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ゆさな日々

猫・本・歴史・アートなど、好きなものやその日考えたことをそこはかとなく書きつくります。つれづれに絵や写真もあり。


國寶何物、照千一隅。

  1. 2021/10/30(土) 23:58:03_
  2. 歴史
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
tohakusaicho1.jpg
東博の「最澄と天台宗のすべて」に行ってきました。
今年が最澄の1200年大遠忌記念にあたるということで開催されている展覧会です。
最澄が学んだ唐の天台宗から江戸時代までの流れがわかる内容になっていて
歴史上の人物も色々出てきて、テーマは仏教なんだけど歴史の教科書を見ているような気分でした。
音声ガイドは市川猿之助氏でしたが感染症もあるので借りませんでした。ごめんね。
(写真撮り忘れたけど感染症対策のパネルにはいつもの検温・消毒・マスク着用・距離の確保と
90分以内で鑑賞すること、と書いてありました。
あとチケットは日時指定の予約制で、当日券は残っていれば取れます)

比叡山には6年前3年前にそれぞれ訪れていて基礎知識はありますが
今回も色々見られそうだな~と楽しみに行きました。
最初にあったのは鎌倉時代の「天台大師(智顗)像」(延暦寺蔵)。
最澄が唐で天台宗を学んだ師で、椅子に座って瞑想する姿が描かれています。
805年に最澄が帰国する際に贈られた原本の写しだそうです。
「伝教大師度縁案並僧綱牒」は最澄の履歴書のようなもので
戸籍が宝亀11年11月10日近江国生まれ、父親の名前や俗名、
15歳で出家を認められ20歳で受戒し僧侶になったことなどが書かれています。
沙門最澄、年十八、延暦2年1月20日…ここから始まったんだな~と、しみじみしました。
「伝教大師(最澄)坐像」は鎌倉時代の作で、本来は彩色されていましたが色落ちしてしまったようです。
現存する最古の最澄像で、内部には「近隣の僧侶がお金を出して制作」という内容の墨書きがあるらしい。
目を閉じて瞑想する姿で、さっきの智顗像と似ていました。
「伝教大師求法書等」は最澄が空海・円澄・泰範に当てた書状の写しで、起請文や遺言など。
遺言には老僧最澄とか比叡山老僧最澄敬白など署名があって、年齢を感じさせます。
「天台法華宗年分縁起」や「尺牘(久隔帖)」は現存する最澄直筆の文書。
縁起のほうは延暦寺の国宝殿でも見たな~~天台法華宗年分学生式ともいって
嵯峨天皇に提出した文書で延暦寺で行う修行について書かれたもの。
例の「国宝とは何物ぞ」に始まり「道心ある人を名付けて国宝となす」の文章があります。
末尾に弘仁9(818)年5月13日前入唐求法沙門最澄と署名がありました。
尺牘は弟子の泰範に当てた手紙で、813年に書かれていて現存最古の直筆文書。
当時、空海のもとで修業していた泰範に、空海から贈られた詩の序の中に知らない書物があって
返詩を作りたいから空海にどんなものか聞いてほしい、という内容だそうです。
最澄の真面目さと、2人の交流を示す貴重な史料のひとつですな。
「光定戒牒」は最長の弟子光定が延暦寺で大乗菩薩戒を受けた際の証明書で、嵯峨天皇の直筆。
これが書かれた823年4月14日は最澄の死(822年6月4日)からもうすぐ1年という時期で
最澄が生前に望んでいた延暦寺での授戒がようやく叶った日でもあります。
(当時、僧侶になるための戒律を受ける儀式は奈良で行っていたのですが
最澄はそれを延暦寺で行えるようにしたかったんだよね)
大乗戒壇設立の勅許が降りたのは死の前日、それからも弟子たちが色々がんばって
翌年3月17日に最初の得度、4月14日に光定らの受戒。
末尾に藤原朝臣三守と大伴宿祢国道の名前がありました。初代別当、彼らもがんばった。

内部に最澄自刻の薬師如来像(根本中堂のゆかり)を納めていたと言われる
京都の法界寺の秘仏本尊「薬師如来立像」は寺外初公開だそうです。
子どもくらいの大きさで、360度ぐるぐる回って鑑賞できました。
衣に細かい截金文様がついているのですが、お顔などの正面は色落ちして背中は綺麗に残っていました。
聖徳太子及び天台高僧像(平安時代)。
インド・中国・日本における天台宗の僧侶を描いた10幅の掛軸で、
メンバーは聖徳太子、龍樹、善無畏、慧文、慧思、智顗、灌頂、湛然、最澄、円仁です。
(太子は僧侶ではないけど慧思の生まれ変わりと信じられていたためラインナップに入っている)
太子は童子姿、龍樹は蓮台に乗った姿、善無畏は経典を持ち隣に毘沙門天、
慧文は柄香炉を持った立姿、慧思は本を持った立姿、智顗はやはり瞑想する姿、
灌頂は両手を組んで立つ姿、湛然は合掌して座った姿、最澄は手を組んで瞑想する姿、
円仁も手を組んで瞑想する姿でした。

