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2023_11
25
(Sat)23:58

謎のAR祭り。(65話風に)

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鉄道博物館に行ってきました。
いつものD51モックアップ前でみんなでパチリ☆

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本館D51シミュレーター奥のここへ。
これ去年の11月頃に突然設置されてもう1年になりますけど毎回「まだあるかな?」って確認しに来てしまうし
何より本当に本当にほんっっっっっっっとうに有難い、
シンカリオンファンの心を救ってくれます。ありがとうございます。
いつまであるのかわからないけど掛けておける間は掛けておいてほしい~~お願いします。

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こっちもいつものように、南館のE5系&400系前でみんなでパチリ☆

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今回の訪問の目的はこちら。
「鉄道AR祭!~「シンカリオンZ」と「むかしの車両」を体感しよう」を体験しに来ました。
南館の3か所でARによる展示イベントが開催されていまして、
シンカリオンZのキャラクターや機体、すでに引退した車両などがスマホ上で見られたりするのです。
放送終了から2年経ちますがこうして聖地でイベントしてくれるのうれしい☆

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体験に必要なXR CHANNELアプリは前日までにダウンロード済み☆
起動すると現在開催中のイベントが表示されます。まずはシンカリオンZをタップ。

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コンテンツ一括ダウンロードをして、南館に向かえば準備OKです。

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南館の体験コンテンツがあるポイントには案内看板が立っています。
順番に見ていきましょう~。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

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2023_11
19
(Sun)23:59

この秋の展示室その2。

前々回記事の続き。
東博平成館でやまと絵展を見た後で、本館の展示も見てきました。

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特集「仏画のなかのやまと絵山水」。
特別展に合わせて日本美術の中から様々なやまと絵が展示されていまして、
まずは中古の仏画から。
下村観山・本多天城・溝口禎次郎模「阿弥陀聖衆来迎図(模本)」(1896年)。
原本は平安時代後期の作品で、阿弥陀如来を中心に楽器を奏でる仏たちが描かれています。
周囲に岩山や松、からまる蔓などがやまと絵風に描かれています。

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糺晴岱模「一遍聖絵(模本)」巻第三(1840年)。
原本は1299年に法眼円伊により制作されたもので、一遍が熊野を訪れた場面が描かれます。

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模本「東大寺大仏殿縁起(模本)」巻中(19世紀)。
原本は東大寺にあり、芝琳賢という芝座(興福寺一乗院絵所)の絵師が1536年に制作したものです。
室町時代の南都のやまと絵がどんなものだったか感じられます。

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田中訥言模「平等院鳳凰堂壁画(模本)」中品上生図(19世紀)。
原本は平安時代半ばの制作、平等院創建当時のものを写しています。
鳳凰堂内の四面の壁には四季の絵が描かれていて、これは北面に描かれた春の景色。

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2023_11
11
(Sat)23:51

絵師の手技、絵師の手仕事その2。

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太田記念美術館の「葛飾応為「吉原格子先之図」肉筆画の魅力」に行ってきました。
3年ぶりの太田さんの肉筆画展だ~!
過去に見た作品が多かったですがまた会えてうれしかったし、
キャプションが前と変わっていたので違う視点ももらえて楽しかったです。
肉筆画は版画の展示より絶対に混むと思ったので早めに行ったつもりでしたが
やっぱりいつもの太田さんより人がいたな…。
たぶん会期末はもっと混むので見たい方はお早めに~。


葛飾北斎「羅漢図」(1846年)、葛飾応為「吉原格子先之図」(1818~60年頃)、
喜多川歌麿「美人読玉章」(寛政中期)が入口の展示ケースに並んでいました。
吉原格子先之図はあまり大きくないので近距離で見られることの有難さよ…。
(太田さんは鑑賞者が作品にめっちゃ近づいて見られることで有名です)
もう誰が見ても夜、更けた夜ですよね、真っ暗な屋外と不夜城の吉原の見世の対比。
北斎が西洋絵画を見た人なので応為もおそらく見ていますが
西洋のグラデーションをやってみたかったのかもしれないな…。
半諾迦尊者を描いた87歳の北斎せんせい、オシャレの感覚が完全に時代を超えてる、
こういう半諾迦さんみたいなファッションの人いるもん原宿とかに…。
歌麿の手紙を読む女性もいつ見ても優雅ですね。
なんだろうな、懐月堂みたいな武士っぽさじゃなく歌川派みたいな俗っぽくもない、
雅と俗がちょうどよいバランスで表現されているみたいな印象を、彼の絵からは受けます。
なんだか安定した美しさ。しかし色気はだだ漏れ。ううむ( ̄▽ ̄)☆

