立石寺と摩周丸の旅その1。
遅い夏休みをいただいて山形と函館に行ってきました。
山形新幹線と北海道新幹線に乗りたかったのと、何よりもうずーっと前から立石寺と摩周丸に行きたかったので。
kf94マスクと手洗いor消毒、検温を求められるところでは検温を徹底。
新幹線では通路に入り浸ってドアを開け、在来線では窓を開けまくってました。
あと例によって飲食店には入らず食事はおにぎり食べ歩きなどで済ませております。

大宮駅から山形新幹線つばさに乗ります!
初めての山形新幹線、わくわく。

E3系L53編成さんが来ました!よろしくお願いいたします。
1000番台の垂れ目のお顔がかわいい。

乗った!(はよ座席へ行け)
E3系さんはミニ新幹線のためホームと車両の隙間が広いので
東北新幹線の駅のホームでの乗降中はドアのところにステップが降ります。
ドアが閉まると折りたたまれます。

予約取った車両、3人しか乗ってない。
少しでも乗客が少ない車両に乗ろうと前日ギリギリまでえきねっととにらめっこしましたが
平日早朝のせいかほとんど乗り降りはありませんでした。
(山形に着いたときも6人くらいだったと思う)

山形新幹線ですよおおおお乗り心地はいかがですか。

みんなで窓の外を眺めます。
E3系の窓枠は広くて全員が乗れていいね。
以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

福島駅を出るとすぐ、北と西に線路が分かれていきます。
住宅街の向こうに伸びているのが東北新幹線の線路、手前が山形新幹線の線路です。
あと、ここまで時速200kmくらいで走ってきましたがここからは130kmまで速度を落として走ります。
山形新幹線の線路はフル規格ではなく在来線の奥羽本線の線路ですので
踏切の存在や安全整備などの関係で新幹線のような速度では走行できません。

なので踏切も通るよ!
いや、実際に見るとおもしろいよね…新幹線が踏切通るんですよ。
山形の人々にとっては見慣れた風景だと思いますがこれ外からどんな風に見えてるんだろう、
車体が在来線車両より大きいからすごい迫力ありそう。
(シンカリオンE6とE3の武器にフミキリの名前がついているのはこれが元ネタですね)
奥羽本線が通っている福島~米沢間はトンネルがたくさんあるんですが
窓の外をボーーっと眺めていたら突然反対車線のトンネルから別のE3系さんが飛び出してきて
シートをガタッ!と揺らした瞬間がありました。
あっという間に見えなくなってしまったのでパチリできなかった…動画撮りたかった…!
あと、米沢に着くまでにやたらとタイフォン鳴らしていたんですがあれは何か理由があったのかなあ、
踏切前とか通過駅じゃなくても急に山の中で鳴らしたりしてたんだけど…動物対策とかだろうか。
タイフォンも録音したかったけどいつ鳴るのかわからなくて結局録音できませんでした。E3系の声…。

米沢駅。
シノブくん家の最寄り駅である米沢にも寄りたかったけど、今回は我慢。。
福島からそんなに時間経たずに来られるし、次に来たときはここに降りたいですね。

高畠駅で上り列車と並びました。
ああ~~~今ホームに出たらE3とE3が並んでる光景が見られるってことだけど
置いて行かれてしまうのであきらめるしかない、ぐぬぬ。

大宮から約2時間半、もうすぐ山形駅に着きますよ。

着いたー!初山形!!\(^o^)/

降りて車両を撮ろうと思ったら反対車線にも始発のE3系が入ってきました。
E3系が並んでる光景を見られた!よかった。

まずは乗ってきた車両をお見送りします。新庄までお気を付けて~!

続いて反対車線にいらしたL66編成さん!おはようございます。お仕事お疲れ様です。
2000番台なので吊り目さんだよ。

車体を見たら新幹線イヤー2022のラッピングがあったーーー!!!
E3系の1編成にだけ施されていると聞いてましたけど、この車両さんだったのか。

さくらんぼもついててかわいい~。
えっちょっ、ラッピング車両に会えると思ってなかったからテンションやばかった。ご縁に感謝します。

行ってらっしゃいませ~東京までお気を付けて。
いや、あの、朝からこんなご縁があっていいんでしょうか…ありがとうございました。

山形駅改札には新幹線のモニュメントなどの展示があります。
レゴブロックで作られたE3系。

顔はめパネル。
窓から顔を出して運転士になれたり乗客になれたりします。

おしどりパープルととれいゆの模型だー!

とれいゆつばさは去年に営業運転が終了してしまいましたが飾っていてくれてうれしい。
足湯のある新幹線として有名で、一度乗ってみたかったけど、状況がね。。密にもなっちゃうし。
ラストラン前に一度だけ、熊谷駅を通過する姿を見れたのは僥倖かな。
そういえばタレ目さんなんですね。

山形駅の改札にも新幹線イヤーのラッピングがありました。

構内に山形新幹線30周年の表示と新幹線イヤーのポスター。
おめでとうございます☆

スタンプラリーがあったので山形駅のとこだけ記念に押しました。
E3系のお顔のスタンプでした。

仙山線で山寺駅に向かおうとホームに降りようとしたら鉄道150年のポスター!
JRのありとあらゆる駅にあるのかしら。うれしいですね。

仙山線で15分、山寺駅に着きました☆

車両越しにお寺を拝む。
立石寺はシンカリオンの一番最初のエンディングに一瞬だけ映ってるんですよね~。
そういう意味でもずっと来たかったお寺です。

山寺駅舎。
寺社造りでものすごい味わい深い雰囲気です…見晴台までついてる。

立谷川にかかる宝珠橋を渡ってお寺を目指します。
(立石寺のあるお山は宝珠山といいますね)

日枝神社の鳥居。
ここからでも立石寺境内には入れますが、お参りは根本中堂から行きます。

こちら。
案内板と階段、「奥の細道」の表示。
立石寺は860年に慈覚大師円仁が開山したお寺で、山寺とも呼ばれます。
開山にあたり延暦寺から不滅の法灯を分けられており、
戦国時代の延暦寺焼き討ちでは逆に立石寺から延暦寺へ分灯したそうです。
他にも円仁が伝えた4年ごとの写経と円仁へのお香を絶やさず、三つの不滅としているとのこと。
修験のお寺なので修験道もあって、ふもとから大仏殿のある奥之院までの階段は1070段。
参道沿いにはたくさんの石塔や石仏などがあります。

