2018-02-27 (Tue)
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川越市立美術館の「生誕130年 小村雪岱ー雪岱調のできるまで」展に行ってきました。
川越出身の画家小村雪岱の画業を紹介する展覧会です。
過去に雪岱のグラフィックデザインを紹介する展覧会に行ったことがあるのですが
今回は挿絵や肉筆画が多くて絵師としての面も強調されていたように思います。
雪岱は東京美術学校(現東京藝術大学)で日本画を学んでから
本の装丁や挿絵、舞台美術、広告デザインなどで活躍した人でして、
基礎がしっかりしてる人は何でもできるのだなァ…。
(ちなみに今年は雪岱の生誕から131年目です)
装丁は前の展覧会でたっぷり見ましたけど、彼の肉筆や挿絵をこんなに一度に見たのは初めてで
相変わらずの極細タッチと大胆すぎるくらい大胆な空白の使い方に改めて感心しました。
酒井抱一だってここまで空白取った絵描いてないと思うよ!

泉鏡花の本の装丁の仕事はやっぱりすばらしいです☆
透き通るような色彩の『日本橋』に、草木にかかる橋を行く女性たちが雅な『由縁文庫』、
真っ青な画面に鶴が飛ぶ『斧琴菊』、テキスタイルデザインみたいな『龍蜂集』、鳥たちと菜の花が美しい『雨談集』。
『鴛鴦帳』は月夜の小屋にたたずむ女性が本当に美しいんですよ…!
『鏡花選集』の風景は色鉛筆みたいな柔らかな色彩がいいなあ。
濃い色を嫌った鏡花のリクエストに応えるのが難しかったというのは雪岱本人がエッセイに書いてますが
静かで清かに、しかしふと目に留まるデザインが多くて素敵です。
(鏡花と雪岱は何度も一緒に仕事をしていまして、わたしの好きなエピソードは
雪岱が鏡花と初めて会った際に「色白で小柄で勝気な美人が男装したような方」と表現していたのが好き)
他の作家への装丁も、たとえば里見弴『多情仏心』の装丁は文字だけのシンプルなデザインながら
その文字が強烈なインパクトを放っていて見とれてしまう。

初めて知ったのが資生堂の香水瓶の装丁デザインもしていたこと!
雪岱は当時創設されたばかりの資生堂意匠部(現デザイン部)で働いていたことがあり、
「資生堂書体」と呼ばれるフォントの制作に携わっていたそうなのです。
梅の花や藤をイメージした香水瓶と箱に花の絵を描いていたようで
さらりと描かれた白描の花にミュシャを思い出しました。
資生堂アートハウスが所蔵する『日本歴史物語』の挿絵原画も展示されていて
織田信長や関ケ原の戦い(石田三成)、桜田門外の雪など。
どの絵も決して動きがあるわけじゃないのに情感があって引きつけられます。ほんとに不思議な魅力。

挿絵の原画。
主に新聞連載の小説に挿絵を寄せることが多かったようです。
邦枝完二の小説『おせん』は笠森稲荷の鍵屋お仙をモデルに人間模様を書いていて
このときの挿絵は雪岱の挿絵画家としての人気を決定的にしています。
「傘」の絵がすごくて、無数の番傘にまぎれて歩くお仙と男性の視線がかち合うシーンが
白描で見事に表現されていて、かつとても斬新なレイアウトになっています。
挿絵というより傘をデザイン的に散らしたような…リアルより見た目のバランスを追求したような。
雪岱が単行本の装丁や宣伝ポスターも手掛けたこの『おせん』は
人物デザインがどう見ても鈴木春信のそれで、
近くには春信の描いたお仙の錦絵もいくつか展示されていました。
雪岱は実際に春信の錦絵や青楼美人合などを所蔵していたらしい、勉強してたんだろうなあ。
同じく邦枝完二の『江戸役者』から挿絵がいくつか紹介されていて
八代目團十郎が主人公の物語だそうで、国貞のようなイケメン八代目がたっくさん!
(雪岱は国貞の描く人物が最も好きとエッセイに残しています)
この小説、ちょっと雪岱の挿絵と合わせていつか読んでみたいですね^^
屋形船から盃を持つ女性の手がチラリと出る絵もあって
これは松岡映丘が主宰する国画院同人展にも出品したそうです。
(雪岱の美術学校時代の担任は下村観山ですが美術院の五浦落があったのでほとんど学べず、
卒業後に松岡映丘のもとで学んでいます)
また同じく邦枝完二の『お伝地獄』もやっぱりすごい、
入れ墨の挿絵で背中に彫り物をする女性の目つきが強い。
川に投げ込まれたお初の挿絵は圧巻、真っ黒い水からに白い足がにゅっと出ていて
犬神家の一族のあのシーンは市川崑氏による雪岱へのオマージュなんじゃなかろうか…
などと思ってしまうくらいの強烈なインパクトがありました。
尾崎久弥『綵房綺言』の表紙は「春信画版」の朱印が押されて
描かれた女性たちもやっぱり春信風。
同じく尾崎久弥の『日本遊里史』や『洒落本集成』なども
春信の柳腰を連想させるポーズをとった女性たちがさらりと描かれていました。
吉川英治『遊戯菩薩』は江戸時代の吉原が舞台の小説で、挿絵も江戸風俗がきちんと考証されていますが
いきなり平賀源内が(後ろ姿で)登場し主人公を座敷に呼び出していて仰天しました。
んまあー雪岱さんたら春信だけじゃなく源内も描いてるわよ!(なんだオマエ)

