織物で、中陪はつむぎ、裏は綾で作られています。贅沢ですな…。
安土桃山・慶長期(江戸初期)のモード。
「縫箔 白練緯地四季草花四替模様」(重文)は「四替」という、4つに区切った当時の流行デザインで
この着物ではそれぞれ梅模様で春を、藤の花で夏を、紅葉で秋を、雪持笹で冬を表現しています。
縫伯だからつまり全部刺繍なわけで…気が遠くなりそう…!いやあ美しかった。
「縫箔 紅白段練緯地短冊八橋雪持柳模様」は毛利家に伝来したもので
能に使われた衣装(若い女性のシテ?)と考えられているそうです。
桐・菊・沢潟など豊臣秀吉に縁のある模様があしらわれているので
毛利家と豊臣家の関係性も感じさせる着物(秀吉は能が好き)です。
「小袖 白練緯地亀甲檜垣藤雪輪模様」は檜垣や亀甲、雪輪、藤棚が染められた辻が花の小袖で
持ち主の菩提を弔うために打敷にしたのを当時の小袖の形に仕立て直したものということです。
仕立て直しといえば、「縫箔 白練緯地花菱亀甲模様」も、もともとは高台院の持ち物だったみたいですが
女の子用のサイズに仕立て直されているとか。
「小袖屛風」はいくつかの小袖裂を貼りつけた屏風で
京都の古美術商だった野村正治郎のコレクションだそうです。
「縫箔 紫練緯地段花菱円草花模様」は京都の鮎売りの桂女の家に伝わったもので
菱形や丸形の中に草花や波模様がデザインされていて綺麗でした。
(もともと紫だった色地が今は茶色に変色してしまったらしい)
また、当時の着物を知る資料として法衣の女性の肖像(詳細不明。慶弔期の着物を着ている)や
狩野孝信の洛中洛外図屏風も展示されていました。
淀殿の持ち物と伝わるものと、丸紅が所蔵する「小袖裂 紅萌黄片身替練緯地洲浜取草花模様」と
その小袖裂から復元した小袖が並んで展示されていたのもおもしろかったです。
江戸中期のモード。
「小袖 染分綸子地松皮菱段草花模様」を見ていると、慶長期よりも少し袖が大きくなってきた気がする。
あと金の摺箔が大きく使われているせいかな…キラキラ度が増してきたような…。
「小袖 染分綸子地鶴松花鳥模様」は尾長鳥や鴛鴦、草花や牛車などが表現されていますが
点々と模様を配していた慶長期と異なり、着物全体を使って流れるように模様が作られていて
たぶんその走りのひとつなのだと思う、この着物。
「小袖 白絖地菊水模様」は、隣に展示されている「万治4年御画帳」に載っているデザインを使っています。
御画帳は尾形光琳・乾山の実家である呉服商の注文帳で、波のページが開かれていて
小袖に使われていたのはその波模様だったみたい。
「小袖 白綸子地滝菊模様」は岩間から流れ出る滝の迫力がすごくて
周囲にあしらわれた菊模様の刺繍は浮き出ていて立体感があります。
「小袖 紅綸子地水葵模様」は惣鹿の子絞りで凸凹の立体感がある紅の布地に葵の葉が大胆にデザイン。
千姫の着物と伝わり、大切に伝えられてきたものだそうです。
「振袖 白絖地若紫紅葉竹矢来模様」振袖が出てきたよ!大きな袖だよ!!
黒と紫の刺繍で「若紫」の文字、背に紅葉の刺繍、裾に竹垣の染めがデザインされていて
源氏物語の若紫巻が着物でこんな風に表現できるんだな…。
(雛型本「当流模様 雛型松の月」にこれとそっくりそのまんまのデザインが掲載されているそうだ)
「小袖屏風 絖地源氏絵色紙模様」は源氏物語の場面が白描で表現された小袖裂が貼りつけられてありました。
菱川師宣・師房親子の「見返り美人図」がそれぞれ展示されていて、
師宣の絵は何度も見ていますが師房の絵は初めてでした。
絵の中の女性の着物は伊勢物語を白描で表現した小袖でした。
物語を着物で着るのが流行したのかなあ。オシャレだなあ…!(*´Д`)
友禅染の出現。
「当流七宝常盤ひいなかた」に掲載されている模様を使った「小袖 紅紗綾地雪柴垣梅模様」。
雪がたっぷり積もった柴垣と梅の枝が、紅の布地に流れるように表現されていて美しかった。
「振袖 紅紋縮緬地束熨斗模様」はロックフェラー財団が持っていて寄贈されたらしいですが
カラフルな熨斗模様が背から裾いっぱいに大胆にデザインされていてかっこいいです。
金の糸で熨斗模様を縁取りして、松竹梅や桐竹、鳳凰、鶴に牡丹、青海波や蜀江文などが配されて
熨斗紙の1枚1枚のデザインが全部違っていて細かい…!