次はそんな円仁(延暦寺第3世座主)についての展示。
岩手の黒石寺所蔵の「僧形坐像」(平安時代)は慈覚大師(円仁)として信仰されてきたそうで
心なしか耳と口が大きく見えました。
「慈覚大師伝」(平安時代)は円仁の伝記で、最澄と出会ったときに円仁が抱いた印象は
「色白で背は6~7尺」だったそうです。身長180cmくらい?大きいですね最澄さん。。
「円仁入唐請来書目録」(慈覚大師在唐送進録)は円仁が唐で入手した物のリストの写しで
延暦寺で現物を1つ1つ確認しながら作成されたそうです。
僧侶なので経典が多かったかな。〇〇経〇十巻とか、こんな大量によく持ち帰ってきたなと。
また、円仁は天台密教を大成した人でもありますが
関係資料として「両界曼荼羅図」(平安~鎌倉時代)がありました。
仏の配置など、真言宗の曼荼羅とは異なる部分がある台密のための曼荼羅だそうです。

続いて、円珍(延暦寺第5世座主)。
円珍が再興した三井寺所蔵の「智証大師(円珍)坐像」は
円珍の遺骨を納めたとされているので御骨大師と呼ばれているとか。
「智証大師伝」は弟子たちが集めた資料を俗弟子の三善清行がまとめて朝廷に提出したもの。
紙背に参考文献がびっしり書かれていてすごかった…ほとんど散逸してしまってそうだけど。
「五部心観」(前欠本)は円珍が唐から持ち帰った仏や諸尊を白描で描いた画像集を
日本で模写して再現したものらしい。
「福州温州台州求法目録」(854年)は458巻の典籍の目録で、わずか1年で集めたというから驚き。

続いて、回峰行を始めたとされる相応。
「相応和尚像」(鎌倉時代)は数珠を持って座った姿でした。
「不動明王坐像」(平安時代)は相応が創建したという、滋賀の伊崎寺の本尊。
唇をかむ表現や結んだ髪の先が丸いのは、相応が修行中に感得したという姿らしい。
「護法童子立像及び像内納入品」(鎌倉時代)は慶派の仏師によるもの?だそう。
回峰行の守り神である護法童子像、杖に手と顎を乗せたおもしろい姿で衣に着色も残っていますが
2018年の調査で内部に小さな不動明王像と仏舎利、木札、印仏が見つかったそうで
それらも展示されていました。
金色のお不動さまってなかなか事例ないよね!?じーーっと見てしまった。
首飾りまでビーズ?みたいなものできちんと作ってあって、注文主は誰だろうと思いました。
滋賀の明王院の「千手観音菩薩及び両脇侍立像」、千手観音の両脇にいるのは不動明王と毘沙門天で
これは延暦寺の尊像構成と同じだそうです。

続いて天台密教を大成した安然。
初めて聞く名前だったのでぐぐったらどうも研究に没頭した人生を送った人らしい。
「諸阿闍梨真言密教部類惣録及び八家秘録」は勝豪(法性寺座主)による書写で
入唐八家(最澄、空海、円仁、円行、恵雲、常暁、円珍、宗叡)がもたらした品々と
安然がまとめて分類、整理した『諸真言目録』とを合わせたもの。
「悉曇蔵」巻第三・第八は安然によるサンスクリット語の書体や音韻についての研究書。
滋賀の恵光院の「不動明王二童子像」(鎌倉時代)は
安然が規定した不動明王の19個の特徴を備えているそうです。
お不動さんに19個の特徴があるのは知ってたけど決めたのって天台宗の人だったのか…!

