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前回記事の続き。東博本館の展示も見てきました。

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特集「藤原定家-『明月記』とその書」。
明月記自筆本の一部と定家本人の書が展示されていました。
定家の自筆をこんなにいっぱい見られる機会なんてめったにないのでウッヒョ~~イ!!ってめっちゃはしゃいで
嬉々として写真撮りまくりました☆
写真は嘉禄二年(1226年・定家65歳)八月記で重要文化財だよ!!前参議だったときのですね。

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天福元年(1233年・定家72歳)六月記。
正二位権中納言だった頃なので百人一首の焼くや藻塩の歌を詠んだ時期かな。
新勅撰和歌集の撰集や天皇の大嘗会屏風和歌の担当など忙しい日々がつづられています。

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申文(1202年)。
41歳の定家が左近衛少将から中将への転任を願って提出したものです。
この年の10月に念願かなって無事に任じられています。

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断簡。建久五年(1194年)11月20日記です。
当時の定家は九条家の嫡男良経に仕えていまして、
この日も大将殿(良経)のもとに参じた定家が北政所(良経の母)の服喪明けについて聞いています。

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断簡。正治元年(1199年)6月24日記です。
この2日前の22日に九条良経が左大臣に昇進し、それに伴う臨時除目について書いています。
墨が薄く走り書きのようになっていて、いつもなら読みやすい字もこの日はちょっと読みにくい。

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断簡。建暦元年(1211年)7月25日記です。
窮屈(疲労)でへばっているという書き出しですが、人事の噂や後鳥羽上皇の御幸について書いています。

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記録切。
1143年正月の宮中行事「賭射」についての記録です。
いつもの日記より小さな料紙に書いていて、定家はこうした写本を折本で携帯し手控えにしていたようです。

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書状。
後鳥羽院と九条良経が開催した詩歌合の写本を紛失してしまったので
知人(日野資実?)に写本を貸してほしいと頼んでいるものです。
中央の行間に書き込まれているのが知人からの返答で、
藤原清範(新古今集の中書をした歌人)が持ってると思うよ~ということだそうです。

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藤原定長による書状(1186年)。
十訓抄第10巻にもある、勅勘をくらって謹慎していた定家の処分が解かれたことを俊成に知らせたものです。
(定長は藤原宣孝(紫式部の夫)の子孫で後鳥羽院に仕えていた人ですな)
定家は「あしたづ(定家)は雲居(宮中)をさしてかへるなり~」という歌を返したようです。

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二条家三卿之芳翰。
俊成筆の日野切、定家筆の後撰集切、為家筆の拾遺集切の三葉の古筆切をまとめて掛軸にしています。
祖父・父・子の三代の筆跡が同時に見られるのは貴重。まさに三者三様で3人とも全然違いますな。

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通具俊成卿女歌合断簡(歌合切)。
源通具と俊成女が行った五十番歌合に定家が判詞を加えた草稿。
定家40歳くらいの書と考えられています。

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熊野懐紙(1201年)。
後鳥羽院の熊野詣の途中で催された歌会において、供奉した定家が自詠の歌を書いたもの。
当時定家は40歳でしたがつけていた日記には「疲れた、寝る」みたいなことしか書かれていない日もあります。
あの筆まめの定家が!って思いますがそれだけ京都~熊野の道程は過酷だったんでしょうな。

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特集「歴史の記録 虫譜づくりの舞台裏-栗本丹洲著『千虫譜』とその展開」。
江戸幕府の奥医師だった栗本丹洲(1756~1834)が制作した『千虫譜』(1811年)を中心に
博物虫譜づくりの舞台裏を紹介しているものです。

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『琉球産物志』木。田村藍水著・田村西湖撰(1770年)。
島津藩から送られた植物の標本をまとめた薩南諸島の植物誌です。
丹洲の父である本草学者田村藍水と兄の西湖による仕事です。
(藍水のもとには中川淳庵や平賀源内など多くの本草学者が出入りしています)

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『寛政重修諸家譜』1292巻(すごい巻数だ…)。
江戸幕府の堀田正敦や林述斎らが中心になって編写された大名や旗本の家譜集です。
丹洲の項では出だしに「田村元雄登が二男」と書いてあります。(元雄は藍水の号)

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栗本丹洲著写『千虫譜』第二巻。日本初の虫類図譜といわれています。
動物や植物の図譜はあれど虫類の図譜がないと気づいた丹洲が作成したもの。
原本は現存していませんが写本がいくつか残っているそうです。

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丹洲は小さい虫を観察する際に顕微鏡を使っていたそうです。
原寸大で見た場合のサイズと顕微鏡で見た場合のサイズについて
2種類の絵を並べて紹介しています。

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丹洲は様々な文献を参考にして虫を紹介しています。
こちらは倭名類聚抄などを引用しています。

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『丹洲虫譜』上巻(1875年)。千虫譜の転写本のひとつです。
植物画家の服部雪斎と植物学者の伊藤圭介の蔵本から写したもので、
両者とも動植物の文献調査で栗本家の蔵書を調査しているそうです。
(伊藤圭介と聞いて朝ドラらんまんを思い出した方はいませんか、わたしは思い出しました)

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庭園開放。
そういえば夏の庭園て見たことないな~と思ってちょっと出てみました。
(猛暑だったので少しだけね)

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午後だったので池の蓮の花はほとんど終わってました。

他にも特集展示がありましたので見てきましたが
長くなりますので次回記事にて書きます☆
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この夏の展示室その4。

鷲がサボテンの上で蛇を食らう土地に都を。

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