技法も友禅染だけじゃなくて刺繍とか摺箔とか…これどっからどうやって作ったの…??
「小袖 白縮緬地伏見稲荷文字模様」も、これどうやって作っているのか本当にわからない、
京都の伏見稲荷の境内と門前町を着物全体に表現しているんですが、
神社も稲荷山も行き交う人々も、千本鳥居も狛狐に至るまで細かくて…どんだけ手間暇かかってるのか…。
袖にある「稲なり山」という文字だけが刺繍ですが、あとは染織だそうです。染めってここまでできるんだな…。
「小袖 茶縮緬地吉原細見模様」も、腰から裾にかけて吉原の風景が表現されているのが
すごいというより凄まじさを感じる…職人さんどんだけがんばったのだ…。
「小袖 紺平絹地菊障子模」は、袖の柄が途中で不自然に切れているので
振袖を留袖に仕立て直したものではないかと考えられているそうです。
振袖→留袖の文化がこの頃にはあったということですな。
光琳模様の出現。
重要文化財「小袖 白綾地秋草模様」(通称:冬木小袖。尾形光琳デザイン)は
尾形光琳が江戸にいた頃、深川の材木商・冬木屋の妻のために小袖に秋草模様を描いたと
着物の附属文書に書かれているそうです。
冬木さんちの小袖なので「冬木小袖」と呼ばれるのかな。
光琳の江戸滞在時代ってことは40代以降に描かれたデザインですかね?
桔梗や菊などの秋の花を青や黒といった寒色で、白地に直接描いています。雅なデザインだった。
「被衣 染分麻地桐大紋八橋蕨模様」は光琳がよく描いていた伊勢物語の八つ橋の柄だし
「小袖 藍縮緬地燕子花八橋模様」も光琳の燕子花図を参考に制作されたに違いない。
あと、同時代の絵画にも光琳の影響がありますよね。
光琳からしばらく後の作品「婦女納涼図」(西川祐信)に描かれた女性の着物の柄は光琳梅だし
「絵本美奈能川」には光琳模様の被衣をかぶる女性が描かれたシーンがありました。
絵画の世界が光琳で埋め尽くされていた頃、着物もその影響からは逃れられなかったんだな。
町の人々のよそおい。
「小袖 紺紋縮緬地曳舟模様」は淀川をのぼる三十五石舟の景色が染められているし
「振袖 縹羽二重地茶摘風景模様」は茶摘みの風景が…。
ちゃんと船を引く人やお茶を摘む人たちの表情まで表現されてるよ…技法がどんどん細かくなっていってる…。
「小袖 黒紅綸子地色紙短冊草花模様」は真っ黒な布地に白い短冊と草花が引き立つように染められている。
「振袖 鼠壁縮緬地波に千鳥裾模様」は袖と裾に北斎のような荒波と光琳千鳥が表現されていてかっこいい。
あと、ほとんどの着物が背面を向けて展示されているのですが
この着物は裏地(赤)にも荒波が染められて表面と繋がるデザインになっているので
前面を向けて展示されていました。
この頃になると帯もだんだん太くなってきて、孔雀の羽の模様とか天鵞絨に格子模様とか花唐草とか
現代でも見たことのあるようなデザインが出てくるようになるんですね。
北尾重政「摘み草図」は女性たちが様々な柄の着物に帯を締めて初春の摘み草を楽しんでいるし、
磯田湖龍斎「美人愛猫図」は源氏物語の女三の宮と猫のエピソードを
江戸時代の女性に置き換えて描いた作品で、女性がつけているのは博多帯ですね。
豪商や太夫、大奥のよそおい。
町人の贅沢は禁止されていましたが、豪商や遊郭の太夫、大奥は別でした。
「三揃振袖 橘冊子模様」3領は豪商の娘の婚礼用衣装で、
赤・黒・白の布地全体に吉祥模様と冊子がちりばめられまくった豪華なもの。
「振袖 萌黄縮緬地扇面模様」も豪商のお嬢様の衣装かな、
扇面に鳳凰と牡丹があしらわれておめでたい模様。
「振袖 染分綸子地御簾唐子遊模様」も豪商のお嬢様の晴れ着で
唐子たちの遊ぶ様子が背から裾にかけて表現されています。唐子絵はいくつも見るけど着物は初めてだな…。
「太夫打掛・丸帯」は京都・輪違屋の太夫が実際に着用したもので、
輪違屋の傘の間が再現されたスペースに展示されていました。
鳳凰と鷹がでかでかと描かれ、帯には龍がいるというド迫力。これ着た太夫かっこよかったろうなあ…。
「振袖 紫縮緬地鷹狩模様」は鷹狩りの様子が表現された着物ですが
さすが武家女性というか大奥の人の着物で、紫地に鷹と犬、松竹梅と金色がちりばめられ、
流れる滝にはプルシアンブルーが使われているそうな。
