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ゆさな日々

猫・本・歴史・アートなど、好きなものやその日考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。


カッコイイとは、こういうことさ。

  1. 2017/10/04(水) 23:59:50_
  2. 文化・美術
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
unketohaku1.jpg
東博の運慶展に行ってきました☆
春に奈良博で開催された快慶展の対になる展覧会で
現在、運慶の作品と確認されたり可能性の高いとされる彫刻31体のうち22体のほか
運慶の家族や同時代の仏師たちによる仏像も展示されています。
(出品数と構成で考えると快慶展の方が充実していましたが
展示空間の使い方では運慶展の方が大胆だったように思いました)
初日が平日だったにも関わらず大混雑だったと聞いて「こりゃ派手に宣伝される前に行かなきゃ」と
慌てて行ったのですが、開館直後でもやっぱり混んでて入口でちょっと並びました。
でも展示室に入ると大きい作品が結構あって、離れた距離からも鑑賞にはあまり問題なくてよかったです。

入口で迎えてくれるのは拡大された運慶のサインと、円成寺の大日如来坐像。
1年ほどかけて制作され1176年10月19日に完成し、
「大仏師康慶 実弟子運慶」と台座に銘文が記されているので運慶20代の頃の制作と考えられています。
遠くからだと目を閉じているように見えますが近づくとちょっと薄目を開けてるのがわかるんだよね…ニクいわ。
金箔がだいぶ剥がれてしまってますが体躯も衣も瓔珞もきれいな造形であまり気にならないし
全体的にすっきりとした印象のお姿でありました。
快慶展の入口では快慶=優美の図式をぶち壊されましたが
今回も運慶=ムキムキの図式をぶち壊されてからの開幕です。楽しい!
(ムキムキに定評のある運慶氏ですがそれだけじゃないとわかったのはいつだったかな…最近の気がする)

運慶の父・康慶と同時代の仏像について。
運慶が生まれた頃に奈良仏師が制作した阿弥陀三尊像は
脇時の観世音菩薩・勢至菩薩が台座から片足を下ろした半伽椅座像という珍しいかたち。
奈良の十輪院に伝来した毘沙門天立像も玉眼でぎろりと睨まれるのが震えるというより畏怖する。
そんな仏像を見てきたであろう康慶の作る仏像もムキムキだったり美しかったり様々です。
興福寺仮講堂の四天王像、身長2メートルのお四方は後ろに落ちるシルエットまでかっこいいし
衣にちょっと絵柄の色が残っていました。
法相六祖坐像は興福寺国宝館にいらっしゃるあの方たちですな、はるばるようこそ。

運慶の作品や資料について。
法華経(運慶願経)は快慶展でも見たけどあのときは2巻で、今回展示されていたのは8巻。
法華経は全8巻なので、わお、最後の巻だ!
「願主僧運慶 女大施主阿古丸 執筆僧珍賀」とあって
良源や快慶や女増寿など48人の結縁者の名前が書いてありました。
(軸木は焼け残った東大寺大仏殿の柱だし、硯の水は比叡山や清水寺の水だそうだ)
平家による南都焼きうちで焼失した興福寺西金堂の釈迦如来像の再興プロジェクトにも運慶は関わり
像は現在、仏頭のみが残りますが頭だけでも1mあるので全身は数メートル級だったんでは…
お顔もすっきりとして美しかったです。
六波羅蜜寺の地蔵菩薩坐像は運慶にしては珍しく一木造の作品で薄目の玉眼がキラリ、こちらも美しい。
高野山の八大童子たちはいつ見てもほんとにかわいい!
サン美の高野山展高野山霊宝館以来の3度目の再会ですが
今回は運慶展なので6人のみでしたね。
(指徳童子と阿耨達童子は当初像が失われ現在残る像は鎌倉時代後期の再制作とされています)
みんな童子なので筋肉というよりむちむちした造形なんですよね~お腹ぷにぷにしたい、かわいい。
大威徳明王坐像はもともと、六面六手六足で水牛に乗ったお姿だったみたいですが
現在は片腕とすべての足が失われている痛々しいお姿。
それでも忿怒のお顔からは力強さが感じられました( ‘ᾥ’ )。
胎内に納められたお経から運慶晩年(60~70代?)の作品と判明しています。

