鏡からは逃げられない。

上野の森美術館で開催中の「ミラクル・エッシャー」展に行ってきました。
生誕120年を迎えたマウリッツ・エッシャーの回顧展で、
出品されるのはすべてイスラエル博物館が所蔵している作品だそうです。
結構、事前の宣伝を多く見かけたので予想はしていたけど案の定初日から混んでるみたいで
休日は朝から1時間待ちの行列ができたというツイートを見かけてすわ!と大慌てで行ってきました。
展示替えがないから時期を選ばなくていいのは助かりますね。
混雑は朝と午後がピークで、お昼はいくらか待ち時間が減るらしいので
お昼の少し前に行きましたら入口に40分待ちの札が出ていて
どうしようかなァと思ったけど結局並んで鑑賞しまして、
入ってからも中はかなりの混雑で絵の前に常に10人くらいが集まってなかなか最前列には出られない感じ。
この日がちょうどエッシャーの誕生日だったことも影響していたかもしれませんが
会期は2ヶ月しかないし今後もどんどん混んでいくと思いますので気になる方お早めにどうぞ~。

「写像球体を持つ手(球面鏡の自画像)」の看板。
エッシャーが鏡像をモチーフに作品作りを始めたのは30代からで、これは37歳のときの絵。
真っ平な鏡に映ったものよりも、球体に映るぐにゃりとした景色を描くことに興味があったようです。
球体を持っている手は左手ですが、これは版画なので反転しているため
描かれているのは実は右手なのですよね。(エッシャーは左利き)
彼は鏡像について、「球面鏡を見ると自分自身の顔、両目の中央が中心に来る。
どんなに自分を移動したりねじ曲げたりしても鏡の中心点からは逃れられない。
球面鏡を見る人は不動のまま世界の焦点となっている」という内容の言葉を残しています。
鏡像がテーマの作品は他にも展示されていまして、
「鏡のある静物」は一枚の鏡の周りに本や蝋燭、コップに入った歯ブラシなどが並んで生活感がありますが
鏡の中には屋内ではなく屋外、つまり街の景色が映っているというもの。
鏡の向こう側は非現実世界に通じているのか、それともこちら側が非現実なのか、
ちょっとくらりとする作品だと思いました。おもしろいね。
「水たまり」は、雨上がりの濡れた地面に自動車や自転車のタイヤ跡や人の足跡がついた水たまりを描いていて
水面には森の景色が映り込んでいます。
エッシャーがコルシカ島で見た木々がモデルだそうで素敵なデザインですが
こんな形の水たまりの作品を見るのがたぶん初めてで、そっちの方がインパクトでした。
水たまりってだいたい円形で表現されてる絵や写真が多いから…。
本と新聞が積まれた上に球面鏡を乗せた「球面鏡のある静物」は
鏡像の中にエッシャーとアトリエが小さく映っていて、
その傍らにシームルグが静かにたたずんでいるのが印象的な作品。
(シームルグはペルシャ神話の人面鳥でエッシャーはこの鳥をしばしば作品に登場させます)
あと、これはちょっとしたことなのですけども
この絵が掛けられていた壁の両脇が天井まで鏡張りになっていたのがおもしろかった!
「上野の森ってこんな奥行あったっけ?」と一瞬だまされかけて奥へ歩こうとした矢先に
自分が映っていたので気づきました。楽しい☆

