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2021_09
04
(Sat)23:54

初雁の飛来する城。

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川越城本丸御殿に行ってきました。
川越には何度も遊びに来ているし、美術館も博物館も寺社もいっぱい行ってますが
なぜかここは行きそびれていまして。。
たぶん混んでないだろうなと思って行きましたが全然混んでませんでした。有難し。

川越城は扇谷上杉持朝が太田道真・道灌親子に命じて1457年に築城させたお城で
領地の北の拠点にしていたようです。
(川越市役所前に太田道灌の銅像が建っていますよね)
1639年に城主の松平信綱が拡張工事を行い、
一時期は現在の川越市役所の辺りまで曲輪が広がるほど広大な敷地があって
家康や秀忠、家光などの将軍も何度か宿泊したことがあるそうな。
現在の建物は1846年に焼失した後1848年に再建されたもの。

江戸時代には川越藩主が住んでいましたが、近代になり藩主が出ていくと
建物は御殿の一部を残してほとんど取り壊されてしまいました。
その後は修練場や中学校の校舎として使われたこともあったようですが
戦後に埼玉県の指定文化財になり、一般に公開されるようになりました。
江戸時代の本丸御殿が残っているのは国内ではここと高知城だけだそうです。貴重。

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感染症対策で入口で検温があったのですが、
この日は気温がめちゃくちゃ高い日で何度測っても入場できない結果が出てしまって、
スタッフの方が案内してくれた別の体温計で測ったら問題なかった。ホッ。

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受付を通ると廊下があり、右側にお部屋がいくつか並んでいます。
順番に見ていくよ。

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使者之間。
御殿を訪れた来客の家臣のための部屋です。

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使番詰所。
当直で勤務する人が使っていた雑用部屋です。

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番跋・老体詰所。
非番の人や定年を迎えた人が使っていた部屋です。

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物頭詰所。
足軽など警備を担当する人が使っていた部屋です。

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振り返ってみます。
ここだけでもずいぶん広くて格式を感じる。天井も高いしなあ。

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廊下は鴬張り。歩くとキュッキュッと音がします。
鴬張りの廊下を歩くのも久し振りで楽しくて、何度も往復してしまった^^

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆


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廊下からお庭が見えました。

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お庭。

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奥へ向かう廊下であれっと思って立ち止まりました。天井が低い。

受付のある玄関側は、御殿だった頃に来客(将軍を含む)があったために
天井を高くして、廊下の床板もケヤキの木が使われるなど高級な造りになっているそうです。
家中の人間が使う奥の廊下はツガの木が使われていたり、天井が低かったりします。

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廊下を進むと御殿より新しい棟があります。
1896年の三芳野神社境内図に描かれているため、その頃に建てられたと考えられているそうです。
現在は2008年に行われた修復工事の様子を伝える展示室になっています。

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展示されているのは修理の際に外した屋根や樋の一部や鬼瓦、
工事の様子を撮影した写真など。映像も流れていました。
修復工事は建物を骨組みの状態まで解体して行う半解体工事で
文化財建築でもあるためできるだけ当時の部材を修復して使いつつ新しく補強していったそうで
建物の高さを調整し、傷んだ瓦や部材を作り替え、下地を補強し、耐震工事を行ったなど
細かく紹介されていました。

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この建物は江戸時代には書院だったようです。(一度取り壊されて現在の建物が建っている)
ガラスが曇っていてちょっとわかりにくいのですが
「かに十」と番付された柱に枘穴が残っていて、
さっきの玄関のある建物とこの建物が接続されていた証拠なんだとか。

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交換された谷樋と格子など。
綱手と仕口は日本の木造建築によく使われる技術で川越城にも使われていて、
展示されている模型は修復工事に参加された大工さんからのご寄贈だそうです。

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展示室のある建物を出て、さらに裏側の廊下へ。
こちらも鴬張りでキュッキュッと音がします。

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少し進むと左側にも廊下が。

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坊主当番詰所。
(坊主とはお城に勤める雑用係のことでお坊さんではありません)
現在は歴史年表などを展示する部屋になっています。
幕末の住居絵図のレプリカも展示されていて、
当時は現在の建物のほかに大書院や奥向きなどが連なっていたことがわかります。
現在残っている建物は当時の1/5ほど。

