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東博の特別展「古代メキシコ —マヤ、アステカ、テオティワカン」に行きました。
日本メキシコ外交樹立135年を記念して古代メキシコの三大都市国家である
マヤ文明、テオティワカン文明、アステカ文明について主に出土品から迫る展覧会です。
東博でメキシコ展をやるのは60年ぶりとのことです。わあ。
メキシコの歴史や文化については概要しか知らないので一から学ぶつもりで行きました。

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全作品撮影OK、商標利用でなければSNS投稿もOK!ありがとうございます。
平日に行きましたので、あまり混雑してなくて撮りやすかったですね。

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入口からもう圧がすごい、楽しみです。

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入口には導入としてメソアメリカ文化のルーツであるオルメカ文明(紀元前1500年頃メキシコ湾岸部)の
半人半ジャガーの幼児像がありました。
頭が人間で体がジャガー、翡翠でできています。
オルメカはメソアメリカ最古の文明で、このような半人半獣の石彫の文化があったそうです。
赤ちゃんが泣いてるみたいな顔だな…と思って見ていたんですが
実際に現地でも「Bebé llorando(泣いてる赤ちゃん)」と呼ばれているらしい。

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マヤ文明の貴人の土偶。
大きな帽子をかぶって、青い色のコートを着ています。
青は色落ちすることが多いですがこれは割としっかり残っていて綺麗ですね。
(現地で「El charro」(メキシコ版ロデオ)と呼ばれているそうですがマヤ文明にカウボーイはいません)

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テオティワカン文明のマスク。香炉の台を飾っていたそうです。
鼻飾りと円形の耳飾りをつけた神官か戦士をあらわしたもの。

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アステカ文明の装飾髑髏。死者の国にいるミクトランテクトリ神だそうです。
目に貝殻と黄鉄鉱をさしこみ、頭部には髪をさしていたと思われます。

以下、写真が多いのでたたんであります↓クリックで開きますのでどうぞ☆


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多くの文明がそうであるように、メキシコの諸文明も自然環境の中から生まれています。
写真はジャガー、フクロウ、クモザルの土器。
ジャガーは国王や戦士の象徴、フクロウは地下世界の使者として多くの図像が存在します。
クモザルは昔話にいたずら好きの道化として登場するそうです。
メキシコ産アラバスターの真っ白な美しさと黒曜石のつぶらな瞳がかわいい。

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アステカ文明のチコメコアトル神の火鉢(複製)。
チコメコアトルは熟したトウモロコシの神様だそうです。
アメリカ大陸原産のトウモロコシは先住民の時代からメキシコの主食ですね。
(ちなみにトルティーヤを作る道具は現在も変わっていないとのこと)

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アステカ文明のシペ・トテック神の頭像。
シペ・トテックは「皮を剥がれた我らの主」の意味で、生贄になった人の皮をかぶった神様のこと。
アステカの人々は戦争の際にはこの神様に扮して戦ったそうです。

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アステカ文明のテクパトル(儀礼用ナイフ)。
魚の擬人化で、使われた痕跡はなく儀礼用とされています。
(隣にあった歯形のナイフは使われたんだろうか…)

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マヤ文明の暦の文字。
パレンケのパカル王が築いた神殿の碑文の一部で、
左が数字で右が暦で647年3月5日と書いてあるようです。

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アステカ文明の夜空の石板。
両脇には金星と星、中央には鷲と兵士が表現されているそうです。
星を☆以外の形で表現したものを見る機会があまりないのでこれが星と言われてもあまりピンときませんが
どんな意味や謂れでこういう表現がされているのかな…。
(メソアメリカの暦は太陽暦(雨季と乾季で農作業を決める)と宗教暦(妊娠期の260日周期)があって
52年がひとつの大周期とされていたそうです。つまり52歳で還暦?かな?)