早速階段を登りますよ~。

根本中堂。立石寺の本堂です。
現在の建物は1356年に山形城主の斯波兼頼が再建したもの。およそ660年の歴史ですな。

ご本尊は木造の薬師如来坐像で、秘仏のため高座の厨子に納められていて50年に一度しか御開帳はなし。(次回は2063年)
脇侍は日光・月光両菩薩で、十二神将像が左右に6体ずつ並んでいました。
十二神将像は色が残っているものもあり、細かい模様が見えました。
さらに厨子の奥の向かって右には僧形文殊菩薩坐像(鎌倉時代)が、
左には毘沙門天立像(平安時代)と吉祥天像、童子像、不動明王像がそれぞれいらっしゃいます。
文殊さんはお地蔵さんみたいな雰囲気で、毘沙門天さんはまん丸お顔に両目をかっぴらいて逞しいお姿。
不滅の法灯は厨子の左右に燈籠がひとつずつ吊られてあって、
向かって左側の燈籠の扉が開いていて見ることができました。
油がなみなみと注がれていて(たぶんお寺の人がこまめに足してるんだろうな~)、
中には小さな火が静かにともっていました。
この火を見たくて来たといっても過言ではないのでここで一番時間をかけたと思う、
誰もいないのをいいことにじーーーっと見てしまった。。
本堂を出てから御朱印をいただいたら法燈不滅と書いてあってめちゃめちゃかっこよかったのですが
「Webにアップしないでください」とのことで画像でお見せできません。
ご興味ある方はお寺まで書いてもらいにいってね←

松尾芭蕉の句碑と清和天皇御宝塔。
芭蕉はおくの細道の旅でここにきたとき「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句を残しており、
この句碑は幕末に建てられたものです。
清和天皇の供養塔は立石寺で最も古い石塔だそうです。

手水盤。
1699年にふもとの預り坊から日枝神社に寄進されたもの。
預り坊は芭蕉と河合曾良が宿泊したところでもあります。

さっき鳥居を見た日枝神社。出羽国山寺総鎮守。
円仁の開山にあたり釈迦・薬師・阿弥陀の三尊をまつり守護としています。
江戸時代までは山王権現で、現在は村社となっているそうです。

逆光でうまく撮れませんでしたが、芭蕉・曾良の像と、蝉の声の句碑。
2人が立石寺を訪れたのは曾良日記によれば1689年5月27日で、
さっきの手水盤が奉納される10年前のことです。(ちなみに宿も預り坊にとった)
芭蕉が出羽に来たのは尾花沢にいる知人の鈴木清風を訪ねるためで、立石寺は旅の行程にはなかったようですが
「一見すべきよし」と地元の人々に勧められて、来た道を戻ってお参りしたことが
おくの細道に書いてあります。

宝物館。
1976年に開館、立石寺の文化財を収蔵しています。
この日は閉まっていて見学できませんでした。残念。

常行念仏堂と鐘楼。
念仏などを行う立石寺の修行の場ですが、参拝者も自由に修行できるらしい。
鐘楼の鐘は大晦日に除夜の鐘で突かれるそうです。

山門。
扁額の「関北霊窟」は57代目の鑑古の揮毫。
ここから奥之院までの石段は800段以上あります。ひいぃ。
(というかもう200段くらい登ってたんだな)

巡拝料(大人300円)を払って、いざ!
「一段二段と登るたびに煩悩が消える」ということで信仰されているそうです。おぉ。

階段を登っていきます。
段数も多いんですけどとにかく急斜面なので、それがなかなかきつい。
この日は日陰にいれば暑くない気温でしたが動いていると汗をかく感じでそれもきつかった、
境内はすいてるとはいえ人ともすれ違うから、マスクもしてるし。(誰もいなかったら外したけどね)

姥堂。
本尊は奪衣婆像で、ここから下は地獄で上が極楽という境目の場所です。
内部には口をくわーーーっと開けた奪衣婆がいます。

西国三十三所観世音菩薩像。
あと、たぶん夜行念仏(毎年8月に山内で行われる講)で使われる空也塔もいくつかありました。

預天賀地蔵と笠岩(円仁が笠を置いて雨やどりしたという伝説がある)。
芭蕉がおくの細道に「(立石寺は)岩に巌を重ねて山とし」と書いているけれど
本当にこういう岩があっちこっちにある。

御手掛岩に着きました。奥之院まであと730余段。

修行者の参道。
山の形態に沿ってつくられた道で、一番狭いところは約14cmの四寸道。

四寸道の看板。

ここです。めっちゃ狭い。片足しか入りません。

四寸道を通ると左側の岩に彫ってある磨崖仏。
安然和尚像と伝わるもので、平安時代初期の作だそうです。
安然さんはあれですな、円仁に師事して台密を大成して晩年を出羽で過ごし亡くなった人ですな。

せみ塚。
芭蕉の弟子や彼を慕う人々が、芭蕉が蝉の声の句の着想を得たのはここではないかということで
芭蕉の遺した短冊を埋めて塚を立てたそうです。
(ここに大きな休憩用ベンチがあるので疲れた人は休むといいですよ)

弥陀洞。
雨風によって削られた岩が阿弥陀如来の姿に見えるということで信仰されているもの。
阿弥陀仏の姿に見える人は幸福になれるということで
色々な角度から見てみましたが、なんかこう、現代アートを見るような気持ちになりました。

仁王門。
1848年の再建で、運慶の弟子たちの作といわれる阿吽の仁王像がいます。
格子の隙間から覗いたら真っ赤な体躯にかっぴらいた両目でめっちゃ睨まれた。。
衣に緑色中心の色彩が残っていてきれいだった。かっこよかったです。(仁王像大好き)