まずは人物を中心に描いた作品。
菱川師房「婦女読書図」(元禄頃)も懐月堂派「立美人図」(宝永~正徳頃)も再会ですな~。
懐月堂の女性たちは相変わらず凛と立っていてかっこいいです。
梅祐軒勝信「若衆立姿図」(正徳~享保頃)はこざっぱりした若衆を描いた大きな掛け軸で
初代水木辰之助が好んでしていた水木結びという帯結びをしていてかわいい。
礒田湖龍斎「雪中美人図」(安永中期)も過去に見たような、雪を避けながら歩く鼠色の着物の女性。
歌川豊国「弾琴美人図」(文政頃)は琴の前に座った女性が琴柱を立てていた、視線の先には琴柱袋。
二代歌川豊国「桜下短冊を結ぶ娘」(文政頃)は男性の背に乗って桜の枝に短冊を結び付けようとしている女の子で
女の子の着物は立派ですが男性は下男でしょうか、明らかに表現に差がありました。
歌川国芳・歌川国英の合作「浴後美人図」(弘化~嘉永頃)も見覚えがあるのでたぶんどこかで見たはず、
湯上がりで浴衣を羽織っただけの女性、肌から湯気まで見えそうな色気。
鈴木春信「二代目瀬川菊之丞図」(明和頃)も久しぶり久しぶり☆
柱絵のように細くて(ってか柱絵なのかな?)たぶん展示作品の中で一番細いと思う。
賀邸(内山椿軒)の賛「深き渕はまるひいきにあふ瀬川 音にもきくの上手とはしれ」も良き手です。
奥村政信「団十郎 高尾 志道軒円窓図」(宝暦頃)も見覚えがあるから再会だと思う、
当世の有名人をひとつの円窓の中に描いています。
奥村政信「佐野川市松の人形遣い」(宝暦頃)、市松模様の元ネタになった人ですが
絵の中でも女の子の人形を操りながら市松模様の着物を着ていました。
歌川国貞「七代目市川団十郎の暫」(1830年)も久しぶりだ~迫力がある。
勝川春好「春好自画像」(寛政~文化頃)は春好が体調を崩して左手で描くようになった40代以降の作品で
下にモノクロの自画像を書き上部には日蓮宗の元政上人の壁書をもとにした賛をびっしり入れています。
利き手と逆の手でここまで描けるのすごいと思いますが本人はどんな気持ちだったのかな…。

市井の風景。
古山師重「隅田川両国橋之景」(貞享~元禄頃)は隅田川にかかる両国橋と浅草寺を同じ画面に描いていて
おそらく鳥瞰図ではこんな風に見えませんが両者の間に霞がかかっているので
ふたつの風景を並べることにあまり問題のない構図の様子。
落款に「日本絵」とありましたがあれかな、鈴木春信がやまと絵師と名乗っていたみたいな感じかな。
宮川一笑「楼廓遊興図」(享保~寛延頃)は2階建ての遊郭で
やまと絵の手法で壁をとっぱらって1階と2階の風景がそれぞれ見えるように描かれていて
人々が遊ぶ様子が描かれていました。

ここから2階。
太田さんは展示ケースが狭いので作品にめっちゃ近づいて鑑賞できるのが最高に最高なのですが
2階に来るとさらに近づいて鑑賞できます。狭い展示ケースばんざい☆\(^o^)/☆
宮川長亀「吉原格子先之図」(享保~寛延頃)さっきの応為の作品とは違いこちらは昼の絵なので明るいです。
というかこの画題って本来は昼の様子を描くもんじゃないのかな…応為がいつもと違う時間の絵を描いたってことかな。
鳥居派「浮絵歌舞伎劇場内の図」(1757年)、紋から中村座の公演とわかり、奥行きの深い浮絵の手法で描かれています。
画面の端から端までびっしり人人人、人だらけ。。
さすがに表情は描き分けていませんが(みんな引き目と点の口)作業を考えると気が遠くなりそう。
礒田湖龍斎「舟遊の図」(天明頃)、川に浮かぶ大きな屋形船と川岸から見物する人々を描いています。
船の中は屋根に隠れて見えませんがチラっと人の姿やご馳走が見えました。
鍬形蕙斎「桜花遊宴図」(文化頃)は山奥の桜の下で飲めや歌えや踊れの楽しい時間を過ごす人々の様子。
喜多川月麿「美人花見の図」(文化頃)は向島の花見を楽しむ色とりどりの着物を来た女性たちの様子。
歌川直広「橋上二美人図」(享和頃)は隅田川にかかる橋の上で何やらおしゃべりをしている女性たちで
着物と髪型から年の差があることがわかります。親子かな。お嬢様とお付きの人かな。師匠と弟子かな。
歌川広重「東都隅田堤・京嵐山大堰川」双幅(1849~51年頃)は落款の上に金泥で画題が書かれていることから
天童広重という、天童藩(現山形県天童市)から依頼を受けた描いたシリーズもののひとつであるとわかります。
これ前にも見たけど金泥には気づかなかった…色んなところから依頼受けてるのね広重せんせい…。
歌川国直「平清遊興図」(文政~天保頃)は高級料亭だった平清の店先の様子で
お店を訪れるお客さんと出迎える人々を描いています。
このお店は川辺にあったので船をつけられたようで、船で本を読みながら待つ船頭さんも描かれていました。
歌川国次「桜下遊宴図」(文政~嘉永頃)、拳遊びをする男女や投扇をする人々もおもしろいのですが
手前に描かれた男性がうつぶせで足をぶらぶらさせていて感動してしまいました。
えっこんな風に過ごす人この時代にもいたんだ!(゜▽゜)☆
落合芳幾「両国大川端夜之景」(1869~72年頃)、満月が出ているので夜の風景です。