「帷子 白麻地鷹狩風景「勧修寺縁起」模様」は勧修寺開創の物語を着物に仕立てていて
平安時代の貴族・藤原高藤が鷹狩の途中で雨に降られて宮道列子の家に泊まった際のエピソードを
人物を省略する形で景色のみで表現しています。
絵巻物が表現されるあたり、大奥の人の教養が感じられますな。
「腰巻 黒紅練緯地梅椿花菱亀甲模様」は武家女性の夏のよそおいを亀甲や椿などを使って仕上げているし
「打掛 紅綸子地流水菊葵梅模様」からは武家女性の婚礼衣装の決まりごとがわかるそうです。
菊や葵の花、流水、幾何学模様がよく使われること。季節を感じさせること。などなど。
「打掛 白綸子地藤菊牡丹七宝模様」「袱紗 浅葱縮緬地雀鳴子稲模様」や
「小袖 萌黄紋縮緬地雪持竹雀模様」などは天璋院が所蔵していたもので、
雪持竹雀模様の雪が降り積もった笹の表現がとても力強くてかっこいいです。
逆に和宮の持ち物だったという「桜蝶唐草蒔絵貝桶」は御所風の優美なデザインでした。
天下人と若衆。
織田信長所用「陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様」は腰から上の部分が真っ黒な山鳥の毛でびっしり覆われて
中央に揚羽蝶の模様が白い羽で作られていて
裾は南蛮風の模様を使ったひだが施されていて、ノブ様のご趣味が推し量れるような。
豊臣秀吉所用「陣羽織 淡茶地獅子模様」は7頭の獅子が唐織で表現され、
衿はヨーロッパ産の猩々緋の羅紗が使われていて、やっぱり秀吉の趣味もわかるような。
石見金山見立役の吉岡隼人が徳川家康から贈られたという「胴服 染分平絹地雪輪銀杏模様」は
水色・紫・白の斜めストライプの地に雪輪と銀杏の葉が散らされたモダンなデザイン。
(こうして見ると何だか家康だけ趣味が違うように見えますが、そんなことはないと思う)
「振袖 白縮緬地衝立梅樹鷹模様」は衝立に鷹(カラフル)が乗っているデザインを全体にちりばめていて
よく見ると衝立に描かれた梅の枝が心なしか繋がっているようにも見える。
友禅染の華やかな振袖で着ていたのは若衆とされています。
「小袖 白縮緬地石畳賀茂競馬模様」は賀茂神社の競べ馬の様子を着物いっぱいに描いています。
奥村政信「小倉山荘図」には派手な着物を着た若衆たちが描かれていました。
下着。
「下着 白木綿地立木模様更紗」はヨーロッパ輸出向けのベッドカバーを転用した下着で
インドで生産されたそうで、なんだかペルシャ絨毯みたいな模様だなと思ったし、
「下着 鼠色木綿地江戸名所模様」は江戸城や寛永寺、日本橋、浅草寺、猿若町などの江戸名所が
刺繍で表現されていて、これ本当に下着なのかよ…って突っ込みそうになりました。
表ではなく下着に凝ったものを着るという「通人」の美学なのだろうな。
お江戸で流行した歌川国芳デザインの着物たち。
火消半纏がズラーーーーーッと並んでいてすごかった…!
雷神、龍虎、水滸伝、八犬伝、大鷲、素戔嗚、鬼若丸、源頼政の鵺退治などが背中にどどん!とデザインされて
これを着て鳶職のあんちゃんたちは火事場を駆けまわっていたのかと思うと、そりゃやる気も出ちゃうよなと。
特にすごいと思った半纏が「鼠色木綿地船弁慶図」ですかね…。
背中に平知盛(矢が突き刺さりまくってる)の亡霊、表の胸部分に髑髏の模様。
両方とも白黒で表現されているから亡霊感ハンパない。よく作ったなあと思います。誰が着たんだろう。
「国芳もやう正札附現金男」は国芳が10人の任侠を描いた10枚の錦絵ですが
このシリーズの男性たちが何を身に付けているかがだいたいわかっているそうです。
野晒悟助の伊達ゆかた、幡随長兵衛の博多帯、唐犬権兵衛の紅板じめ、濡髪蝶五郎の蝶模様の三つ重ね、
梅の由兵衛の格子縞と市松模様、白井権八の反古模様、寺西閑心の半四郎かのこ、
照腕喜三郎の豆しぼり、五尺染五郎の紅板じめと昼夜帯、團七九郎兵衛の黒繻子の帯と弁慶格子。
どれも地味な色合いの絵ですが、四十八茶と百鼠というのがお江戸のカラーだったし
江戸っ子のおしゃれは幕府の統制からくるアイディアであふれていたんですよね。
近代の着物。
文明開化の時代になると和風・唐風に混じって洋風なデザインの着物が登場します。
