君は、西から飛んできた鳥だ。
富安陽子さんの『博物館の少女-怪異研究事始め』を読みました。
大阪生まれの女の子が文明開化初期の東京へやって来て
上野博物館(現在の東博)を訪れたのをきっかけに、
様々な人と出会いながら古美術にまつわる怪異を調べていくことになるミステリーです。
かつて上野の寛永寺の奥では怪異学の研究が行われていたという設定で
その研究のための品々が収められている博物館で主人公が働くことになるという展開だけでわくわく、
もう何も言うことはありませんでした。
近代化が進み始めたとはいえそこかしこに江戸時代の名残が残る文明開化と、博物館と、怪異。
何ですかこのわたしの好きなものばかりを詰め込んだ、わたしのために書かれたような物語は!
わたしはこの物語をただただ楽しめばいいんだ!と思えてしあわせでしたし、
実際、読み終えて期待通りの部分と期待以上の部分がものすごくあって本当に充実した読書時間でした。
(いや、富安さんの本は何を読んでもそうなんですけど)
300ページ以上あるけど例によってあっという間に読んでしまったし
何しろ富安さんなので下地になっている歴史の調査ががっつりされていることがわかるし
主人公の行動範囲が広がると同時に世界が広がっていくのもわかるし
近代化と博物学と宗教と戦争と古美術と黒手匣にまつわる怪異など、エピソードと伏線のバランスがとてもよくて
相変わらず見事なストーリーテラーだなあと感心してしまいます。
富安さんの物語って書かれたものに何ひとつ無駄なものがなくてすごいんですよねいつも…
すべての登場人物、登場する物、起こる事象が最終的に全部活かされて終わる。
怪異が怪異としてすべて解明されずにふわっとしたままなのも、消化不良なままにはしなくて
ああ、怪異ってこれくらいわかっててこの先はわからない方がちょうどいいよね…ていう
落としどころを見事に見つけてくる。
どんどん力をつけていくし大好きになる作家さんです。ずっと書き続けてほしい。(シノダの続きも待ってるよ!)
物語は1882年、大阪で古物商を営んでいた親を亡くした花岡イカルが
母の遠縁を頼って神戸から船で東京へやって来るところから始まります。
横浜港で船を降りて、その年に開通したばかりの汽車で新橋へ行って
そこから馬車鉄道に乗り換えて上野停車場へ向かう主人公☆(まだ東京駅は存在していません)
この時代は大阪もかなり賑やかだったはずですが、横浜~新橋や上野界隈の賑やかさも
伝わってきておもしろかったし、
イカルの遠縁の大澤家のひとびとは幕府側だったため戊辰戦争後はかなり苦労して
それをイカルの母親が援助していた縁でイカルを引き取ってくれることになったとか、
上野博物館はこの時代は東博と科博に分かれていなかったから
仏像や武具と骨格標本や剥製が同じ館内に展示されていたりとか
(イカルが見たキリン(キャプションに麒麟と書いてある)の剥製はあれですよね、
今は壊れてしまったために科博の収蔵庫に仕舞われているあのキリンですよね??
