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ゆさな日々

猫・本・歴史・アートなど、好きなものやその日考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。


長い時間と波、そしてあっという間の先の、解放。

  1. 2016/10/09(日) 23:58:43_
  2. 一般書
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左右社の『〆切本』を読みました。
夏目漱石から現代作家までによる、〆切に関する随筆や手紙や日記を集めたアンソロジーです。
タイトルと表紙見たとたんに笑える気持ちと笑えない気持ちが同時におこって
なかみを読んでやっぱり笑って震えて胸が苦しくなって元気出た。
仕事や趣味でものを書いてる人にはものすごくクる本だと思います。とてもおすすめ。


扉を開くと真っ先に掲載されているのが白川静による「締切」の漢字の解説だったから
そこから!?ってなったし、かえって企画した編集部の本気度もよくわかった。
(ちなみに締は祭卓の足を結んで締めるの意、切は七(切断した骨)に刀を加える→切るの意)
白川さんも〆切に追われたことあったんだろうか…このアンソロには載ってないけども。

ざっと引用するだけでも悲喜交々なのですが
「ああ、いやだ、いやだ。小説なんか書くのはいやだ」田山花袋
「精神的にも肉体的にも直きに疲労する。だから二十分とは根気が続かない」谷崎潤一郎
「〆切が五日のところ十五日迄延ばしたのですが、とうてい書く気が出ず上京して断りました」梶井基次郎
「純粋な考え方からすれば、むろん断るべきであった」江戸川乱歩
「第一回分四十枚ばかりを書いた。結末がどうなるかという見通しは全然ついていないのである」江戸川乱歩
「書けないときに書かすと云うことはその執筆者を殺すことだ」横光利一
「どうしても書けぬ。あやまりに文芸春秋社に行く」「どうしてもといわれるが、筆が進まぬ」高見順
「かんにんしてくれ給へ。どうしても書けないんだ」吉川英治
「才能がないのではないかと、悲観するのは、新しい小説にとりかかる前、いつも感じる気持ちである」遠藤周作

やばいお腹痛くなってきた。(中断)
あと泉鏡花は「昼よりも夜の方が余程筆が早い」と書いているように夜型だったらしいのですが
この時間帯なら書けるみたいなのも確かにあると思うし、
坂口安吾が「眠るべからざる時に眠りをむさぼる。その快楽が近年の私には最も愛すべき友である」とか
木下順二が「フォークナーか誰かは、鉛筆を何本も削ってばかりいるというのではなかったか」と書いてたり
仕事がつらくて2~3時間はボンヤリしちゃう菊池寛とか
原稿の合間にオペラや文楽へ出かけてしまう有吉佐和子とか
仕事以外のことをやってしまうというのもよくある話だと思う。
試験勉強期間は部屋の掃除や本棚の整理がはかどるとか。(わたしだ)

"〆切はゴムのように延びず"というのは、わたしが高校時代に在籍した部活の格言でしたが
まあ当然ですが延ばした事例はいくらでもあるようで、
島崎藤村は「来年一ぱいには全部を書き終りたいと思ひます。丁度一年だけ後れる訳になります」とか
〆切を1年も延ばしたつわものだったりする。
長谷川町子は「カツオの表情がどうも気に入りません。描き直すので1時間だけ待っていただけませんか」と
配達の人を玄関先に待たせて仕上げたらしい4コマを描いています。
(そういえばサザエさんに出てくる伊佐坂先生はいつも〆切に追われてますね)
ただ、個人的にすごく怖かったのはそのあとのコマで
原稿を描きなおした長谷川さんがボツ原稿を破ったら、なんと破ったのは描きなおした方(!)で
仕方ないのでボツ原稿をそのまま渡したという話…
思い出したくもないですがわたしも似たような経験があるのでほんとに怖かった、
人間、慌ててると手が滑って何するかわからないから気をつけましょうもの書きの皆様…。

長谷川さんで思い出したけど、漫画家さんの〆切前の悲鳴はしょっちゅう耳にしますけど
このアンソロには載ってないけど、武内直子が前に描いてたエッセイ漫画に
セーラームーンの原稿間に合わないどうしようって編集(おさぶさん)に電話したら
「ええ~っノート(付録)だけで本編のないなかよしが200万部も書店に並ぶなんてやだ~!」と泣かれて
どうにかこうにか仕上げたみたいな話があったね…。
手塚治虫は逃亡の常習犯で映画館や駅やホテルに探しに来られては連れ戻されたらしいし
藤子不二雄コンビは眠いときはペンを手に突き刺しながら原稿描いたそうだし
鳥山明も「あと1コマで終わる!」とか言ってる自画像を漫画に描いたことあるし
きっと昨日も今日もどこかで漫画家と編集者の奮闘が起きてるのでしょうね…
漫画家の皆様お疲れさまです。いつも面白い漫画をありがとうございます。
そういえば先月、こち亀が連載終了するというので秋元治がテレビに出てたけど
「常に原稿をいくつかストックしておいて落とさないようにしていた」とおっしゃってて
すげぇ本当にこういう人いるんだって思った。
〆切前に仕上げる作家というと国木田独歩や川端康成、三島由紀夫などを聞いたことがある。
逆に伝説並の遅筆だったのは、トットてれびでもやってたけど向田邦子ですね…
〆切過ぎてから書くとかザラだったらしい。