「振袖 淡紅綸子地宮殿模様」にはシャンデリアが描かれているし
「振袖 縮緬地和蘭陀風景模様」には当時の人が想像したオランダの風景が描かれているし
「丸帯 緞子地更紗模様」にはインド更紗の模様が使われている。
あとこの時代から作られるようになったのが銘仙で(国の製作所までできた)、
「着物 黒縮緬地モダン花散模様」は黒地にマーガレットやチューリップ、ひまわり、
ブレスレットやバッグなどのアクセサリーまでちりばめられているし
「着物 紫縮緬地烏柳模様」は鳥のいる水面にスパッタリングが散らされたような表現だし
「着物 黒絽地杉木立鳩模様」はファンタジックな色合いだし
帯「藍鼠縮緬地白孔雀模様」は明らかにアール・ヌーボーの影響を受けている。
「着物 白地街灯模様銘仙」はデフォルメされたガス灯が格子模様の中にひとつひとつ配置されて並んでいて
着物が白地なのに色がたくさんあるせいで一見、白地とわからなくなるようで。
名古屋帯「黒繻子地みみずく模様」がすごかった…。
木の枝にみみずくがとまっている柄の帯なのですが、繻子が黒いのと枝が赤い糸で刺繍されているのとで
まるで闇夜にスポットライトで照らされたみみずくを見ているような…こんな帯ほしい…!
現代のデザイナーによる着物。
久保田一竹「連作 光響」は移り変わる季節と宇宙を着物で表現しようという氏のライフワークで
最終的には80連作にすることを目標としているそうです。
今回出品されていたのは15作ですが、ずらりと並んだ着物の柄と色は共通性を持ちながら微妙に変化していて
モネのルーアン大聖堂などの連作を思い出しました。
(久保田氏はこのプロジェクトの完成までは約100年かかると言っているそうな)
鈴田滋人「木版摺更紗着物「花翔文」」ものっそい細かくて驚いた…。
小さいひとつの柄を繰り返して繰り返して、裾にいくにしたがい大胆になっていくデザイン。
更紗の模様はどんなものも美しくて好きですが、ここまで細かい柄はあまり見たことないです。
森口邦彦「友禅訪問着 「緑陰」」は鬼滅の刃の炭治郎くんの着物を思い出すような柄だし
「千花」は肩から裾にかけての連続模様が白から黒に反転していくのがエッシャーを思い出した。
「友禅訪問着 白地位相割付文「実り」」は白地に赤とグレーの幾何学模様が連なっていて
どこかで見たことある柄だな…と思ったら三越伊勢丹のお買い物でもらう紙バッグではないか!!
森口氏が2013年に制作した着物を元にバッグのデザインがされたそうです。
Webサイトにこの着物とバッグについてのページがありました。→こちら
というかあの模様がリンゴであると初めて知ったよ…リンゴなんだ…。
クライマックスはTAROきものとYOSHIKIMONOですよ…!
岡本太郎デザインの着物と帯は真っ赤な布地に黒、黄色、青、緑などの原色が
まるで太郎が直接、筆を走らせたような力強いデザインで配色されています。
(岡本太郎美術館の年表によると63歳の頃のデザインらしい)
過去へも未来へも飛んでいけそうな…すさまじい色で見とれてしまった。
YOSHIKIMONOはX JAPANのYOSHIKI氏がデザインしたもので、着用したマネキンが7体。
全身にマーベル社のコミックのコマが描かれたもの、変わり市松というか歪んだ市松の白黒、
進撃の巨人のミカサが大きくプリントされたものなど。
肩を出したりブーツやハイヒールを着用しているのもおもしろいですな。
…おもしろいけどこれらを着るのはちょっと勇気が要ります…着たら楽しいだろうけど、たぶん負ける。着物に。
時代が下るにつれ刺繍も染織も技術が発展し、一方で失われた技術もあり、
一旦細部まで極まったデザインはその後大胆になったりより細かくなったりするんだな…。
着物の未来はどうなっていくのかなあ、などと考えたりしました。
きっと今のわたしたちが思いつかないようなものがデザインに取り入れられていくに違いない。楽しみです。
(あと、アメリカのメトロポリタン美術館やボストン美術館から来日する予定だった作品が
感染症の影響のために叶わなくなったというお知らせもありました。
作品が展示されるはずだっただろうスペースには作品をプリントしたパネルが置いてありました。
準備していた関係者のかたがたの無念を思うとやりきれないです)

