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前々回記事で予告しましたが、板橋区立美術館で「探幽3兄弟」展を見てきました。
狩野探幽・尚信・安信兄弟の展覧会ですよ~☆
永徳の孫3人の作品を見比べられる数少ない機会!ということで
とても興味があったので行けて良かったです。
(↑の写真は美術館入口。真ん中に写っている着物の足がゆさです)

展示室には個々の作品と、3人の合作と、色紙やスケッチ帳などの展示がありました。
まずは探幽から。
もういつ見ても思うんですけど、うまい!
何を言ってるんだって感じですが本当にうまいんですよ、美しさの桁が違う。
探幽は2歳で絵筆を持たせると泣きやんでニコニコしたという逸話がありますけど
対象を美しく描くことにこの上なく心血を注いだ人だと思う。
展示室の奥にあった「群虎図襖」(重要文化財)、もりもりした虎の体躯と竹林の均一性の対比がすごくて
ポカーンとするしかありませんでした。
柔と硬、静と動のバランスがとにかくすごくて
虎や竹や水流や岩の配置もパーフェクトすぎて…どうしたらいいの顔を覆って泣けというの…。
南禅寺の襖絵だそうですがこんなん禅寺にあっても見とれちゃって禅に集中できない気がします。
あと竹林図には珍しくタケノコが描いてあってかわいい。

「百人一首手鑑」は持統天皇のページが開かれていて、王朝の香りただよう雅な絵。
持統天皇は飛鳥時代の人なのに思いっきり十二単着せられてましたけど、
たぶんこの絵の評価はそういう部分じゃないんだろう。
墨だけで描かれた「富士山図屏風」も展示スペースいっぱいに大きな作品。
陰影だけで表現された真っ白な富士山に三保の松原が映えてます。
おもしろかったのが、この屏風は美しい富士山というか、かなり理想的な富士山を描いているのに
同じく展示されていた「探幽縮図」ではリアルなゴツゴツ富士山を描いていたことです。
うおおー描き分けてるんだー!
そんな探幽縮図や「天橋立丹後図冊」などはスケッチをペタペタ貼りつけた画帳で
無駄に力作揃いだったりする。
富士山もだけど花や鳥も写真みたいなリアルさで、見て描いたんだなとすぐにわかります。
物をよく見たうえでデフォルメしたり写実的に、あるいは理想的に描くことができた人なんだな…。

探幽はおじいちゃんの永徳やパパの孝信が色々がんばってくれたお蔭で
10歳で家康に引き合わされ16歳で御用絵師になり、
やがて奥絵師(将軍に直接対面できる身分)となり法印にまで上り詰めたせいか
人格は妙に自信家さんだなあという印象がひしひしと感じられますけども。
どの絵からも「俺様の美技に酔いな!」とか聞こえてくる気がする。
あるいはそうじゃなきゃやってけなかったのかな…。
江戸時代初期はまだまだ社会が発展途上だから注文も膨大だったろうし、弟子もたくさんいたし
(25歳のときに弟たちや一門を率いて二条城二の丸御殿の障壁画約1000面を制作している)、
当主としてのプレッシャーも相当だったと思う。
あと、探幽は空間に白をつくりだすのがうまいなーとずっと思っているんですけど
今回改めてまとめて作品を見てますますそう思うようになりました。
探幽の白。タンユー・ホワイト。はあぁきれい。


次に尚信。探幽の5歳下の弟です。
探幽に絵を学んだので、基礎はものすごくしっかりしているのが絵からもわかるんですけど
どこかふわふわしてフリーダムな印象のある人だなー。
「雲龍・竹下虎図屏風」の虎とか見ても、たぶん探幽ならもう少しくっきり描くと思うんですが
尚信は線を太くしたりぼかしたりして自由に描いている感じがします。
虎の目が白隠の描く虎みたいな、いい具合にバランス崩れたギョロ目で愛くるしくて
何だかピンク・パンサーみたい(笑)。
体のラインもはっきりしなくて縞模様もぼかしてるし、なんだこりゃ。オバケみたいなかわいさ。
でも「雉に牡丹図」はお兄ちゃんがするみたいにきちんと描いています。
茶色の雌雉と明るいピンクの牡丹と緑に塗られた岩のコントラスト、
岩がもう完全に狩野派の岩だなって、パウンドケーキをごっそりかじった跡みたいなボコボコ感がある。
水の流れのタッチなんか模範的だなあと思いました。リアルじゃなく様式美ってやつ。

尚信はお兄ちゃんの探幽がさっさと家を出てしまったので家督を継いだわけですが
特に重荷と思うこともなく、ある日ふらりと旅に出たりして自由に生きていたようです。
絵を見比べても、3兄弟の中でもっともゆったりした雰囲気が伝わってきます。
地上3メートル付近をふわふわ浮いているような人。おもしろいなあ。
でもしっかり描くときはしっかり描いていて、
「孔子図」などは衣紋の線が微妙に震えててよほど丁寧に描いたんだろうなと思います。
孔子の顔は細くてきれいな線だけどそれはそれなりの速さで筆を動かしているからですね…。
でも尚信の場合は自信家というより心の余裕のように感じる。
探幽と違ってあまり切迫感がないのが尚信の特徴かもしれません。