「仕事はのばせばいくらでものびる。
しかしそれでは、死という締切までにでき上る原稿はほとんどなくなってしまう」外山滋比古

編集者とのやり取りも。
「様子をみにきたのですよといはれてほろりとする」林芙美子とか、
「ただいま大宮でカンヅメになり仕事中です」と手紙に書いた太宰治とか
「カンヅメなるものを非難拒否していたが、やむにやまれずカンヅメされることを受諾」した高見順とか
相当やり合ってきた時間を彷彿とさせる文章が。。
執筆中に体調を崩す人もいて、パブロフの犬というか職業病だったり仮病(?)だったり様々。
寺田寅彦は書くときに頭痛や胃痛がしたそうですが
「大した事はなく、遊んで居ればいゝといふ誠に我儘病で慚愧の至り」と編集に手紙を出しています。
井上ひさしは原稿の依頼を引き受けてからの行動を缶詰病と呼んでいて
最初は「傑作を書く」などと言ってハイになり、次に睡眠をむさぼり、やがて放浪癖が目立ち、
しまいには「次号廻しにしてください」「殺してください」などと言い始めますが
ホテルなどに缶詰にされると全快するらしい。
梅崎春生と編集者の「ほんとに風邪ひいたんですか」「ほんとだよ」のやり取りみたいに
本当に体調を崩しても疑われることもあったとか、
何本も連載抱えてた松本清張が「ゲラ入れだけでも徹夜になる」とかぼやいてるの見ると
延ばしてあげてほしいとも思ってしまうけど、
編集者も「原稿依頼はたいてい多少のサバを読んである」「ほどよいところに締切日を置く」(高田宏)とか
ちゃんと考えて依頼してることがわかる文章も載ってて、もどかしいですね…。
(岡崎京子は6日もサバを読まれたことがあるそうな)
ちなみに高田宏は「書くことも、編集することも、相手に惚れなかったら、はじまらないのではないか」という
名言も書き残している。(川本三郎の章から)

外山滋比古の章に原稿性発熱(〆切になっても一字も書けず発熱して気分が悪くなり、
またの機会にと断られると熱が下がる遅筆の作家の事例)なる言葉があって、
それを左右社さんが栞に作ってしまったのが→こちら
これちょっと現物欲しい。

作家はサボってるわけではないし、編集者も意地悪してるわけではなくて
お互いに仕事に対する情熱やポテンシャルがぶつかってしまうだけであって
それがうまくはたらけばいいけど、ドツボにはまってしまった時にきっと
こういう文章たちが生まれてくるんだろうなと思いながら読んでいたら
幸田文の「私というものが認められることは全然なかったから、"私に"といって、
書くようにすすめられた時は本当にうれしかったのでした」とか
三浦綾子の「一気に十八枚口述して、何とか〆切に間に合わす」(晩年は彼女の夫が書き取ってた)とか
米原万里の、何でもいいというよりはテーマと枚数と〆切を与えられて書くと
「嘘みたいに仕事がはかどる」「不自由な方が自由になれる」みたいな文章も載ってるから
書くことの奥深さを知る本でもありました。
「終わりが間近に迫っているという危機感が、知に、勇気ある飛躍を促し、
ときに驚異的な洞察をもたらす」(大澤真幸)もよくわかるし…。

「自分の中では、なに、たまたまさ、
潮が引けば、じきに元の、暇に恵まれた日々に戻るさね、という考えがある」大沢在昌


ドラマ「夏目漱石の妻」を毎週、拳を握りしめながら見てるんですが
あれの漱石は精神病で書けないみたいになってて〆切に関する話は特に出てないような。
ちなみに漱石は吾輩は猫であるを書いている最中に
「猫は明日から奮発してかくんですが、かうなると苦しくなりますよ。だれか代作が頼みたい位だ。
然し十七八日までにはあげます。君と活版屋に口をあけさしては済まない」
と書いた葉書を、高浜虚子宛に送っているそうです。
弱音を吐きながらも弟子に気を使わせないようにする漱石せんせいは逞しい。
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テーマ : 読書感想    ジャンル : 本・雑誌

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