風景画。
鍬形蕙斎「両国の月・飛鳥山の花」双幅 (文化頃)は桜の咲いた飛鳥山と隅田川の夜の様子で
どちらも遠景ですが花や草木など細部まで描きこまれていました。
司馬江漢「西洋風景図」(寛政~享和頃)は切り立った崖の間に小舟が行き交う水辺と西洋風の建物。
礒田湖龍斎「三囲・待乳山図」(天明頃)は三囲神社と待乳山を縦に並べて描いた掛け軸なのですが
そのど真ん中に酒井抱一が庭柏子の号で入れた「舟に寝てながるる夢や花紅葉」と
でかでかと、しかし優雅な筆遣いで賛を入れてしまっていました。
これは果たして湖龍斎の意図なのか、それとも抱一が後年に入れちゃったのかしら。いやはや。
歌川広重「日光山華厳ノ滝・日光山霧降ノ滝・日光山裏見ノ滝」3幅対(1849~51年頃)も久々の再会、
これも天童広重もので金泥で画題が書いてあるのですね。
歌川広重「上野榛名山雪中・上野妙儀山雨中・上野中ノ嶽霧晴」3幅対(1849~51年頃)も同じく天童広重、
広重せんせいの風景画を見るとホッとします。描きこみすぎず手を抜きすぎず、ちょうどよくて安心する(*´▽`*)。
歌川広重「待乳山雪中月夜之景」(嘉永~安政年頃)は
夜更けの待乳山の家々にしんしんと降り積もる雪を、紙の白を活かす形で表現しています。
もうすっかり風景がお手の物になった感じですね…しかし安政って晩年だな…。
小林清親「開化之東京両国橋之図」(1877~82年頃)も何度見ても素敵、
そうそう灯りって水面でこんな風に揺れるよね…水も影もよく観察している人だなと思います。
小林清親「富士川上流秋景図」(1897~1912年頃)は輪郭がほとんどなくて筆の跡だけで富士や山の植物を描いていて
山道にたたずむ2人の人間が筆で色を乗せただけで男女とわかるのすごい、透明水彩画みたい。
小林清親「帆舟図」(1897~1912年頃)も海に浮かぶ帆船の周囲にうっすらと霧が出ている透明感の表現が美しい。

物語の絵。
二代葛飾戴斗「神功皇后図」双幅(文政~嘉永頃)もたぶんどっかで見た覚えが…。
皇子(のちの応神天皇)を抱いた武内宿禰と、三韓征伐を終えた神功皇后の周囲を
北斎が描いたような大波がドラマチックに覆っている作品。
神功皇后は鎧じゃなく当世貴族風のファッションなんですね…さすが江戸時代ですね…。
岩佐又兵衛が指導して工房で描かれたであろう「小町図」(寛永~慶安頃)も
光源氏が朧月夜を垣間見る葛飾北斎「源氏物語図」(文化頃)も久しぶりでした。
歌川豊春「松風村雨図」(1784年)は在原業平と別れた後の松風・村雨の姉妹を描いた作品。
小林清親「勿来図」(1897~1912年頃)は源義家が勿来の関(現福島県いわき市)で詠んだ
「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」(千載集巻二)が元ネタで
童子とともに桜の咲く方へ進む馬上の義家がなんと後ろ姿で描かれていました。
お馬さんがチラっと後ろを見て目線をくれてますが義家も童子もめっちゃこっちに背中向けてる。こんな絵があるんだ!
月岡芳年「雪中常盤御前図」(1878~84年頃)も再会ですが相変わらず劇的で
吹雪の中を行く常盤と乙若・今若・牛若の絵ですが着物がバサー!としてて大変そう。
菊川英山「源義経像」(1858年)には特に誰を描いたとは書かれていませんが着物の紋から義経とわかります。
梅堂小国政「地獄太夫図」(1904~1912年頃)の太夫の着物、
本当に着物か?と思うくらい奥行き感があります。着物の中に地獄の世界が続いているみたい。
(たぶんこの絵師、太夫が着物を体に羽織ってるとか意識しないで塗ってそう)
落合芳幾「弥次郎兵衛 喜多八」(1869~72年頃)は藤沢の茶屋で消し炭団子を食べて大騒ぎする2人の様子ですが
広重の五十三次の藤沢遊行寺にそっくりの構図の絵があるそうです。参考にしたのかな。
山本藤信「やつし俣野石投げ」(宝暦~明和頃)は石橋山の合戦で
真田与一が投げた大岩を俣野五郎が投げ返したエピソードをもとにした作品ですが
与一も五郎も当世風の女性に置き換えられ、さらに大岩は大きな紅の盃になっていて
何も知らずに見ると女性が大盃で女性をぶっ叩きそうな絵に見えます(笑)。
これこのままえいっと振り降ろしたらものすごい景気のいい音がしそうだな。バーン!(゜-゜)
勝川春章「達磨と美人図」(天明頃)、遊女が苦界10年で達磨の石に向かう修行が9年なので
両者はよく一緒に描かれることが多いそうです。
この絵の達磨さんはまじめな顔をして女性と一緒に巻物を読んでいましたが
達磨の手が女性の肩に回っていたのでああ、ダメだこりゃと思いました。
懐月堂安度「大江山絵巻」(宝永~正徳頃)も久しぶり~!
武士たちの集合や羅城門の渡辺綱と茨木童子、輿に乗せられて鬼たちにさらわれる貴族女性など
過去に見た場面が開かれていました。これ後半はどんな風に描かれているのかな。