「相対性」の中の階段を昇っている人が展覧会ロゴにデザインされていた^^
館内のカフェやお手洗いの表示にも彼らがペタペタ貼られていてかわいかったです。
あと1階展示室から2階へ行く階段の壁にはでんぐりでんぐりがいて応援してくれる。
エッシャーというとやはり晩年のだまし絵や幾何学的な作品が有名ですが、
今回は他にも様々な作品を展示してくれていますので
エッシャーの画業について総合的に鑑賞することができました。
初めて知ったのですが、彼は木版もエッチングもリトグラフも基本的には自分で彫って摺っていて
年齢とともに画風が変化するのではなく同時期に色んな技法を取り入れてチャレンジしているのですね。
レンブラントのエッチングを模写した「貝殻」は20代のときの作品で、
もうこの頃から既にそっくりリアルに模写するのではなく彼なりにデフォルメを始めていて
ああエッシャーは青年時代からエッシャーだったんだなと思った。
「とげのある花」は茎じゃなく花びらそのものにとげがあって「そこ!?」ってなるし、
「蝶」は絵の上部でひとつの白い模様だった蝶たちが下部でバラバラと離れて自由に飛んでいくし
マルタ島の街を描いた「バルコニー」は真ん中だけ魚眼レンズみたいに膨らんでるし
「版画画廊」は青年が展覧会の壁に自分が描かれた作品を見ていることで
青年も作品の一部なんじゃないかと後から気づくのがドキッとする。
(ちなみに版画画廊のアイディアはバルコニーから生まれたとエッシャーは語っている)
神話の絵や旅行スケッチなども。
旧約聖書の創世記から「天地創造」シリーズ、絵柄はやっぱりシュールですけど
個人的に「二日目」の大雨が降りそそいで海ができる絵はモノクロの迫力もさることながら
幾何学的な雲と波のデザインがすごくきれいだと思いました。
「人類の堕落」はヘビがイヴをそそのかす場面を描いていますが
ヘビに手足が生えていてより爬虫類っぽさが増しているというか、
このまま大きくなったら巨大ドラゴンになりそうな、ちょっとおもしろい表現でした。
イタリアが大好きだったというエッシャーは各地を旅行してスケッチをして
帰宅してから版画作品として制作していたようで、
あまりに気に入ったのかファシズムの台頭でスイスに移住する1935年までは実際に暮らしてもいたようです。
サンジミニャーノ、ローマ、コルシカ、シチリアなど、あらゆる地域を描いていますが
いつも決まって構図が「手前に大きな山と切り立った崖、道が奥に続いて街も見える」みたいな、
お決まりのパターンに収斂していくのはやっぱり個性なんだろうか。
中でもアマルフィ海岸は住んでいたこともあって描きこみが細かかったです。
カストロヴァ・アプルッツィ地方の絵には「STAMPATO I. CRAIA, ROMA」と書いてあって
何の事だろうと思ったら印刷工房の名前なんですね。
日本の錦絵も版元の名前が入っていたりしますけど、イタリアにも似た事例はあるんですな。
基本的にエッシャーの作品に登場する人物は架空のキャラクターなので
目鼻がなかったりする場合が多いですけど、
自画像や家族の絵を描くときはきちんとその人とわかるように描いていたそうです。
まだ若い頃のエッシャーを描いた「椅子に座っている自画像」は
顎に手を添えて口元だけニヤリとさせた雰囲気の本人が
下からアオリの構図で描かれていて何だかニヒル。
エッシャーが作品に自分を登場させることは少なく、現時点で12点ほどしか確認されていないとか。
家族の絵もあって、父親のジョージ・エッシャーの肖像は
サンバイザーをつけたジョージが拡大鏡で新聞を読む姿を描いています。
「妻イエッタの肖像」は百合の花を持つイエッタが目を閉じた姿で美しい、
全体に太い縦線が入っていて強烈です。
(この絵を描いた数か月後に2人はローマに住み始めたらしい)
「表皮」も同じく妻のイエッタの絵ですが、空中に螺旋状に浮いているリボンの表面に彼女の横顔を表現したもので
これはウェルズの『透明人間』で透明になった主人公が自分の顔に包帯を巻くシーンを読んで思いついたそうです。
版木も展示されていて、雲の版木2枚とリボンの版木1枚。よく残ってたもんです。
「ひざに猫を置いて座る男」は架空の人物のようですが表情がちゃんとあって
膝の白猫も気持ちよさそうに眠っていて素敵な絵です。
あ!エッシャーの版画には猫もしばしば登場するよ^^
近代の画家の例に漏れず、エッシャーも広告やカードなどをデザインしています。
ハーグのレストラン「インシュリンデ」のためのエンブレムは鳥と小屋と南国の木があしらわれていて
「南洋酒樓」と漢字が入っていたことにびっくりしたし、
「漢字用便箋のためのデザイン」にも、「十態風炎歌夷鳥」「十洲錦繡報春萼」と漢字が入っていて
柳などの植物が揺れる欄干に鳥がとまって鳴いている絵が素敵でした。
エッシャーもメンバーだったオランダ蔵書票協会のための年賀状(グリーティングカード)は
ナチスに抵抗したオランダのレジスタンスへのオマージュになっていて、
井戸の中でたくましい手が梯子をつかんで外へ出る、まさにその瞬間を描いていて
外の景色、滑車の向こうに広がる空には鳥も飛んでいて自由の象徴のようだし
「WIJ KOMEN EUR UIT!(我々は脱出する)」のメッセージがアツイ!
三男ヤン・エッシャーが生まれたときの誕生通知カードは
ヤンが眠る小舟の上を小鳥たちが舞い、水面には魚たちが顔を出して祝福しているのがかわいい。
アッセルヘルフのための年賀状は海に浮かぶ船が中央に描かれているけど
波は下部では魚たちにメタモルフォーゼして、まるで魚が船を乗せているように見えてきます。
だまし絵もちゃんとあるよ!ここが一番混んでましたね。
美術の教科書ではもちろん、画集やマンガや映画などあらゆる場所で使われているエッシャーのだまし絵ですが
見慣れているはずの「滝」「相対性」でさえ、何だかそわそわして見てしまったのは会場の雰囲気かな。
「上昇と下降」は昇っても昇っても高いところに辿りつけないぐるぐる階段ですが
これはライオネル・ペンローズとロジャー・ペンローズ親子の論文「不可能なオブジェクト」にある
三角形に触発されたらしい。
親子が三角形の絵をエッシャーに送って、エッシャーが「上昇と下降」に仕上げたそうです。
(ちなみに「滝」もペンローズの三角形がヒントになってできた絵だそうです)
エッシャーが作り出した架空の虫「でんぐりでんぐり」が
無数にゴロンゴロンと転がりながら徘徊する「階段の家」は消失点が2箇所あって
重力の向きもコロコロ変わるから見ていてぐるぐるする作品。
「でんぐりでんぐり」の絵もあって、転がりながら前進する様子が何ともキモかわいい。
(ちなみに「でんぐりでんぐり」という名前は過去にBunkamuraの学芸員さんがつけたそうです)
絵にはエッシャーがこの虫について説明したオランダ語の文章がびっしり書かれているのですが
公式さんが日本語訳を載せてくださっています→こちら なるほどわからん(爆)。
最後にあった「メタモルフォーゼⅡ」は4mもの超大作。
metamorphoseの文字→トカゲ→蜂→魚→鳥→建物→チェス駒→metamorphoseの文字と
横へ見進めていくとモチーフが少しずつ形を変えながら別のモチーフになっていきます。
何だか絵巻物を見ているような気分。
モチーフは劇的に変わるのではなくいかに鑑賞者が違和感を持たずにひとつの流れとして受け入れられるか、
細心の注意が払われているように感じたし
ひとつひとつが細部まで丁寧に緻密に綺麗に仕上げられているのもわかって
何という計算し尽された作品なのかと思いました。
ましてや描かれているのは鳥や虫など、普段から目にする現実性のあるものばかりで
それらが少しずつ変化していく非現実性に頭がくらくらします。楽しい!
「湧き出たインスピレーションに比べればどの作品も失敗。
あるべき姿の片鱗さえもそこには表現されていない」マウリッツ・エッシャー