そうだよねえあのキリンも展示されている時期があったはずなんだよな…)
そんな風に上野のお山の歴史というか、
寛永寺が上野戦争で半分以上焼け落ちたところに博物館と上野動物園がオープンした話とか
博物館や図書館の役割や当時の人々にどう捉えられていたかとか
キリスト教をイカルの親世代は非難めいて語るけどイカルは興味津々とか政府の神道国教化政策とか
ふとしたところで書かれる”人物や出来事のバックボーン”にわくわくドキドキ。
物語の底辺に史実があって、作者がそれをおろそかにするつもりがないと感じられるだけで
テンションあがってしまうのでわたくし…色んな意味で。
タイトルに博物館とあるだけあって、ちょこちょこ出てくる古物や古美術に関する描写がおもしろいです。
今では当たり前にある博物館ですが、当時、ようやく、少しずつ少しずつ、各地に建設されるようになって
一般市民に解放され始めた公立の博物館がどんなに珍妙で未来的でわくわくするものだったことか。
主人公のイカルが古美術商の家の生まれで父親の仕事を見ていたので古物の知識が身についていて
博物館で五重塔の模型を見てまず出てくる感想が「よくできた模型」なのすごいと思う。
仏像の立像・坐像の区別もつくし阿弥陀や薬師などの見わけもつけられるし
(「お寺でもないのに仏さんだらけや」っていう感想、言われてみればそうだなあと思っちゃった)、
田中芳男に鑑定してみろと出された花瓶がフランス陶工が伊万里の土で作ったものだと一発で見抜くし
(これ町田久成が井上馨にやられたエピソードですよね)、
博物館の裏の古蔵で織田信愛(通称トノサマ)の助手をすることになって
アキラくんと一緒に品物と台帳の突き合わせの仕事をやるときも
「それはイラタカの数珠」「摩利支天像です」「青面金剛像」と、一目見ただけでズバズバ言い当てていく。
ミイラの作り方について聞かれて長々と話し始めちゃうところは専門家あるあるだし
湯島の河鍋家へ行った帰りにちょっとお散歩してたまたま道具屋を見つけたときに
「なつかしい知人と再会したような気分」になったりする。
(そしてその道具屋で見た1枚の伊万里が博物館の蔵にある伊万里と対であることを見抜くのが
ミステリの王道をいく展開になっていてますますドキドキした)
古物や古美術に対してのリスペクトもあって、暁斎の百円の鴉についても知ってるし
トヨが絵描きの娘で彼女も絵を描く人だと聞いて「自分の腕一本で食べていけるなんてすごい」と素直に感心したり
トヨの家にお使いを頼まれたときに「河鍋暁斎の家に行ける!」ってなったりする。
でもその割には大澤家でお花のお稽古をするのは嫌いなんですね^^;
(後見人になってくれた大澤家の登勢さんが「しかるべきお家に嫁げるよう」にと
立ち振る舞いのマナーやお花や裁縫の稽古をつけてくれているのです)
たぶんこの子あれだ、華道について研究するのは好きだけどやらされるのは嫌いなタイプだ…!
まあでも華道や裁縫が好きな子ならともかく、
13歳の子が何もかもきちんとしなさいとか言われ続けるのはしんどいよね。
そんな大澤家で息が詰まりそうになっているときに、登勢さんの娘の近さんが訪ねてきて
(しんどい描写が必要以上に長続きしないのも富安文学の特徴です)、
まだ東京見物もしていないというイカルのために、近さんの娘のトヨ(15)と一緒に
「上野の博物館へ行って帰りにお団子でも食べていらっしゃい」とおこづかいをくれて
ここから物語が動き始めた感じがしましたね。
久し振りに外出できて、大阪と東京は空の色が一緒だ、と気づくイカルの解放感がとてもよかった☆
あとこの物語のもうひとつの魅力は、実在の人物が富安ナイズされて登場することです。
60ページくらい読むだけで大澤近と河鍋豊と田中芳男と町田久成と織田信愛(賢司)の名前が出てくる!!
もうどうしようかと思いました。読みながらこの人知ってる!この人も!!みたいになっていた。。
(別に顔見知りというわけではなくても、知ってる歴史上の人物というだけでテンションあがっt(以下略))
大澤近は河鍋暁斎の3番目の妻ですがサバサバした素敵なキャラクターになっているし
彼女の娘であるトヨ(のちの河鍋暁翠)はいつもニコニコしているやさしい子だし
(この本ではまだ暁翠と名乗ってはいないし父親の暁斎は名前しか出てきません)、
田中芳男は学者らしい落ち着いた見識と頼もしさのあるおじさんだし
町田久成は田中さんの語りの中にしかいませんが相当変わったおじさんだし。
(主人公が子どもの頃に実は重要人物と出会っていたというのはミステリあるあるですが、