運慶は自作したり自分が関わった仏像の胎内に銘札や心月輪を入れて
銘札に制作年月日や自分・部下たち・発願主の名前などを書きこんでいまして
見れば見るほど興奮せずにはいられない、書き残してくれてありがとうー!!
願成就院(北条時政の氏寺)の毘沙門天立像は関取やプロレスラーみたいな顔というか、
重心が左寄りではあるけど両足を踏んばる造形になっていて
足元では2匹の鬼たちが「もうダメだー」とばかりにひしゃげていました。
そんな毘沙門天の胎内にある五輪塔銘札には「巧師匂当運慶 檀越平朝臣時政」とあり
時政の発注であることがわかっています。
かと思うと浄楽寺の毘沙門天は片膝を曲げて立っている姿で、こっちはよく見るポーズだなと思った。
胎内の月輪形銘札に「大仏師匂当運慶 小仏師十人 大願主平義盛芳縁小野氏」とあって
和田義盛夫妻の注文とわかっています。
同寺の不動明王像も隣に展示されていました。鷲鼻が特徴的。
鑁阿寺に伝来したという大日如来坐像(現在は真如苑真澄寺蔵)は
円成寺の大日如来坐像より小さいけど姿が似ているため、運慶作とみられていて
X線調査によると胎内の心月輪が球体をしていたり水晶玉の五輪塔(舎利入り)が入っているそうです。
もうひとつ、光得寺の大日如来坐像も運慶作の可能性が高くて
こちらも胎内の心月輪が水晶玉だったり五輪塔銘札が入っていたりする。
4頭の獅子に支えられ光背に菩薩が飛んでいて、黒塗りの厨子に入った小さな仏様でした。
胎内には人の歯も入っていることが調査でわかっていて、願主の足利義兼のものではないかと言われてるみたい。

興福寺南円堂の四天王像と北円堂の無著・世親像が展示されているエリア
彼らが北円堂に安置されていたとする仮説に基づき再現されたキュレーション。
四天王像は玉眼ではありませんが、近年の調査で木材の芯がいくつも使われた制作方法が
無著・世親像と似ているということで運慶の作品ではないかという説があるそうです。
(無著・世親像は運慶の指導のもと息子たちが制作しています)
鎧が重たそうだし裾つけてないし、表情もポーズも生き生きというより感情むき出しでドラマチックで
奈良仏師のムキムキ感をこれでもかと前面に出していて本当にかっこよかった!!
「いらっしゃい」じゃなくて「よく来たな」とか大音声で迎えてくれそうなイメージ…ついていきますアニキたち。
無著・世親像は北円堂公開の折に拝観したので久々の再会ですけども
今回の展示室の方が北円堂よりも広かったし、おふたりとも台座の上にいたので
初対面のときより大きく見えました。
相変わらず本人たちがそこに存在しているかのようなリアリティのある彫りっぷりが見事だ。
(まとめて見てみるとわかりますが運慶は人をリアルに、仏を理想的に彫る傾向がある気がする)