ショップでプリントクッキーをげっと!職場へのお土産にします。

相対性の絵の中に入れる体験コンテンツ「ミラクルデジタルフュージョン」もやってきました。
ここでは写真や動画撮影が可能です。

まず、四角い太線で囲われた場所に立ちます。2ヶ所あるのでどちらに立ってもOK。
反対側の壁にカメラがあって、レンズに向かって10秒間適当に動くと
撮影した動画を相対性の絵と合成して動画を作ってくれます。
動画はモニターでの撮影ができるほかQRコードももらえますので保存して持ち帰れるよ。

動画のスクショの一部です。階段の途中にいるわたし。

階段やバルコニーの上に立ち手を振っているわたし。
服が青と黒だから全然目立たないね(^^;)世界観がモノクロなのでこれはこれでありかな…。
目立ちたい人は赤や黄色の服を着ていくといいかもです。
動画は絵の人物たちもCGで動いていて、階段を上り下りしたりピョンと跳ねて重力変化に対応したり
ちょっとリーチが足らなかったのか転びそうになったりしている人もいます。
そしてまったく違和感がなくてすごい…動画を制作したスタッフさんの力もさりながら
エッシャーの作品てこんなにもCGとの親和性が高いのだと思いました。
たぶんエッシャーが現代に生きていたらCGでむちゃくちゃ遊んだと思う。
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 ジャンル : 学問・文化・芸術
NoTitle
- 2018/06/21(木) 03:13:41 |
- URL |
- hippopon
- [ 編集 ]
上野の森でやってるんですね。
やっと少し歩きだして、このごろ上野公園にいることもあるんです。
苦手あところもあるけど覗いてみようかしら?
Re: NoTitle
- 2018/06/23(土) 21:57:09 |
- URL |
- ゆさ
- [ 編集 ]
エッシャーは不思議でおもしろいですよね!
上野の森、怖い絵展とまではいかなくても混んでいます。お気をつけて。
上野公園のお散歩いいですね^^
梅雨が明けたら不忍池の蓮の花が咲きますね。楽しみ。
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