2017-09-26 (Tue)
長野に行ってきました☆
母が「小布施に行きたい」と言ってて、わたしが「戸隠に行きたい」と言ってたら
父が車に乗せて行ってくれることになりまして。
高速で2時間半くらいで着く!長野近い。(普段それ以上の旅しかしてないから近く感じる)
一泊二日でしたが2日間ともよい天気でした。よかった。

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松代PAで休憩したとき何だかこんもりした場所があったので弟くんと一緒に突撃。

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川中島合戦の広場でした。当時の古戦場がこのすぐ近くなのだよね。
石で車懸りの陣と鶴翼の陣を再現してあります。

どこかに行くとき、もちろん目的地に着いてからの時間も楽しみなのですが
目的地まで過ごす時間もけっこう好きだったりします。
車や高速バスでの旅はSAやPAに寄るのが楽しみです。
最近は各地にご当地メニューなどが増えてますし
「ここは何があるかな」的な気分で寄るとおもしろいものに出会えたりすることが多いです。

高速を降りてしばらく走りまして、まずは小布施にin。
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岩松院に来ました。
室町時代の創建で、福島正則の霊廟や小林一茶の句碑、葛飾北斎の鳳凰図などがあります。
お寺の周囲はりんご畑やぶどう畑に囲まれていてのどかな雰囲気です。実りの秋わくわく。

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入口の仁王門は木に覆われて、赤い仁王像も迫力あり。

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本堂です!まずはご本尊の釈迦如来像と北斎せんせいの鳳凰図に挨拶しますよ。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
 
 
本堂の天井に掲げられた八方睨みの鳳凰は北斎89歳の頃の制作ですが
見るのと聞くのとは大違いですごい迫力でした…!
大きさは畳21畳分あり主線がくっきりと引かれ色彩は赤や黄や青や緑などあらゆる原色をベースにバランスを取っている。
まだ修復を行ったことはないそうで、多少色落ちしてるから当時のままってわけじゃないけど
北斎が描いたままを見られる幸せ。
昔は本堂の畳に寝転がって鑑賞できたそうですが、
訪れる人が増えてきた16年前から椅子に座っての鑑賞方法に変えたと係のおじさんがおっしゃっていて
首が痛いことになったけど、休み休みしながらのんびり眺めました。
「署名がないので文化財指定ができないんです」とおじさんに聞いたけど
何で北斎せんせい書かなかったのかなあ…。
あと、北斎を小布施に招いた高井鴻山の書「無」も本堂の玄関で迎えてくれて
かなり遊び心のある筆跡でおもしろかったです。

あとね!本堂の外陣と内陣の境の欄間にある釈迦と十六羅漢の彫刻も大きかったよ!
釈迦を中央に羅漢と龍と雲が生き生きと浮き彫りされていて、
彩色はされてなく木の色だけどカラフルに見えたよ。
係のおじさんに聞いたら制作者は名もなき15歳と20歳の彫師だそうです。
どんな人たちだったのか気になる…なにせ軽く陽明門や妻沼聖天山みたいなレベルだったんで…。
北斎もいいけどあの彫刻ももっと注目されてほしいな。

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本堂の左側へ回って福島正則の霊廟へ向かいますよ。

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墓地の真ん中に階段があり、登っていきます。

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こちらが霊廟。
中に石でできた五輪塔があり、卒塔婆には「福島左衛門大夫正則」と書いてありました。

不勉強で知らなかったのですが、正則は広島藩に転封後台風で壊れた広島城の石垣などを直したところ
武家諸法度違反とされて(幕府に届けを出したけど許可の手続きですったもんだがあったらしい)、
高井野藩(小布施を含む地域)に国替えを命じられているんですね。
1624年に64歳で亡くなり、生前から菩提寺と定めていた岩松院に葬られたようです。
小布施の近く、高山村には正則が暮らした屋敷跡も残っているそうです。そのうち行ってみたい。