仁王門を過ぎてから振り返ってみました。うおお、なんかすごい登ってきたな。

性相院。
江戸時代までの立石寺には12の塔中支院があり、多くの修行僧がいましたが
現在は4つの院のみが残り、性相院はそのひとつです。
本尊は円仁作と伝えられる阿弥陀如来、運慶作の毘沙門天像も安置されています。

性相院の上から見える修行の岩場(胎内堂)。
釈迦が峰といって、修行者以外の登山を禁じているので行くことはできません。

ズームしてみたんですけど、確かに足場とか、慣れた人でないと危険そうな場所に見えました。
六地蔵を祀っているそうですが、このお堂に行くには岩の中の狭い狭い隙間を通り抜けるとかで
相当の覚悟が要るようです。(胎内くぐりといいます)
そりゃ修行目的じゃなきゃ無理だわ…。

道が二手に分かれていたので奥之院より先にこっちへ行ってみることに。

行き止まりにある開山堂。
立石寺を開いた円仁の御堂で、木造の円仁像が安置されているそうですが
扉が閉まっていて見られませんでした。
(命日の1月14日には法要と御開帳があるそうです)
お寺の人が朝と夕方にお食事とお香を供えるそうです。比叡山や高野山でもやっていることですな。

彫刻が細かくてすごい。

逆光になってしまってよくわかりにくいですけど、岩の上に赤い小堂があって
奥之院で4年をかけて写経された法華経が納められる納経堂です。
立石寺で最も古い建物で、山形県指定文化財。
また、このお堂の下にある大きな岩は円仁の眠る入定窟です。ここにいるんだなあ円仁さん。

どこへ行くねんと思われるかもしれませんがこの上に行きます。
上に見える板は天井ではなく建物の床です。

五大堂。
舞台造りのこのお堂は五大明王(大聖不動明王・東降三世明王・大威徳明王・南軍茶利夜叉明王・北金剛夜叉明王)を祀り
天下泰平を祈る道場ですが、立石寺随一の展望台でもあります。

ウワ~~~ッ!
もう入口入って立っただけで叫びだしたくなる、風が気持ちよくて開放感がすごい。

ウワ~~~ッ!!

向かって右手の山形駅方面から見ます~~ウワ~~すごい、めっちゃいい眺めです。

正面に山寺駅。

さっきまでいた駅がすごく小さく見えました。
山登りをすると、ふもとを眺めるたびにびっくりします。あそこから来たんだって。
そして降りたあとで山を見上げてまたびっくりします。あそこまで行ったんだって。

仙台方面。

さっきの開山堂の屋根が見える。(五大堂の下にあります)

納経堂と性相院、胎内堂も見えた。

振り返って堂内を見る。
五大明王は奥にいるのかな、と格子を覗いてみましたが岩しかありませんでした。
どこにいらっしゃったんだろう。屋根とかかな。

性相院まで戻って、また階段を登ります。
あと少しだよ。

売店。

山形城主最上義光の霊屋。
最上義光とその家臣たち10人の位牌が納められています。

中性院。残っている4つの塔中支院のうちのひとつです。本尊は阿弥陀如来。

さらに階段を登って。

着いた!立石寺奥之院です。

正面にどーんと大きな燈籠があった。

大仏殿。1991年の建立。
5メートルの金色の阿弥陀如来が安置されています。
扉からお参りできますが、結構大きくて金色に輝いていらっしゃってびっくりする。

大仏殿の右側にあるのが如法堂。1871年に火災に遭って再建されています。
本尊は円仁が中国で持ち歩いていたとされる釈迦如来像と多宝如来像で
円仁が始めた石墨草筆・一字三礼の如法写経行を行う道場でもあります。
ここで書かれた法華経がさっきの納経堂に納められるのですな。

扁額「霊鷲道場」。瑞巌寺の122世真壁太陽(北山和尚)によるもの。

奥之院全景。

華蔵院。残っている4つの塔中支院のうちのひとつです。
円仁が開山の頃に住んだといわれる場所で、本尊は円仁作の観世音菩薩像。

向かって右側にある岩屋には三重小塔があります。
1519年に造られ柱間一尺五寸(約45cm)ほど、日本で最も小さい三重塔ということで
国の重要文化財に指定されています。

扉が閉まっていてよく見えなかった。。

降ります!!
景色は素敵だしスマホの電波が届かないってこともないし
せっかく登ったのにもったいない気もするけど降ります。
あと、降りている途中で右足に違和感を覚えて「ん?」ってなったんですけど
そのまま降りていたらふくらはぎがチクチクして一瞬、ズキってしたので
「やばい」と思ってせみ塚の辺りでしばらく休んでから降りました。
筋肉痛になるとは思ったけどつるとは思わなかった…ザ・運動不足。
右足をかばいながら降りていたら今度は左足の膝がズキズキしてきてしまって
休み休みゆっくり降りることになりました。ザ・運動不足!!
登るのに夢中になって水分補給もあまりしてなかったしなあ。気を付けます。

山門の前にあった菓子処風雅山寺。カフェになっていて休憩できます。

山寺のだだちゃぽてとを買いました。だだちゃ豆とさつまいものスイートポテトです。
福餅「円仁さん」とどっちにするか迷ってこっちにしました。
円仁さんも気になったけど荷物増えちゃうので…またの機会に。(また来れるかな)

レジでお会計をしたらお店の人が「これ賞味期限があさってまでなのでどうぞ」とおっしゃって
「えっ、おいくらですか」と尋ねたら「いえいえ、プレゼントですよ」って
ニコニコしながら袋に入れてくださった1個です!ありがとうございました。
中味がぎゅーーっと詰まっていて濃厚でしっとりした、おいしいスイートポテトでした!