そんなわけでとても楽しかったのですが、
美術館を出た後でそういえば鳥山石燕の絵は前回も今回も出てなかったな…と気づきました。
石燕に限らず出していない肉筆画はまだたくさんあると思いますけど(理由があって出してないんだろうけど)
太田さん石燕も持ってるんだし歌麿の隣に並べて師弟展示とかしないのかなあ。
画風が違いすぎてキュレーションが難しいでしょうか。今後に期待。
2023_11
05
(Sun)21:51

三十日。内より西京に参る。倭絵四尺屏風の色紙形を書く。

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東博のやまと絵展に行ってきました。
平安~江戸初期までの絵巻、掛け軸、屏風、冊子などが年代順にズラーーーーっと並んでいて
日本美術史の教科書のような内容でした。
細かい描写が多いので単眼鏡とか持ってる人は持っていくといいですよ。

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チケットをもぎってもらいエスカレーターで会場入りしてから一目散に特設ショップへ。
会期前に宣伝されていたグッズのひとつである絵巻ぬいぐるみを見に来ました。
百鬼夜行絵巻と鳥獣戯画絵巻、信貴山縁起絵巻の俵のぬいぐるみなどがあって
わたしが欲しかったのは百鬼夜行絵巻なのですがこの日は売り切れ。。
まって会期3日目でなぜ完売してるんですか…そんなにみんな好きなの絵巻ぬいぐるみ。(ブーメラン)
仕方がないのでレジで聞いたら、次期入荷分も予約で売り切れたので会場入荷はいつになるかわからないとのことで
そのままレジで予約しました。
送料無料で下旬には届きますと聞いてよっしゃ待ってる~!と喜んでいたのですが
届くころにはすっかり忘れていたという。。(顛末は記事の末文にて)

というわけで展示室に行くよ~!
日本美術の変遷をたどる展覧会のトップバッターは秦致貞「聖徳太子絵伝」(1069年)。
法隆寺東院の絵殿の障子絵だったもので現存する最古・最大級の絵伝です。
全体で大きな山水図になっており、平安時代中期の大画面説話画の貴重な作例であり、
記録によって作者が判明している意味でも貴重です。
山水屛風(平安時代)は隠者訪問を描いたもので、唐の頃に完成したとされる青緑山水です。
山水屛風(室町時代)も隠者訪問を描いた唐風の屏風、密教の灌頂儀礼で使われたもので扇緑取り。
浜松図屛風(室町時代)は雲母が下地にあってきらめいていました。

やまと絵の成立と王朝文芸。
権記(伏見宮本)(13世紀写)は藤原行成の日記の写本で、
999年10月30日に倭繪四尺屏風に行成が揮毫をしたという記述がみられます。
唐絵に対するやまと絵の初出はこのあたりではないかと言われています。
藤原道長「御堂関白記」999年10月21日にも彰子入内にあたって
倭繪四尺屏風のための歌を歌人たちに詠ませた記述があり、
27日に数人の歌人たちが歌を持って訪れたという記述もあります。
栄花物語巻第六(13世紀写)999年1月21日にも彰子入内のための屏風の歌について書かれており、
これら3点は同じやまと絵の屏風について書かれた記録ということになります。
藤原行成「屛風詩歌切」は1018年1月12日の藤原頼道の大饗において
四尺屏風の色紙に清書をするための下書きで、行成の手控えだった可能性があるもの。
伝藤原公任「葦手歌切」や観普賢経冊子は文字を絵画化した葦手というフォントが使われていて
紙は中国製で雲母摺りになっていました。
藤原伊行が書写した「葦手下絵和漢朗詠集」(1160年)も葦手の下絵がある。
宝篋印陀羅尼経(1170年頃)は寂真の書を使って供養するために金字で書写されたもので
葦手も書かれていました。