ラウンジに冬木小袖×初音ミクさんのコラボが。
さっき展示室で見た冬木小袖を東博と文化財活用センターが修理するプロジェクトが始まっています。
プロジェクトの支援をするためのコラボグッズが発売され、売り上げの一部が小袖の修理にあてられます。

ポストカードを購入して支援。
他にも支援グッズは色々ありますので興味のあるかたはどうぞ。→こちら
あととうとう、ねんどろも出るらしくてですね…やばいお着物ミクさんかわいい…ほしい…!→こちら

考古展示室の通路には冬木小袖の複製が展示されていました。
(隣に並んでいるのは音声ガイドの鈴木拡樹氏がポスターで着ていた白縮緬地衝立梅樹鷹模様の複製)

おお…ミクさんが着てるのと同じものだ…。
e国宝で全体画像が見られます→こちら

会場で配布されていた『恋せよキモノ乙女 東京篇』の冊子。
『恋せよキモノ乙女』は主人公の野々村ももが着物を着て神社や図書館やカフェにおでかけするマンガで
わたしも毎月Webで楽しく読んでいます☆
マンガは関西が舞台なのでももちゃんが東京に来ることはあまりないのですが(今度お仕事で来るけど)
この冊子はももちゃんが恋人の椎名さんと一緒に東博のきもの展に来場する様子を
作者の山崎零氏が描き下ろされたものです。
しばらくはWebで無料公開されているのでよかったらどうぞ。→こちら

きもの展見た後だから着物の展示もいつも以上に楽しめました。
これは8室にあった帷子(武家女性の夏の正装)や腰巻の展示。

能と歌舞伎の部屋にあった衣装が!坂東美津江氏が着用した着物だった!!
真ん中の的矢模様の着物、だいぶ前だけど見たことあります。わ~~~お久しぶり!
『歌舞伎に女優がいた時代』をまた読み返さなくては。

10室でも帷子の展示が。
東博の着物コレクションのひとつに、大黒屋・野口彦兵衛さんから寄贈・購入した
呉服商「大彦」からの旧大彦コレクションというのがありまして、その一部が展示されていました。
きもの展にもいくつかあったね。

「浅葱麻地清水風景模様」部分。
清水寺の境内が刺繍と友禅染で表現されたもの。
名所を着物に描くことが江戸時代の武家女性の間で流行したそうです。
本館の展示は他にもたくさんありまして、色々と見てきたのですが
長くなりますので次回記事に書きます。
あ。ミクさんといえば。

池袋駅で乗り換えるとき、自販機にこんなミクさんを見かけました。かわいい。
色んなところでお仕事おつかれさまです~。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 ジャンル : 学問・文化・芸術
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