本坊の近くにあった十六羅漢那伽犀那尊者像。
釈迦の弟子で、お椀を手にしているのは甘露の法水をもって人々を救うためだそうです。
戦争の金属供出で失われましたが1980年に地元の人が復元したとか。

対面堂。
円仁が立石寺を開くにあたり、この地で狩人をしていた磐司磐三郎と大岩の上で対面して
磐三郎は円仁の説得で殺生をやめ仏教に帰依したという伝説があるそうです。
狩人をやめた磐三郎に感謝した動物たちが踊ったというシシ踊りは
毎年8月に行われる山寺磐司祭で奉納されているとか。
磐三郎という人は実在しないのでこのエピソードもたぶんフィクションですけど
ずっとその物語と踊りを伝えてきた人たちがいて今も伝えられていると思うとじわじわくる。

お堂の後ろにある対面石。
左手を当てると良いことに対面できるといわれているそうです。

宝珠橋から振り返ってみました。
いや、ほんと、よく登ったね…よく降りてきたね。なんだか不思議な気持ち。
はあぁ堪能した…!
不滅の法灯目当てに来たんですけど登山も楽しかったし、
気候もちょうどよくて暑くもなく寒くもなく、汗は多少かいたけど動きやすかったです。
奥之院まで見るものがたくさんあって、
写真撮りながら登っていたので往復3時間くらいかかりましたけど
登って降りるだけなら2時間半くらいじゃないかな。
芭蕉とおくの細道については正直、お寺の案内板を見るまで思い出さなかったくらい意識になくて
スマホで原文の立石寺の部分だけさらっと読んで登りましたら
確かに老木多いし土岩は苔なめらか、岩を這うようにお参りして心も澄むような佳景寂寞。
十二院の記述もあって、ああ、芭蕉が来たときは12の支院があったんだなあと思いました。
現代人は4つしか見られないのに。
(おくの細道、一章が短いし全文は原稿用紙30枚程度なのでするっと読めていいよね)
あと階段といえばこんぴらさんを思い出すけど、こんぴらさんとどっちが大変かなぁとか考えながら登ってみたけど
過去記事を見たらあちらは約1300段でこちらは1000段ちょっとなので
階段の数だけでいうとこんぴらさんの方が大変なのかもしれない。
あとこんぴらさんは長い道と長い階段がいくつも続いている感じですけど
立石寺は急斜面が多くて階段も急なのであまり平坦な道がなくて、そういうしんどさがあったかな。
どっちが登りやすいかは人によると思う。
この後は山寺駅に戻って、仙山線で終点の仙台駅に向かいました。

着いた!今回は通過するだけです。

仙台駅の新幹線改札も新幹線イヤーのラッピングがされていました。

E5系さんよろしくお願いします~。
仙山線に乗りながらえきねっとを見て、すいてる車両を選びました。
直前に見たら半分くらい埋まってたかな。

E5系のシートだよー!
やっと、やっとハヤトくんをE5系に乗せてあげられました。ホクトさんも。シンくんも。

念のため通路に避難してた時間もありましたけど、乗客は盛岡駅でほぼ降りてしまって
その後の各駅停車で青森に入る頃にはわたしだけになっていました。
誰もいません。。

新青森を過ぎると車内アナウンスが「本日も東北新幹線をご利用いただきまして~」から
「本日も北海道新幹線をご利用いただきまして~」に変わります☆
青函トンネルに入るときにはテロップが出ます!
過去に一度、北斗星と特急白鳥で通過しましたがあの頃はまだ北海道新幹線は開業してなかったから
新幹線に乗って青函トンネルを通過するのは今回が初めて^^
シンカリオン劇場版でハヤトくんが「魅惑のワープゾーン」と表現した青函トンネル、
約23分ほど浸りまくりました。
しばらく暗かったトンネル内で一ヶ所すごく明るいところがあって竜飛海底駅かなあとか
青森から下って下って、津軽海峡の底と思われるあたりでモーター音が聞こえてきて
ああ、北海道に向けて登りはじめたなあとか。

青函トンネルを抜けて木古内を過ぎて、もうすぐ着くよミクさーん!

新函館北斗駅に到着☆
着いたよ着いたよミクさ~~ん!
今のところ日本で一番北にある新幹線の駅ですよ。札幌まで延伸したらまた来たいね。

改札内キオスクにあったパネル。
ここは月野メーテルさんの駅でもあります^^

Z28話でシンカリオンを探しに駅へやってきたメーテルさんがここを通過するカットがありましたね。

ここも同じくメーテルさん通過カット。
…なん、です、けども、ええと、待って、奥の方にあるお店、待って、ねえ。

わあああああああああああBENTO CAFÉ 41°GARDENだ!!
劇場版でハヤトくんたちが9歳ホクトさん連れてお茶してたお店だ!!!

営業は終了していましたが夜間は休憩所として開放されているみたいでした。
…ということは。

こういうことをやっても大丈夫です!(大丈夫かどうかはわからないよ)
営業中だったら絶対できないので…ほんとありがとうございました。。泣きそう。
リュウジさんとミクさんが奥のテーブルにいて、ハヤトくんたちが手前のテーブルでホクトさんの相談に乗ったんだよね…。
「好きなものは好きなもののままでいいと思う」もう思い出すだけで泣きそう。。

駅の外観。
上にある「新函館北斗駅」の文字は北海道支部が紹介されるときいつも映りますね。

函館本線で函館駅に来ました。
久しぶり…ていうか10年ぶり(!)の函館です。そんなに経つのか。。

函館駅は今年で開業120周年だそうです。おめでとうございます☆

プラレールで北海道新幹線の線路が再現されていて、
青函連絡船の模型もいくつか展示してありました。摩周丸もありましたよー!
今回函館に来た目的は摩周丸なのでさっそく楽しい。

駅を出てホテルに行こうとしたのですが、なんか海の方が明るいなあと思って来てみたら!
摩周丸ライトアップされてました☆

うおお…なんかすごい雰囲気…かっこいいな…!