運慶を継ぐ人たちの作品。
運慶・湛慶作の聖観音菩薩像(瀧山寺)はお寺を出て展示されるのが初めてだそうで
おおお人生、じゃない仏生で初めての旅行が愛知から東京だったんですな。ようこそようこそ☆
きれいに彩色されてお肌は真っ白、衣は赤と緑で模様もくっきり残っていました。
胎内に源頼朝の髪と歯が入っているそうで
これは瀧山寺縁起によると頼朝のいとこにあたる僧寛伝が頼朝の三回忌のために注文したからとか。
東福寺の多聞天立像はサムズアップしながら武器を持ち、左掌を上向きに上げていて
袴を垂らして脛当てを見せないところも興福寺南円堂の多聞天立像と共通するということで
写されたものか、あるいは運慶本人によるものか…。
湛慶による高山寺の神鹿・子犬・善明神像にも久々に再会できて
今回は正面だけではなく背中やお尻までぐるっと360度鑑賞できてうれしかった!
雪蹊寺の毘沙門天立像・吉祥天立像・善膩師童子立像は毘沙門天の「法印大和尚湛慶」の署名から
湛慶50代の作品とわかっているそう。
少し風化しているような印象を受けましたが、顔つきや足の踏んばりに運慶みを感じる。
三十三間堂の迦楼羅・夜叉・執金剛神は湛慶が大仏師で、
康円と康清という慶派仏師(運慶の孫という説も)たちが小仏師とわかっているそう。
康弁(運慶の三男)の龍燈鬼・天燈鬼立像は鬼たちの筋肉や表情がとてもリアル。
頭に燈籠を乗せて屹立する龍燈鬼も、よいしょって担いでる天燈鬼もお仕事お疲れさまです☆
なお2人とも玉眼ですが龍燈鬼の首に巻き付いた龍の目にも玉眼が使われていて
角度によってはキラっと光る様が見られました。

最後の展示室にいた十二神将立像は墨書きから運慶の子孫の仏師作と考えられています。
普段は東博と静嘉堂文庫が保存していて今回、42年ぶりの再会だそう!めでてえ。
十二神将は十二支と合体しているので頭の上に十二支の動物が乗っかっております。
(十二神将と動物は別の部材で造られることが多いので失われたりするケースもあるけど
今回のは両方とも同じ部材だというのは運慶学園放送部で小野Dの解説を聴いてから行ったので見たので
ほほぅこれがそうか、という気持ちで見ることができました)
どれも表情やポーズがとても豊か、神将それぞれの性格や思考まで伝わってくるようなリアル造形でした。
髪型が羊みたいな未神かわいいし、戌神は見張るポーズが斥候っぽいし、申神は本当に猿みたいな顔だし
酉神は今にもコケコッコー!とか鳴きだしそう。
亥神にだけ1228年9月18日の墨書きがしてあり制作年月が判明しているそうです。

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特設ショップにいた龍燈鬼(左)と天燈鬼(右)。
石黒亜矢子さんが龍燈鬼・天燈鬼立像をモデルに猫耳と尾をつけてデザインした公式キャラクターです。
SNSでも龍燈鬼がTwitterを、天燈鬼がFacebookを担当するなど活躍していますね~かわいい。

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公式サイトで運慶の情報発信をしている運慶学園の撮影スポット。
校訓は「いつも心に運慶を」。
入試問題という名の運慶の知識を問うクイズもあって、
わたしは全問正解して無事に特待生の学生証をいただけました。

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卒業証書もあった(笑)。

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東博本館脇のレストランゆりの木にて運慶展限定メニュー「飛鳥の蘇(古代チーズ)」がいただけました。
甘さ控えめのミルク味でおいしかったです^^奈良で再現された味だそうだ。

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チーズといえば本館の高円宮根付コレクションにチーズとネズミがいました(笑)。
こういう作品を見ると『チーズはどこへ消えた?』を思い出すね。

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そんな本館では、運慶展に合わせて特集「運慶の後継者たち-康円と善派を中心に」を開催中。
運慶の孫康円、同時期に活躍した善円の流派の彫刻作品から鎌倉時代の仏像を紹介しています。
写真は南方天眷属立像。康円が69歳のときの作品です。衣は当世風ですがブーツを履いてるのがおもしろい。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆
 
 
 
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文殊菩薩坐像。
興福寺勧学院に伝来したもので元々は渡海文殊だったのではないか、とのこと。
すっきりとしてきれいな像です。

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その文殊菩薩像が座っていた蓮華座。の、光背の一部分です。
笛を奏でているのは迦陵頻伽で、なんとなく平等院の雲中菩薩像を思い出す造形だなと思った。

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獅子像のかわいらしくも凛々しい表情に躍動感があります。

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善派(康円と同時代に活躍した仏師)の文殊菩薩像は顔がむちむちして
どことなく運慶の八大童子の面影が。

他の本館展示も楽しみましたよ。
2017tohaku72.jpg
俵屋宗達のたけのこレター、もとい醍醐の蒸筍5本をもらったお礼書状。
季節は初夏でしょうか。たけのこ食べる宗達さんを想像するとかわいい^^