続いて、安信。尚信より6歳年下で兄弟の末っ子です。
尚信と同じく探幽に絵を学んでますが、こっちは狩野宗家(中橋狩野家)を継いだからか
絵から受けるイメージは割としっかり者のような印象。
「源氏物語明石・絵合図屏風」の丁寧さと美しさは何て言えばいいのか、
派手すぎず削ぎ落とされすぎず、線も色も何もかもがちょうどよく溶け合ってる感じの絵なのです。
これが探幽だと線にかっちり感があってすぐわかるのですけど安信はあくまで柔らかで、
しかし尚信みたいにぼかすことはなく確かなタッチで描いているような。
「若衆舞踊図」の少年のかわいらしさとか、
「富士図屏風」の幽玄な感じとか、
「風景人物花鳥図巻」のスケッチや描写力など
お兄ちゃんたちのような強烈な自我は感じられないけど安定した安心感があって
この3兄弟の中でもっともホッとできる絵師だなあと思いました。
「倣古名画巻」では夏珪や馬遠など南宋の画家たちの絵があって
ああやっぱり狩野派はそういう知識や作品を実際に目にすることのできた人たちなんだな…と。
ここにも狩野家の意識の高さが伺える気がします。

安信は探幽からさんざん鍛えられているのですが
(探幽が安信にめちゃくちゃ厳しく接していた逸話がいくつもある)、
とても研究熱心で御用絵師としてどんな要求にも応えられるようにと様々な描法に挑戦して
それらを狩野派の技として大成させた人なんですよね…。
探幽と尚信、この2人が上にいてもくじけず描き続けて
それどころかおそらく探幽の様式美と尚信の奔放さを吸収して自分の技に昇華してしまってる。
安信…おそろしい子…!
探幽と衝突していたのも、単に絵描きとしての価値観が違っていただけだったんだろう。


狩野派というとネームバリューもあってだいたい襖や屏風を思い浮かべますけど
改めて大きな作品の多さに圧倒されます。
そしてこういう大きな絵を見ちゃうと根本的なことに気づかざるを得ない。
大きな絵には必ずそれを注文した人と描いた人がいるということ、
紙を用意し絵を貼り襖や屏風として仕上げた人がいること、
それを保存すると決めて大切に守ってきた人がいること、
たいへんな手間暇を経てこれらは今まで残ってきているんだなあと思いました。泣きたい。
襖ひとつで泣ける狩野派すごい。

兄弟の位牌もありましたよ~。
尚信は夫婦仲良く名前を並べたデザイン性のある位牌で、安信は家族5人セットで金ピカ&箱つき、
探幽のは延べ棒みたいに巨大だった。。
普段は狩野家の菩提寺である池上本門寺にいらっしゃるそうです。
並んで供養されているのだろうか…。
兄弟全員がアーティストである以上意見がぶつかるのは仕方ないとしても
お空の上ではケンカしないで仲良くしなよ!仲良くしなよね!なむなむ。

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手前はチケットです。だんご3兄弟をイメージしたんですって。
丸が3つ並んでかわいい。
♪いちばん上は探幽、探幽 いちばん下は安信、安信 間にはさまれ尚信、尚信
探幽3兄弟 ズン チャッ♪



あと、そろそろ書いとかないと忘れそうなのでまとめて書いちゃいますが
日曜日によみうり大手町ホールで宮中雅楽を聴いてきました。
人生初・生雅楽です。ナマ雅楽!
今までは学生時代に音楽の授業でDVDで見たことしかない!
(楽器については趣味で調べていたので多少の知識はあるものの生音ってなかなか聴く機会ないよね)
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曲目。
演奏は宮内庁式部職楽部で、楽師さんたちは全員、重要無形文化財保持者(人間国宝)だ!

ホールの席についたら舞台が真正面にあって左右ちょうどよいバランスで見られました。
たぶん客席のど真ん中だったと思う~♪
舞台上にはすでに幕が張られ、赤い手すりの囲いが立てられ、
畳の上に楽太鼓や小太鼓、筝、琵琶などが置かれていました。
もうこれだけでテンション↑↑
やがて時間になると、きらびやかな衣装をまとった楽師さんたちがご登場。
皆さんしずしずと出ていらっしゃってそれぞれの楽器が置いてあるところに座られて
配置はこんな感じに→こちら
篳篥や龍笛の人は笛を構え、笙の人たちは火鉢の上で楽器をクルクル回していらっしゃった。
うおー笙の生クルクル!見たかったの!うおー!!(大興奮)