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マヤ文明の球技をする人の土偶。
帽子をかぶりユーゴ(球技用防具)をつけて球技をする人の土偶です。
ここの球技は腰につけたベルトでゴムボールを打つものだったらしい。

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そのユーゴとゴムボール。
ユーゴは石製なので実際に使われたかは不明(実用品は木製で石は祭祀用の説も)。
ゴムボールはゴムの木の樹液と熱帯朝顔の汁でできているそうな。
ものすごい重たそう(そして当たったら痛そう)ですが王侯貴族の間では人身供犠などの宗教儀礼や
外交使節を迎えて行う儀式、スポーツや娯楽など多くのパターンがあったようです。

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ここからテオティワカン文明の展示。
紀元前100年頃~紀元後500年頃まで栄えた文明で
現在のメキシコシティに近い中央高原に最大10万人ほどの人口が暮らしていたそうです。
死者の大通りに建てられた太陽・月・羽毛の蛇ピラミッドを中心に
ピラミッドや儀礼の場、官僚の施設、居住域などが整然と建ち並んでおり、
各地との交易もさかんな一大宗教都市だったとのこと。
写真は死のディスク石彫で、太陽のピラミッドから出土したものです。
アカンベーしてますが、日没後に死んだ太陽をかたどったものとされています。
メキシコ先住民は太陽は西に沈むことで死んで、夜明けとともに東から再生すると信じていました。

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月のピラミッドから出土した耳飾りを着けた女性立像。
ピラミッドの中心に埋葬されていたそうです。
一緒に出土したものの他に生贄が一体、ピューマやオオカミやヘビなどの動物がいたそうな。

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同じく月のピラミッドから出土した首飾り。貝でできています。

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モザイク立像。
月のピラミッドから出土したもので、12体もの生贄がいた埋葬部から見つかっています。

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蛇形エキセントリック(両面加工石器)と、ナイフ形エキセントリック(両面加工石器)。
エキセントリックは細かい剥離で形をつくった石器のことで
こちらは月のピラミッドから出土した、天体や暦に関する生贄の供物と考えられています。

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錐。月のピラミッド出土です。
生贄の肩にささった状態で見つかったそうです。
国王や神官が行う「放血」という自己犠牲の儀式用?といわれます。
(王の血は聖なるものであり神にささげるものとされていました)
グアテマラ産の翡翠でできているらしい。

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小座像。月のピラミッド出土です。
胡坐は高貴な人物のみに許されたため、生贄にかかわる王族を示すもの?とされています。

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耳飾り・首飾り。月のピラミッド出土です。
出土した生贄3体のうち中央の人物が身に着けていたものでいずれもマヤ様式であり、
その3人はテオティワカンと争ったマヤの生贄だった可能性があるとのこと。

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太陽のピラミッドの写真をバックに、火の老神石彫。
2012年にピラミッド頂上部から見つかったもので、火や太陽に関する儀式用といわれます。

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太陽のピラミッド中心付近で出土したマスク。
テオティワカンで現在確認されている最古のマスクとのことです。

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太陽のピラミッド中心付近で出土した、頭飾りとペンダントを着けた小立像。
高貴な人物か生贄となった人を表現したものとされています。

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羽毛の蛇ピラミッドから出土した鼻飾り。
ガラガラヘビとシパクトリ神(時(暦)の始まりを表す神)とかたどったもので
どちらも地位や権力を象徴するものだそう。
(さっきからやたら鼻飾りが出てくるけどこういうの付けてた人は鼻が重たくなかったんだろうか)

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羽毛の蛇ピラミッドの写真と、羽毛の蛇神石彫とシパクトリ神の頭飾り石彫。
両方ともピラミッドの外壁を覆っていた大石彫の一部です。
羽毛の蛇の長い体にシパクトリの頭飾りをいくつも配置して、羽毛の蛇神による戴冠式を表しているそうです。
(羽毛の蛇はマヤではククルカン、アステカではケツァルコアトルと呼ばれますが
テオティワカンではどう呼ばれていたのかな)

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羽毛の蛇ピラミッドで発見された地下トンネルと、そこから出土したものの展示。
トンネルは2003年に発見されピラミッド広場から中心部まで約103mあり、王墓に通じていたものとされます。
トンネル内は盗掘されてはいたものの、多くの遺物があったようです。