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本堂裏側へ戻って、お寺の裏庭へ。

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小林一茶「やせ蛙負けるな一茶これにあり」の句碑があります。
信濃生まれの一茶は小布施にもたびたび弟子を訪ねて来ていたようで、
同句は岩松院裏庭の池で雌を取り合う雄のカエルたちを見て詠まれたものだそうです。
(一茶は同時期に小さかった長男を亡くしていて、悲しみからの奮起の歌と伝わる)

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小布施の中心街に来ました。人いっぱいで賑やか!
竹風堂さんにてお昼ご飯をいただきますよ。

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ショーウインドウに何やらかわいらしい子が^^
寄木細工で作られた福助さんだそうです。どういう仕組みなのかゆらゆら揺れていました。

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栗おこわの御膳をいただいた!
山菜の煮物や漬物、山の味尽くし。おいしかったです^^

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栗あんソフトクリームは想像以上に濃厚な栗の味がしましたよ。

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竹風堂さんから徒歩2分、祥雲寺に来ました。
高井鴻山のお墓があるのです。

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鴻山による漢詩の碑。
「七月十五日祥雲寺に詣で展墓に感有り」という題でここを訪問したときの感慨を語っています。
一節に「蕭条として市の喧しさも届かず」とあり、
確かに街からそんなに離れていないのに境内はひんやりしてとても静かでした。

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鴻山のお墓は墓地の奥、高井家の一族のお墓がズラッと並ぶ一角にありました。
思ったよりちっちゃくてびびった。

近くには、鴻山に学んだ智関禅尼という女性のお墓もありました。
仏教に帰依しながら寺子屋を開き、近隣の子どもたちにお茶や琴、書や歌などの教育を行った人だそうです。

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街へ戻って、竹風堂の奥にある日本のあかり博物館へ。
館長だった金箱正美氏の灯火具コレクション(重要有形民俗文化財)を中心に
松明から電球まで日本史における灯りの道具の歴史を展示しています。
基本的に道具の展示で、薪や行灯やランプなどの現物を通して
焚火→油→石油→ろうそく→ガス→電気という流れがとてもわかりやすかった。
道具を通して火の歴史を見たなと思いました。

鵜飼いのかがり火や火打ち石、小田原提灯などの紹介があったり
紙に桜や紅葉や文字をデザインした行灯があったり
鉄製の鶴や亀で囲った「めでた尽くし鉄あんどん」とか、鉄のセミやバッタがついてるのとか
ふぐの内臓を抜いて膨らませたふぐ屋の看板提灯とか、傘を張り合わせた傘屋の提灯とか
うさぎの焼物、刀の鍔を使ったものや伸縮自在の燭台とか。
ガラスのランプは様々な色がありましたね~きれいだった☆

ねずみ短檠という、温めた空気が油を持ち上げてねずみの口から皿にさして火をともす灯道具とか
(博物館の入口で実際に灯されているのを見ることもできます)、
田中久重が発明した無尽灯(同じく空気圧を利用して油を持ち上げて補給する)とか
空気の力を利用して自動的に給油する仕組みが工夫された灯道具もあっておもしろい。
旅まくら行灯という、四角い箱枕の中に紙と筆と硯や眼鏡や手ぬぐい、そろばん、サイコロなどを入れた
旅行用の行灯もあったし(横に小型のぼんぼりがついてる)、
折りたたみ式の燭台はパッケージに「夜行の友」と書いてあって三段にたためるらしい。
行灯や電球の明るさの比較を体験できる展示室もあって、
油・ろうそく・ランプ・電球をそれぞれ順番に灯して本が読めるかどうかを見るのですが
油や蝋燭だけではやっぱり読めなくて、ランプでやっと読めるくらいかな…
ランプの次に電球がともったときはあまりの明るさにおおって思いました。エジソンすげえ。