王朝貴族の美意識。
雑伎彩絵唐櫃(平安時代)は絵がほとんど落ちてしまってよく見えませんが
闘鶏、お手玉の曲芸、見物する人々が四面にそれぞれ描かれています。
蒔絵箏(本宮御料古神宝類のうち)(平安時代)は沃懸地螺鈿の山水図が描かれ、懸崖には流水紋があり、
小型の箏で演奏目的で制作されたものではないとのこと。
片輪車蒔絵螺鈿手箱(平安時代)は牛車の車輪が乾燥して割れるのを防ぐため水に漬けた情景で
流水と車輪が研出蒔絵で表現されています。
伝久我通親「扇」は骨が片面のみについた蝙蝠扇で詩歌集から3首の歌が書かれ、
金銀箔と砂子でススキが描かれていました。
車図(鎌倉~南北朝時代)は洞院家と摂関家の車図の故実で、
雨眉車の上部には山岳図が、下部には四季図が描かれ、
内装は院・摂関家は唐絵で、従者はやまと絵と決まっていたようです。
本阿弥切の古今和歌集巻第十二残巻や古今和歌集(平安時代)は
舶載の唐紙に夾竹桃などの下絵が摺られています。
巻子本の藤原定実筆「古今和歌集序」や古今和歌集巻第十三残巻(巻子本)(平安時代)は
赤・青・オレンジなどの色変わりの唐紙を繋ぎ合わせて巻子をつくり、歌を書いています。
伝藤原公任筆「和漢朗詠集 巻下」(益田本)(平安時代)も色変わりで、華やかに見せるための演出だそうです。
石山切の貫之集下と伊勢集(平安時代)は色違いの料紙を切り貼りして山水を表現したり
本願寺本三十六人集から分譲された日本製の唐紙で制作されたものもありました。
平家納経(1164年奉納)分別功徳品 第十七は見返し部分に4人の貴族が蓮池の前にいる様子が描かれていて
葦手で「加」や「な」などが表現された部分もありました。
一字蓮台法華経(平安時代)は見返しに9人の僧侶の法要が描かれ、
一字一字を金輪で囲み蓮台に乗せた形で書いたものです。
法華経 普門品(平安時代)には経典の後半から引用した文字が葦手で表現されていました。
阿字義(平安~鎌倉時代)は月輪の蓮台に乗る阿字と引き目鍵鼻の尼と貴族が描かれていました。

第3節 四大絵巻と院政期の絵巻。
徳川美術館の源氏物語絵巻、関屋・絵合と柏木二(平安時代)は
色落ちが激しいですが引き目鍵鼻の人物たちが丁寧に描かれていて、
柏木を見舞う夕霧のシーンなどは教科書でも見たなあ、これが本物か…などと感動。
源氏物語絵巻詞書 松風(平安時代)は上記の源氏物語絵巻の詞書の部分で
金銀箔の料紙が美しく、わずかな断簡でも装飾を怠らない制作側の気合を感じました。
信貴山縁起絵巻(平安時代)飛倉巻は空とぶ鉢で運ばれた米倉の米が村の長者に返されるシーンで
倉から米俵がゴロゴロ転がり出てくる表現が圧巻、
あと人々の表情や仕草が源氏物語絵巻の頃より具体性を増しています。
伴大納言絵巻上巻(平安時代)もそんな感じ、群衆の表現に個性が見えてきます。
地獄草紙(平安時代)、久々に見ましたがこんなに生々しかったっけ、
たぶん綺麗な料紙や源氏物語絵巻とか見た後だから余計にそう見えるのかもしれない。
沙門地獄草紙 火象地獄(平安時代)は炎に包まれる象と僧侶が、
地獄草紙 勘当の鬼(平安時代)は僧侶を背負って逃げる鬼が描かれていますが両方とも余白が大きい。
辟邪絵 神虫(平安時代)も過去に初めて見たときはオエってなったんですけど
今は一周回ってかわいく見えてきました。神虫ちゃん今日も元気に人間食ってますねえお口が血まみれですよ的な。
餓鬼草紙(平安時代)も病草紙 眼病治療(平安時代)も生々しいですが描写が細かいし
不眠の女には藻勝見模様なども描かれていて王朝とのつながりも感じます。
そしてすっかり有名になった鳥獣戯画甲巻・乙巻も久しぶりに見まして、画面が真っ白でなんだかホッとしまして
光と闇と底抜けの明るさをいっぺんに見てしまったのと
普段なら展覧会の主役を張っている絵巻たちを一度に見たのとで頭がクラクラしました。。
鳥獣戯画断簡(平安時代)は甲巻16紙の前にあったものではないかとのこと。

