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ゆさな日々

猫・本・歴史・アートなど、好きなものやその日考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。


五つの指輪。

  1. 2019/09/03(火) 23:50:34_
  2. 絵本・児童書
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菅野雪虫さんの『アトリと五人の王』を読みました。
9歳~19歳までの、ひとりの女の子の人生を記した物語です。
タイトルにある通り、五人の王様と出会ってお別れするお話ですし彼らと結婚も離婚もするのですが
(誰かと別れるたびにアトリの指に黒い指輪が増えていくのがしんどい)、
アトリの人生の中で彼らはアトリに大きな影響を与えては通り過ぎていくだけで
ただただ目まぐるしく変化する環境に対しアトリがどう考え立ち向かうかに比重が置かれ延々と描かれていて
ページをめくる手が止まりませんでした。
電車に乗りながら読んでたんですけど乗り換えの時間さえ惜しくて早く次の電車乗らなきゃ…ってなってた、
久し振りによい読書の時間でした。

アトリの行動力がとにかく凄まじい。。
両親である国王と王妃から知識も常識も愛情も与えられなかったアトリが、結婚という形で城の外に出て
最初の夫になった月王と、彼に仕えるサヤとエンジから知識・常識・愛情を与えられながら半年を過ごし、
学習の喜びを知り、無知の歯がゆさを悔しがり、地域の人々の力になりたいと思うようになり、
自分は変われるかもしれないと自己肯定していく過程がものすごく胸にくる。
月王が亡くなって実家のお城に戻った後は貪欲に本を読んで知識をつけ、お城の人々の仕事を見て回り、
こっそり城下に出かけては人々の暮らしや国の物流・経済について観察し考えています。
アトリのこの姿勢はどの王と一緒にいるときでも変わらなくて、トナムと一緒に歴史を学ぶし
ザオに法律の知識を与えるし、イムの即位に湧く人々を冷めた目で見るし
投獄されてもエンジとロルモからもたらされる情報を頼りに牢獄の人々の力になったりする。
目の前の出来事を冷静に見つめ、知識と経験を頼りに、時事と最新情報をたぐりよせアップデートしつつ
常に最善を尽くそうとするアトリはかっこいいです。
ザオを殺したイムに軟禁されたときも「情報があれば交渉できるのに」とか考えられるのすごい、メンタルゴリラすぎ。
知識と情報は生きるために、あざむかれないために、肝心な瞬間を自分で判断するために、
誰かに手を貸すために不可欠なものだなぁ…と改めて思いました。
あと、逐一描写される知識や記録へのリスペクトがとても素敵。
月王の持っていた基礎的で古くて学習の土台になる知識、
トナムの教師が言った「国の歴史は異国の人々から見れば解釈が違うと感じられる場合もある」の言葉、
前政権の記録を破棄しなかったザオと、彼の統治した2年間を正史として認めず破棄させたイムの対比。
国の年表や歴史書に何も書かれない空白ができてしまうことをアトリはとても憂えていて
逆にザオの治世が続いていたら歴史も記録も彼のもので、前王は「滅んだもの」として記録されただろう…ということも
わかってしまっている。
歴史は常に勝者が記してきたもので、そのことにアトリが気づいた描写は本当にすばらしくて
そうなんだよなあ、きみも気づいちゃったね…と肩ポンしたくなりました。
国の歴史に人々がどう記されていくか、過去にどう記されてきたかを知るのはとても大切なことです。

五人の王(うち2人は同一人物)たちもそれぞれの人生を生きています。
アトリが最初に結婚した月王は壮年であり病人ですが、彼には知識があったので
アトリは彼のもとで学ぶことの楽しさと難しさを知ります。
でもいかんせん時間が足りなかった…アトリとは半年で死別してしまいます。
次に結婚したひとつ年下のトナムは11歳という少年で王になっていて
アトリを素直に見つめて妻にと選び、学習をおこたらず、公平に物事を見ることができる人です。
兄を政治的な事件で失っているので精神的に大人にならざるをえず、
自分が国の駒のひとつであると知っている。
しかしいかんせん経験が足りなかった…城内の裏切りに気づかず反乱軍に追われて国から追い出されます。
盗賊であり反乱軍のリーダーから国王になったザオは、粗暴ですが人望があり
人々のために精一杯学ぼうとしていて、人をよく見てきたから直感で不正を暴くことができ、
手切れ金に金銀を渡すことでしかコミュニケーションが取れない人。
しかしいかんせん知識が足りなかった…力をつけて戻ってきたイムに王位を簒奪されます。
トナムの兄イムは「弟の仇を討って王位についた兄」という英雄として国に戻ってきて
かつての国を取り戻そうとするかのように完璧に政務をこなし、力で政治を推し進めていくタイプ。
しかしいかんせん愛情が足りなかった…アトリに庇われるまでアトリを見ようともしなかったけど
温泉地で療養するアトリの元へ通うのは楽しかったんだろうな。
そして、闇落ちトナム。。
もう堕ちるべくして堕ちたというか、そりゃそうだよねっていう感じしかないですね。
五人目はこうくるかよ。すごいよ菅野雪虫。
イムを刺してアトリを抱きしめるシーンはめちゃくちゃドラマチックですが
18歳にして目が真っ暗というのがもう、壮絶な日々を物語るようでむちゃくちゃしんどい。
何もかもに信頼をなくしてすべてが信じられなくなっているトナムは自分の決めたことしか通さなくて、
かつて月王と柚記の人々にかわいらしい嫉妬をしていた少年が
兄に好かれるアトリに対して憎しみのような疑いと憎悪を向けるようになってしまって、
でもエンジとアトリが一緒にいるところではそうは思わなかったというところに
本人が救いを感じていたのが、本当に救いだなあ。
ザオのお墓を作ったり、流刑にしたイムを呼び戻すかどうかの議論を始めたのも
少しずついい方向に向かっているからだといいなあ。
これからも色んなことが起こるだろうし波風だらけの人生でしょうけど国王としてがんばってくれトナム、
あと彼は「アトリならどうするだろう」という思考にしばしば陥りそうな気がします。