2階の企画展では、西鶴の浮世草子の挿絵に描かれている灯火具にどんなものがあるかを
様々なパターンの灯道具を通して紹介。
なんとなくだけど庶民は提灯でお金持ちの商家や武家や遊郭は行灯や蝋燭が多いイメージ。
具体的には『西鶴諸国ばなし』一巻五章で道を行く庶民は提灯をともしているけど
『本朝二十四孝』三巻一章で寝ている商家の人々は角あんどんをつけていたりとか。

あかりといえば、昔の人が頼りにしたあかりのひとつに月明かりがありますが。
ふと思ったのが、月夜に提灯ということわざはいらないものの例えですけども
あれは「灯してもそんなに変わらない」みたいな実用的な意味なのか、
それとも「風情がない」みたいな情緒的な意味なのかな…。
柳田国男も『火の昔』の中で「燈火の発達しなかった時代には月夜ほどうれしいものはなかった」と書いてるし
ないよりはあった方がいい気もするんですけど。(わたしが現代人だからかな)

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入口にあった赤い石油ガス灯がおしゃれなデザイン。
このガス灯はもともと、善光寺に向かう中央通り沿いに設置されていたそうです。

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博物館の向かいにいた巨大カブトムシ(笑)。
「なんで?なんでカブトムシ!?」って笑いながら弟と写真撮りまくりました。
ポケストップにもなってるらしい。
(言い忘れてましたが弟くんは小布施でも、この後行った戸隠でも各ポケストップやジムを制覇し
善光寺ではリアタイでバトルをやっておりました。戸隠奥社にいたギャラドスつよかった)

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トンボもいた。どなたの制作なんだろう。

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博物館の近くにあった中野土ひな館。
土蔵の中に郷土人形「中野土人形」がズラリと展示されています。
作者は複数いて何代か続くおうちの作品群みたいですがどなたが管理されてるのかな…。
天神や七福神、日本や中国の武将、一般庶民まで様々な土人形がいて
京都の伏見人形みたいだなと思ったらどうもそれがルーツらしい。
誰もいなかったけどたぶん無料で見ていいやつ…写真撮ってもよかったんだろうか。

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北斎館に来たよ~。肉筆画を中心に北斎の画業を紹介しています。
1976年開館で2年前に改修されたばかり、綺麗な建物でした。

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北斎せんせいのレリーフ。

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館内にある素敵なデザインの名前ロゴ。

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鈴木敏夫氏による北斎の言葉の書。
確か改修の落成記念の展覧会をジブリが応援したりしてるし、トークショーとかもやってるし
何だかんだ鈴木さんは北斎が好きなんですね。

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第一展示室は企画展「北斎漫画の世界」。久々に見る北斎漫画はやっぱり楽しいですね。
人、風景、建物、道具、花鳥、動物、何でも描いた人だなあと思う。
突然ですがわたしのオススメは10巻のこちらの絵です。例によって。
第二展示室は肉筆画で、主に美人画が多め。カラーリングが強烈で好きだ~!
サインを見ていたら画狂人や為一や年齢(主に八十代)が多く晩年の作品が中心でしたが
中には北斎や宗理のサインもありました。
応為の竹林遠見の富士図もあって、竹林の向こうに富士山がチラリと見えるおもしろい掛軸。

第三展示室も肉筆画で、こちらは風景画や花鳥画、静物画、仏画など。
鷲の力強さや、葡萄の繊細さ、雀のかわいさ、生首のリアル、肉筆画も何でも描いた人だなあ…。
北斎せんせいの描く猫はだいだいぶすっとした顔なんですけどここの猫図もやっぱりそんな感じだった。
雪の信濃路図は何だか実感がこもってそうで…小布施に来て冬を越したこともあったはずだから。
雲龍図は三本指の龍が黒雲の間からにゅっと顔をだしていた。

