小さな空間さえあれば。

国立新美術館のジャコメッティ展に行ってきました!
マルグリット&エメ・マーグ財団美術館が所蔵するアルベルト・ジャコメッティの作品を中心に
彫刻、素描、リトグラフ、エッチングなどを展示する回顧展です。
(ちなみに今年で没後51年です。著作権切れたね)
ジャコメッティの作品は過去にいくつか見たことがあって凸凹した彫刻を作る人というイメージだけ漠然とありまして
実際に鑑賞してみたらやっぱりそんなイメージのままでした。
でも何故ああいう作風なんだろうとはずっと思っていたので、それを学習させてもらった感じですね。
マーグ財団美術館のコレクションは、フランスで画廊を経営していたエメ・マーグ氏が購入したり
ジャコメッティ本人から寄贈を受けたりした作品群だそうです。
マーグ氏はパリで初めてのジャコメッティ個展を開いてくれた人で
ジャコメッティもマーグ夫妻のスケッチを残していたりして、かなり仲良しだったみたい。
そんなコレクションは初期作品から最晩年のものまで多岐にわたっています。
画家だった父親の影響で制作を始めたジャコメッティ。
10代の頃の作品である油彩「弟ディエゴの肖像」は印象派っぽい色遣いだったり
「シモン・ベラールの頭部」のはいわゆるリアルな彫刻だったり
キュビスムに影響を受けたと思われる作品群は訳わかんなかったり
南アフリカのダン族が用いる擬人化された穀物用スプーンがモデルとされる「女=スプーン」とか
当時あふれていたと思われるアートや文化から様々な影響を受けたようです。
また18歳の時には「見えるものを見たままに描こうとすると実物よりも小さくなってしまう」ことに気づいて
モデルや静物を見たままに描いたり作ったりしたいのにできないジレンマに陥ったらしくて
その頃の彫刻はどんどん小さくなり最も小さいものはマッチ箱サイズにまで縮んでしまっています。
男女の小像とかもう、小指より小さくて
これらは運よく残ったけど戦争で疎開した後パリへ持ち帰れなかったり
制作の最中に小刀でポキッと折れた作品もいっぱいあったらしい。もったいない…!
でも確かになあ…"見たまま"に再現しようとすると小さくなってしまうのはすごくわかる…
おそらくそれは多くの芸術家が疑問に思ったり試みては止めていったことだと思いますが
ジャコメッティは諦めなかった人なんですね。
会場の展示室にはジャコメッティの言葉がいくつか紹介されていて
『「もの」に近づけば近づくほど「もの」が遠ざかる』という言葉は彼のジレンマを象徴しているようで
表現したいものに必死に手を伸ばすジャコメッティの姿が見えるような気がします。
そんなわけでどんどん作品が小さくなってしまったので
ジャコメッティは作品づくりにおいて1mという高さを課します。
戦後に制作された女性立像がいくつかあって、これらは結構がんばって等身大を目指している。
デザインは相変わらず凸凹で細身ですが
1949年にアネット・アームと結婚してからは多少丸みを帯びるようになったみたいで…
とは言っても肉付けされるのは胸とお腹くらいで、手足などほとんどは激細な印象ですけど。
ヴェネツィア・ビエンナーレに出品したヴェネツィアの女シリーズは
ひとつ完成させたら型をとってバリエーションを増やしていったそうで
15体のうち9体が展示されていて一見、どれも同じように見えましたけど
ちゃんと肉感やくびれがあったり、細かったりぺったんこだったり色々ありました。
ジャコメッティは弟のディエゴや妻アネットのほかに友人の評論家や作家などもモデルにしています。
ディエゴの胸像は何パターンも作られたようでズラッと並んでてちょっと異様、
石碑Iは胸像の下に長い台が伸びていて剣みたいに見えて
これもう少し小さかったら胸像の部分を手でつかんでエクスカリバーみたいに抜けるんじゃないかと思った。
評論家のデヴィッド・シルベスターはジャコメッティにインタビューしたほか、ロンドンで個展を企画したり