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トランペットって書いてあって2度見した。トランペット?法螺貝じゃなくて??(それじゃ日本だよ)
地下トンネル最奥部から多数出土したそうで、表面に描かれた図柄がマヤ様式に似ているため
交流の証と考えられるそうです。

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同じく地下トンネル出土の嵐の神の土器(水指し容器)。
嵐の神は農耕のための雨をつかさどり、テオティワカンで最も重要な神のうちの一柱だそう。

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同じく地下トンネル出土の椀。
テオティワカンのプエプラ地域で生産され、市場での交換のために使われたそうです。
テオティワカンにはマヤやオアハカなど他地域の文化遺物が出土する地域があり、
移民たちが暮らしていた形跡もあるそうです。対外交流のさかんな国際都市だったようですな。

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テオティワカンのラ・ベンティージャ地区の宮殿から出土した香炉。
矢や盾のモチーフがあり、戦士の魂を鎮める儀式のために使われたと考えられているそう。

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オアハカ地区出土の人型骨壺。
サポテカ族(メキシコの先住民)のデザインで、
土質から彼らの故郷モンテ・アルバンで制作されたと考えられています。

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ラ・ベンティージャ地区出土の鳥形土器。
貝がたくさんくっついているのでメキシコ湾岸部の交易でもたらされたものか?とのこと。
発掘者が奇抜なアヒル(Pato Loco)と名付けたそうですが、そもそもアヒルなのかな?

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サクアラ地区出土の嵐の神の壁画。
籠を背負ってお香とトウモロコシを持ち、人々に与える姿です。
テオティワカンでは住居や公共の建物、儀礼施設をカラフルな壁画が彩っていて
その多くは赤を中心とした多色で描かれているそうです。

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サクアラ地区出土の嵐の神の屋根飾り。
テオティワカンの住民が暮らしたのは中庭のあるアパートメント式住居で、その屋根部に飾られたもの。
(特にラ・ベンティージャ地区は隣接する複数のアパート式住居がいくつも発掘されている地区らしい)

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ラ・ベンティージャ地区出土の香炉。
香炉の多くは住居から出土し、制作する工房跡も発見されているので
国による管理がされていた可能性もあるそうです。

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典型的なテオティワカン様式の三足土器。
心臓を取られた生贄とその心臓を刺したナイフを持つ神官or戦士が描かれています。こわい。
(いや本当に生贄関連の出土品が多いな…メソアメリカで3000年以上続いた慣習はすごい。
メキシコに限らないけどどうして古代国家って生贄の儀式ばっかやってるんかな)

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羽を広げた鳥が描かれた鏡。
マヤの都市ティカルには、彼らが「投槍フクロウ」と呼んだテオティワカン王の軍事介入の記録があるそうで
その王を描いた可能性があるそうです。

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ここからマヤ文明の展示。
紀元前1200年頃~紀元後16世紀までメソアメリカで栄えた文明です。
写真は支配者層の土偶で、蛇の冠をかぶり、椅子に腰かけた状態で豪華な服装をしているので
国王か高位の男性ではないかと考えられています。

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吹き矢を使う狩人の土器。
体を黒く塗った神か、その姿を模した人物を描いたもの。
マヤの神話には双子の英雄が吹き矢で地下世界の魔物を倒す物語などがあり、
マヤの人々にとって吹き矢での狩りはその行為をなぞるものだったようです。

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夜空を描いた土器。
上部は夜空を、中央の模様は月をあらわしています。
マヤの人々は天体観測で正確な暦を作り、都市の聖なる場所で儀式をおこなうことで
世の中に秩序をもたらそうとしたため、天体をモチーフとした土器も多く見つかっているそうです。

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星の記号の土器。
中央の黒い記号は金星などの星、尾を引くものは流れ星と考えられます。
メソアメリカの人々にとって、太陽に寄り添うように輝く金星は
太陽や月と同じように大切な星だったようです。

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金星周期と太陽暦を表わす石彫。
金星の基壇と呼ばれる建物を覆っていた彫刻のひとつで、左側が金星、右側が太陽暦の年で
縦の棒が5を、八つの丸が8を意味します。
584日の金星の周期5回分が、365日の太陽暦の8年に当たることを示しています。
(マヤ文字さっぱりわからねえ~~!!(゚Д゚;))

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貴婦人の土偶。
青いドレスを着た高位の人と考えられ、顔かたちや口元はトウモロコシ神を真似ているもの。

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書記とみられる女性の土偶。
髪をまとめて、手元に文書を携えていることから書記と考えられているそうです。
古代メキシコでは女性の書記がいたのですな、
上流階級の出身でマヤ文字で歴史を記録したり暦を計算する仕事をしていたと。

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その書記が使っていたとされる筆の柄。

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織物をする女性の土偶。
高位の女性が腰機(腰に巻くベルトで固定した織り機)で機織りをする様子です。
マヤの女性にとって機織りは重要な仕事であり、王族や貴族の女性であっても糸を紡いでいたそうで
織り機も現在もこの形で使われているのだそう。

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円筒形土器。
メソアメリカの人はこういった土器にカカオ飲料を入れて泡立てて飲んでいたそうです。
重要な交易品や通貨代わりでもあった当時のカカオは香辛料を入れた薬用飲料であり、
現在のチョコレート(メキシコはチョコレート発祥の国です)のように甘くはなかったそうです。
つまりカカオ100%…とてつもない苦さ…!
ちなみにチョコレートの語源はアステカ民族のナワテル語のChocolatre(苦い水の意)からきているとも。

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同じくカカオを飲むための円筒形土器。
外交使節とそれを迎える人たちが描かれ、外交儀礼が描かれたものといわれます。

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道標。
パレンケと周辺の街をつなぐ道が開通したときのものとされます。

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首飾り。
マヤの人々は翡翠とウミギク貝を珍重したそうです。
翡翠はグアテマラで、ウミギク貝は太平洋沿岸で産出され各地に流通していました。

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神の顔形エキセントリック(両面加工石器)。
チャート製で、四隅にかたどられているのは世界を守る神々?といわれます。

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猿の神とカカオの土器蓋。
猿の神はカカオを好むので首に飾っているようです。なんだか幸せそう^^

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トニナ石彫153。
マヤ南西の辺境トニナには捕虜を描いた石彫が多く、好戦的な人々がいたようです。
褌の文字から、アフ・チーク・ナフブ(マヤの都市カラクムルの人の意)とわかっているそうです。

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トニナ石彫171。
球技の場面を描いたもので、ゴムボールの文字から727年頃とわかっているそうです。
右がカラクムルの王、左がトニナの王で、戦争か外交を描いたものかもしれないとのこと。
「絶対に負けられない戦いがここにある。」的な…いやたぶんスポーツじゃなくてガチで命がけですけども。

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書記の石板。
儀式を行う捕虜か、捕虜のような姿で儀式を行う神官とみられます。

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96文字の石板。
キニチ・ハナーブ・パカル王の曾孫にあたるキニチ・クック・バフラム王即位20周年に彫られた碑文。
654年にパカル王が建てた宮殿の近くで見つかり、歴代の国王の歴史について書かれているとのことです。
12歳で即位したパカル王は都市パレンケを立て直し、その繁栄は息子のキニチ・カン・バフラム、
孫のキニチ・アフカル・モ・ナフブ、曾孫のキニチ・クック・バフラムに受け継がれていきます。
王の功績を称える碑文は王権のよりどころであり、マヤの人々は優れた書を芸術品として愛好しましたが
こちらはその最高峰だとか。

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パカル王とみられる男性頭像(複製)。
彼の王墓で見つかったもので、本人の姿と考えられています。
髪型はトウモロコシの神様を模したとのこと。

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葉の十字の神殿の南わき柱。
パカル王の息子のキニチ・カン・バフラムはパレンケの守護神を祀る十字グループと呼ばれる神殿を築き、
この柱はそのひとつである葉の神殿の祠入口の柱だそうです。

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香炉台。
お香がよく焚かれたパレンケ特有のデザインで、顔はキニチ・カン・バフラムとのこと。

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続いては…おお、なんだかすごい雰囲気…!

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パカル王の妻と考えられている赤の女王(Reina Roja)の装飾品です。
冠、頭飾り、首飾り、耳飾り、マスク、胸飾り、ブレスレット、ベルト、足首飾り、
貝、針、小型マスクが、赤いマネキンが身に着ける形で展示されていました。
ちなみに彼女、メキシコから滅多に出かけることはないようでアジアでは初の展示だそうです☆
会えてうれしい^^

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マスクは孔雀石だし冠は翡翠だしブレスレットと足首飾りはビーズだし
頭の飾り(雨神チャフク)の眼はペイントじゃなくグルグル穴をあけてるし
いやっほんととんでもねえな…。

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これらは生前に彼女が身に着けていたものなのか、埋葬用に制作されたものなのか…。
胸の織物はマヤの女性がよく身に着けていたものだし針は仕事をあらわすものなので
なるべく生前の姿を、ということだったかもしれませんが…。

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発掘されたときの様子がモニターで上映されていました。見つかったのは1994年、割と最近だ。
発見時に辰砂で覆われ真っ赤だったのでReina Roja(赤の女王)と呼ばれているそうです。
(辰砂は埋葬当時ではなく後の時代にかけられたものとのこと)
ご覧のとおりマスクも首飾りなども発掘時にはバラバラだったみたいですが
彼女の頭蓋骨の大きさから縦横比などを計算し9ヶ月かけて再生したらしいです。お疲れ様です。
パカル王の墓である碑文の神殿のとなり、13号神殿から見つかっていますが
DNA鑑定をしたとことパカル王と血縁関係にないことがわかり妻ではないかといわれているそうです。
パレンケの人なのか他国の人なのか、彼女の来歴を想像するとワクワクするなあ^^
(にしても海外はすぐDNA鑑定するから偉いね…日本の陵墓もやればいいのに)

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マヤの都市チェチェン・イツァから出土したイクの文字のペンダント。
中央にマヤ語で風や風神を意味するT字型の切込み(イク文字)があります。

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カエル形装身具。
マヤ地域に金属製品が現れるのは800年頃だそうで、多くは輸入品とのこと。
このカエルも現在のパナマやコスタリカで制作されたものだそう。

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モザイク円盤。
戦士が腰の後ろに着けた飾りで、チェチェン・イツァ中央のピラミッドから出土したそうです。
トルテカ文明のトゥーラ遺跡からも見つかっていて、両地の交流を感じさせます。

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チチェン・イツァのアトランティス像。
王座の下に置かれたもののひとつで、身なりの様々なデザインから宮廷の人々をあらわすとされています。

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トゥーラのアトランティス像。
宮廷の人々をデザインしたチチェン・イツァとは違い、こちらは戦士の姿です。

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チチェン・イツァのチャクモール像。
持っているお皿には神様への供物(心臓とか)が置かれたと考えられています。
チチェン・イツァとトゥーラから多く見つかっていて、アステカにも受け継がれた像でもあります。

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そのアステカ文明がここからの展示。
14世紀~16世紀にかけてメキシコ中央部に築かれました。
首都のテノチティトラン(現在のメキシコシティ)の大神殿(テンプロ・マヨール)には
太陽神ウィツィロポチトリと雨の神トラロクが祀られていました。
アステカの首都がテノチティトランになったのがウィツィロポチトリからの神託によるものだったためで
現在のメキシコ国旗にもウィツィロポチトリが描かれてますね。
写真はメンドーサ絵文書(複製)で、スペインに征服された1541年頃に先住民が記録したものです。

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アステカ文明の男性像。理想化された男性の体をあらわしています。
胸に開けられた穴には心臓の形をした輝石が置かれていたそうな。

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テオティワカン時代の仮面にメシーカ人が目や歯や耳飾りをつけたもの。
彼らは過去の文明物を聖なるものとして掘り起こし、神殿に捧げていたそうです。