第四展示室は小布施のお祭に使われる東町祭屋台・上町祭屋台の展示。北斎が天井画を手掛けています。
(それぞれの屋台の前にタブレットが設置してあって絵を拡大して見られるよ)
東町祭屋台の龍図は真っ赤な背景に踊る龍、こちらの龍も三本指でした。
鳳凰図は岩松院の天井画と似た構図で、くっきりと力強いタッチにメリハリのある色遣いがかっこいい。
上町祭屋台の怒濤図2枚の原画は大阪に出張中でした…なんということ!またの機会に。
屋台の彫刻も北斎が監修したらしく、特に上町の公孫勝像などは職人に7回も作り直させたと記録があるそうで…
気に入るまでリテイク出しまくる北斎せんせいについてくの大変だったろうなあ。。

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北斎館の近く、マンホールにも怒濤図。

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北斎館前の小布施堂のレストラン傘風楼の隣、栗の小道を通りまして。

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高井鴻山記念館に来ました。ここは東門(裏門)。
晩年の北斎を小布施に招き、北斎を「先生」と呼び(北斎は鴻山を「旦那様」と呼んでいる)、
天井画や祭屋台を制作する費用をすべてまかない、自分も絵や書を描いた鴻山さん、パワフルです。
80代の北斎が4回も小布施を訪れているのを考えるとよほど鴻山と小布施を気にいったんだろうし
46歳の年の差なんて2人には関係なかったんだろうな…。

高井家は元々、信濃は高井郡市村というところから小布施に引っ越してきたので本姓は市村ですが
鴻山の祖父作左衛門(市村家8代目)が天明の大飢饉のとき自宅の倉を一般に開放したのを幕府に評価されて
高井郡から「高井」という苗字を名乗ることになったそうです。
鴻山はそんな市村家の12代目で本名を市村三九郎といいます。
市村家は小布施堂と桝一市村酒造場を経営する一族でしたが、鴻山にはどうやら商才はなかったようで
代わりに芸術や儒学に興味があり北斎や岸駒、佐久間象山や大塩平八郎など
文化人や思想家との交流を楽しんでしたようです。
(実際、お店の経営は早々に弟や子どもに譲っている)
晩年は火事で家が破産したり大変だったみたいですが、東京に出仕したり私塾を開くなどして
国や地域の教育に力を入れています。

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企画展「高井鴻山の妖怪たち」と「丸山詔雲 能面展」。
妖怪展は文庫蔵と穀蔵、能面展は屋台蔵(北斎が天井画を描いた屋台を保管していた)で行われていました。
鴻山の妖怪画は去年の大妖怪展でも見まして、再会できた絵もありました。
妖怪というより鴻山が考えたふしぎな生き物みたいな絵が多くて
そんな生き物たちが空を飛んだり書画会や宴会をしたり山の中に何気なく佇んでいたりして
楽しそうだなあ、何を考えているのかなあなどと色々想像してしまう。
賽の河原の絵はさすがにわかったけど…獄卒はユーモラスな顔つきだし
子どもたちも泣いてるというより笑ってるみたいに見えてしまった。

能面作家の丸山詔雲さんによる「能面にみる妖怪・亡霊・鬼神あれこれ」は
よく見かける型からリアルな面まで様々でしたね~。
戸隠神社の神楽に使われる神様のお面、翁は髭ふさふさだったり手力男は迫力あったり天鈿女はかわいかったり。
雷のくわっとした口や、猛々しい般若もかっこいい。
要石悪尉は一瞬、これが神様!?と思ってしまったけど
別に目が真っ黒の神様がいてもおかしくないし(悪というのは猛々しいという意味もある)
色んな意味でおもしろかったです。
お面根付もあって、小面や鬼や神たちがかわいらしい根付になってました~かわいい。欲しい。

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お庭。
もともとは武道場や挽屋がありましたが現在は取り壊されています。
また高井家は近代に火事に遭って、建物のほとんどが焼けてしまったそうで
現在残っている建物は当時の一部を移築したものなのだそう。

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歩廊。修復や曳家工事の写真などが展示されていました。

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翛然楼。鴻山の書斎兼文化サロンとして使われた建物で京間で造られています。
鴻山は青年時代に京都へ遊学に出かけているので、色々イメージするところもあったのかな。