2017tohaku73.jpg
岩佐又兵衛の雲龍図。
もさっとした感といいますか…なんか、こういうぬいぐるみありそうって思ってしまった(^^;)。
周囲には他にも老子出関図や本性坊怪力図、伊勢物語鳥の子図などがあって
ちょっとした又兵衛祭りみたいになっていました。

2017tohaku74.jpg
縄文時代のハート型土偶ちゃん。かわいい☆

2017tohaku75.jpg
尾形乾山の銹絵葡萄図角皿。
あと撮影不可でしたが尾形兄弟合作の銹絵寿老図六角皿も
乾山のヘキサゴン皿に光琳の寿老人がさらりと描いてあって味わい深い一品でした。

2017tohaku76.jpg
青木木米の白泥月梅文涼炉。
涼炉は風抜きのために胴に穴をあけるものだそうですが、
これは梅の花の向こうに満月が昇ったように見立てているのですね。

2017tohaku77.jpg
東洋館では「マジカル・アジア」と題してアジア地域の吉祥、魔除け、呪いなど
目に見えない力や信仰の文化を特集していたので鑑賞。
東洋館も広いのでたくさんありましたけども、いくつかご紹介します。

2017tohaku85.jpg
仮面(左)と肖像頭蓋骨(右)。両方ともパプアニューギニアのものです。
ニューギニア北東島では亡くなった首長の頭蓋骨には霊魂が宿ると考えられたそうで
彩色をほどこして生前の姿を再現し祀られたそうです。
つまりこれ本物のガイコツ。うおお。

2017tohaku78.jpg
よくとっといたなと思った藁人形。
1877年(幕末!)に当時の上野公園地域で見つかったそうで、
発見当時も今も釘がささったままだそうです…。

2017tohaku79.jpg
銭剣。(中国)
刃物ではありませんが、銅銭の丸くて穴の開いた形は邪気を払うと考えられ
香港映画でキョンシーを倒す武器として銭剣が使われているそうです。
キョンシーの映画はすんごい小さい頃に夢中で見てたけどこの剣が出てきたかどうかは全然覚えてないや(笑)。

2017tohaku80.jpg
中国(清)の四天王像。
大きさもですが、日本の仏像とは持ち物が異なっているのも特徴ですね。
日本の持国天は刀を持ちますが、清の持国天は琵琶を持っていたり(楽神の名残)、
日本の広目天は筆を持ちますが、清の広目天は仏塔や蛇を持っています(龍神の名残)。
国で文化が異なるとこうして比較できたりしておもしろいですね。

2017tohaku81.jpg
ヴァジュラバイラヴァ父母仏立像(中国)。
うっかり舌を噛みそうな名前だと思ってしまいましたが
意味はシヴァ神の最も強暴な面とアスラ神の王、2柱の神を合わせた姿という強大な神様なのだそうで
死神のヤマ(閻魔)をも殺す忿怒尊らしい。ひええ。
頭の上に文殊菩薩がいるのは仏敵を倒したあと浄土へ導くからという、転生先のお世話までなさるらしい!
(あとで知ったのですがさっき運慶展で見た大威徳明王はこの方と同一神なんだそうで…
運慶の同像は頭に文殊菩薩はいなかったけど、元々いなかったのか失われたのか)

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死者の書。(エジプト)
ミイラの包み布だったと考えられているそうで、呪文と思われる文字は右から左へ読みます。
死者の書は古代エジプト展女王と女神展で見ましたけども
それらにもびっしりヒエログリフが書かれていましたっけ…。
日本や中国でいえばお経をびっしり書くようなもので、そう思うとこの文字も一字一字が大切な呪文なんですよね。

2017tohaku83.jpg
ちょっとかわいいなと思った目の偶像。(シリア)
詳しくはわかってないみたいですけど神殿から出土したものなので、神様への奉納品だったのかな。
人間を模していると考えられているそうですが神様を見守っているのか、それとも魔除けなのか…
ロマンは尽きません。
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