続いて、延暦寺系統の美術。まずは恵心(源信)と六道絵。
滋賀の聖衆来迎寺の「恵心僧都(源信)像」は現存する最古の源信画像。
京都の青蓮院の「往生要集」上巻(1171年)は完存する最古の写本。
「霊山院釈迦堂毎日作法」(1007年)は横川に建てられた釈迦堂で源信が行う作法を定めたもので
正月一日:〇〇する、みたいな、1日ごとの作業が記されていました。
現在の横川に釈迦堂はありませんが(西塔にもあるけどあれとは別の建物らしい)、
そこに所蔵されていた六道絵の一部(現在は聖衆来迎寺が所蔵)が展示されていました。
人道不浄相と人道苦相2幅の計3幅でした。久し振りに見たな~~!!(たぶん奈良博の源信展以来)
人間のからだが朽ち果てて骨になる九相図のような不浄図と、生まれてから死ぬまでの苦相図。
「真如堂縁起」は京都・真如堂の創建を描いた絵巻で後柏原天皇などが詞書を書いています。
展示されていたのは上巻で、円仁が唐から帰って来る船に小さな阿弥陀仏が飛来した場面が開かれていて
帰国した円仁はその姿を彫刻して常行三昧堂に安置したと伝わるそうです。
「紺紙金銀交書法華経」巻第七は金色と銀色のインクで交互に書写された法華経で
見返しの部分には釈迦が菩薩の頭を撫でて悟りを約束し、
それを多くの人々や仏が見守る様子が金色の白描で絵に描かれていました。
金箔を散らした浅草寺の「法華経(浅草寺経)」巻第二や
分担して共同で供養することで功徳を積む慈光寺の「法華一品経(慈光寺経)」なども。
平安~鎌倉時代はきらびやかなお経を作るのが流行し始める時期ですね。
法華経を信仰する人を守るという「普賢菩薩像」(鳥取・豊乗寺)は合掌して白象に乗るいつもの姿。

天台宗の思想による文章など。
4度も天台座主になった慈円の消息は、仮名混じり文で繊細な筆致。
「門葉記のうち 七仏薬師 五」は青蓮院の所領や修法の際に座る位置などについて書かれていて
密教の修法に関する記録もあり、蒙古襲来のときの異国降伏法(!)も記録されているらしい。
「熾盛光」(阿娑縛抄のうち)は円仁が伝授した密教の修法のひとつで
国家安寧、天変地異を鎮める効果などがあると信じられていたそうな。
「日吉山王本地仏曼荼羅図」は神を仏で表現した神仏習合に関する絵で
八王子が最上部に描かれ、一番下の階段のところにサル(日吉神社の御遣い)がいました。
「日吉山王曼荼羅図」は中世の山王神道に関する掛軸で、比叡山の神を仏の姿で描いたもの。
「天狗草紙 延暦寺巻」は法師と稚児の天狗が描かれていました。
「山門再興文書のうち徳川家康請文」は織田信長による比叡山焼き打ちの後に
朝廷が各地の大名に援助を呼びかけて比叡山に届けられた返事のうちの一部。
天正13(1585)年9月12日の日付で別当宛てと公守宛ての2通、家康の名前が花押とともに署名されていました。
栃木の輪王寺の「慈眼大師(天海)坐像」(1640年)は天海が亡くなる3年前に制作された像で
すみずみまでリアルに再現されたような雰囲気、表情も厳しかったです。
寛永寺所蔵の「慈眼大師縁起絵巻」(1680年)は家康と天海が駿府で対面する場面が開かれていました。
「東叡山之図」は19世紀頃の寛永寺の境内を描いた図で、境内を散策する人々が細かくびっしり描かれて
黒門、山王社、清水観音堂、文珠楼、大仏殿、にない堂、根本中堂などが堂々と描いてありました。
そうそう、広かったんだよなあ…今は建物も減って、大仏は首だけになってしまったけど…。
木村了琢「東照大権現像」はよく教科書とかで見る絵で、背景に東照宮があり賛は天海。
(木村さんは東照宮や輪王寺の絵画制作に携わった人ですな)
「摩多羅神二童子像」(1617年)、摩多羅神は天海により東照宮三所権現の一柱になった神で
ものすごい笑った顔で描かれていました。頭上に北斗七星がいた。
「熾盛光曼荼羅図」は家康の17回忌に制作されたもの。保存状態がよく綺麗でした。
「浅草寺縁起絵巻(慶安縁起)」(1652年)。浅草寺は円仁が中興の祖でしたね。
1642年、火災のために本尊が飛んで逃げたというエピソードも描かれていました。

tohakusaicho2.jpg
根本中堂内陣、不滅の法灯の再現展示。ここだけ写真撮影が可能です。
ちょっと暗いですが手前に3つの燈台があり、
奥の厨子扉の両脇に梵天・帝釈天・十二神将のうち子神・丑神がいます。
実際の内陣はもっと暗くて内部が見えにくいのでこれはかなりわかりやすくしてくれていると思う。
十二神将は根本中堂にはちゃんと12人いますが今回は子と丑さんが出張してきてくれたんですね。