写実と理想のかたち。
平安時代から既に存在していた写実性が鎌倉時代に入るとより濃くなります。
神護寺三像と呼ばれる伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像(鎌倉時代)に久々に再会、
やっぱり大きくて綺麗だなあと思いました。
過去に見たときより冷静に見られたので目元とかお髭とか装束の文様などを観察、
3人とも表情が写実的で、衣装はカクカクした表現で、鎌倉時代の肖像画の特徴ですね。
この頃から人物画はなるべく本人に似せて描くようになってきて、
玉葉(九条家本)には1173年に最勝光院の障子絵に細かい描写の人物画を描いたという記述があり、
似絵の記録とされています。
近衞兼経像(鎌倉時代)も白描の下絵の段階からかなりリアル。
公家列影図(鎌倉時代)は57人の大臣の白描で、これも似絵の描法。
若狭国鎮守神人絵系図(鎌倉時代)は禰宜をつとめた笠氏31人を描いていて
71歳とか80歳とか97歳とか皆様長命、顔が似ているので血縁関係も指摘されているそうです。
柿本人麻呂像(鎌倉時代)、この時代に本人を見た人はいないと思いますが似絵の系統のようです。
時代不同歌合絵(白描上畳本)良暹(鎌倉時代)は歌仙絵の初期の形で図像の源とされています。
佐竹本三十六歌仙絵(鎌倉時代)から小大君、小野小町、壬生忠峯、源信明が展示されていて
これは教科書でもよく見るやつ、やっと本物が見られてうれしかったです。
1919年に切断され現在の形になっています。雲母摺りもされている。
上畳本三十六歌仙絵 小大君(鎌倉時代)は歌仙が畳の上にいる姿で描かれていて
佐竹本と同時期の制作とみられますがこちらはより形式化が進んだ描写でした。
最勝四天王院障子和歌(江戸時代)は1207年に建てられた同院の障子に
名所46×10人の歌人がそれぞれ詠んだ460首の歌が書かれたもので名所絵の先駆けかな。
藤原定家詠草「泊瀬山」は同院の障子絵のために定家が詠んだものですが選ばれなかった歌で
書きつけた紙には山水が描かれています。
草花図(鎌倉時代)は歌絵の作例で、秋草の絵に仏教主題の歌が書きつけられたもの。
西行物語絵巻(鎌倉時代)には山水、田園、霞などの表現が見られるようになります。
伊勢新名所絵歌合(1295年頃)は名所絵に四季・恋・雑の歌を添えたもので
隣に展示されていた男衾三郎絵巻(鎌倉時代)にほぼ同じ構図の浄見関の絵があるので
作者は同一人物ではないかと考えられているそうです。
住吉蒔絵唐櫃(1357年奉納)は源頼政の「住吉の松の木間より眺むれば月落ちかかる淡路島山」を
四面に図像化したもの。
山水人物蒔絵手箱(鎌倉時代)は宇治川の景色を蒔絵で表現しています。
法眼円伊「一遍聖絵」巻第九、巻第十(1299年)はやまと絵と唐風の水墨画が取り入れられた作例。
親鸞聖人伝絵巻 巻第三(1344年)は親鸞が常陸国にいたときのシーンで
現地で行われていた塩焼きの様子や小屋も描かれています。
春日宮曼荼羅(鎌倉時代)や石清水八幡宮曼荼羅(鎌倉時代)は鳥瞰図で描かれた神社の様子。
日吉山王本地仏曼荼羅(鎌倉時代)は宮曼荼羅と呼ばれるもので
比叡山の下に実際に点在する神社の場所を本地仏の姿で表現しています。
Googleマップとかで神社の場所が鳥居で表現されたりしますけど、あれを仏さんの姿にした感じ。
虚空蔵菩薩像(鎌倉時代)は菩薩の足元に朝熊山の景観が描かれています。

王朝追慕の美術。
紫式部日記絵巻断簡(鎌倉時代)は藤原彰子が産んだ敦成親王の五十日の祝いの場面で
彰子の母倫子が親王を抱いてこちらを向いていて、彰子は後姿で顔は描かれていません。
紫式部日記絵巻(鎌倉時代)の貴族たちは強装束で人物の表情を描き分けています。
なよ竹物語絵巻(鎌倉時代)は建物が細かく描かれていて人物はさらりとした描写で
紫式部日記絵巻を見たあとだとちょっとユーモアを感じます。
狭衣物語絵巻断簡(鎌倉時代)は牛車がものすごく丁寧に描かれている。
伊勢物語下絵梵字経(鎌倉時代)は白描に光明真言が描かれています。誰かの供養かな?
隆房卿艶詞(鎌倉時代)は白描で描かれた貴族の男女たちで、こちらは王朝の引き目鍵鼻に近い描き方。
梅蒔絵手箱(鎌倉時代)には錦・帳・栄・伝・雁・行の文字が刻まれていて白氏文集に取材したもの。
秋野蒔絵手箱(鎌倉時代)は源英明の「池冷水無三伏夏松高風有一聲秋」(和漢朗詠集)を表現したもの。
灯明皿を乗せる高燈台(鎌倉時代)には反射板に机に向かう唐風の童子たちが描かれ、
うち一人が眠っているので眠子燈台とも呼ばれているとか。

鎌倉絵巻の多様な展開。
平治物語絵巻 信西巻・六波羅行幸巻(鎌倉時代)も久々に見ました。
平安時代に比べて武士の群衆がぐんと迫力を増して描かれるようになってます。
鎧が黒かったり馬も黒毛が多いので圧がすごい。
法眼円伊「一遍聖絵」巻第七(1299年)は京都の景色がとても細かいので作者が地理に詳しいのではないかと。
法然上人絵伝 巻第十(鎌倉時代)は蓮華王院の場面が開かれていて柱や壁に描かれた画中画の細かさがすごい。
天狗草紙(鎌倉時代)は最後の場面が開かれていて修行方法を話し合う各宗派の天狗たちがいて
画中にセリフが書かれる画中詞ですすめられています。
駿牛図は鎌倉時代に流行した画題で、速描でした。御所の杉戸に使われたものだそう。
馬医草紙(鎌倉時代)は馬医10人と6頭の馬、草17種が描かれたもので
馬の名前(クロウリウなど)も書き込まれていました。