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鷲の戦士像。
首都テノチティトランにあるテンプロ・マヨールの北側、鷲の家と呼ばれる家に飾られていたので「鷲の戦士」。
鷲の顔をかぶり、羽毛や鉤爪を身に着けており、戦死して鳥に変化した戦士の姿か
王直属の鷲の軍団を率いた高位の戦士の姿ではないかとされています。
たぶん身長170cmくらいじゃないかな…台に乗ってるから大きく見えるけど。
アステカ王国はメシーカ人の征服により現在のメキシコとグアテマラ国境までを支配した軍事国家で
こうした勇ましさを感じさせる出土品が多く見つかっているようです。

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トラルテクトリ神のレリーフ。
アステカの神々は天と地下に住んでいて、暦に応じて地上や天体の動きを支配したと考えられていました。
多様な姿に分かれたり合体して唯一神になったりするので、神話も儀礼も豊富だったようです。
特に人身供儀はアステカの軍事拡張政策のなかで正当化されていきました。
写真の神は大地の神ですが、戦争や人身供儀の神でもあるそうです。

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テスカトリポカ神の骨壺。
テスカトリポカは万物の神で、ケツァルコアトル神と戦い追い出した神でもあります。
内部に男性の焼かれた骨の一部が入っていたそうで、戦死した指揮官と考えられています。

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トラロク神の壺。
雨の神で太陽神ウィツィロポチトリとともに神殿に祀られ、多くの祈りや生贄が捧げられました。
水をたくわえる壺にトラロクの装飾があるのは雨や豊穣の願いともいわれます。
現地の神話ではこの神様が水瓶をひっくり返して雨をもたらすのだそうです。

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ミクトランテクトリ神の骨壺。
死者の世界の神で斧やナイフを持っており、人の心臓を抜き出す役目がありますが
いっぽうで命を与える役割も持っているそうです。
こういう両面をもつ神様って洋の東西を問わずどこにでもいるよな…。

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シウコアトル(火の蛇)。太陽神ウィツィロポチトリが持つ武器とされています。
火打石の表面にトルコ石や黄鉄鉱の装飾があります。

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エエカトル神像。
生と豊穣の神で、雨の神々の通り道を掃き清めるそうです。鳥のくちばしに似た赤い口が特徴的。

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プルケ神パテカトル像。
現在もメキシコで作られている発酵酒プルケはアステカの儀式で重宝されており、
パテカトルはその発酵を促す植物オクパトリを発見した神様だそうです。
酔っぱらっているのか、顔が真っ赤だね。

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サウマドール(香炉)。
柄や先端には芋虫と蝶(火の象徴)があしらわれており、神官の道具だそうです。

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テポナストリ(木鼓)。
ゴムをつけた撥を使って、戦闘や儀式の際に使われた打楽器です。
音がよく出るように一部に銅が使われています。

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笛。
花と音楽の神ショチピリ、擬人化された花があしらわれています。

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ウェウェテオトル神の甲羅形土器。
目をつむり、皺を寄せ、歯を2本突き出す姿が火の神と一致するそうです。

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都の聖域である大神殿(テンプロ・マヨール)から発掘された金属製品のうち、人の心臓形ペンダント。
古代メキシコで金はあまり見つからないらしく、金属製品はとても珍しいそうです。

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テスカトリポカ神とウィツィロポチトリ神の笏形飾り。
どこからどこまでがテスカトリポカでどこまでがウィツィロポチトリなのかまったくわからない…。


ところでシンカリオンZ脳としてはですね、
シンくんは今お父さんと一緒に現地でこんな歴史や文化を勉強してるのかなあとか
テオティの人々もアパートみたいな住宅に住んでたなあとか
アストレア様が金星のお名前なのは古代メキシコの信仰からきてるんだなあとか
バフラムさんのお名前はいっぱい見たけどカマルスさんは居なかったなあとか
色々考えながら見られて楽しかったです。
思ったよりメキシコ文化が引用されてたんですねあのアニメ…とてもいい勉強になりました。


この後は本館に移動して他の展示も見てきましたので、次回記事以降に書きます☆
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この夏の展示室その3。

名古屋スイーツまみれの午前中。

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