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さらに奥に進むと。

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こんなところに出ます。
右側の建物は家老詰所ですが、現在はここに移築されていますが
昔はもっと離れた場所にあって長~~~い廊下で繋がっていたようです。
庭に四角い敷石が並んでいますが、その間に丸い瓦が点々と埋まっていますが
御殿と詰所を繋げていた大廊下の柱が立っていた位置に埋めてあります。
このお庭の向こうは現在、川越高校の校庭になっているのですが
その校庭をつっきってもまだその先にあったっぽい。広い。

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回廊を通って家老詰所に向かいます。

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詰所の建物に入りました。廊下にも畳が敷いてある。

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詰所の室内。
手前が記録方詰所、真ん中が年寄詰所、二之間、最奥が家老詰所です。

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お人形さんがいらっしゃいました。
何やら絵図を見ているな、と思ってカメラをズームして見てみたら
1854年の品川沖二番台場図と書いてありました。
川越藩は三浦半島に領地を持っていたことから
幕末の外国船に対する警備のために品川台場への移動を命じられているので
その打合せをしているのかな。

家老詰所は川越藩に勤務していた家老が仕事をしていた建物ですが近代になって解体され、
上福岡の商家に再築されていたのが1987年に確認されまして
川越市に寄贈され、1990年にここに移築されて公開されています。
お城の建物を商人が持って行くことができた時代があったんだなあ…。

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詰所のお庭。奥にサルスベリの花が咲いていました。
向こう側の高校の校庭では高校生たちが部活動をしているのか、元気な声が聞こえてきていました。

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家老詰所からさっきの廊下に戻って、玄関に戻っていきます。
こちらは坊主部屋。
お城に勤めていた雑用係の人たちが使っていた部屋です。

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中ノ口。
正面玄関に比べると小さいですが、こちらも玄関です。
屋根は当時は千鳥破風だったと考えられているとか。

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徒詰所。
足軽など警備の人たちが詰めていた部屋が、ここにも。

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徒詰所を出ると、最初の玄関に戻ってきました。
最後に玄関前の大広間へ。

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36畳あります。広ーーい!
来客が藩主との面会まで待機していた部屋です。
(実際の対面は奥の大書院(現在は解体)で行われていました)
こういうところに来るとつい大の字で寝っ転がってみたくなりますが、寝るのは禁止。

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展示されていた河越太郎重頼の大鎧(再現)、杵黒熊毛槍鞘(通称お手杵)、紫濃成鎧。
河越重頼は鎌倉時代の武将で、彼の娘の郷姫は源義経と結婚しています。
お手杵は川越市立博物館蔵の「松平大和守侯行列図巻」などを元にして復元されたもので
川越春まつりの時代行列にも登場したのを5年前に見たことがあります。

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広間は襖で区切られていたそうですが、現在は杉戸がつけられています。
絵を描いたのは船津蘭山、江戸時代末期に川越藩の御用絵師だった人です。
幕末に御殿が消失し現在の建物が建てられたとき、藩主から杉戸絵の制作を命じられて
御殿内あちこちの杉戸に7年かけて絵を描いています。
御殿にはそのうちの12枚が現存しているそうです。
木がムッキムキだなと思ったら彼のお師匠は猿屋町代地狩野家6代目なのだそうな。

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広間の天井に何やら黒いしみのようなものがあった。

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バレーボールの跡だそうです。。
戦後に市立第二中学校の屋内運動場だった時期があり、そのときのものと思われます。
御殿が学校だった時期があるのもおもしろいけど、客間でスポーツとかやってたのすごいな。

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お疲れさまでした。
(現在、入口付近は道路工事のためブルーシートが敷かれています)
入口も唐破風だし玄関に連なる櫛形塀も藩主の住まいにふさわしい格式のあるデザインで
屋根にある鬼瓦には葵の紋も金色に光っていて、将軍と縁のある建物なのだなあと。
もし江戸時代当時の全盛期の建物がすべて残っていたら
今でもとんでもない光景が見られたのかな…見てみたかった。
このすぐ近くにある三芳野神社はもともと川越城の曲輪内にあったものだし
富士見櫓跡もここから少し歩いたところにあって
かつては市役所も敷地だったことを考えると、確かに広かったんだな…。
普段何気なく歩いている川越の街の歴史を感じたひとときでした。
久し振りに古い建物の中を歩けて楽しかったです!
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