アトリと国王たちよりアトリとカティンの関係が好き(笑)。
カティンのすごさはまず、親に洗脳されなかったところですよ…!
あんなに毎日毎日、自分の母親が異母姉を貶める言葉を聞かされていたのに
カティンは母を信じるどころか、「そんな言葉を使えばお母様の品格を貶めるだけ」で
「姉は馬鹿でも愚かでも頭がおかしいわけでもない」と、自分で気づいたかしこい人です。
王の娘という自分の立場を哀しいくらいにわかっていて、それでもその立場を最大限利用してアトリを助けるカティンは
親の権力の正しい使い方を知っていると思う。
びっくりしたのが史姫のペンネームで本を書いたり書評やキャッチコピーも書いてお金をもらい始めたこと!
しかもそのお金を牢のアトリを助けるために惜しみなく使ってしまう潔さ、
ペンで稼ぎ異母姉を援助する異母妹!強い。強すぎる(;´∀`)。
もうカティンがアトリを守ればいいじゃん~~おまえら結婚しよ~~~!!って読みながら何度思ったかわかりません。
だからこそ「わたしだって男だったらアトリと結婚したいもの」のセリフが惜しいんだ…。
同性が結婚することに考えが及ばない世界。女性が王位を継ぐことも想定されない世界だしなあ…さもありなん。
(これで菅野さんの次回作に同性婚の描写が出てきたら「お、菅野雪虫が一歩進んだ」と思えるかもしれない)
アトリの側近のエンジとロルモも好きです。
脳筋と理性というか、精一杯アトリを好いてくれるエンジと事務的な能力で助けてくれるロルモは
いいコンビだなと思います。
エンジは戦法を、ロルモは知識をお互いに与え合い補い合っていてすごく仲が良いし。
アトリにとって頼もしい騎士であり頼れる友人であり、とにかくただただ良心!
どんなときもアトリを信じて支えていく2人はかっこいいです。

「女の子が幸せになるために必要なものは、知識と、常識と、愛情。仕事と友人があったら申し分ない」
月王のことばですが、最終的にアトリはすべてを手にできていたと思いますね。
アトリが幸せになれるかどうかは、まだわからなそうなところで物語は終わりますが
アトリはまだ若いので終わりではなく始まりでしょうね。
そしてオチがカティン著の新刊『アトリと五人の王』だったことに笑った(笑)。
月王が実は龍神だったり、トナムが天馬の化身だったり、ザオが天狼の化身だったりする物語おもしろそう、
カティンはファンタジーを書くのが得意なのかな?
主人公のモデルになったアトリの人生はまだ続いていきますから、カティンの書く物語も続いていくでしょうね。
どんな結末を迎えるのかとても気になります。アトリの人生も、カティンの物語も。
どちらも、それぞれが納得のいく生き方を全うできますように。

最初は誰とも遊んだことがなくて、誰かと遊ぶってどうやるの?とか言っていたアトリは
なんとなく『天山の巫女ソニン』のソニンに見えたのですが、
やがて『女神のデパート』の結羽になり、『羽州ものがたり』のムメになり、どんどん行動力が出てきて
終いには『天山~』のイェラのような思考力を身につけたと思うし、
一方で『チポロ』のイレシュのように自分の置かれた状況や立場に対してものすごく冷静なまなざしで見ている。
離婚してお城に戻った自分のための予算が削られていることをわかっていたり
カティンが王妃とはまったく違う子であることをすぐに見抜いて仲良くなったり
よく物事を見ているというか、大切なものを見過ごさない目を持っているなあと。
菅野ヒロインの行動力すべてを凝縮したような子だなと思いました。集大成のような子だと。
でも菅野さんのことだから次の主人公もきっとアトリをアップデートしたような子かもしれないなあ…
同時代を生きて新作を追いかけられるしあわせ。次回作も楽しみにしています。

そういえば女神のデパート終わっちゃうんだった~おもしろかったのに。。
5巻の発売は来年かな…お待ちしております。
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テーマ : 読んだ本。    ジャンル : 本・雑誌

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歴史やアートも溺愛中
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