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Once upon a time in 縄文。 

2018, 07. 27 (Fri) 23:50

jomonten1.jpg
東博の特別展「縄文-1万年の美の鼓動」に行ってきました。
縄文時代の造形美にスポットを当てた展覧会です。
わたしの縄文時代の知識は中学生のときの歴史の授業で止まっていて更新されてないんですけど
今回は考古資料に美術の視点から迫ると聞いてそれだったらわかるかもしれない…とか
あと東博さんはいつも適度な解説をキャプションに書いてくださるから不勉強でも何とかなるかも…と思って
おっかなびっくり行きましたら予想を超えてはるかにおもしろかったです。
特に土偶が!一度にあんな量の土偶を見たのは生まれて初めてかもしれない。

最初は縄文時代の人々の生活に関する展示から。
土器や水差し、武器や装身具など生活に使われたであろう展示物がズラリと並んでいました。
大きな漆塗彩文鉢形土器や微隆起文土器など、現代でいうお鍋や炊飯器にあたる容器は
彩文や微隆起文など大ざっぱに模様をほどこしている。
漆塗木製水差は三角形の形をしていて、発見時に種実が入っていたことから
果実酒を入れたのではないかと考えられているそう。
木製網籠、通称「縄文ポシェット」は植物などで編んで作られた小さな籠で
もはや何の植物かわからないくらい真っ黒でした。
中にクルミの皮が残っていたとのことでそれも展示されていたよ~古代のクルミ!ロマン!!
この籠の持ち主はクルミを食べていたのか…そうか…(謎の感慨)。
壺型土器は鹿児島県の出土品で、シンプルな造形で弥生土器っぽいんだけど
現在確認されているものの中では年代が最も古いそうで、
この形をいち早く作った南九州の人々の先見性!
鹿角製の銛頭や釣針の形は現代とほぼ変わってなくて
こういう道具の形ってこの頃には完成していたんだなあと。
漆塗りの櫛やかんざし、貝から作った貝輪などの装身具からは当時の人々のおしゃれや美意識が見てとれます。
土製耳飾りは見事な透かし彫り!モチーフは花なのか植物なのか水流なのか…どれにせよ美しいです。
現代のイヤリングみたいにてっきり輪っかを耳たぶに挟むのかと思っていたら
耳たぶに穴をあけて耳飾りをまるまる嵌めこむらしい!
イメージ図が描いてあったけどあれ痛くないのかな…ものすごく耳たぶ膨らませてますけども…
お釈迦様や聖徳太子レベルの耳たぶが必要と思われ。。

千葉県松戸市で出土した関山式土器(いっぱいあった)は
どれも表面に縄の文様がびっしりついていて、まさに縄文土器でした。
そもそもなぜ縄文の人々が土器に縄の模様をつけたのかは色んな説があるみたいですけども
ここまで縄だらけだと本当になぜ?って改めて疑問に思えてくる…どんな意味があったのかな。
新潟県十日町市で出土した火焔型土器がわーっと並んでいるのは迫力ありました!
土をけずるというよりも粘土で形をつくって焼く工程らしいですが
改めてよく見ると本当に複雑な形をしていて、どうやってこのデザイン思いついたんだろ…
見た目が派手だし結構な大きさですからすごく見栄えがしてかっこいい!
(…ええと、あまり同志がいないので口にする機会が少ないんですけど
わたし火焔型土器を見るといつもソフトクリームのコーンを思い出してしまうんです…。
上部が広くて下部が狭いのと、模様がついてるのと、何より茶色っていう点がコーンっぽくないですか…?
なので今回もでっかいソフトクリームがドサッと乗っかっている様を妄想しておりました。ごくり
こんなコーンでソフトクリーム売ったら絶対人気出ると思うけどな。どこかぜひ)
火焔型は群馬から新潟にかけての地域に出土していると聞いて
てっきり現地の流行なのかと思ったのですが、
そもそも縄文土器や土偶のデザインはかなり地域性があることがわかっていて
様式の囲い込みがあったのではないかと考えられているようです。
当時は既に各地域間の交流や移動がありますから、それで全国的に普及しなかったということは
やっぱりそういうことなのかな。