近くまで来るとすごく大きい。
夜なのでなんだか静かな迫力があるような感じです。

摩周丸桟橋から見た函館港と函館山。
天気がよかったので山に登れば夜景も見られたかもしれませんけど
ロープウェイが定期整備検査のため11月まで運転中止なので諦めました。
何より昼間の立石寺でヘトヘトでしたので、運転されてても行けなかったと思う。
摩周丸付近、誰もいなかったので一瞬だけマスクを外したら潮の香りがしました。
海だ。
次回記事では摩周丸内部の見学とH5系乗車について書きます☆
山形新幹線と北海道新幹線に乗りたかったのと、何よりもうずーっと前から立石寺と摩周丸に行きたかったので。
kf94マスクと手洗いor消毒、検温を求められるところでは検温を徹底。
新幹線では通路に入り浸ってドアを開け、在来線では窓を開けまくってました。
あと例によって飲食店には入らず食事はおにぎり食べ歩きなどで済ませております。

大宮駅から山形新幹線つばさに乗ります!
初めての山形新幹線、わくわく。

E3系L53編成さんが来ました!よろしくお願いいたします。
1000番台の垂れ目のお顔がかわいい。

乗った!(はよ座席へ行け)
E3系さんはミニ新幹線のためホームと車両の隙間が広いので
東北新幹線の駅のホームでの乗降中はドアのところにステップが降ります。
ドアが閉まると折りたたまれます。

予約取った車両、3人しか乗ってない。
少しでも乗客が少ない車両に乗ろうと前日ギリギリまでえきねっととにらめっこしましたが
平日早朝のせいかほとんど乗り降りはありませんでした。
(山形に着いたときも6人くらいだったと思う)

山形新幹線ですよおおおお乗り心地はいかがですか。

みんなで窓の外を眺めます。
E3系の窓枠は広くて全員が乗れていいね。
以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆

福島駅を出るとすぐ、北と西に線路が分かれていきます。
住宅街の向こうに伸びているのが東北新幹線の線路、手前が山形新幹線の線路です。
あと、ここまで時速200kmくらいで走ってきましたがここからは130kmまで速度を落として走ります。
山形新幹線の線路はフル規格ではなく在来線の奥羽本線の線路ですので
踏切の存在や安全整備などの関係で新幹線のような速度では走行できません。

なので踏切も通るよ!
いや、実際に見るとおもしろいよね…新幹線が踏切通るんですよ。
山形の人々にとっては見慣れた風景だと思いますがこれ外からどんな風に見えてるんだろう、
車体が在来線車両より大きいからすごい迫力ありそう。
(シンカリオンE6とE3の武器にフミキリの名前がついているのはこれが元ネタですね)
奥羽本線が通っている福島~米沢間はトンネルがたくさんあるんですが
窓の外をボーーっと眺めていたら突然反対車線のトンネルから別のE3系さんが飛び出してきて
シートをガタッ!と揺らした瞬間がありました。
あっという間に見えなくなってしまったのでパチリできなかった…動画撮りたかった…!
あと、米沢に着くまでにやたらとタイフォン鳴らしていたんですがあれは何か理由があったのかなあ、
踏切前とか通過駅じゃなくても急に山の中で鳴らしたりしてたんだけど…動物対策とかだろうか。
タイフォンも録音したかったけどいつ鳴るのかわからなくて結局録音できませんでした。E3系の声…。

米沢駅。
シノブくん家の最寄り駅である米沢にも寄りたかったけど、今回は我慢。。
福島からそんなに時間経たずに来られるし、次に来たときはここに降りたいですね。

高畠駅で上り列車と並びました。
ああ~~~今ホームに出たらE3とE3が並んでる光景が見られるってことだけど
置いて行かれてしまうのであきらめるしかない、ぐぬぬ。

大宮から約2時間半、もうすぐ山形駅に着きますよ。

着いたー!初山形!!\(^o^)/

降りて車両を撮ろうと思ったら反対車線にも始発のE3系が入ってきました。
E3系が並んでる光景を見られた!よかった。

まずは乗ってきた車両をお見送りします。新庄までお気を付けて~!

続いて反対車線にいらしたL66編成さん!おはようございます。お仕事お疲れ様です。
2000番台なので吊り目さんだよ。

車体を見たら新幹線イヤー2022のラッピングがあったーーー!!!
E3系の1編成にだけ施されていると聞いてましたけど、この車両さんだったのか。

さくらんぼもついててかわいい~。
えっちょっ、ラッピング車両に会えると思ってなかったからテンションやばかった。ご縁に感謝します。

行ってらっしゃいませ~東京までお気を付けて。
いや、あの、朝からこんなご縁があっていいんでしょうか…ありがとうございました。

山形駅改札には新幹線のモニュメントなどの展示があります。
レゴブロックで作られたE3系。

顔はめパネル。
窓から顔を出して運転士になれたり乗客になれたりします。

おしどりパープルととれいゆの模型だー!

とれいゆつばさは去年に営業運転が終了してしまいましたが飾っていてくれてうれしい。
足湯のある新幹線として有名で、一度乗ってみたかったけど、状況がね。。密にもなっちゃうし。
ラストラン前に一度だけ、熊谷駅を通過する姿を見れたのは僥倖かな。
そういえばタレ目さんなんですね。

山形駅の改札にも新幹線イヤーのラッピングがありました。

構内に山形新幹線30周年の表示と新幹線イヤーのポスター。
おめでとうございます☆

スタンプラリーがあったので山形駅のとこだけ記念に押しました。
E3系のお顔のスタンプでした。

仙山線で山寺駅に向かおうとホームに降りようとしたら鉄道150年のポスター!
JRのありとあらゆる駅にあるのかしら。うれしいですね。

仙山線で15分、山寺駅に着きました☆

車両越しにお寺を拝む。
立石寺はシンカリオンの一番最初のエンディングに一瞬だけ映ってるんですよね~。
そういう意味でもずっと来たかったお寺です。

山寺駅舎。
寺社造りでものすごい味わい深い雰囲気です…見晴台までついてる。

立谷川にかかる宝珠橋を渡ってお寺を目指します。
(立石寺のあるお山は宝珠山といいますね)

日枝神社の鳥居。
ここからでも立石寺境内には入れますが、お参りは根本中堂から行きます。

こちら。
案内板と階段、「奥の細道」の表示。
立石寺は860年に慈覚大師円仁が開山したお寺で、山寺とも呼ばれます。
開山にあたり延暦寺から不滅の法灯を分けられており、
戦国時代の延暦寺焼き討ちでは逆に立石寺から延暦寺へ分灯したそうです。
他にも円仁が伝えた4年ごとの写経と円仁へのお香を絶やさず、三つの不滅としているとのこと。
修験のお寺なので修験道もあって、ふもとから大仏殿のある奥之院までの階段は1070段。
参道沿いにはたくさんの石塔や石仏などがあります。

早速階段を登りますよ~。

根本中堂。立石寺の本堂です。
現在の建物は1356年に山形城主の斯波兼頼が再建したもの。およそ660年の歴史ですな。

ご本尊は木造の薬師如来坐像で、秘仏のため高座の厨子に納められていて50年に一度しか御開帳はなし。(次回は2063年)
脇侍は日光・月光両菩薩で、十二神将像が左右に6体ずつ並んでいました。
十二神将像は色が残っているものもあり、細かい模様が見えました。
さらに厨子の奥の向かって右には僧形文殊菩薩坐像(鎌倉時代)が、
左には毘沙門天立像(平安時代)と吉祥天像、童子像、不動明王像がそれぞれいらっしゃいます。
文殊さんはお地蔵さんみたいな雰囲気で、毘沙門天さんはまん丸お顔に両目をかっぴらいて逞しいお姿。
不滅の法灯は厨子の左右に燈籠がひとつずつ吊られてあって、
向かって左側の燈籠の扉が開いていて見ることができました。
油がなみなみと注がれていて(たぶんお寺の人がこまめに足してるんだろうな~)、
中には小さな火が静かにともっていました。
この火を見たくて来たといっても過言ではないのでここで一番時間をかけたと思う、
誰もいないのをいいことにじーーーっと見てしまった。。
本堂を出てから御朱印をいただいたら法燈不滅と書いてあってめちゃめちゃかっこよかったのですが
「Webにアップしないでください」とのことで画像でお見せできません。
ご興味ある方はお寺まで書いてもらいにいってね←

松尾芭蕉の句碑と清和天皇御宝塔。
芭蕉はおくの細道の旅でここにきたとき「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句を残しており、
この句碑は幕末に建てられたものです。
清和天皇の供養塔は立石寺で最も古い石塔だそうです。

手水盤。
1699年にふもとの預り坊から日枝神社に寄進されたもの。
預り坊は芭蕉と河合曾良が宿泊したところでもあります。

さっき鳥居を見た日枝神社。出羽国山寺総鎮守。
円仁の開山にあたり釈迦・薬師・阿弥陀の三尊をまつり守護としています。
江戸時代までは山王権現で、現在は村社となっているそうです。

逆光でうまく撮れませんでしたが、芭蕉・曾良の像と、蝉の声の句碑。
2人が立石寺を訪れたのは曾良日記によれば1689年5月27日で、
さっきの手水盤が奉納される10年前のことです。(ちなみに宿も預り坊にとった)
芭蕉が出羽に来たのは尾花沢にいる知人の鈴木清風を訪ねるためで、立石寺は旅の行程にはなかったようですが
「一見すべきよし」と地元の人々に勧められて、来た道を戻ってお参りしたことが
おくの細道に書いてあります。

宝物館。
1976年に開館、立石寺の文化財を収蔵しています。
この日は閉まっていて見学できませんでした。残念。

常行念仏堂と鐘楼。
念仏などを行う立石寺の修行の場ですが、参拝者も自由に修行できるらしい。
鐘楼の鐘は大晦日に除夜の鐘で突かれるそうです。

山門。
扁額の「関北霊窟」は57代目の鑑古の揮毫。
ここから奥之院までの石段は800段以上あります。ひいぃ。
(というかもう200段くらい登ってたんだな)

巡拝料(大人300円)を払って、いざ!
「一段二段と登るたびに煩悩が消える」ということで信仰されているそうです。おぉ。

階段を登っていきます。
段数も多いんですけどとにかく急斜面なので、それがなかなかきつい。
この日は日陰にいれば暑くない気温でしたが動いていると汗をかく感じでそれもきつかった、
境内はすいてるとはいえ人ともすれ違うから、マスクもしてるし。(誰もいなかったら外したけどね)

姥堂。
本尊は奪衣婆像で、ここから下は地獄で上が極楽という境目の場所です。
内部には口をくわーーーっと開けた奪衣婆がいます。

西国三十三所観世音菩薩像。
あと、たぶん夜行念仏(毎年8月に山内で行われる講)で使われる空也塔もいくつかありました。

預天賀地蔵と笠岩(円仁が笠を置いて雨やどりしたという伝説がある)。
芭蕉がおくの細道に「(立石寺は)岩に巌を重ねて山とし」と書いているけれど
本当にこういう岩があっちこっちにある。

御手掛岩に着きました。奥之院まであと730余段。

修行者の参道。
山の形態に沿ってつくられた道で、一番狭いところは約14cmの四寸道。

四寸道の看板。

ここです。めっちゃ狭い。片足しか入りません。

四寸道を通ると左側の岩に彫ってある磨崖仏。
安然和尚像と伝わるもので、平安時代初期の作だそうです。
安然さんはあれですな、円仁に師事して台密を大成して晩年を出羽で過ごし亡くなった人ですな。

せみ塚。
芭蕉の弟子や彼を慕う人々が、芭蕉が蝉の声の句の着想を得たのはここではないかということで
芭蕉の遺した短冊を埋めて塚を立てたそうです。
(ここに大きな休憩用ベンチがあるので疲れた人は休むといいですよ)

弥陀洞。
雨風によって削られた岩が阿弥陀如来の姿に見えるということで信仰されているもの。
阿弥陀仏の姿に見える人は幸福になれるということで
色々な角度から見てみましたが、なんかこう、現代アートを見るような気持ちになりました。

仁王門。
1848年の再建で、運慶の弟子たちの作といわれる阿吽の仁王像がいます。
格子の隙間から覗いたら真っ赤な体躯にかっぴらいた両目でめっちゃ睨まれた。。
衣に緑色中心の色彩が残っていてきれいだった。かっこよかったです。(仁王像大好き)