きらめきのかたち。
日月図軍扇(南北朝時代)には足利尊氏の花押があり、表に金の太陽が、裏に銀月が大きく描かれています。
西塔院勧学講法則尊円親王筆(1349年)には四季絵に葦手。
十界図屛風(南北朝時代)は十界がやまと絵様式で描かれカラフルですが、
水墨の障子絵が描きこまれていたりして唐風の影響もみられます。
源氏物語図扇面貼交屛風(室町時代)は室町源氏絵の代表作で、
絵は巻号順ではなくその巻に描かれた季節(春夏秋冬)の流れで屏風に貼られています。
彩絵檜扇(阿須賀神社伝来古神宝類のうち)は金銀砂子、彩絵檜扇 伊号(古神宝類のうち)は和漢の絵。

南北朝・室町時代の文芸と美術。
おとぎ草子の先駆けともいえる土蜘蛛草紙(鎌倉時代)、大江山絵巻 巻下(南北朝時代)などは
平安の雅とも鎌倉の写実とも違い、両方をうまく取り入れたようなバランスの描写になっています。
福富草紙(南北朝~室町時代)の頃には画中詞が当たり前になっているようです。
伝土佐光信「百鬼夜行絵巻」(室町時代)も久々に見ました~!相変わらず格調高いです。
仏鬼軍絵巻(室町時代)は地獄を浄土に変えようとする仏の軍隊(!?)が地獄に攻めてくる物語で
武器を持った仏(主に明王たち)が鬼や閻魔大王と戦っていました。
法楽歌仙連歌懐紙は1423年11月13日に熱田神宮で行われた法楽連歌に使われた懐紙で
金銀泥の下絵が描いてありました。
細川藤孝「大原野千句連歌懐紙」第十帖は1571年2月5日~7日に行われた連歌会を藤孝が清書したもので
やはり金銀泥の山水の下絵が描いてありました。
男山蒔絵硯箱(室町時代)は唐風の山水が蒔絵で表現され、
「代々・男・よ・里・仰・出・かけ」の字が銀の平文で刻まれていて
『続後撰和歌集』巻9の源雅実「なほてらせ代々にかはらず男山 あふぐ峯よりいずる月影」に取材し、
葦手の表現もみられました。

和漢の混交と融合。
景徐周麟賛「駿馬図」(室町時代)は11代将軍足利義澄の依頼であるせいか
馬が毛並みまでとても細かく美しく描かれていますが
狩野元信「神馬図」(室町時代)は対照的にとても大雑把な描写でした。
日月松鶴図屛風(室町時代)は当時好まれた画題であるマナヅルが松の中にたたずんでいて
銅版の太陽と月が浮き出ていました。
狩野元信「四季花鳥図屛風」(1550年)は巨大だし極彩色だしで室町美術てんこ盛りといった感じ、
74歳にしてあのエネルギーはとてつもないです元信。
伝土佐光信「星光寺縁起絵巻」巻上(室町時代)は水墨の画中画が細かい。
土佐光茂「桑実寺縁起絵巻」巻上(1532年)は飛行機からお寺の境内全体を見下ろしたようなパノラマ、
漢画の影響とのことです。
狩野元信「酒伝童子絵巻」巻上(1522年)久しぶり~!言われてみれば建物と山水の描写が細かいんだわ。
伝土佐光茂「堅田図屛風」(室町時代)は元大徳寺塔頭瑞峯院のふすま絵だったもので
琵琶湖の周囲の風景ですが、水墨で漢画の手法が使われています。

宮廷絵所の系譜。
住吉如慶他「年中行事絵巻」(住吉本)(1661年頃) 巻第一・巻第三は展覧会に出るのは半世紀ぶりとのこと、
宮中の儀式や仏事、神事、遊戯の様子が細かく描かれ有職故実の百科事典のような絵巻です。
年中行事絵巻(鷹司本)(江戸時代)巻第六・巻第八には前出の模本で白描、
前出の絵巻にはない場面があるそうです。常磐光長の原本にはあったものなのかな。
春日権現験記絵巻(1309年頃)を描いた高階隆兼は宮廷絵所預だった人なので
描写力はもちろん高いし使っている絵の具も高価なものだそうです。
伝高階隆兼「石山寺縁起絵巻」(鎌倉~南北朝時代)には彫塗りの技法が使われています。この頃からあったのね。
伝藤原行光「十王図」秦広王(南北朝時代)は地獄に落ちた人々が漢画の描写で描かれていますが
後姿の長い髪の女性がいて、王朝絵巻風の描き方になっています。
妙音天像は歴代の絵所絵師が描くという不文律があり、
今回展示されている伝土佐行広の作品(1408年)もそのひとつ。
融通念仏縁起絵巻(1417年)は六角寂済とか6人の絵師による合作で
どの絵をどの絵師が描いたかという記述も絵師の名前も載っているとても珍しい作品。
粟田口隆光「誉田宗庿縁起絵巻」巻下(1433年)は建物、人物、画中画などすべてにおいてレベルが高く
室町やまと絵の基準作ともされています。
伝土佐光信「硯破草紙」(1495年)は通常の絵巻の半分の大きさの小絵という作品で
こういうものも作られていたんですね。
土佐光信「後円融天皇像」(1492年)は本人の100回忌に制作されたもので
光信による数少ない人物肖像画の作例。
同じく土佐光信が幸若舞の祖である桃井直詮を描いた同像(室町時代)は
大陸風の敷物に座った姿で描かれていて、当時の文化もしのばれます。
光信の孫であり、紫式部石山詣図(1560年)や源氏物語図扇面(室町時代)を描いた土佐光元は
1569年の但馬攻めに参加して戦死しており、
当主を継ぐことがなかったので土佐家直系はここで途絶えています。

