fc2ブログ

絵師の手技、絵師の手仕事その2。

2023.11.11 23:51|文化・美術
otakinen2023.jpg
太田記念美術館の「葛飾応為「吉原格子先之図」肉筆画の魅力」に行ってきました。
3年ぶりの太田さんの肉筆画展だ~!
過去に見た作品が多かったですがまた会えてうれしかったし、
キャプションが前と変わっていたので違う視点ももらえて楽しかったです。
肉筆画は版画の展示より絶対に混むと思ったので早めに行ったつもりでしたが
やっぱりいつもの太田さんより人がいたな…。
たぶん会期末はもっと混むので見たい方はお早めに~。


葛飾北斎「羅漢図」(1846年)、葛飾応為「吉原格子先之図」(1818~60年頃)、
喜多川歌麿「美人読玉章」(寛政中期)が入口の展示ケースに並んでいました。
吉原格子先之図はあまり大きくないので近距離で見られることの有難さよ…。
(太田さんは鑑賞者が作品にめっちゃ近づいて見られることで有名です)
もう誰が見ても夜、更けた夜ですよね、真っ暗な屋外と不夜城の吉原の見世の対比。
北斎が西洋絵画を見た人なので応為もおそらく見ていますが
西洋のグラデーションをやってみたかったのかもしれないな…。
半諾迦尊者を描いた87歳の北斎せんせい、オシャレの感覚が完全に時代を超えてる、
こういう半諾迦さんみたいなファッションの人いるもん原宿とかに…。
歌麿の手紙を読む女性もいつ見ても優雅ですね。
なんだろうな、懐月堂みたいな武士っぽさじゃなく歌川派みたいな俗っぽくもない、
雅と俗がちょうどよいバランスで表現されているみたいな印象を、彼の絵からは受けます。
なんだか安定した美しさ。しかし色気はだだ漏れ。ううむ( ̄▽ ̄)☆

まずは人物を中心に描いた作品。
菱川師房「婦女読書図」(元禄頃)も懐月堂派「立美人図」(宝永~正徳頃)も再会ですな~。
懐月堂の女性たちは相変わらず凛と立っていてかっこいいです。
梅祐軒勝信「若衆立姿図」(正徳~享保頃)はこざっぱりした若衆を描いた大きな掛け軸で
初代水木辰之助が好んでしていた水木結びという帯結びをしていてかわいい。
礒田湖龍斎「雪中美人図」(安永中期)も過去に見たような、雪を避けながら歩く鼠色の着物の女性。
歌川豊国「弾琴美人図」(文政頃)は琴の前に座った女性が琴柱を立てていた、視線の先には琴柱袋。
二代歌川豊国「桜下短冊を結ぶ娘」(文政頃)は男性の背に乗って桜の枝に短冊を結び付けようとしている女の子で
女の子の着物は立派ですが男性は下男でしょうか、明らかに表現に差がありました。
歌川国芳・歌川国英の合作「浴後美人図」(弘化~嘉永頃)も見覚えがあるのでたぶんどこかで見たはず、
湯上がりで浴衣を羽織っただけの女性、肌から湯気まで見えそうな色気。
鈴木春信「二代目瀬川菊之丞図」(明和頃)も久しぶり久しぶり☆
柱絵のように細くて(ってか柱絵なのかな?)たぶん展示作品の中で一番細いと思う。
賀邸(内山椿軒)の賛「深き渕はまるひいきにあふ瀬川 音にもきくの上手とはしれ」も良き手です。
奥村政信「団十郎 高尾 志道軒円窓図」(宝暦頃)も見覚えがあるから再会だと思う、
当世の有名人をひとつの円窓の中に描いています。
奥村政信「佐野川市松の人形遣い」(宝暦頃)、市松模様の元ネタになった人ですが
絵の中でも女の子の人形を操りながら市松模様の着物を着ていました。
歌川国貞「七代目市川団十郎の暫」(1830年)も久しぶりだ~迫力がある。
勝川春好「春好自画像」(寛政~文化頃)は春好が体調を崩して左手で描くようになった40代以降の作品で
下にモノクロの自画像を書き上部には日蓮宗の元政上人の壁書をもとにした賛をびっしり入れています。
利き手と逆の手でここまで描けるのすごいと思いますが本人はどんな気持ちだったのかな…。

市井の風景。
古山師重「隅田川両国橋之景」(貞享~元禄頃)は隅田川にかかる両国橋と浅草寺を同じ画面に描いていて
おそらく鳥瞰図ではこんな風に見えませんが両者の間に霞がかかっているので
ふたつの風景を並べることにあまり問題のない構図の様子。
落款に「日本絵」とありましたがあれかな、鈴木春信がやまと絵師と名乗っていたみたいな感じかな。
宮川一笑「楼廓遊興図」(享保~寛延頃)は2階建ての遊郭で
やまと絵の手法で壁をとっぱらって1階と2階の風景がそれぞれ見えるように描かれていて
人々が遊ぶ様子が描かれていました。