その笙がファーーン………とひと鳴りしたときのわたしの気持ち想像してくださいよ。
続いて篳篥、龍笛、太鼓、琵琶、筝がピィー、ドドン、ビヨヨーン、ポロンポロンと
立て続けに鳴ったときのわたしの気持ちを想像しt(ry
これはいわゆるチューニングだったわけですが、曲になってないぶん
これから何か始まりますよという予感に満ち満ちていた感じ。
特に最初の笙の音がしたときは時空歪んだんじゃないかと思いました。本当にきれいな音だった。
結界を張るような音って言えばいいんですかね、
笙の楽師さんの膝元から世界の彩りがパーッと広がってホールを包み込んだみたいな。
笙は昔からとても好きな楽器ですが、包まれるような音に感じたのは初めてです。生音だからかな。
ああ、わたしやっぱり笙が好きだ。ものすごく好きだ。
天から差してくる光のような音!!

ここからは怒涛の雅楽ラッシュ。
王道の「越殿楽」に始まり、朗詠「嘉辰」「陪臚」で頭くらくら、
舞楽「振鉾」「賀殿」「延喜楽」のコンボで昇天させられそうになった。
静かな舞と雅な音がまさに平安時代なうって感じがしてふわふわしていい気持ちでした。
ホールの音響もすごくよかったし。
越殿楽はテレビなどで何度も聴く曲でおなじみですが
生で聴くと篳篥の音が強烈ですね!
龍笛が高く鳴り筝が華を添えて、そんな楽器ズをしっかり支える太鼓と笙の音色よ…。
「嘉辰」の朗詠は和漢朗詠集にも収録されており、よき日、よろこび、楽しみは尽きないという
大変めでたい言葉を詠いあげます。
大手町ホールの杮落としということでお祝いの音楽なのかもしれない。

休憩をはさんで舞楽。楽師さんたちは囲いの外に椅子を置いてスタンバイ。
舞楽も生で見るのは初めてでした。
「振鉾」は周の武王が殷の紂王を討ち天下太平をもたらしたときの様子を舞にしたもので
タイトルのとおり舞人が鉾を持って舞います。
さっきと同じように舞人が舞台にしずしずと現れたのですが
右肩の装束の袖を脱いで下の着物の柄を見せていました!かっこいいなー。
動きそのものはゆっくりですけど、鉾をスッ、スッと振り軽やかに、しかし重厚感のある舞で
ボーっと見とれちゃった。
伴奏では5本の龍笛が高い音で思いっきり響いてました。
龍笛は龍の声を模した笛だそうですが、
もし龍が5匹現れたらこんな声で言祝いでくれるのかな…すてきだ。
「賀殿」は建物を新築したときによく演奏されるそうで、日本に伝わって来た時期もわかっている曲で
平安時代初期に遣唐使により伝えられたそうな。
初期?てことは小野篁や菅原道真や紀貫之がこれを見た可能性が?あるよね??(バッチリ目が覚めた)
もう完全に歴オタ目線で見ちゃいましたとも…だって1200年前の曲ですよ…はにゃーん。
「延喜楽」の舞人さんが被っていた甲が鳥甲でかわいかったです。
4羽の鳥がふわふわ舞っているような。そしてこの舞も装束の片肌脱ぎ。

なんというか、雅楽って音の組み合わせが絶妙ですな…。
騎馬戦の騎馬みたいな、組体操のピラミッドみたいな、
ひとつひとつの楽器に絶対的な役割があって
それらのパーツがかっちり組み合わさってはじめて「雅楽」になるんだなって。
音楽としてはそれなりに歴史もあるからそう簡単には崩れそうにない安定感がある一方で、
音そのものは非常に危ういバランスの上に成り立ってもいて
たぶん演奏中に誰かが音を間違えたり楽器をひとつでもなくしたら
たちまち曲が成り立たなくなるんだと思う。
昔々はいつもと違うことが起こると不吉だとか天変地異だとか大騒ぎしたわけですけども
雅楽を聴いてしまうとさもありなん、とも思う。
こんなレベルの演奏の最中に弦が切れたとか音が違っちゃったとかなったら
不吉とまではいかなくてもドキッとするよね。
大陸から伝えられたときから手を加え曲を加え、規則正しく礼儀正しく
長い時間をかけてここまで形成されてきた音色なのだなあと思いました。
雅楽、深いです…。

機会があればまた聴きたい!

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ホール3階の小さな展示室にあったチリンチリン箱。赤文字で「よみう里志んぶん」と書いてあります。
新聞ができた頃は鈴のついた木箱に新聞を入れて売り歩いていたそうで、
その鈴の音からこの箱はチリンチリン箱と呼ばれたとか。
他にも新聞の創刊号とか各時代の事件を取り上げた新聞、輪転機や巻き取り紙や写植の木型など
新聞に関する展示があって面白かったです。
興味のある方ぜひ観に行ってみてください~。
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花さそふ嵐の庭。

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