最後は怒濤の仏像展示!
福島の法用寺の「金剛力士立像」は身長2m、体重100kg以上もあるケヤキの一木造で
頭や手足をよ~く見ると血管が浮き出ている表現があってびっくりします。でかい。
強そうでかっこよくてこんな仏様なら張っ倒されてもいいと思いました。張っ倒されたい。(2回言った)
瀧山寺の十二神将立像2、4、6、9号像)は普段はご本尊の薬師如来を囲むように安置されているそうで
十二神将にしては珍しく鎧をつけずに衣だけで武器を持っている人たちでした。
表情がみんなファンシーでしたが昔はこれが恐ろしい顔の表現だったのかも。
「薬師如来及び両脇侍立像」は、元々は石津寺にいた薬師如来(最澄自刻?)と
立石寺にいた日光・月光菩薩が一緒に並んでいるそうです。彼らは現在は寛永寺の秘仏本尊になっています。
滋賀の善水寺の「梵天・帝釈天立像」は延暦寺根本中堂の安置仏を再現していて、
しわのあるおじいちゃん顔の「聖僧文殊菩薩坐像」は文殊菩薩の化身として信仰されていて、
寄木造の「薬師如来坐像」は最澄作とされていて、今は岐阜の願興寺にいるけど
もともとは善水寺から伝わったらしいので梵天・帝釈天や聖僧文殊とは久し振りに再会されたのですね。
展覧会という場はこういうことがたまに実現しますね~。
比叡山の僧が創建したと伝わる長野の瑠璃寺の「薬師如来坐像及び両脇侍立像」は
定朝様の古い表現。
深大寺の「釈迦如来倚像」はインドのグプタ彫刻に影響を受けた飛鳥時代の彫刻で
身体にぺったりと衣が密着している表現がおもしろい。
同じく深大寺の「慈恵大師良源坐像(元三大師像)」は秘仏で、上野への出開帳は205年ぶりだとか。
2mもの高さは僧形彫刻としては日本最大級でとにかく顔がでかいしカッと見開いた目がこわい、
厄除け大師として信仰されてきたというのもわかります。
(良源は不動明王の化身とされ信仰された逸話もあるそうな)
真如堂の秘仏「阿弥陀如来立像」は今回が寺外初公開。
円仁作といわれていて、現存する最古の立像形式の阿弥陀如来像だそうです。
大人くらいの背丈ですが展示台の上にいらっしゃるのでちょっと大きく見えた。

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平成館入口にあったおかざき真里氏『阿・吽』とのコラボパネル。
最澄・空海の若かりし頃を描いたマンガですが確か最近完結したはず、
そろそろ読んでみようかなあ。

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ミュージアムショップで展覧会限定の御朱印が買えて、
1階ラウンジにいらっしゃる天台宗のお坊様に日付を入れていただきました。
いただいたのは薬師如来。根本中堂のご本尊です。
他に大日、釈迦、不動、阿弥陀、観世音の御朱印もいただけます。

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ラウンジには最澄ゆかりの地として滋賀県大津市が紹介されています。
大津や坂本にある寺院の御朱印の紹介もありました。

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展覧会の期間限定オープンの梵字カフェ。
延暦寺会館にある喫茶「れいほう」のメニューである梵字ラテが提供されています。
比叡山に行かないと飲めないラテが上野で飲める!

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メニューは梵字ラテと抹茶梵字ラテがあって、
「あの…これ両方ともコーヒーですか…?」とお店のかたに伺ったら
「抹茶はコーヒーじゃなくてミルク入りですよ~」と教えてくださったので抹茶梵字ラテを注文。
コーヒー苦手なんですがこれなら飲めます!有難い。
注文時に干支の梵字を伝えて粉末で入れていただけます。わたしはキリーク。
根本中堂ご本尊の薬師如来のお札もつけてくださいました。

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カフェの隣にあった織物の茶室・霞庵。
梵字ラテを買った人は中に入っていいそうです。(内部での飲食は禁止)
建築家の橋口新一郎氏のデザインで、
糸の一部に延暦寺総本堂の護摩の灰で染めた糸が使われているとのこと。

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というわけで、中に入って座ってみました。
外からは中が見えにくいけど、中から見るとそうでもない。

tohakusaicho10.jpg
東博本館の隣にあるレストランゆりの木では、いつも特別展にあわせて限定メニューを出すので
今回もあるかな~と思って行ってみたら、ありました。茶餅。
最澄が茶の種を唐から持ち帰って坂本に植えたことにちなんで
近江ほうじ茶を練り込んだお菓子が提供されています。
餡子が入っててもちもちしておいしかったです。紅葉が添えられて秋のよそおい。

この後はいつものように東博本館に行って展示を見てきましたが
長くなりますので次回記事にて書きます~。
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