世界の土器との比較コーナーではインダス、メソポタミア、エジプト、中国、キプロスなど
各国の文明社会においてどんな土器が作られたかを見比べられるんですけど
(主に紀元前3000~2000年前前後を中心に比較していた)、
どこの国も弥生土器みたくつるりとして実用性重視だったり、表面に赤や白などの色が少し残っていたり
キプロスでは石灰で白の文様を入れたり、中国ではお皿の中心に魚の模様を描いていたり
イラクでは既に大量生産が始まっていたり(展示されていた無文杯には糸切りの跡があるらしい)
エジプトでは自分の土器に魚のようなマークを刻んでいたり(ヒエログリフの前の文字といわれる)
生活用品の形や用途の情報を世界中で交換していたのでは…などと思わせる共通性と非共通性。
そんな中に日本の火焔型土器が展示されているとデザイン性や装飾性が高すぎて異様でさえある。
大阪で出土した弥生土器の甕もあったけど、縄文時代よりもずっとシンプルになっていて
煤やお焦げがついていて生活感がありましたね。
まあ確かにこの形の方が料理には使いやすいかも…洗うのも楽そうだし^^;
あと、どこもこの時代はあまり色を使ってなくて茶色か白か黒が多いんですが
ここから数千年後には世界中でカラフルな食器を作り出すわけで、
それを思うと文明社会の進歩とカラフルを導入した人々の革新性が際立ちますなァ…。
色彩感覚やデザイン性は国ごと民族ごとに異なりますが、カラフルに進んでいく点は共通する人類。
そしてルネサンスや革新を繰り返してカラフルやシンプルが共存する現代に続いている。ロマン。

国宝に指定されている縄文史料コーナー☆
新潟県十日町市出土の火焔型土器はピン展示されてました!
十日町市の火焔型はさっきもいくつか展示されていたけどこの国宝指定の形は群を抜いてすばらしく、
やっばいこれでソフトクリームたべたい…とか、もう何度目かわかりませんが思ってしまった。
去年の国宝展にいたNo.1と一緒に出土したNo.6ちゃん…!かっこいい。
去年はどうやって作ったのか知らなかったけど、今回は土器の特徴などもさっき見てきたから
粘土を貼りつけてこういう複雑な形を作っていったこともわかっているので少し冷静に鑑賞できました。
細かい部分は欠けてしまったみたいですがそんなのまったく気にならないレベルの造形美だし
そもそもこんな形を作って焼いて、しかもほとんど無傷で土の中から出されて保存されて…。
ものすごい幸運と努力が重なって今この土器はこの場所にいるんだなとしみじみ。
土偶コーナーでは合掌土偶ちゃんにも久々に再会、4年前の国宝展以来ですな。
縄文のビーナスと仮面の女神がいらっしゃらなくて、スケジュールを見たら来週から展示されるとのことで
タイミングが合わなかったぐぬぬ、去年の国宝展で会えておいてよかった。
そしてそして!国宝展で会えなかった縄文の女神と初公開の中空土偶に会えたのうれしかった~!
女神のくびれとつるりとした背中、中空の欠けた部分から内部がチラ見できるのドキドキします。

後半は怒涛の土偶ラッシュ。
全身を細部まで細かく作ったものからデフォルメされたりシンプルなデザインだったりと
年代によって様々な形があるようです。
草創期の土偶はとても小さくて、頭や手足がなくて胴体のみというトルソーみたいな物なんですけど
やがて板の形をした板上土偶が作られ頭と胴体になり、筒型やポーズ土偶など手がつくようになり
最終的に遮光器やハート型やみみずくみたいな五体の形になっていったみたいです。
他にも頭のみとか三角形(膣?)とか、部分的な土偶も出土しているらしい。
線刻礫(草創期)は石に線を刻んで女性像をあらわしたものですが
石に絵を描くという表現方法がこの頃からあったとわかるし、
同時代にはミロのヴィーナスを始めヨーロッパでヴィーナス像がさかんに制作されていたこともあって
それらとの比較研究も行われているらしい。
多摩ニュータウン出土の土偶は手足がつけられ始めた頃のもので
ボディは板状、頬に石灰で白いラインが入れられているのが特徴だそうで
お化粧のようなイメージなのかな。
(ちなみに彼女は大英博物館へ出張したこともあるそうだ)
山梨県出土のポーズ土偶(胸に手を当てたポーズをとってる)が細い目に細い口で猫みたいな顔してるんですが
頭にも猫耳みたいな突起があって!もう猫にしか見えなくなった。
そして土偶といえば!な遮光器土偶が、見慣れているせいかやっぱり一番おもしろかった!
特につがる市出土の遮光器さんは教科書にも載っている有名人ですし
造形や文様の細かさも群を抜いてレベルが高いと思います。相当腕のたつ職人が作ったのではないかと。
何よりあの顔が味わい深いですよな…ずーっと眺めていても飽きません。
(わたしこの土偶がモデルのシャコちゃんがすごく好きでつがる市に見に行ったこともあります)
あと去年に本館で見たハート型土偶ちゃんにも再会。
何度見ても不思議な造形で、視線の先が気になります。何を眺めているのかな…。
みみずく土偶は3点展示されていましたがすべて埼玉県内の出土品だった!うおお。
特に鴻巣市出土の土偶が中空で自立もできて完成度が高いみたい。
横浜市出土の筒形土偶は2年前の考古室のリニューアル時に見ましたが
このお顔は太陽の塔のあの顔のモデルだそうです(岡本太郎が見たらしい)。
結髪土偶は、見た目が髪を高く結った姿に見えることから名付けられたみたいですが
これ髪型としては室町時代後期~江戸時代あたりに存在しても違和感ないぞきっと…!
全身に針でさしたような穴があいている刺突文土偶の凄まじさ、
これデザインした人何考えてたんだろう…呪いか何かかと推しはかりたくなるレベルの狂気を感じる。
(いや、まったく意味はなくてただの模様という可能性もあるけど)
相模原市の土偶装飾付深鉢型土器は容器の縁に小さなポーズ土偶がくっついていて
うっかり「コップのフチ子か!」とか突っ込むところだった、
コップならぬ土器のフチ子…ちょっと、見たい。
山梨県の顔面把手付深鉢型土器は縁に顔がついて、さらに胴から顔が突き出ているので
把手の顔は母親で胴の顔は子ども、つまり出産ではないかと考えられているそう。
顔面付石製品が…パッと見シーマンを思い出してしまって…いやはや。。

土製品コーナー。こちらは人型だけではなく動物の形も多く作られたようです。
土面は顔につけて祭礼などに使われたのかもしれませんが
これ目も口も穴がふさがっているので装着したら完全に前が見えない!どうするんだろう。。
羽生市出土の土面は茶色の表面にうっすらと赤と黒が残っていて
隈取のような化粧が施されていた可能性があるそうです。
動物の土製品で最もよく作られたとされるのは猪で(逆に鹿は作らなかったらしい)、
会場には弘前市から出土したという猪が展示されていまして、かなり写実性が高い作品でした。
隣には小さな猪像があって(ウリ坊かな?)こちらはだいぶデフォルメされていましたね。
蛇形装飾付きの壺や鉢形の土器は大きなギョロ目で口をくわっと開けた蛇の把手がついているけど
割と単純化されていて古代エジプトやローマの壁画にもいそうなデザイン。
とぐろを巻いた状態でくっつけられているのとかあって結構、迫力がすごかったです。
さらに海獣型土製品も作られていた!
確かに水中哺乳類はこの時代には既に今と似たような姿形になってますけど
まさか当時の人々がここまで作っていたなんてまったく知らなくてびっくり。
出土したのは函館市とキャプションにあったので、確かにそれなら人々は海の近くに住んでいたろうし
漁で海へ出ることもあったろうし、海獣を目撃することも、こうして形にすることもあったろう。なるほどなあ。
海獣といえばクリの木に彫刻をほどこした彫刻木柱(2.5m)は大量のイルカの骨と一緒に発掘されたので
イルカを神として祀る人々のものではないかと考えられているそう。
(そして今のところそれらは能登など北陸でしか見つかっていないらしい)
植物の土製品もありましたがこれがまたすごかった。。
キノコの形をした土製品があったんですが今までの土製品は何だったのっていうくらいリアルで写実性が高くて
えっこのキノコ食べられるんじゃないの…とか一瞬思ってしまったよ。
同じく隣にあった巻貝土製品はそれ以上のクオリティで本当に海から拾ってきたかのような作品で…!
なんなの、これを作った人は何と戦っていたの、自分自身か。そうなのか。(落ち着け)
あと、リアルとはちょっと異なりますが
手形・足形付き土製品は手のひらサイズの平べったい粘土に手形や足形が押してあるもので
だいぶ薄くなっていたけど5本の指の形ははっきりわかったし、
何より人が作ったものということが体温をもって感じられたよね…。
サイズが小さいので子どもの手足ではないかと考えられているようです。親御さんが作ったのかな。
他にも子どもを抱いた姿の土偶(首がなかった)とか、土偶の形をした容器なども展示されていて
容器には乳児の歯や骨が納められている状態で発掘された事例もあるみたいです。
これらがどういう目的で作られたのかは不明ですが、こういうの見ると
縄文時代の乳児死亡率の高さや平均寿命30歳前後というのを思い出すし
つまりわたしはあの時代なら既にいなくなってるってことだし
決してユートピアではない、とても困難な環境に生きていた人々がいたことを出土品は教えてくれるわけで
今後も共有財産として文化財としてずっとずっと残してゆかねばならないなァとぼんやり考えたのでした。
土偶はやっぱりかわいいしおもしろいと思ってしまうんですけどね…時代背景を考えるとやっぱり祈りのためかな。

あと、土製品の展示ケースの間にちょこちょこ柱が建っているのですが
柱の真ん中の部分はガラスケースになっていて、
縄文時代の人々の服装や生活を復元したフィギュアが展示されていました。
「大きな槍を携える旅の狩人」は精霊の守り人のジグロみたいでかっこいし
「獲物を待ちぶせる少年と愛犬」は弓をかまえる少年がかっこいいし
「秋の森の恵みをムラへ」は縄文ポシェットに目がいっちゃったし
「ヒスイの首飾りが似合うムラのリーダー」は足元のウリ坊がかわいいし
「母から子へ伝える土器づくり」は粘土こねこねする親子が微笑ましいし
「神への祈り。土偶をかざす青年」は神々しくさえあるし
何より展示されていた土偶や土器などを当時を生きた人々が手にしていたという当たり前を
リアルに想像できてとても楽しかったです☆
写真撮れたらよかったのにな~~撮りたかった…あらゆる角度から…!
作者は藤森英二さんと書いてあってどんな人かなぁとぐぐったら
長野県の現役学芸員さんで考古学者でもあられる方とのこと!
ご本人のブログによると土器づくりと土偶をかざす青年は新作らしいです。素敵。

芸術家と縄文土偶。
柳宗悦が持っていた岩偶は岩をけずって作られたもので
マスクマンのような顔とパフスリーブみたいな腕をもつ大変個性的な形をしています。
柳は相当気に入っていたらしく自作の箱に納めていて、その箱も隣に展示されていました。
柳の弟子だった芹沢銈介も土偶をいくつか所持していて
特に気に入っていた遮光器土偶はツインテールで滑らかな体格。
濱田庄司が持っていた遮光器土偶はカネゴンみたいな顔をした愛敬あるデザインで
ちょっと首をかしげたような、とぼけた表情も味があってよいです。
(ちなみに濱田氏は縄文愛が炸裂して模造品も作っています)
川端康成がハート土偶と一緒に写っている写真はユーサフ・カーシュが撮影したものですね。→こちら

この後は楽しい撮影コーナー☆
岡本太郎が愛した東博所蔵土器の一部が撮影できます。
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岡本は1951年に東博で縄文土器と出会い衝撃を受け、美術手帖に論文を発表し、
その論文を含め自分で撮影した土器や土偶について書いた『日本の伝統』という本も出版しています。

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岡本が東博で見た顔面把手。どんな土器に付いていたのかな…。

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同じく岡本が東博で見た3つの深鉢型土器。すべて縄文時代中期のものです。
「爛熟した中期の土器の凄まじさは言語を絶する」と語っているそうで
あの岡本太郎が言葉をなくすとか、もうそれだけで彼が受けた衝撃が伝わってきますね。
身振り手振りでものすごく言葉を尽くして自論を語る人というイメージがあるので…そんな彼も黙ると。
「ガンジーでも助走つけて殴るレベル」と同じ用法で「岡本太郎も全力で黙るレベル」なるスラングができそう。


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平成館入口にあった「びじゅチューン!なりきり日本美術館」関連展示の、火焔型土器レプリカ。
レプリカなのでさわれます!(持ち上げるのは×)
表面はざらざらゴツゴツしていて、これたぶん触感までリアルに再現されてるんだろうな…!
目の見えない人にもさわって形を確かめてもらえるし、
何より普段は絶対にさわれない本物の代わりにレプリカで体験して
「これがもし本物だったら…!」などと妄想たくましく遊べるのも楽しい。レプリカばんざい。
(なりきり美術館については次回記事でレポします)

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割と低い位置に置かれていたので上からも撮影できた。
夏休みでお子様がたくさんいらっしゃってるので、おさわりしやすいようにの配慮かもしれない。
(願わくばいつかひっくり返して裏底を見てみたいものです)

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考古室にも行ったよ~。
縄文展を鑑賞した後だと土器の変遷や模様の流行がよくわかります。
装身具や生活用品などの展示もあってコンパクトにまとまっていてわかりやすいので
こちらを見てから縄文展で当時にどっぷり浸るのもよいかも。

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みみずく土偶のレプリカもあって、これは手に取って持ち上げられます。
(本物は縄文展に出張中)
結構ずっしりしていましたが、これ重さも忠実に再現されてるんだろうか。

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本館にも行きました。2階にある火焔型土器(伝新潟県長岡市出土)。
縄文展にあったのと同じように鶏冠状の把手がついています。やっぱりかっこいいなあ。
この土器の隣にもレプリカが置いてあってさわることができますよ~。

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うちにある遮光器土偶ストラップ。
東博所蔵の遮光器土偶(つがる市出土)がモデルで、6年前の博物館に初もうでの先着プレゼントです。
いつ見ても最高ランクのクオリティに感動する。
この子を連れて行って考古室で写真撮ろうと思ってたのに持って出るの忘れてしまった~~アホ~~~!
展覧会に出張中のシャコちゃんが考古室に戻って来たらまた連れて行ってツーショット写真撮ろうと思います。


で、さっきも少し言いましたがこの後は東博本館にて
「トーハク×びじゅチューン!なりきり日本美術館」も鑑賞してきました。
長くなりますので次回記事にてレポします☆
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