仁王門を過ぎてから振り返ってみました。うおお、なんかすごい登ってきたな。

性相院。
江戸時代までの立石寺には12の塔中支院があり、多くの修行僧がいましたが
現在は4つの院のみが残り、性相院はそのひとつです。
本尊は円仁作と伝えられる阿弥陀如来、運慶作の毘沙門天像も安置されています。

性相院の上から見える修行の岩場(胎内堂)。
釈迦が峰といって、修行者以外の登山を禁じているので行くことはできません。

ズームしてみたんですけど、確かに足場とか、慣れた人でないと危険そうな場所に見えました。
六地蔵を祀っているそうですが、このお堂に行くには岩の中の狭い狭い隙間を通り抜けるとかで
相当の覚悟が要るようです。(胎内くぐりといいます)
そりゃ修行目的じゃなきゃ無理だわ…。

道が二手に分かれていたので奥之院より先にこっちへ行ってみることに。

行き止まりにある開山堂。
立石寺を開いた円仁の御堂で、木造の円仁像が安置されているそうですが
扉が閉まっていて見られませんでした。
(命日の1月14日には法要と御開帳があるそうです)
お寺の人が朝と夕方にお食事とお香を供えるそうです。比叡山や高野山でもやっていることですな。

彫刻が細かくてすごい。

逆光になってしまってよくわかりにくいですけど、岩の上に赤い小堂があって
奥之院で4年をかけて写経された法華経が納められる納経堂です。
立石寺で最も古い建物で、山形県指定文化財。
また、このお堂の下にある大きな岩は円仁の眠る入定窟です。ここにいるんだなあ円仁さん。

どこへ行くねんと思われるかもしれませんがこの上に行きます。
上に見える板は天井ではなく建物の床です。

五大堂。
舞台造りのこのお堂は五大明王(大聖不動明王・東降三世明王・大威徳明王・南軍茶利夜叉明王・北金剛夜叉明王)を祀り
天下泰平を祈る道場ですが、立石寺随一の展望台でもあります。

ウワ~~~ッ!
もう入口入って立っただけで叫びだしたくなる、風が気持ちよくて開放感がすごい。

ウワ~~~ッ!!

向かって右手の山形駅方面から見ます~~ウワ~~すごい、めっちゃいい眺めです。

正面に山寺駅。

さっきまでいた駅がすごく小さく見えました。
山登りをすると、ふもとを眺めるたびにびっくりします。あそこから来たんだって。
そして降りたあとで山を見上げてまたびっくりします。あそこまで行ったんだって。

仙台方面。

さっきの開山堂の屋根が見える。(五大堂の下にあります)

納経堂と性相院、胎内堂も見えた。

振り返って堂内を見る。
五大明王は奥にいるのかな、と格子を覗いてみましたが岩しかありませんでした。
どこにいらっしゃったんだろう。屋根とかかな。

性相院まで戻って、また階段を登ります。
あと少しだよ。

売店。

山形城主最上義光の霊屋。
最上義光とその家臣たち10人の位牌が納められています。

中性院。残っている4つの塔中支院のうちのひとつです。本尊は阿弥陀如来。

さらに階段を登って。

着いた!立石寺奥之院です。

正面にどーんと大きな燈籠があった。

大仏殿。1991年の建立。
5メートルの金色の阿弥陀如来が安置されています。
扉からお参りできますが、結構大きくて金色に輝いていらっしゃってびっくりする。

大仏殿の右側にあるのが如法堂。1871年に火災に遭って再建されています。
本尊は円仁が中国で持ち歩いていたとされる釈迦如来像と多宝如来像で
円仁が始めた石墨草筆・一字三礼の如法写経行を行う道場でもあります。
ここで書かれた法華経がさっきの納経堂に納められるのですな。

扁額「霊鷲道場」。瑞巌寺の122世真壁太陽(北山和尚)によるもの。

奥之院全景。

華蔵院。残っている4つの塔中支院のうちのひとつです。
円仁が開山の頃に住んだといわれる場所で、本尊は円仁作の観世音菩薩像。

向かって右側にある岩屋には三重小塔があります。
1519年に造られ柱間一尺五寸(約45cm)ほど、日本で最も小さい三重塔ということで
国の重要文化財に指定されています。

扉が閉まっていてよく見えなかった。。

降ります!!
景色は素敵だしスマホの電波が届かないってこともないし
せっかく登ったのにもったいない気もするけど降ります。
あと、降りている途中で右足に違和感を覚えて「ん?」ってなったんですけど
そのまま降りていたらふくらはぎがチクチクして一瞬、ズキってしたので
「やばい」と思ってせみ塚の辺りでしばらく休んでから降りました。
筋肉痛になるとは思ったけどつるとは思わなかった…ザ・運動不足。
右足をかばいながら降りていたら今度は左足の膝がズキズキしてきてしまって
休み休みゆっくり降りることになりました。ザ・運動不足!!
登るのに夢中になって水分補給もあまりしてなかったしなあ。気を付けます。

山門の前にあった菓子処風雅山寺。カフェになっていて休憩できます。

山寺のだだちゃぽてとを買いました。だだちゃ豆とさつまいものスイートポテトです。
福餅「円仁さん」とどっちにするか迷ってこっちにしました。
円仁さんも気になったけど荷物増えちゃうので…またの機会に。(また来れるかな)

レジでお会計をしたらお店の人が「これ賞味期限があさってまでなのでどうぞ」とおっしゃって
「えっ、おいくらですか」と尋ねたら「いえいえ、プレゼントですよ」って
ニコニコしながら袋に入れてくださった1個です!ありがとうございました。
中味がぎゅーーっと詰まっていて濃厚でしっとりした、おいしいスイートポテトでした!

本坊の近くにあった十六羅漢那伽犀那尊者像。
釈迦の弟子で、お椀を手にしているのは甘露の法水をもって人々を救うためだそうです。
戦争の金属供出で失われましたが1980年に地元の人が復元したとか。

対面堂。
円仁が立石寺を開くにあたり、この地で狩人をしていた磐司磐三郎と大岩の上で対面して
磐三郎は円仁の説得で殺生をやめ仏教に帰依したという伝説があるそうです。
狩人をやめた磐三郎に感謝した動物たちが踊ったというシシ踊りは
毎年8月に行われる山寺磐司祭で奉納されているとか。
磐三郎という人は実在しないのでこのエピソードもたぶんフィクションですけど
ずっとその物語と踊りを伝えてきた人たちがいて今も伝えられていると思うとじわじわくる。

お堂の後ろにある対面石。
左手を当てると良いことに対面できるといわれているそうです。

宝珠橋から振り返ってみました。
いや、ほんと、よく登ったね…よく降りてきたね。なんだか不思議な気持ち。
はあぁ堪能した…!
不滅の法灯目当てに来たんですけど登山も楽しかったし、
気候もちょうどよくて暑くもなく寒くもなく、汗は多少かいたけど動きやすかったです。
奥之院まで見るものがたくさんあって、
写真撮りながら登っていたので往復3時間くらいかかりましたけど
登って降りるだけなら2時間半くらいじゃないかな。
芭蕉とおくの細道については正直、お寺の案内板を見るまで思い出さなかったくらい意識になくて
スマホで原文の立石寺の部分だけさらっと読んで登りましたら
確かに老木多いし土岩は苔なめらか、岩を這うようにお参りして心も澄むような佳景寂寞。
十二院の記述もあって、ああ、芭蕉が来たときは12の支院があったんだなあと思いました。
現代人は4つしか見られないのに。
(おくの細道、一章が短いし全文は原稿用紙30枚程度なのでするっと読めていいよね)
あと階段といえばこんぴらさんを思い出すけど、こんぴらさんとどっちが大変かなぁとか考えながら登ってみたけど
過去記事を見たらあちらは約1300段でこちらは1000段ちょっとなので
階段の数だけでいうとこんぴらさんの方が大変なのかもしれない。
あとこんぴらさんは長い道と長い階段がいくつも続いている感じですけど
立石寺は急斜面が多くて階段も急なのであまり平坦な道がなくて、そういうしんどさがあったかな。
どっちが登りやすいかは人によると思う。
この後は山寺駅に戻って、仙山線で終点の仙台駅に向かいました。

着いた!今回は通過するだけです。

仙台駅の新幹線改札も新幹線イヤーのラッピングがされていました。

E5系さんよろしくお願いします~。
仙山線に乗りながらえきねっとを見て、すいてる車両を選びました。
直前に見たら半分くらい埋まってたかな。

E5系のシートだよー!
やっと、やっとハヤトくんをE5系に乗せてあげられました。ホクトさんも。シンくんも。

念のため通路に避難してた時間もありましたけど、乗客は盛岡駅でほぼ降りてしまって
その後の各駅停車で青森に入る頃にはわたしだけになっていました。
誰もいません。。

新青森を過ぎると車内アナウンスが「本日も東北新幹線をご利用いただきまして~」から
「本日も北海道新幹線をご利用いただきまして~」に変わります☆
青函トンネルに入るときにはテロップが出ます!
過去に一度、北斗星と特急白鳥で通過しましたがあの頃はまだ北海道新幹線は開業してなかったから
新幹線に乗って青函トンネルを通過するのは今回が初めて^^
シンカリオン劇場版でハヤトくんが「魅惑のワープゾーン」と表現した青函トンネル、
約23分ほど浸りまくりました。
しばらく暗かったトンネル内で一ヶ所すごく明るいところがあって竜飛海底駅かなあとか
青森から下って下って、津軽海峡の底と思われるあたりでモーター音が聞こえてきて
ああ、北海道に向けて登りはじめたなあとか。

青函トンネルを抜けて木古内を過ぎて、もうすぐ着くよミクさーん!

新函館北斗駅に到着☆
着いたよ着いたよミクさ~~ん!
今のところ日本で一番北にある新幹線の駅ですよ。札幌まで延伸したらまた来たいね。

改札内キオスクにあったパネル。
ここは月野メーテルさんの駅でもあります^^

Z28話でシンカリオンを探しに駅へやってきたメーテルさんがここを通過するカットがありましたね。

ここも同じくメーテルさん通過カット。
…なん、です、けども、ええと、待って、奥の方にあるお店、待って、ねえ。

わあああああああああああBENTO CAFÉ 41°GARDENだ!!
劇場版でハヤトくんたちが9歳ホクトさん連れてお茶してたお店だ!!!

営業は終了していましたが夜間は休憩所として開放されているみたいでした。
…ということは。

こういうことをやっても大丈夫です!(大丈夫かどうかはわからないよ)
営業中だったら絶対できないので…ほんとありがとうございました。。泣きそう。
リュウジさんとミクさんが奥のテーブルにいて、ハヤトくんたちが手前のテーブルでホクトさんの相談に乗ったんだよね…。
「好きなものは好きなもののままでいいと思う」もう思い出すだけで泣きそう。。

駅の外観。
上にある「新函館北斗駅」の文字は北海道支部が紹介されるときいつも映りますね。

函館本線で函館駅に来ました。
久しぶり…ていうか10年ぶり(!)の函館です。そんなに経つのか。。

函館駅は今年で開業120周年だそうです。おめでとうございます☆

プラレールで北海道新幹線の線路が再現されていて、
青函連絡船の模型もいくつか展示してありました。摩周丸もありましたよー!
今回函館に来た目的は摩周丸なのでさっそく楽しい。

駅を出てホテルに行こうとしたのですが、なんか海の方が明るいなあと思って来てみたら!
摩周丸ライトアップされてました☆

うおお…なんかすごい雰囲気…かっこいいな…!

近くまで来るとすごく大きい。
夜なのでなんだか静かな迫力があるような感じです。

摩周丸桟橋から見た函館港と函館山。
天気がよかったので山に登れば夜景も見られたかもしれませんけど
ロープウェイが定期整備検査のため11月まで運転中止なので諦めました。
何より昼間の立石寺でヘトヘトでしたので、運転されてても行けなかったと思う。
摩周丸付近、誰もいなかったので一瞬だけマスクを外したら潮の香りがしました。
海だ。
次回記事では摩周丸内部の見学とH5系乗車について書きます☆
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