林房雄『西郷隆盛』第二部は新聞連載の時の挿絵原画で
第86回「巨盃」の挿絵は雪岱の絶筆。
仕上げた2日後に倒れ、そのまま亡くなったそうです。
世田谷区の妙高寺に雪岱のお墓があり、東京画人雪岱碑と題した墓碑が建てられているそうですが
その拓本が展示されていました。大きかったー!
文は里見弴によるものだそうです。いつかお寺に本物を見に行きたいな…。
また、雪岱が亡くなった際には遺族から挿絵の依頼主に原画が贈られたそうで
矢田挿雲「義士余聞」はその原画を掛軸に貼りつけたものでした。
思ったより小さなサイズだったのは縮小コピーという機能が当時はなかったからかも。

肉筆画もたっぷり。
藝大卒業制作である「春昼」は泉鏡花の小説にヒントを得ていて
ぽつんと立つ社の周囲を蝶が優雅に飛んでいます。
「柳」も卒業制作といわれ、大きな柳の木が画面いっぱいに描かれています。
「唐津くんち」は縦長の掛軸で、屋根の街並みを割っている大通りの人混みの中に
曳山がぬっと頭を出している迫力のある絵。
「春告鳥」はキービジュアルにもなっている絵で、
柳の下にしゃがむ女性がいましも鶯のさえずりを聞いてハッと振り向いた一瞬をとらえていますが
動きが感じられず時が止まったかのような静謐さがあります。
「武者絵貼り混ぜ屏風」は源義家・ヤマトタケル・平忠度・童子をそれぞれピンで描いた絵を貼りつけたもので
こちらはどの人物も動きというか、風を感じさせる雰囲気。
「見立寒山拾得」はしゃがんで向かい合った人たちがかわいいし、
「赤とんぼ」は国貞のようなバストアップに赤とんぼという目を引く演出、
団扇絵の「月に美人」は新月の夜に橋の上にたたずむ女性の後ろ姿が何だかドラマチック。
「柳橋」は横に大きくて、橋の上に2人、川の船の上に2人の女性たち。
「七夕」は機織り機のミニチュアを持った女性がしゃなり。
「白衣観音」は竹林の磐座に静かに座る観音菩薩が美しい。
「絵番付」は畳に芝居の番付を広げた娘が夜空の月を見上げている絵で
これは演芸画報という雑誌の表紙にそのまま使われたそうな。
初公開の「蝶」はたたずむ女性の周りにひらひらと蝶が飛んでいて
これも雑誌「苦楽」の表紙になったらしくて隣に実物が展示されていました。
「雪の朝」と「青柳」は過去に観たことがあって「落ち葉」は初めてだなあ、
人物は描かれていないのにしんしんと降る雪の下にともる窓の明かりと
畳に置かれた三味線と、開け放たれた和室の長机で人の気配を感じさせるのがすごいのです。
そしてどの絵も空気が澄んでいるように感じる。

雪岱の絵はリアルではないし、線は極細で柔らかいけど全体的な柔らかさはなくて
動きがなく時が止まった絵というか、仏像やお人形さんを描いたような雰囲気があるというか
何と表現したらよいか未だにわからない。
どの絵もとてもきれいで静かで、写真のような時間を感じさせるとでもいえばいいのかな…
そして時としてわかりやすく描かれた絵よりもずっと鬼気迫る殺伐さや切なさを垣間見せたりする。
たぶん人物の切れ長の目がそう思わせるんだろうな。

「私にとりまして、一番嬉しくも有難いのは、その仏像なり、または古画や浮世絵等の名作で
実にほれぼれとした、その俤を現在の人の上に見出した時であります」
『小村雪岱随筆集』p.16「推古仏」より


常設展にも雪岱作品がいくつか出ていまして、
「夜雨」はそぼ降る雨の中、屋形船の簾から少しだけ顔を出す女性が雅だし
「如意輪観音」は坐した観音像を淡い色遣いで描いているし
「太刀の図」は藝大時代の絵だそうですが描きこみの細かさから意匠への意気込みを感じる。
雪岱の叔父である小田容亭(川越出身の日本画家)の春蘭図も展示されていました。
容亭のお墓は川越の光西寺にあるそうなのでそのうち訪れてみたいです。
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