映画を撮ってくれたりと仲良しだったそうで
肖像画も割と恰幅のよさそうなおじさんでした。ただ顔がめっちゃ小さい。。
哲学者の矢内原伊作がモデルを務めたさいに、矢内原は2人とも勝利した真剣勝負と感じたようですが
「ちょっと身動きするとジャコメッティは大事故に遭遇した時のようにアッと絶望的な声をあげた」という
エピソードがあるとキャプションにあって笑ってしまいました。
矢内原氏が持ち帰ったジャコメッティのスケッチの一部も展示されていて
ほとんどが矢内原氏やパリ市民を描いたものでしたけど、
一部が新聞の切れっぱしや紙ナプキンに描かれていたりして
なんだかチュッパチャップスのロゴをデザインしたダリを思い出しました。
本当に手近なものにささっと描いちゃう人だったんだなあ…。
そしてスケッチにしろ彫刻作品にしろ、頭部、特に目元や鼻への描きこみや作り込みがとにかくすさまじい、
線画のどこに描きこみが集中してるって目ですよ…
髪や首や肩はざっくりなのに目鼻の部分だけ真っ黒なんですよ、もはや執念。
目の位置と形を正確にとらえたいという思いをジャコメッティは持っていたそうです。
作品づくりでモデルを使うときはモデルとキャンバスを交互に見るのでどうしても視点がずれますが
わずかに異なるそれをジャコメッティは「ヴィジョン」と呼んで立ち向かっていたそうな。
その名も「鼻」という、ピノキオよりも鼻が伸びた頭部の彫刻も展示されていたけど
あれも鼻への執念なのかなァ。
1926年にパリのイポリットマンドロン通りに引っ越したジャコメッティは
街を眺めながらインスピレーションを得ることもあったようです。
市内を行き交う人をスケッチして彫刻に起こした「3人の歩く男たち」では
3人の人間が何気なくすれ違う一瞬の交差を再現しているのがおもしろいし、
「広場の3人の人物とひとつの頭部」は、まさに"見えたまま"を再現したなあと思ったし
「林間の空地、広場、9人の人物」は、これは遠近法を彫刻でやろうとしたのかな…などと。
通りを挟んだ向かいにある家や、家から坂を下ったところにあるアレジア通りをスケッチしたり
アトリエの椅子などもスケッチしていたみたい。
母親が住むスタンパにもよく訪れて、お気に入りのランプを何度も描いて
その近くで縫物や読書をする母親もスケッチに残しています。
あと「見たままに描く」という信念からセザンヌにシンパシーを感じていたらしく、
林檎の静物スケッチとか見るとすごくセザンヌみを感じる。
同時代の詩人たちの本に寄せた挿絵には
ジャック・デュパンには大きい人小さい人、アンドレ・デュブーシェに胸像を描いていたりする。
ミシェル・レリス『生ける灰、名もないまま』はレリスが自殺未遂を起こした後に刊行された本で
ベッドに横たわるレリスのスケッチが掲載されていました。見たのか本人を。すごいな。
あと、人間が凸凹なら動物も凸凹なわけで
猫と犬の彫刻が並んでたんですけど最初は「これが猫!?」とびっくりしたけど
じーっと見つめていると「ああ、猫だ」と思えてくるから不思議。
猫って歩くとき頭から尻尾までを地面と平行にピーンと伸ばすのですが
それが確かな観察力で見事に表現されている。
弟のディエゴが猫を飼っていたそうなのでその子を観察したのかな…。
犬も犬で「こういう犬いる!」って、こちらは見た瞬間に思いました。
凸凹から犬の体や毛を想像できて歩く癖まで見えてくる彫刻ってすごい。
この2つの彫刻のあるアトリエの内部のスケッチもあって、猫が台座の上にいて犬は床に置かれて描かれているのですが
今回は展示室でも同じように展示してくれていて、学芸員さんがニクいキュレーションをされたなと思いました。
「ひとつの顔を私に見える通りに描き、彫刻することが私には到底不可能であると私は知っている。
にも関わらずこれこそ私が試みている唯一のことである」アルベルト・ジャコメッティ