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小布施を訪ねてきた北斎がアトリエとして使った碧漪軒。
もともとあったのではなく、北斎のためにわざわざ建て増ししたというからすごい。
(ちなみに鴻山と北斎の出会いは鴻山が江戸に遊学した時だといわれています)

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井戸があると近づいてしまう篁クラスタ(笑)。
この辺りは井戸水が豊富でここも上町の井戸と呼ばれ、多くの人が利用していたとか。
(高井家はたびたび起こる災害や飢饉などで倉や井戸を一般に開放している)

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文庫蔵。企画展はこちらで行われていました。
元々は鴻山が京都や江戸遊学で持ち帰って来た大量の書物を収めていたそうですが
先述の火事でほとんどが燃えてしまったそうな。。
ということはこれは建てなおした建物なのですな。

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1階のお座敷。お茶を点てられるのか畳が一箇所、小さく切られています。
床の間には鴻山が描いた雷神と瓢箪鯰の絵(レプリカ)も掛かっていた。

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碧漪軒の内部。お座敷から廊下で繋がっています。
床の間には貝殻をつけた船板が使用されていたり
明かり取りでしょうか、障子や窓が多く大きく取られたりしてアトリエっぽい雰囲気。

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2階への階段。扉の向こうにあります。

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2階の書斎。翛然楼と呼ばれるのはこの部屋です。
(左上に鴻山直筆の額が掛かっている)
真ん中の火鉢は実際に使われていたもので、これを挟んで鴻山と佐久間象山が議論を交わしていたそうで
話に熱くなりすぎると2人して火鉢に相乗りになる時もあり畳が擦りきれたらしい。
他にも久坂玄瑞や藤本鉄石が訪れたそうです。きっとアツイ話をしたんだろうな。

そういえば。
うちの弟くんはこういう場所に来ると「触らないで」と注意書きされていない限り
手当たり次第に扉や戸棚を開けて回る子なのですが、
たまたま開けた戸棚に下の階へ抜けられる穴を見つけて「あっ」てなりました。
もしもの時の逃走用かなあ…志士も来ていた家だものね。

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出窓から外を眺めてみる。
鴻山は一絃琴が得意だったようで、来館者も体験できるように琴が置かれていました。
「さくらさくら」の楽譜と爪も置かれていたのでレッツチャレンジ!
弦に番号が振ってあるのでそこを押さえて弾けばいいのですがなかなか難しく、
弦を押さえたり離したりするとき余計な音も鳴ってしまって楽器の奥深さを感じました。
鴻山はどんな曲を弾いたんだろう。

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表玄関。表札や鴻山の銅像があります。
手前には駒繋ぎ石といって、馬をつないでおくための石が今も残っていました。

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栗の暖簾がかわいい小布施堂。
小布施の食べ物は安くておいしいけど、ここは結構高価でよい品が販売されていました。
母が栗鹿の子を買いまくっていたのは以前にお土産でもらった同品がものすごくおいしかったからだな…
栗鹿の子とか栗きんとんとか大好きです。おせちで必ず食べる。

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そんな小布施堂で買った栗あんケーキ☆
これがまた濃厚な栗の味がしてすごくおいしかったのでもっと買えばよかった…!

そんなこんなで小布施を後にして、車で戸隠山へ。
次の日に戸隠神社をお参りする予定なので、参道にある旅館に泊まりました。
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夕ごはん!
元宿坊という風情のある旅館で、案内の人が「夜は気温が一桁になりますので暖房を」とアドバイスいただき
しばらく稼働させていたらつけすぎて暑くて眠れなくなったという。。
でもスイッチオフしたらあっという間に涼しくなり、窓ガラスに結露ができてみんなでびびりました。
ほんとに山の上なんだと実感。

次回記事は戸隠神社と善光寺へのお参りを中心にお届けします☆
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