やまと絵と四季。
浜松図屛風(室町時代)は右から左へ四季が流れており、
手前に季節の鳥たちが描かれて奥に人々の四季の生活が描かれています。
月次風俗図屛風(室町時代)は公家・武家・庶民の月ごとの行事が描かれているもの。
日月山水図屛風(室町時代)は柳と橋が描かれているので宇治川の風景であり、
錬金した太陽と月が上部に埋め込まれています。
おいの坂図(室町時代)は人の一生を描いた掛軸で人生の時間を植物とともに表現しています。
梅から始まり桜、楓、枯れ木などとともに年齢を重ねていく男性が描かれていました。
狩野秀頼「観楓図屛風」は愛宕神社と神護寺の秋の行楽の様子を描いたもので
川にかかる橋の下に霊亀がいるなど、ちょっと不思議な世界でした。

いや~~~~どっと疲れた。。
源氏物語絵巻、紫式部日記絵巻、伴大納言絵詞、鳥獣人物戯画、地獄草紙、平治物語絵巻など
普段ならその作品ひとつでお客を呼べるような、展覧会で主役を張っている作品たちが
会場に全部集まっている様は圧巻で体力必須。
展示室の大きさは変わらないので歩く距離はいつもと同じですけど精神的に圧倒されちゃったのと
日本美術は細かい描写が多いので展示ケースに顔を近づけて目かっぴらいて凝視しなきゃならないから
全体を見るために行った1回目も神護寺三像目当てで行った2回目も
なんだかんだ作品群のエネルギーがやばくて展示室を出る頃には2回ともヘトヘト。。
主役ばかり見るのって疲れるけどパワーをいっぱい浴びられて楽しかったです。
描写も引き目鍵鼻→写実→集大成→形式化→個人化と変遷していく流れがよくわかったし、
注文主や職人たちの奮闘も工夫も作品からバンバン伝わってきてやっぱり疲れました。
まだ展示替えが何度かありますが見たいものは見たのでとりあえずもういいかな…頭もお腹もいっぱいだよ。

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先月の記事に応挙館のカフェについて書きましたけど
もう一回覗いてみたくなって行ったら相変わらずの盛況ぶりでした。
カフェそのものは充分楽しんだと思っていたので今回は入らずに帰るつもりでしたが
店先に置いてあったメニューをパラ見したらなんと新メニューが追加されていたので
「やっぱり入る!」ってなって待機列に並びました^^

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15分ほど待って、今回は室内の席へ案内いただきました。
障子も襖も全開で換気はバッチリ、景色が違うと楽しいですね。

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今月からの新メニューはこちら、和栗のモンブランセット。
ドリンクは煎茶か加賀ほうじ茶か和紅茶が選べまして、ほうじ茶にしました。
前回と同じように急須にはちょうど2杯分入っていました。

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モンブランはスタッフさんが目の前で作ってくださいます!
たっぷりクリームと栗が乗ったチョコケーキがまず運ばれてきて
抹茶をふんだんに盛り込んだモンブランクリームを絞り出してくれます☆
楽しいね楽しいね^^
目で見て楽しんで、味もちょうど良い甘さでおいしかったです。


そんなわけで楽しんで帰宅してしばらく経った頃、
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すっかり忘れてたけど無事に届きましたよ!
いやその、予約したのをガチで忘れていたので帰宅してこの巨大な段ボールがあったのを見て
えっわたし血迷って何かわけわからん物注文したのかな…ってなって開けてみまして。

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このぬいぐるみが入っているのを見てやっと思い出しました。。
やったーーーーー届いた☆
おっきいしフワフワしてるけどしっかり作ってあってぎゅ~~ってしても大丈夫そう、
ってか抱き枕によさそう!ベッドでこれ抱っこして寝たい。

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広げたら畳の丈くらいありました。でかいな。
絵巻って紙のレプリカとかは売ってますけどぬいぐるみになる機会はそうそうないと思うので
いい買い物をしたと思います☆時々開いて楽しもう~^^