この物語の町田さんは塩を使ったおまじないを知っているあたり、かなり詳しい人だと思われる)
織田信愛は元高家で榎本武揚と一緒に戊辰戦争で戦っていたおじさんですが
この物語では気難しく、古美術に詳しく、矍鑠とした気骨のある老人として描かれています。
んん~~富安さんの書く物語だなあ(*´︶`*)☆
強い人と弱い人とやさしい人と気難しい人と清濁併せ呑む人のバランスがとてもよいです。
ここに主人公のイカルと、アキラくんという織田家の奉公人と
神田天主堂の大人たちと子どもたちという、この物語だけの人々が関わってきて
上野博物館の古蔵から盗まれた黒手匣をめぐって長崎の隠れキリシタンにまで話題がおよんで
司法省のお雇い外国人だったロッシュの死をきっかけに物語は一気に加速して
黒手匣の本当の使い道が明かされていくのですが、
もう後半はずっとどうなるのどうなるの…ってドキドキしながら読んでいました。
黒手匣にまつわる事件そのものはフィクションなので富安さんの創作ですが
その事件がなぜ起きたか…なぜその黒手匣が存在しなければならなかったのかという理由のベースには
人類が太古から慣れ親しんできた宗教観や古典の存在が感じられる結末になっていて
それもまたお見事と拍手するしかありませんでしたなあ…。
理由についても黒手匣の持ち主本人ではなく、
トノサマが研究者としての知識を総動員して推測するという形で語るのみで
真実は誰にもわからないまま…というのもとても良き。
何より怪異というものに対してわたしたちは本当に無力だというのを
改めて思い知らされてしまったなあという気がしています。
神様や妖怪などにカテゴライズをされていない、まだ人類が存在そのものに気づいていない、
人の形をした人ではない、人類とはまったく異なる理のなかに生きているものたち…。
黒手匣の持ち主に対してイカルが抱いてしまった感慨は、13歳の子どもにはあまりに壮大で
これはちょっと誰かがケアしないと考えすぎてしまうぞ…と思っていたら
今回の事件に一切関わっていないトヨがイカルから話を聞いて肯定も否定もせずに
古典を引用しながら「過去にこういう事例があるからもしかしたらあるかもしれないね」と語ってくれたことで
イカルの心が少しケアされたのとてもよかったです。
トヨは本当にやさしくて賢い子だなあと思ったし、
たぶんこんな風に怪異に向き合って考えて整理することで人類は不思議な物事と一緒に生きてきたんだろうし
現代人もきっとこんな風に怪異と付き合っていくのかなあ…などと思いました。
必要なのは知識と想像力。これに尽きるなあ、とも。
(だってイカルが仕事を得たのは成り行きと人の縁があったからですけど
彼女自身に古美術を鑑定できる目利きの能力があったというのは絶対に大きくて、
それは子どもの頃に家で自然と身に付けた知識の力なんですよね…。
あの時代に女の子がひとりで生きていくのはとても大変なことで、大澤家という後見はあるけど
彼女が自分の知識と能力を活かして働ける場所に辿り着けたのは本当に幸運なことだと思うのです。
トノサマと一緒に働くことが彼女にとっての幸いになるかは、今後に期待というところだと思いますが…。
富安さんの過去作には「気難しいキャラクターと付き合う主人公」というパターンがとても多くて
たぶん全部が幸いにはならないだろうなあ、という想像もついてしまうので^^;
でも絶対に不幸にならないこともまたわかっているので、そこは安心しています)
あとこう、何て言えばいいか、富安さんの物語の登場人物って
本当に色んな意味で”その人らしく”生きているのがとてもいいんですよね…。
物語のために動かされたりしない、その人がその人自身の心によって行動した結果、
物語が展開して結末を迎える…という流れになるっていうのはとても大好きです。
キャラクターは決して都合よく動かず、みんな好き勝手に行動していて
えっえっこんなに風呂敷広がってどうなるの大丈夫なの??というところから
さっきも書いたように見事なまでに収束していく構成は富安文学の真骨頂。
装画が禅之助さんで、ジョサイア・コンドル(作中ではトヨがコンデールさんと呼んでいる)の
設計した上野博物館も細かく描かれていてすばらしい。
こちら、シリーズ1作目ということらしくてまだ序章なんですね…続きが読めるんですね!
イカルの博物館助手としての仕事も怪異の研究も始まったばかりだし、
彼女が子どもの頃に経験した怪異や町田さんによるおまじないなど明かされていないこともあるし
次巻も期待しています。
河鍋暁斎とか出てきたら絶対トノサマに負けないレベルの変なおじさんキャラだと思う…!