展示室最後の3点は写真撮影ができます。こちらは大きな頭部。
元々はジャコメッティがチェース・マンハッタン銀行からNYの広場にモニュメントが欲しいと依頼を受けて
一度は制作に取り掛かったもののどうしても納得がいかず断念した経緯のある彫刻で
(彼は普段、粘土で作りますがこの時は針金に石膏をつけて削り取るという制作方法を取っていて
途中で行き詰ってしまったらしいです…よりによってなぜこのタイミングで変えたんだろう)
そのプロジェクトが頓挫した後、改めて鋳造された彫刻です。
マーグ美術館には「ジャコメッティの庭」と呼ばれる中庭があって普段はそちらに展示されているそう。
今回の展覧会ポスター(記事冒頭の写真)に使われているのも中庭にたたずむジャコメッティと作品たちですね。

こちらの女性立像も銀行プロジェクトの後に制作されたもの。

歩く男も同じく。
第一印象は「細っ!」ですけど、眺めているうちに
「こんな人が街を歩いていても気づかないだろうな…」って思えるくらいになじんでるというか
こういう人いるよなってすごく思いました。
あとこの3体、みんなスケールが異なっていて必ずしも統一感があるわけじゃないのね。
他の芸術家みたいに試行錯誤のうえ辿りついた形というのは彼にはなくて
本当に「見えたものを見えたまま」に作っていたのを改めて感じた作品群でした。
「絵画も、彫刻も、デッサンも、文章も、文学も、そんなものはそれぞれ意味があってもそれ以上のものではない。
試みること、それがすべてだ。おお、何たる不思議のわざか」アルベルト・ジャコメッティ

特設ショップで猫のポストカードをゲット。
火事のときどの作品を持って逃げる?という質問にアルベルトはディエゴの猫と答えているそうです。
あと会場には写真家エルンスト・シャイデッガーが撮影したジャコメッティや彼の周囲の写真が飾られていて
イーゼルの下に猫がちょこんといるのもあったよ。
(シャイデッガー氏はミロやダリ、シャガールなど芸術家をよく撮影した方ですな)
美術館を出た後は展覧会限定メニューをいただきに。

ミッドタウンの交差点近くにあるGaston&Gaspar六本木店でフランス名物の長いアップルパイがいただけます。
ジャコメッティだけに長くて細い、シナモンたっぷりでおいしかった☆
この後は電車で白金台に移動。

松岡美術館にやってきました。
ここにはアルベルトの弟ディエゴ・ジャコメッティの猫の給仕頭が常設展示されてるんですよ!
兄とは違いつるりとかわいらしいデザインです。

松岡美術館は一部を除き写真撮影が可能です☆
古代エジプト、インドやガンダーラ彫刻、印象派絵画、中国美術など様々なコレクションが展示されています。
写真は猫のミイラに被せたといわれる聖猫の頭部(紀元前エジプト)。かわいい(=^ω^=)

美術館のゆるキャラ、まつにゃん。
ディエゴの猫がモデルだそうでオッドアイなんだな~~きれい、かわいい。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 ジャンル : 学問・文化・芸術
じゃこめってぃ!
- 2017/06/29(木) 12:44:21 |
- URL |
- マルボーズ隊員(タカダカズヤ)
- [ 編集 ]
情報がまるで入ってこないんですよ。
(TVもあまり見ないですし)
ジャコメッティ!やっとりますか?
ああ・・・・行きたい!
まだ期間はあるようですね。
でも、1600円?高ッッッ!!
う〜〜〜〜っむ。どうすっかなぁ?
Re: じゃこめってぃ!
- 2017/06/30(金) 16:42:35 |
- URL |
- ゆさ
- [ 編集 ]
ジャコメッティ展は9月までやっとりますよ!ぜひ!!
特別展はちょっとお高いですよね…(^^;)でもチケット代の価値は充分ありました。
彫刻もいいけどスケッチや素描がですね~~いいのですよ。
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