ここから2階。
太田さんは展示ケースが狭いので作品にめっちゃ近づいて鑑賞できるのが最高に最高なのですが
2階に来るとさらに近づいて鑑賞できます。狭い展示ケースばんざい☆\(^o^)/☆
宮川長亀「吉原格子先之図」(享保~寛延頃)さっきの応為の作品とは違いこちらは昼の絵なので明るいです。
というかこの画題って本来は昼の様子を描くもんじゃないのかな…応為がいつもと違う時間の絵を描いたってことかな。
鳥居派「浮絵歌舞伎劇場内の図」(1757年)、紋から中村座の公演とわかり、奥行きの深い浮絵の手法で描かれています。
画面の端から端までびっしり人人人、人だらけ。。
さすがに表情は描き分けていませんが(みんな引き目と点の口)作業を考えると気が遠くなりそう。
礒田湖龍斎「舟遊の図」(天明頃)、川に浮かぶ大きな屋形船と川岸から見物する人々を描いています。
船の中は屋根に隠れて見えませんがチラっと人の姿やご馳走が見えました。
鍬形蕙斎「桜花遊宴図」(文化頃)は山奥の桜の下で飲めや歌えや踊れの楽しい時間を過ごす人々の様子。
喜多川月麿「美人花見の図」(文化頃)は向島の花見を楽しむ色とりどりの着物を来た女性たちの様子。
歌川直広「橋上二美人図」(享和頃)は隅田川にかかる橋の上で何やらおしゃべりをしている女性たちで
着物と髪型から年の差があることがわかります。親子かな。お嬢様とお付きの人かな。師匠と弟子かな。
歌川広重「東都隅田堤・京嵐山大堰川」双幅(1849~51年頃)は落款の上に金泥で画題が書かれていることから
天童広重という、天童藩(現山形県天童市)から依頼を受けた描いたシリーズもののひとつであるとわかります。
これ前にも見たけど金泥には気づかなかった…色んなところから依頼受けてるのね広重せんせい…。
歌川国直「平清遊興図」(文政~天保頃)は高級料亭だった平清の店先の様子で
お店を訪れるお客さんと出迎える人々を描いています。
このお店は川辺にあったので船をつけられたようで、船で本を読みながら待つ船頭さんも描かれていました。
歌川国次「桜下遊宴図」(文政~嘉永頃)、拳遊びをする男女や投扇をする人々もおもしろいのですが
手前に描かれた男性がうつぶせで足をぶらぶらさせていて感動してしまいました。
えっこんな風に過ごす人この時代にもいたんだ!(゜▽゜)☆
落合芳幾「両国大川端夜之景」(1869~72年頃)、満月が出ているので夜の風景です。

風景画。
鍬形蕙斎「両国の月・飛鳥山の花」双幅 (文化頃)は桜の咲いた飛鳥山と隅田川の夜の様子で
どちらも遠景ですが花や草木など細部まで描きこまれていました。
司馬江漢「西洋風景図」(寛政~享和頃)は切り立った崖の間に小舟が行き交う水辺と西洋風の建物。
礒田湖龍斎「三囲・待乳山図」(天明頃)は三囲神社と待乳山を縦に並べて描いた掛け軸なのですが
そのど真ん中に酒井抱一が庭柏子の号で入れた「舟に寝てながるる夢や花紅葉」と
でかでかと、しかし優雅な筆遣いで賛を入れてしまっていました。
これは果たして湖龍斎の意図なのか、それとも抱一が後年に入れちゃったのかしら。いやはや。
歌川広重「日光山華厳ノ滝・日光山霧降ノ滝・日光山裏見ノ滝」3幅対(1849~51年頃)も久々の再会、
これも天童広重もので金泥で画題が書いてあるのですね。
歌川広重「上野榛名山雪中・上野妙儀山雨中・上野中ノ嶽霧晴」3幅対(1849~51年頃)も同じく天童広重、
広重せんせいの風景画を見るとホッとします。描きこみすぎず手を抜きすぎず、ちょうどよくて安心する(*´▽`*)。
歌川広重「待乳山雪中月夜之景」(嘉永~安政年頃)は
夜更けの待乳山の家々にしんしんと降り積もる雪を、紙の白を活かす形で表現しています。
もうすっかり風景がお手の物になった感じですね…しかし安政って晩年だな…。
小林清親「開化之東京両国橋之図」(1877~82年頃)も何度見ても素敵、
そうそう灯りって水面でこんな風に揺れるよね…水も影もよく観察している人だなと思います。
小林清親「富士川上流秋景図」(1897~1912年頃)は輪郭がほとんどなくて筆の跡だけで富士や山の植物を描いていて
山道にたたずむ2人の人間が筆で色を乗せただけで男女とわかるのすごい、透明水彩画みたい。
小林清親「帆舟図」(1897~1912年頃)も海に浮かぶ帆船の周囲にうっすらと霧が出ている透明感の表現が美しい。