あと本編で田中さんが教えてくれたイカルという名前の由来。
彼女の母親の故郷の斑鳩にちなんでつけられたもので鵤という鳥、美しい声で鳴く強い鳥だという
エピソードをイカル本人が聞くシーンがとてもよかったです。
町田さんが出張前に田中さんに言った「西から飛んできた鳥が一羽、博物館に迷い込んでくるかもしれない」
という言葉を受けて田中さんが「君は、西から飛んできた鳥だ」と確信するシーン、
イカルは怖かったかもしれないけどわたしはドキドキしたよー!こういうの弱いです。
次に上野や東博に行ったら…状況を考えるといつ行けるかわかりませんが…
イカルのことを考えてしまうかもしれないです^^
大阪生まれの女の子が文明開化初期の東京へやって来て
上野博物館(現在の東博)を訪れたのをきっかけに、
様々な人と出会いながら古美術にまつわる怪異を調べていくことになるミステリーです。
かつて上野の寛永寺の奥では怪異学の研究が行われていたという設定で
その研究のための品々が収められている博物館で主人公が働くことになるという展開だけでわくわく、
もう何も言うことはありませんでした。
近代化が進み始めたとはいえそこかしこに江戸時代の名残が残る文明開化と、博物館と、怪異。
何ですかこのわたしの好きなものばかりを詰め込んだ、わたしのために書かれたような物語は!
わたしはこの物語をただただ楽しめばいいんだ!と思えてしあわせでしたし、
実際、読み終えて期待通りの部分と期待以上の部分がものすごくあって本当に充実した読書時間でした。
(いや、富安さんの本は何を読んでもそうなんですけど)
300ページ以上あるけど例によってあっという間に読んでしまったし
何しろ富安さんなので下地になっている歴史の調査ががっつりされていることがわかるし
主人公の行動範囲が広がると同時に世界が広がっていくのもわかるし
近代化と博物学と宗教と戦争と古美術と黒手匣にまつわる怪異など、エピソードと伏線のバランスがとてもよくて
相変わらず見事なストーリーテラーだなあと感心してしまいます。
富安さんの物語って書かれたものに何ひとつ無駄なものがなくてすごいんですよねいつも…
すべての登場人物、登場する物、起こる事象が最終的に全部活かされて終わる。
怪異が怪異としてすべて解明されずにふわっとしたままなのも、消化不良なままにはしなくて
ああ、怪異ってこれくらいわかっててこの先はわからない方がちょうどいいよね…ていう
落としどころを見事に見つけてくる。
どんどん力をつけていくし大好きになる作家さんです。ずっと書き続けてほしい。(シノダの続きも待ってるよ!)
物語は1882年、大阪で古物商を営んでいた親を亡くした花岡イカルが
母の遠縁を頼って神戸から船で東京へやって来るところから始まります。
横浜港で船を降りて、その年に開通したばかりの汽車で新橋へ行って
そこから馬車鉄道に乗り換えて上野停車場へ向かう主人公☆(まだ東京駅は存在していません)
この時代は大阪もかなり賑やかだったはずですが、横浜~新橋や上野界隈の賑やかさも
伝わってきておもしろかったし、
イカルの遠縁の大澤家のひとびとは幕府側だったため戊辰戦争後はかなり苦労して
それをイカルの母親が援助していた縁でイカルを引き取ってくれることになったとか、
上野博物館はこの時代は東博と科博に分かれていなかったから
仏像や武具と骨格標本や剥製が同じ館内に展示されていたりとか
(イカルが見たキリン(キャプションに麒麟と書いてある)の剥製はあれですよね、
今は壊れてしまったために科博の収蔵庫に仕舞われているあのキリンですよね??
そうだよねえあのキリンも展示されている時期があったはずなんだよな…)
そんな風に上野のお山の歴史というか、
寛永寺が上野戦争で半分以上焼け落ちたところに博物館と上野動物園がオープンした話とか
博物館や図書館の役割や当時の人々にどう捉えられていたかとか
キリスト教をイカルの親世代は非難めいて語るけどイカルは興味津々とか政府の神道国教化政策とか
ふとしたところで書かれる”人物や出来事のバックボーン”にわくわくドキドキ。
物語の底辺に史実があって、作者がそれをおろそかにするつもりがないと感じられるだけで
テンションあがってしまうのでわたくし…色んな意味で。
タイトルに博物館とあるだけあって、ちょこちょこ出てくる古物や古美術に関する描写がおもしろいです。
今では当たり前にある博物館ですが、当時、ようやく、少しずつ少しずつ、各地に建設されるようになって
一般市民に解放され始めた公立の博物館がどんなに珍妙で未来的でわくわくするものだったことか。
主人公のイカルが古美術商の家の生まれで父親の仕事を見ていたので古物の知識が身についていて
博物館で五重塔の模型を見てまず出てくる感想が「よくできた模型」なのすごいと思う。
仏像の立像・坐像の区別もつくし阿弥陀や薬師などの見わけもつけられるし
(「お寺でもないのに仏さんだらけや」っていう感想、言われてみればそうだなあと思っちゃった)、
田中芳男に鑑定してみろと出された花瓶がフランス陶工が伊万里の土で作ったものだと一発で見抜くし
(これ町田久成が井上馨にやられたエピソードですよね)、
博物館の裏の古蔵で織田信愛(通称トノサマ)の助手をすることになって
アキラくんと一緒に品物と台帳の突き合わせの仕事をやるときも
「それはイラタカの数珠」「摩利支天像です」「青面金剛像」と、一目見ただけでズバズバ言い当てていく。
ミイラの作り方について聞かれて長々と話し始めちゃうところは専門家あるあるだし
湯島の河鍋家へ行った帰りにちょっとお散歩してたまたま道具屋を見つけたときに
「なつかしい知人と再会したような気分」になったりする。
(そしてその道具屋で見た1枚の伊万里が博物館の蔵にある伊万里と対であることを見抜くのが
ミステリの王道をいく展開になっていてますますドキドキした)
古物や古美術に対してのリスペクトもあって、暁斎の百円の鴉についても知ってるし
トヨが絵描きの娘で彼女も絵を描く人だと聞いて「自分の腕一本で食べていけるなんてすごい」と素直に感心したり
トヨの家にお使いを頼まれたときに「河鍋暁斎の家に行ける!」ってなったりする。
でもその割には大澤家でお花のお稽古をするのは嫌いなんですね^^;
(後見人になってくれた大澤家の登勢さんが「しかるべきお家に嫁げるよう」にと
立ち振る舞いのマナーやお花や裁縫の稽古をつけてくれているのです)
たぶんこの子あれだ、華道について研究するのは好きだけどやらされるのは嫌いなタイプだ…!
まあでも華道や裁縫が好きな子ならともかく、
13歳の子が何もかもきちんとしなさいとか言われ続けるのはしんどいよね。
そんな大澤家で息が詰まりそうになっているときに、登勢さんの娘の近さんが訪ねてきて
(しんどい描写が必要以上に長続きしないのも富安文学の特徴です)、
まだ東京見物もしていないというイカルのために、近さんの娘のトヨ(15)と一緒に
「上野の博物館へ行って帰りにお団子でも食べていらっしゃい」とおこづかいをくれて
ここから物語が動き始めた感じがしましたね。
久し振りに外出できて、大阪と東京は空の色が一緒だ、と気づくイカルの解放感がとてもよかった☆
あとこの物語のもうひとつの魅力は、実在の人物が富安ナイズされて登場することです。
60ページくらい読むだけで大澤近と河鍋豊と田中芳男と町田久成と織田信愛(賢司)の名前が出てくる!!
もうどうしようかと思いました。読みながらこの人知ってる!この人も!!みたいになっていた。。
(別に顔見知りというわけではなくても、知ってる歴史上の人物というだけでテンションあがっt(以下略))
大澤近は河鍋暁斎の3番目の妻ですがサバサバした素敵なキャラクターになっているし
彼女の娘であるトヨ(のちの河鍋暁翠)はいつもニコニコしているやさしい子だし
(この本ではまだ暁翠と名乗ってはいないし父親の暁斎は名前しか出てきません)、
田中芳男は学者らしい落ち着いた見識と頼もしさのあるおじさんだし
町田久成は田中さんの語りの中にしかいませんが相当変わったおじさんだし。
(主人公が子どもの頃に実は重要人物と出会っていたというのはミステリあるあるですが、
この物語の町田さんは塩を使ったおまじないを知っているあたり、かなり詳しい人だと思われる)
織田信愛は元高家で榎本武揚と一緒に戊辰戦争で戦っていたおじさんですが
この物語では気難しく、古美術に詳しく、矍鑠とした気骨のある老人として描かれています。
んん~~富安さんの書く物語だなあ(*´︶`*)☆
強い人と弱い人とやさしい人と気難しい人と清濁併せ呑む人のバランスがとてもよいです。
ここに主人公のイカルと、アキラくんという織田家の奉公人と
神田天主堂の大人たちと子どもたちという、この物語だけの人々が関わってきて
上野博物館の古蔵から盗まれた黒手匣をめぐって長崎の隠れキリシタンにまで話題がおよんで
司法省のお雇い外国人だったロッシュの死をきっかけに物語は一気に加速して
黒手匣の本当の使い道が明かされていくのですが、
もう後半はずっとどうなるのどうなるの…ってドキドキしながら読んでいました。
黒手匣にまつわる事件そのものはフィクションなので富安さんの創作ですが
その事件がなぜ起きたか…なぜその黒手匣が存在しなければならなかったのかという理由のベースには
人類が太古から慣れ親しんできた宗教観や古典の存在が感じられる結末になっていて
それもまたお見事と拍手するしかありませんでしたなあ…。
理由についても黒手匣の持ち主本人ではなく、
トノサマが研究者としての知識を総動員して推測するという形で語るのみで
真実は誰にもわからないまま…というのもとても良き。
何より怪異というものに対してわたしたちは本当に無力だというのを
改めて思い知らされてしまったなあという気がしています。
神様や妖怪などにカテゴライズをされていない、まだ人類が存在そのものに気づいていない、
人の形をした人ではない、人類とはまったく異なる理のなかに生きているものたち…。
黒手匣の持ち主に対してイカルが抱いてしまった感慨は、13歳の子どもにはあまりに壮大で
これはちょっと誰かがケアしないと考えすぎてしまうぞ…と思っていたら
今回の事件に一切関わっていないトヨがイカルから話を聞いて肯定も否定もせずに
古典を引用しながら「過去にこういう事例があるからもしかしたらあるかもしれないね」と語ってくれたことで
イカルの心が少しケアされたのとてもよかったです。
トヨは本当にやさしくて賢い子だなあと思ったし、
たぶんこんな風に怪異に向き合って考えて整理することで人類は不思議な物事と一緒に生きてきたんだろうし
現代人もきっとこんな風に怪異と付き合っていくのかなあ…などと思いました。
必要なのは知識と想像力。これに尽きるなあ、とも。
(だってイカルが仕事を得たのは成り行きと人の縁があったからですけど
彼女自身に古美術を鑑定できる目利きの能力があったというのは絶対に大きくて、
それは子どもの頃に家で自然と身に付けた知識の力なんですよね…。
あの時代に女の子がひとりで生きていくのはとても大変なことで、大澤家という後見はあるけど
彼女が自分の知識と能力を活かして働ける場所に辿り着けたのは本当に幸運なことだと思うのです。
トノサマと一緒に働くことが彼女にとっての幸いになるかは、今後に期待というところだと思いますが…。
富安さんの過去作には「気難しいキャラクターと付き合う主人公」というパターンがとても多くて
たぶん全部が幸いにはならないだろうなあ、という想像もついてしまうので^^;
でも絶対に不幸にならないこともまたわかっているので、そこは安心しています)
あとこう、何て言えばいいか、富安さんの物語の登場人物って
本当に色んな意味で”その人らしく”生きているのがとてもいいんですよね…。
物語のために動かされたりしない、その人がその人自身の心によって行動した結果、
物語が展開して結末を迎える…という流れになるっていうのはとても大好きです。
キャラクターは決して都合よく動かず、みんな好き勝手に行動していて
えっえっこんなに風呂敷広がってどうなるの大丈夫なの??というところから
さっきも書いたように見事なまでに収束していく構成は富安文学の真骨頂。
装画が禅之助さんで、ジョサイア・コンドル(作中ではトヨがコンデールさんと呼んでいる)の
設計した上野博物館も細かく描かれていてすばらしい。
こちら、シリーズ1作目ということらしくてまだ序章なんですね…続きが読めるんですね!
イカルの博物館助手としての仕事も怪異の研究も始まったばかりだし、
彼女が子どもの頃に経験した怪異や町田さんによるおまじないなど明かされていないこともあるし
次巻も期待しています。
河鍋暁斎とか出てきたら絶対トノサマに負けないレベルの変なおじさんキャラだと思う…!
あと本編で田中さんが教えてくれたイカルという名前の由来。
彼女の母親の故郷の斑鳩にちなんでつけられたもので鵤という鳥、美しい声で鳴く強い鳥だという
エピソードをイカル本人が聞くシーンがとてもよかったです。
町田さんが出張前に田中さんに言った「西から飛んできた鳥が一羽、博物館に迷い込んでくるかもしれない」
という言葉を受けて田中さんが「君は、西から飛んできた鳥だ」と確信するシーン、
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