物語の絵。
二代葛飾戴斗「神功皇后図」双幅(文政~嘉永頃)もたぶんどっかで見た覚えが…。
皇子(のちの応神天皇)を抱いた武内宿禰と、三韓征伐を終えた神功皇后の周囲を
北斎が描いたような大波がドラマチックに覆っている作品。
神功皇后は鎧じゃなく当世貴族風のファッションなんですね…さすが江戸時代ですね…。
岩佐又兵衛が指導して工房で描かれたであろう「小町図」(寛永~慶安頃)も
光源氏が朧月夜を垣間見る葛飾北斎「源氏物語図」(文化頃)も久しぶりでした。
歌川豊春「松風村雨図」(1784年)は在原業平と別れた後の松風・村雨の姉妹を描いた作品。
小林清親「勿来図」(1897~1912年頃)は源義家が勿来の関(現福島県いわき市)で詠んだ
「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」(千載集巻二)が元ネタで
童子とともに桜の咲く方へ進む馬上の義家がなんと後ろ姿で描かれていました。
お馬さんがチラっと後ろを見て目線をくれてますが義家も童子もめっちゃこっちに背中向けてる。こんな絵があるんだ!
月岡芳年「雪中常盤御前図」(1878~84年頃)も再会ですが相変わらず劇的で
吹雪の中を行く常盤と乙若・今若・牛若の絵ですが着物がバサー!としてて大変そう。
菊川英山「源義経像」(1858年)には特に誰を描いたとは書かれていませんが着物の紋から義経とわかります。
梅堂小国政「地獄太夫図」(1904~1912年頃)の太夫の着物、
本当に着物か?と思うくらい奥行き感があります。着物の中に地獄の世界が続いているみたい。
(たぶんこの絵師、太夫が着物を体に羽織ってるとか意識しないで塗ってそう)
落合芳幾「弥次郎兵衛 喜多八」(1869~72年頃)は藤沢の茶屋で消し炭団子を食べて大騒ぎする2人の様子ですが
広重の五十三次の藤沢遊行寺にそっくりの構図の絵があるそうです。参考にしたのかな。
山本藤信「やつし俣野石投げ」(宝暦~明和頃)は石橋山の合戦で
真田与一が投げた大岩を俣野五郎が投げ返したエピソードをもとにした作品ですが
与一も五郎も当世風の女性に置き換えられ、さらに大岩は大きな紅の盃になっていて
何も知らずに見ると女性が大盃で女性をぶっ叩きそうな絵に見えます(笑)。
これこのままえいっと振り降ろしたらものすごい景気のいい音がしそうだな。バーン!(゜-゜)
勝川春章「達磨と美人図」(天明頃)、遊女が苦界10年で達磨の石に向かう修行が9年なので
両者はよく一緒に描かれることが多いそうです。
この絵の達磨さんはまじめな顔をして女性と一緒に巻物を読んでいましたが
達磨の手が女性の肩に回っていたのでああ、ダメだこりゃと思いました。
懐月堂安度「大江山絵巻」(宝永~正徳頃)も久しぶり~!
武士たちの集合や羅城門の渡辺綱と茨木童子、輿に乗せられて鬼たちにさらわれる貴族女性など
過去に見た場面が開かれていました。これ後半はどんな風に描かれているのかな。

そんなわけでとても楽しかったのですが、
美術館を出た後でそういえば鳥山石燕の絵は前回も今回も出てなかったな…と気づきました。
石燕に限らず出していない肉筆画はまだたくさんあると思いますけど(理由があって出してないんだろうけど)
太田さん石燕も持ってるんだし歌麿の隣に並べて師弟展示とかしないのかなあ。
画風が違いすぎてキュレーションが難しいでしょうか。今後に期待。
スポンサーサイト



テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル:学問・文化・芸術

カレンダー

10 | 2023/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

ゆさ

Author:ゆさ
猫に熱烈な愛をそそぐ本の蟲
歴史やアートも溺愛中
最近は新幹線とシンカリオンも熱い
*twitterにも出没なう。→こちら

初めての方はブログご案内をどうぞ。
当ブログはリンクフリーです(宗教、アダルトサイトは×)。
文章や画像の加工、無断転載は禁止。
版権元の企業や団体とは一切関係ありません。

All Rights Reserved.
No reproduction or republication without written permission.
This blog is written only in Japanese.



にほんブログ村 イラストブログ オリジナルイラストへ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ


☆気が向いたらクリックお願いします

FC2カウンター

「小倉百人一首」

問い合わせ先

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

リンク

検索フォーム

応援中

最新コメント

最新トラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード